PISAとTIMSSについて:ベネッセ・星さんのゲスト講義
今日は、教養学部の学部生向け授業「映像で見る学力論」の第3回目。ベネッセ教育研究開発センター・アセスメント研究室の星千枝さんをゲスト講師にお招きして、「PISAとTIMSS国際調査」についてレクチャーをいただいた。

僕個人は、PISAやTIMSSについて、これまで、まとまったかたちでレクチャーを聴くことはなかった。
星さんの今日のレクチャーは、非常にわかりやすく、僕自身が「TIMSSとPISAの概要とその違い」についてよく理解することができた。
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TIMSSとPISAの違い・・・つーか、その問いの立て方そのものが「イケてない」のだけれども、両者のテストは根本の思想が全く異なる。
表面的なところでは、問題文の構成(フレームワーク)も違うし、対象とする学年も違うし、やっている機関も違う(ぜんぜん違うじゃねーか)。
しかし、注目すべき根本的な違いは、TIMSSが「初等中等教育段階における教育到達度」をはかっているのに対して、PISAは「義務教育終了段階でもっている知識や技能を、日常生活の様々な場面で直面する課題に、どの程度活用できるか」を測定しようとしていることにある。
僕個人として、特に興味をもったのは、やはりPISA調査の結果の方だ。
PISA調査によると、日本が苦手な問題とは、結局のところ、
1.日常生活の課題をモデル化して、数学的な問いとして設定するような問題
2.数学的な課題から情報を抽出して、日常生活の課題に適応するような問題
要するに、
純粋に論理的な<世界>と、日常的な問題解決が行われる<世界>のあいだが、どうもうまくいっていない
(Real world problemからMathematical probleとしてのモデル化がうまくいかない)
ということである。
たとえていうのなら、日本の生徒は「平行四辺形の面積をだすような純粋に算数チックな問題」ならほぼパーフェクトに解くことができる。しかし、使う公式は同じであっても、それが日常的な文脈で利用するような問題になったとたんに、急速にできなくなるのだという。
星さんによると、問題構造的には同型の問題であっても、純粋な数学的課題ならば、96%の生徒ができる問題が、いったん日常文脈に移行すると、12.8%まで正答率がおちる問題もあるそうだ。
どうしてこのようなことが起こるのか?
これまでにも、多くの専門家がこの問いについて思索をめぐらしてきたようだが、いくつもの要因が重なっているおり、統一的な見解はないらしい。
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個人的には、このような話を聞いてしまうと、近年の「転移(Learning transfer)」の研究課題を思い起こしてしまう。
僕は「学力の専門家」ではないし、「テストの専門家」ではない。また、内部でどういう議論がなされているのかはしらないし、もしかすると、すでにいろいろ試みられているのかもしれないけど、
「なぜPISA型の問題ができないのか?」
さらに一歩進んで(ここでさらに一歩進んだ話をしたくなるのは、教育工学研究者の宿命!)、
「どうやってPISA型の<学力>を獲得させることができるのか?」
という話は、学習科学関連の転移研究、批判転移研究の知見やパラダイムを参考にしつつ考えることができるのではないか、と感じた(解決できる、ではない)。もしそうだとしたら、大学院生M君の活躍の場面は多いね、よかったね。
星さんに授業終了後、そのことを感想として述べたら、「転移」という着眼点は、あまりでていないそうだ。へー、そうなんだ。PISA関係、学力関連の教育学的言説が、おもに、社会学的なアプローチから生産されていることが原因なのだろうか。
もちろん社会学的なアプローチから「学力」に切り込み、政策レベルのマクロな提言を行うことも大変重要。しかし、同時に教育工学的、あるいは、学習科学的なアプローチにも貢献できるところがあるかもなぁ、と漠然と思った。
ちなみにPISA調査でわかった「読解力の低さ」もおもしろい。この原因は、専門家によって様々な見解があるらしい。たとえば下記のようなもの。
■読解力の経年比較から中位層の生徒が下位層にシフトしているが、二極分化とはいえない
■フィンランドでは、よく読書する生徒の読解力の得点が日本より際だって高いが、日本は読書時間と読解力が比例していない。日本においては、読書が読解力を育成していないのではないか。
なるほどねぇ・・・。
読解については、あまり詳しいお話をお聞きする時間がなかったけれど、何となく、文章読解系の知見の他に、critical thiniking(批判的思考)、critical reading(批判的読解)等の領域の知見が関係しそうだな、という感想をもった。確信ないけど。
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ともかく、12月の第一週に、新しいPISAの結果がでるそうだ。これも楽しみですね。
最後になりますが、お忙しい中ご講演いただいたベネッセの星さん、仲介をしてくれた中野さんに、この場を借りて感謝いたします。ありがとうございました。
星さんの論文
http://benesse.jp/berd/center/open/berd/2006/03/pdf/03berd_07.pdf
投稿者 jun : 2007年10月31日 07:00 | トラックバック
ハロウィーン
今日はハロウィーンですね。
TAKUも「悪魔」の着ぐるみです。

後ろ姿。しっぽもあります。

投稿者 jun : 2007年10月31日 06:00 | トラックバック
「なりきりEnglish!」キックオフまで3週間をきった!
10月、11月、12月・・・
毎年のことながら、僕にとって、この3ヶ月間は「繁忙期」だ。
授業準備、ゼミ、大学院生の論文指導が「定期的なリズム」を刻む一方で、様々な研究プロジェクトが、本格化してくる。実証実験やワークショップなど、自分に関係する様々なイベントが、「不定期なビート」として押し寄せる。
気がつくと、「リズム」と「ビート」に翻弄されている。
そんな中でも、
自分が追い込まれても 人を追い込まないこと
だけは、何とか死守したい。「冷静さ」だけは保ちたい。実際は、なかなかそうもいかず、人に迷惑をおかけすることも多々あるのだけれども、3ヶ月間、そう願いながら過ごしている。
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今、もっとも佳境に迫っているのは、「なりきりEnglish!」のプロジェクトである。「なりきりEnglish!」は、企業人材育成用に開発されたモバイル英語リスニング教材。ウィルコム社製のビジネススマートフォンで稼働する。
なりきりEnglish!プロジェクト 去年の成果報告会のスライド
http://www.nakahara-lab.net/2007narikiri_seikahoukoku.pdf
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今年は新日本製鐵株式会社60名の方々を対象に、11月17日から12月8日まで3週間のあいだ実証実験を行う予定である。先日、プレスリリースも公開された。
なりきりEnglish!プレスリリース
http://www.nakahara-lab.net/press_release/20071017narikiri_press.pdf
新日本製鐵株式会社
http://www.nsc.co.jp/
株式会社ウィルコム
http://www.willcom-inc.com/ja/index.html
今年の「なりきりEnglish!」は「鉄英語」。学習者は、鉄の営業マンとなって、東南アジアに海外出張におもむく。ちなみに、ロケは先日9月、タイで敢行された。
プロジェクト内部は、コンテンツ開発、システム開発、ワークショップ開発、冊子の開発、質問紙の開発(評価実施)にわかれ作業を進めている。プロジェクトメンバーは、総勢30名を超える、大規模共同研究である。
それらをまとめる、各グループのディレクター、コンテンツ開発の島田さん、システム開発の山田君、ワークショップの重田君、冊子の渡辺君、評価の北村君らの尽力には、頭が下がる。また、実際の開発現場では、光学姉妹の大房さん、スパイスワークスの方々に、お世話になっている。皆様、本当にお疲れ様です。
光学姉妹
http://www.opticalsisters.com/ver4.html
株式会社スパイスワークス
http://www.spiceworks.co.jp/
プロジェクト実施まで、あと3週間。泣いても笑っても、時間はもう限られている。先日、ふと、高校時代に詠んだ詩を思い出した。
「もう一息」
武者小路実篤
もう一息と言ふ処でくたばつては
何事もものにならない。
もう一息
それにうちかつてもう一息
それにも打ち克つて
もう一息。
もう一息
もうだめだ
それをもう一息
勝利は大変だ
だがもう一息。
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研究的側面からいうと、「なりきりEnglish!」は、Context-based skitという特徴をもつ「モバイル教材」になる予定である。おそらく、こうした特徴をもつ教材が、きちんとした実証的に研究されるのは、世界的にはじめてのことではないかと予想する。
また産学協同という観点からも、大学で開発された教材が、一般企業の現場で、一般の社員の方々に利用されることは、ものすごく珍しいと言ってよいのではないか、と思う。
心の底から、このプロジェクトの成功を念じている。また、あらゆる手を使って、そうなるように努力するつもりだ。
ちなみに、来年1月には「なりきりEnlish!」から生まれたスピンオフ教育サービスも、一般公開される。
こちらは、某社のYさん、Aさんらが中心になって開発を進めてくださっている。先日、教材の骨子をメンバー全員でレビューしたが、かなりよい感触を得た。こちらも大変楽しみである。
もう一息。
もう一息。
投稿者 jun : 2007年10月30日 11:04 | トラックバック
時計を粉砕
愚息、「ほんの数分、姿を見せないなぁ、静かだなぁ」と思っていたら、別の部屋に移動して、時計を粉砕していた。「針」が折れ曲がっている・・・。

暴れん坊主め。
「親の顔」が見てみたい・・・。
投稿者 jun : 2007年10月29日 10:20 | トラックバック
研究計画の作り方
開発研究の研究計画をつくるときには、下記の項目について、それぞれ、ひとつの答えをだすとよい。
WHO 誰が
WHEN いつ
WHERE どこで
WHOM 誰に対して
WHY どんな目的で
WITH WHAT FUNCTION どんな機能を使って
WHAT どんなことを行うこと
を可能にするシステムをつくるのか?
それは、
WHAT NAME どんなキャッチーな名前で
HOW UNIQUE どんな点がユニークで
HOW FEASIBLE 実現可能性
はあるのか?
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重要なことは「一切曖昧な答えをしない」ということである。あれもこれも、盛ってはいけない。ひとつの項目につき、「ひとつの答え」というのがポイントである。
たとえば、WHOMの部分で「教師や生徒」と2つの主体を答えると、もう広すぎる。ひとつにするべきだ。
というのは、それぞれの項目に2つの答えをだしてしまうと、システム全体としては、2の階乗の「曖昧さ」をもつものになってしまう。浮気性になってはいけない。勝負はピンポイントでよい。焦点を絞るべきである。
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「なんだか、それじゃ、味気ないな」と思う人もでてくるかもしれない。「これは、オレのやりたかったことと比べると、あまりにチンケすぎる」と。
でも、「あなたが人生をかけて取り組む課題」と「今ひとつの研究で取り組める課題」をごたまぜにしてはいけない。
One paper, One conclusion
である。ひとつの研究で、一つ以上の事柄を対象にすると、それは論文とは言えなくなる可能性が高い。
研究計画づくりとは、多くの「可能性」を捨て去ることでもある。
しかし、無駄をそぎ落とし、完成した計画には、やはり「可能性」が眠っている。
投稿者 jun : 2007年10月28日 09:35 | トラックバック
使える新人、使えない新人:働きマンを見た!
ドラマ「働きマン」を見た。
働きマン
http://www.ntv.co.jp/hatarakiman/
菅野美穂が好きなので、密かに見てる(長澤まさみも好きだ)。今週のテーマは「新人教育」。基礎基本もろくすっぽできないのに、「世界を変えてやる」くらいの「意気込み」と「志」だけは高い「カンチガイ野郎」を、いかに教育するか、という内容だった。
自分が仕事ができるようになると
ダメなものをすばやく切り捨てようとしてしまう
使える新人、使えない新人
無駄な労力を使いたくないから
でも
あきらめちゃダメなんだ
まだ芽がでていないけど
(働きマン)
あなたも、僕も、はじめはみんな「新人」だった。人は熟達化すると、「自分も新人だったときのこと」を、すっかり忘れてしまう。「使える新人、使えない新人」という言葉が、つい口からでてしまう。
思うに、新人教育に王道はない。
「壊れたラジオ」のように、言うべきことを、しかるべきときに、言い続けるしかない。
投稿者 jun : 2007年10月27日 09:16 | トラックバック
晩秋の味覚を愉しむ:渋谷の寿司屋「蛇の健寿司」
ちょっと前のことになるけれど、先日、秋の肴を味わいに、大学関係者で「渋谷・蛇の健寿司」に出かけた。ご主人の健さん、女将さんに、挨拶をして着座。早速、今日も、この季節にしか食べることのできない「旬のもの」をいただく。
蛇の健寿司(夜のみ)
住所東京都渋谷区道玄坂1丁目20-4
電話番号03-3461-4288
(英語メニューもあり)
http://maps.google.co.jp/maps?q=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%B8%8B%E8%B0%B7%E5%8C%BA%E9%81%93%E7%8E%84%E5%9D%821-20-4
まずは酒肴、白子。
ねっとりとした中に甘さがある。もちろんのこと、生臭さは全くない。

御造り。
どっしりとした身のメジマグロ、どこまでも甘い海老。タコもうまい。

何よりもびっくりしたのは、ニシンの刺身。

ニシンというと、焼き魚を想像してしまうけれど、刺身でもいけるのですね。これが、身がシャキッとしまっていて、すこぶる旨い。これがニシンの味か。
厚岸の生牡蠣は、レモン、塩で、あっさりといただく。もちろん生臭さは全くない。つるり、と腹の中に消えてしまった。

焼物はししゃも。子持ちではない。
「ししゃもは子持ちがうまいと言われていますが、子持ちししゃもの味は、卵の味です。ししゃも、そのものの味は味わうのであれば、子持ちでないものを食べるとよいかと思います。」
健さんに教えてもらった。
そろそろ握り。
美しい握りをご覧ください。



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今日こそは粋に寿司をつまんでさっと帰ろうと思ったけれど、結局、長っ尻になってしまった。女将さん、健さん、ありがとうございました。
蛇の健寿司は、渋谷のお寿司屋さんです。Bunkamuraで観劇を終え余韻を楽しみたい方、渋谷のネット企業の方など、様々な方々がここを訪れます。
ここでしか食べられない、旬のものをリーズナブルな価格で愉しむことができると思います。おすすめです。
投稿者 jun : 2007年10月26日 12:39 | トラックバック
コミュニティで人を育てる!?
先日、ダイヤモンド社の方々、僕、坂本君@東京大学大学院M1とで、ある外資系企業(B社)にヒアリングに出かけました。
B社の「人材育成」の特徴は下記のとおり。
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1.社内には営業、マーケティング、開発など業種ごとにプロフェッショナル制度が存在している。基本的には社員はみな、この制度に基づいて「自分」でキャリアを考え、構築しなければならない。
2.社内には30~40もの「コミュニティ」が存在している。女性技術者のコミュニティ、営業担当者のコミュニティ、技術者コミュニティなどのように、職種ごとに分かれている場合がある。また、プロフェッショナル資格の同じ等級ごとにコミュニティが設けられている場合もある。
3.コミュニティは、もともと自然発生的に形成された。会社は、これを「人材育成」の有効な手段として認め、金銭的サポート、外部との交渉のサポートなどをおこなっている。
4.コミュニティへの参加は、いちおう、会社として新入社員などにすすめることはあるが、強制力は全くない。
5.コミュニティでは、1)各種イベントの実施、2)研究会・講演会の実施、3)最新の技術動向(たとえばWeb2.0など)に関する勉強会、3)ニュースレターの発行などの活動を自主的に行っている。活動の企画は、コミュニティの有志によってボランティアで担われている。
6.人事・教育部は、コミュニティ内部でメンターを募集し、希望するメンティにマッチングを行ったり、メンタリングやコーチングの手法をメンター希望者に伝える仕事をしている。
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要するに、この会社では「コミュニティ」と「メンタリング」によって、現場で人を育てようとしているということですね。
でも「全員を同じように育てよう」というわけではない。
あくまで、自分のキャリアを考えた上で、それに役に立つと思えば、「おこのみ」でコミュニティ活動に参加すればいいし、メンタリングを受ければよい。それはちょっと、と思うなら参加しなくてもよい、という感じです。
会社は、1)基準や制度、2)学習の機会と場、3)能力に応じた処遇は提供します、あとは、自分で考えて、自分で決めてね、と。
いわゆる研修やe-learningは、補助的な手段として位置づけられています。たとえば、メンタリングの手法などは、メンターを行うのなら必須の知識ということで、メンター希望者向けに研修やe-learningで提供されています。
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これらの施策がどの程度うまくいっているのかは、早急には判断できません。それはヒアリングという調査手法の限界でもあります。
ですが、ここまで「コミュニティベースの人材育成」が前面にでている企業は、今までの定性調査では経験したことがなかったので、なかなか衝撃的でした。従業員規模が「万」の単位の企業が、こんなかたちで、育成を試みるとは・・・。
会社の中には重層的にコミュニティが存在しており、それらのコミュニティの境界を渡りながら、人は仕事をしている。そして、仕事を通した経験学習によって、スキルやキャリアを形成していく、というイメージでしょうか。
それがもしうまくいっているのだとしたら、トマス=マローンのThe Future of Workと、エティエンヌ=ウェンガーを足して二で割ったような世界のようにも見えます。
そして、こうしたかたちで仕事がなされ、かつ人が育つ、という場合に、もはや企業人材育成担当者のやるべき事は、従来のそれではありません。
もちろん、育成担当者の仕事も再編成を迎えることになります。どちらかというと、コミュニティ活動のコンシェルジュ的な役割を担うことになるのでしょうか。
うーん、オモシロイですね。
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ともかく、春先から続けていた定性調査は、これで終了です。本当にいろいろな会社を訪問しました。やはり現場の人から話を聞くのは、大変興味深かったです。一方、定量調査の方は、すでに分析フェイズにはいっており、ここ数ヶ月の間で、2週間に一度程度、研究会を開いています。
最後になりますが、今回の定性調査、定量調査に関しましては、ダイヤモンド社の永田さん、石田さん、前澤さん、平林さんに大変お世話になりました。本当にありがとうございました。
あとは、僕らが結果を出す番ですね。
はい、重々、承知しております。
投稿者 jun : 2007年10月25日 08:49 | トラックバック
禁欲
ipod touchをグリグリとさわっていると、ふと、クリエイティブの神様(新しい研究アイデア)が降臨した・・・。来春にはSDK(開発キット)もでるらしいし。

・・・・しかし・・・・ここはググッと我慢。
僕はしばらく開発研究からは身をひくのだ。
さよなら神様。
投稿者 jun : 2007年10月24日 12:42 | トラックバック
寄付で大学財務をいかに強化するか?:東大大総センターシンポジウム
わたしの所属するセンターが主催となり、下記のようなシンポジウムを開催します。参加は無料です。テーマは「大学と寄付」です。ぜひお越しください。
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東大-野村大学経営フォーラム
「寄付募集を通じた大学の財務基盤の強化」
2007年12月7日(金)13:30~
鉄門記念講堂(本郷キャンパス)
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東京大学 大学総合教育研究センター(以下、
大総センター)は、昨年9月より、野村證券との共同
研究プロジェクト「大学の財務基盤の強化に関する共
同研究」を行っており、このたび、カリフォルニア大
学バークレー校の寄付募集責任者、デビット・ブライ
ンダー氏をお招きし、国際フォーラムを開催いたします。
ふるってご参加ください。
■日時:2007年12月7日(金)13:30~
■場所:鉄門記念講堂(本郷キャンパス)
■プログラム(敬称略)
13:00 開場
13:30 開会の挨拶
・小宮山宏(東京大学総長)
・古賀信行(野村證券株式会社執行役社長兼CEO)
13:45 イントロダクション
「大学の財務基盤の強化と寄付の活用」
・片山英治
(東京大学大総センター共同研究員
野村證券法人企画部主任研究員)
14:00 基調講演「アメリカの大学経営における
寄付募集の活用」
・デビッド・ブラインダー
(カリフォルニア大学バークレー校
アソシエート・バイスチャンセラー)
14:40 研究報告「日本の大学における寄付募集の
現状と課題:アンケートの集計結果から」
・両角亜希子(東京大学大総センター助教)
15:10 休憩
15:30 パネルディスカッション
「日本の大学の財務基盤の強化に向けた寄
付の活用方策を探る」
・デビッド・ブラインダー
(カリフォルニア大学バークレー校アソシ
エート・バイスチャンセラー)
・國澤隆雄(大阪医科大学理事長)
・金子元久(東京大学大学院教育学研究科長)
・両角亜希子(東京大学大総センター助教)
<司会>
小林雅之(東京大学大総センター教授)
片山英治
17:00 Q&Aセッション
17:25 クロージング
・岡本和夫(東京大学大総センター長)
18:00 レセプション(※有料)
※ブラインダー氏略歴
ブラインダー氏は、1987年から1995年までプリンス
トン大学の寄付募集での手腕が認められ、1995年から
はウェーズリー大学の寄付担当副学長をつとめました。
ウェーズリーでは、寄付キャンペーンで7年間に4億720
0万ドルというリベラルアーツ大学で史上最高額の寄付
募集の実績をあげており、この分野でとても著名なマ
ネージャーです。
2007年8月からは、母校であるカリフォルニア大学バ
ークレー校の寄付募集責任者となり、早くもこの9月
にはWilliam & Flora Hewlett財団から1億3300万ドル
とバークレー史上最高の寄付を獲得しました。
当日はいかに寄付を集めるかといった技術論のみな
らず、大学の財務にとっての寄付募集が必要性、戦略
的計画や予算における位置づけという広い観点からお
話いただきます。
■問い合わせ・申し込み
FAX: 03-5802-3372
メール:forum[At Mark]he.u-tokyo.ac.jp
氏名
ふりがな
所属
電話番号
メールアドレス
レセプション参加の有無を明記してください。
http://www.he.u-tokyo.ac.jp/
=================================================
投稿者 jun : 2007年10月24日 12:25 | トラックバック
言うべき時に言うべきことを言う:堀川高校の荒瀬校長
総合学習を中心とした「人間探究科」「自然探究科」を全国にさきがけて開設。京都大学をはじめとした国公立大学への合格者数を1年で百人以上増やした京都市立堀川高校。
この「堀川の奇跡」の渦中にいた荒瀬校長が、先日、NHK番組「プロフェッショナル」で取り上げられていた。
荒瀬校長のおっしゃっていたことの中で、下記の言葉が印象的だった。
---
やるべき時に
やるべき場所にいて
やるべきことをいう
言うべき時に
言うべき場所にいて
言うべきことをいう
それが難しいんです
---
教員のハシクレとして、荒瀬校長のお考えには深く共感する。思慮が浅い僕などは、
言うべき時じゃないときに
言うべき場所から遠いところで
言うべきではないことを言ってしまう
ことが、いかに多いことか・・・。
あるいは、
言い足りないか、言い過ぎてしまうこと
がいかに多いことか・・・教えることは、本当に難しい。
何事もタイミングが重要である。「空気を読むこと」に一番長けていなければならないのは、教員なのかもしれない。自戒をこめて、そう思う。
投稿者 jun : 2007年10月24日 08:05 | トラックバック
気がつけば
気がついたら、僕もパンダになっていた。

投稿者 jun : 2007年10月24日 06:07 | トラックバック
組織の中の物語には「パターン」がある?
佐藤郁哉他「制度と文化」を読んだ。企業文化論、組織文化論、組織アイデンティティ論などの知見を整理した良著であった。
その中に、「組織の中で流布するストーリー」に関して、下記のようなことが書いてあった。とても興味深かったので、引用する。
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組織心理学者のジョアンヌ・マーティンは、企業組織の中で流布している様々な物語を採集・分析したうえで、それらを以下の7つのタイプに分類した。
1.ルール破り物語
2.大物物語
3.出世物語
4.クビ物語
5.転勤物語
6.上司のミスに対する対応物語
7.障害克服物語
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組織には - 人の集まるところには - 必ず「物語」がある。そして、その多くは「その組織に独自なもの」だと思われている。しかし、そうした認識は多くの場合、誤解であることが多い。組織の中で流布している物語を類型化すると、上記のようなパターンがあらわれてくる、というわけである。
ふりかえって考えてみれば、あなたの組織にも、上記のような物語がありませんか? 僕の所属組織は大学だけれども、それでも、「うーん、あるある」と思ってしまった。
この知見を目にした際、真っ先に僕の脳裏に浮かんだのは、ロシアの文学研究者ウラジミール=プロップである。
プロップは100編あまりのロシア魔法昔話の分析を行い,そこには「普遍的なパターン」「普遍的な物語展開のパターン」があることを明らかにした。
プロップの構造主義的な物語分析は、のちの物語研究に強い影響を与えた。ジョアンヌ・マーティンの研究は、プロップの行った昔話分析の「組織バージョン」と言えるのかもしれない。大変興味深い知見である。
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物語は、組織構成員が属する「文化」の制約を多分にうけることが容易に予想できる。
いったい日本の企業では、どのような物語が流布しているのだろうか。
また、企業ばかりではなく、「学校」にはどんな物語の類型が存在するのだろうか。
そんなことを考えていたら、なんだかワクワクしてきた。「組織」と「物語」、一見、何にも関係なさそうな両者ではあるけれど、これに焦点をあてた研究が、もっとあってもよい、と思う。
人間は物語の中を生きている。
投稿者 jun : 2007年10月23日 10:50 | トラックバック
大人の科学の基本書:赤尾勝己編著"生涯学習理論を学ぶ人のために"
赤尾勝己編著「生涯学習理論を学ぶ人のために」を読んだ。いわゆる「成人教育学=大人を対象にした教育学」に関連する、様々な理論を、丁寧に解説した良著。
下記の目次にあるように、その内容は網羅的である。
アンドラゴジーのノールズから、批判教育学のフレイレ、ジルー、経験学習のコルブ、果てには活動理論のエンゲストローム、知識創造理論の野中郁次郎までをカバーしている。
1 成人教育学―M.ノールズの理論をめぐって
2 フェミニズム教育学
3 意識化理論―P.フレイレの成人識字教育をめぐって
4 変容的学習―J.メジローの理論をめぐって
5 生涯発達―物語としての発達という視点
6 経験学習―D.A.コルブの理論をめぐって
7 状況に埋め込まれた学習
8 活動理論・拡張的学習・発達的ワークリサーチ
9 知識を創る学習―知識と学習のマネージメント
もちろん、これらの諸理論の多くは「生涯学習」のために構築されたものではない。しかし、大人の学習を語る上では、それぞれの視角から貴重なヒントを提供する。本書では、それぞれの理論的立場から、生涯学習の将来の立ち位置を構想する、という内容になっているように思う。
近いうちに、これらを「肴」にして、理論間の布置を考える勉強会を開催しようと思う。
投稿者 jun : 2007年10月22日 07:45 | トラックバック
答えは現場にある
カミサンの元上司のYさんのお宅に、家族3人でお邪魔しました。
Yさんは、16年前、我が国初となるマルチメディア教育番組「人と森林」をプロデュースなさった方。「人と森林」は。ハイビジョンのビデオディスクをマッキントッシュのコンピュータでコントロールするという、当時としては、ハイテクの放送教育でした。この作品は、その後本格化する「テレビとネットの連携」に先鞭をつけることになります。
Yさんとはいろいろな話をしましたけれど、もっとも印象的だったのは、「テレビディレクターと現場の関係」の話でした。
Yさんがまだ若かった頃は、自分の番組が放映されるときには、「現場に行け」、と先輩や上司から指導されたそうです。
自分が制作した番組をもとに教育を行っている小学校、中学校などの現場に行って、その番組が、子どもたちにどう受け入れられるか、子どもがどういう顔をして番組を見るか、などなどについて、しっかり看取ることが重要だと指導されたそうです。
「現場」に出ろ
答えは現場にある
スタジオにはない
一見アタリマエのことなのですが、忙しい毎日の中で、ともすれば一番忘れがちになることです。わかっていても、なかなかできない。
自戒をこめていいますが、やっぱり「現場」にでなくてはダメだよな、と思いました。僕自身、ここ最近は、ずいぶん現場に出るようにはしていますが、まだまだ、だなと反省しました。
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オーディオ好きのYさん。ご自慢のオーディオセットで、ずいぶん、いろいろな曲を聴かせてもらいました。中には、全く聞いたことのない名盤もあり、早速、AMAZONで注文。
上記はバッハをJAZZ風にアレンジした曲。60年代~70年代に、当時はたくさんあったJAZZ喫茶でかけられていた曲だそうです。素晴らしいアレンジでした。
上記も、素晴らしい録音でしたね。ハスキーなボーカルとトランペットの音が自分の目の「前」にでてくるというのでしょうかね。ステレオの前で、ヘレン=メリルが囁いているような感じ。
ちなみに、素晴らしい音楽を聞くときには、お酒を飲みながら、ということで、Yさんに教えてもらった銘酒を紹介。米焼酎「鳥飼」です。
僕はあまり焼酎は好きではなかったのですが、「鳥飼」は別でした。とにかく「香り」が素晴らしい。ぜひ、ステキな音楽を聴きながら、このお酒をロックで飲んでみてください。焼酎の概念が変わるはずです。
お酒のあとはデザートかな、ということで、この生チーズケーキにはハマっています。一括購入なので量は多いですが、すべて冷凍でカチンコチンになって送られてきますので、食べる前4時間前に冷蔵庫に入れるだけです。これが、また素晴らしい。ふだん、僕は甘い物は食べないのですが、このチーズケーキは別でした。
よろしければ音楽とともにご賞味下さい。
まぁ、でも、いいねー、こういう週末は。音楽聞いてさ、酒飲んでさ。悪くないねー。明日から、また忙しいけど、頑張るか。
投稿者 jun : 2007年10月21日 19:52 | トラックバック
ちびまる子ちゃんの学習マンガ
わたしは犬にかまれたことがあります。しかし、今でも犬を見るとこわくて、近寄ることができません。
わたしは、夏休みに見た映画はとてもおもしろかった。
花輪君は、とってもやさしいところがいいと思うので、この前、消しゴムを貸してくれたとき、ありがとうって言わないでごめんね。
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小学生に大人気だという「ちびまる子ちゃんの学習参考書」シリーズを、大人買いしてみた。上記は、「ちびまる子ちゃんの作文教室」にでていた例。子どもが書いてしまいそうな文章だという。
今では自分としても信じられないけれど、僕も小学生、中学生の頃は、全く文章が書けなかった。上記のような文章を書いては、母親にしかられていたことを思い出す。
本書では、ちびまる子ちゃんの4コマ漫画といっしょに、文章作成の基本的なテクニックを学べる。これぞ、教育工学である。
投稿者 jun : 2007年10月20日 10:25 | トラックバック
子どもから語りを引き出すのがうまい母親、下手な母親
大学院ゼミ。
博士課程のSさんによる「親子間の語り」の先行研究のレビューが大変勉強になり、かつ印象深かった。「子どもからの語りを引き出すのがうまい母親と、下手な母親がいる」という話。
Fivushという人の研究によると、子どもからの語りを引き出すのがうまい母親(High elaborative mothers)は、過去におこったひとつの出来事に焦点をしぼり、何が起こったのかを詳細に聞いていく。
それに対して、下手な母親(Low elaborative mothers)は、シンプルに質問を繰り返し、過去の特定の出来事を掘り下げていくような質問(elaboration)ができない。
たとえば、こんな感じである。
●上手な母親
母「あのとき、お猿さん、たくさん見たよねー。お猿さん、何してた」
子「うーんと、食事してた」
母「何食べてたの?」
子「りんご」
母「リンゴ、食べてたんだ、ひとりで食べてたの?」
子「みんなで食べてた。赤ちゃんもいたよねー、小さかった」
母「そうだねー、赤ちゃんは何してた?」
母「お母さんの背中にぶらさがっていた」
●下手な母親
母「あのとき、お猿さん、いた?」
子「いた」
母「他には?」
子「キリン」
母「キリンって背が高い?」
子「高い」
オモシロイねぇ。
ちなみに、別の人の研究によると、母親が「子どもから語りを引き出すスキル」は、親の経済格差も反映しているそうである。低所得者層の母親は、
1.子どもが語ることを重視しない
2.子どもの語りを聞き出す余裕(暇がない)。
このあたりは、いわゆる再生産(reproduction : 親の学歴や社会階層が子どもに引き継がれることです)風の議論。
ちなみに、Peterson et al(1999)という人たちは、低所得者層の母親にトレーニングを続けることで、「子どもから語りを引き出すスキル」を変化させることを試みて、成功したそうです。
どんなトレーニングだったんでしょうね・・・とても興味があります。
いゆわる再生産は、親でも、特に母親の文化資本の影響が強い、と言いますよね。「語り」は教育資源のひとつではあるけれど、子どもの言語発達に非常に重要な役割を果たすはずです。
このあたりの研究は、非常に意義深いと思いました。
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追伸.
最近のTAKUにおこった変化。
・親が手をたたくとパチパチをするようになった(模倣)
・さらにテレビの中で誰かが手をたたくと、パチパチする
(テレビの中の人を認知している?
音に反応してるわけではない)
・親が手をだすとパチンと手をたたくようになった
・三輪車にのるようになった(押すのは親)
・食事の量はかなり増えた
・ボタンを押すのが大好き
・僕が家をでるときには一瞬泣くようになった
・目の前で何かをつかってモノを隠しても、探すことができる
・相変わらずつかまりだちで歩いている
衝撃的な変化は、「僕とカミサンに対する対応」が異なっていること。下記の写真のように、僕がチューをしようとすると、全力をふりしぼって逃げる・・・。能面のような顔で。

対して、カミサンの場合だと、笑いながら自分から向かっていく。自分でチューをしにいく。

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・
・
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敗北
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・
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・
ま、そりゃそうか。
逆だったら怖いわ。
OK、何の問題もない(Y先生風)
投稿者 jun : 2007年10月19日 08:27 | トラックバック
あなたはどこへ向かうのか?:コミュニティとトラジェクトリー
人は、複数のコミュニティを渡り歩きながら、日々、学んでいます。職場の「部」や「課」というコミュニティ。異なった組織に所属する人々によって構成される専門分野のコミュニティ。同僚や気の合う先輩とのコミュニティ、アフターファイブの趣味のコミュニティ。インターネット仮想空間のコミュニティ・・・。
通常、人の所属するコミュニティは「ひとつ」だけとは限りません。人間は、生まれながらにして多層的なコミュニティのメンバーなのです。
あるコミュニティを横目に見ては、「うーん、オモシロそうなので参入してみよう」と思い、あるコミュニティでは、「うーん、ここはしっくりくるな」と納得する。反面、コミュニティの中には「ここは自分にフィットしないな」と思うものもある。
かくして、参入、滞留、離脱を繰り返す。参入と離脱の繰り返し - 要するに、人は生きている限り、コミュニティ間の「移動」を繰り返します。
そして、状況的学習の視点からみると、「コミュニティの移動」こそが学習として捉えることも可能です。
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LPP論においては、参加の対象として、単層的に捉えられがちあった「コミュニティ」を、重層的なものとし、学習者の「コミュニティの移動」を「トラジェクトリー(軌跡)」という概念で把握したのは、他ならぬ、エティエンヌ=ウェンガーでした。
ウェンガーによると、トラジェクトリーには5つの類型があります。
1.周辺的トラジェクトリー
コミュニティの周辺において実践を行っているときの学び手の変化のこと。このトラジェクトリーは、必ずしも、十全参加に向かわない場合もある
2.上りのトラジェクトリー
新参者が共同体の完全な参加者になりたいという希望をもって、移動すること。ある共同体において中心的な位置をしめたい、ということを意味するので、「上昇志向のトラジェクトリー」と考えることができる。
3.内部のトラジェクトリー
ある学習者が、コミュニティの中心的活動に従事するようになったあとに形成するトラジェクトリー。中心参加後も、学習者は、そのコミュニティにおいて、アイデンティティを形成し続ける。
4.境界領域トラジェクトリー
コミュニティ間の境界領域にあり、複数の共同体を結びつけることに価値をもつ学習者のありかた。複数の領域をプラプラしながら、自己のアイデンティティを保とうとする。
5.下りのトラジェクトリー
いったん参加した共同体から出て行くときのトラジェクトリー。
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ここでエクササイズ。もし近くに人がいたら、ペアになって、絵を描きながらトライしてみてください。片方の人が絵を描きながら説明しているときには、片方の人はいろいろと質問をしてあげてください。
Q1.あなたは、今、いくつのコミュニティに参入していますか?図であらわしてみてください。
Q2.あなたは、それぞれのコミュニティにおいて、どのようなトラジェクトリーを描こうとしていますか?
Q3.最後になりたい「自分」は、どのコミュニティにいる、どんな自分ですか?
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「コミュニティ」そして「トラジェクトリー」というコンセプトは、わたしたちにいろいろなことを気づかせてくれます。
投稿者 jun : 2007年10月18日 15:54 | トラックバック
「学校のリーダーシップ」の論文集を買った!
ある大学院生さんに、「学校のリーダーシップ」のハンドブックを教えてもらった。鼻水たらしながら卒倒しちゃいそうなくらい高価だが、迷わず即購入。
リーダーシップを論じるのであれば、これを読まない、というオプションはないだろう。モトとらなアカン。
投稿者 jun : 2007年10月17日 10:44 | トラックバック
西本智実さんのボレロ
先日、AMAZONから西本智実さんが指揮するボレロのDVDが届いたので、昨日の夜は酒を飲みながら、これを愉しんだ。
西本さんといえば、一般には「宝塚風の女性指揮者」としてメディアで取り上げられることが多いけれど、その指揮は非常に実直かつ誠実なものだった。
華美な演出はない。むしろ、メディアによって付与されたイメージを払拭するような学究肌の指揮というのだろうか。
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よく知られているように、ボレロはイダ・ルビンシュタインの依頼により、スペイン風のバレエ曲としてモーリス=ラヴェルが書いた曲である。あるメロディが、169回にわたって繰り返され、クレッシェンドして爆発的な最後を迎える。
西本さんの指揮は、クレッシェンドが着実かつ正確で、とてもリラックスして聞くことができた。
ボレロとはこんな曲です
http://www.interq.or.jp/sun/sin/bole.mid
いいねー、クラシックのDVDは。酒飲みながら聞くのは最高だ。
ちなみに、明日の演目は、帝王カラヤンである。
投稿者 jun : 2007年10月17日 09:03 | トラックバック
マンションに住民専用ブログが!?
僕の住んでいるマンションで、先日、「住居人専用のブログ」が開設された。住人ならば誰でも閲覧やコメントができる仕組みになっており、早速、いくつかのエントリーが投稿されている。さっそく、僕も一言コメントを書いておいた。
住民同士のトラブル、災害への対処、マンション内の防犯などの抑止力になるのは「コミュニティ」なのだという。自分たちの「近隣」で生まれた問題を、いかに、自分たちの問題として引き受け、自分たちで行動を起こせるかがポイントなのだという。
マンションがひとつの「コミュニティ」として機能するか、それとも、「別々の家族の寄せ集め」としてしか存在しえないかは、マンションの組合員、さらには、そのマンションの組合員ひとりひとりが問われていることである。ブログは、コミュニティ構築のためのひとつの手段なのだろう。別の言い方をするならば、「マンションの社会関係資本」の向上のための施策ということになる。
それにしても、うちのマンションは、理事会の活動が活発だなぁ、と思っていたけれど、まさかブログまでできるとは思わなかった。その発展の推移を見守っていきたい、と思う。
いやぁ、すごい時代だなぁ・・・。
投稿者 jun : 2007年10月16日 08:37 | トラックバック
スクールリーダーシップ:学校におけるリーダーシップ
中原研究室には、「スクールリーダーシップ」の研究を志している大学院生さんがいる。先日、個別論文指導の機会があり、国内における「スクールリーダーシップ開発」の現状について、レポートしてもらった。
なるほど、昨今、この領域はブームらしい。ここ数年で多くの大学院や地方公共団体が、校長、教頭、主任クラス向けの「スクールリーダーシップ開発プログラム」を開発し、実施している。
しかし、そのプログラムの中身は千差万別。いわゆる、従来の「管理職研修」を名前替えしただけのようなプログラムも見受けられる一方で、非常に的をしぼったものも含まれる。
また「スクールリーダーシップ=学校研究の実施をマネージする人」という風に位置づけるプログラムが一方で、「スクールリーダーシップ=地域における学校の経営方針策定」と位置づけているものもある。
前者が「学校変革の契機」を、あくまで「教育の枠内」「教室の枠内」で捉えようとするのに対して、後者はより広い文脈にそれを求めようとしている。
このような千差万別の状況になっているのは、結局、「スクールリーダーシップとは何か?」という問いに対する答えが、たくさんあるからなのだろう。この原初的問いに対する思索なしで、プログラムを開発することは危険だと思った。
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先日、リーダーシップ開発を研究する神戸大学経営学研究科(金井研究室)の伊達さんからおくってもらった論文によると(伊達さんありがとう)、リーダーシップ開発を考える際には、「リーダーの開発手法」と「リーダーシップの開発手法」を分けることが重要なのだという。
要するに、「リーダーの開発手法」とは、リーダーになるべき個人のHuman Capitalを向上させることをねらうのに対して、リーダーシップの開発とは、リーダーシップが発揮されるようなSocial Capital(ある集団における社会的関係)を開発することが重要になる。
このあたりの議論が、この「スクールリーダーシップ」の議論にも入ってくれば、またオモシロクなると思った。
次回の論文指導は、いよいよ海外のスクールリーダーシップのレビューであるが、これが楽しみである。
はじまったばかりの研究領域にように思う。まだまだ、やれることも、やらなければならないこともたくさんある。
投稿者 jun : 2007年10月15日 14:43 | トラックバック
コンサルティング部門と研修部門
学部時代に同じクラスで学んだ同期が、研究室に訪れた。ほぼ12年ぶりくらいの再会。卒業後、人事・組織系のコンサルティングファームで働き、留学をし、今は一児の母でもあるという。
たまたま仕事で調べ物をしていたときに、僕らの書いた「企業内人材育成入門」を手にした。その内容が自分の仕事とマッチするところが多かったので、久しぶりに連絡をとってみよう、ということになったらしい。以下、仮にNさんとよぶ。
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Nさんとは昔話を含めていろんな話をした。その中でも、「OFF-JTとOJTをうまく連動できないのは、教育を提供する商売をしている民間教育会社の側の理由もある」という話が印象的だった。
彼女は、これまでのキャリアで、人事・組織系のコンサルティングファームにも、いわゆる研修会社にも属したことがある。その双方に属した経験から考えて、そう言えるのだという。
曰く、
戦略系や人事・組織系のコンサルティングファームは、制度設計には注力するが、いわゆる「手離れの悪い」インプリメンテーションはこれまで避ける傾向があった。
昨今は、インプリメンテーションも手がけようとしているものの、どうやってよいのかはまるで手探り。社内に教育に専門性のある人はいない。
一方、研修を主力とする会社は、OFF-JTとOJTを連動させる仕組みや制度づくりまで、なかなか手が回らない。むしろ、パッケージ化された研修をこなす、というデイリーオペレーションに忙殺されており、それを離れて業務を拡張することには躊躇しやすい。
つまりは、ひとつの会社は、コンサルティングと研修という2つの事業のうち、どちらかに注力しているため、「OFF-JTとOJTの連動」といった案件を処理することは、構造的に難しい。
もちろん、企業の中には、コンサルティング部門と教育部門を両方持っているところがある。しかし、組織の壁があり、両部門間が共同でひとつの案件をこなすことはそれほど多くない。同じ会社やグループ内でありながら、コンサルティング部門と教育部門の方針がバラバラであることも少なくないのだという。
結局のところ、「OFF-JTとOJTを連動させた学習環境の整備」をサービスとして提供するためには、民間教育企業の事業のあり方や組織のあり方が、これに対応できるかたちになる必要がある。また同時にそこでつとめる人たちの専門性が、これに対応できるものにならなくてはならない、という指摘だった。
なるほどなぁ・・・。
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Nさんとは限られた時間ではあったけれど、昔話もした。
実は昔話をするにあたっては、密かに僕はドキドキしていた。「ドキドキ」といっても、Nさんに「淡い恋心」をもっていた、とかそういう話じゃない。
大学一年生、二年生の頃の僕は、ほとんど「ニート同然」。その頃の僕を知っている人に、久しぶりに逢うからである。
「当時、僕は、人からどう思われていたのだろうか」
・・・その頃のことを、聞いてみたくて仕方がなかった。
振り返るに、大学一年生、二年生の頃、僕は「無駄な時間」を過ごしていた。大学には必要最低限度しか行かず、かといって、サークルに精をだすわけでもない、合コンに花を咲かすわけでもない。家でゴロゴロ、町をプラプラ。勉強をするのでもなく、遊ぶわけでもない。本当に「無駄」。この一言がもっとも似合う時間の過ごし方をした。
帰り際、Nさんにそれとなく、当時の僕はどんな学生にうつっていたのか聞いてみた。
「そうだったかな? でも、そういう時間は誰でも必要なんじゃない? みんなそうだったと思うけど」
うーん、あっけない。
既述したとおり「大学一年生・二年生の頃の自分」に対する僕の自己イメージは、限りなく低い。が、他人と比較して、そうでもなかったってことかな?
そもそもあの頃は、みんな新しい生活への順応に苦労しており、中には無駄な時間の過ごし方をする人も多かったのだろうか。
まぁ、いずれにしても、そうね、みんなそうだったのね。僕だけじゃなかったのね、そうなのね。ダハハ、オレだけじゃないなら、いいや。みんなで渡れば怖くねー。
なんつー、オチだ。
そして人生は続く。
投稿者 jun : 2007年10月14日 08:00 | トラックバック
熟達者の「短所」?
先日、大学院ゼミで、「熟達者の特徴」についての、ミッキー・チーさんの論文を読んだ。
熟達者の特徴は下記のとおり(一部改)
■長所
1.最良な解決方法を生み出せる
2.初心者にはできない「特徴」や「構造」を検知できる
3.問題を質的に分析できる
4.自分自身をモニタリングする力をもつ
5.問題解決のため適切な方略を使う
6.柔軟に問題を解決できる
7.最小限の努力で関連ある領域の知識や方略を取得できる
■短所
1.知識が領域固有であること
2.自信過剰に陥ってしまいやすい
3.その場をうまく取り繕う(詳細を見落とす)
4.柔軟性がないこと
5.不正確な予測
6.偏見や機能性固着
通常、「熟達者の特徴」というと、「長所」だけしか述べられないが、この論文では「短所」にも言及されているところがオリジナルかな、と思う。
畢竟、短所とは長所の裏返し。
熟達者は、意識せずとも様々な事柄が自動化して処理できる。また、構造化された知識を駆使して、物事に対処できる一方で、つい自意識過剰や、偏見、機能性固着(とらわれ)に陥ってしまいがちである。
人は熟達化にしたがい、「何か」を失う。何かを得ることは、何かを失うことである。
犠牲にした「何か」が、それほど大きなものでなければよいのだけれど。
投稿者 jun : 2007年10月14日 07:24 | トラックバック
東大ナビのサービスがはじまる:大学とモバイルマーケティング
TREEプロジェクトから、また新しい学内サービスがはじまりました。名前を「東大ナビ」といいます。
TREEプロジェクト
http://tree.ep.u-tokyo.ac.jp/
東大ナビは、「東大で行われている様々なイベント情報を、学生の携帯電話に配信する」というものです。

モバイルマーケティングの手法を応用し、携帯電話を活用して、学生に対するダイレクトコミュニケーションを可能にしました。イベント情報のみならず、学内の生協で使えるオンラインクーポンも配信しています。
東京大学では、毎日、様々なイベントが開かれています。中には、世界的な研究者の方が訪問し、講演を行っている例も少なくありません。しかし、学生は、そういうせっかくの機会を知らないまま過ごしていることが多いように思います。そこで、東大ナビです。希望する学生に、そういう情報を配信してしまおうということです。
わざわざ携帯でなくても、と思う方がいらっしゃるかもしれませんね。そんなの学生のPCメールに配信すればいいじゃないか、と。でも、今の学生って、PCメール使っていない学生の方が圧倒的なのです。彼らにとって、メールといえば、携帯メールの方をさすのですね。
今回のプロジェクトリーダーをつとめたのは、重田勝介先生ですコンテンツ開発室の何名かの学生さんを指揮して、このプロジェクトをここまで立ち上げました。お疲れ様でした。
重田先生のブログ
http://jamsquare.org/shige/
ちなみに、東大ナビは、東大生ではなくても利用することができます。下記のバーコードを携帯で読み取るか、あるいは、携帯電話からmail@utnav.jpに空メールをうってみてください!

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追伸.
わたしの所属する「東京大学 大学総合教育研究センター」のWebページがリニューアルしたそうです!
東京大学 大学総合教育研究センター
http://www.he.u-tokyo.ac.jp/
投稿者 jun : 2007年10月12日 00:52 | トラックバック
板書
立教大学大学院での授業。昨日、某教授に「中原君は授業で板書をしないの?」と言われたので、今日は、授業ではじめて板書をしてみた。
なかなかよかった。パワポと違って、大学院生さんの反応を見ながら、進められるのでいい。今更何いってんだ!、と便所スリッパでぶったたかれそうだけど、そう思います。
黒板とチョークというのは、なかなかすごいテクノロジーだな、と思った。要は「工夫」だ。

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ボーッとしていると、思わず、口があいて、よだれが出てしまうくらい疲れてる(実際、ちょっぴり出てる)・・・・デヘ。肩こりもひどい。岩のようだ。ちょっと、そこの奥さん、僕の肩で、岩盤浴できるよ。
10月、11月とさらに忙しさが加速する。毎年のことだから仕方がないけれど。生き残りたいです。
投稿者 jun : 2007年10月11日 15:19 | トラックバック
One concept が見えない!
ここ数週間、夜な夜なモンモンとチャレンジしていることがある。それは、「大人」「学び」「組織」をつなぐ、様々な理論群を、何とか整理できないか、ということだ。夜は酩酊気味の僕ではあるけれど、たまには真面目なこともある。文献と格闘する毎日が続いている。
具体的には、
1)野中らの知識創造理論
2)アージリス・ショーン系の組織学習論
3)ヘドバーグ系のUnlearning理論
4)ノールズらの成人学習理論
5)熟達化理論
6)コルブらの経験学習理論
7)シャインらの組織文化論
8)ウェンガーらのCommunity of Practice理論
9)サッチマンらの状況的認知理論
10)活動システム理論
これらを、何とか整理したい。x次元にわけて整理するのでもいいし、あるいは、ひとつの物語を構成するのでもよい。ベクトルがバラバラの方向を向いているような理論群ではあるけれど、何とか、わかりやすく説明する「切り口」はないものか・・・。
これらの諸理論は、いずれも、「働く大人が学ぶこと」に少しは関係するものである。しかし、各理論は、その一面にスポットライトをあてるが、あとの部分は暗闇のままとしてしまう。
できれば、これらの諸理論を駆使して、「働く大人が学ぶこと」のなるべく広い面積にスポットライトがあたるような状況をつくりたい、と願う。「願い」なんだけどね、今はまだ。
何とか、これらの諸理論を包含するような、メタ概念はないだろうか。そのOne word、いや、One conceptが、今の僕には全くわからない。というか、そういうOne conceptが存在するのかどうかすら、僕にはわからない。つまりは何一つわからないまま、モデルなき模索を続けている。
まぁ、仕事だから愉しんでやるしかない。
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追伸1.
先日、某ショッピングセンターに家族で出かけた際、TAKUをキッズスペースで遊ばせていたら、他の子どもとケンカになった。人生はじめてのケンカ。
どうやら、TAKUが遊んでいたオモチャを、1歳半くらいの子どもが取り上げようとして、それでケンカになった模様。
TAKUも負けてはいない。2メートルほどカラダを引きずらても、まだまだおもちゃにしがみつき、最後には頭まで叩かれても、手を離さず、しぶとくしぶとく食らいつく。カラダが一回り大きな相手に果敢にぶつかっていく。
これから、この子は、いろんな人と出会い、争い、ケンカするんだろうな・・この子の未来に起こるであろう、様々な出来事を思った。
強くなれ。



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追伸2.
後期の学部授業がはじまった。「映像で見る学力論」という授業である。
この授業は、NHKアーカイブスの動画像や電子ジャーナルなどを素材に、学生同士が、グループ学習をして、成果をプレゼンテーションするという内容である。
授業は駒場アクティブラーニングスタジオでの開講。昨日は、その初日だった。

投稿者 jun : 2007年10月10日 08:31 | トラックバック
開発の「プロフェッショナル」とは・・・
週末の3連休、いつか見ようと思っていたNHK番組「プロフェッショナル」をビデオで連続視聴した。ウィスキー飲みながら・・・幸せ。
連続で様々な「プロフェッショナル」の仕事っぷりを見たけれど、やはり自分としてもっとも興味関心があったし、面白く感じたのは、「商品企画」「開発」のプロフェッショナルたちの回。
「生茶」「聞茶」の開発者 佐藤章氏
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/060420/index.html
「ムシキング」の開発者 植村比呂志氏
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/060622/index.html
「たまごっち」の開発者 植村昭裕氏
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/061026/index.html
ゼロから、どのようにモノを生み出し、社会に提案していくか。
僕が日々やっている仕事は、「生茶」でも「ムシキング」でも「たまごっち」でもないけれど、「何か新しいもの(something new)を生み出す」という1点においては、似たところがあるように感じた。
特に印象深かったのは、そのうちの何人かが同じことを言っていた点。
確信犯の1人の開発者がすべてを決めた方がいい
開発に、民主主義はいらない
開発に、合議制はいらない
横であんまり考えてないやつの意見なんてきかない
折衷案はない
これは何となくわかる気がする。
人の意見を聞くたびに、トゲやカドがとれて「万人受け」するようなものになるのだけれど、企画としては、どんどんオモシロクなくなっていく。
人の意見を反映すれば、みんなで責任を等分する仕組みになるので、皮肉なことに、最後には「誰も責任を取りえない、ペンペン草も生えないようなシロモノ」ができあがる・・・。こうした事態は、開発の現場では、頻繁に起こる出来事であるような気がする。
もちろん、だからといって、「専制君主」を気取っていいわけではない。開発とは多くの場合、チームでの共同作業である。チームメンバーと密なコミュニケーションをとり、思いを共有し、ひとつのモノをつくりあげる必要がある。
このあたりのバランスは、本当に難しい。
そして、このバランスをとることができる人のことを、僕は、開発の「プロフェッショナル」、と呼ぶ。
投稿者 jun : 2007年10月09日 07:19 | トラックバック
成人教育学(アンドラゴジーの夢):マルカム=ノールズを読む
アメリカ、ボストンに、かつて、マルカム=ノールズ(Malcolm Knowles)という教育学者がいた。
教育学のメインストリームを歩いた研究者ではないので、知っている人は少ないかもしれない。
教育学の中には、「子ども」を対象とした理論体系が多い中で、彼は「大人の学び(adult education)」に注目し、それを体系化しようと試みた。
彼の整理した理論体系は、いわゆる「アンドラゴジー(Andragogy」とよばれている。子どもを中心にした教授理論が、「pedagogy(ペダゴジー)」と呼ばれるのに対応した言葉である。
アンドラゴジーの要旨は下記のとおりである。
---
1.人間は成熟するにつれて、その自己概念が依存的なものから、自己決定的(self-directing)なものに変化する。
2.人間は成長にしたがって多くの経験をもつ。この経験こそが、学習のための貴重な資源となる。
3.成人の学習へのレディネスは、社会的な発達課題、社会的役割を遂行しようとするところから生じる。
4.成人への学習の方向付けは、問題解決中心、課題達成中心の学習内容編成がより望ましい。
5.成人の学習への動機付けは、自尊心、自己実現などがより重要になる。
(以上、「成人教育の現代的実践」p554より引用)
---
これだけ聞くと、「はー、そうですか・・・そりゃ、そうかもしれませんね」という感じだけれども、ノールズはこれらを「成人教育者としての現場の経験」から抽出してみせた。
ノールズは教育学者である一方、成人教育の実践者であった。だから、彼の「現場への関心」は並々ならぬものがあった。彼の「現場への関心」は、常にディテールにとんでいる。
成人教育は、何曜日に行うのがよいのか?
部屋の照明はどの程度明るいものがいいのか?
成人同士の年齢差をどのように扱うか?
飲食物によるもてなしをどのように行うのがいいのか?
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「成人教育の現代的実践」「The adult learner : The Neglected Spicies」などの彼の著作を読むと、彼がいかにこうした類のディテールにこだわり、実践を進め、かつ理論体系をつくりあげようとしたかが、その執拗な記述から理解できると思う。
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ここ3週間ほど、僕は、故あって、ノールズの理論を読み返している。一番最初に読んだときには気づかなかったことが、今回はわかりかけてきた。
けだし、ノールズの理論体系は、「学習環境デザイン」「状況的学習」などの考え方のエッセンスを先取りしていたのではないか、と思うようになりはじめている。
僕が、来年一年かけて書こうと思っている本のアイデアの中には、ノールズに30年も前に、すでに提唱されているものもあった。残念!
しかし、今から30年も前に、現代に通用するような考えを提唱していたこと自体が、素直に驚きである。
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やはり、古典は重要である。
何が新しくて、何が新しくないのか。自分はどこからきて、どこへ向かおうとしているのか、を知るために、それを読むことは欠かせない。
さて、何をはじめようか。
投稿者 jun : 2007年10月08日 08:55 | トラックバック
楽天で焼き鳥をお取り寄せ!
昨日は、カミサンが「楽天市場」でポチッ(clickのこと)した「焼き鳥セット」をいただきました。いわゆる「お取り寄せ」です。

美味しかった。ひさしぶりに「鳥の肉の味」を堪能することができました。ジューシーで濃厚ではあるが、しつこくはない。
きっとバーベキューセットを持ち出して「炭」で食べると最高においしいとは思います。でも、ホットプレートでもかなりイケました。
子どもがいない頃は、焼鳥屋「バードランド」や神田の鳥すき焼きの老舗「ぼたん」などに行ったものですけど、さすがに今はそういうことはできません。しかし、たまにおいしい「鳥肉」が食べたくなります。
そんなとき、こういうお取り寄せはいいのではないでしょうか。自宅で簡単にできるので、おすすめです。
次は何をお取り寄せしようかな?
ポチポチ。。。
投稿者 jun : 2007年10月07日 07:46 | トラックバック
朝起きたら
朝起きたら、息子のカラダに、白と黒の斑点模様がついていた。
こりゃいけない!
部屋をモソモソ歩いてく。

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笹くれ、笹。

投稿者 jun : 2007年10月06日 08:50 | トラックバック







