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子どもに親は何ができるか

 子どもとマルチメディアに関して研究を行うNPOの話を、人づてにきいた。

子どもとマルチメディア研究会
http://www.kdmmk.com/

 ここでは、子どもが、コンピューターに親しめる場を無償で提供することで、マルチメディアを使った新しい幼児教育のあり方を検討する「IBM KidSmart(キッズスマート)幼児教育支援プログラム」というのを実施しているらしい。

 似たようなプロジェクトには、マイケル=コールのFifth Dimensionというプロジェクト、ミッチェル=レズニックのコンピュータクラブハウスがあるが、具体的にどのようなことをやっているのか、気になった。

 ちなみにKidSmartを検索していたら、下記のような研究プロジェクトを発見した。こちらでは、メディアが子ども達にどのように利用されているのか、その影響とは何かを、学べる保護者向けのサイトらしい。園田女子大学の堀田先生の研究プロジェクトである。

メディアと幼児教育
http://kids.sonoda-u.ac.jp/

 「子どもの育ち」に対する親の関心は、日増しに高まっている。こういうアプローチもあるんだなぁと思って、勉強になった。

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投稿者 jun : 2006年03月31日 17:27 | コメント (4) | トラックバック


布団と英語の話

 昨日は、ある理由で、赤坂の全日空ホテルのエグゼクティブルームにカミサンと泊まることができました。「東京に住んでいる人間が、東京のホテルに宿泊する」というのは、なかなかないことですね。なんか不思議な気分でした。

 なんかね、布団がよかったです。そりゃいいだろうよ・・・薄くて軽いのだけれども、それでいて、暖かいっていうね。「厚くて、重いけど、それほど暖かくない、うちの布団」とは大違いだ。なんて布団で寝てるんだろうね、全く。なんか切なくなってきたわ。

 考えてみたら、僕らは生きている時間の半分は、寝ているのですよね。寝まくり人生。

 人生の半分は、布団、君とともにある

 そんな感じだね。
 でもさ、それにしては、あまり布団にはケアしてこなかったなぁと思いました。飲んでいるカネがあったら、いい布団を買えってーの。その方が、Quality of lifeは上がるんじゃないかなと思いました。酔っぱらってる場合じゃねーんだ。

 でも布団の世界って、よくわからないですよね。まず違いがわからんし・・・なんかいかがわしい訪問販売とかありそうだしさ。それに違いを理解するためには、一晩寝てみないとさ。でも、ショールームで寝るわけにはいかんしなぁ。

 皆さん、どういう基準で、どのように布団を選んでいるのでしょうか?オススメの布団とかあるんでしょうかね? 僕、今年の秋に引っ越すのですが、布団を買おうと思います。

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 それにしても、全日空ホテルは外国人の数が本当に多いですね。ロビーに入ったとたん、「おっ、ここは空気が違うぞ」と思ってしまいました。

 さっき、ラウンジで食事をしたのですが、「まさにアメリカだった」。まず「におい」がね、アメリカ。たぶん香水のにおいだと思うんだけど。「おっ、奴らがいるね?、近づいてきたね?」と思ってしまいました。

exe.jpg

 まわりを見渡すと、みんな欧米圏の人たちですよ。中にはアジア人もいるけど、みんな英語を話しています。

 中には、ヘミングウェーみたいな感じの、ヨットでクルージングしてそうな格好の、日本のオヤジいたけどね。なんで、赤坂でその格好?何仕事してんの? 世の中、いろんな人がいるよねぇ。

 それにしてもね、そういう「におい」をかぐとね。不思議と、僕のアタマの中の「英語スキーマ」がいきなり活性化されるんですよね。これはおかしい。一番最初にでてくる言葉が、英単語になってしまうのです。

 「Oops」とか「Sorry」とかアタマの中で言ってしまう。本当に口にだしてしまえば、単なる「嫌みな日本人」なんだけど、それはないよ、それはない。で、一時間くらいいて、自分の部屋に帰ってくるとさ、今度は全く英語なんてでてこないよね。バリバリ日本語。

roppongi.jpg

 オモシロイねぇ。ある刺激に対して、すべての思考のモードが変わるんですよね・・・。なんでだろ。きっとこういう経験をしたことのある人って多いと思うんですけどね。

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 まぁ、いいや・・・はやく大学いこう。今日も忙しいから。

投稿者 jun : 2006年03月31日 09:25 | トラックバック


京都の地酒

 先日、京都で飲んだくれた日本酒の中で、金星だったのがこれです。京都の地酒「英勲」。NIMEの辻先生が頼んだのを飲ませてもらって、僕はうなったね。

英勲
http://www.eikun.com/

 フルーティである、あまりにフルーティ。極上のシャルドネを飲んでいるような気分になることうけあいです。このお酒、京都のプチ会席屋で飲みましたが、東京でも飲めるのかね。

 ダハハ、うまい酒はいいねー。
 オススメです。

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追伸.
 最近忙しくてかなりシンドイんです。春よ、来い。あのね、ユーミン状態です。こんなときは酒がうまいねー。ツラけりゃ、ボケろ、ということでしょう。そんなワタクシメを応援してくれる方は、 クリックをお願いします!

投稿者 jun : 2006年03月31日 00:08 | コメント (1) | トラックバック


桜さく

IMG_5844.jpg

nodoke.jpg

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投稿者 jun : 2006年03月30日 08:08 | トラックバック


日本酒をキンキンに冷やすもの

 帰京しました、ヘロー。ようやく家についた。

 ところで、最近、故あって、とてもよいお酒をいただきました。で、冷酒器が欲しくなった。それを使ってさ、少しずつでいいから、本当にうまい日本酒をキンキンに冷やして飲みたいんですね。

 で、いろいろネット上で探してみたのですが・・・。

冷酒器
http://www.rakuten.co.jp/shumi-mise/456420/507222/612095/612099/#651720

 氷が入るやつがやっぱりいいですよね。でも、もう少し派手なのないかな。もうちょっと工夫があって、パッとしたやつ。

 ここまでくるとちょっと高いんだよなぁ。僕は江戸切子が好きで、いくつかもっているのですが・・・これは勇気いるよね、買うのに。

カガミクリスタルの江戸切子
http://www.rakuten.co.jp/bbn/449351/

江戸切子
http://www.edokiriko.or.jp/hanbai/hanbai.htm

 あと、なにより、これらには「氷をいれるところ」がないんだよねぇ。氷がはいらないとさ、キンキンにならないですよね。

 うーん、悩ましいねぇ。どなたかいいのを見つけたら、ぜひ、教えて下さい。

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 てなこと言ってる前に、目眩がする・・・。こわいね、カラダが(コワイは北海道弁ですね)。
 はよ寝よ。

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投稿者 jun : 2006年03月29日 21:44 | コメント (5) | トラックバック


京都検定って知ってる?

 京都出張中、オモシロイ話を聞きました。
 地元では有名なのかもしれないけれど、「京都検定」っていうのがあるんだそうです(京都観光文化検定)。たまたま乗ったタクシーの運転手さんが、京都検定の2級合格者だったのですね(それはスゴイことらしい)。

京都観光文化検定
http://www.kyo.or.jp/kyoto/kentei/kyotokentei/

京都新聞の記事
http://www.kyoto-np.co.jp/kyoto-kentei/index.html

 京都には、寺社が1600、神社が700あるほか、京都ならではのしきたり、京野菜がありますよね。そういった京都の観光・文化に関する基礎的問題がでるんだって。加えて、歌舞伎や能の知識なんかも覚えなきゃならないそうです。

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<3級の問題> 間違っているものを1つ選べ

北野天満宮について
1) 祭神である菅原道真の怨霊を鎮めるために建立された
2) 古くから学問・文芸の神として信仰されている
3) 注文は太陽、月、星の彫刻から別名三光門と称される
4) 現在の社殿は、豊臣秀吉が片桐且元を奉行に再考したものである

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<1級の問題> 豊臣秀吉が行った京都の都市改造政策を具体的に5つ書きなさい

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 「合格率は3級が16%、1級は6%でっせー」とおっしゃっていました(でっせーって言ってたかな!?)。1級になると論文なんだって。論文はツライよな。
 
 前回の試験は約13000人が受験したとのこと。勉強はかなり大変だそうで、教則本、研修受講を行ったり、インターネットでも学習するみたいですよ。

これのことでしょうか!?
http://www.matisse.org/course/jituyou/kyoto.htm?gclid=CMr-p_OHg4QCFR2TIgodyXMKgQ

 その運転手さん曰く

 「一年に一度、大学にいって受験するってのがいいんですよ。やっぱりアタマは使わなきゃね」

 ちなみに、これにあやかり、明石には「たこ検定」ってのがあるそうです。こちらの方はどうかね? ホームページに問題があったので、トライしてみては?

たこ検定
http://www.tako-kentei.com/index.htm

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投稿者 jun : 2006年03月29日 11:03 | トラックバック


批判的思考を育成するには?

 京都大学で楠見孝先生の「批判的思考力を育てる:初年度教育、専門教育における実践研究」というご講演をお聞きしました。ご講演内容は「批判的思考とは何か」ということからはじまって、「批判的思考を育成するご自身の授業」についてでした。

 実は、僕の勤務する大学総合教育研究センターに、来年度から「マイクロソフト先進教育環境部門」が設置されます。この寄附講座では、「情報テクノロジを活用したアカデミックスキル育成授業」を開発するということがプロジェクトのひとつになっています。この講演では、非常に有益な情報を得ることができました。

 楠見先生によれば、批判的思考とは下記のような思考であるとのことです。

 ・基準に基づく合理的・論理的で偏りのない思考
 ・自分の推論過程を意識的に吟味する反省的な思考
 ・帰納/推論が重要な役割をはたす思考

 その上で、批判的思考を構成する要素としては、

 1. 認知的側面
  1-1.領域普遍知識
   ・推論に関する手続き的知識
   ・スキル
   ・解釈の形成
  1-2.領域固有知識
 2. 情意的側面
   ・批判的思考に関する態度

 があげられるのだそうですね。

 要するに、1)ある知識領域に関係する知識、2)知識領域とは普遍的に存在するジェネラルなスキル、3)態度があるということになるのでしょうか。

 その上で、楠見先生は、1)大学1年生を対象にした初年時教育、2)大学2年生を対象にした専門基礎教育、3)大学3年生を対象にした専門的な演習などで、批判的思考を育成する授業を実践なさっているそうです。

楠見先生のWebサイト
http://www.educ.kyoto-u.ac.jp/cogpsy/kusumi/

初年時教育の情報http://www.educ.kyoto-u.ac.jp/cogpsy/personal/Kusumi/pokezemi.htm
http://www.educ.kyoto-u.ac.jp/cogpsy/personal/Kusumi/pokezemi.htm

 授業の評価は、いくつかの尺度、思考テストを用いておこなったそうです。尺度は、下記の論文で示されています。

<批判的思考態度尺度> 平山るみ・楠見孝(2004) 批判的思考が結論導出プロセスに及ぼす影響 教育心理学研究 Vol.52 pp186-198

<討論参加態度尺度>
武田明典・平山るみ・楠見孝(2003) クリティカルシンキングを用いた大学演習授業 日本教育工学会第19回全国大会論文集 pp377-378

<思考テスト>
WG批判的思考テスト
コーネル批判的思考テストZ

<参考>
平山るみ(2004)批判的思考を支える態度および能力測定に関する展望. 京都大学大学院教育学研究科紀要 Vol.50 p290-302

 その結果、1)探求心や論理的思考、能力に関する自己評価は向上する。2)討論参加態度は向上することがわかったそうです。3)標準的な思考テストの得点は向上するんですが、統計的有意な向上とは言えなかったようです。

 要するにこういった授業を行うと、「モノゴトを探求したり、論理的に考えること」に関する自己評価や意識は向上するが、授業とは離れた論理テストの成績は変わらないということになるのでしょうか。

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 この一連の研究、非常にリゴラスな手続きに従ってなさっていて、大変オモシロク聞くことができたし、大変勉強になりました。

 既述したように、来年度から3年かけてマイクロソフト先進教育環境寄附講座ではこれに類するような研究を行います。
 どこが似ているかというと、我々の場合も「アカデミックスキル」という「ジェネラルな能力」を育成することを目標にしている点ですね。アカデミックスキルは、批判的思考とはちょっと違うけれど、ニアリーイコールな部分もあるんだと思います。

 4月から研究をはじめるにあたり、僕自身、どこから手をつけてよいかわからなかったときだけに、非常に重要な起点をご提供いただきました。また、「ジェネラルな能力育成プログラムの開発がいかに難しいか」よくわかりました。

 4月から新しい研究がはじまります。
 しかし、それは悩ましい時間のはじまりでもあるようです。
 いずれにしても、前向きにね。
 とにかくエンジョイしようと思います。

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投稿者 jun : 2006年03月29日 00:10 | コメント (2) | トラックバック


ジョン=デューイの名言

 京都大学で開催されている「大学教育研究フォーラム」に参加していました。京都大学の山田先生、酒井先生、京都外国語大学の村上先生、徳島大学の神藤先生のシンポジウムに指定討論者として参加させて頂いたのです。

 皆さんのご発表は、とてもオモシロかったです。なかば自明化した枠組みを見直すよい機会になりました。オファーをいただきありがとうございました。

 で、その会がおわって、今、新幹線の中です。東京に着いたらまた会議ですね。今から、その資料をつくらなければならないので、あまり時間がありません。

 よって、以下、速報。
 
 1日目、オモシロかったのは名城大学のFD(ファカルティ・ディベロップメント)の取り組みです。学務センターの神保さんが発表なさっていました。私立大学でも先進的なところはずいぶんと進んでいるのですね。組織論を十分に考慮した取り組みで、非常に感心してしまいました。今度、機会があれば東京大学TREEプロジェクトでもご講演いただければと思いました。

 2日目。伊藤秀子先生のご発表にでてきたジョン=デューイの言葉がいいなぁと思った。

 誰も学べていないのに教えたというのなら、
 誰も買っていないのに、売ったと言うのと同じだ

 (ジョン=デューイ)

 名言だねー。
 「買ってないのに、売った」と言われるのは非常に迷惑な話ですね。おまけに請求書まで回されたら、ブチ切れ三秒前ですね。でもさ、教育の世界では、そういうことが多いのではないでしょうか。

 気をつけよ、僕が授業するときは。

 本フォーラムに参加した感想の詳細は、また書きます。
 それではねー。

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投稿者 jun : 2006年03月28日 17:07 | コメント (2) | トラックバック


教員と心臓外科医:熟達化のこと

 「ある領域での長期の経験に基づいて、まとまりのある知識・技能を習得し、有能さを獲得していくプロセス」・・・そうした現象を、学習科学(Learning Science)では、「熟達化」といいます。

 簡単にいうと、「ある事柄について精通すること」ということになるでしょうか。そういう状態を「熟達した」と言うのですね。

 一般に、熟達化のためには、「注意を必要とする練習(deliberate practice)」が必要になると言われています。(熟達の外的支援、他者支援のことは難しいので、敢えてここでは触れません)

 単に、意味のわからないことを繰り返し暗記するというのではないですよ。注意を傾け、熱心に、意味を吟味しつつチャレンジを繰り返すこと。そうした反復トレーニングが、熟達には欠かせません。

 こう言うとさ、「反復学習なんてナンセンス!」とかって怒っちゃう教育関係者がいそうですけどね。でも、教育関係者が「どんなに反復学習に教育理論的な価値を認めなかった」としても、どんなに理念で教育を語ろうとも、人が学ぶためには、そういう機会は必要なわけです。これは科学的事実。エビデンス=ベースで議論をしましょう。

 もちろん、そうはいっても、専門家によって意見は異なります。ただ、一般に、人がある領域に熟達するためには4000時間~5000時間ほどの時間がかかるといわれています。

 5000時間って、アンタ、簡単にいうけど、スゴイことよ。一日8時間勉強に励んだって、一日も休まずに2年くらいかかるってことですから・・・。モノゴトに熟達するには、それだけ長い時間がかかるってことですね。そりゃ、甘くないわな。

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 今日、実は、僕は京都に出張しているのですが、お昼は、共同研究者の方々とパワーランチをしたり、カフェで研究計画をねったり、昨今の教育問題について議論をしていました。そこで、ふいに「教員実習には、本来、どのくらい時間が必要か」って話になったんですよね。

 周知のとおり、教員になるためには、教育実習ってあります。教員になりたい人は、絶対にこれを受けなくてはならないのですね。

 ただね、教育実習・・・つまり「教生先生として学校で短期間働くこと」ですけど、平均的には、学生は、何時間くらい教育実習にいくかご存じですか。

 これ、僕は、全国一律で決まっていると思っていたんだけど、これが違うんだって。詳しいことはよくわからないのですが、大学によってバラバラらしいんですよね。

 たとえば、今日話していた共同研究者のAさんの大学の場合、学生には4週間の教育実習が義務づけられている。1日を8時間と換算したら、約160時間くらいだよね。

 それに対して、別の共同研究者のBさんの大学の場合 - この大学は実習がウリの大学なんですが - 300時間なんだって。ほぼ2倍ですよね。

 もちろん、長く実習を行えば、よい教師になれるかっていうと、そうでない可能性もあるから何とも言えません。ただね、2倍の開きがあると、やっぱり「できること」には差があると思いますよね。

 もちろん、300時間あったからといって、足りているとは言えません。本当に教員として有能に振る舞うためには、それこそ5000時間以上の時間が必要なのでしょう。

 ただ、ひとつだけ確かなことは、やっぱり教員になるためにも、「注意を必要とする練習(deliberate practice)」が必要なのですよね。その機会が2倍開いているってのさ・・・なんだかなぁと思ってしまいました。

 で、ムクムクとわいてきた疑問。

 平均的には日本の大学では、どれだけの教育実習を学生に課しているんでしょうね。これを調べた研究ってあるのでしょうか。で、そのことが教授力にどのくらい影響を及ぼしているんだろう。
 このリサーチクエスチョン、検証はとっても難しいけど、オモシロイよね、こういうことさぐるのも。

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 これに関係して、ちょっと前に、医学系のある雑誌を読んでいたんですけどね、ここに下記のようなことが書いてあった。

 日本では医師免許を取得すれば、いちおう、建前としては、どんなに難しい手術(オペ)もすることができる。ただ、心臓手術をするには、20症例程度の手術をこなせばよいと言われている。そうすると、日本の場合、専門医として一応はみとめられる。

 ただ、アメリカの場合、この数字はいっきに10倍になる。アメリカの場合、胸部外科の専門家として認められるためには200症例のオペをこなさなければならない。

 上記の話、僕は医学の専門家ではないので、本当のところはよくわかりません。まぁ日本人が手先が器用、芸が細かいっていう反論もあるかもしれない(笑)。でも10倍は開かないですよね、普通。

 でも、ひとつだけ言えることはさ、「僕が心臓を病んでいたとして、20症例の医者よりも200症例の医者に切ってもらいたい」と思うってことです。そりゃ、どちらが成功するかはわからない。でも、確率的に僕なら200症例を選ぶ。ちゃんと「practice」をした人間を選ぶよ、悪いけど。

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 まぁ、いろいろ話が飛んじゃいましたけど、僕は、今日、言いたかったことはね、「ある領域に精通させるには、時間や努力も必要なんだ」ってことです。

 こう書くと非常にアタリマエのコンコンチキなんだけど、なんだか、そういうところをすっ飛ばして、やれ応用力だ、やれ即戦力だという話になりますからね。
 中には「自分の経験論」「わたしの教育論」をふりかざし、「わたしは反復学習なしでも、勉強ができるようになった・・・だから、みんな反復学習なんてする必要がない」という人もでてくる。

 人間は学ぶ生き物です。この特性によって、人は深化し続けてきた。でも、そこで見える可塑性とは裏腹に、「人間はそう簡単には学べない生き物」でもあるのですね。

 あぁ不思議だねー。

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投稿者 jun : 2006年03月27日 23:09 | トラックバック


やってよかったアルバイト

 いろんなアルバイトを経験するのはよいことだと思う。

 一般的には「アルバイトは社会勉強に通じる」「お金のありがたみがわかる」と言われるけど、そういう意味において、「よい」と言っているのではない。

 僕がそう思うのは「アルバイトを通じて学んだ知識が、実際に社会にでたあとで、役立つことが多い」と、経験的に思うからである。もちろん、すべてのアルバイトが「役にたったなぁ」と思うわけではない。職業によっては、後になって「役だったなぁ」「あんまり役立っていないなぁ」と思うものがある。

 学生時代、僕はアルバイトの王道「家庭教師」「塾講師」をやる一方で、ちょっと違った種類の仕事もすすんでやるようにしていた。

 今になって考えて、一番やっていてよかったと思うのは、「出版」の仕事である。短い期間ではあったけれど、僕は、ある印刷会社でコンピュータに向かって、DTP(デスクトップパブリッシング:記事のレイアウトを組んでいく仕事)をしていたことがある。

 この仕事を通じて、僕は「書いた文章を綺麗に魅せること」を学んだ。僕の今の仕事は、「文章」とは切っても切れない職業であるが、それにこの経験がとっても役立っている。

 たとえば、今、共著論文を書いていて、他人から原稿を預かるとする。さぁ、あとは僕が加筆と編集をする番だ。
 で、原稿を目にした瞬間「どこで段落を切っているか」「フォントの大きさと種類」「改行のズレ」「全角を避けて半角にするべき場所」などが、すぐに気がつく。ドラゴンボールにでてくる「スカウター」のように、ピピピと「マズイところ」がハイライトする(ちょっと大げさかな・・・あと古いかな・・・)。
 「なんだ、そんなことは本文に関係ないじゃないか」というなかれ。それは、とってもトリヴィアルなことであるけれど、読み手にとっては、意外に重要な影響をもつことなのだ。

 ウソだと思うなら、自分のお気に入りの雑誌をひとつもってきて、タイトルと文章だけを抜き出してみるといい。それを全く同じフォントの大きさ、種類に変えて、もとの記事と比較して読んでみよう。意外に、レイアウトの力で、執筆者の「伝えたいこと」が構成されていることに気づくだろう。

 もちろん、僕が出版の仕事をやっていたのは、数年のほんの短い期間であるから、そこで学んだ知識といっても、本職のそれとは比べものにならない。でも、そういうことに意識がいくことと、いかないことでは大きな差があるのではないかと思う。

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 昨今、大学では学生たちに「自分のキャリアをどのようにデザインするか」ということを教えるべきだ、という論調が強い。実際に、いくつかの大学では、キャリアデザイン室というものを使って、キャリアを意識させる試みがはじまっている。

 そういう試みは非常に貴重だなぁと思う。だが、そこでいうキャリアとは、「ある人がフルタイムの職業についたあとの道筋」であることが多い。
 これを書いていて「アルバイトでどんな仕事を選ぶか」も含めて学生にはキャリアを教えるとオモシロイんじゃないかな、とふと思った。

 あなたがやったアルバイトで、「やっていてよかったなぁ」と思うものは何ですか?

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投稿者 jun : 2006年03月27日 10:37 | コメント (5) | トラックバック


魁 ○○塾 : 学習科学の研究会

 来年度から、山口さん@宮崎大学、西森さん@メディア教育開発センター、望月さん@神戸大学と僕が中心になって、「学習科学を集中的に勉強する研究会」を東大で開くことになりました。前からやろうやろうとは言っていたんだけど、先日話す機会があったとき、盛り上がって、決定してしまいました。

 Stahlという人の書いた"Group cognition"という本と(近日公刊)、The Cambridge handbook of Learning Sciencesというを5回の研究会で読もうという計画です。

 イメージでいうと、学習科学の基礎的な知見をゼロから学ぶイメージでしょうか。どちらかというと、最先端の知見をガリガリと読むというよりは、足腰を鍛える、イメージです。ここ数年の新しい知見はふんだんに盛り込まれていると思いますけど。

Group cognition
http://www.amazon.com/gp/product/0262195399/sr=8-1/qid=1143383247/ref=pd_bbs_1/002-2974312-8491210?%5Fencoding=UTF8

 これまで学習科学というと、「How people learn」などが定番の教科書ということになっていましたけど、今回、それとはちょっと毛色の違う新しい本がでたということで、これを読もうということになりました。

   

 今回メンバーには、5回の研究会にすべて出られる人を近日中に募集するつもりです。「できるときだけ参加」というのは原則さしひかえ、オブザーバとしての参加も受け付けないことになりました。つまり、レジュメの作成、議論への参加をお願いしようということです。

 これは僕の信念なのかもしれないし、僕の研究上の背後仮説だと思うのですが、チームとは単に一緒ににいるということではないように思います。まして、お互いに助け合うと言うことでもありません。チームとは、相互に貢献しあうということ、相手に何ができるかということです。そういうピリッとした関係を、僕はチームとよびたいと思っています。で、今回は、そういうチームライクな研究会を開催しようと言うことになりました。

 人数は場所の都合があるので、15名くらいとなるでしょうか。募集はメルマガでも行いますので、もしまだの方がいらっしゃったら、ぜひ、どうぞご加入いただけると幸いです。

NAKAHARA-LAB メルマガ
http://www.nakahara-lab.net/mailmagazine.htm

 日程は、今のところ下記を予定しています。たぶん変更になるとは思いますが、一応、第一報までに。

 6月21日(水曜日)午前10時 - 午後5時まで
 7月26日(水曜日)午前10時 - 午後5時まで

 8月は夏休み

 9月13日(水曜日)午前10時 - 午後5時まで
 10月25日(水曜日)午前10時 - 午後5時まで
 11月29日(水曜日)午前10時 - 午後5時まで

 10時から5時までって、すごいハードですよね。でも、終わらないんですよ、このペースでやらないと。

 研究会の性格としては2つをめざしたい。

 まず第一に、ハードな研究会にしたいということになりました。研究知見の啓蒙をめざす場、一般の人にわかりやすく伝える場としては、BEATなどで僕もいろいろな公開研究会に関与しています。今回はむしろ、モロ・研究を志向する場にしたいと想っています。

 第二に、そうであるとはいえ、学部生や大学院生など、若い人たちにもどんどんと参加してもらえる場にしたいと思います。願わくば、この研究会がひとつの研究コミュニティになればいいのかなと思っています。

 研究会の名前はまだ決まっています。山口さん、西森さん、望月さんらとは、「魁 ○○塾」みたいにしようか、と冗談を言っていましたけど。

 また詳しいことがわかり次第、お伝えいたします。ぜひ、ふるってご参加下さい。

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投稿者 jun : 2006年03月26日 23:45 | コメント (3) | トラックバック


蓮實重彦先生、季刊リュミエール

 先日、あるTVディレクター、Webディレクターの方と飲んでいたときに、映画の話になりました。どちらの方も映画好きで、かつ映像に携わっていたこともあり、話していると、ポンポンと映画のタイトルがでてくる。

 ○○という映画の、○○のシーンの、○○はよかった

 みたいな、マニアックな会話でした。僕は「ほほー」と思って楽しく聞いていましたが、二人ともが強い影響を受けていたのは蓮實重彦先生の評論でした。彼らがまだ若い頃、蓮實重彦先生が編集をなさっていた「季刊リュミエール」の、扇情的で、かつ、挑戦的な批評に興奮していたとのこと。

 蓮實先生といえば、僕が駒場に入学した頃の学部長。卒業したときは、総長としてご活躍になっておられました。

 駒場での、蓮實先生の映画論の講義では、「北野武を講義にぜひ呼びたい」というようなことをおっしゃっていたような記憶があります。

 この映画論の授業、とても人気講義で、初回の授業は数百人の学生が殺到してしまうんですね。で、蓮實先生は、人数を減らすため(!?)、初回の授業で「過酷なイニシエーション」をなさいます。

 新入生なんて誰も見たこともないような昔の映画をみせて、過酷な質問を、学生にあびせるのです。彼が指名するのは実は、彼の院生(たぶん)で、その質問に何のよどみなく答えてしまう。
 そういう非常に高度なやりとりを見ていると、「オレ、この授業でやっていけるんだろうか?」と新入生たちは、みな、思うようになる。で、人数が減る(笑)・・・みたいな感じです。

 うーん、真意はわかりませんが、その後の授業では、そういうやりとりはあまりなかったので、きっと、そういう目的でなさっていたのだと思いますけど。だって、教室から人があふれて満員電車のような状態だったからね。

 あと、僕は蓮實先生のお言葉で、自分の成長を感じたことがあります。

 入学式のときは、蓮實先生の「とてもありがたい高尚な式辞!?」が、何一つわからなかったのですが、卒業式の「ありがたい送辞」は、すべて意味がわかりました。
 「嗚呼、4年間で僕も成長したなぁ」・・・と変なところで感慨深くなりましたけど。

 蓮實先生が編集なさっていたという「季刊リュミエール」は、恥ずかしながら、実は、僕はまだ一度も目を通したことがありません。それがどういう雑誌だったのか、わからないのですが、二人のディレクターの方々のやりとりを聞いていると、なんだかワクワクしますね。

 ちょっと今日は、これから本屋、古本屋さんなどをまわって、探してみようかな・・・と思っています。あるとよいけどね・・・。

 それにしても、異領域の人たちと話すのは、本当に愉快ですね。「あなたの知らない世界」じゃないですけど(古いか)、「まだまだ知らない世界があるんだなぁ」と思うのです。

 「裸のマハ」とかで有名なスペインの画家、フランシス=ゴヤは臨終の際、「オレはまだ学ぶぞ」と言ったと言われています。別に、僕は「臨終」を迎えているわけじゃないけど(笑)、やはり思うのです。

 オレはまだ学ぶぞ

追伸.
 この日、Webディレクターの方が、自分の仕事についてこんなことを言っていました。

 Webのデザイナーは、優秀な人ほど、クライアントの過酷な要求には耐えられません。そのために、わたしのようなWebディレクターが必要なのです。

 なるほど、と思いました。

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投稿者 jun : 2006年03月26日 11:03 | コメント (1) | トラックバック


BEAT成果報告会

 土曜日、BEATの成果報告会でした。おかげさまで、「おやこdeサイエンス」プロジェクトの成果報告を無事終了することができました。なんとか分析が間に合った・・・。よかった!

 今後は、5月末の論文〆切を目標に、研究者チーム4人が各自論文執筆に励むということになります。ここから4本の論文を書く! ほとんど野蛮な妄想だね、これは。各人、本格的な分析のはじめたいと思っています。

 それにしても「おやこdeサイエンス」・・・このプロジェクト、本当によいチームに恵まれたと思っています。研究者チーム、開発チームの方々、皆さん、協調的に、shared objectにむけて専門性を発揮していただきました。いっしょに仕事ができて本当によかったと主lっつています。ありがとうございました。

 今年度、来年度の新規プロジェクト「なりきり(仮称)」も組織作りを開始しています。こちらも非常にチャレンジングな課題に挑戦します。ちょっと年度末でバタバタしておりますので、近いうちに研究者チームで集まりたいと思っています。

 あー、忙しい。

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投稿者 jun : 2006年03月26日 09:17 | トラックバック


統計をどのように学んだか?

 中原さんは統計をどのように学んだのですか?

 最近、なぜか、よく聞かれることです。数字に苦手な人だったら、確かに気持ちはよくわかります、その藁にもすがりたい気持ち。僕なんかに聞くあたりがすでにヤヴァイと思うけど。

 僕の場合、90%ほど自学自習ですので、「うーん、○○とかの本とか○○の機会に独学したよ」と答えることにしています。

 ただ、この「問いかけ - 答え」は正確にいうと、誤りを含んでいます。なぜなら「どのように学んだのか」という問いに対して、答えるほど、僕はマスターしていないから(笑)。

 「どのように学んでいるのか」という現在進行的問いかけなら、答えることができますけれども。というのは、査読を行ったり、論文を執筆するたびに自学自習です。統計だって発展していますし、手法には流行みたいなものがあります。最近は、共分散構造分析ですか・・・この論文が増えていますね(ちょっと危険に見えるけど)。だから、いまだに勉強中です。

 最近、問われることが多いので、下記おすすめの書籍を利用法をふくめて紹介します。あくまで、僕のようにユーザとして統計を利用する場合に参考にしてください。

 あと、専門的な立場の人が、「いやー、その本は統計学的には云々」というのは勘弁して下さいね。あくまで僕の経験でわかりやすかったなぁ、というものです。

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 まず、今から考えて一番最初に統計マインドを知ったのが、この「創造の方法学」です。これは学部時代のときに、教育学部・苅谷先生の「社会調査実習」で読みました。新書ですので、非常に手軽に読めます。一番最初に、「調査とは何か」「統計検定とは何か」ということを知るのにはちょうどよいのではないでしょうか。

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 次に大学院時代に先輩にお勧めされてよんだのがこれです。「ユーザーのための教育・心理統計と実験計画法」。

 当時の僕は、まさに「できない受験生」でした。いろいろ統計の参考書をかってきては、なんだかわかったような、わからないような気になって、「次の参考書」を求めてしまう(笑)。「サルでもわかる」みたいな安易な本をずいぶんたくさん買いました。

 でもね、やっぱり「安易な本」は何冊読んでもわからないね。これ、結論。基礎的な概念の説明が適当で、SPSSの操作とかを詳しく解説されててもさ、実際に使うときになったら、ほとんど自分では何ひとつできない、という。ということで、この本はとても参考になりました。

 この本は、「ユーザーとしての視点」でわりきって書いてある本です。今でもよく見返します。数式が苦手な人は、とばしてもよいと思う。

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 次に読んだのが、こちらです。同じく田中敏先生の「実践心理データ解析」ですね。

 僕は、統計を学ぶ上で、ひとつだけ確かなことがあると思うんです。ズバリ、

 実際、自分で分析してみなきゃ、わからない!

 つまりね、いくら概念をわかったところで、実際に研究課題を前にして、シミュレーション的でもいいから、自分で実験計画を考えてトライしなければ、わからないと思うのです。これは、プログラミングについても言えるでしょう。プログラミングの場合は、

 実際、自分でプログラミングしなきゃわからない!

 ってことになるのでしょうね。

 「実践心理データ解析」には、とてもよい例題がたくさんあって、その例題にしたがって解説するスタイルをとっています。

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 こちらの「統計分析のここが知りたい」は、かゆいところに手が届く本だなぁと思いました。よく「それだったら、被験者何人いればいいんですか?」という問いをなげかけることが多いのですが、この本では、そういう「統計分析をしているとよくでてくる疑問」を丁寧に扱っているような気がします。

 で、ここまでを十分わかったうえで、もしSPSSなどを使うのでしたら、下記のようなマニュアル本を使うとよいのかなぁと思います。下記は、あくまでわからないときにつかうような感じで。

      

      

      

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 以上、いろいろ書きましたが、既述したとおり、これは僕の独断と偏見にみちたおすすめです。それをわかっていただいた上で、もし参考になれば参考してください。

 それにしても、皆さんはどうやって統計を学んだのでしょうか/学んでいるのでしょうか?

 たとえば、上記にはノンパラメトリック検定とか共分散構造分析などはほとんど触れられていないのですが、こういうのは、何を使って学ぶのがいいんだろうねぇ。

 まぁ、きっと、人の数だけ方法はあるんでしょうけど。王道はないと思うので、そういう体験談というかな、「わたしの統計学習論」みたいなものを、皆さん、お持ちなのでしょうね。

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投稿者 jun : 2006年03月25日 08:21 | コメント (2) | トラックバック


ゲーム業界と教育業界のマリアージュ

 「いつ、誰がはじめるか」と業界内で言われていた、「シリアスゲームに関するベンチャー起業」が、ついに現実のものになったようですね。

スクエニと学研が「教育ゲーム」の会社を設立
http://www.asahi.com/business/update/0322/144.html

学びをゲームに
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0603/22/news065.html

 単なるベンチャーではなく、ゲーム系と教育系の民間会社のジョイントベンチャー誕生ということになります。北米において「シリアスゲーム」という概念で広まっている「ゲームの教育利用の動き」が、いよいよ日本にも本格的に動き出すのでしょうか。

 ニュースによりますと、初等中等教育、通信教育、生涯学習など、学習にかかわるすべてのコンテンツがシリアスゲームの対象ととらえれば、1兆円をこえる売り上げが見込めるのだそうです。

 最初にだすソフトウェアが、どの市場をターゲットにして、どのようなつくりになるかが、非常に楽しみですね。前に日記で述べたように、「ゲームの教育利用」は非常に歴史がある教育手法です。
 ですが、これがきっかけになって、いわゆる「eラーニング」の一般的なイメージや概念が再構築されるとよいですし、「教育の情報化」に新たな波紋が生まれると愉快ですね。

 とにかく1本目、最初の事例が非常に注目されると思います。

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投稿者 jun : 2006年03月25日 00:30 | トラックバック


僕らは貧乏くじ世代!

 そうか、オレは貧乏くじ世代だったんだ!

 ということを気づかせてくれたという意味で、オモシロかったです。先日、書店で「貧乏くじ世代」という本を軽い気持ちで手に取りました。

 要するに「1970年代生まれ」、特に現在20歳後半から30代前半の若者たち、1900万人もいるらしいのですが、その若者たちはいわゆる「貧乏くじ世代」と言えるのではないか、という話です。で、その貧乏くじ世代の若者たちには、いくつか共通するメンタリティがあることを、自身の臨床経験をもとに指摘していますね。

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 読後の感想ですが、はっきり言います。

 まず僕は世代論というものを信じていません。「ある世代に共通する文化経験や流行」とは思いますが、それが世代全体の行動を規定しているかというと、ちょっと違う気もする。

 そりゃ、メディアには、ある世代の際だった人たちが注目されますよね、例えばブルセラとか、とかさ。でも、それは都市に局所的に発生する社会現象であってユニバーサルじゃありません。田舎じゃ、別にこれまでと同じように暮らしてるよ。そこに時代の象徴的意味を見いだす言説もあってはいいと思いますけど、あまり僕自身は信じていません。
 月並みで本当に恐縮なのですが、「世代というより、人それぞれ」じゃないかと思うんです。だから、世代を十把一絡げにする議論は、ややナイーブに感じます。

 また、ここで紹介されている事例には、僕自身も30歳ですが、あまり共感できるところはありませんでした。

「頑張っているとき以外は不安で仕方がない」「あまり将来に希望をもっていない」「マニュアル本をよみたがる」など・・・そうかぁ・・・むしろそれは僕らの世代のことなのかなぁ・・・少なくとも僕や僕のまわりには、あんまりいないんだよなぁ・・・。

 ですが、こうした僕の意見や信条も、所詮は根拠レスです。データがないので、ここはあくまで、「僕はそう感じた」ということにしてください。

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 ただし、本書の世代論には共感できないものの、僕らの世代は前の世代に比べて明らかに時代に翻弄され、「比較的地味な生活」を強いられたことは間違いないなぁ・・・と思うんです。
 ホンマ、地味だよなぁとは思う。

 だって、僕が中学生のころだったと思うんですけど、バブル経済まっさかりでしたよ。日本の株価が3万円後半になったときのNHKニュースを、僕は覚えています。

「へー、このままいけば4万円いくんじゃないかな、僕が大人になるころには、5万円とかいっているかもしれない」

 と子どもながらに思いました。アホだったので、それが何を意味するかはわかっていなかったけれども。

 その頃のテレビといえば、土地成金だの、絵を購入だの、とにかくなんか浮かれていた。深夜系のテレビをつけると、「お立ち台でギャルがボデコンで扇子を使って踊って」いました。

 大人になったら、きっとオレもそういうところにいくんだろうな、と思っていました。ジュリアナ東京とかね、ベルファーレとか。田舎の高校生ながら、そういう名前だけは、いっちょまえに覚えていました。

 学校では、先生たちが「よい高校、よい大学、よい就職」を語っていました。まぁ、あまり信用はしてなかったけど、まぁ、「確率の問題としてウソではないかなぁ」とは思っていた。それより何より、僕自身は「東京にでたい」一心で、熾烈な受験にチャレンジしました。

 しかし、大学に入る頃になって、なんだか雲行きが怪しくなってきた。あれよ、あれよという間に、「不況」と言われる。
 前の世代なら、集中的に気合いをいれて家庭教師と塾講師をすれば月に数十万儲けることは余裕だよーと言われていたのが、全然大嘘。生活はかなり辛い。

 そのうち、就職氷河期といわれるようになる。前の世代なら複数内定をもらうのはアタリマエだったのに、1個も内定をもらえない人たちが続出する。僕自身は研究者志望だったので、言われたことはないけれど、

「経験のない大学生はいらないんだよねぇ・・・これからは即戦力だから」

 なんて真顔で言われるようになってきた。

 ちょっと前までは、「交通費+滞在費」を全額学生に支給してまでセミナーに来させて、とんでもないところになると海外旅行まで行かせて、大学生を人材確保していたくせに、企業というのは、なんて勝手なんだろうとみんなで怒っていたことを思い出します(前の世代には、同じ日に開催されるセミナーに参加するのに、複数の企業から交通費などを重複してもらって、ずいぶん財をなした人もいると聞いています)。
 
 そんな頃でしょうか、下の世代は、ブルセラ世代として注目があたります。一足先に世の中にでた上の世代は、インターネットで起業をして成功する人たちがあらわれ、やっぱり注目されだす。インターネットの世界は、「Winner takes all」の世界ですので、ちょっと遅いんだよねぇ。

 そう考えると、僕の世代は、いつも、ちょっとズレていて、なんだか、萱の外なんだよねぇ。

 これからだってそう思うんです。前の世代は、ゼロ金利の時代に住宅を買っている。僕らの世代が本格的に住宅購入に動くときには、きっと金利なんてかなりあがっているんじゃないか・・・。

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 まぁ、貧乏クジ世代と揶揄される僕らの世代ではあるけれど、それが結果としてよかったのか、悪かったのかは僕にはわかりません。

 まわりの世代注目されたといっても、一過的なものだしね。「お立ち台」に上らなくても、それなりに楽しい大学生時代はおくれましたし。
 就職が楽だったといっても、急速に終身雇用が崩れている今、あまり意味のないことなのかもしれない。むしろ、僕らの世代は「叩かれ慣れている」から、逆境には強いだろうと思われますし。
 
 まぁ結局、僕らが本当に「貧乏くじ」をひいたのかどうかは、まだわからないけど、強く粛々と生きていきましょう、なんでしょうか。月並みだけれど、今は、それしか言えないよなぁ。

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投稿者 jun : 2006年03月24日 11:08 | コメント (2) | トラックバック


ベルサイユのバラに行ってきた!

 先日、念願の宝塚の「ベルサイユのバラ」に行きました。ちょっとある筋でチケットを入手できまして。

  
 ベルバラのあらすじは、フランス革命前夜のルイ16世支配下のベルサイユ宮殿における物語。貴族の瀟洒な生活に対して民衆の反感と怒りが、いまにも爆発しそうだった頃です。
 そんなときに、ベルサイユ宮殿で、「マリーアントワネット」と「ホルモン」、じゃなかった、「フェルゼン」、そして「オスカル」と「アンドレ」という4人の貴族!?が出会うのですね。で、悲劇的な愛を営む。そういう物語です。

 内容自体は、つっこみどころ満載でしたが(アンドレは何発銃でうたれても、それでも歌ってるとかね)、なかなか楽しかったです。
 フランスを舞台とした演歌的世界というのでしょうか、浪花節的世界なんですよね・・・これが最初は違和感があったけど、「そういうフランスもありだよなぁ」と思えば!?、楽しむことができました。

 演出面は、よくできているなぁと思いました。普通のシーンから回想シーンへの場面の展開は、斜幕を使っていて、非常に効果的だった。あと、せりがすごく多用されてるんだけど、うまいところでそれを使うんですね。それがよかった。

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 ベルバラのお客さんは、女性が98に対して、男が2くらいでしょうか。さっきもいったように話の展開は、つっこみどころ満載なんだけど、まわりの女性たちがみんなだんだんと涙ぐんでいくのですね。「グスッ、グスッ」と涙をこらえる声が、聞こえてくる。

 なんだかさぁ、自分だけ泣いていないことに、罪を感じてしまったね。非常に満喫できたんだけど、ちょっと泣けませんでしたね、なぜか。
 「卒業式で泣かないと、冷たい人って言われそう」って感じで、まさに斉藤由貴状態だった。ちょっと古いかな。

 まぁ、とにかく非常にオモシロかったです。今度は、オスカル編に行きたいね、ぜひ。なんか何でもかんでも好奇心をもつので「ナンパだよねぇ」とよく言われるんだけど、いろいろ経験してみたいんですよね。
 「あれも見たい、これも見たい、もっと見たい、もっともっと見たい」だねぇ、まさに。

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追伸.
 ボストンの友人のブログによると、「NYでこれから建築するバーやスポーツ施設や映画館には女性用便器を男性用便器の倍置かなければいけないという法律ができた」そうです。「Women's restroom equity bill」 というそうですけど。
 今日も、宝塚では女子便は並んでたねー(ジョシという言葉を久しぶりに使ったわ)。もっと便所できるといいですね。

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投稿者 jun : 2006年03月23日 23:59 | トラックバック


安野モヨ子、「働きマン」:24h働けますか?

 安野モヨ子の漫画「働きマン」を読んだ。

  

 主人公である松方は、雑誌「JIDAI」の29歳未婚女性編集者(元巨乳らしい)。通称「働きマン」。新しい企画を日々提案しまくり、また、スクープに命をかけている。あまりの激務のために彼氏との関係は最近パッとしないけれど、自分の仕事に誇りをもっている。

 彼女の周囲には、様々な「事情」をもった人たちが働いている。言うことはいつも一人前だけれども、何一つ仕事のできない新人。社会に求められる行為だとしてパパラッチを続ける芸能記者。「働きマン」は、そんな彼女と周囲の人々のかかわりを中心に、「働くとは何か?」「人生において仕事とは何か」を描いている。

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 読んでいて、いくつかの想いがアタマをよぎった。

 まずまっさきに思ったのは、この漫画にでてくるような人たちが、僕らの読む雑誌、参加するイベント、視聴するテレビを支えているんだなぁ、ということ。僕はマスコミにいるわけじゃないけれど、なんだかそういう人たちの「日々の奮闘」にささえられ、僕らのメディア空間が構築されていることを、今更ながら考えた。

 次に、アタマによぎったのは「仕事にうちこむことの快感」。
 「働きマン」のように働くってことは、一見、大変なことのように思えるけど、没頭してしまうと、僕らはその状況がだんだんと見えなくなってくる。
 かつてチクセントミハイという心理学者は、フロー理論というのを提唱した。フローとは、ある事に打ち込み集中・没頭している状態のこと。人はフローを経験すると、やっていることに完全に集中しているため自我がなくなってしまい、自分の行為が環境を支配しているという感覚におそわれるようになる。「仕事に打ち込むことで快感」はかくして生まれるのではないか。

 しかし、同時にこれは大変危険な状況を生み出すのではないかと思う。僕の同期でも、あまりにも仕事に打ち込んで、カラダを壊す人は大変多い。最近では、ココロを一時的に閉ざしてしまう人も多い。先日、ある新聞でよんだ記事には、「鬱は生涯に25%の人が経験すること」なのだという。

 働きマン的な仕事の仕方は、それはそれでいい。
 だけれども、これが過剰に拡大解釈され、「24時間働けますか?」「3日間、家にかえってないんですけど」状態になるのはきわめて危険であると思う。
 さらに厄介なのは、先のフローではないけれど、そういう状況になると、その危うさは、本人には見えないのである。他人は「なんかあの人危ないなぁ」とわかっているのだけれども、何にもいえない。さらに本人は「自分の仕事」に酔っているところがあるので、さらに指摘は難しい。

 「無理すぎる無理はいけない」
 「休みはキチンととるべきだ」

 アタリマエのことなんだけど、そう思う。

 そういえば、先日、ある外資系企業の方から聞いた話なのだが、その企業に勤める外国人マネージャは、「金曜日の7時以降から週末は仕事をいれるな」と公言してしているらしい。そのかわり、ウィークデーはバリバリと働く。そういうメリハリのある仕事の仕方はとても憧れるし、100%同感である。それでいいんだと思う。

 そうはいいつつも・・・以前日記に書いたかもしれないが、僕は研究者にならなかったとしたら、雑誌の記者、編集者になりたかった。翼の王国とか、東京人とか、そういうプチ贅沢+リラックス系の雑誌をつくりたいと思っていた(今でも思っている)。
 人生に「もしも」はないけれど、「もしも・・・あのとき大学に残る道を選ばなかったら、僕もきっと”働きマン”になったんだろうなぁ・・・」と考えた。

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投稿者 jun : 2006年03月23日 08:53 | トラックバック


大学改革のゆくえ:大学はどこに向かうのか?

 大学が動いた。1960年代後半における大学の喧噪と、その後の大学の沈黙を知るものからすれば、最近の動きは驚きである。

(矢野眞和 大学改革の海図より)

 矢野眞和氏著「大学改革の海図」を、週末に読んだ。

 それにしても、なぜ、今、大学は動いたのか? 「理念」だけによる変革ではなかった。「理念と経済」のせめぎあう場所に、大学の変革がはじまる。

 大学に変革をもたらした経済的要素として、本書では「資金の市場化」「経営の市場化」「出口の市場化」「入り口の市場化」をあげている。

 資金の市場化とは、政府によって供出されている大学運営資金が年々カットされ、他の資金源を大学自らが探さなくてはならなくなったことを意味する。新保守主義の思想 - 小さな政府、市場化、自由競争が大学をおそっている。国立大学の場合、効率化係数といって年1%ずつ運営費はカットされている。東京大学の場合、10億円の削減になるはずだ。
 経営の市場化とは、いわゆる「New Public Management」である。大学に民間の経営手法を導入しようというわけである。民間へのアウトソーシング、民間からの経営者受け入れを通じて、大学の経営が民間に近いものになっていく。
 出口の市場化とは、大学を卒業した学生が、必ずしも就職できるわけではなく、そこに激しい競争が生じるようになったことを意味する。
 入り口の市場化とは、いうまでもなく入学希望者獲得の競争が激化していることを意味する。象徴としての「大学全入時代」を前に、どこの大学でも、対策を講じるようになっている。

 このような4つの市場化の潮流を背景にしつつ、本書では、変貌しつつある14大学の改革のフロントラインを紹介している。
 少数精鋭で先端的な教育・研究をねらうのか、それとも、時代に左右されない不易の教育を押えるのか。各大学の存亡をかけた戦略を紹介する。

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 僕が大学界(そんな界があるのか!?)に入ったのが、2001年3月。その頃、すでに大学は動いていたし、今も動き続けているように感じる。
「大学は動くのがアタリマエの雰囲気」の中でキャリアをスタートした今の若手大学教員にしてみれば、「かつて大学が沈黙していたこと」こそ驚きに思える。

 大学はこれからどこに向かおうとしているのか?
 少なくとも言えることは、「今、わたしたちがいる経度、緯度」に、将来の大学は留まっていることはない、ということである。
 うん、そのことだけはまちがいない。

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投稿者 jun : 2006年03月22日 07:32 | トラックバック


中野ブロードウェイに行ってみた!

 以前からぜひ行ってみたいと思っていた場所・・・中野ブロードウェイに行ってみました。健康のため、お散歩ということで。

中野ブロードウェイ
http://www.nbw.jp/web/index.html

 中野ブロードウェイ・・・そこはJR中野駅から歩いて5分くらいのところにあります。中古漫画、コスプレ用品、各種のフィギュア、中古レコードなどの、コレクター向けアイテムを扱うお店が集まっている雑居ビルです。かなりオタク度、マニア度が高い空間ですね。

nakano.jpg

 テナントは4階分のフロアに所狭しとはいっているのですが、主に3階あたりが栄えているのでしょうか。

中野ブロードウェイ 3Fの様子
http://www.nbw.jp/3f/index.html

 この地図から「まんだらけ」を中心として、いろんな専門分野のお店があることがわかってもらえると思います。

nakano2.jpg

 ちなみに僕が心惹かれたのは、「トリオ」というお店でした。ここには、1980年代の「明星」とか「デュエット」とか、そういう古い雑誌がワンサカある。

 あー、このころ、オレこの雑誌買っていたよなぁ

 という感じで、かなり懐かしい気分に浸れることうけ合いです。雑誌の表紙見ているとさ、どこかで見たようなあるんだよなぁ、っていう気分になるんですよね。「あー、たぶん、自分が中学生だったころかなぁ」とか。
 あと、昔の大河ドラマの台本とか、そんなレアなお品もありました。どこでどうやって流出したんだろうか。

 結局この日は、あーだこーだ言って見ているうちに、何冊か買ってしまい散財してしまいましたけど。いや、買っちゃうよ絶対。

 もともと中野ブロードウェイは、芸能人などが住む高級マンションだったそうです。それが数十年の月日をかけて、マニア向け空間にかわったんだって。

 仲のよい人とぜひ行ってみてください。「昔懐かしのモノ」を媒介にして、絶対に会話が進むと思うわ。いや、ここ「デート」とかにいいんじゃないの?目黒寄生虫館とかもいいけどさ、絶対、オモロイと思うねんけど。

目黒寄生虫館
http://museum-dir.jst.go.jp/13-031/13-031.htm

寄生虫館へ行こう
http://homepage2.nifty.com/callon/

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投稿者 jun : 2006年03月21日 19:31 | コメント (2) | トラックバック


学生によるフリーペーパーづくり

 フリーペーパーづくりが、今、学生たちのあいだで広まっているそうです。先日、カミサンが渋谷のある店で、高校生のつくったフリーペーパー「ANMITSU」をゲットしてきました。

anmitsu.jpg

ANMITSU
http://an-an-anmitsu.com/

 内容は「おすすめの曲」「欲しい雑誌」などの情報提供の他に、いくつかインタビュー記事もありました。A3の両面カラーコピーで、小冊子になる。

 特にオモシロかったのは、「HI TEENS」というコーナーで、世界の高校生へのインタビュー記事。

 僕らが入手した号には、韓国の女の子「Kim Gang I(キム・ギョンイ)」さんのインタビューがありました。「Q.一日の学校のスケジュールは?」という質問に対して、こう答えていました。

わたしの学校では、毎日朝7時半からのEBSというインターネット放送の授業で始まるの。先生がいない授業でみんな寝ちゃうわ(笑)。授業は9時間目まであって、その後、みんなで夕食をとるの。自習もやって、学校が終わるのは夜10時になるわ。

 うーん、恐るべし韓国! 朝7時半から夜10時まで学校って・・・。夕食も学校でとるの!?・・・。すべての学校がそうかはしらないけれど、スゴイ勉強量ですねぇ。

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 その他、多摩美術大学の女子学生2名が創刊した「乙女ライフ」というのも人気だそうです。こちらは書店、カフェなんかで配布しているそうですが、僕はまだ入手していません。

乙女ライフ
http://www014.upp.so-net.ne.jp/otomelife/

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 ANMITSUを読みながら、僕らがまだ高校生だった頃は、「フリーペーパーをつくる」なんてこと考えたこと一度もなかったなぁと感慨深くなりました。よくて、学校とかクラス新聞どまりでしょう。それを実際に街角で配布するなんて、そんなこと、考えたこともなかった。

 僕は「壁新聞」とか「クラス新聞」とかつくるのが好きで、よくそういう「係」を希望していました。オヤジが好きだったので、うちにはコンピュータがつねにありましたけど、僕もよくそれをいじくっていました。一太郎ver3とかを駆使して、紙面づくりをしたこともありました。当時としては画期的だとは思うのですが。でも、自分のつくったものを配布するなんてことはね、考えもしなかった・・・。

一太郎ver3
http://www.aya.or.jp/~guyveriv/ichitaro/taro03.htm

 きっとこれらのフリーペーパーは、illustratorとか、Photoshopとかを駆使してつくっているんでしょうね(予想)。だって綺麗だもん。

 「情報を収集し、加工し、発信していく」

 こう書くと、なんか「学校的で、オモロなさそうな感じ」が漂いますが、そうだよな、もっと脱力していいんですよね。

 自分たちがオモシロイと思うことを、世の中に伝えていく。それに熱中さえすれば、おのずと「情報メディア」とつきあわざるを得なくなるし、「メディア使い」になっていくのです。

追伸.
 皆様の応援のおかげで、人気blogランキング、とうとう1位をとることができました。ありがとうございました。きっとこれは、「瞬間最大風速」のようなものですので、すぐに下落するとは思いますが、ワタクシメは満足です。今後ともよろしくね。

kyouiku.jpg

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投稿者 jun : 2006年03月21日 09:52 | トラックバック


小学校での英語の必修について

 全国の93%の公立小学校では、「総合的な学習の時間」などを利用して、英語教育を実施しているそうですね。

 もちろん、ここで英語教育の程度は、「歌やゲームなどの英語に親しむ活動」から「基礎英会話」まで、きっと幅があるでしょうから、93%という数字をそのまま鵜呑みにはできません。でも、僕は全くの門外漢ですので、「へー、そんなに英語教育が試みられているんだ」と、素直に驚きました。

全国の公立小学校、93%で英語教育
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20060317ur03.htm

 うーん、素直に驚いているのならいいのですが、英語教育の世界って「一言ある人たち」と、いろんな「思惑」が渦巻いているから怖いんですよね・・・あんまり不用意に発言ができない(笑)。
 おまけに「英語にルサンチマンをもっている人」が多いのか、なんだかしらないけれど、やれ「今すぐ早期教育するべきだ」とか「日本人なんだから、日本語をやるべきだ」とか「どうせ日常的に利用しないで忘れちゃうんだから、英語なんて高校にはいってから選択制でいいとか」とか、まぁまぁ、「わたしの受けた英語教育の悲劇に基づく、わたしの教育論」が満載の世界です。

 実は、僕は今年から2年かけて英語教育のプロジェクトに着手することになっていて、去年あたりからいろんな文献を読んでいます。いろいろな人に勧めてもらって、日本語で読めるものはだいたい読みました。
 で、門外漢ながら誤解をおそれず言えば、「データに基づいた議論」発見するのが難しいってことがよくわかりました。研究の世界でも、「べき論」とか「わたしの英語教育論」が渦巻いている。
 もちろん、「データに基づいたすぐれた研究」もあります。いくつかの研究には、「なるほどー」と膝をうってしまいました。そういう地道な研究の知見をもとに、英語教育が論じられるべきだと思います。

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 ところで、話を上記に戻して「全国の公立小学校、93%で英語教育」ということですが、このことと「全国の公立小学校、英語を必修化」ということには、ものすごい差があるんだと思います。
 とかく、前者をきくと、すぐに後者を思い浮かべがちですが、「総合的な学習の時間で選択的に英語が試されること」とと、「英語を小学校で必修にすること」の意味は違いますね。

 必修となると、カリキュラム、教科書はつくらなアカンし、教員研修だってしなくてはなりません。全国には小学校が22865校あって、そこには41万人の教員が勤務しています。その教員の中で、中学校英語の免許を有しているのはわずか約15000人だそうです。

文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/015/06020613/001.pdf

 人によって違うでしょうし、ALTや中学校教員の導入が検討されていると思いますので一概には言えませんが、それにしたって、すべてをそれに依存することはできません。
 そして、もし必修になるのだとしたら、どう考えても小学校教員の再研修の問題が生じます。これは大変なことです。

 いずれにしても、この問題は、少しゆっくり時間をかけて議論するべきではないかと思っています。

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投稿者 jun : 2006年03月21日 01:26 | トラックバック


学力をどうする?

 少し前のことになりますが、「学力論争」というのがありましたね。盛り上がったんだか、盛り上がらなかったのか、僕自身はキチンとフォローしていないのですが、これに関して最近出版された「希望をつむぐ学力」という本を読みました。

 この本、教育学者、ジャーナリスト、教育社会学など、関係する多様な人々が、学力に関する私論を展開するという内容ですね。

 執筆者各人によって、学力に関するとらえ方など、ちょっとトーンが違うのですが、「学力問題」の全体像をとらえるのにはとてもよい本でした。

 学力問題に関するハードな社会学的分析ならば、下記の「学力の社会学」がよいと思うのですが、「希望をつむぐ学力」のほうは、もうすこし軽く読める本です。

 この本の中に収録されているもので、個人的に一番興味深かったのは、岩川直樹先生の「教育における力の脱構築」という論文でした。

 教育業界には、「学力」に限らずいろんな「力」がありますね。「人間力」だの「コミュニケーション力」だの、「段取り力」だの・・・。

 本論文の最初の方では、

1)「力」の概念が、歴史的・社会的な影響を受け、変質していっていること

2)特に、最近は新保守主義による競争と効率原則が支配的になっていること

3)「力」の概念は、「力の発言を他者や場から切り離された個体の問題に還元されること

4) 力の養成は脱文脈的なスキル学習、反復学習に陥りやすいこと

5)養成された「力」は外在的基準により、<科学的>な数量評価によって測定される傾向があること

 が述べられていました。

 そして、「力」の概念によって、下記のような弊害がおこる可能性があることが指摘されていました。

1) 測定になじむスキルなどの目に見えやすい側面のみが問題にされる傾向があること

2) 外在的指標による数量的評価になじまないものまで、その適用範囲を拡大することによって、学びの意欲を授業中の挙手の回数で評価するような、あやふやな根拠に基づいたもっともらしい数値が一人歩きするようになること

 etc...

 なるほど、その指摘は非常に共感出来ます。実は、先日ある本で、僕は「力」問題に関して、こんなことを書きました。

「なんとか力(なんとかりょく)をつけろ、とか、あなたには、なんとか力が足りない、という風に、安易に「ちから」という言葉を使う教育評論家がいたら、あまり信用しない方がいいです。それは、自分の主張したいことに、「ちから」という言葉をくっつけて、単に言いたいことを言っているだけ。学問的裏付けがないことが多いのです」

 そんな折りでしたので、この論文を非常に共感をもって読むことができました。
 また中段で展開される、日本の教育界は、PISAのとらえる「リテラシー」の概念を、敢えて誤読・誤用しているという指摘は、非常に示唆にとみました。

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 ただ、「力」の概念が問題をかかえていることはよくわかったのですが、「それを、じゃあ、どうすればよいのか」と具体的な方法を問われると、なかなか難しい側面もありますね。

 たとえば、教育学者の中には、ヴィゴツキーや状況的学習論などを下敷きにして、こう論じるむきがありますね。

「本来、力とはそういうものではなく・・・文脈に埋め込まれているものであり、他者の助けによって・・・云々」

 という論法です。いわゆる社会文化アプローチの知見をもとにして、従来の「力」の概念を再構築することをめざそうということです。簡単にいうと、「学力とは本来○○なものではなく、○○なものである」という論法で、学力という言葉にのっかりつつ、その定義をズラすという方法です。

 事実、この方法は教育学的にコレクトな態度と考えられがちなのですが、世に流布する「力」の概念は、恐ろしいほど強力なのですね。かなりの激戦を強いられる。ともすれば、この論法では、「力の教育学」とのポリティクスに敗北してしまうになってしまうのではないかなぁ、と僕自身は思ってしまいます。

 じゃあ、どうすればえーねん

 という声が聞こえてきそうですが、僕自身も悩みのまっただ中にいますので、確固たる処方箋があるわけじ