寄附研究部門の立ち上げ
4月1日、東京大学に新しい寄附研究部門が誕生する。マイクロソフト先進教育環境寄附研究部門だ。僕の所属する大学総合教育研究センターに4月1日から立ち上がる。その準備に最近追われて、本当にネコの手も借りたいほど忙しい。
4月1日着任予定の2名の助教授たちとの打ち合わせも、日々行っている。が、とにかく時間はない。が、やることは無限にある。すべてが「From scratch」だ。だけど、このまま突っ走って、何とかカタチにするしかない。
新年度から、東京大学における「教育工学研究/学習環境研究」は、またひとつ違った、新しい展開に進む・・・今は、そのことだけを夢見て、毎日を過ごしている。
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投稿者 jun : 2006年02月27日 17:00 | トラックバック
ベルサイユのバラ、チケットがとれない!
最近ちょっとアタマにきていることがあります。
ズバリ、
ベルバラのチケットがとれん!
関西の宝塚では結構とれるらしいのですが、東京では本当に難しいです。何度申し込んでも、ハズれにハズれる。
クソムカツク・・・というか悔しい。
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投稿者 jun : 2006年02月26日 19:01 | トラックバック
THE 有頂天ホテル
僕のまわりで最近評判になっていた映画「THE 有頂天ホテル」を、先日、見にいくことができました。いやー面白かった。
あっという間の2時間15分。笑いがとまることはありません。ここ数年で見た映画の中では、抜群に面白かった。いやー、日本の映画館で、ここまで観客が笑っている映画を僕ははじめて見たよ。「舞台」じゃないんだけど、もう少しで最後に拍手をしてしまいそうになった。
THE有頂天ホテルのストーリー構成というのは、いわゆるグランドホテル形式というやつですね。
ひとつの閉鎖空間に、様々な登場人物が集う。様々な伏線が、いろいろなところにちりばめられ、時には並行して、時には複雑にストーリーが絡みあいながら、いっきにひとつの結論に至る。映画「グランドホテル」で使われた手法であったため、のちにそう言われるようになりました。
それにしても、こういう複線型のストーリーをつくるのって、大変だろうねー。シロウト丸出しの質問で恐縮ですが、ごっちゃになったりはしないのだろうか。脚本・監督は三谷幸喜さんですが、どうやってこんな複雑なストーリーをつくるのか、そのあたりを聞いてみたいですね。
疲れた日にはぜひどうぞ。
映画館をでる頃には、絶対に元気になれると思います。
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投稿者 jun : 2006年02月26日 18:44 | コメント (4) | トラックバック
国立情報学研究所が
国立情報学研究所とNTTは、「書籍とWebを利用した小学生向けの情報教育」に関する共同研究を開始したと発表したそうです。
Internet Watch
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2006/02/24/11018.html
全体像がよくわからないのですが、「NetCommons」の普及などを行っていくようですね。国立情報学研究所といえば、「学術情報の流通」に関するセンターという感じがしていたのですが、最近は教育にも研究の幅を広げているのですね。
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投稿者 jun : 2006年02月26日 18:27 | トラックバック
世界の人口は何人と教わりましたか?
朝日新聞を見ていたら、今日、「世界の人口が65億人を突破する」そうです。もちろん推計ですが、さっき見てみたら、もう記録が更新されていました。
米国センサス局・人口推計時計
http://www.census.gov/main/www/popclock.html
僕が小学生の頃は、たしか「世界の人口は48億人」とならいました。だからいまだに、世界の人口をとわれると、そう答えてしまうのですね。この15年で17億人も増えたことになります。びっくり!
あなたが小学生の頃、世界の人口は何人と教わりましたか?
これに対する答えは、年齢を推計する手がかりになるかも。
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投稿者 jun : 2006年02月26日 09:51 | コメント (1) | トラックバック
イナバウアー、荒川静香さんおめでとう
荒川静香さんがオリンピックで金メダルをとった。よかったですね。
たぶん今頃、日本中の家庭で、「イナバウアー」が流行していてるんだろうね、きっと。急にエビぞりになって「イナバウアー」と叫ぶだけだと思うけど。子どもとかが喜んでやりそう。
ちなみに僕もやってるけど。マイブームですね、むしろ。
カラダが堅いので、あんまり後ろにそれないんだけどね。
本当におめでとうございました。
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投稿者 jun : 2006年02月25日 18:26 | トラックバック
読むクスリ:他者のまなざしの力
先日、カミサンが勧めてくれた本「読むクスリ」を読んでいて、ムムムと思ったエピソードがあった。「読むクスリ」は、ビジネスでのエピソード、新商品の開発の苦労、粋な小話などを集めた「企業版ちょっといい話」。
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東京五輪のあと、それまで全く注目されていなかった男子バレーボールの監督に就任した松平さんは、酸素ボンベが必要なほどの「死のハードトレーニング」を男子選手たちに課す一方で、彼らがマスコミに注目されるよう、あらゆる手をつくした。
テレビ局への売り込みからはじまって、自ら解説者を買って出て、選手たちをホメにほめまくる。選手たちが失敗をしても、彼らがいかに才能がある選手なのかを徹底的に売り込んだ。松平さんは、そうやって、男子選手たちに日があたるよう、努力し続けた。
「ジャイアンツの試合は、ほとんどがテレビ中継されます。全国のファンが見ている、期待している、と思うから、王、長島はじめすべての選手が、ひとつひとつのプレーを真剣に、必死にやる。その積み重ねが好成績をもたらし、好成績が選手の名声となって跳ね返ってくるという循環を生むのですね。これだ、うちの選手もブラウン管のヒーローに仕立て上げようと思ったのです」
(中略)
しだいに、若者たちは、ほんとにテレビのヒーローになっていった。彼らが試合にでるときには、球技場にファンの黄色い声援がこだまする。そうすると、それまで辛い練習をサボリがちだった選手たちは次第に態度を変えていった。
(上前淳一郎 「読むクスリ」より一部引用)
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何者かが学び、そして変わるためには、厳しいトレーニングに加えて、他者からのまなざしが必要である。そして、プロジェクトマネジメントを行うものは、他者のまなざしをコントロールするという発想を、その中に活かす必要がある。
レベルが違うので怒られるかもしれないが、僕はずっとこれまでそういう信念をもって、様々なプロジェクトをマネジメントしたり、共同研究を行ってきた。
このクスリは、僕のそういう考えを確信に近いものにしてくれた。
たかがまなざし、されどまなざしなのだと思う。
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追伸.
読むクスリの文章は、本当に素晴らしいですね。流れるような文章で、何一つひっかかりがない。それでいて、強烈な印象をもたせることに成功する。こんな風に文章が書けたら、とため息混じりで読んでおります。
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投稿者 jun : 2006年02月25日 18:16 | トラックバック
東大で「メディアリテラシー」のシンポジウムが開催されます!
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メルプロジェクト・シンポジウム2006
メディア表現、学びとリテラシー:
メルプロジェクトの播種(はしゅ)
===================================================
メルプロジェクトの5年間の活動を総決算!
海外からのゲストもお招きし、報告・発表・
ディスカッションなど、今年も2日間ぎっ
しりの内容で開催します!
2000年のはじめに発足したメルプロジェクトは、
当初から活動期間を5年と定めた時限つきプロ
ジェクトでした。
この2005年度が活動最終年度となります。
活動を始めてから、年1回、毎春に開催してき
たメルプロジェクト・シンポジウムはこれまで
に5回を数えます。第6回目、そして最後のシ
ンポジウムは2006年3月4・5日(土・日)に
開催いたします。
みなさまのご参加を、心からお待ちしています
■日 時
2006年3月4・5日(土・日)
■場 所
東京大学・本郷キャンパス
法文2号館(安田講堂の向かい)
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_01_02_j.html
■参加申し込み受付中!
参加ご希望の方は、下記アドレスまで電子
メールをお送りください。標題には「シンポ
ジウム2006参加」と、本文には下記の「ご記
入項目」をコピーしてそれぞれご記入をお願
いいたします。
★★送り先: sympo06@mell.jp
★★メール標題: シンポジウム2006参加
★★ご記入項目
(1)ご氏名:
(2)ご所属:
(3)連絡先(メールアドレスなど):
(4)参加する日:3月4日/5日/両日とも
(5)パーティの出欠:
*参加申し込みにあたりご連絡いただいた個人情報
は、本シンポジウムの運営のために利用いたします。
当該目的外での使用や第三者への提供はいたしません。
■資料代
2,000円
※一日参加、両日参加とも参加費は同額です。
なお、高校生以下の方は無料です
※パーティ参加費は別途いただきます(2,500円)
■プログラム
○3月4日(土)・1日め
総合司会:河西由美子(玉川大学)
□13:00~13:30 開会のごあいさつ
・川瀬達也、北村順生(新潟大学)
□13:45~15:45 パネル・ディスカッション
「コミュニケーション&デザインの時代」
・登壇者:小林傳司(大阪大学)
高宮由美子(NPO子ども文化コミュニティ)
本橋春紀(日本民間放送連盟番組部)
吉見俊哉(東京大学大学院情報学環)
・司 会:境真理子(江戸川大学マスコミ学科)
村田麻里子(京都精華大学人文学部)
□16:00~17:30 ワークショップ!
「コミュニケーション&デザイン」の銀河系
・カンブリアンジョッキー:水島久光(東海大学文学部)
・林田真心子(東京大学大学院学際情報学府)
・英語実況:河西由美子
・差配:MoDeプロジェクト[安斎利洋&中村理恵子(システム・
アーティスト)、飯田豊・伊藤昌亮・鳥海希世子
・林田真心子・古川柳子(東京大学大学院)
□18:00~19:30:パーティ!パーティ!
(東京大学内・山上会館1階ラウンジ)
・司会:山内千代子(青森放送)
・差配:鳥海希世子&武田安恵(東京大学大学)
■3月5日(日)・2日め
総合司会:河西由美子(玉川大学)
□10:00~12:00 メル・リフレクション
:5年間の軌跡をたどる
・司 会:上田信行(同志社女子大学)
・林直哉(長野県梓川高等学校)
・登壇者:山内祐平、水越伸、竹内希衣子・市川克美
内川奈津子、中森謹重、黄朝煕、宮尾久枝
今村正大、清水宣隆、春田亮介、中村純子
村田麻里子、坂田邦子、ペク・ソンス、酒井俊典
藍川利一、井上史子、佐藤翔子、崔銀姫
小川明子、長谷川一、呉翠珍/Sophia WU、
劉雪雁(予定の登壇順)
昼食・休憩(お昼は各自でおとりください)
□13:00~15:50 メルプロジェクト東京宣言!
・登壇者:呉翠珍/Sophia WU(台湾政治大学)
水越伸(東京大学大学院情報学環)
佐倉統(東京大学大学院情報学環)
陳世敏(台湾政治大学)
・コーディネーター:山内祐平(東京大学大学院情報学環)
・通訳:劉雪雁
□15:50~16:00 しめくくりのごあいさつ
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投稿者 jun : 2006年02月25日 11:40
ウーマンズアイランドとマキアージュ
女のピークはいつですか?
というキャッチコピーに心ひかれてしまい、テレビドラマ「ウーマンズアイランド」を見た・・・ていうか見てしまった・・・まだ原稿書き終わってないけど。
オシャレタウン汐留で仕事に恋に生きるかっこよい女性たち。彼女たちの生活は一見、華やかに見えるけど、実は、悩み、苦しみ、とまどっている。そう、女は悩めば悩むほど、キレイになれる・・・みたいな内容です。主演は篠原涼子。原作林真理子。ANEGOの変形バージョンみたいなドラマでした。
ドラマの内容は、先が読めるけどオモシロかったです・・・篠原涼子好きだし。
でも、それよりも僕の興味関心が集中してしまったのは、このドラマが、CM「マキアージュ」と連動して、マーケティングを行おうとしていることです。
たとえば、繰り返し繰り返し、ドラマの中では、マキアージュのCM曲である「your own eden」が流されます。本当に耳障りのよい曲で、何度か聞いていると覚えちゃう。
マキアージュ(your own eden)
http://www.shiseido.co.jp/mq/index.htm
で、15分に一回くらいの割合でCMに入りますよね。そしたら、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!って感じで、またyour own edenがかかる。
「徹底的にマキアージュのCM曲を覚えさせよう」「ドラマで描かれている生活とマキアージュのイメージを結びつけよう」というマーケターの執拗な意図が感じられて、非常に面白かった。
この曲は薬局でも、ヘビーローテで流されているので、きっと、つられて買ってしまう人もおおいのでしょうね。
なるほどねぇ・・・オモシロイ手法だなと思いました。
それにしても、この曲、your own eden・・・どこかで入手できないのですかね・・・たぶんCMソングだから、売ってないと思うんだけど。耳から離れん。
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投稿者 jun : 2006年02月24日 23:17 | コメント (2) | トラックバック
学部生と飲んだ
東大の学部生たちと飲んだ。山内さんの教育学部授業「学習環境デザイン論」をとっていた学生たち。この授業では、僕も「企業と教育」の話で、講義をさせてもらった。
学部生には、最初のうち、よい意味で、その若さに圧倒された。しかし、彼らとのおしゃべりは、新鮮で楽しい時間を過ごすことができた。
ふだん、僕は院生たちと話すことは多いのだが、やはり院生は「研究」という軸を誰もがもっていて、その意味で、どんなに異分野であっても、プロトコルを確保しやすい。
だけれども、学部生はよい意味で、まだそうした軸を定める前の存在である。どのような方向にでも変わることのできるチャンスがある。そして軸がまだ未確定である故に、プロトコルを確保するのが、最初のうち、ちょっと難しい。
彼らは、まだ固定されていない。そしてそうであるが故に、彼らには可能性がある。もちろん、その可能性はよい方向にも、好ましくない方向にも開かれている。
しかし、それが「開かれている」ということが、なにより羨ましい。
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投稿者 jun : 2006年02月24日 10:03 | コメント (1) | トラックバック
追悼
わたしが一番きれいだったとき
茨木のり子
わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした
わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった
わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆発っでいった
わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った
わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた
わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった
だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのようにね
投稿者 jun : 2006年02月23日 17:55 | トラックバック
人間力って言うな!
去年あたりから企業人材育成の業界では、「人間力」という言葉が大流行なのだが、この言葉を聞くたびに、僕は、背中に寒気が走るのを感じる。
「一言でいうならば、人間力のある人とは仕事ができる人、そして魅力的な人」
「人間力とは知識ではない、ベーシックな人間的要素」
「人間力とは包容力である」
「包容力」にいたっては、何がなんだかわからないけど、まぁ、みんなでよってたかって、いろんなことを言っていることは間違いない。だけど、「結局、人間力って何なのよ?」というと誰もわからない。
でも、不思議なことに、それが何かを言い当てられないのに、「人間力を育成せよ」とか、「人間力のある上司研修」とかが、なぜか行われている。そういう育成にからむ専門家やコンサルタントがわんさかいる。
そもそも、人間力とは何で、それは、そもそも教育の領域でカバーすべきコトなのか。あるいは、仮にそうだとして、その育成は教育という活動で可能なものなのか?
教育学研究者のハシクレとしては、「教育にできること」「教育にできないこと」に無自覚な論、クソミソ一緒にする論は、どうしても好きになれない。
それを誰かが口にするたびに、本田由紀先生にならって、こう叫びたい衝動に駆られる。
「人間力って言うな!」
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投稿者 jun : 2006年02月23日 17:46 | コメント (1) | トラックバック
知識人の条件
東京大学には、「淡青(TANSEI)」という広報誌があります。「淡青=ライトブルー」は、東京大学のスクールカラーですね。1年に2回くらいをめどに出版されているようです。
淡青(TANSEI)
http://www.u-tokyo.ac.jp/gen03/tansei_j.html
毎号、東京大学にまつわるいろんな特集が組まれていますよ。ノーベル賞受賞の話題から、安藤忠雄先生の対談まで。
最新号の淡青には、古田元夫副学長・理事と大江健三郎さんの対談が特集されていました。
仕事の合間にザーッと読んでいたら、この対談の中で、エドワード・サイードの「知識人の条件(Representation of the intellectual)」が紹介されていて、ふと目にとまった。
「知識人は世界に対してはっきりと表現し、主張しなければならない。それが知識人の条件だ・・・自分がどういう人をRepresent(代表・代弁)しているかを意識せよ」
確か、僕がこの本を読んだのは学部時代だったけれど、そのときには、上記のようなサイードの言葉はあんまりピンとこなかったんです。
だけれども、大学院をへて、職業研究者として働くようになり、そういう眼差しで「教育」の世界、あるいは「教育研究」の世界を眺めるようになり、だんだんとこの意味がわかるようになってきているような気がしています。
あなたが意識するにせよ、意識しないにせよ、否、知りたいと思うにせよ、そうでないにせよ、「教育を語るあなた」は誰かを代弁し、誰かの利害を代表している。
何を改めてと思うかも知れませんが、教育は、否、教育研究の世界も、そういう政治空間なのです。
あなたは、何をRepresentationをしていますか?
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投稿者 jun : 2006年02月23日 17:14 | トラックバック
海外の方が慣れてるのか?
今日の朝、著作権処理の記事を書いたら、皆さんからワンサカとメールをいただいて。ありがとうございます。ちょっと異常なほど立て込んでいますので、あとでゆっくりと拝見します。
著作権処理に関して、今日、研究室の岩下さんからこんなことを聞きました。
「著作権の同意は、海外の方がレスがはやい」
というのです。これは僕も予想外だった。
僕らは、フツー海外なんかに権利同意なんてしたら、「ケツの毛まで抜かれる」と思っている。また、処理も時間がかかると思いがちなんですが、それは全く逆でした。きっと、慣れているのかもね。逆に国内の方は、結構時間がかかるようです。
うーむ。
おー、そろそろ会議にいかなくては。この続きはいつか。
再見!
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投稿者 jun : 2006年02月22日 10:19 | トラックバック
著作権処理 : 教材をネットで公開するには?
「通信と放送の融合」のことで、世間が盛り上がっているようです。IP放送における著作権処理を簡略化することが論議されているようですね。
ところで、著作権といえば、僕の研究室では日々、それと格闘している学生たちがいます。言うまでもなく、UT OCWやTODAI TVなどの著作権処理をしている学生スタッフたちです。
UT Open Course Ware
http://ocw.u-tokyo.ac.jp/
彼らの活動をなくして、UT OCWもTODAI TVもありません。東京大学における教育の情報化のムーヴメントは、彼らの地道な活動にかかっているところもあります。その面倒な作業には日々アタマが下がる思いです。本当にありがとう。
彼らは東京大学教育企画室のスタッフとして、全世界の著作権ホルダーたちに、日々、同意をとるという作業をしています。また名刺をもって、先生方にUT OCWの意義を説明し、同意書をとってくるのも彼らの役割です。
そうした作業に円滑に従事出来るよう、弁護士の先生、知財部の方々と相談し、活動のフローをきめ、テンプレート(契約インタフェース)をつくる。そして、研修を行い(サバイバル著作権・めざせ脊髄反射という研修です)、進捗管理をするのが僕や山本さんの役目です。
僕の研究室には、TREEプロジェクトオフィスが置かれています。よって、僕の研究室は、まさに権利処理がおこなわれる「現場」なのです。
仕事柄、僕は、「教育と著作権」の講演などを聞くことがあります。 「知識としての著作権」、あるいは「行政の動向としての著作権」の話が多いのですが、あまりピンとこないことが多いです。そうしたことは大変勉強になるのですが、ふだん、学生たちが格闘している世界は、具体的で生々しいのですね。そことのギャップを埋めるのに、すこし時間がかかります。
たとえば下記のような問題が現場では毎日のように起こっています。ちょっと皆さんチャレンジしてみてください。
僕は、学生スタッフたちに、こうした状況を聞いたら、「脊髄反射」のレベルで、誰に対して、どういう処理を行わなければならないかを判断して欲しい、と言っています。
処理なんておおげさにいいますが、要するにいくつかのプロダクションルールの集積です。そして、モノにもよりますが、手続きをふんでいけば8割から9割の確率で同意はとれます(断られることはまずありません)。
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ある先生からUT OCW公開用にお預かりしたDVD。その中には、シンポジスト6名による講演が入っている。このシンポの企画者はB学部である。ビデオは外部の業者Dを使って撮影された。
シンポジストのうち、1名はパワーポイントでプレゼンテーションしている。そのパワポの中には、A出版社とB出版社から出版されたH先生(他人)の著書からの図版がたくさんはいっていた。図版の引用の際には、引用情報がつけられていた。残りの5名は口頭のみにて発表を行っている。
シンポジウムには600名のオーディエンスがいた。オーディエンスは後ろからルーズショットで撮影されており、個人が特定出来る状態ではなかった。
このDVDをUT OCWで公開するには、誰に対してどのような著作権同意処理をを踏めばよいか???
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最初に断言しておきますが、唯一の解はありません。解は大学のポリシーによって異なります。東京大学には東京大学の考え方があります。それを開示することはできません。
ですが、細かいところはさておき、上記の文章を読んだだけで、最低限、この同意だけは絶対にとらなきゃならないな、というところがあります。それはどこでしょうか?
学生たちは日々こうした作業に従事しています。
僕は、彼らはとても貴重な経験をしていると思っています。なぜなら、「通信と放送の融合」が加速すれば、著作権に関する知識や経験のニーズが高まることはあっても、低まることはないからです。面倒でいて、地道な作業ですが、それが、自分の「経験ノート」の数行くらいの記述になってくれたら、と願っているのですが・・・「ええい、めんどくせー」とスタッフさんたちはお怒りになるかも知れませんけれども。
事件は現場で起こっているんだ!
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投稿者 jun : 2006年02月22日 07:16 | コメント (1) | トラックバック
結婚相談所
某民間企業でバリバリと働く、大学時代の同期の女の子から教えてもらった話。
彼女はあまりに出会いがなく、最近、結婚相談所の資料を取り寄せ始めたそうです。で、結婚相談所では、どのように男女をマッチングさせているのか、を勉強した。
そうしたら、「女性は1歳年を取るたびに、紹介される男性の年収が単純に50万ずつ減っていく」ことがわかった。そういう紹介の仕方が業界の慣例だそうです。で、怒りがフツフツとわいてきた。「こんな紹介はヒドイ!」
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うーむ、あまりに露骨な、確かにヒドイ!
この常識がウソかホントか僕は知りませんし、結婚相談所のこともわかりません。ですが、そういう業界があって、そういう紹介の目安が内部ではマコトシヤカに語られているそうです。
ちなみに、国の統計によりますと現在、20代後半の男性未婚率は69.3%、女性は54%。30歳前半の場合は、男性42.9%、女性は26.6%となっています。
日本は高齢社会、人口減少社会に突入しようとしていますが、同時に空前絶後の「未婚社会」も経験しています。
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投稿者 jun : 2006年02月21日 06:06 | トラックバック
大学教員、法律、権利
大学教員は、研究活動を行うため、時に必要に応じて、「法律」や「権利」を勉強しなくてはなりません。
僕が、学生時代に全く想定していなかったことで、ここ数年、必要にかられていることは、このことです。個人的には、どうしても、「法律の議論」は親しみを感じることができません。
だけれども、僕の「好き嫌い」にかかわらずして、研究活動を行っていくためには、勉強せざるを得ないのです。
自らも知財を生み出す存在としては、著作権法、特許の仕組み。また、共同研究を行うときには会社法、民法。
そして、最近は、被験者を集める実験をするときには、個人情報保護法や肖像権に配慮する必要がでてきています。すべて同意をとる書面が必要になってきてしまいます。先日僕が行った研究でも、被験者からの同意をとる作業に、膨大なリソースをさきました。
民間に勤められている方からすると、アタリマエダのクラッカー(死語)なのかもしれませんが、大学はこれまでそうした「取り決め」とは無縁の世界であったように思います。
現状では、研究者個人が自学自習や経験に即して学ぶしかないのですが、その努力も限界があると思っています。大学研究者向けの「短期間法律研修」があったらいいのになぁ・・・と切に思います。それはビジネスとしても成立するんじゃないでしょうか?
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投稿者 jun : 2006年02月21日 05:42 | トラックバック
少年探偵団
20年前、僕は「少年探偵団」の一員だった。
「少年探偵団」とは江戸川乱歩の小説にでてくる、明智小五郎の弟子小林少年の率いる探偵グループである。
彼らは「7つ道具」とよばれる道具を常にポケットにしのばせ、怪人二十面相と戦う。明智小五郎の手足となり、彼の探偵活動を支援することが探偵団の目的であった。
もちろんのことながら、僕の所属していたグループは、小説の世界のそれではない。
当時、乱歩のグロテスクな世界観に惹かれ、それを図書館で乱読していた何人かの男の子たちで、結成した旭川の「少年探偵団」である。僕は作戦参謀として、この探偵団の活動に参加していた。
僕らの少年探偵団のミッションはひとつ。我が小学校の平和を維持することである。
僕らはミニ望遠鏡、懐中電灯、ナイフなどの7つ道具を自分たちでこさえて、常に所持していた。いつくるかわからない事件を待って、日々、鍛錬に励んでいた。
少年探偵団の活動は1年以上は続いたと思う。まぁ、いろいろやっていたが、一番役にたったのは、野口さんという女の子が、靴を隠されて困っていたのを救ったことだ(野口は仮名です)。「野口、我々が調べるからには、君も大船にのったつもりでいたまえ」という感じで、鼻息をふんふん言わせながら調査を開始したことを思い出す。
なぜかは知らないけれど、野口さんの靴は、ふだんはあまり使われない体育館横の女子便所にあった。「まさか、ここにはあるまい」と疑いつつも、女子の目を盗んで、何tか女子便所に侵入した探偵団員が靴を掃除ロッカーの中から見つけた。
この犯人をおって数ヶ月のあいだ、いろんな人を尾行した。
「ガサ入れ」と称して、人の机の中を勝手に探したりもした。また、「追い込み」と称して「人をつかまえて、わき腹をくすぐって、自白を迫ったりもした。
だが、なかなか犯人がわからず、最後にはどうでもよくなってやめた。メンバーで話し合い、「野口、女々しいぞ、昔のことは忘れろ!」ということになった。今から考えれば、なんともはた迷惑な集団である。
許されるならもう一度、こういう遊びをしてみたいなぁ。週末、探偵のテレビを見ていて、そう思った。
僕らは少年探偵団!
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投稿者 jun : 2006年02月20日 09:01 | コメント (2) | トラックバック
モーツアルト:映画「アマデウス」のこと
「素晴らしい音楽は、映画にあります。だから、僕の授業は映画が教材です」
高校時代、そう語る音楽の先生がいました。ここでは仮にS先生とよびましょう。S先生は、僕たちにいろんな映画を毎時間のように見せてくれました。
「サウンド・オブ・ミュージック」「ウェストサイドストーリー」[ベンハー」・・・
ナチスに追われる一家と、その一家を支えた家庭教師の物語「サウンドオブミュージック」・・・父親の歌うエーデルワイスは、きっと涙を誘うでしょう。
ストリート版ロミオ&ジュリエットであるウェストサイドストーリー。シャーク団とジェット団の戦いの中で、恋におちる二人と、その悲劇ですね。
奴隷から司令官までのぼりつめる一大叙事詩であるベンハー。有名な大戦車の競争シーンは、CGのない時代に撮影されたとはとても思えないでしょう。
授業では、映画を見おわったあとで、先生のコメントが入ります。「実はこの音楽は、こういう風につくられていて・・・」「この歌い手は実は・・・」という語りが続きます。その後、今まで聞いていた歌を歌うのです。たしか「Tonight」も歌いましたし、「ドレミの歌」も歌いました。
S先生の授業 - 生徒の中には「映画を見せることで楽してる」と揶揄する人もいましたが、僕は好きでした。残念ながら、S先生は1年間だけ僕らを担当し、定年退職なさいましたけれども。
今年はモーツアルトイヤーだそうですね。生誕250年だそうです。10年前、授業でみた映画「アマデウス」を思い出しました。
華やかな宮廷で、ピアノの前にすわっている神童。才能に恵まれた彼は、次第に嫉妬の渦に巻き込まれていきます。そして、モーツアルトは殺された!?
アマデウスはよい映画です。
モーツアルトイヤーということもありますし、是非。
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投稿者 jun : 2006年02月19日 10:11 | コメント (2) | トラックバック
六義園、とげぬき地蔵の散歩
先週もいろいろありました。疲れ果てた心を鎮めに、そして来週のため、また鋭気を養おうと、六義園に散歩にいきました。
六義園は、駒込から歩いて10分くらい。ここは日本三大名園のひとつに数えられるほどの名園でありながら、都会のど真ん中にあるのですね。柳沢吉保という人が建造しました。吉保といえば、犬公方綱吉の時代の老中ですね。将軍の寵愛を受けて、異例の出世をとげたことで有名です。
ここの散歩は本当によかった。池をひとまわりしているとね、いろいろ日常の雑念が消えてくるんです。滝見の茶屋で腰をかけて、ボーッと鯉を見る。それはゆったりとした時間です。もう少し暖かくなったら気持ちいいと思いますよ、是非、おすすめしますけど。
六義園の散歩のあとは、一度行ってみたいと思っていた「おばあちゃんの原宿=とげぬき地蔵の商店街」にいってみました。六義園からは歩いて20分くらい。
ここはスゴイねー、高齢者が本当に多い。おじいちゃん、おばあちゃんがやっているように、塩大福をたべて、とげぬき地蔵をあらってきましたけど。
あと、AERAの「高齢者の恋愛特集」でやっていたところも見てきましたよ。ベンチにこしかけて、おじいちゃん、おばあちゃんたちが語らっておったわ。人はいくつになっても恋をするのかねぇ。
そういえば、六義園では梅のつぼみも見つけました。
春よ、来い。
ちなみに今日の歩数は14600歩。消費カロリー500kcal。よーあるいたわ。
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投稿者 jun : 2006年02月18日 19:33 | トラックバック
大学院生の頃
ペンシルバニア州立大学大学院でPh.d取得をめざしている藤本さんが、僕の記事「人は見かけで」ににトラックバックしてくれました。
藤本さんの記事「大学院生という肩書き」
http://www.anotherway.jp/archives/000629.html
僕の記事「人は見かけで」
http://www.nakahara-lab.net/blog/2006/02/post_72.html
藤本さんのおっしゃることは、まさに我が意を得たりという感じでした。
日本の大学院生のカテゴリーってのは、「学生」カテゴリーの中にあります。決して、「専門家コミュニティに周辺参加する一員」としては把握されていないですね。
それは、それだけ日本の大学院が社会に位置づく、そして、日本の社会そのものが学習社会に移行する発展の途上にあるという、ひとつの証左なのかもしれませんね。
もちろん、そうはいうものの、学生も勉強しないヤツってのはいますからね。たとえば、就職氷河期の時代、「就職できないから、大学院でもいくか」「大学院しかいくとこがない」という、いわゆる「でも」「しか」もいないわけではなかったと思います。
ほとんどの大学院生はまじめに研究に勤しんでいることと思いますが、そういう一部の大学院生のことがマスコミなどでクローズアップされ、増幅され、ある種のステレオタイプをつくりだす可能性があることは捨て切れぬ事でしょう。
あと、ものすごく共感したのが、下記の指摘です。
>「大学院生には、ちょっと厳しい突込みを」なんていう態度で無礼なことを言ってくる人もいる。
これ、いるんだよねぇ・・・・サドオヤヂっていうのかね。学生いじめて喜ぶっていうオヤヂが。
僕も大学院生の頃、学会や研究会で発表したとき、何度もエジキになりました。いじわるな質問をされたりね、けなされたりね。僕はマゾではないので、そういうオヤジには何度か殺意をもちました(笑)。
「それは、オレの研究の課題ではなくて、どちらかというと人類の課題だろう」という課題を押しつけられたりね、「大阪弁でわざと、おちょくった質問をされて、ウケをとるのに利用されたり」ですね。そういうことは何度となくあります。
スゴイのになると、「オマエのやっている研究は、オレの研究に似ている。パクッタな?、それを泥棒っていうんだ?どうして先行研究として引用しない?」というのもあります。で、帰って調べてみたら、「えっ、これ、似てるかぁ?」という研究だったりするわけです。「そんなヘボイ研究からパクりません」と思わず不遜にも言いたくなる。
ところが、これがオモシロイんだけど、そういう無礼な質問というか嫌がらせは、不思議なもので就職したら、「いっさい」なくなりました。これは、ある人に言われていたんです。「中原君、そういうのは院生の頃だけだから」と。本当にその通りになった。
学生の頃と就職してから・・・僕は言っていることはあまり変わりません。
それなのに、一度もないのです・・・おかしいじゃないか、コラ。
今、いろいろなところで学生さんが発表した際、投げかけられる質問を見ていても、品がない質問ありますね。可哀想に思うけどね・・・。でも、僕は、学生にそういう嫌がらせをした人の顔は全部覚えてるからね、悪いけど。絶対に忘れないから。
もちろん、ひどいときには発言します。でも、そういう「酔っぱらい」をどうmagageするかも力量という側面がありますね。だから、学生さんには、サバイバルストラテジーのひとつとして、そういう力量をつけてほしいと思うのです。世界はこんなに広い、いろんな人がいますから。就職して自分が講演するときになっても、いろいろありますから。学生の頃は特に多いけど、就職してからもいろいろあります。
大学院生当時、僕自身は、そういう質問をなげかけられたら、こう聞くことにしていました。
「は?・・・・・・・・すみません、今、なんておっしゃいましたか? すみません、ご主旨が理解できなかったのですが、すみませんが、もう一度、お聞かせ願えますでしょうか?」
と笑って言います。どうせ支離滅裂なのですから、こう言われたら、さすがに気づきます。それで気づかなければ逝ってよし。それに、もう一回言わせることで、そこに居合わせる全員に「この人はヤヴァイとわからせる」ことができます。
気分悪いけど、そういうことは、大学院生の頃は、悲しいかなあります。
でも、見ている人はちゃんと見ている。これも事実です。
だからね、あまり気にしない事かな、と思いますけれども。
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投稿者 jun : 2006年02月18日 10:25 | コメント (4) | トラックバック
人は見かけで
ここ1年で格好が変わりましたね・・・とよく言われる。
たしかに前研究所で助手をやっていた頃は、基本がジーンズ+Tシャツ、冬だったら、ジーンズ+パーカーという格好が多かったんだけれども、最近はめっきり変わった。
東京大学に着任してからというもの、ジャケットにパンツというのが基本になりった。全学の会議、外の人たちが参加する会議が多く、さすがにパーカーでは、自意識過剰なのかもしれないが、「なんか、オレ、ういてるなー」と思うようになったのである。もちろん、会議とか、外の企業の方々とあうことがない日は、相変わらずラフな格好で登校している。
僕のように、その日によって毎日のようにファッションを変えていると、その違いによって、周囲の人たちの対応も違うことに気がつく。そういうのに僕はとても敏感だ。
たとえばパーカールックで、ある企業の中間管理職の人にあったとする。「誰だこの若いやつは」という感じで、自己紹介しても、あまり反応はない。「若い人は手を動かしてくださいよー、なんかフレッシュな考えはないんですか?」くらいに振る舞われちゃったりする。
ところが、数ヶ月後、同じ人にスーツをきてあう・・・学会会場などで。そうすると、全く対応が違うから笑える。ほとんど同じコトをしゃべっていても、全然反応が違う。
人は、「まず」は見かけで判断される。
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投稿者 jun : 2006年02月17日 13:06 | コメント (6) | トラックバック
ゴミは黙って働け
年末、テレビで株価高騰しています、と何度もニュースなどで流れたよねぇ。で、「よし、それならば」ということで、自分のおこづかいの範囲で株を買ったんです。
しめしめ、少ないおこづかい、あわよくば1.2倍くらいにはしてやりたいと思ってね。これまで一度も買ったことなかったのですが、もしかするとイケるんじゃないかとなぜか思った。完全に欲望のかたまりです。「欲望」という粘土をこねたら、僕になっただろうと思う。
投資といっても、所詮、自分のおこづかいの範囲ですから、少額です。友人によると、こういう人を、「ゴミ投資家(少額の投資しか行わない個人投資家のこと)」というそうですね。僕もゴミ投資家の仲間入りをした。
最初のうちは、かなりあがったんです。数日にして10万くらい儲けました。毎日毎日グラフを見るのが楽しみで、たまらない気持ちになりました。でもさ、そこで売っておけばよかったんだけど、その次の1週間で、10万損しました。数週間もしないうちに。「あぁ、あのとき売っておけば・・・まさに「教科書どおりの展開」が笑えました。
損をしているときは、本当にいてもたってもイラレなかった。なんだか胃が痛くなるのですね・・・途中で、こりゃたまらんわい、と思って、結局、株はすぐに売ってしまいました。10万得して、10万下がったのですから、差し引きゼロですね、被害はなかった。これが不幸中の幸い。結局、僕のゴミ投資家歴は、こうして2週間で終わったんですね・・・。
先日、この話を友人にしました。彼も年末からゴミ投資家になったそうですが、成績はよくはないそうです。帰り際、彼がいった、その一言が忘れられません。
結局、ゴミは働けってことやで!
「ゴミは黙って働くべし」このことがわかっただけでも、よい勉強になりました。トホホ。
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投稿者 jun : 2006年02月16日 15:14 | コメント (6) | トラックバック
神戸の夜 : 酒亭 うえ山
神戸の夜。
全日空の機内誌「翼の王国」で紹介されていた「酒亭 うえ山」にみんなでいきました。記事の写真の「みそ玉子」が、あまりにも美味しそうだったので、つい予約をしてしまったのです。
「うえ山」は木のぬくもりが優しいお店です。あまり店自体は大きくないですので、きっと予約をしていったほうがいいでしょう。この日も満員でした。特に「翼の王国」で紹介されてからは、お客さんがずいぶんつめかけているようです。
カウンターには、その日の「アテ」がズラリと並んでいる。
この日、僕が食べたもので、特に気に入ったのは、「やきそば」と「豚ときゅうりの山椒炒め」・・・やきそばは、こだわりの麺。これがシコシコしていて美味しかった。山椒炒めは、きゅうりがシャッキリしていてよかった。
お目当ての「みそ玉子」ですが、「翼の王国」を見たお客さんが最近そればかり頼むので、すぐに無くなってしまうとのこと。「みそ玉子」をつくるためには3日間、玉子の黄身をみそにつける必要があるとのことですが、残念なことにこの日は1日だけつかっているものしかありませんでした・・・OK next time。
ですが、アテがおいしかったので、かなり飲んだ。山口さんは、また途中で寝ちゃうし、望月君も電車にのるあたりで、あまり記憶がないそうです。僕はそこまでいっていないけれど。西森さんの社会哲学を比喩にした、「行動主義・構成主義・状況主義」の話はオモシロかった。さすがは先輩、思慮深い。
お店の場所は、あまりわかりやすいところではありません。ちょっと小道をはいったところにある。ですので、住所をメモしていって下さい。
酒亭 うえ山
神戸市中央区中山手通り2-12-10
TEL : 078-241-8255
定休日は日曜日・祝日、営業時間5:00-12:00
それでは、僕ももう寝るよ。
おやすみ
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投稿者 jun : 2006年02月16日 01:26 | トラックバック
神戸大学
神戸大学にきています。今日から2日間、「おやこdeサイエンス」の分析をやっているのですね。神戸大学ははじめて。
メンバーはいつものメンバー。西森さん@メディア教育開発センター、望月君@神戸大学、そして宮崎さん@山口大学、じゃなかった、宮崎大学の山口さんです・・・えぇぃ、ややこしい。
ひたすら、ひたすら、因子分析をして、回帰分析をして・・・が続きます。前回の分析大会では、あまりよろしいデータが得られなかったのですが、何とか光明が見えてきました。まぁ、今日得られた分析結果で、あんまり綺麗な説明ではないけれど、何とかなるんじゃないかな、と思います。
結構ハードなことをやっているのですが、今日は、胃が痛くないね。
研究しているときは、胃が痛くない。
僕は何におびえている!?
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投稿者 jun : 2006年02月15日 11:11 | コメント (2) | トラックバック
小5が抱えるクライシス
AERAの記事で「小5が抱えるクライシス」という記事がありました。
要するに、
1.中学受験がかなり浸透している
2.塾で学ぶことが今の小5にとってはアタリマエになっている
3.塾では詰め込み型の厳しい受験指導が行われている
4.塾にいかない子どもたちは、不安を感じたり、「オチこぼれ感」を感じる
5.一方塾にいく子どもたちは、受験が失敗した場合、激しい挫折を感じる
6.子どもたちは、自分たちのまわりにある「格差」に気づき始めている
こうした指摘自体が、どの程度あたっているものなのか、僕はデータがないのでわかりません。おそらく、これがもっとも当てはまるのは、都内近郊の小学生だと思うのですが、どうなんでしょうか? 地方でも最近はそうなのでしょうか? 根拠レスな僕の推測によれば、そう一般性があるものではないと思いますが。
まぁ、こうした受験の弊害の指摘自体は、何も今になってでてきたものではありませんね。戦後、受験戦争が加速したときから、ずっと、子どもたちはそれに巻き込まれてきました。受験とは、ずっと昔から過酷なものなのです。
ですが、気になることがひとつありました。記事自体は、公教育へへの信頼感の欠如が、全体のトーンになっているのですが、下記のような指摘がありました。
塾でintensiveな教育が行われている一方で、学校では「60÷3を1時間かけて延々と教える「考えさせる授業」が行われている。テクニックだけでよいとは思わないが、子ども自身に「考えさせるにも限度がある」という指摘です。そんなとき、先生は「わかっていない子どもがいるんだから」という。
記事はこうむすびます。
「授業を簡単にして、宿題を減らせば減らすほど、やらない子どもがますますやらなくなるだけ」
そうした事態が本当なら、「わかっていない子どもがいるんだから」という先生の抗弁は、あまり意味がないですね。
むしろ、わかっていない子どもとわかっている子どもが生まれていることを、所与の事実にして、つまりは、それを前提にして、新たな教育方法を模索する必要があるように思うのです。
つまり、「わかっている子ども」と「わからない子ども」がひとつの教室で、同じ進度で教えられるべきであるという前提自体を、いったん疑ってみる必要があるのではないでしょうか。
こうした事態がもし不可避であるならば、教育方法の改善など、本格的に考える時期にきているのかもしれません。教育方法の研究者としては、そう思ってしまいます。記事の中では、習熟度別クラスが取り上げれていましたが。
いずれにせよ、具体的にどういう手法が最適なのかは、いちように処方箋をここでだすことはできません。データ、制約の中から、「リサーチに基づく、現場のフィージビリティが高い手法」を、その現場ごとに生み出す必要があると思います。こんなときこそ、日本が世界に誇る校内研究、授業研究の伝統(世界の教育研究者から注目されているのですよ!)が活かされるべきかもしれませんね。
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投稿者 jun : 2006年02月15日 08:09 | コメント (2) | トラックバック
マクロビオティック
先日、マクロビオティックのレストランにいってきました。
マクロビオティックとは、一言でいうと「大自然と共に生きる食事法」。「旬のものを、その季節に、カラダに優しい料理法」で食べるというムーヴメントでしょうか。最近、女性雑誌とかでモデルとかが紹介することが多くなっていますね。
チャヤマクロビオティック
http://www.chayam.jp/restaurant/hibiya.html
店内のディスプレイには、「No milk, No sugar, No meat」と書いてありました。お味は、素材の味をいかした薄味で、なんだかカラダによさそうだなーと感じることができました。余計なものは、いっさい、はいってないんでしょうね、きっと。
僕は、この手のレストランが好きなのです。
なぜかっていうと、やっぱり、日々の生活では、カラダに悪いモノを食べまくっているし、人とオチャケを飲むことも多い。
そんな自分が背負った「重い十字架」「重い原罪」みたいなものを、贖ってくれそうな気がして、つい、そういうレストランを選んでしまうのですね。
悪人正機といいましょうか、「そういうレストランにいけば救われると思っている」ところが、我ながら、浅ましい。
さらに喩えて言うなら、「もはや太っているというレベルを超えたアメリカ人」が、ドレッシング1瓶をぶっかけたサラダを、「カラダにいいもんね、だってサラダだもんね」と食べるのに似ている!?
いや、ちょっとズレましたね・・・忘れて。
いいのです、おいしいのだから。
信じるものは救われる。
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投稿者 jun : 2006年02月14日 21:43 | トラックバック
言葉の力
次期学習指導要領の中心的概念は「言葉の力」だそうですね。いろいろなところで話題になっています。
朝日新聞
http://www.asahi.com/life/update/0209/003.html
上記の記事によりますと、
「言葉は、確かな学力を形成するための基盤。他者を理解し、自分を表現し、社会と対話するための手段で、知的活動や感性・情緒の基盤となる」
だそうです。
そりゃ「言葉」は必要ですし、重要ですね、すべての基盤になる・・・それはそうです。言語は思考であり、思考が世界です。
僕は新聞だけしか読んでないので、詳しい話は知りませんし、データももっていません。ですので、現段階でコメントは差し控えます。
ですが、パッとアタマに浮かんだのは、上記のような解釈ですと、「言葉の力」でめざすことは、すべてを含んでしまいますね。ということは、具体的には教育現場では、何をやればいいんでしょうか?全部やるの? 今までと何が違うのか、ちょっとわかりませんでした。それで現場は動く気になるのでしょうか。
「はて、今までだって言葉は大事にしてきたけど・・・何をやればいいんだろ?」と冷めた感じにならないかな?というか、アタリマエダのクラッカーのような感じがしませんか。いや、アタリマエのことをアタリマエにやることはとても重要なのです。ですが、現場に対する説明力、訴求力がどうもな、と、そんな懸念をもちました。たぶん、PISA、PISA、PISA、TIMSS、TIMSS、TIMSSの結果で、こうなったとは思うんですが。
僕の第一印象はこうでしたが、皆さんはいかがでしょうか。
まぁ、事態の推移を注意深く見つめていきましょう。
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投稿者 jun : 2006年02月14日 13:41 | コメント (2) | トラックバック
Early bird
今日は、早朝6時に研究室につきました。なぜか、起きてしまったんだよねぇ・・・4時に。で、「どうしようかなー、二番寝(もう一回寝ること)をしようかな」と思ったんだけど、仕事がたまっているので、エイッと起きました。で、おもむろに大学にいった。
大学には当然のことながら、人っ子ひとりいません。いるわけないよなぁ・・・6時じゃ。工学部あたりの学生だったら、おうちに帰る時間ですよね、むしろ。
山本さんは9時出勤ですので、それまでは誰もこない。で、シコシコ仕事をしていたんだけど、これが悪くないですね、集中できる。ゆっくりとプレゼンをつくり、ゆっくりと文献を調べる。自分の研究室にいながら、こんなゆっくり時間を過ごしたのは、あまりなかったことだなぁと思いました。
でも、残念ながら、その静寂は長く続かないんですねぇ・・・。
午後9時30分・・・また一日がはじまる。本当に息をつく暇がないんですね。事務の方相手に、学生さん相手に、共同研究者相手に、ひたすら、なんかくっちゃべっているような気がする。今日は特にひどかった・・・本当に「ブレーキなしのジェットコースター」でした。
それでも、朝の3時間を有意義に活用できたのはいいですよね。逆に、この時間がなかったら、どうなっていたのか、正直怖いわ。通勤も楽だしね。いつもは満員電車にのっているけど、さすがにそんだけ朝はやいと、全然人はいない。座席に座って、朝の英会話レッスンを聞いて、ゆったりとした気分で、通勤できる。これはいいですね。
また早朝出勤しようかな・・・。一応、僕は裁量労働制ですので、朝早くでて、夕方になる前に帰るのは可能なんですね。早朝出勤することを、英語ではEarly birdといいますが、ちょっと仕事のやり方を、その方向で考えてみようかな。
朝早く出勤して、夜遅くなるっていう最悪のシナリオは、何とか避けたいけれども。
そりゃ最悪だ、最悪だ。
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投稿者 jun : 2006年02月13日 19:39 | コメント (3) | トラックバック
授業デザインの最前線
ありそうでなかった本だと思います。「授業デザインの最前線」を読みました。
高垣マユミ(著)(2005) 授業デザインの最前線:理論と実践をつなぐ知のコラボレーション. 北大路書房, 東京
この本、それに数々の学習理論をとりあげつつ、悲しいかな溝が深い教科教育学と教育心理学(学習科学)のあいだをブリッジングしようとしているところが、何より新しいなと思いました。ATIといった理論がとりあげられるかと思えば、活動理論もふれられている。これが1冊の本にまとまった本は、今までなかなかなかったのではないでしょうか。
実際の授業場面に生かすことのできるような諸理論をとりあげ、「授業を理解する」「授業を計画する」「授業を実施する」「授業の効果を上げる」「授業を分析する」「授業を評価する」という実践的課題を論じているのですね・・・理論的であり、実践的である。
とても参考になりました。
いつか、授業で使わせて頂きたいと思っています。
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投稿者 jun : 2006年02月12日 23:09 | トラックバック
屋根の上のバイオリン弾き
先日、仕事をおえたあとで、ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」を見ました。
屋根の上のバイオリン弾き
http://www.toho.co.jp/stage/yane2005/welcome-j.html
「屋根の上のバイオリン弾き」は、ロシア革命直前のウクライナに暮らす貧しいユダヤ人の家族の生活をおった話。
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この土地に暮らす貧しいユダヤ人の父親テヴィエは、「しきたり」に厳格にしたがいつつも、5人の娘を育て、慈しんできた。しかし、娘たちは、「しきたり」よりも愛情を重んじ、次々と結婚して家を出ていく。「しきたり」を重んじようと必死に抵抗するテヴィエ。しかし、自分の好きな男性を見る娘のまなざしを見て、彼は思う。「そういうのもありだろう」。
ツライことがあると、敬虔なユダヤ教徒である彼は、いつもカミサマに話しかける。「カミサマ、あなたはこんなに辛いことばかり、わたしにさずけなさる」。それでも、彼はカミサマに祈る。
そうこうしているうちに、激動の時代に突入する。テヴィエの村にも、ユダヤ人強制退去の命令が・・・。
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いやー、主演の市村政親さんの演技は、本当にスバラシイモノでした。歌を歌っても、せりふを回してもすばらしい。魅了されっぱなしの3時間半でした。
これほど、声のとおる、そして間の取り方のうまい役者さんを僕は知りません。テヴィエといえば、古くは森重久哉さん、西田敏行さんが演じた役柄ですよね。僕は、昔は知らないけれど、彼のテヴィエは本当によかった。特に彼の歌う「金持ちなら(If I were rich man)」は、哀愁があって、ずっと数日たった今でも耳に残っています。
聞けば、市村さんは今年で57歳だそうです。全くそんな年には見えないほど、エネルギッシュですけど。
いやーよかった。
彼の次の作品「ダンス・ウィズ・ヴァンパイヤ」も見に行こうと思います。
あのね、学生さんたちは、このミュージカル、当日半額で見られるんですよ、3000円で。オトクだよねぇ・・・こういうのはどんどん増えて欲しいですね。
ぜひ、勉強・研究に疲れたときには行ってみて下さい、もの悲しくも、必ず笑える。そして元気になるから。
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投稿者 jun : 2006年02月12日 22:56 | トラックバック
一足先にバレンタインデー
来週はあまりに忙しく一緒にいられないので、少し早いけれど、バレンタインのチョコレートをカミサンからもらいました。
バレンタインデーの例年の方針は、「1粒入魂」。
要するに「量よりも質でいこう」ということです。僕はチョコはあまり得意ではなく、この機会以外には、1年でほとんどチョコレートを食べないので、そうお願いしています。
今年も、彼女は、そんな僕の酔狂に今年もつきあってくれました。買ってきたのは、デルレイのチョコレート。
デルレイ・チョコレートリスト
http://www.delrey.co.jp/cart/order_top.html
デルレイは、北ベルギー・アントワープにある伝説のショコラ屋さんです。創業以来、ずっと他国への出店を見合わせてきましたが、いよいよ日本で店をかまえることになった、ということです。毎日、ショコラがベルギーから空輸されているのですね。
お味は・・・おいしゅうございました。
1粒500円のチョコは、口の中でトロける中のショコラがなんともいえん。先日買いに行ったベノアのダージリン・アールグレイによくあいました。
マロングラッセ・・・こちらは1粒1000円だったそうですが(何度も何度も繰り返して言われました)、なんだかよくわからないままに食べてしまった。うーむ、早い、もう少し愉しみたかった。
バレンタインデーは1粒入魂ですが、ホワイトデーはそうでもないんだよね。「しょーもないお品」をあげようと思います、悪いんだけど。
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投稿者 jun : 2006年02月12日 22:24 | トラックバック
それはレ・ミゼラブル!?
やっぱり、英語はそんなに甘くないよなぁ・・・と実感した日。
朝、カミサンと話していて、ミュージカルの話になった。僕が、
「今度、日生劇場でやるレミゼラブル(ああ無情)に行きたいな」
というと、「わたしはアメリカで1年留学していたときに、ブロードウェイで見ちゃったからなぁ・・・」と勝ち誇った顔でいう。「へー、どんな話なの?」と聞くと、少し顔を曇らせて、自信がなさげにこう言った。
「貧乏で、酔っぱらった民(たみ)が、船に乗って、闘う話」
・・・おい、そんな話だったか? ジャンバルジャンとか、でてこなかったか? と聞くと、
「英語だったからあんまりわからなかったんだよね」
という。
本当はどんな話なんだろう、と思って、あとでインターネットで調べてみたら、卒倒しそうになった。
レミゼラブル
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD31305/story.html
かろうじてあっているのは、「闘う」ってところだけかな。「船」とか「酔っぱらった民」はどっからでてきた?
ちなみに、彼女の名誉のためにいっておくと、彼女は英会話はできる方だと思う。大学院の授業なども受講していたし、それほど不自由はしていない。だけど、なかなかミュージカルってのは難しい。
1年間で獲得できるリスニング能力は、そういうものなのだ・・・。
ちなみに、かくいう僕も、ブロードウェイでレント(RENT)を見たとき(ボストンにいって2ヶ月後くらいかな)、「エイズになった人たちが同じマンションで、あーだこーだする話」くらいしかわからなかった・・・。ただでさえ、わかんないのに、歌っているんだもん、何がなんだかわかるかい。
---
みんな格好悪いと思っているから言わないだけだと思うけど、海外に1年間くらい留学した人は、みんな帰国すると、「留学したんだから、英語は大丈夫だよね」というまなざしで、周囲から見られます。でもすごい語学的才能のある人は別だと思うけど、多くの人たちは、そういうまなざしで見られるたびに、ドキドキしちゃうと思うんだよね、きっと。
「英語が話せるっぽくハッタリをかますこと」や「あーいわれたら、こう言うという瞬発力」は確かにあがります。そういうハッタリなら確実にあがる。だからね、「オマエは英語が話せないか」と他人にきかれると、「うーん、話せないけど、まぁ、話せるように見られるのは間違いないので、なんて言おうかな」と思ってしまう。
でも、話している英語、聴いている英語がすべてわかっているか、っていうと、正直にいうと、わからないときもある。スピーキング、リスニングはなかなかあがらないですよ、そんな短期間いっただけじゃ。日本語で話すときを10としたら、英語で話すと、ゼロではないけど、2か3くらいにしかなりません。これは僕だけかもしれないけど。
相手によるんです。英語っていっても、しゃべる人によってわかりにくい人もいれば、わかる人もいる。わかりやすい人としゃべっていて、「なんか、オレ英語できるようになったな」と思っても、次の日、違う人と話して、打ちの








