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「はじっこ」が好きな人へ朗報

 ケーキやパンなどで、「はじっこ」の取り合いをしたことはないだろうか。

 クリスピーな「はじっこ」を好む人は、結構多い。かくいう僕も「はじっこ好き(Ege Lover:エッジラバー)」だけれども、競争率が高いので、たまに悔しい思いをしている。

 そんな「はじっこ好き」に朗報です。

 今日の「百式」では、こんなアイデア商品が紹介されていた。要するに「どこをサーブされても、はじっこのクリスピーな部分を楽しめるbケーキ(ブラウニー)ができあがる「型」です(教えてくれてありがとう、百式管理人さん)。

bakersedge
http://www.bakersedge.com/

商品説明のビデオ
http://www.bakersedge.com/anim/flash.html

 これはすごい商品だと思う。日本全国の「エッジラバー」たちも救われるね。これで競争が少なくなるといいんだけどなぁ。

 それにしても、「はじっこ好き」が、ユニバーサルな嗜好だとは思わなかった。世界中には、僕と同じような嗜好をもった人がたくさんいるんだなぁ・・・。

投稿者 jun : 2007年03月31日 16:19 | トラックバック


ネットカフェ難民からマック難民

 最近、ニュース等をにぎわしているネットカフェ難民が、マクドナルドに流入しているそうです。「マクドナルド化する社会」ならぬ、「ホテル化するマクドナルド」とは。

ネットカフェ難民からマック難民
http://www.j-cast.com/2007/03/30006518.html

投稿者 jun : 2007年03月30日 21:40 | コメント (3) | トラックバック


行列のできるアイスクリーム屋さん:Cold Stone Creamery:コールド・ストーン・クリーマリーに行ってみた!

 ちょっと前のことになりますが、最近巷で話題になっている「行列のできるアイスクリーム屋さん」の「Cold Stone Creamery:コールド・ストーン・クリーマリー」に行ってきました。アメリカで大人気?らしいです。カミサンの希望、絶対服従。

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cold2.JPG

コールドストーン
http://www.coldstonecreamery.co.jp/index.html

コールドストーンのアイスクリームは、単に「よっこらしょとアイスクリームをスプーンですくって」盛りつけられるわけではありません。

 マイナス9度の石の板の上で、アイスクリームをいろいろなトッピングと一緒に「混ぜる」ところが、この店のウリということになるでしょうか。

 この日は、看板メニューの「ストロベリー・ショートケーキ・セレナーデ」を注文しました。要するに「いちごケーキ」に「アイスクリーム」を混ぜたものです。

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 まず、店員さんはアイスクリームを1スクープとります。それを冷たい石版の上にのっけて、嬉しそうにスポンジやイチゴと混ぜ始めます。

 数分に一度、店員さんが英語の歌を大合唱しはじめます。

「一郎さんの牧場で、イーアイ・イーアイ・オー」

 と歌い始めました。もちろん、英語で。何言っているかわかんないけど。こういうのを聞いていると、行列で待っている時間も、あまり長いと感じませんね。演出がディズニー風で笑えます。

「ストロベリー・ショートケーキ・セレナーデ」は、予想よりも甘くなく、美味しかった。アメリカのお店だと思って警戒してたんだけど、そんなことはなかった。

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 「イチゴケーキにアイスクリームをのっけて食べたらおいしいだろうな」と思いませんか。1粒で2度おいしい、とはこのことかもしれません。

 Webを見ると、いろんな場所に出店をはじめているようです。ぜひ、お店を見つけたら、食べてみてください。

投稿者 jun : 2007年03月30日 20:08 | トラックバック


まだ事件を追っているか:江戸川乱歩・少年探偵団シリーズ

 先日、家の近くの図書館に出かけたら、懐かしい本を見つけた。江戸川乱歩の「少年探偵団シリーズ」である。

IMG_7304.JPG

 うーん、懐かしい。20年ぶりのご対面である。

 小学校高学年のある時期、僕が学校に通っていた最大の理由は、この本を図書館で読むことであった。そう言っても過言ではない。それくらい、僕は江戸川乱歩にハマッていた。

 僕以外にもハマってしまった同級生は何人もいた。有志で少年探偵団を自ら組織した。自分たちで苦労して、7つ道具を集めた。なるべく小さく道具をまとめられた奴が勝ちだった。

 少年探偵団は次第に活動を活発化しはじめる。「野瀬の靴が隠された事件」とか「給食のジャムが1個盗まれた事件」とか、今となっては、どーでもよい事件を自分たちの力で解決しようとした。

 もちろん、ひとつとしてまともに解決できたものはなかった。話を余計ややこしくして、先生にバレて殴られた。

「奇面城の秘密」を手に取る。

 これは僕が一番好きだった話だ。かつて食い入るように見つめた文章に、懐かしさがこみあげた。そして、僕が「遠く」に来てしまったことを感じた。

 あの頃の少年探偵団のメンバーは、今、どこで何をしているだろうか。

 日々の仕事に邁進しているか、それとも、疲れているか。家族をもっているのか、誰かの父親になっているか。

 ・・・今もなお、7つ道具を持って、新しい事件を追っているのか。

投稿者 jun : 2007年03月30日 09:44 | トラックバック


ノートPCの頑丈さの理由:田園都市線のラッシュ

 なぜ最近のノートPCは、イナバの物置じゃあるまいし、「頑丈さ」をウリにしているのか?

 先日、研究室を訪れたある人と、こんな話題になりました。このことは、僕、ずっと疑問だったんだけど、ようやくナゾがとけました。なるほど、そういうことだったんですね。

 その人が教えてくれたのですが、「通勤電車でノートPCが壊れちゃう」ってことが本当にあるんですね。知らないあいだに、液晶がバキバキに割れてた、みたいな。だから「頑丈さ」なんですね。

 なにやら聞くところによると、東急・田園都市線のラッシュは、とんでもないみたいですね。で、Let's Noteは、田園都市線のラッシュに耐えられる筐体をつくろうとした、と聞きました。

IT MEDIA
http://plusd.itmedia.co.jp/pcupdate/articles/0504/26/news104.html
 
 特に二子玉川 - 渋谷間の乗車率は、194%だとか。田園都市線のラッシュに僕は乗ったことはないので、その惨状がわからないですけど。

 ラッシュというと、井の頭線とか、小田急線がワースト1なのかと思っていたけど、そうじゃないんですね。井の頭線は、何度か「駒場東大前」で降りることができなくって、渋谷まで連れて行かれました・・・ドナドナ状態だ。うーん、それよりスゴイんだ。

 田園都市線というと、超高級なイメージがあるけれどなぁ・・・。ぎゅうぎゅうなイメージはないよなぁ。

投稿者 jun : 2007年03月29日 15:13 | コメント (2) | トラックバック


ディーン&デルーカ(Dean & Deluca)のデリをお持ち帰り!

 子どもができてからというもの、我が家は「外」で食事を楽しむといったことができません。それまでは、さんざん外食を楽しんできたのにね。

 最近はこれといった趣味もなく、「食」にしか興味のない僕としては、どことなく寂しい限りでしたが、ひとつ活路を見いだしました。

 ズバリ、「デリ」!

 世の中には便利なものもあるのです。早速、ターミナル駅で、ディーン&デルーカのデリを買って帰ることにしました。まぁ、いうたら「オシャレお総菜」ですね。うまいものを家に持って帰ればいいのよ。

ディーン&デルーカ
http://www.deandeluca.co.jp/jp/

 いいね。特にお気に入りなのは、「鶏肉が上にのっかったジャンバラヤ」です。カミサンは、「オマエは肉食動物か?」と問い詰めたくなるほど、ガツガツ食っています。ガルルルルゥ。

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 僕はふだんはほとんど肉を食べないのですが、これだけは別ですね。この味付けはなかなかマネできない。大変満足できます。

 あとヒットだったのは、エビとイカのマリネですね。これはエビがプリプリとしていてよかった。

dean2.jpg

 とにかく、ディーン&デルーカの料理は、細かいところに神経が行き届いています。

 たとえば、ラタトゥーユ。要するに「野菜のトマト煮込み」ですが、これもディテールが違う。トマトで煮込む前に、野菜がいったんグリルされている。その隠された香ばしさがいいのです。

 ディテールにこそ、神が宿る。

 次はね、もうターゲットが決まっているのです。次は、パークハイアットのデリ。今から楽しみです。なかなか新宿まで出る機会がないんだけどね。

パークハイアットのデリ
http://www.parkhyatttokyo.com/Facility/Shop/delicatessen.html

投稿者 jun : 2007年03月28日 20:30 | コメント (2) | トラックバック


フツーのアメリカの大学では?

 先日、東京大学で「アクティブラーニング」に関するワークショップが開催された。

 東京大学 大学総合教育研究センター マイクロソフト先進教育環境寄付研究部門の主催である。

マイクロソフト先進教育環境寄付研究部門
http://www.utmeet.jp/

 ワークショップでは、マイクロソフトリサーチのジェーン・プレイさん、ヴァージニア工科大学のジョセフ・トレントさんが登壇し、タブレットPCをどのように教育現場で利用できるか、についてソフトウェアの紹介がなされた。

 当日紹介されたソフトウェアのリストは、だいたい下記にある。

タブレットPCの教育利用
http://www.ee.vt.edu/~jgtront/tabletpc

 ---

 あとで聞いたところによると、ジョセフさんのつとめるヴァージニア工科大学では、1400名の新入生全員にタブレットPCを購入させ、授業に活用している、のだとか。

「それって、ファカルティのトレーニングをどうしてるの?」

 と聞いたら、ジョセフさんはこういっていた。

「それが問題だよ。年間数回ワークショップを開催して、それに出て、授業で使ってくれたら、新品のマシンをあげてるんだ。それがインセンティブだね」

 ---

 気になったのはジェーンさんが言っていた一言。

 ジェーンさんは、

「アメリカのほとんどの大学の授業は本当に画一的です。一流大学は別ですよ、でも、そういう大学はほんの一握り。ほとんどの大学では、どこの大学でも使っているテキストで、指導案どおりに板書して、生徒はそれを書き写しているだけ。大学教員は、変化を好まない。そんな授業でも変えようなんて思わない」

 真偽のほどはわからないけど、ちょっとイメージが違うよね。

 確かに、日本から視察にいく大学って、やれ、ハーヴァード、やれ、MIT、やれUC、やれスタンフォードですからね。それ以外の大学の日常については、あまり知られていないけど・・・。

 どうなんでしょうか。よーわからんけど。

投稿者 jun : 2007年03月28日 08:00 | コメント (2) | トラックバック


映画「ラフ」を見た!

 映画「ラフ」をビデオで見ました。
 
 
 
 
 
 
 
 ・・・うーん、もひとつ。

 といいますのは、「話の流れがわからなかった」のです。もしかして、僕の読解能力の欠如のせい、それとも酩酊のせい?

 でも、僕のようにマンガを読んだことのない人にとっては、ちょっと脚本の展開が唐突過ぎるのではないかと思います。

 話が結構飛ぶのですね。結局、「いつ、亜美がケイスケを好きになったんだろう・・・」。長澤まさみ、あなたは文句なしに可愛い。でも、わかんなかったなぁ。

 カミサンいわく

「マンガ全巻から脚本家が好きなシーンだけを集めてつないだように感じる」

 僕はマンガは読んだことがないので、真偽のほどは知りませんけれど。

 でも、考えたら大変だよねぇ。マンガ全巻を2時間に短縮する必要があるんだから・・・どうしても、アンソロジーになるよねぇ。しゃーない、まー、しゃーない。

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「ラフ」は、あだち充の最高傑作と言われているそうですね。あだち充といいますと、僕が小学生の頃、土曜日?だったか日曜日?だったかに、アニメ「タッチ」が放映されていました。

 タッチは話の展開の遅さで有名でした。達也が一球投げた瞬間に回想シーンに入って、そのまま20分。もう30分たって終わっちゃうけどという頃に、話が現実に戻ってきて、キャッチャーミットにボールがズドンと入る、みたいな感じ(笑)。

 その手法にすっかりのせられて、家族で毎週楽しみにしていたけどね。

 まぁ、いいです。話がそれた。

 今度、「ラフ」を大人買いしてみようと思います。何巻あるのかな? そんな暇あるんだか知らないけど。

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追伸.
「読書は仕事のうち」なので、だいたいどんな本でも忍耐強く読むことはできるのですが、下記の本には、悪戦苦闘しています。

 断っておきますが大変オモシロイ本です。まず、名前がキャッチーだ。「米国コミュニティにおいて、社会関係資本が20世紀末になって激減していく様子」を調査した大変アカデミックな本なのに、「孤独なボウリング」と名付けるとはね。こりゃ、一本とられた。

 個人としてボウリングを愛好する人は減っていないのに、社交としてのボウリング、ボーリングリーグに参加する人がが激減したのはなぜなのかってことですね。「社交としてのボーリングの現象」は社会関係資本が減少する象徴なのです。

 ただね、問題は「本の厚み」にある。600ページをゆうに超える大著なのですね。何ページ読んでも終わらない・・・たとえ「枕」にしたとしても「首を寝違えてしまうほど」の厚さですね。嗚呼。

投稿者 jun : 2007年03月27日 18:00 | コメント (2) | トラックバック


あなたの職場は「人を育てる環境」ですか?

 荒木さん(東大)、北村君(東大)、中原の共同研究で半年かけて開発した「仕事経験や職場環境に関するアンケート」・・・いわゆる、「ワークプレイスラーニング調査」のプレ調査が、いよいよ、はじまりました。

「プレ調査」とは、本格的な調査を前にして、質問の仕方、文言をチェックする意味で行います。

 今回は20名程度の方々に実際に質問紙に回答いただき、かつ、コメントをいただくことになっています。

 1通ずつ回答がかえってくるたびに、ドキドキしながらチェックしております。

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 本調査は、今年5月以降、数千名の規模で実施される予定です。なお、質問紙調査の分析に加えて、1)若手社員20名、2)人材育成担当者20名のインタビューも行う予定。質的データと量的データをあわせて、ものが言えるとよいのですが。

 これらの調査結果は、今後、学術論文のかたちで投稿される予定です。夏明けくらいになるでしょうか、定期的に研究会で検討し、順に投稿していくということになっています。

 また、さらに、それらの論文をリライトして、「人を育てる組織のデザイン」という本にする予定です。こちらの方は、ダイヤモンド社から来春以降に発刊される予定です。

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 前の本、「企業内人材育成入門」のキャッチコピーは、

 あなたの会社に、人を育てる科学はありますか?

 でした。この本のメインターゲットは、人材育成担当者ですね。

 今度の「人を育てる組織のデザイン」のキャッチコピーは、

 あなたの職場は「人を育てる環境」ですか?

 になる(?)予定です。というか、勝手にそう思ってるだけだけど。今度の本は、事業部の方にも読んでいただけるように執筆を進めていく予定です。

 嗚呼、忙しいね。
 でも、楽しいね。

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増刷、発売中!

あなたの会社に、人を育てる科学はありますか?

中原・荒木・北村・長岡・橋本著「企業内人材育成入門」、ダイアモンド社より、好評発売中です! ぜひ、ご一読いただければ幸いです。

投稿者 jun : 2007年03月27日 07:00 | トラックバック


ダメージを食らう英単語

 model

 この英単語を発音するたびに嫌悪感に陥ります。「おー、我ながらなんつう発音だ!」という風に。うーん、嫌悪感というより、むしろダメージかな。modelは、僕の苦手な英単語。なかなか、うまく発音できません。

 modelの発音は「もでる」じゃないよ。どちらかというと、「まーどぅ」に近いんですよね。まーどぅ、まーどぅ・・・そうだよね、これに近い(ホンマかいな?)。

 悲劇的なことに、僕の専門領域では、よく使う言葉なのです。

 learning model
 teaching model

 といった具合にね。こうした単語を発音するたびに、「ぎゃぼ」「ゲホッ」とかって、ダメージを受けます。

 嗚呼、困ったものです。皆さんは、ダメージを食らう英単語をお持ちではないでしょうか。

 まーどぅ

投稿者 jun : 2007年03月26日 17:58 | トラックバック


抱え込む子育て、ネットワーキングする子育て

「子育てをする」とは、いったい全体、何でしょうか。

 凡庸でいて酩酊気味の僕の頭脳では、どうせいくら考えても、明確な答えを出せるわけではないのですが、こういう形而上学的な問いを、最近、事あるごとに考えるようになりました。

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 当初 - つまりはタクの父親になった当初 - 僕のアタマの中にあった「子育て」のイメージは、「ミルクをあげること」「おしめをかえること」「一緒に遊ぶこと」でした。3点セットといってもよいね、これが子育て。

 要するに、タクという「か弱い存在」を、親としてケアすることが「子育て」であると思っていました。僕の子育て貢献度を勘案し、正確な表現をつとめるならば、ケアの「お手伝い」をする、といった表現になるのでしょうけれど。

 もちろん、その重要性はいささかも変わりません。が、最近、そうした「子育て」のイメージに加えて、ある考えがアタマをもたげているのです。

 語彙の少ない僕には、それが何かを完全に言い当てることは、まだできません。最初に謝っておくよ、ごめん。

 でもしかし、最近、「子育て」というものを、「地域や社会のネットワークに子どもを参加させていくプロセス」として捉えるべきなのではないか、という思いが、僕の中でフツフツとわいてきているのです。

 そして、そのためには親自身も、地域や社会のネットワークに参加する必要があるんじゃないか、と思うようになっている。

 ちょっと難しく言いましたけど、簡単なことです。

 タクはしばらく、今、僕が住んでいる街で生きていくでしょう。ここには、タクと同じ年齢くらいの子どもがたくさんいます。そして、そういう子どもをもつ親がいる。

 そうした人たちの中には、相互扶助的な「つながり」が既に形成されている。これは「目に見えません」が、確実にある。で、もう少し大きくなったら、そうしたつながりに、いろいろと参加していきたいなぁ、と思うようになったのです。

「大学教員としての中原」ではなく、「A地域で子育てをする親」として。

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「夫婦がどういった役割分担をしているか」という問題と、「夫婦をとりまく地域ネットワークが、どれだけ緊密であるか」という問題の関係を調べる、という研究パラダイムを提唱したのは、エリザベス=ボットやウェルマンの研究に端を発します。

 これを敷衍して考えるに、「子育てに対する夫婦の関与」と「地域ネットワークへの参与の度合い」は、関係していることが容易に予想されます。

 で、僕は、最近、下記のような仮説がアタマから離れないのです。

「親も子どももハッピーになれる子育て=家族みんなでハッピーになる」は、その「子育て」が、どれほど、地域ネットワークの緊密さに支えられていたのか、どうかに関係するのではないか、と。

「親も子どももハッピーになる=家族みんなでハッピーになる」という、我が家の方針については、前にblogで書きました。

家族みんなのハッピー度
http://www.nakahara-lab.net/blog/2007/02/post_759.html

 ここまでをまとめますと、下記のようになります。

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1.母親が一人で子育てに取り組むよりは、父親もサポートしたほうがいい

2.父親と母親だけで子育てを担おうとするよりは、ネットワークに参加し、相互に援助行動を求めた方がいい

3.その方が、多様な人に出会える分だけ、子どもの教育機会やしつけが増大する可能性が高い

4.その方が、子育ての負担は軽減され、親もハッピーな子育てができる=親の満足度が向上する

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 ということになりますでしょうか。

 もちろん、これは仮説。何の検証も経ていない「僕の世迷いごと」です。門外漢なので、無責任に言い放ちます。他人に勧める気は皆無ですので、ご心配なく。

 でも、何となく、いろいろな人たちの子育てを見るにつけ、そう思ってしまうのです。一言でいうと、「抱え込む子育て」は、少なくとも我が家が目指すべきところではないな、と。それよりは、「ネットワーキングする子育て」がいいなぁ、と。

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 アタリマエのことですが、子どもは一人で大きくなれません。そこには、親からのサポートが絶対に必要です。

 でも、もしかすると、子育ては、「親と子どもの関係」だけで捉えるべきではないのかもしれません。

 子育ては、「親と子どもの関係」に加えて、親と子どをとりまく「地域ネットワークの参加のプロセス」と捉えるといいのかもね、そう最近考えています。まぁ、言うのは簡単なんだけどね。

 ちょっとマジメな話になりました。
 こんなことをヘラヘラ考えているのは、僕だけでしょうか。まぁ、いいや。

投稿者 jun : 2007年03月26日 09:28 | トラックバック


オーガニックレストラン「みどりえ」からお取り寄せ

 先日、オーガニックレストランの「みどりえ」から、料理を取り寄せた。

オーガニックレストラン「みどりえ」
http://www.midorie-organic.com/

 子どもができてからというもの、なかなか「食道楽」ができないので、こういうサービスは大変助かる。

 みどりえのサービスでは、産直の有機野菜や、放し飼いでのびのび育った地鶏、自然卵、オーガニック調味料を使用して、無添加で調理された料理が真空パックで届く。

ryouri.jpg

 真空パックなので、あとは湯煎するだけで、すぐに食卓に並びます。もちろん、変な保存料とかは入ってないよ。とても簡単。

 今回は、「豆7種類のカレー」「旬野菜のスペインオムレツ」「地鶏と根菜のハーブロースト」「バナナパウンドケーキ」を食べた。

chiken.jpg

 どれもおいしいかった。バナナパウンドケーキはあまり甘くないので、「甘いモノ」が苦手な人にも楽しめると思う。

 ホワイトデー&いつも子育てお疲れ様、ということでした。

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追伸.
 タクは7キロになりました。最近は、オシャレも楽しんでいます。バンダナ風のスタイをカミサンが入手。こちらを巻いております。

takutoskarf.jpg

 最近、起こった変化。

・暇さえあれば、ゆびをしゃぶっている
・目の前にモノを差し出すと、両手でそれをつかむ
・起きている時間が長い
・首が少しずつしっかりとしてきた
・足を使ってカラダの向きを変えたりする
・カラダのそりが非常に強くなってきた

 東京はサクラの開花宣言。大学のサクラもそろそろだろうか。近いうちに、タクを連れて行こうと思う。

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投稿者 jun : 2007年03月26日 07:00 | トラックバック


「誰」が助けてくれるのか?:オンライン教育のメンタリング

「世はインターネット時代」というけれど、遠隔で動機を維持しながら学ぶことって、やっぱり難しい。

 だから、オンライン教育には、「遠隔で学習者の相談にのってくれる人=メンター」が不可欠である、と言われている。

 このメンターに関して、先日、T大学のY君に、こんな話を聞いた。

 オンライン教育を提供している英国オープンユニバーシティでは(日本でいえば放送大学?)、オンライン教育のメンターには、異性をつけるのだという。

 男性の学習者には、異性のメンターを。女性の学習者には、男性のメンターを。その方が、メンターへの学習相談が増し、結果として学習継続率が向上するのだそうだ。男性ばかりでなく、女性の学習者の場合も。

 学習理論云々で説明できる話ではない。でも、人間とは、そういうものなのだから仕方がない。

「誰」が助けてくれるかは、一見些末な問いのように思われるかもしれないけど、とても重要である。

投稿者 jun : 2007年03月25日 10:35 | コメント (3) | トラックバック


国産セカンドライフ(Second Life)登場?:Splumeのこと

 今期開設の大学院授業「デジタル教材設計論」の最終レポートを、

「最近流行の3D仮想環境を教育に活用するのだとしたら、どういうかたちがあり得るか、実際利用して、提案しなさい」

 というものにしようと思っています。その関係で、いろいろと「それ関係」のニュースを見てまわっているのですが、また新しいサービスがでてきましたね。国産Second Lifeというふれこみで、先日、プレスリリースされた「splume:スプリューム」です。先日、ワールドビジネスサテライトでも紹介されたのでご存じの方も多いかと思います。

splume:スプリューム
http://www.splume.com/service/jp/index.html

日本版Second Lifeとなるか? オープンな国産仮想世界「splume」が登場
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20345490,00.htm

 いろいろ違いがあるのですが、まず真っ先に言えることは、アバターが可愛い。なんで、アメリカのキャラって、あんなに可愛くないんだろう。

 あとは、ユーザーが自分の空間を自分のサーバにもてるらしい。詳しい機構はよくわかんないんだけど・・・これはAPIを公開するってことかな?

 ともかく、仮想環境系は、「がっぽり儲けたるでー」と思っている業界の鼻息が荒い人たちが、今、最も注目しているサービスですね。Wiiとか、PS3もそれ風のサービスを展開していくので、さらに競争も激しくなるのではないでしょうか。

 僕個人の感覚では、

 1)既存のSNSなど、既に大量の会員をもっている組織がベースになること
 2)特殊なプラグインなどのインストールが一切必要ないこと
 3)操作がめちゃめちゃ簡単でサクサク感があること

 がブレイクのポイントかなぁ・・・思っているのですけれども。「自分の空間をもてる」というのは、ビジネスモデルの確立のためには必要なんだけど、一般ユーザーへの訴求ポイントではないような気がする。

 まぁ、いいや。どうせ最終レポート課題を決めるのは7月ですので、それまで虎視眈々とニュースをウォッチすることにします。

投稿者 jun : 2007年03月24日 05:00 | トラックバック


「評価が難しい」本当の理由

「教材や研修の評価法が問題だって、何十年にもわたって、言われているんですよね。でも、問題であることがクリアになってるのなら、誰かが智恵をしぼって、方法を考えて、解決できそうなものじゃないですか・・・なんで、いつまでも解決できないんだろう?」

 先日、僕の研究室を訪れたある人が、こんなことをつぶやいた。

 この問いに対する答えは、いくつもいくつも考えつく。でも、最大の理由は、比較的身近でポリティカルな要因だったりする。
 本当に問題になっているのは「教材や研修の評価法がわかんないよー」ってことではない、ということではないだろうか。

 問題なのは「教材や研修の評価法」ではない。「実務家が評価を行うときには、自分のポジションを脅かしかねない悪い結果をだすことができない」ということなのではないだろうか。

 少し考えてみればわかるとおり、実務家にとって、自分の開発した教材や研修を評価するという行為自体が、実は、リスクを含んでいる。

 教材や研修が「実務に使われるもの」ではなく研究開発であるならば、

 「評価結果、イマイチでしたね、デヘ」

 ですむかもしれない(うまくいくことがわかっているなら、研究なんてしなくてもよい!)。でも、組織が莫大な費用を投下して行われる、いわゆる「業務」であるならばそうはいかない。

 結果が悪かった場合、「オマエ、何やっていたの?」と言われかねない。そうした事態が長く続けば、責任をとらせられ、その後のキャリアにも響くかもしれない。

 まして、昨今は「上」の目も厳しい。「いろいろお金かけたけど、で、それって、どういう効果があったの?」と聞かれる機会は、従来より格段にあがっている。

 「評価すか? やっぱ、やらなきゃダメすか、デヘ」
 「モトなんて全然とれませんでした、ぎゃぼ」

 なんてとても言えない。

 でも、評価を一度やったことのある人なら同意してくれると思うけど、「確実によい結果がでますー」なんてことは絶対に保証はできない。
 評価の結果なんて、よくて、「うまくいったところ」が半分、「芳しくない結果」が半分くらいが妥当なものではないだろうか。

 つまり、「評価をやること」も「芳しくない結果がでること」も避けられない。とすれば、そこには、ある種の「戦略」が必要になる。

 もちろん「ウソ」をつくことはできない。ウソはいかん、ウソは。
 戦略的に評価項目を設定し、ある部分は「うまくいきました」、ある部分は「課題が残りました」というような「説得のロジック=本人にとっては生存戦略」をつくらなくてはならない。これが、実は、言うのは簡単だけど、とても難しいのではないかと推察する

 前にも言ったかもしれないけれど、「評価」には王道はない。もちろん、ここでいう「戦略」にも「ロジック」にも王道はない。
 どの組織も異なった政治力学の上で成立している以上、「評価ロジック構築の政治学」も異なるのがアタリマエである。結局は、その組織ごとに、そうした戦略やロジックを見いだす必要がある。

 評価・・・。それは、簡単なようでいて、難しい。ひとたびマジメに考え出すと、次々と問題が噴出してくる。それは「パンドラの箱」のようでもある。

投稿者 jun : 2007年03月23日 11:25 | トラックバック


Youtubeの動画をダウンロードする方法

 日頃、他人から「お役立ちなサイト」を教えてもらうことはあっても、他人に教えることの少ない僕ですが、これはイケルのでは、というサイトを見つけましたので、ここで公開。

 「You tube」の動画=flvをダウンロードすることのできるサイトです。先日、たまたまWebを検索していて見つけた。なんと、単に動画を落とせるだけでなく、aviやmpeg4に変換までしてくれる。Webでそこまでできるんだね。ワタクシ、もう、これの虜です。

Vixy.net
http://vixy.net/

 知ってた? これまた失礼。

投稿者 jun : 2007年03月23日 02:03 | コメント (3) | トラックバック


学位授与式

 今日、東大では学位授与式(卒業式)がとりおこなわれている。キャンパスのあちらこちらでは、ガウンと帽子をまとった大学院修了者たちが、見受けられる。「ニュー修士」「ニュー博士」たちの顔は、すこぶる明るい。

 僕の頃には、ガウンや帽子を着るなんて風習はなかった。あったのかもしれないけど、誰も着ている人はいなかったなぁ。イベント好きの僕としては、羨ましい。いいね、こういうの。

 お昼は研究室で修了生の皆さんと「卒業おめでとうランチ」でした。で、学生さんに帽子を借りて、わたくしも一枚。

P1100277.jpg

 なんか、「黒い菱餅をアタマにのっけたような」感じになっているけど・・・。僕の「デカイ頭」には、帽子がはまらなかった・・・帽子のサイズ緩くなっていたらゴメン。

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追伸. おまけ
 風呂場で遊んでみた。

omake.jpg

投稿者 jun : 2007年03月22日 15:09 | トラックバック


NHKスペシャル「学校って何ですか?」

 ひとつ前のエントリーでは、僕はこう書いた。

>世論の盛り上がりとは対照的に、いっこうに
>聞こえてこない「声」がある。
>沈黙している主体、あるいは沈黙を迫られ、
>圧殺されている主体がある。
>今日のNHKスペシャルでは、彼らの声を拾う
>ことができるだろうか。

 圧殺されている「声」の主とは、もちろん、日々現場で子どもと格闘している「教師」である。

 ---

 10分ほど前、NHKスペシャル「学校って何ですか?」の前半が終わった。

 学校選択制度に揺れる現場の姿、矢継ぎ早にもたらされる改革に疲弊する現場の姿が、とてもよく描かれていた、と思う。大変勉強になった。

 10時からは、徹底討論がある。スタジオの「識者」たちは、この現場からの「声」にどう答えうるか。

 とても楽しみだ。
  
  
  
  
 ・・・と気分良くワインを飲んでいたら、タクがブリブリブリと大量の「大」。
 なんて量だ・・・。
 不覚にも、ケツをふいてる間に、「爪の間」に「大」が入った。
 爪楊枝でほじくっても、なかなか、とれん(涙)。

投稿者 jun : 2007年03月21日 20:54 | コメント (2) | トラックバック


揺れる「学校」と「教師」:ガイアの夜明けとNHKスペシャル

「学校とは何か」「教師とは何か」がこれほど揺れている時代も珍しい。

「学校」や「教師」という存在が、所与のものとして疑われず、学校内外で起こる社会的課題に対処することが求められる、いわゆる「教育問題」の構図と、現代のポストモダン的状況は、一線を画する。

 問われているのは「学校」であり「教師」である。教育現場で「アタリマエ」とされてきたものの脱構築が、とめどもない勢いで進んでいる。

 ---

 たとえば、「学校」の場合、「一人一人が自分の能力にしたがって学力をつける場所が学校なのか」、それとも、「生徒が学びあう場所が学校なのか」、はたまた「そのどちらでもないのか」。このような問いが、今、渦巻いている。

 「何を行う場所が学校なのか」
 皆が知りたがっている。

 後者の場合も同じ様相を呈する。「授業を教えることが教員の仕事なのか」、それとも、「学校経営にも参画することが教員の仕事なのか」、はたまた「そのどちらでもないのか」。

 「何をする人間が教師なのか」
 各方面から意見が噴出している。

 ---

 揺れる「学校」「教師」を前に、国民の注目も集まっている。

 昨夜の「ガイアの夜明け」は、テーマが学校・教師だった。ビジネスマンを対象にした番組であるのにもかかわらず、珍しく「カネにならない話題」が特集されていたと思う。

ガイアの夜明け
http://www.tv-tokyo.co.jp/gaia/backnumber/preview070320.html

 番組では、

○学校選択制度によって、生徒獲得競争が激化している品川区 東海中学校の現状

品川区 東海中学校
http://www1.cts.ne.jp/~tokai/

○教員に成果主義を導入し、360度アンケートなどの結果をボーナス査定に盛り込んだ、郁文館夢学園の取り組み

郁文館夢学園
http://www.ikubunkan.ed.jp/

○通常の公立校の10倍の予算をかけて、学力向上に取り組む九段の中高一貫校、九段中等教育学校の取り組み

九段中等教育学校
http://www.kudan.ed.jp/

 などが紹介されていた。

 ---

 ちなみに、今日の7時30分からのNHKスペシャルは「学校って何ですか」である。10時からの第二部徹底討論とあわせて、ほぼ3時間の特集を組んでいる。

NHKスペシャル
http://www.nhk.or.jp/special/onair/070321.html

 ---

 しかし、世論の盛り上がりとは対照的に、いっこうに聞こえてこない「声」がある。沈黙している主体、あるいは沈黙を迫られ、圧殺されている主体がある。

 今日のNHKスペシャルでは、彼らの声を拾うことができるだろうか。楽しみにしている。

投稿者 jun : 2007年03月21日 09:10 | トラックバック


レゴエデュケーションセンターの見学

 先日、Learning barで講師をつとめてくださった石原社長が経営している「子ども向けのLEGOスクール」を、昨日見学させていただいた。

Learning bar
http://www.nakahara-lab.net/blog/2007/03/lego_serious_play_2.html

LEGO Education Center
http://www.mdstorm.com/class/index.htm

 訪れたのは、吉祥寺の校舎。ここでは、2歳から12歳までの約180名の子どもたちが、1週間に一度、LEGOブロックをつかった作品作りに取り組んでいるという。

lego1.jpg

 作品づくりといっても、単に自分の好きなカタチをつくるというだけではない。

 1年生~2年生では、てこ、クランク、滑車、ギアなどの機構を学びはじめ、3年生くらいからは、Mindstorm(ROBOLAB)というソフトウェアを使った制御も学習する。

 指導案・カリキュラム、ワークシートを見せてもらったが、非常に見事なものだった(石原社長はレゴ本社でグローバルカリキュラムの開発にも携わっていらっしゃるそうだ)。

 レッスンは最大で5名の子どもたちに1名の先生がついて行われる。この日は、先生1人につき2名のグループと、1人につき3名のグループ、計2グループ5名が同じ時間に学習していた。

 中には、ワイパーをつくっている子ども、キャタピラで戦車らしきものをつくってる子どもなどがいた。より高学年のレッスンでは、ROBOLABをロボットの制御に取り組んでいた。

「自分の子どもの頃に、こんな教材に出会っていたらなぁ」

 と、同行した大学院生も同じことを言っていたのが、印象的だった。

 僕自身は、オヤジが技術屋だったので、幸いに、電子工作などをする機会に恵まれた。が、やはり、それはかなり敷居が高い。とても子ども一人でできるものではなかった。
 かつて「電子工作」と呼ばれていたものの「本質」を手軽に行える、という意味では、素晴らしい教材だと思った。

 最後に見学をご快諾いただいた石原社長に、この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。

---

追伸
プログラミング環境の「ROBOLAB」がめざましい発展を見せているのにびっくりした。

lego2.jpg

 今のROBOLABは、協調行動をプログラミングしたり、音楽を演奏したり、遠隔地のロボットを制御したりできるんですね。5年以上前、僕がLEGOのプロジェクトをやったときは、そんな機能はなかったけれど。これは、タフツ大学で開発されているそうです。留学していたときに、ぜひ、訪れたかったなぁ・・・。

Tuft University CEEO
http://www.ceeo.tufts.edu/

 ---

追伸2.

 研究のネタを思いついた。コンストラクショニズムの学習効果に関する研究。様々な条件下でロボット制作などをやらせてみる実験的研究。コンストラクショニズムの学習効果というのは、あまり聞いたことがないなと思った。調べてないから、わかんないけど。

投稿者 jun : 2007年03月20日 15:25 | トラックバック


アンパンマンのマーチ、恐るべし

 先日立ち寄ったオモチャ屋さんで、アンパンマンの歌がBGMとしてかかっていたので、何の気なしに聞いていた。

 ほんでびっくり。何がびっくりかというと、その歌詞です。かなり哲学的な内容を含む歌なのですね。

 果てしなく続くように感じる日常の中で「生きることの意味」を問い続けよ。そうすることで、生きること自体の喜びをつかむことができるだろう、と。

 そんな難しい内容を、声変わりもしていないイノセントな少年少女たちが元気いっぱいに歌っているのです。そのアンバランスがたまらないですね。

 アンパンマン、恐るべし。

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アンパンマンのマーチ

そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも

なんのために 生まれて
なにをして 生きるのか
こたえられないなんて
そんなのは いやだ!

今を生きる ことで
熱い こころ 燃える
だから 君は いくんだ
ほほえんで

そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため

なにが君の しあわせ
なにをして よろこぶ
わからないまま おわる
そんなのは いやだ!

忘れないで 夢を
こぼさないで 涙
だから 君は とぶんだ
どこまでも

そうだ おそれないで
みんなのために
愛と 勇気だけが ともだちさ
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため

時は はやく すぎる
光る星は 消える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ どんな敵が あいてでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため

作詞:やなせたかし
作曲:三木たかし
編曲:大谷和夫

投稿者 jun : 2007年03月19日 17:00 | コメント (1) | トラックバック


赤ちゃんバーでリラックス?

「酸素バー」というのがありますね。「新鮮な酸素」を提供する、都会ならではのサービスです。先日、カミサンが街に行ったとき、酸素バーで酸素を吸いながら、読書をしている人を大勢見たそうです。同年代くらいの女性が主な顧客層だったそうですが・・・。

 僕は「酸素バー」には行きません。酸素に興味はないのです。それよりは、「赤ちゃんのにおい」を好んでおります。ミルクのにおいというのか、赤ちゃんは、独特の甘いにおいがしますね。これが(・∀・)イイ!

akachan_bar.jpg

 というわけで、今日もタクのにおいを、かいでいます。そしてリラックスをする。どこからどう見ても、完全に嫌がられているような気もしますけど、そんなことは気にしません。こんなワタクシは、変態でしょうか。

 「赤ちゃんバー」というのがあれば、絶対流行ると思うんだけどねぇ・・・。

takuto_hana.jpg

投稿者 jun : 2007年03月19日 08:00 | コメント (2) | トラックバック


レゴブロックでどんな研修ができるのか?

 昨日は、東京大学でLearning barが開かれました。

 今回のテーマは「レゴブロックを活用した企業人材育成ワークショップ」です。ラーニングシステムの石原正雄さんに講師をつとめていただきました。

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「レゴブロックと活用した人材育成」でもっとも有名な事例としては、グローバル化を推し進めているトヨタがありますね。

 トヨタは、海外の工場従業員に「カイゼン」の重要性を教えるために、レゴブロックをつかって、仮想自動車組み立てをさせているそうです。この様子は、2006年11月のNHKスペシャルで放映されていたので、ご記憶の方も多いのではないかと思います。

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 今回、Learning barでやったLEGO SERIOUS PLAYというワークショップは、どちらかというとトヨタのような「技能伝承系」ではなく、「組織開発系に属するワークショップ」だと思います。

 自分とは何?
 自分は他人からどのようにみられているか?
 業務と自分の関係は?
 業務と組織の関係は?
 何か問題が生じたときに組織や自分はどう変わるか?

 というコンセプチャルな課題に対して、アタマを使って、いかに具体的に考えさせるか、ということが重視されています。

 ワークショップの基本設計原理は、

1.自分の手で作品をつくりながら
2.他者に公開(expose)し
3.それをもとに意味を語り合い
4.少しずつ理解や合意をつくる
5.その中で個人が「気づく」

 という幹事になっています。

 最初は「わたし」というミクロレヴェルの問いからはじまり、次第に組織のレベル、組織をとりかこむエコシステムまでを視野にいれた話に発展していくのですね。

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 この日のワークショップの準備は、中原、中原研究室・山内研究室の院生さん、坂本君、レゴ社の方、ラーニングシステムズの方で行いました(本当にお疲れ様でした)。

 ワインを12本、ビールを3ダース注文。品川のDean & DelucaにDELIを買いに行ってきました。

dean.jpg

僕はDELIを買いに行ったのですが、40人分のDELIというと、ちょっと想像がつかないものですね。店員さんのアドバイスを受けながら、何とかゲット。会場設営等は、本当に時間ぎりぎりでヒヤヒヤしましたが、何とか間に合いました。

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 いよいよワークショップがはじまります。

zenkei.jpg

 今日のワークショップでは、LEGO SERIOUS PLAYの数日あるカリキュラムの中から、ほんの一部を体験していただくことになりました。

 石原さんの方から課題が出されます。

 第一課題は、

「できるだけ高い作品を、できるだけ早くつくってください」

 この課題は本筋の課題とは異なり、「レゴブロックになれる」「ワークショップの雰囲気になれる」ための事前課題ですね。

1kadai.jpg

 課題の遂行最中には、他の人の様子を見てもよいです。情報交換などをして、自分のモデルをカイゼンしていきます。

1kadai2.jpg

 テーブルには、6人で座っていただきましたが、作品をつくっているうちに、うち解けてきて、次第にコミュニケーションなども生まれてきました。

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 続いて第二課題。

 第二課題は、「自分の業務を表現する」です。

2kadai.jpg

 いよいよ少しずつ、それっぽい話になってきましたね。皆さん一心不乱で課題に取り組みます。自分の業務ねぇ・・・。中には、なかなか作品をつくることができずに、立ち往生している人もいます。

 石原さんがこう言います。

「皆さんのつくった作品こそが言葉です、創ることがコミュニケーションです。自分の手を信じてください、とにかく手を動かしてください」

 こう書くと、なんか不思議な台詞ですが、これはいわゆるシーモア=パパートの提唱した「Constructionism : コンストラクショニズム」を一言で言い当てる言葉ですね。メモしとこ。

 そうこうしているうちに、皆さん、全然違うかたちをつくりあげました。自分の作品をつかって、グループに自分の業務を説明するセッションがはじまります。

2kadai2.jpg

 聞いている人も、黙って聞いているわけではありません。「ここがこういうカタチになっているのはなぜ?」という風に、具体的な対話が生まれます。

 組織の中での自分のポジション、自分のやりたいことと、やらなければならないこととの相克・・・なかなか深いところまで議論が進んでいきます。

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 第三課題は、

「Who are you? : 自分とは何かを表現する」

 です。

 これは、第二課題に似ているところもありますが、一方は「業務」、他方は「自分」であるところが違いですね。2つのカタチが重なる人もいれば、重ならない人もいるでしょう。

3kadai.jpg

 第三課題は、作品制作後の「語りあい」のところで、少し工夫がなされます。

3kadai2.jpg

 席をひとつずらして、自分の作品を、グループの他の人に解釈してもらうのです。その間、自分は、他人が解釈してくれる「自分」=それは他者からみた自分に耳を傾けます。

3kadai3.jpg

 すごい盛り上がりです。「わかる、わかる」「なるほどねぇ」というような声が、ここかしこから聞こえるようになりました。

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 ここでLEGOのワークショップはおしまいです。数日あるワークショップの一部を再現する時間しかありませんでしたので。

poster.jpg

 その後は、「レゴブロックは他にどんな教育場面で利用できそうか」というテーマで、グループディスカッションをしました。

poster2.jpg

 20分間グループで話し合って、ポスターに考えをまとめ、全員の前で発表してもらいます。20分という時間の制約のなかで、いかに話をまとめるか。

poster3.jpg

poster4.jpg

 ポスター発表では、

・研修のアイスブレーキングに使う
・お互いに仲が悪いと思って連携がとれない教員同士の研修に使う
・新入社員のキャリアディベロップメント研修に使う
・家族再生会議?

 といったようなアイデアがだされました。皆さん、実務担当者の方が多かったので、その内容が非常にバリエーションにとんでいました。

poster5.jpg

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 今回のワークショップを僕自身がリフレクションしてみますと、レゴを使う利点は下記のようにまとめられるのではないかと思います。

 まず、ブロックは「The object to feel or think with」として機能するということです。

「突然話せって言われても・・・・」「突然考えろと言われても・・・・」というような課題に対して、ブロックがあるからこそ、「具体的に考えることができる」のでしょう。

 また、カタチがあるからこそ、「具体的にコメントできる」のでしょう。

 そのためのコミュニケーションや思考の媒介物として、レゴのシンプルな構造は、シンボルとしてうまく機能するのでしょうね。

「複雑すぎてもダメ、シンプル過ぎてもダメ」

 なのです。

 一般に「実体のないものは、なかなか、教えられない」ものです。たとえば、価値観、戦略、関係、倫理、アイデンティティ、リーダーシップといったものを教える、というのは、どこか変な気がする。

 しかし、「教室で、誰かが一方向的に伝えることでは伝えられないものこそ、把握して欲しい」というような社会的ニーズは、高まるばかりです。

「伝えられないもの」は、やはり自分のアタマで考えて、つくって、はじめて腑に落ちるのでしょうね。さらにこれに経験が加わることで、ようやく「わかる」のではないかと思います。

 そのための事前課題のひとつとして、Legoはとても有益だなぁ、と思いました。

nakaharabar.jpg

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 最後になりますが、今回のワークショップ開催を快諾してくださり、デンマークから人数分の非売品レゴブロックを取り寄せていただいた石原正雄社長に、この場を借りて感謝いたします。

 本当にありがとうございました。

talk.jpg

 ---

追伸.
 Learning barは、NPO法人 Educe Technologiesの社会貢献事業のひとつです。収益の一部を還元することで、教育に関連のある人々が集まり、最先端の話題に耳を傾け、ネットワーキングする機会を提供しています。

投稿者 jun : 2007年03月18日 08:00 | コメント (3) | トラックバック


アクティブラーニングワークショップ:学生を惹きつける授業をつくる

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International Workshop on Active Learning
アクティブラーニングワークショップ:
学生を惹きつける授業をつくる
同時通訳あり:限定20名
=================================================

 いま国内外でアクティブラーニングが注目されて
います.しかし,学生が関心を持って主体的にかか
わる授業をつくるのは大変です.

 このワークショップでは,これを効果的に進めて
いくためのソフトウェアと利用のノウハウを公開し
ます.

 たとえば、化学の分子構造式を入力すると,その
構造を三次元に可視化してくれるソフトウェアは,
有機化学を学び始めた学生にとっては,分子構造を
自ら試行錯誤しながら,効率的に学ぶことができ,
先生にとっては指導の労力を効率化してくれます.

 また,ソフトウェアの利用方法やプログラミング
の指導を効果的にするために,あたかも黒板を使う
ように,パソコン画面上に直接指導内容を書き込む
ことができるソフトウェアもあります.これは,学
生が主体的に何かの文章,作品,ソフトウェアを作
るような授業で,指導の労力を効率化します.

 そのほかにもいくつかのソフトウェアの使い方を,
実際にそのソフトウェアに触れていただきながらご
紹介します.また授業で効率的・効果的に使う上で
のtipsをご紹介します.

一部のソフトウェアは,CD-ROMでお持ち帰りいただ
けます.


□日時:3月26日(月) 14:00~17:00

□場所:東京大学 工学部2号館93B教室

□主催:東京大学大学総合教育研究センター
    マイクロソフト先進教育環境寄附研究部門

□協力:美馬秀樹・東京大学大学院工学系研究科附属
         工学教育推進機構特任助教授
    ペン入力コミュニティー
    主査:五十嵐健夫
       (東京大学情報理工学研究科助教授)
    
□定員:20名

□講師:Joseph G. Tront教授(バージニア工科大学)
    Jane Prey博士(Microsoft Research)
    (同時通訳がつきます)

□内容:
 セッションでは2時間をかけて,アクティ
ブ・ラーニングの効果的な実現に役立つソフトをご
紹介するとともに,実際にさわっていただいて使い
方を学びます.また,どのようにして授業を簡単か
つ効率的にするか,そのtipsを事例を交えてご紹介
します.

□参加費用:無料

□応募方法:
 3月23日(金)までに,電子メールで

 meet [at mark] tree.ep.u-tokyo.ac.jp

 あてに

 「所属」
 「お名前」
 「ご連絡先」

 を明記の上,お申し込みください.

 なお,人数多数の場合,先着順とさせていただ
きます.

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投稿者 jun : 2007年03月17日 18:05 | トラックバック


人前で喋るコツ

 仕事柄、多くの人の前で話すことが、求められます。多い場合には、数百人という方々の前で、話さなくてはなりません。

 あまり見た目にはわからないようですが、そういう時の僕は、例外なく緊張しています。

「ヘタうったら、どないしよー」

 と、胃はキリキリと痛みますし、手や背中に汗もかきます。

「穴があったら入りたい、そしてすべてを忘れたい」

 と思うときもないわけではありません。

 ただ、前にでたら、もう「まな鯉」です。もうヤケクソ。「ミスッても、知ったこっちゃねーぞ。オレを呼んだ奴も悪い」と開き直ります。それで、ヘラヘラと余計なことまでしゃべり出す。

 でも、なかなか人前でしゃべるというのは難しいですね。ポリティカリーコレクトな表現を心がけなければなりませんし、かといって、オモロイことも言わなアカン。
 その上、シンポジウムとか、パネルディスカッションとかは、とんでもない角度から質問がきたり、とんでもない話題を司会者から振られたりするのです。死ぬよ、マジで。

「コラ、おっさん、何聞いとんじゃ。世界人類の難問を、オレに求めるんじゃねー」

「コラ、そんな政治的に微妙なこと聞くんじゃねー」

 と心の中では腸煮えくりかえりつつも、笑顔で何かを答えなければなりません。答えられなければ「負け」なのです。

「なるほど、そうですねー。大変ユニークな質問ですね」

 と言いながら、考えること1秒。その場で思いついたことを、ササッと語らなければならないのです。

 最初はなかなかこういうことができませんでしたが、だんだんとコツをつかんできました。

 こういう時にとっても役に立つ言い回しを、3つだけ紹介しましょう。

 ---

1.難しい問いなので直接答えになるかどうかはわかりませんが・・・

2.~と、言える場合もあります

3.それはそうと、実はね、ここだけの話なんですが・・・

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 まず1は、おまじないみたいなものです。この言葉を言い訳にして、話題を「自分の土俵に引きずり込む」のです。

 たとえば、僕の場合だと、どんなネタを振られても、お得意の「教育ネタ」「学習ネタ」にもっていきます。政治の話題であろうが、経済の話題であろうが、最後は「教育ネタ」です。

 自分の土俵以外では、絶対に勝負をしません。「議論では、決して相手の土俵にはのらない」これがポイントなのではないかと思います。

 ---

 次に2です。

 シンポジウムにしても、パネルにしても、基本的には「断定」を求められます。「Aもあるし、Bもある」は、学者としては真摯な態度です。が、なかなかそれでは話が進まない。

 いくつか理由はあるのですが、最大の理由は、「Aも正しい、Bも正しい」という議論は、聴衆がほぼ理解不能だからです。聞いている人は、あなたの話を何の視覚的てがかりなしで聞き取り、瞬時に理解しなくてはなりません。そういう状況では、シンプルな図式や論理展開しか理解されないのです。

 とはいえ、ウソもつけません。じゃあ、どうするか。
 そこで活躍するのが、「と、言える場合もあります」という発言です。

「~です」といっているのではなく、あくまで「言える場合がありまっせ」です。「言って悪い場合」も当然あるでしょう。その可能性を完全に否定しないことがポイントです。

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 3の「それはそうと、実はね、ここだけの話なんですが・・・」という台詞もなかなか効果的です。

 まず「それはそうと」で、自分に苦手な話題を避ける。で、その後で、「実はね、ここだけトークなんだけど」と語りかけるのです。

「それはそうと、で話題を避けたのは、別にオレ自身が話題を避けたかったからじゃなくて、もっとオモシロイ、ここだけの話をお話しするためなんですよ」

 というニュアンスをこめて、こういうのです。

 人は「物語」や「逸話」から理解を進めることが多い。自分の経験やエピソードにねざした「ここだけトーク」はかなり好感触であることが多いです。

 ---

 なんか、こういうことを書いてると、「セコイ研究者」にみられてしまいそうですね(笑)。「内容で勝負できないんですか、あなたは」、と。結構、結構けだらけ、猫はいだらけ、おしりのまわりは、クソだらけ。

 もちろん!もちろん! 話す内容が重要なことは言うまでもありませんし、不肖中原、内容を常に新しいものにしようと心がけています。

 ただ、シンポジウムやパネルというのは、どことなく「格闘技」に似ています。

「自分の話したい正しいこと」を素直に話させてくれればいいのですが、相手によっては、「いかにシンポジストやパネリストを困らせるか」「いかに答えにくいことを振るか」しか考えない人もいます。とんでもないところから「便所スリッパ」でアタマをパコーンとやられるんです。

 ですので、レトリックが必要だと思うのですね。便所スリッパでパコーンとやられないための「盾」をもつべきではないでしょうか。

 まぁ、そういうレトリックを駆使しても、人に伝えることは本当に難しいのですけれども・・・。

 人前で喋ることは、僕の一生の課題だと思います。

投稿者 jun : 2007年03月17日 08:00 | コメント (3) | トラックバック


都内のおいしい弁当

 先日、ある番組の収録で、芸能人の方から、「テレビの人なら誰でも知っている、都内のおいしいお弁当屋さん」を教えてもらった。

金兵衛
http://www.kinbe.co.jp/index2.html

 その日は、たまたま、そこの弁当を食べたけど、たしかに美味しかった。「ハケンの品格」の「さばみそ」じゃないけど、ここの塩鯖は、なかなか食べられないね。さすが、魚屋さんの弁当だ。

 研究会とか、打ち合わせとかで弁当をとることが多くなってるからね、こういう情報は大変助かります。どうせ食べるなら、うまいものが食べたい。

 あと、下記も有名みたい。確かにロケ弁No.1って書いてあるな。

喜山飯店
http://kizanshop.jp/

津多屋(のり弁がいいらしい)
http://www.tutaben10.com/

 どなたか食べたことがある方がいたら、感想お寄せ下さい。

投稿者 jun : 2007年03月16日 17:00 | コメント (2) | トラックバック


セカンドライフで鼻息荒い

 日本ではこんな批評も飛び出している社会生活オンライン環境「セカンドライフ」。

セカンドライフ不人気の7つの理由
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0703/07/news074.html

スラド
http://slashdot.jp/askslashdot/article.pl?sid=07/03/08/2023223

 米国教育業界では、相変わらず!?「熱いテーマ」です。何とか教育に利用してやるもんねー(Educational Possiblity)、と鼻息の荒い人たちが、フンフン言いながら頑張っている。

 下記のニュースでは、オハイオ大学の学生が、リンデンラボと一緒に、NSFの1.7millionのグラントの一部を使って、Middle School向けの専用アイランドをつくったという話がのっていました。子ども向けに、教育にも利用できる「Safe environment(安全な環境)」をつくったというわけです。

The journal
http://www.thejournal.com/articles/20363

 ざっとしか読んでないけど、この学生は、地元の科学の教師といっしょに、科学の難しい概念を理解するためのゲームなんかを、セカンドライフに構築しているようです。

secondlifescience.jpg

 物理や化学などのある現象の一部を再現する従来のシミュレーションとは違って、自分がまさにシミュレーションの世界に「浸かっている(immersed)」しているところが、差異といえば差異かもしれません。

 全然関係ないかもしれないけど、以前、ある有名な教育学の先生が、「子どもが遊んでいるうちに、いろいろと学べるテーマパークをつくりたい」とおっしゃっていたのを思い出しました。あっ、そういえば、僕の先輩のある研究者は、「オレは、いつか学校をつくるぜ」とおっしゃっていました。

 セカンドライフなら、そういうのできるかもね。

投稿者 jun : 2007年03月16日 07:40 | トラックバック


新しいアイデアをどのように発想するか?

 先日、山内・中原研究室の合同合宿が熱海で開かれました。いろんな意味で、熱い?合宿でした。幹事だった館野君、三宅さん、平野くん、お疲れ様でした。

 合宿では、特に「研究方法論や研究計画の大切さ」に関して、何度も何度も話しました。

「壊れたラジオ」のように、同じことを、手をかえ、品をかえ、表現をかえて、何度も何度も話したつもりです。きっと、わかっていただけたものと信じています。

 ---

 ミーティングでは、いろんな話をしましたが、僕としては、合宿の最後で語られた以下の問いが、とても気になっています。

「どうやって、新しい研究のアイデアを発想するのか」

 言葉を換えるのならば、ある種の「洞察」「ひらめき」をどのように発揮するか、ということになります。

 そのときは、思うにまかせて答えましたが、あとで整理してみると、いくつかの側面から多面的に、新しい研究を発想し、企画していることがわかりました。

 僕が新しい研究を生み出すときには、下記のようなプロセスをとるような気がするのです。
 
 ---

1.知的好奇心
2.オレが欲しいかテスト
3.カミサンテスト
4.よのなかアンテナからわきおこる制約
5.仮想敵さがし
6.自分の研究プランの立案

 ---

 まず何よりも真っ先に来るのは、「知的好奇心」ではないかと思います。月並みなのですが、ウソをつくわけにもいかないので、しゃーないね。

 自分が「好奇心がある」のかどうかはわかりません。ただ、人と比べて、かなり「ストライクゾーンは広い」と思います。よく言えば、「知的好奇心ありまくり」。悪く言えば「浮気性」。きっと、後者なんだろうけど。

 納豆は嫌いですし、話の長い会議はもっと嫌いです。ですが、僕は学問領域に「好き嫌い」はないのです。

 生物だろうと、経済だろうと、経営だろうと、医学だろうと、必要と思えばどんな本でも読みますし、よせばいいのに首をつっこみます(理解しているかは別問題)。で、自分とは違う領域であっても、何でもオモシロイと思えることは確かです。

 何かをオモシロイものを見つけたとき、僕は、その内容を「研究ネタ帳に密かに書き記しています。それには「紙」というソフトウェアを使っています。いつ役に立つかはわからないのですが、備忘録ということで。書き記したネタの99%は棄てられるのですけれども。

 ---

 次に思考実験してみるのは、「オレが欲しいかテスト法」です。オモシロイと思ったアイデアでも、「うーん、オレだったらいらねーな」と思ったものは、すぐに棄てます。

 研究として成立するネタであっても、棄てます。論文は書けそうでも棄てます。昔は棄てられませんでしたが、今は思い切って、棄てます。ポイポイ。

 冷めた目ではなく、情熱をもって研究を進めたいのです。そのためには、「オレも欲しいと思っているものをつくる」というのは、非常に重要だとわかったからです。

 ---

 「オレが欲しいかテスト」もクリアした。その頃になると、僕は、身近にいる同僚に、自分のアイデアをしゃべっていると思います。

「あのさ、こういうの考えたんだけど、どう思う?」
「こういうの、もしあったら、使う?」

 僕は、自分のセンスに自信はありません。センスのない人間にできることは、二つです。

 自分のセンスを磨くか
 センスのある人を見方につける

 です。

 でも、「自分のセンスの磨き方」をあいにく僕は知りません。なので、後者を選びました。

 そこで、センスがいいなぁと思う研究者仲間にすぐ相談するのです。

「うーん、これって、既に○○があるんじゃないの?」

 と言われたり、

「うーん、イマイチ」

 と言われたりします。

 そういうときは、「そっかー」と素直に引き下がることが多いです。だって、本当にそう思うんだもん。いかに自分が根拠なく、「熱」にとりつかれていたかがわかる瞬間です。

 研究者仲間と同時に「カミサンに聞く」ことも忘れません。

 カミサンは、テレビ番組をつくっているディレクターです。ディレクターというのは、「一般の人に、受け入れられるアイデアの幅」をよく知っています。ですので、率直に聞きます。

「もひとつやなー」

 と言われたり、

「それ、こうなったら、いいじゃないの?」

 と言われます。

 カミサンに聞いて、「もひとつやなー」という「ダメだし」が出たら、すべてアイデアを棄てます。昔は棄てられませんでした。が、今なら棄てます。別に、カミサンマンセーなわけではありません。教育工学研究の場合、研究の出口は、「一般の人」なのです。ですので、その可能性がないものを、それ以上、僕個人は追究したいとは思わなくなりました。

 ---

 次に活躍するのは、「よのなかアンテナ」です。別に、僕は「デムパ」ではありません。ただ、世の中の動きについては、かなり敏感に感じ取れるよう、努力はしているつもりです。

 主要なブログのヘッドラインを1日に数百ほど目をとおします。また、雑誌の類は、週に2日程度本屋によって、ざっとチェックします。新聞は、毎朝、切り抜きをするのが趣味です。

 そうやって集めた情報の中から、「自分のアイデアが、今、世の中で受け入れられるか」を検証します。

「アカデミズムは、流行・廃りに敏感になる必要などない。真実を追えばよい」

 という方もいらっしゃるかもしれませんが、僕個人は、そう思いません。

 僕の追っているものは、モノのコトワリではなく、人間の営みです。人間、この非合理なもの。追っているものが人間である場合、その「真実」こそが、常に移ろいゆくものだと思います。

 また、僕の考えでは、自分の専攻する「教育工学」を煮詰めていくと、結局は「教育のカイゼンにつながる可能性が高い」という1点が残るのだと思っています。ですので、「カイゼンに対するニーズ」があるのか、ないのかを検証することは、大変重要だと思っています。

 ---

 いよいよ大詰め「仮想敵探し」ですね。

 要するに、「先行研究をガガガと読み込んでいって、誰が何を言っているのかを調べる」ということです。

 僕の場合、数日かけて、図書館にこもってしまったりすることが多いです。あるいは、数十冊を関連書籍を「大人買い」して流し読みする。

 まとめ読みするのは、時間がないからです。毎日少しずつコツコツと読めるとよいのですけれど・・・なかなか専門書をそういう風によむ時間がありません。

 この文献調査では、自分のアイデアが、誰のどの意見と、どの点で違っているのかを調べます。ひとつひとつの文献の引用情報と主張をテキストエディタに書き込んでいきます。自分のアイデアとの相違を書きます。

 ここまでくると、100件あったアイデアは、ほぼ1つになるものです。

 「これしかありえん」

 といったものだけが残ります。

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 で、研究計画を書くのですね。研究計画の書き方は、合宿でもさんざん述べましたように、基本は、

 One paperは
 One Problem
 One Solusion,
 One Method,
 One Conclusion

 です。これらが、すべて一貫した「一本の糸」でつながっていればいいのです。偉そうに言っていますが、これは、僕が指導教官から教わった「受け売り」です。決して「じゃんがらラーメン・全部入り」のような研究計画を書いてはいけません。

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 おいしいからといって、「めんたいこ」「豚角煮」「たまご」「チャーシュー」・・・全部いれちゃダメなのです。

 心を鬼にして、ひとつに絞ってください(複数設ける高等テクもありますが、それはもう少し経験値を積んでからやってみたほうがいいのではないかと思います)。

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 今日は、「僕の研究の発想法」について、そのプロセスを書きました。なんだか合宿の延長みたいになっちゃったけど。もちろん、発想法なんて、いろいろあるでしょうし、僕なんかのそれは反面教師として読んでいただくのがいいと思います。

 そして人生は続く。

投稿者 jun : 2007年03月14日 10:19 | トラックバック


欲望はほどほどに満たす

 子どもの頃に「過剰に抑圧された欲望」は、大人になって爆発するのかもしれない、と無根拠に思う。

 たとえば、僕の場合は、「コーラ」。

 子どもの頃には、「コーラを飲むと骨が溶ける」と言われて、全く飲ませてもらえなかったのだけれど(これは僕だけ?)、それが、大人になってから爆発した。

 今ではかなり落ち着いたけど、一時期は、「麦茶」を飲むようにコーラばかり飲んでいました。まさに、コーラ病です。

 こういうの、皆さん、経験ありませんか?

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 逆に、「子どもの頃にやりすぎたもの」は、大人になってから、全く興味を示さなくなるってことも言えるかも。無根拠だけど。

 たとえば、僕の場合は、「じゃがいも」とかね。北海道生まれだったせいもあって、子どもの頃は、何かと「じゃがいも」を食べていたけど、今では、あんまり好きこのんで食べたいと思わない。「ラーメン」もわりかし、そうか