北の国から・・・シモヤケ、ビックカツ、チャラ度ゼロ
散歩の途中、ほぼ15年ぶりに、自分の通っていた中学校をたずねてみました。自宅から歩いて20分くらいのところの距離なので、そんなに遠くはないのですが、卒業以来、足を向けることはありませんでした。

15年ぶりの中学校の外見は、ほとんど当時と変わりはないようです。白い石でできた校門は、ところどころカドが欠けていましたが、それ以外は、本当に、何もかもあの頃のままです。
ただ、僕の記憶の中にあるグランド、中学校の校舎は、ものすごい広いイメージでしたが、実際にいってみると、「小さく感じる」のですよね。
こんな狭いところで、僕は走ったり、飛んだり、勉強していたり、居眠りしたり、怒ったり、泣いたり、恋に落ちてコッパミジンコになっていたりしたんだ(泣)・・・と思うと、少し驚いてしまいます。
いいえ、中学校に限らず、散歩をしていると、いろんな懐かしい場所を目にするのですが、何もかも、一回り小さく感じてしまうのはなぜでしょうか。まだ、僕のカラダが小さかったからなのかな・・・。
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それにしても、中学校まで、20分と簡単にいいますが、これね、夏ならいいけどさ、冬は地獄です。
なにせ、氷点下20度なんかザラですから、登校の途中で「行き倒れ」になって、春の雪解けとともに発見される・・・
ってことはないんだけれども(笑)。よく、耳とかがシモヤケになっちゃうんですね。
まぁ、言うなれば、ひとつの拷問です(笑)。というか、北海道の子どもたちならば、一度は体験しなければならないサバイバル・イニシエーションなのでしょう。登校途中でシモヤケを経験したことのない北海道の中学生は、はっきり言って、モグリだね。
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中学校にいく道すがら、僕が毎日のように通ったスキー場もありました。こちらは、家から10分のところにあります。当時は、リフトが2機ありましたが、いまは、1つは取り壊されてしまったようです。
僕は、このスキー場でスキーを覚えました。

申し訳ないのですが、内地の方々のスキーのやり方と、僕らのそれは根本的に異なります。僕らにとってスキーは、一年に一回のイベントではありません。それは、まさに「終わりなき日常」。
あとチャラチャラしていません、僕らのスキーは。チャラ度ゼロです。女の子の存在ゼロです。「わたしをスキーに連れてって(古い!)」のような心ときめくことは、皆無です。むしろ、「わたしにスキー以外のことをさせて」という感じです。
毎日のように通い、一日にリフトに50回、60回とか乗って、ひたすら滑るのです。コブやジャンプ台、アルペンコースを自分たちでつくり、自分たちで記録をつくるのです。本当に禁欲的にワザを極める。
僕にとって、スキーは、そういうものでした。というか、冬は雪に閉ざされて、車にも乗れない子どもは、それくらいしかやることがなかったのですね。
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学校の帰り道、よく買い食いをしていた商店も、まだ健在でした。考えてみれば、「買い食い」とは変な言葉ですね。買って食うのはアタリマエです(笑)、なぜ買い食いというのでしょうね。

当時、登下校途中の「買い食い」は、学校で禁止されており、多少の後ろめたさをもちつつ、店にはいったものです。
ここで、僕はよく、ガリガリ君とか、パンとか、買って食べていました。一番のお気に入りは、駄菓子の「ビックカツ」でした。「ビックカツ」ってご存じですか? 反対側が透けて見えてしまうような「薄い肉」が、申し訳なさそう程度に入っている駄菓子です。

今から考えれば、何がうまくて、それを食っていたのか、理由が全くわかりません。でも、よく買っていました・・・お腹をすかせて。
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散歩をすれば、当時の記憶がよみがえってきます。よみがえってくるけれど、肝心なところは、すべてぼんやりと曖昧になっている、それでいて懐かしい記憶。
確かに、15年前、僕はここにいました。
明日も散歩に行ってみましょう。
投稿者 jun : 2006年04月30日 21:17 | コメント (1) | トラックバック
北の国から:こんなに広かったか?
北海道旭川の実家に帰省しています。
今、朝の6時。そちらは何時ですか? おっと、時差はないんだった(笑)。ロシア領じゃないんだから。
ただ、気温はかなり寒い。今、2度くらいです。おいおい、1桁かよ。きっと東京都は20度近く違うんだろうね・・・やっぱり違う国だよ。
まだ雪が、ところどころ残っていましたよ。

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飛行機を降りて、実家に向かいます。
いやー、広いねー。何もかもが広く感じます。まず道幅が広い。無用に広いね。

さらに空間の使い方がリッチです。
ちょっと実家にいく前、日本料理レストラン(大雪の蔵という、日本酒蔵元のやっているレストランです)にはいったのですが、そこの庭があまりに広く、びっくりしました。建物よりも、庭の方が広いです。

スペースがあまりに不足している大学の本郷キャンパスに暮らしていると、変な癖が身に付きます。
ちょっと空いた土地を見つけると、「ムムム、このスペースはもったいない。まだ建物が立てられる・・・まだまだ研究室ができるぞ!」と思ってしまうのですね(笑)。
あまりに広大な土地を見ていると、そんな自分の卑しい思考(笑)を恥じました。
昔、12年前までは、旭川を、広くなんて感じたことすらなかったのにね。北海道に住んでいる人が、誰も気にとめないことを、今の僕は、「北海道的だなぁ」と思ってしまうのですね。12年の年月は、そういう認識を育てるのに十分な長さだったのかもしれません。
今日はこれから散歩に行こうと思います。
ちょっと寒いんだけどね・・・まぁ、気持ちがよいので。
投稿者 jun : 2006年04月30日 07:03 | コメント (4) | トラックバック
医龍
先日、テレビドラマ「医龍」を見た。
「医龍」は、朝田という型破りな天才外科医と、彼を利用してバチスタ手術の論文を書き、教授になりあがろうとする女性助教授の物語。
もともとは、小学館ビッグコミックスペリオールで連載されている漫画である。今回のクールから、フジテレビのドラマとしてリメイクされた。僕はあるプレゼンをつくるときのネタ探しで、マンガの方を既に読んでいた。
医龍
http://wwwz.fujitv.co.jp/iryu/index2.html
医龍で描かれている「型破りな天才外科医」というキャラクターといい、「医学部の教授選」というコンテキストといい、この手の医学系マンガ、医学系ドラマでは多用されているものであり、それモチーフ自体には、新しさは薄いように思う。
しかし、よくあるマンガやドラマが、「難手術の達成」を「外科医個人の資質や才能に還元しすぎてしまうきらいがある」のに対し、医龍では、それを「チームの共同作業」に求める傾向がある。
物語は、朝田が医大付属病院に赴任し、難手術を達成するチームをさがすところから描かれている。内科医、麻酔医・・・様々な専門性をもった、その道の「優秀な鼻つまみ者たち」が、集まって、共同作業に取り組む。そこが、僕としてはオモシロイ。
また、医龍では、「医局の論理に染まっていない研修医」が朝田のもとで徒弟的に学ぶことで、医局の誰よりも的確な処置が行えるようになっていくプロセスが描かれている。ここも、大変興味深い。熟達化研究ではないけれど、「誰もが最初は初心者だった」のである。
個人的にはテレビドラマよりも、マンガの方がおすすめである。が、テンポの早いドラマの方が好きという人もいるかもしれない。
医龍を見ていても、学習研究のことをつい考えてしまう。
共同作業研究には、空港の管制官とか、艦船の航行とかがあったけど、手術室の共同作業プロセスとかの研究はあるんだろうか・・・とか。そうだ、熟達化研究に、X線読影の話があったなぁ・・・とか。
ユビキタスラーニングとかいう言葉が注目される以前からも、そもそも学習は「ユビキタス」である。そして、そうであるが故に、学習研究のネタも、空港であろうが、艦船であろうが、手術室であろうが、「ユビキタス」に転がっている。
※中原は本日より5月8日までバケーションです。メール等へのレスは非常に遅くなりますので(あるいは日によっては全くできなくなります)、ご了承ください。みなさんもすてきな休日をお過ごし下さい!
投稿者 jun : 2006年04月29日 06:20 | トラックバック
政治
政治的に振る舞う、交渉がうまいとはどういうことでしょうか。一般には「声のでかい人」「まくしたてる人」「熱意あふれる人」を、そう呼ぶのではないでしょうか。でも、僕は、どうも違うように思うのです。
たとえば譲歩する・・・つまりは「折れる」。
「折れる」ということは、一般に後ろ向きな行為と見られます。が、「折れること」は、そのまま「負けること」ではありません。「折れる」ことで不本意な妥協点に甘んじてしまう場合もある。が、いったんは「折れる」ことで、長期的視野にたって、よりよい条件をひきだせる場合もある。
たとえば「謝る」。これも、同じです。
「謝る」ということは「負ける」ということを意味しません。「謝る」ことで自尊心が傷つけられ、ダメになる人もいますが、「謝ることで闘う人もいる」。
いったん後ろ向きに見える行為の奥底で、密かな闘志を燃やす。そういうアンビバレントさの中に生まれるやりとりが、政治的なやりとりだと思うのです。
テレビをつけて、ニュースにでてくる政治家を見る。本当に政治のうまい人は、「政治的な人」には見えないものですし、「交渉の手腕が長けている」ようには見えないのではないか、とつい思ってしまいます。
一見して、「政治的に見える人」は、あまり恐れることはないのかも。
「政治的に見えない人で、政治的な人」にあったときこそ、ムムム、おぬし、と思います。
投稿者 jun : 2006年04月29日 06:15 | トラックバック
コーヒー、サラダ、ベーグル
アメリカにどうしても勝てないものが、日本にあるとすれば、それはコーヒー、サラダ、ベーグルの3点だと僕は思う(他にももっとある!とか、オレはそう思わない!、とか青筋立てて怒らないでね・・・あくまでも僕の感想)。
まずコーヒー。これはアメリカの方が圧倒的に種類が多い。様々な種類のフレーバーコーヒーが、ふつうのスーパーに売っており、またコーヒー豆の種類も本当に多い。
もちろん、「コルァ、誰が白湯注文したー!と「ちゃぶ台をひっくりかえしたくなる」ような「うすうすのアメリカン」もある。
しかし、アメリカの場合、どちらかというと、ハズレるときは大きくはずれるが、平均的にコーヒーは本当においしい率が高い気がする。それと比べると、日本は、平均的に特徴のないコーヒーをサーブする店が多いような気がする。というわけで、僕のメンタリティとしては、アメリカに軍配をあげたくなる。
次にサラダ。これは、コーヒーよりは差が開いている。サラダを主食に食べる国と、付け合わせのひとつくらいの位置づけしかない国では、さすがに気合いが違う。
個人的に、サラダのうまさは、パリッとかカリッという触感と、みずみずしい触感が、混じり合うことにあると思う。
アメリカ人は、ここをよく心得ていて、何ともいえないハーモニーをつくる。それに比べると、日本のサラダは貧弱だ。ハーモニー以前の問題で、野菜が「申し訳なさそうにしんなりとしている」ことも少なくない。僕のような「イカサマベジタリアン」は、この国では、かなりツライ。
最後にベーグル。これは天と地くらいの差があるだろう。日本での「おいしいベーグル」は、アメリカではフツーにスーパーで売っているものに近いと思う。表面がカリッとしていて、モチモチしているベーグル・・・そういうベーグルに僕は日本で出会ったことはない。
今日は、たまたまアメリカ礼賛の日であった。しかし、僕は、むしろいつもは逆の人間である。むしろ、かなり日本が好きである。
しかし、今日は、たまたまお昼に「コーヒー、サラダ、ベーグル」の3点セットを食べた。で、アメリカにいた頃が、とても懐かしくなった。
がんばれ、日本の喫茶店!
投稿者 jun : 2006年04月28日 20:29 | コメント (2) | トラックバック
グローバル化する大学
アルクの企画で「東大よりハーバードへ行こう」というものがある。ハーバードをはじめとする海外大学に留学したい方々がblogでそのプロセスをつづる、という企画。実際に見事合格を果たした方もいた!おめでとうございます。
東大よりハーバードへ行こう
http://morita.alc.co.jp/motoyama/
本の方も拝見させて頂いたが、「東大の教育情報化プロジェクト」に従事する人間としては、耳の痛い話も多い。
よいことか悪いことか知らぬが、高等教育のグローバル化は、今後確実に進んでいく。海外大学大学院に決して負けない教育環境を実現しなければならない、と思う。昨日も学生さんから、ある問題についてリクエストを受けた・・・ちょっと待ってね・・・。
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この企画、立ち上げたのは知り合いの森田君(久しくお逢いしていないが、元気そうだな)。
それにしても、「東大よりハーバードへ行こう」というネーミングはやめなさい(笑)。アンタも東大生だろ(笑)。
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投稿者 jun : 2006年04月28日 07:37 | トラックバック
北大路魯山人
先日、平野雅章著「魯山人 もてなしの神髄」を読みました。もてなし(ホスピタリティ)という言葉に興味をもって。
下記は印象的だった言葉。
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魯山人は新鮮でよい素材を手に入れるためには金と労力を惜しまなかった。
いわく、「料理は素材が八、料理人の腕が二、素材がよければ、すでに料理は完成したも同然だ」
(中略)
「素材を生かし切るためには素材の声を聞かなければならない。いまの時季は自分を食べてくれ、と素材が叫んでる。それに耳を傾けろ」
これが魯山人の第一の料理の信条なのである。
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素材が叫んでる! ステキな言葉ですね。きっと、その素材の叫びは、聞こえる料理人と聞こえない人がいるんでしょうね。
声なき声を聞け!
投稿者 jun : 2006年04月27日 17:40 | トラックバック
授業研究と談話分析
放送大学の授業で「授業研究と談話分析('06)」というのがあるようです。さっき見つけてしまいました!
授業研究と談話分析('06)
http://www.u-air.ac.jp/hp/kamoku/kyouyou/hattatu/s_1511300.html
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授業は児童期・青年期における教育と学習の場の中心である。授業をどのように研究し分析できるのかを近年の教育心理学や学習科学の視点を中心にして明らかにすることによって、共同の中で学ぶ過程、授業をデザインする過程について考えていく
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だそうです。シラバスを拝見したら、大変オモシロそうですね。
早速、Amazonで購入しようと思ったのですが、まだ売っていないみたいです。セブンイレブンしかないんですね。
セブンイレブンで購入
http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=31672684
大学生協にいったらあるかな?
帰りによってみようかな・・・。
それにしても、学習科学とかの観点からすると、放送大学の授業は充実していますね!たぶん、ひとつの大学で、一番関連科目数が多いのではないでしょうか
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投稿者 jun : 2006年04月27日 12:35 | コメント (2) | トラックバック
「領域横断的」
見田宗介先生の「社会学入門」を読みました。
その中でとても印象的だった箇所を、ちょっと長いのだけれども、下記に引用します。
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社会学は<越境する知>とよばれたきたように、その学の初心において、社会現象のこういう様々な側面を、横断的に踏破し統合する学問として成立しました。
(中略)
マックスウェーバー、デュルケーム、マルクスのような「古典的」な社会学者をはじめ、フロム、リースマン、パーソンズ、アドルノ、バタイユ、サルトル、レヴィ=ストロース、フーコーといった、現在の社会学の若い研究者たちが魅力を感じて読んでいる主要な著者たちは、すべて複数の ー 経済学、法学、政治学、哲学、文学、心理学、人類学、歴史学、等々の ー 領域を横断する知性たちです。
けれども重要なことは「領域横断的」であるということではないのです。「越境する知」ということは結果であって、目的とすることではありません。何の結果であるかというと、自分にとってほんとうに大切な問題に、どこまでも誠実である、という態度の結果なのです。
(中略)
近代の知のシステムは、専門分化主義ですから、あちこちに「立ち入り禁止」の札がたっています。「それは○○学のテーマではないよ。そういうことをやりたいのなら、他にいきなさい」「××学の専門家でもない人間が余計な口出しをするな」等々。学問の立ち入り禁止の立て札が至る所に立てられている。
しかし、この立ち入り禁止の立て札の前でとまってしまうと、現代社会の大切な問題は解けないのです。そのために、ほんとうに大切な問題、自分にとって、あるいは現在の人類にとって、切実にアクチュアルアな問題をどこまでも追求しようとする人間は、やむにやまれず境界を突破するのです。
「領域横断的」であること、「越境する知」であることを、それ自体として目的としたり、誇示したりすることは、つまらないこと、やってはいけないことなのです。
(見田宗介(2006) 社会学入門 - 人間と社会の未来. 岩波書店, 東京 pp7-8より引用)
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なるほど。
ちょっと前のことになりますが、ある所である方と「学習に対する研究アプローチ」について議論することがあって、それはなんとなく自分の中で附におちない議論だったのですが、そこで生じた、自分のわだかまりみたいなものが、スッと解けた気がしました。
どんな問題であったか。
学習という現象に対して、心理学っぽく切り込んだり、状況論のように社会学や人類学っぽく切り込んだり、研究者によってアプローチの仕方が違う。で、最近は、脳科学、神経科学のアプローチが流行っている。で、これは「ありなのか」? やれ血流が何とかという話で、学習という複雑な現象がわかるのか?
という問題を投げかけられたわけです。
僕は即座に、ですが自信をもって「大ありだ」と答えました。その答えは今も変わりません。僕自身がそういう研究に着手しているわけではありませんが、学習科学の一分野には脳科学アプローチがありますし、その中には非常に興味深い知見があります(アタリマエですが知見の有用性は研究によります)。それをなぜタブー視するのかがわからなかった。
ですが、このときの、この問いの立てられ方「ありなのか?」と、僕の答え方「大ありだ」に違和感があったのです。で、この違和感の所在が、なんとなくわかった気がした。
「社会学入門」における見田先生の指摘は、社会学についてでした。学習や教育を研究する世界にも、いろんな「立て札」があるようです。
GW前・・・本当に忙しいですね
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投稿者 jun : 2006年04月27日 06:19 | トラックバック
オススメの・・・
先日、ある学生さんから、学習科学は、どのようなもので学べばよいのですか?と聞かれました。
ちょっと調べればいろいろあるのに・・・。
とりあえず、下記のようなものをオススメいたしました。ちょうど、ブックリストをつくっていたときだったのです。これらは、放送大学のテキスト教材なので、自学自習で学びやすいと思います。
稲垣 佳世子・鈴木宏昭・亀田達也(2002) 認知過程研究―知識の獲得とその利用. 放送大学教育振興会, 東京
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4595133480/nakaharalabne-22
三宅なほみ・白水始(2004) 学習科学とテクノロジ. 放送大学出版振興会, 東京
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4595236182/nakaharalabne-22
波多野誼余夫・大浦容子・大島純(2004) 学習科学. 放送大学教育振興会, 東京
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4595237189/nakaharalabne-22
波多野誼余夫・永野重史・大浦容子(2002) 教授学習過程論. 放送大学教育振興会, 東京
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4595133499/nakaharalabne-22
あと、ちょっと余力があるなら、こんな本もあります。「How people learn」の実践版といった感じで、おすすめです。
前にこのwebページでもアナウンスしたとおり、こんなのもでていますよ。
少し疲れました・・・
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投稿者 jun : 2006年04月26日 11:14 | コメント (6) | トラックバック
そうだ、寿司屋に行こう!
最近、雑誌などで鮨特集が多いですね。
下記は、近いうちに行ってみたいと思っている寿司屋さん。中には「おまかせ」で3万円を超えるものも。そんなとこいったら、1週間、「塩食ってなアカンわ」。ランチにいくべし・・・それでも高いか?
行ったことのある方は、感想を教えて下さい。
<銀座ハイエンド系>
鮨さわ田(夜3万、ランチあり)
http://r.tabelog.com/tokyo/rstdtl/13001043/
■すし青木(ランチあり・昼の握り3150円・夜20000円)
http://nikkei.hi-ho.ne.jp/selectrestaurant/kishoku/aoki.html
久兵衛(ランチ8000円)
http://gourmet.yahoo.co.jp/0000612915/M0013000985/
新富寿司(ランチ2625円・池波正太郎の愛した寿司屋・夜1万)
http://www.ginza.jp/shintomi/
すきやばし次郎(夜25000円・さっと鮨系・夜のみ)
http://r.tabelog.com/tokyo/rstdtl/13002260/
銀座天川(ランチ3675円)
http://www.ginza-tenkawa.sakura.ne.jp/index.html
菊鮨(内幸町・ランチ1200円・夜10000円・土日祝休)
http://maps.google.co.jp/maps?q=%E5%8D%83%E4%BB%A3%E7%94%B0%E5%8C%BA%E5%86%85%E5%B9%B8%E7%94%BA1-1-7
鮨若竹 ホテル西洋銀座店(ランチ3675円・夜15000円)
http://www.seiyo-ginza.co.jp/restaurant/takewaka/
http://www.elle.co.jp/atable/data/rguide/show.php?id=231鮨かねさか(ランチ3150円・夜18000円)
http://www.elle.co.jp/atable/data/rguide/show.php?id=231
<お酒が飲める>
鮨の与志喜(夜のみ12000円・酒を飲める寿司屋)
http://r.gnavi.co.jp/g146800/
ぎんざ賀久(夜のみ13000円・酒を飲める寿司屋)
http://r.gnavi.co.jp/g154600/
銀座 鰤門(ランチ2940円)
http://r.gnavi.co.jp/g729101/
すし喜八(土日祝休み・利き酒コース・昼1200円・夜4000円)
http://www.sushi-kihachi.com/
<新世代銀座>
築地寿司清(夜8000円おまかせ・昼2675円、いわゆる新世代銀座の寿司屋)
http://www.tsukijisushisay.co.jp/
はこだて鮨金(夜7000円おまかせ・いわゆる新世代銀座の寿司屋)
http://www.clever.co.jp/susikin-ginza/
すしやの助六3丁目店(昼3000円)
http://maps.google.co.jp/maps?q=%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%8C%BA%E9%8A%80%E5%BA%A73-13-4
<大学から近い>
寿司花(巣鴨・夜1人前2500円・月曜休・夜のみ)
http://r.tabelog.com/tokyo/rstdtl/13021024/
■多津美鮨(1人前1700円・ランチあり・月曜休)
http://maps.google.co.jp/maps?q=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%96%87%E4%BA%AC%E5%8C%BA%E5%B0%8F%E7%9F%B3%E5%B7%9D1%EF%BC%8D3%EF%BC%8D10
神田笹鮨(ランチあり・おまかせ8000円)
http://www.sasazushi.com/index.html
櫻寿司(夜のみ・おまかせ5000円・水曜休)
http://www.sugamomap.com/contents/sakurasusi.html
<中原がたまにおじゃまする寿司屋さん>
■蛇の健寿司(夜のみ)
http://maps.google.co.jp/maps?q=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%B8%8B%E8%B0%B7%E5%8C%BA%E9%81%93%E7%8E%84%E5%9D%821-20-4
■まさひろ寿司(ランチあり)
http://maps.google.co.jp/maps?q=%E6%96%87%E4%BA%AC%E5%8C%BA%E6%9C%AC%E9%A7%92%E8%BE%BC6-5-1
<その他>
龍寿司(築地場内・ランチ2100円・日祝築地休日日休・6:30-14:30)
http://gourmet.yahoo.co.jp/0000618917/M0013000433/
大和寿司(日祝水休み・5:30-13:00・築地場内)
http://gourmet.yahoo.co.jp/0006710805/M0013000430/
おけい寿司(八重洲口・土日祝休み・ランチあり・夜8000円)
http://r.tabelog.com/tokyo/rstdtl/13000498/
鮨処 平河(ランチ1000円・千代田区平河)
http://www.leport.jp/restaurant/hirakawa/index.html
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ランチいきてーな・・・でも、とても時間ないよなぁ。
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投稿者 jun : 2006年04月25日 21:36 | トラックバック
多津美鮨:文京区小石川
善は急げ!
逃がした魚は泳いでる!
というわけで、早速行って参りました、多津美鮨。相変わらず、生き急いでいます。でも、大学から歩いて近いんだよね、15分くらいさ、ブラブラと、ブラブラとね。
多津美鮨
文京区小石川1-3-10
03-3811-2559
http://maps.google.co.jp/maps?q=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%96%87%E4%BA%AC%E5%8C%BA%E5%B0%8F%E7%9F%B3%E5%B7%9D1%EF%BC%8D3%EF%BC%8D10
店のたたずまいは、大変レトロな感じですが、おいしゅうございました。さすがは、岸朝子さんがよく行かれるお店だけはあるな、という感じです。

白身はシャリとの組み合わせがいうことなしです。甘エビは大変甘い。赤貝は身がしゃっきりしておりました。玉子がいいねぇ。あと、ネギトロはなめらかです。あっというまの8カンでした。これで1700円。みそ汁は100円です。
ここはかなりオススメです。
それにしても、オレ、鮨ばっかり食ってるなぁ・・・カラダが酢っぽくなるぞ、きっと
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投稿者 jun : 2006年04月25日 19:37 | トラックバック
貧乏寿司好き
最近、寿司屋のお話が多いのですが(仕事してんのか?・・・してます、腐るほど)、先日、ある人と話していたら、「寿司屋は高いよな・・・」という話題になりました。
確かに安くはない!
そこで「えっ安いんじゃない?」といっちゃうほど、高給取りじゃありません、むしろ「貧乏暇なし」です。ちょっと食べれば、まぁ、5000円くらいにはすぐになってしまいますね。そりゃ、居酒屋と比べれば高い感じがするのは否めません。
でもね、安くはないけど、高くなっちゃうのは注文の仕方にも問題があると思うんです。時給1億円みたいな大金持ちは、気にしなくていいんだろうけど、僕みたいな「貧乏寿司好き(最悪だな・・・家庭をつぶすぞ、今に)」は、注文の仕方を気をつけなきゃならないのですね。
まず一番やっちゃいけないのは、おまかせで「トロ責め」というヤツです。
トロは一カン2500円くらいするからね・・・高いとこだと3000円はします。あのね、1人前じゃないからね、1カンですよ、1カン。これがおいしいからといって、2カンも3カンも頼んでいたら、もういっきに万札がとびます。
むしろ、牛のように反芻するべきですね、トロ食うときは。反芻しろ、反芻。
でも、ちょっと前になりますが、ある寿司屋のオカミサンが「トロはわたしたちも赤字でお出ししているんです」と泣いておりました。仕入れ値が、あまりにも高くて、でも、その値段をすべてお客さんに転嫁するわけにもいかないので、結局、赤字になっちゃうそうです。握れば握るほど、赤字なんだって。
でさー、これさえ守れば、結構、リーゾナブルに食べられると思うんだけどね、寿司屋でも。トロを食べなくても、今の時期なら、サヨリとかさ、ニハマとか、安くておいしいと思います。
「貧乏寿司好き」は、欲望のままに食ってちゃダメなのよ。
いろいろ考えなアカンわけだ、アタマ休まる暇ないね
僕はあまりトロが好きじゃないんで、かなりエコノミーに食べることができますが・・・
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投稿者 jun : 2006年04月25日 14:00 | コメント (2) | トラックバック
東京大学で国際会議!:ご投稿しませんか?
本年、実は、第7回APRU DLI 2006(Asia Pacific Rim Universities Distance Learning and the Internet 2006)という国際会議が、11月8日-10日の3日間、東京大学本郷キャンパス内弥生講堂にて開催されます。
APRU DLI2006
http://apru2006.dir.u-tokyo.ac.jp/
APRU DLI 2006は、2000年の第1回から数えて7回目にあたり、遠隔教育、eラーニング、教育支援関連技術に関わる、世界中の教育界、産業界および政府機関から専門家が集まり発表、意見交換を行う恰好の場を提供するものです。
論文は査読つき!
投稿ガイドラインは下記のようになります。〆切は6月1日までですので、ふるってご投稿いただければ幸いです。
投稿者 jun : 2006年04月25日 12:37 | トラックバック
教育ビジネス特殊講義
将来的にぜひ機会があったらやってみたい授業に「教育ビジネス特殊講義」というのがある。いくつかの民間教育会社の人たちにゲストとして来てもらい、そのビジネスモデルを語り、議論する講義である。
アタリマエの話だが、「学校」だけが教育の担い手ではない。民間でも、年間莫大な金額が教育に費やされている。
しかし、これまで教育はビジネスとは無縁の、いわば聖性を帯びた営みとして把握され、それについて語るものは多くはなかったように思われる。少なくとも大学の授業科目として、それが教えられたことは、あまりなかったのではないだろうか。
塾、教材会社、通信教育会社、教育ソフトウェア開発会社、人材育成会社・・・様々な教育ビジネスが存在しているものの、そのビジネスモデルについて教えている事例は、そう多いわけではない
「教育ビジネス特殊講義」・・・オモシロイと思うんだが、いかがだろうか。
講義の最後の課題には、学生自ら新しい教育事業を提案するというのがいいのかな、勝手に想像を膨らませる。願わくば、教育ビジネスを推進する方々に、そのフィージビリティを採点して評価とするのがよいかもしれない。
近い将来に是非やってみたい。
学校だけが教育変革の担い手ではない。
それは広く民間に開かれている。
この講義をするためには、僕もかなり勉強せなアカンなぁ・・・
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投稿者 jun : 2006年04月25日 06:30 | コメント (7) | トラックバック
小学校の英語必修!
「小学校における英語教育の必修化」が政策課題になっている。導入賛成論者の意見もわかるし、反対論者の気持ちもわかる。だけれども、全般的に見れば、導入の方向に動くのではないかと、邪推したくなってしまう。
昨今の教育改革論議は多くがそのパターンである。
「なぜ改革を行わなねばならぬのか」を考えるよりも、「とにかく改革を行うべきだ」という議論の方が、常にパワーをもっている。すでに国民に知らされたときには、おおよその方向性は決まっているのではないか、と思われる。
ただ、「英語教育を小学校で必修化する」と主張することと、「どのように必修化するのかということ」のあいだには乖離がある。だいたい、誰が、どのように教えるのだろうか・・・。ALTを大量に雇用する、という回答は、あまりにナイーブすぎる。
彼らは、英語を喋れることができたとしても、教えることは難しいのではないだろうか。街を闊歩する日本人は皆一様に日本語を話せる。しかし、日本語を教えられる人は、そう多くない。それと同じである。
どこかひとつの学校にありったけの資金と人的リソースを投下して、モデルスクールをつくることと、「必修」というのは、違う。
それは甘い世界ではない。
皆さんは、どう思いますか?必修賛成?それとも反対
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投稿者 jun : 2006年04月25日 00:18 | トラックバック
ミスタードーナツの思い出
突然ですが!、ミスドのドーナツって、小さくなった気がしませんか? そう思うの、僕だけ?
実は、昨日、家の近くにある大型ショッピングモールにでかけたんです。ものすごく大きなモールで、中にはフードコートがあるんですね。
僕は、あまりジャンキーなものは食べないのですが、カミサンが「インドカレーが食べたい」とゴネルので、でかけたわけです。
フードコートは親子連れで埋め尽くされていました。本当にスゴイ人だよねー。あっちでも、こっちでも、子どもの泣き声が聞こえたわな。夫婦だけで来ているのは、僕らくらいなもので、「水あたり」ならぬ「ガキあたり」しちゃいましたけど・・・。
まぁ、それはどうでもいいとして、ふと隣の子どもを見ると、ミスドのドーナツを食べているではありませんか。うまそうに食うんだな、こいつが。
で、思わず「最後に食べたの、いつかなぁ」と振り返っちゃった・・・・小学生の頃は、よく親が仕事の帰りに買ってきてくれたなぁ・・・とか、高校時代は、よく学校帰りに寄って、コーヒー一杯で3時間はねばっていたなぁ・・・とかさ、そういうこと思いだしちゃったわけよ。
---
久しぶりに見るドーナツたち。エンゼルクリームとか、オールドファッションとか、定番はありました。
ただ、僕が昔から好きだったドーナツ - たとえばハニーチュロとか、なんていうんだっけ、シナモンにハチミツがかかったやつ・・・とかはなかったですね。種類は少なくなったのかな。
でもさ、何より一番気になって仕方がなかったのはさ、、なんかドーナツが小さくなった気がするんだよねぇ・・・。昔は、もっとドカーンとデカクなかったか。こう思うのは僕だけでしょうか?
でも、これ自信ないんだよなぁ。ほら、幼い頃って、何でも大きく見えるからね。
小学校1年生の頃は、小学校6年生なんかが大人に見えるものじゃないですか。うわっ、でけーよみたいな。だから、ドーナツも大きく見えたのかな・・・って思うんです。
本当のところは、どうなんでしょうか。
ずっと行っている人なら、わかるのかな。
---
それにしても、今はどうだか知らないけど、昔のミスドのコピーって格好良かったよねぇ。
「アメリカがアメリカだった頃のアメリカがある」
っていうヤツです。
あとオマケもさ。下のなんか、思い出すけどね。遊んだなぁ、このシャボン玉づくり器で。
シャボン玉づくり器
http://www.misterdonut.jp/museum/1986/images/mug86070.jpg
これがオマケで配布されていたのは1986年。僕は小学校5年生だ。
遠い昔の話です。
あなたのミスドの思い出は?
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投稿者 jun : 2006年04月24日 15:00 | トラックバック
研究者版「人生ゲーム」!:あなたは何型研究者?
有象無象のアカデミックな世界で、いかにサバイブするか?
「研究者の世界」でちょっと話題になっているボードゲームに「Happy Academic Life 2006」がある。
研究人生を楽しむ会
http://academiclife.jp/
「Happy Academic Life 2006」は人工知能学会が真面目に作成したゲームで、「研究者のキャリアを体験できる」のだという。
「アカデミックワールドのサバイブ戦略」は研究者にとって最大のテーマであろう。しかし、これは大学院では教えてくれない。自分で戦略をたてて自分で考えるしかない。
特に、若手研究者にとっては、自分のキャリアをデザインする機会になる。また年配の研究者にとっても、自分がこれまでたどったキャリアを見直す機会になるのではないだろうか。
僕自身はまだトライしたことはないのだが、なにやら、マスメディアに掲載された記事を見ていると、相当オモシロそうである。「悠々自適型」「業績量産型」「学術栄誉型」 「教育者型」 「文化人型」「学内政治型」というキャリアの選択があるらしい。
IT MEDIA
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0604/20/news073.html
さっそく、担当者の方には、もし入手出来るようであれば、情報をいただきたいとメールをおくった。
それにしても、このゲームの開発は、人工知能学会の20周年記念事業「AI若手研究者のためのキャリアデザイン能力育成事業:幸福な研究人生に至る道」において、実施された。このような企画を通してしまうところに、人工知能学会の懐の深さを感じる。
素晴らしい! こういう遊び心を発揮出来るっていうのは、学会が元気な印なのではないかと推察する。
---
悠々自適型、業績量産型、学術栄誉型、教育者型、文化人型、学内政治型・・・。
僕は何型なんだろう?・・・あなたは何型の研究者?
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投稿者 jun : 2006年04月24日 08:08 | コメント (5) | トラックバック
あなたは常識人?
本日の朝日新聞朝刊によると、「常識力検定」というのが、最近流行っているそうですね。さっそく僕もチャレンジしてみることにしました。
日本常識力検定
http://www.josikiryoku.com/
オンライン診断テスト
http://www.josikiryoku.com/online_test/test.cgi
結果は・・・「60点 ランクC」。やべー、結構間違えてんなー。常識あんだか、ないんだかわかんないけど。
---
でも、これ、よーく考えてみると、「フツーのクイズ」と何が違うんだろうか?
診断テストをやった段階では、いったい、僕の「何」が測定されているのかわかりませんでした。
案内を見ますと、常識とは、「人間が相互理解をするための共通認識である知識や表現」ということになるのでしょう。
てことは、問題をつくるときには、ここで問われている知識が人間にとっての共通知識とみなしうる、セオリー、あるいは、判断基準があるということになるのでしょうね。たとえば、常識とは、どういう知識ドメインで構成されている・・・みたいな定義が。
・・・まぁ、いいけど・・・。
最近は、社員教育とかで松下でも取り入れられているそうです。
それにしても、ウマイですね。「最近の若い者は・・・ケシカラン、常識がない!」ってのは、紀元前の人たちから、ずーっと言われていたわけですから、とってもネーミングがキャッチーだ。誰にでも非常にわかりやすい。
また、言うまでもなく「検定ビジネス」は、教育業界の中で、もっとも安定した収益をかせぐことのできるビジネスモデルのひとつです。
1) お金をはらって受験してもらえる、2) 受験するためには問題集にチャレンジしなければならないから、出版でも儲けることができる。3)教材開発とか、ソフトウェア開発みたいに莫大な資金は必要ない。4) ブランド化に成功すれば営業努力がそれほど必要ない。5) 教材とかに比べて、在庫を抱えることがそれほどない(テストは申し込みがあってから印刷したっていい)。6) 売っているのは問題という「知財」であり、いったんデータベースにいれてしまえば、くり返し使え、失われることがない。
さらに、ライセンス更新方式にして、資格取得後も何年に何回かは受験しなければならない、という風にルールを定めることができれば、無敵でしょう。安定した収益になります。
---
それにしても、僕は常識がない方なのかな? 平均点と偏差がないとわからないですね・・・。みなさん、ぜひ、チャレンジしてみて下さい。
昨日は結局ジムの日でした・・・ちょっとカラダが重いので、また今日も行って来ます!
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投稿者 jun : 2006年04月23日 08:41 | コメント (3) | トラックバック
今日は散歩の日か、ジムの日か?
今日は天気がよいですね。
こんな日は、「ジムの日」にするか「散歩の日」にするか、とても悩みます。
---
散歩の日であるならば、朝地図を眺め、「今日はどこを歩こうか」と考え始めます。
「おぉ、そうそう、アールグレイが切れていた・・・松坂屋に買いにいかなくては・・・」
目的地が銀座と決まったならば、あとは「どこから銀座に歩いて向かうか」ですね。ボーッとしながら、考えます。
これが簡単なようでなかなか難しいのです。あまり車の往来が激しいところを選んでしまうと、かえって、ノドが痛くなって、逆効果でしょう。だから、なるべく緑の多いところにしなくてはなりません。でも、緑が多いっていったってねー、東京にそんなとこ、なかなかないんですよねぇ・・・。
カミサンの意向というものもあります。これが結構ムシできません。「今日のコースは坂ばっかりだ」、とか歩いている間に不満がでてきます。歩いている間中、黙って歩き続けることになります。これは避けなければなりません。
---
ジムの日であるならば、チャッと朝風呂にはいって、早々に家をでます。家から10分ほどのところにフィットネスセンターがあるのですね、近い、近い。
まずは、柔軟。その後、まだ運動はしませんよ。センター内にある整骨院に向かいます。ここは保険がきくので、1回500円で、伝吉寮とマッサージを受けることができます。極楽。
それが終わっても、まだ運動はしませんよ・・・。やはりセンター内にある電機マッサージ椅子に座って、1時間の集中マッサージを受けます。マッサージ椅子を降りる頃には、すっかりダメ人間になっています。さらに極楽。ここでアンティパストが終了でしょうか。
いよいよメイン。「運動」です。
まずは1時間ほどランニングをします。だいたい消費カロリーは600キロくらい。6キロくらいを走ったことになるのでしょうか。その後、腹筋です。こちらは100回をワンセットで、3回繰り返します。その後、ストレッチで終了。敢えて筋肉をモリモリとつける運動はいっさいしません。筋肉をあまりつけてしまうと、それが落ちたときがブヨブヨになってしまいますので。
その後、プールに入ります。いうたら、これが「ドルチェ」でしょう。こちらは300メートルくらいしか泳ぎません。これは「泳ぐこと」が目的というよりも、肩こりを治すことが目的です。水泳は、「ぐるぐると肩を回す」でしょう。これが肩こりにいいそうです。その後、温浴マッサージ風呂に入ります。
これでコースが終了です。
---
なるべく土日に仕事をしないようにすることにしました。土日の仕事は原則的にはお断りしています。「若いんだから、週末も働け、この贅沢者め」とお怒りになるかたもいるかもしれませんが、それは余計なお世話です。バランスをとることが、重要だと思っていますし、せめて土日くらいは家庭で過ごしたいと思います。それに運動もしたいし、本も読みたい。
前にも日記で書きましたが、某外資系企業の方たちは、金曜日の7時以降は連絡をくれるな、というそうです。土日も働くことをアタリマエとする日本の企業文化からすると、なんだか「わがまま」に感じてしまいそうですが、そこはメリハリではないでしょうか・・・そう個人的には思います。
どうしても土日に動かなくてはならない、というせっぱ詰まった状況は、どこの組織にもあるでしょう。大学だってあります。それは致し方ない。それに、業種によっては、土日が「書き入れ時」という仕事もあるでしょう。それは仕方がないと思います。
だけれども、そうではない場合、「恒常的に土日働くことをよしとする組織、仕事のやり方」が、生産性が高いか、クリエイティヴィティが高いか、というとそれには議論の余地があるのではないかと思います。
---
今日は朝起きるのが遅かった・・・本当ならば、朝9時からジムにいって、その後銀座というのがいいかなと思うのですが、今からではどちらかでしょう。
ジムにするか、散歩にするか、悩みは深い。
でも、そろそろ決めねばなりません。
皆さん、Have a relaxing weekend!
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投稿者 jun : 2006年04月22日 11:02 | トラックバック
誰のために評価はあるの!?
ちょっと前のことになりますが、ある方と話しているときに、ふと話が「評価」のことに及びました。その方は、「評価は学習者がよりよく学べるために行うものであり、それが理想なのだ」ということをおっしゃっていたのですが、どうも、これが僕にはひっかかっちゃったんだねー。
いいえ、別に異論があるわけではないんです。「評価で、教育活動が何らかのかたちで改善されるのならば、学習者にとってとてもよいこと」でありましょう。
というよりも、「それだけなのだろうか?」、と、ふと思ってしまったのです。小学生的にいうと、「つけたしー」とか言って、手をあげちゃう感じ。
最終的に「メリット」を享受できるのは学習者であることに全く異論はないのですが、それとは違った側面があるんじゃないかな、と思ったのよ。
結論からいうと、評価は「教育に変革を起こそうと思っている側」のためにもなるのではないかと思うのです。それを行わないと、なかなか「変革」を長続きさせることはできない。今風にいうと、サスティナビリティが確保出来ないわけです。
ここで重要なのはさ、「長続きしない」のは「教育に変革を起こそうと思っている側」が「サボッてる」とか、「タルんでる」、とかそういう問題ではないの。そういうところで、青筋立てちゃいけないの。「教育で手を動かしたことのない人」ほど、ここで「ケシカラン」といいがちだけど。
これ、宿命なんです。教育という営みの性格と、人間の性(サガ)から導き出される宿命よ。だから、この宿命に「静かなる抵抗」を行うために、評価が必要なのですね。
なんだか、よくわけがわからなくなってきましたので(笑)、まず、「教育」に関して、もっとも基本的なことを押さえましょう。それはこういうことです。
「教育に王道がない故に、ある一時輝いて見えた変革は、必ず色褪せてしまう」
「教育に、変革をもたらしたとしても、その効果は、なかなか目に見えにくく、変革をもたらした側にとっても手応えを実感しにくい」
なんだ、アタリマエのコンコンチキだと思うかも知れませんが、これを押さえることは、とても重要だと僕は思います。
まず、「変革は必ず色あせる」というのはアタリマエだよね。だって、最初のうちは変革であっても、だんだん日常になっていくんだもん。そうなると惰性ですよ、まさに「終わりなき日常」。
また後者の方、教育は、「タミフル」とか「バチスタ手術」とか、そういう類のものではないのです。変革の効果は、劇的にドパーンとでてくるものではありません。どちらかというと、漢方?・・・。
いや、よくわからないけれど、とにかく、「ある日、突然、子どもが変わりました」っていうものじゃない。それは教育じゃないよ、なんか変なもん食わせただろう(笑)。
とにかく、教育の効果は目に見えにくい。それを「目に見える」ようにするための手段が評価ということになります。それはテストかも知れないし、面接かも知れない。
いずれにしても、何らかの「介入」を行って、手応えを「実感」できるのです。変革の効果は「見えるようにするための手段」を講じないと「見えません」ということになります。
で、この「見えにくい」「手応えを実感しにくい」という性質のおかげで、評価がない場合、どうなるかというと、こうなっちゃうんですね。
「変革の手応えが、いつまでたっても、実感出来ないから、だんだんヤケのヤンパチになって、焦り出す」「変革の効果が見えないから、どんどん中だるみをおこすようになっていく」
「変革の効果を、誰にも説明出来ないから、変革の方針の確からしさを確認できずに、どんどんと不安になっていく」
これは人間の性ですね。誰だって、フィードバックのないアクションなんて、長続きしない。そんな強いものじゃないの、人なんだから。焦りだしたり、もういいよ、ってことになったり、不安になっちゃうんです。
で、どうなるか・・・。
その先にあるものは、「変革の終わり」ですよ。いつしか「変革」は忘れ去られ、闇に葬られます。
---
評価というのは、ある変革をサスティナブルにする効果をもっているのですね。そしてそれは変革を起こす側のメンタリティを支える至言にもなる。結局、最後は学習者にとってのメリットになる可能性もあるんですけどね。
その人と話しているあいだ、僕は、そんなことを考えていました。
皆さんはどう思いますか?
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投稿者 jun : 2006年04月21日 08:42 | コメント (1) | トラックバック
京都って京都大学!?
僕は「京都大学」以外の「京都」をあまり知らない。最近、本当に京都への出張が多いのだけれども、その用務はほとんどが「京都大学」であり、それ以外の場所にいくことはほとんどない。
京都大学への出張は「ドアツードア」をまさに地でいく出張だ。
10時の新幹線にとびのり、京都駅をでて、タクシーをとばして京都大学で用事をすませ、そのまま東京にとんぼ返りをして6時からの会議に参加する、みたいな出張。
自分でも、なんで、こんなスケジュールになってしまうのかわからない。でも、京都出張はいつも過酷である。
たぶん東京 - 京都間っていうのは、「気合いを入れれば帰れてしまう短い距離」だという「イケない思いこみ」が僕にあって、そのようなスケジュールを知らず知らずのうちに組んでしまうのであろう。
京都大学のアカデミックな雰囲気は非常に好きなのだけれども、たまには、ドアツードアではなくて、せめて移動のときだけでも、京都の町並みを歩いたりする時間が欲しいなぁと思う。
---
そんなことを言っていたら、あれれ、また京都への出張がはいった。来月は2回である。うーん、よほど、縁があるんだろうなぁ。
どうせだったら、せめて夕食くらいは、とっておきの料理を食べたいけれども。
明日は東京に戻ります・・・
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投稿者 jun : 2006年04月20日 22:12 | コメント (7) | トラックバック
キッザニア
前々から注目はしていたのですが、このところ「キッザニア」が話題になっているようですね。
キッザニア
http://www.kidzania.jp/
キッザニアは「遊びながら社会の仕組みを学ぶ - 子どものためのオシゴト体験タウン」です。空港、テレビ局、警察、消防署、病院、獣医、銀行、美容室、お菓子工場、コンビニなどの仕事を体験できるんだって。オモシロそうですね、僕も体験してみたいよ、他の仕事。
注目の背景には、今の親にとって、キャリア教育とか、いわゆる<ニート>問題とか、「仕事」への感心が高いことがあるんでしょうね。わからんけど(笑)・・・おいおい。「我が子をキチンと仕事につけるようにせな」みたいなプレッシャーというのかな。
それにしても、キッザニアで体験出来る仕事に、大学教員ってのはないのかね?
授業の合間に、いろんな学内委員会にでなきゃならん・・・お昼には、研究室にマンション勧誘の電話がかかってきて、午後は、またひたすら会議をして、メールを書きまくって、自分の研究はキッザニア閉館後にやらなければならない、っていう、オモシロパビリオン(笑)。
あんまり人気なさそうだな(笑)。
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追伸.
京都会議1日目です。今日は、プレカンファレンス・ディナー。久しぶりにOCW関係者にお会いしました。
ディナーで近くに座ったある方から、「中原さんは、会議では、相当クールに見えます」と言われました。たぶん、よほどイヤなヤツに見えてんだろうなぁ(笑)、ていうかイヤなヤツ!?・・・すみません。今度は、「クールに見えないように」、会議に「鼻めがね」でもつけていこうかな。安心感はでるかな?
海外からいらっしゃっているお客様とひたすらトークする日でした。なんか、明日のことで、いろいろ依頼されたような(笑)。てんやわんやで、何食ったんだか、よーわからん。まさにアタマが「えいご漬け」だ。
会議では、以前、NIMEにVisiting scholarできていたタイのアヌチャイ先生と再会。品のある、おだやかなしゃべりは変わらずだったけど。
以前、彼はチュラロンコン大学にいたのですが、名刺をみたら、Ministry of Educationになっています。異動したんだろうか・・・。でも、名刺はチュラのメールアドレスもあるぞ。
よく見たら、Thailand Cyber University Project の副ディレクターってなってますね。どんなプロジェクト? 明日聞いてみます。
大学では、ネットワーク配信をめぐって、<ドエライご迷惑>を各所にかけてしまいました。謝罪しどおしの一日でした。はぁ・・・正直、落ち込むなぁ。でも、ココカラは僕の仕事だよねぇ。関係各所をうまく調整して、粛々と解決策をさがすしかないですね。「アムロー、振り向かないで・・・」って歌いたくなるね(意味不明)。
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ディナーからの帰り道は、加茂川ぞいを歩いてきました。暗い中、カップルが、かなり接近してましたけど。いいねー、アンタらは。
ホテルに帰ってきたはいいけど、少し興奮気味で眠れないので、「さっきの件への対応」を考えつつ、論文執筆。
研究は僕の仕事の本分なのですが、いつも早朝、深夜になるんだよなぁ。でも、西森さんのおかげで、ちょっといいデータをみつけました。このデータ、昨日のモデルにいれたら、どうなるかな・・・。
ほぼ徹じゃん。
そして人生は続く・・・。
ていうか、メシだ、メシ。
朝飯食いにいくど。
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投稿者 jun : 2006年04月20日 06:22 | コメント (2) | トラックバック
統計学の物語
先日、渋谷のブックファーストで何気なく手にとった本「統計学を拓いた異才たち」が愉快でたまりません。
おっ、オモシロイなと思い、ひとり夜な夜な読んでいたら、数日後、大阪大学の松河君(若杉!)も、日記で同じようなことを書いていました。「同じ本に興味を感じているんだな」と思って、なんか不思議な気持ちになったけれども。
「統計学を拓いた異才たち」には、いわゆる統計学の本ではありません。統計アレルギーをもっている人でも、僕のように統計はツールだ、と割り切って使っている人でも、誰でも読むことができます。
というよりは、むしろ統計学の手法は、どのような人によって、どのようなきっかけで生まれたのかに焦点をあてた本ですね。ストーリーです、ストーリー。
たとえば、スチューデントのt検定。これ、なんで「スチューデント」というかご存じですか?これは、実は、なんと「ビールのギネス」に関係があるんですね。ギネスだぞ、ギネス、あの泡がクリーミーで苦いギネス。一見全く統計とは関係ないところから、統計の手法が生まれているのです。どう関係があるかは、読んでのお楽しみ。
実は、今、TODAI TVでは統計学のコンテンツを準備しています。統計に苦手意識を抱える文系大学院生があまりに多いので、彼らに対して自学自習の学習機会を提供することを企画しています。
TODAI TV
http://www.todai.tv/
一見、無味乾燥に思える統計手法にも、そこには必ず「人」があり、「物語」がある。
「物語」から入ってみてはいかがですか。きっと今まで、どうしてもとっつきにくかった、それらの手法が違った風に見えるから。
追伸.
今日は朝っぱらから、思わず涙がでてしまいそうになるほど、嬉しいことがありました。健気でね、その様子が。
明日から京都グローバルOCW国際会議です・・・僕はデモスペースの責任者ですので、そのあたりにいます。声をかけてくださいね。
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投稿者 jun : 2006年04月19日 18:55 | トラックバック
放送大学の授業
去年の秋頃だったか、放送大学「総合情報学」の中の1コマ「情報化社会と教育」の収録が、本郷キャンパスでありました。「大学教育をITでどのように支援するか」ということについて、ケータイ、UT OCW、podcastingなどのネタについて、山内さんと掛けあいながら授業をすすめました。
先日担当のディレクターの方から、完成したビデオがおくられてきたんですね。おそるおそるビデオをデッキに差し込み見てみると・・・。
うーん、どうも僕はテレビにうつるのが苦手だなぁ。なんだか画面越しの自分を見ていると、「ゲ○」っぽく見えてしまう・・・(ゲロじゃないぞ)。ちょっと古いけど、保毛○田 保○男みたい感じ!?、なんちゅう講師やねん。
先日のNHKの取材もそうだったし、きっとこないだ撮影した青学さんの授業についてもそうだと思うんですけどね。あー、自己嫌悪。
こういうのは「自意識過剰この上ない」のかも知れないけれど、なんか自分じゃないような気分になってしまうんですよね。
あと「声」ね・・・。これ何とかならんか?
どうしてこんなに僕の声は通りが悪いんだろう。これも自分の声のようには思えないんだよね。まわりにいる人は、迷惑せんばんだよなぁと思う。
というわけです。放映は5月25日(木曜日)13時45分からだそうです。コワイわー。
近況
このところ午後4時になると、急激に眠くなる。「早朝SPSS」「早朝AMOS」がきいているのだと思う。朝っぱらから大学でなかなかその時間をとるのは不可能である。知的な時間をおくりたい。
今日から京都出張です・・・昨日は修羅場だったし、まだ疲れがとれません。ホンマに眠たいわ・・・
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投稿者 jun : 2006年04月19日 08:55 | トラックバック
先生争奪 - 誰でも教員になる時代
昨日の朝日新聞では、センセーショナルな見出しがつけられていた。要するに、いわゆる「団塊の世代の大量退職をきっかけに都市部では、これから数年教員が圧倒的に不足することから、なりふりかまわない大量採用がはじまっている」というニュースである。このblogでも、この問題については、これまでも扱ってきた。
どのくらい大量採用かというと、東京都の場合、96年の小学校教員採用はわずか129名。倍率は15.3倍だったのにもかかわらず、08年度の教員数は1800名。倍率は2倍になるという。
私見では、この「2倍」には、当然、記念受験のような人も含まれるし、そもそも何にも勉強しないでくる受験生もいよう。実質的な倍率は限りなく1に近い - つまりは全入に近くなる!? - のではないかと推察する。
受験科目を減らしたり、日本全国で就職説明会を行ったり、あの手この手を使った大都市の教員争奪競争は、激化している。一方、福井、高知、島根などの地方では、相変わらずの高倍率(20倍程度)となっており、いびつな格差が生まれている。
---
人口の動態は、一朝一夕に、突然かわるものではない。よって、今日の「先生争奪戦」の様相は、10年前にも予測出来たことである。
教育学研究者の中には、そのことに警告をならす人も少なくなかった。「いびつな年齢構成は、必ずや学校内の徒弟システムを破壊する」「教員の質の低下をまねくおそれが強い」「公立校のさらなる地位低下に結びつかないだろうか」などの指摘があった。
1996年・・・熱い志をもちながら教員になりたくてもなれなかった人たち、苦労した人たちを、僕はたくさん知っている。
彼らの多くは、結局、教壇をあきらめ、市役所や民間企業に不本意ながら就職したりした。何年も何年も浪人を重ねて、いまだに非常勤で不安定な身分のもと、勤務している人もいる。
彼らは時代に翻弄された。
それから10年 - 2005年・・・時代は変わった。
大方の学生は真面目である。しかし、正直いって、教員志望の学生の中には、「この学生も教員になるのかなぁ・・・」と疑わざるを得ない学生も少なくない。彼らは、それほど勉強しなくても、望みさえすれば、より容易に教員になることができる。
もちろん、1996年にも教員不適格な人はいたし、2005年にも苦労する人はいることは事実である。しかし、あまりにも条件が違いすぎる。僕は今年で30歳。自らも「貧乏くじ世代」であるせいか、どうも、これには解せない。
「それは時代だよ」と言ってしまえば、それで終わりなのかもしれない。しかし、この歪みは別のかたちで、必ず教育現場にあらわれると思う。
「無理が通れば道理が引っ込む」
すべては「時代」のせいなのでしょうか?
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投稿者 jun : 2006年04月18日 08:33 | コメント (2) | トラックバック
ケータイの裏側の戦い!
先日、ある広告会社に勤務する同期と話していたら、モバイル向けの動画コンテンツの囲い込みが進んでいるという。来るべき定額制・常時接続時代をみすえてのことだという。下記のようなサービス開始も、その流れをみすえての先行投資であろう。
モバイルGYAO
http://www.gyao.jp/mobile/
いくら定額制といっても、モバイルにはモバイルなりのコンテンツの容量がある。コンパクトでインパクトのあるコンテンツなんてそう多いわけじゃない。
まして、それでいて開発コストが安いものということになると、「企画 - 撮影 - 編集 - MA」というすべての作業をひとりでできるディレクター、クリエータが狙われる。どうしても、外に仕事をだすとコストがかさむ。プロダクションのすべてをデジタルで作業出来る人が必要になる。
ケータイの裏側ではもう次の戦いがはじまっている。
それは遠い未来の話ではない。
あー、忙しい・・・。
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投稿者 jun : 2006年04月17日 22:47 | トラックバック
藤田嗣治展を見に行った!
先日、皇居一周の散歩の途中で、国立近代美術館で催されている「藤田嗣治展(ふじた・つぐはる)」に立ち寄った。入り口付近には、長い列ができるほどの盛況ぶり。


周知のとおり、藤田は、戦前で唯一の世界で成功した日本人画家。彼の作品がこれだけの規模で集まることは数十年ぶりであり、それに期待した人々が押し寄せているのだと思う。
藤田嗣治展
http://www.momat.go.jp/Honkan/Foujita/index.html
藤田嗣治は「異端の人」であった。
東京芸大を卒業し、黒田清輝らの勢いが強かった日本の美術界に愛想をつかし、パリにわたったのが27歳の頃。モディリアーニ、ピカソらと親交を交わした。
「女」を主要な題材としたパリ在住時代。特に、彼の主要な主題のひとつである「裸婦」は、「乳白色の肌」と「陰翳」によって特徴的かつ優雅に描かれている。これによって、当時のパリの画壇を一世風靡した。
その後、南米にわたりラテン系の画風を取り入れたり、帰国しては、いわゆる「日本的なもの」を泥臭く描いたりした。きっ





