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よく働き、よく学び、よく遊ぶ会社

 どこの会社のことか、わかりますか?

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よく遊び、よく学び、よく働く会社

プロフィットセンター制(会社の中に会社をつくる)を日本でいちはやく導入した会社

社員が退職することを「卒業」とよぶ会社

社員が起業マインドをもっている会社
 ・
 ・
 ・
広告モデルというビジネスモデルを打ち立て、「情報誌」というジャンルを確立した会社

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 ここまで来れば「答え」はおわかりになるかと思います。言うまでもなく、かもめのマークのリクルートですね。

 江副浩正著「リクルートのDNA」を読みました。

 本書は、リクルート創業者の江副氏が、リクルートの発展の歴史を綴った本です。東京大学新聞社の広告を一手に引き受けていた黎明期から、不祥事によって退任するまでの歴史。おりにふれ、高名な経営者の言葉を引用しつつ、起業家のマインドとは何かを解説している。

 いまや、会社を「卒業」し、各界で活躍するリクルートOBですが、彼らはどのようにして育まれたのか、そして、会社の底流に流れるカルチュアとはどのようなもので、どのようにエンジニアリングされたものなのか、その一端をうかがい知ることができます。

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 僕も、個人的にリクルートに勤めている人、勤めていた人を何人も知っていますが、確かにエナジェティックでオモシロイ人が多い。

 会社にいるときには、まさに、「24時間働けますか状態」で働きつつ、ある日「卒業」する。で、次の瞬間に、いつから準備していたのか、自分で見つけた「オモシロイこと」にチャレンジしている。

 かつて僕もプロジェクトを一緒にやった人たちが何人かおりますが、僕がお世話になった人たちの大部分は、数年たった今では、ほとんど会社に残っていません。

 まさによく遊び、よく学び、よく働く。

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 それにしても、江副さんが東大教育学部とは知りませんでした。教育心理だそうです。森ビルの森稔さんもそうなのですね・・・。まぁ、お二人ともほとんど大学には行かなかったそうですが。

投稿者 jun : 2007年04月30日 17:00 | トラックバック


効果的なクレーム申し立て

 CHI2007という国際会議に参加するため、アメリカへ。今、ロスのUAラウンジにて、この日記を書いています。

 今回の出張は、何だか行く前から胸騒ぎがして、「波乱ぶくみなんじゃねーか」と思っていたけど、今のところ、期待を裏切らない感じになっていますね。トホホ・・・。

 成田エキスプレスには乗り遅れ、ようやく列車に乗ったと思ったら、隣はクレーマーのオヤジ。車掌さんが来るたびに毒づいていて、うるさいったら、ありゃしない。

 LAの空港は大混雑で2時間ならび、次のフライトまで、あと3時間も待たなくてはならない。

 おまけに、さっき、ネットでチェックしたら、これから泊まるホテルは、最低最悪の一つ星。ネットでの口コミがすこぶる悪い。「Awful!、絶対に泊まるな」とか言われてる。

 もう、ダメポ・・・。

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 それにしても、行きの成田エキスプレスで痛感したけど、クレームは上手に言わなきゃね。効果的なクレーム申し立てには、作法があると思った。

「なー、なー、おい、こういうのは、客本位っていう姿勢とはかけ離れてんじゃねーか、違うか?」

 なんて、車掌さんを恫喝したって、ダメだってーの。まず、そんな態度で接したら、車内の誰一人として、アンタの見方にはなってない。「オメーの方が、うるせーんだよ」と思われる。

 おまけに勢いにまかせて、あることないことまくし立てるもんだから、揚げ足とられて「お客様、それは違います」と言われる。「そ、そうか、ならいいんだ」だって。はい、一蹴。

 思うに、効果的なクレームは、下記のようなプロセスで申し立てた方がいいんじゃないだろうか。

1) わたしはいつも、あなたのサービスを使っており、評価しており、期待している

2) しかし、今日のサービスでは、○○が不足していたことが残念だな、と思った。これでは、○○できないことになってしまう

3) ○○を変えることができれば、もっとよくなると思う

 まぁ、ここまで丁寧にならなくてもよいかもしれないけれど、基本的には一度「譲歩」し「よさを認めた」上で、クレームを述べた方がいいのではないでしょうか。

 つまり、クレームも、感情にまかせて言い散らすのではなく、戦略的に、かつ、最低限の礼を尽くしつつ言うことが重要だ、ということです。効果的な反応を引き出したいのであれば。

 そういえば、何の女性誌だったかは忘れましたけど、女性が選んだ「嫌いな男のタイプ」の第一位は、「店員さんに横柄な態度をとる男」でしたね。

 確かに見ていて、あまり気持ちのよいものではないよね、男のそういう態度は。別に男だけに限定される話ではないけれど。

 こう考えると、簡単なようでいて、難しいですね。クレームは「文句をぶちまける」と見るのではなく、「説得行動」とか「交渉」と見立ててみなければならない。とすると、「洗練された表現」と「知性」が必要ですね。

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追伸.
 僕が数日間家を留守にするので、カミサンとタクは、カミサンの実家へ。下記は、さっき送られてきた写真。なぜか、ピングーになっている。

pingu.jpg

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追伸.
 ホテルにつきました。お約束のように、リザベーションが通っていない。バウチャー持ってなかったら、エライ目にあうとこだった。それ以外は、それほど悪くないと思うんですけど。まだ油断はできないかな。これからか、とんでもない目にあうのは。

投稿者 jun : 2007年04月30日 06:18 | トラックバック


熟達化、専門性研究の総合デパート

 来学期の大学院ゼミで購読する文献を決めた。エキスパート研究、熟達化研究の重要論文を集めた、The Cambridge Handbook of Expertise and expart performanceである。

「熟達化、専門性研究の総合デパート」という感じで、読み応えがある。

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追伸.
 今日驚いたこと。一日に5本の論文査読依頼があったこと。マイレコードだな。同じ日に依頼があったということは、同じ日が〆切? 笑い事じゃない。

投稿者 jun : 2007年04月29日 13:05 | トラックバック


MOCHI CREAM : モチクリーム

 先日、拙宅に遊びにきてくれた人が、コムサストアが出しているスイーツ「MOCHI-CREAM(もちクリーム)」をもってきてくれた。

 もちクリームは、洋菓子と和菓子のちょうど中間のようなお菓子。フレーバーのついたクリーミーな雪見だいふくといえば、だいたい感じがわかっていただけるだろうか。

mochi_cream.jpg

 フレーバーは「桜」「抹茶」など24種類。個人的には「ずんだ」がヒットした。値段は1個157円。決して高級スイーツというわけではない。が、リーゾナブルな価格ながら、なかなかどうしてすみにおけない。

 うーん、お酒も好きだが、甘いものにもめっぽう目がない。ダイエットという観点からすれば、悲劇的な境遇である、と我ながら思う。

投稿者 jun : 2007年04月28日 23:33 | コメント (2) | トラックバック


Learning bar : 「研修にできることできないこと」が終わった!

 昨夜は、Learning bar「研修にできること、できないこと」が開催されました。

 (今から考えると)GW前の金曜日(!?)というとんでもない日程だったにもかかわらず、おかげさまで103名の方々にご参加いただきました。このテーマに対する関心の高さが伺えますね。

kenshu1.jpg

※Learning barは、NPO法人Educe Technologies主催、東京大学大学院学際情報学府 中原研究室の共催にて実施されています。

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 今回のLearning barのテーマはズバリ「研修」と「現場の学び」。主に下記のような内容に焦点をあてました。

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1)最近注目されている「現場での学び=Workplace learning」の実態は、どのようなものなのか?

2)そのとき、いわゆる人材育成担当者は、どのように現場に関わるべきなのか?

3)育成担当者には、どのような未来が待ち受けているか?について考える

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 このテーマに従って、荒木淳子先生(東京大学)、長岡健先生(産業能率大学)から話題提供をいただきました。

 お二人の主張を要約すると、下記のようになるか、と思います。

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1) 従来の研修とは一線を画する、現場での人材育成ニーズは(Workplace learning)、今後も向上していくでしょう

2)人材育成担当者は、インストラクショナルデザインで研修をデザインする仕事に加えて、現場に対するプロセスコンサルテーションが求められるようになるでしょう

3)「研修(ID)で教えられないので、わたしの仕事ではありません」という言い方をしていると、かつてOR(Operations Research)がたどった道と同じ道をたどるでしょう

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 お二人の先生からの話題提供のあと、JMAMの張さん、柴田さん、産業能率大学の古賀さん、熊本大学の北村さんから、「育成現場の実体験」をまじえながら、今回の講演を批評していただきました。

kenshu4.jpg

 最後は、会場でディスカッションタイムです。まずは、お近くの方と15分間程度ショートディスカッションをしていただき、その後、フロアをオープンにいたしました。

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 固い内容であるにもかかわらず大変盛り上がりました。あっという間の3時間でした。

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 自分で企画しておいて大変申し訳ないのですが(!?)、今回の来客数、そして会場の盛り上がりは、主催者の予想をはるかに超えていました。

「現場の学びか、いわゆる育成部門が担当してきた学びか」という課題の設定は、きっと、皆さんが業務を行いながら、いつもひっかかっていたテーマなのかな、と思います。ここを真正面にとらえて考える機会というのが、それほどなかったのかもしれませんね。

 さて、GW明けには、Learning bar第二弾「プロフェッショナルの人材育成」が開催されます。こちらは、現在、110名程度の参加申し込みをいただいております。残席は10程度ですが、よろしければご参加下さい。

 Have a nice holiday!

第二弾! プロフェッショナルの人材育成
http://www.nakahara-lab.net/blog/2007/04/post_828.html

投稿者 jun : 2007年04月28日 09:44 | コメント (3) | トラックバック


My 物欲 is gone!?

 ちょっと前のことになりますが、カミサンとタクと買い物に行きました。ちょっと、春物の服なんかを買おうと思いまして。

「今日こそは自分たちのものを買おう」と心に決めていたのです。このところ買ってなかったので。でも、買ったのは、結局、「自分たちのもの」ではなく、タクの服でした・・・。

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 子どもが生まれてからというもの、すっかり、自分たちのファッションにかける費用は激減しました。グラフであらわすと、「えぐる」ような曲線です。

 カミサンは、

「2枚あれば、交互に着るから大丈夫、ダハハー」

 とうそぶいています(笑)

 せめて3枚くらいにしろよ。ヘビーローテすぎねーか。

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 正直に告白しますと、僕は、子どもができるまで、こう公言する男でした。

「子どもなんか、鼻たらすんだから、何着せたって同じだってーの。ボロで、いーんだ、ボロで。どうせ、すぐにデカクなるんだから、大きいサイズを買っときゃいーんだ」

 人非人です(笑)。でも、これが変わるんだよな、知らない間に。本当に知らない間に、なのです。同時に、「たたり神」のように猛威をふるっていた「自分の物欲」が消え失せる。

「えーい、たたり神、鎮まりたまえー」

 と叫んでも、鎮まる気配すらみせなかった「自分の物欲」が、今では「しょぼん」としているのです。

 ちなみに、この日は、D&GのTシャツを見つけたので、パパのお小遣いで買ってあげました。オレも欲しいなぁ・・・、おっ、ちょっと物欲復活?。でも、まぁ、いいや、今度で。つーか、金ねーよ。

dorugaba.jpg

 これを着て、ギャルをナンパしてこい、0歳児。

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 タクは最近、ハカイダーです。力がつよくなってきたのでしょうか。ブーブー言いながら、「ライオンズマット」のおもちゃをなぎ倒していきます。オマエ、自分の寝るところを破壊して、どうする(笑)。

hakaida.jpg

 ちょっと前まで、マットの上で「えへっ、えへっ」と可愛く泣いていたくせに・・・。

 成長とは、本当に早いものです。
 そして、彼の人生も続く。

投稿者 jun : 2007年04月27日 08:20 | トラックバック


Learning Exibision : 学びに関する展覧会「教材」

 このクソ忙しいのに、オモシロそうな案を思いついた!
(忙しいときに限って、さらに自分を忙しくするアイデアを思いつく)。

 Learning Exibision というのを、東大で開催してはどうだろうか。「学びに関する企画展覧会」。そのときどきで企画をたてて、展覧会をするのです。そうだな、最初の企画展は「教材」なんかがいいかな。

「Learning Exibision : 教材」では、1970年代から2000年に至るまでに開発された教材を、1日限りで、どどーんと展示しちゃうのです。それこそ、幼児教育教材から、企業人材育成教材まで、ぜーんぶをどどーんと。

 ワインなんかを飲みながら、自分がやった教材を探し、その頃の自分を語る、みたいな。

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 人には誰しも「懐かしのおもちゃ」というのがあるように、見ると「懐かしいなぁ、と思う教材」があるのではないだろうか。そんなの僕だけ?

 僕の場合は、学研さんの「科学教材」と「ひみつシリーズ」でしょうか。

「科学」は毎月、なんか付録が送られてくるんだよね。一番心に残っているのは「印刷機をつくる」というやつだったんだよな。

 要するにプラスチックの活字を並べて、印刷機をつくるんですけど。なんだかうまくできないんだけど、「新聞ってこうやってつくるんだー、すげー」と感動したことを覚えている。

 あとはですね、アリの巣セット。ピラミッドの中にアリを数匹いれておいて、あーら不思議、気づいたらアリの巣ができちゃいますよ、みたいな教材です。

 これは、あるときフタを閉め忘れて、家の中にアリがウロウロして大変でした。母優子、ブチ切れる。

 ひみつシリーズは前に話しましたね。今の僕の浮気性的な知的好奇心をつくったのは、あの本で、いろんな分野の「ひみつ」を知ったせいかもしれません。

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 あとよく覚えているのは、進研ゼミのDMについてくるマンガとかね・・・。これは教材じゃないか。でも、DMの封筒をあけて、これだけ取り出してよく読みました(スマン、ベネッセの人たち)。

 だいたい、ストーリーは決まっていて、恋愛モノか部活モノなんだよね。

 前者は

女「なんで、こんなに勉強しようと思ったの?」
男「だって、一緒の高校に行きたいじゃん」
女「えっ?」

 みたいな。朝っぱらこんなト書きを書いてると、こっぱずかしくなる。

 後者は、部活動に一生懸命とりくむ二人のライバルがいたりなんかしてね。

男1「なんで、あいつは、オレと同じくらい部活やってて、勉強ができるんだ、オレなんかバタンキューなのに」
男2「フフフ、それはね・・・僕には秘密があるんだ」

 みたいな話。ライバルなら、そんなに簡単におしえんなよ、秘密を。

 オーノー、脱線すた。

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 とにかく、そういう展覧会ってオモシロイと思う。
 30年間分集めれば、時代背景や教育言説の揺れにしたがって、変容があるはずだ。いろんな種類の教材を一覧できる、というのがいいですね。

 一夜だけの展示。二度と一覧して見ることはできない展覧会ってのがいい。最近、これが僕のマイブームだ。「Learningにおける一期一会性」。

 フィージビリティとしては・・・最大の問題は、借りてくることだろうな・・・教材を。これは大変ですね。あと、誰が準備すんだ、こんな壮大な計画。オレがやるのは当然として、一人じゃ無理だよなぁ・・・。

 また少し考えてみます。
 とりあえず、実現の方向で。

 皆さんには、思い出の教材、ありませんか?

投稿者 jun : 2007年04月26日 07:52 | コメント (5) | トラックバック


こんど、子どもと何しよう?:パパサウルスと父親支援

 こんど、子どもと何しよう?

 心躍るキャッチコピーにまんまと乗せられ、NHK教育「パパサウルス」を見た。

パパサウルス
http://www.nhk.or.jp/papasaurus/

 パパサウルスは、子育てを楽しみたいパパたちを主役にした新番組。

 アーティスト、スポーツマンなど、各界で活躍するパパや、どこにでもいそうなフツーのパパが、自分の子どもと出演する。

 いつも、どのように親子の時間を過ごせばよいのか、その家庭ごとの様子を詳しく紹介している。

 パパの体をつかった何気ない遊びであったり、新聞紙やビニール袋など、どこにでもあるものを、何かに「見立てた」遊びであったり。

 「こんど、子どもと何しよう?」と考えているお父さんにとっては、参考になるのではないだろうか。

 これまでNHKは、「おかあさんといっしょ」でお母さん向け、「おかあさんといっしょ、あそびだいすき」で両親向けの子ども向け番組を開発してきた。

 パパサウルスのように「お父さん」をターゲットにして、「パパの目線」で構成された番組は、はじめての試みだと思う。

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 「ママ友」ならぬ「パパ友」という言葉がある。

 どちらも「子育てを媒介にしてつながったママ同士、パパ同士の友人関係」という意味である。

 ママたちは、子育てを共通の話題にして、人間関係を構築しやすい。が、なかなかパパはそうはいかない。一般に「パパ友」をつくるのは、困難だと言われている。

 かくいう僕も、同じように子どもをもつ他のパパと、何を話してよいのか、途方に暮れてしまうことがある。

 仕事のこと、研究のこと以外で、人と接する機会がほとんどないので、「上がってしまう」というのもあるだろう。

 はたまた、共通の接点は子どもであるとはいっても、人によって、子育ての参加度は違う。もし参加度の違う人にあった場合、どのような話題について、何を話せばよいのか、途方に暮れる。
 僕が子育て参加度の方が相手よりも多かった場合、嫌みにならないようにしなきゃな、とか、いろいろ気苦労も多く、どうしても二の足をふむ。

 最近は、孤立しやすいパパを支援するNPOなども立ち上がっているようだ。

ファーザリングジャパン
http://ando-papa.seesaa.net/

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 母親の支援に加えて、父親を支援する試みがもっと広まればいいな、と思う。

「こんど、子どもと何しよう?」

 と考えることは愉快なことである。

takuto_onna.jpg

投稿者 jun : 2007年04月25日 10:56 | トラックバック


講演・イベントに人を集める方法!?

「ここは人口が少なくて」
「当日天気が悪かったので、人がこなかった」
「参加者の意識が低くて」
「人が来なくてもよい、核になる人材が育てばよい」
「人がこないからこそ、行政でやる意味がある」
「民度が低いので」

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 これらは、行政や地域センターの主催する講演イベントに「人が集まらなかった=閑古鳥が泣いた」場合の、担当者の典型的な言い訳ですね。ああ言えば上祐、いかにもな言い訳です。

 僕は、前職の研究機関で「研修企画委員」を拝命していました。こういうのを聞くと、いつの時代も、そして、どこでも、講演・研修担当者の「言い訳」とは見苦しいものだな、と思ってしまいます。これらのすべての台詞に既視感をもち、嫌悪感をふたたび感じました。

「参加者の意識が低い」「民度が低い」って、オマエ、何様よ。そもそも「意識が低い」から、講演やイベントをやるんだろうが。

「核になる人材」は、「核になる人材を支える人」「核になる人を支持する人」がいて、はじめて存在できるのです。他に人が集まらないような状況で、「ねー、悪いんだけど、この話の核になってくんない?」って言われてもなー。そりゃ、「ひとりコミュニティ」「ひとりプロジェクト」「ひとり核」だろう。

 それにさ、天気のことだって、どうせ、よい天気だったら、今度はこう言い訳するんでしょう。

「天気がよく行楽日和だったので、人が来なかった」

 結局、人は来ないのです(笑)。

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 牟田静香「講演・イベントの作り方」(講談社α新書)を読みました。

 本書は、講演・イベントに、どうやったら人を集めることができるか、を書いたハウツー本ですね。

「ターゲットをしぼる」「タイトルを工夫する」「お得感を感じさせる」など、講演イベントを企画する上での、初歩の初歩を、軽いタッチで解説しています。

 4月の人事異動などで、これから講演・イベント企画をやらなければならなくなった人には、よいのかもしれません。

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 僕も仕事柄、講演、イベント、ワークショップなどを企画・実施することが多いのですね。

 幸いなことに、僕の企画するイベントで大幅に定員割れ、というのはほとんど経験したことがありません。大変ありがたいことです。

 一応、綿密に綿密に考えて、企画をしているつもりですが、でも、比較的安定的に人を集められるようになるまでには、数々の失敗も繰り返したことを、正直に告白しなければなりませんね。

 牟田氏の指摘に、僕の経験を加筆するのだとしたら、企画の際には、下記の「6W」を明確にすることが重要だと思うんです。

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Who:話す人は、どんな人で、どういう評価を世間から受けているのか。今回の講演が、どんなによいチャンスなのかを書く。必要ならば、講師プロフィールのURLなどをいれる。

When : いつ何時からはじまって、どのようなプロセスで終わるのか。なるべく詳細にスケジュールを書く。僕の場合は、10分単位で書いているはず。

Where : どのビルディングのどの教室で開催されるのか、を明確に書く。可能ならば、公共交通機関からの距離、時間などもかければなおよい。

Whom : どういう人が対象者なのか、を詳細に書く。経験、地位、現在の業務など、なるべく詳細に。

What : どういう話をするのか、どういう結論が予想されるのかを、明確に書く

What kind of benefit : 講演を聞いたら、どんなことができるようになるのか、どんな新しい発見が予想されるのかを書く

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 まずは、これら6つのポイントについて「煮詰めること」が重要です。これを明確にしないまま、何となく募集を開始しても、人はなかなか集まらないのですね。

 また、これらのポイントについては、イベント企画者同士でも、十分合意をとっておくことが重要かもしれません。

 ともかく、これにケリをつけて、いよいよ募集開始となります。

 募集は、僕の場合は、すべてメールか、blogで行うので、テキスト形式のCFP(Call For Participation : 募集要項)をつくることが多いですね。

 ちなみに、CFPをつくることにも、少々テクニックがいります。まず、もっとも基本的なことは、一行の文字数は半角70文字弱で強制改行をいれることです。

 一行の文字数があまりに多いと、メーラーによって強制改行がかかることが多く、メール全文のレイアウトが崩れてしまうからであるのですね。そういうメールを見たことのある方も多いと思います。
 で、それを防止するために、あらかじめ、こちらで短めに改行をいれてしまう。

 また、なるべく文章は単文でつくり、シンプルなものにする。また段落はやや細かめにきる。1文に修飾語は2つを並列して使わない。文章を「が」「で」でつながない。別に、これは募集のメールじゃなくてもいえることですね。文章作成の基本です。

 あとは、ロシアフォルマリズムにおける「異化」を地でいくような、キャッチーなタイトルをつける。

 イベント募集の成功の鍵は、このタイトルで60%決まるといっても、過言ではありません。それほど、タイトルが重要なんですね。なにやら、科研もそうだって聞くけど、本当のところどうなんだろう(これは検証不能な命題です)。

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 CFPができたら、あとは募集です。僕の場合、いつも敢えて時間差を設けて、blog、SNS、メールマガジン、メーリングリストに投稿します。

 一番の先行予約は自分のやっているメーリングリスト。NAKAHARA-LABメルマガですね。ここへの情報リークを最も早くする。

 そのあとは、blog、SNS、メーリングリストの順番に続く。時間差は、だいたい1日から2日。一週間かけて一巡する計算です。

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 嗚呼、長い。いつも、こんな風に募集を行っているのです・・・。

 ちなみに、4月27日のLearning bar「研修にできること、できないこと」は大教室満員超過の120名で募集停止。

 5月9日の「プロフェッショナル人材を育成せよ」は、募集人員50名のところ、2倍の100名を突破しました。お申し込みいただいた方々、ありがとうございました。

 今日は、これからその打ち合わせです。来ていただいた方の期待を決して裏切らないこと、これも非常に重要ですね。どんなことをお土産として持って行ってもらうか、思案しています。

 前に、誰でしたかね、僕は「教育学のイベント興行師」と名前をつけられた。その場では嫌がっている雰囲気を見せましたが、自分としては、結構気に入っている(笑)。

 とはいえ「興行師」は何となくインチキ臭いよね(笑)。せめて「教育学のイベントプロデューサー」目指して頑張ろうと思います。

 今後に、乞うご期待!

投稿者 jun : 2007年04月24日 10:53 | コメント (2) | トラックバック


社会人の大学・大学院への進学

 社会人の大学・大学院進学に関する調査結果が、公表されたようです。

社会人の大学・大学院進学に関する調査(マクロミル社)
http://www.macromill.com/client/r_data/20070419college/index.html

 うーん、もう3年前か。実は、2004年、僕がまだNIMEで助手をしていたとき、同じようなテーマでシンポジウムを開催しました(このシンポはリクルート社と共催でした・・・おかげさまで、素晴らしい方々を講師としてお招きできました・・・僕、留学から帰ってきたばかりだったんだよなぁ・・・)。

社会人大学院の未来
http://www.nakahara-lab.net/2004shakaijin_daigakuin_kenshu/2004shakaijin_daigakuin_kenshu.html

 で、当時リクルート社にいらっしゃった渡辺さんが、当時のリクルート社のデータを発表しています。

渡辺さんのスライド
http://www.nakahara-lab.net/2004shakaijin_daigakuin_kenshu/pdf/2004shakaijin_watanabe.pdf

 朝、時間がなかったので、ちゃんとデータをつきあわせていないのですが、3年間であんまり大差はないかな、と思いました。

 ただ、「学びたい科目」のところは、男性回答者が多いせいか、少しマスキュリンな感じがする。

 男女別で集計すれば、きっと女性の方は、「心理学」とかが上位にくると予想します。

 ちなみに社会人大学院生は、年間3000人~5000人程度、確実に伸びています。

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文部科学省 学校基本調査
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/06121219/002/001/001.htm

大学院学生のうち,「社会人」(平成18年5月1日において職に就いている者。ただし,企業等を退職した者及び主婦等を含む。)は修士課程では2万人(男子1万1千人,女子9千人)で,学生数に占める割合は11.9パーセント,博士課程では2万人(男子1万4千人,女子6千人)で,学生数に占める割合は26.8パーセント,専門職学位課程では9千人(男子7千人,女子2千人)で,学生数に占める割合は43.5パーセントとなっている。これを各専攻分野ごとに「社会人」の占める割合をみると,修士課程では「社会科学」が32.6パーセントで最も多く,次いで「教育」(31.0パーセント)となっており,博士課程では「医・歯学」が36.3パーセントで最も多く,次いで「教育」(28.0パーセント)となっており,専門職学位課程では「教育」が100.0パーセントで最も高く,次いで「工学」(68.9パーセント)となっている。

(同引用)

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 今後、どのように大学・大学院が社会人を受け入れる環境を整えていくか。非常に注目ですね。

投稿者 jun : 2007年04月23日 17:00 | トラックバック


子ども、教材、そして親

 先日から某幼児教育英語教材が気になり、週末、いろいろなサイトで口コミなどを見ていました。

 うまく使えた、という感想。うーん、うちは難しかった、という口コミ。いろいろなものがありました。勉強になるね。

 一度気になると、とことん調べたくなる性分です。好奇心にはさからえず、週末のお休みの日に、昔読んだ英語論文までひっぱりだして読むハメになりました・・・_| ̄|○・・・疲れた。

 で、僕が至った結論。

 結局、この手の教材のKFS(Key Factors of Sucess)は、

「教材を与えっぱなしにしないで、親が、うまいタイミングで、どれだけ子どもの学習に介入したり、見守ったりできるのか」

 ということなのではないか、と推察します。

 この結論は(とりあえずの・・・)、僕らの研究プロジェクト「おやこdeサイエンス」で出た結論と非常に近似していて、我ながら、「オレの研究も間違ったことを言っていないな」と思った(笑)。
(ちなみに、多くの調査で、親と子どもの家庭での会話量は、子どもの学業成績に正の相関を示します)

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 結局、この手の教材は、「三項関係の媒介物としての機能すること」を念頭に開発されているのではないか、と思うのです。

 三項関係とは、ここでは「子ども - 教材 - 親」をさすものとお考え下さい。要するに、子どもと親がインタラクションする際の媒介になるものとして、教材が位置づけられている、ということです。

 あるいは、子どもが教材に向かうときに、親のインタープリテーション、トランスレーション、励まし(エモーショナルな支援)があって、はじめて効果がでまっせ、学習継続率が向上しまっせ、というかたちになっているのではないでしょうか。

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 しかし、自戒をこめて赤裸々に語りますが、僕をふくめて通常、それはなかなか難しいことです。

 一般には、「大枚をはたくこと」が「親の役割」で、「教材に取り組むこと」が「子どもの役割」、という風に考えてしますね。

 そう思いたくなる、その気持ちは、実際経験してみれば痛いほどわかります。僕やカミサンも、子育てをしてみて、自分の時間をかなりの部分失いました。

 もし大枚をはたいて子どもがそれに取り組まなかったら、絶対にこう言いたくなる。

「あんなに高かったのに、なんでやんないの?」

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 でも、重要なことは、こういうことです。

「幼児教育教材を買う」ということは、お金をだすということだけで終わらないのです。それに加えて、「幼児教育教材を子どもと一緒に取り組む時間、子どもを見守る時間」も必要ということですね。これを案外忘れがちである。

 つまり「お金をかけること」にプラスして、さらに「あなたの時間」を投資する必要があります。
「教材を買うぞー」と意志決定したのなら、それは「子どもと一緒に教材に取り組んだり、見守ったりする時間の投資」を、同時に意志決定したのだと思わなければならない、とになりますね。

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 そういえば、昔、セサミストリートの話にこんなものがありますね。

 セサミストリートは、もともとアメリカ政府が、プエルトリコ系の移民や黒人の子どもの学力向上、白人の子どもとの格差縮小のために開発した教育番組です。

 アーバンエリアのスラムにすむ彼らの子弟が、小学校に入るまでに、せめてアルファベット、数字、簡単な会話などができるようになってほしい、そういう願いのもとで開発されました。
 
 でも、教材を一度でも開発したことのある方ならわかるでしょう。低学力の子どもを伸ばす教材というのは、ハイエンドの学力をもつ子どもを伸ばす教材に比べて、数倍の努力と工夫が必要です
(だから、多くの教材開発では、少なくともミドルくらいの子どもをターゲットにするのです。そこがマジャリティであるのと同時に、効果も出やすいから・・・)

 セサミも類にもれず苦労しました。努力は、血のにじむようなものでした。研究者、番組制作者が共同制作体制をくんで、数々の試行錯誤の果てに、現在の番組の構成 - モジュール式の教材 -ができあがりました。このことは、非常に有名な話です。

 しかし、その結果は、アイロニーを含むものでした。
 確かに、セサミストリートを使った子どもは、全体として確かに学力が向上したのです。が、しかし、その伸び率は、黒人の子どもよりも、白人の子どもの方がずっと高かったのですね。
 結局、黒人と白人の子どもの学力格差を広げることに寄与してしまった、ということです。

(人によっては、結局格差を広げるくらいなら、そんな教材はいらないと非難しそうですね。でも、そう甘くないんだよ、低学力の子どもの学力成績をあげる、格差を縮小させるってのは。ここではあんまり詳しく述べないけれど、教材があろうと、なかろうと、いったん広がった格差は広がる傾向があります。同時に、教材には「できること」「できないこと」があるのです。教材だけで、格差の問題解消をはかることができる、と暗にかんがえているのだとしたら、とんだ見当違いだと思います。実際は教材があるとか、ないとか以前の問題なんだ)

 なぜか。それは、彼らの視聴行動に問題があったと言われています。

 移民や黒人の子どもは、テレビの前に一人で座って視聴していた。子どもは多く、親は仕事に家事に忙しいのです。忙しい親の「代替物=かわり」としてテレビが機能していた。

 しかし、白人の子どもは、テレビを見ている子どもの傍らに親がいて、時に子どもに話しかけながら、テレビを見させていた。こちらにはそういう余裕があったということですね。だから、こちらの方が伸び率が高かった、と言われているそうです。

 結局、そういことなんだね。

 ---
 
 それにしても、子育てって難しいですね・・・。
 お金を投資するだけでもダメだし、時間もかかるし、かといって、無尽蔵にリソースを投資できるわけではないし。親だって、無限に元気あるわけじゃないし、時間があるわけじゃないからね。

 リソースを投資しても、結果はすぐには見えないしね。いや、見えるならまだしも、見えない方が実際は多いしね(笑)。

 タクは、3分以上モノゴトに集中できないのですが、その様子を見ていると、なんだかそう思っちゃうよ(笑)。何だか、今日はしみじみと考えさせられました。

takuto_hade.jpg

 でも、嗚呼、僕も、そうやって育てられてきたんだなぁ。

 ---

追伸.
 この領域もオモシロイですね。「こんな教材つくってみたいなー」と思うアイデアが、わいてきます。幼児は一度もあつかったことがないので、詳しいことはわかりませんが。もう既に実現されているのかなぁ。

takuto_hade2.jpg
(United arrowsのTシャツをもらいました。誰かが同じTシャツ着てたよなぁ・・・)

投稿者 jun : 2007年04月23日 07:00 | トラックバック


教育とお金

 政治の現場において、「教育で対応しなければならない問題」が矢継ぎ早に「生み出され」、それを克服することが「まったなし」で要求されている。

 もし、そうであるならば、「教育にお金がかかること」を前提として、その実現のため、経済的な側面からも議論を行わなければならないだろう。

 やりたいことがあるならば、それにかかるリソースは準備するのが当然。無理が通れば道理がひっこむ。経済的裏打ちなしでは、どんなビジョンでも絵に描いた餅になる。

 我が国の国内総生産(GDP)に対する公財政支出学校教育費の比率は、世界的に見て、非常に低い水準にある。効率化するにも限度はある(ちなみに、初等中等教育よりも悲惨なのは高等教育。高等教育に関しては、日本は世界で最も金をかけていない国の一つである)。

文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/16/01/04011901.htm

 「あれもやれ、これもやれ、金はないから、全部おまえたちの努力でやれ」では動かない。そもそも現場は、「教育現場に対する無理解」にモティベーションハザードに陥っている。

 経済的裏打ちのないビジョンは、ビジョンとは言わない。それは、「絵空事」でしかない。

投稿者 jun : 2007年04月22日 07:00 | トラックバック


割り勘の計算を助けるツール

 L25(女性向けフリーペーパー・・・僕は何でも読む)を読んでいたら、お役立ちな携帯サイトを見つけた。

割り勘三郎
http://www.tools.hotnews.st/warikan/

 これは便利。
 これから幹事をたくさんつとめる新入社員、大学院M1の皆さんには「お役ちツール」ではないですか。

投稿者 jun : 2007年04月21日 10:21 | トラックバック


システムの評価

 先日、ある研究会で、工学系のある先生におあいして、お互いの近況などを情報交換する機会を得た。

 最近、彼は、システム評価実験で、被験者を一般から募集した。今回の実験は、ある企業との共同研究だった。

 今回のシステム開発では、研究室だけで使われるようなものをめざすのではなく、より一般の人に受け入れられるものをめざしたかった。だから、評価実験も、敢えて研究室の中だけで行わず、敢えて、「一般の人」を対象に行った。難易度はあがるにしても、その方がいいと思ったのである。

 しかし、悲劇はそこからはじまる。そのデータをもとに論文を執筆したら、その論文査読のときに、査読者から、こう言われたそうである。

「一般から広く募集した被験者は、そもそもやる気のある人でしょうから、あなたの開発物の評価実験で見いだされた効果には疑いが残ります。よって採録できません」

 そのほか、「被験者」に関して激しいつっこみを受けて、結局、論文は取り下げざるを得なかったそうだ。査読者は、要するに「一般の人を対象とした評価実験は認められない」と言いたかったらしい。

 ため息つくから、ちょっと待っててね。
 はぁ・・・。

 ちなみに、その論文誌で採録されている論文には、こういう評価実験が多いそうである。

「○○の評価実験を行うに際して、被験者は大学生/大学院生○○名を使って行われた」

 おそらくここでいう「大学生/大学院生」とは、「その開発物をつくった研究室の学生」であろうと思われる。

 もちろん、同じ研究室の学生ですもの、自分の研究室で開発された「開発物」の目的なんてものは熟知している。実験で「どう振る舞えばコレクト」かも、勘のよい学生ならわかるのではないだろうか、と邪推せざるをえない。

 しかし、先ほどの先生のように、一般の人を被験者とした評価には、いろいろ疑義が差し挟まれるのに対して、上記のようなものは、あまり問題にされない傾向があるように思う。

 原理的には、どちらもランダムサンプリングをしていない以上、被験者を「研究室の学生」にしようが、「一般から募集」しようが、結局「ランダムじゃないのね、ハイ、そうですか」である。

 実際、システムの評価実験の場合、ランダムサンプリングは難しいので、ほとんどやられることはない。実験に入る前に、被験者の等質性を確保するための、いくつかのテストや質問紙を実施することが多い。

 だから、もし査読で下記のように言われるのなら、素直に従わなくてはならない。

「実験結果の考察のところに、被験者をランダムサンプリングしていないため、知見の普遍性に限界があると書き記してください」

 しかし、どこかで「一般の人」を被験者にした論文というのは、査読者の標的にされやすい傾向があるように思う。

 いろいろ理由はあるんだろうけど、「一般の人に使われることをめざす研究」というのが、どこかで「アンチ・アカデミックなもの」として反感をもたれてしまうところがあるのではないか、と邪推する。生理的拒否というやつである。

 かくして、その研究室内で生み出さされ、研究室のメンバーにしか使われず、その研究室内部で消費される研究が増えていく。

 こういう事態は、この先生だけが何も経験することではない。僕のまわりの人でも、これに類することを経験した人はいる。僕自身は、ここまでひどい経験はしていないけれど。

 何だか腑に落ちないねぇ。
 どうにも切ないねぇ。

 二人でやっぱりため息をついた。

投稿者 jun : 2007年04月21日 10:10 | コメント (1) | トラックバック


いつか来るバックラッシュ:貧乏くじ世代の憂鬱

 来年夏に出版予定の本の取材のため、先日から、企業人材育成の方々にお話を伺っている。

 バブル後、職場の人的つながり - ネットワーク、コミュニティとかいうもの - が、どのようにして失われたのか。そして、今、失われた「つながり」をどのようにして取り戻すのか。
 業務の中で人々が助け合い、学びあう関係を、職場にどのように再生すればいいのか・・・お話を伺いながら、考えさせられることが本当に多い。

 ---

 それにしても、つくづく思うのは、僕の世代 - 現在20代後半から35歳くらいの人々は、本当に「貧乏くじ」をひいた世代だ、ということである。どの会社にいっても、最も悲惨なのは、この貧乏くじ世代だよなぁと思う。

 入社時は就職氷河期。針の穴に糸を通すような難関を勝ち抜かなければならなかった。
 成果主義が導入され、なかなか給料は上がらない。給料を比較すれば、年功序列時代の既得権益にあずかっている上の世代とは比べものにならない。
 それなのに人的リソースは少なく、仕事の負荷も高い。IT革命のおかげで、仕事は24時間対応。
 誰かに教えを請おうにも、そんな余剰教育力は、職場にはない。それにも関わらず、下には大量採用された新入社員が入ってくる。
 仕事はエンドレスに続く。

 ---
 
 この世代は、正確にいうならば「貧乏くじをひいた」というよりも、「貧乏くじをいまなお引き続けている世代」といってもいいかもしれない。世代をおおう憂鬱の雲はあつい。

 しかし、この世代に負担、不安、不満が集中していることを放置しているのは、やはりマズイのではないかと正直に思う。この不平等、格差、不公平感を放置すると、必ず、いつか手痛いしっぺがえし - バックラッシュ(Backlash:反動)がくる、と邪推する。

 もちろん、ある日突然革命的な変化やクーデターが起こるなんてことはありえない。しかし、憂鬱とは蓄積するものである。「若手」の「納得感」が増すような環境を、少しずつでもいいから、今からつくっていくことが、重要であると切に思う。

 今はまだ若いからいい。会社も、若手の「若さ」や「無鉄砲さ」に甘えていられるうちは、まだいい。でも、いつか若手も年をとる。無理は、いつか続かなくなる。そのときが怖いなぁと思う。

投稿者 jun : 2007年04月20日 17:25 | トラックバック


デジタル授業設計論&タク「で」遊ぶ

 大学院授業「デジタル教材設計論」の初日。受講者は20名だった。

jyugyou.jpg

 デジタル教材設計論は、参加者が、教材のデモンストレーションと理論的背景を毎回プレゼンテーションする授業。今日はオリエンテーション。スムーズにグループ分けも決まった、よかった、よかった。

 今回の授業のカリキュラム開発は、重田先生と一緒におこなった。「どんな教材」を扱い、どういう「理論」をレビューしてもらうかが、教員として、最も考えどころである。

 結構大変だったのは、教材集め。これには、重田先生が尽力してくれた。

 周りに無理をいって(皆さん、その節はありがとうございました)、今は普通は目にすることのできないものも収集した。無理を言って貸していただいたものも多い。そういう意味では、きっと「二度とできない授業」になるんだろう、と思う。

 授業も一期一会だ。何度も聞ける授業もいいけれど、「今、ここでしかできない授業」「もう二度とできない授業」というのもいいなぁと思う。

 来週からプレゼンテーション開始。非常に楽しみだ。

 ---

追伸.
 最近のタク。
 昨日はポリオワクチンの日だった。カミサンによると、並んだけれど、無事終了とのこと。

 先日の4ヶ月検診も終わった。お医者さんに「首が据わった」と言われたらしい。今まで首がぐらんぐらんしていたけど、ようやく「酔っぱらい状態」から脱出である。

 最近、タク「で」遊んでいる。サングラスをかけたり、女の子みたいに髪をしばってみたり。オモシロイものである。

041701.jpg

041703.jpg

 そういえば、先日、カミサンがディズニーの英会話ビデオの「無料お試し版」を注文した。よくできているなぁ・・・。タクも、ものすごい食いつきだった。
 でも、価格は目がとびでるほど高い。3秒後にあきらめた。僕はあきらめが早い。

 タク、世の中、君の望むものすべてが、手に入るわけではない。

投稿者 jun : 2007年04月19日 17:16 | コメント (2) | トラックバック


VHS、テープが棚から消えた?

 先日、レンタルビデオ屋に出かけた際、あることに気がついた。DVD-Rなどの録画用メディアが売っている場所に、VHSテープが並んでいなかったのだ。

 もしや、と思って録音用メディアコーナーに行ったら、こちらもやはり。CD-RやMDはあるけれど、テープはもう既になくなっていた。

 ムムムと思って、近くのコンビニの品揃えを見る。やはり、VHSもテープもなかった。あるのは、光ディスクばかりである。

 ---

 この変化に気づかなかったのは僕だけだ、という話もあるけれど、「メディアは、ある日突然ひっそりとなくなってしまう」ものらしい。

 そういえば、最後にVHSのテープを触ったのはいつだったか・・・全く思い出せない。

 テープを使ったのはいつだったか・・・僕は仕事柄「テープといえばインタビュー」なのだけれど、ここ数年は、ICレコーダを使っているので、これもまた思い出せない。

 ---

 メディアの世界は、移り変わりが早い。

 今日は確実に使えているメディアでも、明日は棚から消えるかもしれない。今、全盛を極めているDVDだって、VHSやレーザーディスク(LD)の運命を考えれば、盤石ではない。次に危なそうなのはDVだろうか。

 メディアの浮き沈みだけでコトが片付けばいいのだけれども、消費者としては、「昨日は視聴できたものが、今日は手軽に見られなくなってしまう」という事態がもっとも痛い。

 それを避けるためには、メディアの浮き沈みにあわせて、データをコンバートする以外に方法はない。僕も自分の小さい頃の映像は、VHSからDVDにコンバートをかけた。

 刻み込んでおいたはずの「あの光景」「あの記憶」が消えてしまう。僕らは、知らず知らずのうちに、「あの光景」や「あの記憶」を守る戦いを強いられているのかもしれない。

投稿者 jun : 2007年04月19日 09:06 | トラックバック


リビングルームを制するのは「何」か?

 あー、今日も一日疲れた・・・午後10時、リビングのソファーに、どっかり腰を下ろします。子どもはカミサンが寝かしつけている。

 リモコンを片手にザッピング。しかし、残念ながら、見たい番組が見つからない。そんなとき、あなたなら、どうしますか。

 ---

 最近、僕が気に入っているのが、Wiiのインターネットチャンネル(Webブラウザ)で、ストリーミングビデオを見ることです。これはおすすめ。

youtube_desu.jpg
(WiiでYouTubeを見たところ)

 第一の利点は、リビングにおいてある普通のテレビでも、ストリーミングビデオが楽しめる、ということでしょうか。

 我が家には「趣味の部屋」という部屋があり、そこにはいろいろなコンピュータ、情報機器、資料、キーボードが置かれています。

 が、やはり、コンテンツは、趣味の部屋のコンピュータ画面で見るよりも、リビングでくつろぎながら愉しみたい。Wiiなら、そんなニーズにも応えてくれます。

 おまけに、WiiのURL入力画面は、素晴らしいインタフェースです。リモコンでホイホイと、見たいものを探すことができる。

 このあたり、使ったことのある方なら、わかっていただけると思うのですが、1)マウスオーバーの際のボタンの拡大、2)効果音、3)リモコンの振動、4)頻出フレーズの入力支援機能を4つくみあわせて、非常に高い操作性を実現しています。

keyboard_wii.jpg
(WiiのURL入力画面)

 コンピュータの前に座ってビデオを見ることには少し抵抗感がある人でも、はたまた、パソコン以外のセットトップボックスでインターネットを閲覧することに抵抗のあった人でも、これなら大丈夫ではないか、と思うのですね。

 というか、もっと言っちゃうと、こういうメディアは、今後、わたしたちのデジタルコンテンツの視聴行動を変える可能性をもっているかもしれない、なんて思ってしまいます。

 デジタルコンテンツの再生は、コンピュータであったものが、情報家電にかわっていくのではないか・・・そう思わざるをえません。

 昨日は、YouTubeにあったビート○ズ、長○剛、渡○美里、ビリージョ○ルなんかのコンサートの映像を見てました。自分だけ楽しんでいるのは何なので、タクには、デ○ズニー映画のショートクリップなどを。リビングにあるので、家族全員で愉しめる、というがポイント高いですね。

youtube_wii.jpg
(WiiでYouTubeの動画を全画面表示したところ)

 ---

 そういえば、何新聞だったか忘れましたが、ちょっと前に「パソコン離れが進んでいる」という記事がありましたね。記事内容は「パソコンからケータイへの移行」という感じでしたけど。

 ケータイへの移行は「アタリマエのコンコンチキ」として、今後は、「パソコンから家庭用ゲーム機」というシナリオもありえるかもしれない、と個人的には思っています。要するに「リビングを制するのは誰か」ということですね。

 こういう話をすると、泣く子も黙る認知科学研究者のドナルド=ノーマンさんが脳裏に浮かびます。

 彼は、8年前くらいに前に「The invisible computer」という本の中で、こんな予言をしていましたね。

「何でもできるパソコンというメディアは、次第に機能を限定したInformation applianceに地位をゆずりわたすだろう」

 そのときは、「何言ってるんだ、オッサン」と思っていたけど、さすがはドン=ノーマン、侮れませんね。

 ただ、僕の個人的な見解ですと、そうはいってもパソコンは消えてなくなるわけではなくて、「情報発信、情報創造を仕事とするような一部の人の知的道具」になっていくと思っています。

 それ以外の人々が、情報の消費者として、コンテンツを愉しむ場合には、Information applianceを使うようになる。もうそうなっているよね、実際。ネットワーク機能のついたハンドヘルドデバイス、携帯電話、ゲームセットトップボックスなどが、その有力候補かな、と思ってしまいます。

 それはそれで、情報発信者と情報消費者のあいだのデジタルデバイド(格差)が広がることになるとは思うのですけれども。うーん、どうも、この流れは変わらない気もするなぁ。

 ---

 今日もあんまり見たいテレビがないね。今日も、またWiiでストリーミングビデオかね。今日は、どこかの講演でも聴こうかな。


インターネットチャンネル無料ダウンロードカウントダウン!
ブログでエピソード紹介コンテスト♪

投稿者 jun : 2007年04月18日 07:00 | トラックバック


【残席20を切りました】企業研修の先にあるもの&プロフェッショナルの育成

 5月9日、Learning bar(公開研究会)でご講演いただく松尾睦先生の近著「経験からの学習 - プロフェッショナルへの成長プロセス」を読み直した。先生をお呼びするにあたり、もう一度勉強しておこう、と思ったのである。

「経験からの学習」は、プロフェッショナルの育成プロセスに焦点をあてた専門書である。

 一般に、

 ---

「何かを学ぶためには、自分で体験する以上に良い方法はない」(アインシュタイン)

「人間の学習の7割は経験からである」

 ---

 と言われている。

 確かに、経験は、Off-JT、研修、セミナー、e-learningといったような、Formal learningにくらべ、人間の学習の主要なリソースであることに間違いはない(だからといって、Formal learningにできる3割を無視するべきではない)。

 本書は心理学方法論をベースに、「経験」を通じてプロフェッショナルが育成されるプロセスを分析している。

「プロフェッショナルになるためには10年かかるというのは本当か」「組織風土の与える影響」「個人的な信念が学習に与える影響」など、様々な角度から、プロフェッショナルの育成に迫っている。

 いわゆる、認知科学でいうところの熟達化研究の知見を、企業人材育成のコンテキストにあてはめたことが、本書のオリジナリティだろう。

 ---

 ちなみに、次回以降のLearning bar(公開研究会)は下記の予定で開催される。2つのLearning barに共通するテーマとしては、「Formal learningの限界の可能性」にある。

 どちらも既に申し込みを開始して、あっという間に残席が20を切ってしまった。ご希望の方はお早めにどうぞ。
 
 
■第一弾! 2007年4月27日 東京大学
企業研修に「できること」と「できないこと」

■第二弾 2007年5月9日 東京大学
"プロフェッショナルは
 どのようにして一人前になるのか?
 
 
=================================================
Serious Learning bar@Todai 2007

ワークプレイスラーニング・フォーラム
GWスペシャル企画第一弾!
企業研修の先に広がる世界:
企業研修に「できること」と「できないこと」

2007年4月27日(金曜日)東京大学
=================================================

 2007年4月のLearning barは、ワークプレイスラー
ニング・フォラームと称し、「研修の先に広がる世界」
という内容でディスカッションを深めたいと思います。

 企業で人材育成といえば、まず真っ先に掲げられる
のが「研修」です。多くの企業では人事・教育部を
中心に、莫大な予算をかけて、多くの研修を実施して
います。

 しかし、研修には「できること」と「できないこと
」があります。それは研修の構成の問題に加え、研修
を実施しようとする主体=人材育成担当者の問題でも
あります。

 本フォーラムでは、企業人材育成の実務および研究
に携わる方々をお呼びし、下記のような問題に取り組
みます。

1) 近年、企業研修の他に、どのような人材育成
  施策が広がりをもちはじめているのか?
2) 企業研修に「できること」と「できないこと」
  は何か?
3) 人材育成担当者(民間教育サービス事業者)は、
  今後、どのような業務を実施することを求めら
  れるのか。そして、そこにはどのような障害が
横たわっているのか?

 参加をご希望の方は、下記のフォームに必要事項
をご記入のうえ、4月20日までに
sakamoto [atmark]tree.ep.u-tokyo.ac.jpまでご
連絡下さい。

 ふるってご参加下さい。
 
     企画担当:中原 淳(東京大学・准教授)

 ※今回は、Serious learning barとして実施します。
 飲食はこちらでは用意しません。各自お持ち込み
 ください。

 ---

○主催
 NPO法人 EDUCE TECHNOLOGIES
 http://www.educetech.org/
 
 EDUCE TECHNOLOGIESは、教育環境の構築に
 関する調査、研究、コンサルティングを行う
 非営利特定活動法人です。
 
 企画担当
 副代表理事 中原 淳


○共催
 東京大学大学院 学際情報学府 中原淳研究室
http://www.nakahara-lab.net/


○日時
 2007年4月27日(金曜日)
 午後6時00分より午後9時まで
 
 
○内容(案)

 □開場
 (6時00分)
  ・今回は、Serious Learning barとして
   実施します。ので、飲食はこちらでご用意
   しません。各自、お持ち込みください。

 □Serious Learning barのご紹介と企画趣旨
 (6時15分-6時30分)
  ・中原 淳(東京大学)

 □講演Ⅰ
 「企業研修だけでは「できないこと」
―学習環境デザインとキャリアの視点から―」
 (6時30分 - 7時20分:質疑10分含む)
  ・荒木淳子氏(東京大学)

企業研修だけではできない仕事に関する
学びについて、学習環境デザインとキャ
リア開発の視点から考えます。

 □講演Ⅱ
 「誰が"たちの悪い問題"に手をつけるのか?:
  80年代経営科学における
  ハードvsソフト論争に学ぶ」
 (7時20分 - 8時00分:質疑10分含む)
  ・長岡健氏(産業能率大学)

  従来の方法では対応できない"たちの悪い問題"に
  どう向き合うか。80年代の経営科学者たちの
  議論をもとに、今日の企業研修をめぐる問題を
  読み解いてみたいと思います。

 □コメント
 (8時00分 - 8時30分:各5分~10分程度)
  ・古賀暁彦氏(産業能率大学)
  ・柴田喜幸氏(日本能率協会マネジメントセンター)
  ・張士洛氏(日本能率協会マネジメントセンター)

 □ペアディスカッション
 (8時30分 - 8時40分)
  お隣3名程度で自己紹介をし、20分間
  ディスカッションをしていただきます

 □全体質疑応答
 (8時40分 - 9時00分まで)
  講演者をまじえ、質疑応答を行います
 
 □Wrap it up!セッション
 (9時00分 - 9時05分まで)
  ・中原 淳
 
○場所
東京大学 工学部2号館 9F 93B1-B2
大学院情報学環 教室
http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_04_03_j.html 
(※上記の地図を印刷のうえ、お越しください)
 
○参加費
 1000円(一般・学生)
(運営費等に支出いたします)

 
○参加者
 参加をご希望の方は下記のフォームをご利用のうえ、
 sakamoto [at mark] tree.ep.u-tokyo.ac.jpの
 メールアドレスまで、お申し込みをお願いします。

〆ココカラ=======================================
 参加申し込みフォーム
 sakamoto [at mark] tree.ep.u-tokyo.ac.jpまで
 〆切は4月20日までです
-------------------------------------------------

氏名:
フリガナ:
所属:
メールアドレス:

〆ココマデ=======================================


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Serious Learning bar@Todai 2007

ワークプレイスラーニング・フォーラム
GWスペシャル企画第二弾!
"プロフェッショナルは
   どのようにして一人前になるのか?"

2007年5月9日(水曜日)東京大学
=================================================

 2007年5月のLearning barは、北海道よりスペシャル
ゲストをお招きいたします。

「プロフェッショナルの熟達化研究」で著名な研究
成果をあげられている、小樽商科大学 商学部の
松尾睦先生です。

松尾睦先生
http://www.otaru-uc.ac.jp/~mmatu/

 松尾先生は、営業、ITコンサルタント、プロジェ
クトマネージャー、看護士など、様々な「プロフェ
ッショナル」が「一人前」になっていく過程を調査
研究なさっています。

 一昨年、上記の研究成果をまとめた「経験からの
学習」という専門書を上梓なさり、非常に話題にな
りました。

経験からの学習
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4495375814/nakaharalabne-22

 5月のLearning barでは、

 1.一人前になる(熟達)とは何か?
 2.人はどのようにして一人前(熟達)になるか?
 3.プロフェッショナルの熟達化の実際は
   どのようなものか?

 について、解説いただけるものと思います。

 昨今、認知科学/学習科学では、熟達化研究が盛ん
になっており、その観点からも、非常に興味深いお
話が聞けるものと思います。

 参加をご希望の方は、下記のフォームに必要事項
をご記入のうえ、4月末日までに
sakamoto [atmark]tree.ep.u-tokyo.ac.jpまでご
連絡下さい。

 ふるってご参加下さい。
 
     企画担当:中原 淳(東京大学・准教授)

 ※Learning bar / Cafe (Seriousを含む)は、NPO法人 Educe Technologies主催  で、中原淳が今回は、Serious learning barとして実施します。
 飲食はこちらでは用意しません。各自お持ち込み
 ください。

 

 ---

○主催
 NPO法人 EDUCE TECHNOLOGIES
 http://www.educetech.org/
 
 EDUCE TECHNOLOGIESは、教育環境の構築に
 関する調査、研究、コンサルティングを行う
 非営利特定活動法人です。
 
 企画担当
 副代表理事 中原 淳


○共催
 東京大学大学院 学際情報学府 中原淳研究室
http://www.nakahara-lab.net/
 
 
○日時
 2007年5月9日(水曜日)
 午後5時45分より午後9時まで
 
 ※時間が限られておりますので、定刻通り
  に始めます。本郷キャンパスは意外に
  広いです。くれぐれも、迷子になりませんよう
 
 
○内容(案)

 □開場
 (5時45分)
  ・今回は、Serious Learning barとして
   実施します。ので、飲食はこちらでご用意
   しません。各自、お持ち込みください。

 □Serious Learning barのご紹介と企画趣旨
 (6時00分-6時15分)
  ・中原 淳(東京大学)

 □講演前半
 「人はどのように熟達し、経験から学ぶか?」
 (6時15分 - 7時15分)
  (20分講演+10分質疑)×2セット
  ・松尾睦先生(小樽商科大学)

  認知心理学や経営学において、熟達化や
  経験学習がどのように研究されてきたか
  を簡単に紹介いたします。

   - 10分トイレ休憩 -

 □講演後半
 「さまざまな職種の経験学習」
 (7時25分 - 8時25分)
  (20分講演+10分質疑)×2セット
  ・松尾睦先生(小樽商科大学)

  営業担当者、ITコンサルタント、プロジ
  ェクトマネジャー、看護師の経験学習プ
  ロセスを、実証データに基づいて、報告
  いたします。

 □ペアディスカッション
 (8時25分 - 8時40分)
  お隣3名程度で自己紹介をし、15分間
  ディスカッションをしていただきます

 □全体質疑応答
 (8時40分 - 9時00分まで)
  講演者をまじえ、質疑応答を行います
 
○場所
東京大学 工学部2号館 9F 93B1-B2
大学院情報学環 教室
http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_04_03_j.html 
 
 
○参加費
 1000円(一般・学生)
 (講師謝金、運営費等に支出いたします)

 
○参加者
 参加をご希望の方は下記のフォームをご利用のうえ、
 sakamoto [at mark] tree.ep.u-tokyo.ac.jpの
 メールアドレスまで、お申し込みをお願いします。
 
 
〆ココカラ=======================================
 参加申し込みフォーム
 sakamoto [at mark] tree.ep.u-tokyo.ac.jpまで
 4月30日までにお申し込み下さい
-------------------------------------------------

氏名:
フリガナ:
所属:
メールアドレス:

〆ココマデ=======================================

投稿者 jun : 2007年04月17日 09:00 | トラックバック


明日の教師を育てる:インターネットをつかった新しい教員養成

 新刊のご紹介です。僕もコラムの部分に紙幅をいただき、執筆させていただきました。

鈴木真理子・永田智子(編)(2007)「明日の教師を育てる:インターネットを活用した新しい教員養成」 ナカニシヤ出版, 京都

ナカニシヤ・オンラインショップはこちら
http://s135.secure.ne.jp/~s135119/cart/index.php?main_page=product_info&products_id=979

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 本書がターゲットにしているのは、大学の教員養成。「実践力」が求められる教員養成において、今後、どのような授業が必要なのか。

 本書において、鈴木氏、永田氏らは、「インターネットを活用して、現職教師や外部の専門家、また学生同士が関わりあいながら成長していくこと」をめざす、新しい教員養成を提案し、実践しています。

 いわゆるセオリー、机上の空論で終わるのではなく、実際に、ネット上に場をつくり数年間にわたって実施された実践は、新しい教員養成を考えるうえで、非常に参考になると思います。

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目次
はじめに
第1部 教員養成の特徴と新たな試みに向けて
第1章 教員養成とは
 1.教師になる道のり
 2.教員養成大学・学部ってどんなところ?
 コラム アメリカの教員養成

第2章 教員養成の課題
 1.教師が足りなくなる
 2.教員養成改善への取り組み
 コラム ティーチング・ポートフォリオ

第3章 新しい試み:MATEメソッド
 1.MATEメソッドとは
 2.インターネットサイトeMATE
 コラム ティーチャー・ワーク・サンプル

第2部 インターネットで教員養成
第4章 クラスメイトと話し合う
 1.学習指導案をつくる
 2.知識を理解する
 解説:eMATEを活用した授業から考える
 コラム アメリカ教師の待遇

第5章 先輩教師からのアドバイス
 1.学習指導案をつくる その2
 2.教材をつくる
 解説:課題解決において、先輩から
    のコメントをもらう授業の意義
 コラム 高学歴化するアメリカの教師

第6章 専門家からのアドバイス
 1.学習指導案をつくる その3
 2.実験計画書のブラッシュアップ
 解説:持続的な教師の成長を目指して
 コラム アメリカの教職大学院の事例

おわりに
資料:明日の教師を育てる 国内外の先進事例

投稿者 jun : 2007年04月16日 15:00 | トラックバック


ホテル・ルワンダ:世界の人々は、怖いね、と言うだけでディナーを続けるよ

ポール「あの映像をながせば
    世界は私たちを助けてくれる」
記者 「もし誰も助けにこなかったら?」
ポール「あの残虐行為をみれば、必ず誰
    かが助けにくる」
記者 「世界の人々は、あの映像を見て、
    怖いねというだけで、ディナーを
    続けるよ」

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 ルワンダでおきたホロコースト(大量虐殺)と、それに救助の手をさしのべなかった国際社会を痛烈に批判する映画「ホテル・ルワンダ」を見た。

 舞台は1994年、アフリカ、ルワンダ。
 二分する勢力であるフツ族とツチ族の緊張がピークに達する。

 フツ族出身の大統領が飛行機で暗殺されたことをきっかけに、フツ族の過激派が武装蜂起。フツ族の穏健派および、彼らに対立するツチ族を、約100日間で推定約120万人虐殺する。

 彼らは獲物を選ばない。女、子ども、そして老人を問わずナタで殴り殺され、あるものは夫の前で強姦され、ある者は業火に焼かれ、そして息絶えた・・・120万人。

 外の世界は、腐臭漂う地獄絵図。しかし、そんな中、ルワンダの最高級ホテルの支配人「ポール・ルセサバギナ(Paul Rusesabagina)」は、1200名の人々を、自分の経営するホテルにかくまい、そして、救う。

 映画では、彼が、ホテルマン時代に気づいた人的コネクションと、機転をきかせた会話によって、孤軍奮闘する様子が描かれている。

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 視聴後の感想。凄惨なホロコーストの現場に、何より言葉を失う。

 月並みな言葉だが、それ以上に、この映画を評する言葉は、凡庸な知性しか持ち合わせぬ僕には、思いつかない。

記者 「世界の人々は、あの映像を見て、
    怖いねというだけで、ディナーを
    続けるよ」

 記者には、すでにわかっていた。
 自ら危険をおかしフィルムに収めた大虐殺現場のスクープ映像が、全世界に放映されたとしても、超大国が、資源を持たぬこの貧しい国に関心をもつはずがないことを。

 超大国の関心は、いつの時代も、「平和を"錦の御旗に軍隊を動かすことで、そのあとに残った資源を、誰がどのように手にいれるか」である。「動くか、動かないか」の背後にある行動原理は、おおよそ、ここにしかない。それは、ルワンダ紛争から13年たった今でも全く変わらない。

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 この映画を僕は、人にはすすめない。安易に「見てください」とは言えない重さが、この映画にはある。

 虐殺のはじまった1994年4月6日。今から13年前。僕は、何をしていたんだろう。そのとき、自分はどんなディナーを愉しんでいたんだろう。

 言葉を失ったまま、13年前を思い出す。

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追伸.
 ルワンダ紛争のあとも、人類は歴史に学ばない。現在も進行中の紛争がある。ダルフール紛争だ。

 ダルフール紛争は、スーダン西部ダルフール地方で、スーダン政府に支援された民兵組織「ジャンジャウィード」と、非アラブ人住民との間の民族紛争である。現在までに250万人が家を追われ、30万人以上が虐殺され、約20万人が難民として隣国チャドに入国している。

ダルフール紛争の現状がGoogle Earthのレイヤーに
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0704/11/news023.html

 これを「紛争」といってはいけない。
 ジェノサイド(大量虐殺)である。

 ダルフール大量虐殺、今、我々にできることは?

ホロコースト博物館 What Can I do ?
http://www.ushmm.org/conscience/alert/darfur/what/

投稿者 jun : 2007年04月16日 07:00 | トラックバック


フィットネスジムでは痩せない?

「フィットネスジムで運動をして短期間で痩せよう」

 とは決して思わないほうがいいと思うんです。

 むしろ、ジムは「健康のため」「ストレス解消のため」と割り切ってかようほうがいいですね。科学的根拠?・・・ごめん、ないんですけど。でも、ジム歴7年の経験上そうなんだから、そうなんです。

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 理由は、2つあります。

 まず第一に、ジムでの運動というのは、考えているほどカロリーを消費しないんですね。驚くほど。

 たとえばトレッドミル(ランニングマシン)上で早足で10分間走るとしますね。消費したカロリーは、ドン。ズバリ、100キロカロリー。

 たったの100キロカロリーですよ。おにぎり半分、ベーグル半分にもなりません。散歩レベルのはやさで、ちんたらちんたら、歩いていたら、1時間あるいたって、70キロカロリー程度です。

 有酸素運動の代表格である「水泳」であっても、注意が必要です。確かに、水泳はカロリー消費が大きいと言われています。いろいろ数字があるけれど、たとえば1時間で980キロカロリー。でも、これはクロール全快で泳いだ場合の話なのですね。

 多くの人がやっているように、平泳ぎでチンタラ泳いでいる場合には、あてはまりません。要するに、たとえ水泳でもカロリーを大量消費するのは、そう簡単な話じゃないんのです。

 ちなみに、理論的には1キログラムの脂肪を減量するのに約7000キロカロリーも消費しなければならないんだよ・・・7000キロカロリー。たとえ水泳でも、何時間泳がなければならないか・・・日が暮れるね。

 有酸素量は、睡眠時間に消費するカロリー(代謝)をよくするといわれています。確かに寝ているときのカロリー消費があがれば、自然とダイエットができそうですね。でも、これは人々のおおくが期待するような、短期間にでる効果ではありません。長期的な視野にたって効果を見ていかなければならないそうです。

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 フィットネスジムで短期間に痩せられない理由の2番目は - これがもっとも深刻なのだけれども - 下記のように我々の心理的機制が働くことによります。つまり、こう考えてしまうのですよ。

「ジムであれだけ運動したのだから、かえって、ちょっとくらいケーキ食べても大丈夫でしょ」

「ジムであれだけ運動したんだから、かえって、ビールでもカーッと飲むか。そういや、つまみにピーナッツがあったな」

 これで「一巻の終わり」です(笑)。

 既述したようにジムのカロリー消費は、思ったよりも低い。ケーキやピーナッツといったような「カロリー爆弾」のようなものを食べれば、それだけで、消費したカロリーを上回ってしまいますよね。

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 たとえば、僕の身近にこんな例があります。身近といっても、昨日、ジムにいった、うちのカミサンの話だけど(笑)。

「いやー、今日は運動した。めちゃめちゃ疲れたわ。なんか、小腹すいたわ。かえり、ミスドでドーナツ買ってこー」

 よせばいいのに、ドーナツ1個ではあきたらず。オールドファッション抹茶(288キロカロリー)+ハニーチュロー(233カロリー)をご購入。自宅で、雑誌を見ながら、バクバク食って、合計521キロカロリー。

「今日は運動したからいいんだもんねー、まだ大丈夫やんなー、痩せるかな?」

 痩せるわけねーだろ(笑)。

 ちなみに、その日の運動量はリラックス系のヨガ+水泳250mで、おそらく100キロカロリー超えるかこえないか。

 いかにジムで痩せるのが難しいか、わかっていただけたものと思います。

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 じゃあ、結局痩せるためにはどうすればいいか?

 僕は栄養学や体育学の専門ではないので、無責任に言い放つけれど、結局は「食」なのではないか、と思うんです。

 かつて25キロのダイエットに成功した経験からいうと、結局、「痩せるため」には、食習慣を根本からかえる他はないように思うのですね。

 一時的に絶食したり、食事制限したりするのでは、結局長続きしない。というよりも、むしろ、食の習慣を変えるほうに力点をおいたほうがいいのではないでしょうか。

 たとえば朝起きたら、コントレックスを1杯飲む。カロリーの高いものを避ける。食事の時間を統一する。ゆっくり食べる・・・などなど。

 そういうことを地道に積み重ねて、「痩せる食習慣」を築いていくほかはないのだろうか、と思います。

 友人の中にも、ダイエットに挑戦した人が何人もいるけど、9割はリバウンドする。成功する人は、「食習慣」がいぜんと比べてドラマティックにかわった人だけだったりします。

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 学習に王道はないのと同じように、結局、ダイエットにも王道はないのかもね。

投稿者 jun : 2007年04月15日 09:04 | コメント (2) | トラックバック


ITを駆使した歯医者さん

 先日、地域で評判がいいという、歯医者さんにでかけた。

 特にどこが痛いというわけではなかったけれど、ある人に「30をこえたら、定期的な検査とクリーニングはしたほうがいい」と言われたのがきっかけだった。

 ある調査によると、35歳から45歳までの実に80%の人が、歯周病にかかっている。

 実際に歯を失う人は、虫歯による抜歯ではなく、歯周病の結果なのだという。要するに、歯周病が悪化して、歯槽膿漏になって、歯がグラグラして抜けちゃう、ということである。

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 診療室にはいって、びっくり。そこに広がっているのは、僕が今まで目にしたことのある、いわゆる歯医者さんの「光景」ではなかった。

 診療室には、常に5人以上の患者がシートに座っていて、隣で使われているドリルの音に身震いする。シートにすわれば、あとはおまかせ、どのような治療を行っているかは、よくわからない、という、いわゆる「僕のよく知る歯医者さん」とは、全く異なっている。

 診療は完全個室。シートの前には、LCDモニタが装備されている。歯医者さんの使うテーブルには、ノートコンピュータが置かれていた。

 診療はITを駆使して行われる。レントゲン予約は歯医者さんのコンピュータから。検査結果は、すぐにLCDモニタに表示される。

 インフォームド・コンセントなのだろうか、「これから行う診療が、どういう意味をもっているのか」は、パワーポイントを使って解説がなされる。

 これから治療しようとする歯を、小型カメラ・デジタルカメラで撮影し、それをLCDモニタで見ながら、解説を行う。

 結局、数々の検査の結果、僕は、結局、クリーニングだけですむことになった。何度か通わなければならないようだけれども(時間確保が難しそうだ・・・)。

 聞くところによると、「定期検査はできれば半年に一回来てください」とのこと。そういうのを「予防歯科」というのだそうだ。

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 詳しいことは知らないけれど、アメリカに留学中、何人かの人から、こんな話を聞いたことがある。

「歯科技術の点では、日本はアメリカから20年遅れている。

歯の白さ、健康さが社会的ステータスになるアメリカでは、治療も高度に専門化され、抜歯、歯茎など、それぞれに専門の歯医者さんがいて、チームとして医療にあたる。

保険でカバーされる部分が少ないため、治療費は非常に高額である。だから、どこか痛いところがなくても、予防のために歯医者さんにかよう人が多い」

 ホントウか