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      <title>NAKAHARA-LAB.NET 東京大学 中原淳研究室 - 大人の学びを科学する</title>
      <link>http://www.nakahara-lab.net/blog/</link>
      <description>中原淳（東京大学・准教授）のブログです。「大人の学びを科学する」をテーマに、「企業・組織における人の学習・成長・コミュニケーション」を研究しています。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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      <item>
         <title>自分の歌を歌えばいいんだよ！</title>
         <description><![CDATA[　岡本太郎美術館に家族で出かけました。

　岡本太郎の痛快かつ鮮烈で、どこか切なさを感じる人生。Riskyで、Crazyで、Sexyなメッセージに、射貫かれた一日でした。
　そこには、リスクヘッジやら、アカウンタビリティやら、ハナクソやら、訳知り顔の世の人々が、慣れた口調で口にする世界とは、全く「真逆の世界」がありました。
　そして、僕は、そんな「真逆の世界」に深く共感し、心ひかれるのです。自分の歌をうたって、道のない人生を歩みたいと願うのです。

　▼

　ぼくは、
　こうしなさいとか、
　こうすべきだなんて言うつもりはない
　僕だったらこうする、と言うだけだ
　それに共感する人、反発する人、それはご自由だ

　▼

　危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ
　ほんとうは　そっちに進みたいんだ
　危険だから生きる意味があるんだ

　▼

　誰もが、あえて「出る釘」になる決意をしなければ
　時代は開かれない

　▼

　他人が笑おうが笑うまいが
　自分の歌を歌えばいいんだよ

　▼

　「お互いに」とか「みんなでやろう」とは、
　　言わないことにしなければなりません。

　「誰かが」ではなく、「自分が」であり、
　　また、
　「今は駄目だけれども、いつか、きっと、そうなる」
　「序々に」という、一見誠実そうなのも、ごまかしです。

　　この瞬間に徹底する。
　「自分が、現在、すでにそうである」と
　　言わなければならないのです。

　▼

　芸術は爆発だ！

　▼

　誤解される人の姿は美しい。
　人は誤解を恐れる。
　だが、本当に生きるものは当然誤解される。
　誤解される分量に応じて、その人は、強く豊かなのだ。

　▼

　面白いねえ、俺の人生は。
　だって、道がないんだ。

　　・
　　・
　　・
　　・
　　・

　最後は、小生、「太陽の塔」になってみました。
　眺めがいいなぁ。。。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="okamoto_taro.jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/okamoto_taro.jpg" width="425" height="640" class="mt-image-none" style="" /></span>

　----
　
　　

We are the world！
Save the children！
ハイチの子どもたちに「未来」を！

<object width="640" height="385"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/MjUFFRw9Bkk&hl=ja_JP&fs=1&"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/MjUFFRw9Bkk&hl=ja_JP&fs=1&" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="640" height="385"></embed></object>

<object width="425" height="344"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/ezzxDk_vvXA&hl=ja_JP&fs=1&"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/ezzxDk_vvXA&hl=ja_JP&fs=1&" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>]]></description>
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         <category></category>
         <pubDate>Sat, 13 Mar 2010 21:25:05 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>パジャマで踊れるクラブはここですか？ : DOMMUNE を体験してみた！</title>
         <description><![CDATA[　密かに「ちまた（ちまたってどこよ？）」で話題になっているDOMMUNE（ドミューン）を、昨日の夜、体験してみました。宇川直宏さんというクリエイターの方がはじめたものだそうです。最近、仕事でお会いするメディア系の人たちの間から、その名前を何度か聞いていました。

<a href="http://www.ustream.tv/channel/dommune">DOMMUNE</a><br>http://www.ustream.tv/channel/dommune

「DOMMUNE」は、一言でいうと、「ネット上のクラブ」です。毎夜19時から放送され、12時までやっています。オンデマンドではありません。リアルタイムのストリーミングです。朝とか昼いっても、誰もいないよー。
　番組の前半はトークショー。後半は、今をときめくDJの方々によるDJストリーミングが放映されています。もちろん、視聴料は無料です。

　システムは、話題の「Ustream : ユーストリーム：無料のストリーミングサイト」と、Twitterが用いられています。Ustreamの音声は非常にクリアで、お茶の間にいながらにして、「クラブ」の雰囲気を楽しむことができました。
　実は、何を隠そう、先日、僕もTAKUZOと一緒に、ustream実験をしていたのです。そのときも非常に簡単に映像や音声をおくることができました。

　コミュニケーションツールとしえ用いられているTwitterのタイムラインでは、「今、ここ」を共有している数千人の人々が、チャットを楽しんでいます。これを眺めているだけでも非常におもしろい。

　ちなみに、小生、昨日はすっかり「のりのり」でした。カミサンと子どもが寝静まったのをいいことに、リビングでMacbookを2台広げて、「爆音」で聞いておりました。片方のMacでは映像、片方のマックではTwitterという具合に。

　さすがに「リビングでくねくね踊ること」はしませんでしたが、いやー、酒が進む、進む。おかげで、今日の朝は、頭が痛いのでございます。ちなみに、昨日のライブは、5000人の人々が視聴していました。

　DOMMUNEは「金曜日」と「土曜日」は放映されていません。これは、「金曜日と土曜日は、リアルなクラブを楽しんでくださいね」ということだそうです。いいですね、このメッセージ。というわけで、今日と明日はやっていませんので、もし、興味をもたれた方は、日曜日にぜひ。

　Twitterのタイムラインをみていると、子育て中のパパママも何人かいました。子育てをしていると、なかなか、ステージとか、イベントなどには、いけなくなりますよね。夜が遅いクラブなどは、まず、絶望的です。ですので、こうした機会は非常にありがたいな、と思いました。子育て中のパパママにもおすすめでございます。

　　▼

　いやー、それにしても、去年から今年にかけて、わたしたちをとりまくメディアの構造が大きく地殻変動を起こしているような気がします。そして、メディアの動きの早さとは比較になりませんが、「教育」や「学習」の世界も、「大きな構造転換」が起こり始めているような気がします。私たちは、その「大きな渦」の中にいる。僕は、そう感じます。

　ネット上のクラブで起こっている「出来事」を目の当たりにして、また、ひとつ、僕は面白いことを思いつきました、、、というか、「仕掛け」たくなりました。今やっている仕事を今月で「けり」をつけたら、ちょっとトライしてみます。

　あと、コンセプトブックをつくりたくなった。スケッチブックのような本。荒削りではあるけれど、なんとなく、今求められている「学び」の在り方が、僕には、言葉にできかけている。

　今抱えている３冊の本の原稿が終わったら、そういう新しい学びのありかたについての、コンセプトブックをつくりたいな、と思うのです、、、欧米のエライ研究者の誰の理論も１行も引用せずに（笑）、自分の言葉と絵だけで、描きたい。

　だははははは、愉快、愉快。
　こりゃ、俄然、毎日が愉しくなってきた。
　そして人生は続く。]]></description>
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         <category></category>
         <pubDate>Fri, 12 Mar 2010 10:10:01 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>役にたつものは必要で、役に立たないものは不必要!?</title>
         <description>　昨日は、大学院合宿を終え、岡本和夫先生（数学）の最終講義に向かいました。岡本先生は、僕が所属する「大学総合教育研究センター」のセンター長です。数学者として数多くの業績を残しつつ（元・日本数学会の理事長）、東大の教育企画に長く尽力なさった方です。今年、東京大学を退職なさいます。

　岡本先生の最終講義での話は、非常に示唆に富むものでした。いつものように、最終講義でも、笑いを飛ばしておりました。
　お話の中でもっとも印象に残ったのは、「役に立つものは必要で、役に立たないものは必要ない」という価値観を子どものうちからもってしまうのは少し危険ではないか、という問題提起でした。

　　▼

　たとえば、子どもは、こう問いかけて、大人を困らせます。

「数学って、役にたつの？　役にたたないの？」

　中にはピュアな疑問もあるでしょうけれど、多くの場合、この問いの背後には、「役にたつものは必要で、役に立たないものは不必要である、あるいは、かかわる必要がない」という価値観がすけてみえます。

　岡本先生がおっしゃるのは、この「価値観の対象」が、まだ数学や学問に向けられるのならよいのですが（よくはないが・・・）、万が一、論理飛躍して、「人」に向けられるようになってしまうといったいどうなるか、ということです。

　つまり、「役に立つ人」は必要で、「役に立たない人」なんて必要がない、という風にならないのだろうか、ということでした。「役に立つ人には自分はかかわるけれど、そうでない人は、知ったことじゃない」。
　そして、そういう価値観を、万が一、子どものうちからもってしまうのだとしたら、危険なのではないか、ということでした。

　世の中には、多様な人がいます。多様な人々が、多様な生き方をしています。子どもの「人」に対するまなざしが、もし万が一、「役に立つ人か、役に立たない人か」という二律背反の価値観に支配されてしまうのだとするならば、それは少し寂しいですし、危険な気もします。

「役に立つ人か、役に立たない人か」というあなたの「人」に対するまなざしは、いつしか、あなた自身に返ってくる可能性もあります。そう、あなただって「無縁」じゃない。

　あなた自身が「役に立つ人」なのか、「役に立たない人」なのか。あなた自身が「必要な人」なのか、必要でないのかを、あなたの知らない誰かに判定されるのです。そして、後者だと判断された場合、あなたの周りから、人が消えてしまいます。

　また、「役に立たないもの」から新しいものが生まれることもあるし、社会をもみほぐすこともある。すぐに役に立たないものが、もし不必要だとするならば、僕のような文系大学人は、かなり危ない（笑）。

　というわけで、とても考えさせられる最終講義でした。

　此世をば
　どりゃ おいとまに
　せん香の
　けむりとともに
　灰左様なら

　　▼

　岡本先生、長いあいだ、本当にお世話になりました。また、お疲れ様でした。新天地でのご活躍を祈念しております。</description>
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         <category></category>
         <pubDate>Fri, 12 Mar 2010 07:25:05 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>大学院の合宿です</title>
         <description><![CDATA[　今日から熱海で、大学院の研究室の合宿です。同僚の山内さんのところの研究室と、合同の開催です。スタッフ、学生ふくめ、合計で３０名近い人数が集まるのではないかと思います。

　プログラムは、おもに二つです。
　１つは、今年のＭ２の書いた修士論文を検討する、というのがあります。うちの研究室からは、山田君、野澤さん、福山君の３名がそれに該当します。

　山田君
　「小中学校における組織開発の評価」
　
　野澤さん
　「ノンテリトリアルオフィスにおけるインフォーマルコミュニケーション
　を促進するツール開発研究」

　福山君
　「社会的ジレンマを体験するシミュレーションゲームの開発と評価」

　に関する修士論文を描きました。

　プログラムの２つめは、今年の４月から入ってくるＭ０の方々の研究計画を検討する、という内容です。
　僕の指導予定学生としては、吉村さん、関根さん、伊澤さんの３名の方々が、それに該当します。

　今のところ３名の方々は、

　吉村さん
　「学校長のリーダーシップと教員の社会関係資本に関する調査」
　
　関根さん
　「新入社員の組織社会化に関する研究」
　
　伊澤さん
　「Ｍ＆Ａ後の組織構成員の変容に関するエスノグラフィー」

　に関する研究をなさる予定だそうです。

　それぞれ、どんな発表があるか、愉しみです。
　そして人生は続く。

　---

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kako-sG9v3NT4vKhsTDkP.jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/kako-sG9v3NT4vKhsTDkP.jpg" width="320" height="369" class="mt-image-none" style="" /></span>

With Dr. Ueda and Dr. Nagaoka]]></description>
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         <category></category>
         <pubDate>Wed, 10 Mar 2010 11:11:44 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>ピタゴラスイッチ「ぼくのおとうさん」で知る学習研究の最前線!?</title>
         <description><![CDATA[　朝、何気なくテレビに目をやったら、この曲が流れていました。

<object width="480" height="385"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/f3YOiVlFchw&hl=ja_JP&fs=1&"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/f3YOiVlFchw&hl=ja_JP&fs=1&" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="385"></embed></object>

　「ぼくのおとうさん」という曲で、ピタゴラスイッチで放映されています。歌詞を聴いていたら、おもしろいなぁと思いました。ああ、これは、「文脈横断論」の要諦を表現している曲として聞けるのかな、と思ったのですね（笑）。

　▼

　文脈横断論とは、1990年代後半から現在にかけて様々な研究が進んでいる学習研究です。

　いつものように、専門家から便所のスリッパで後頭部をパカーンと殴られることを覚悟して、それを、僕の言葉で表現するならば、

「人は、様々なコミュニティ（コンテキスト）を越境（またぎながら）しながら、生きている」という「人間観」をもとにした学習論です。それは「越境」という「メタファ」を使って、「人間の学習、成長」を描こうとします。

「おとうさんは、会社の課にも属しているし、もしかすると、社内プロジェクトを掛け持ちしているかもしれない。学校にいけば「生徒」さんで月に一度は前の会社の人との飲み会（勉強会）に参加して、情報交換をしているかもしれない」

　誤解を恐れずにいうならば、そういう「越境するおとうさん」が、

　どうやって日々気づきを得ているのか
　どんな風に働きがいやアイデンティティを保っているのか
　それぞれの学びが、どのようにして他とつながっているのか

　などなど・・・・ということを研究するのが、文脈横断論ということになります。

　もちろん「文脈横断論」とひとくくりにいいますが、その中には、エンゲストローム（バウンダリークロシング論）、ビーチ（共変移論）、ウェンガー（Communities of practice論）といったような研究者がいます。それぞれ、様々なコンセプトを提案して、人間の学習を描こうとしています。
　でも、細かいことはいろいろありますけど、要するに、そういうことです（笑）。「文脈横断論」とは「越境する人間」という視座をもってなされる学習研究ということですね。

（ちなみにやや専門的になりますが、人材育成の言説としての「越境学習論」を、そのまま文脈横断論に重ねることは無理があります。前者は人材育成の処方箋として「越境」を扱います。後者は人間を描くときの視座が「越境」なのです・・・この話はまた今度）

　▼

　おとうさん　おとうさん　ぼくのおとうさん 
　かいしゃへ　いくと　かいしゃいん 
　しごとを　するとき　かちょうさん 
　しょくどう　はいると　おきゃくさん 

　おとうさん　おとうさん　ぼくのおとうさん 
　はいしゃに　いくと　かんじゃさん 
　あるいていると　つうこうにん 

　おとうさん　おとうさん　ぼくのおとうさん 
　がっこう　いけば　せいとさん 
　でんしゃに　のると　つうきんきゃく 

　おとうさん　おとうさん　うちにかえると 
　ぼくのおとうさん 
　　　・
　　　・
　　　・
　もし、「ぼくのおとうさん」の歌詞をあなたにあてはめると、どんな歌詞になりますか？
　あなたにはいくつの「顔」と、いくつの「学び」がありますか？　　]]></description>
         <link>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/03/post_1660.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Tue, 09 Mar 2010 09:29:11 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>テレビ局の社員の方々は、局外で何を学び、組織はどう変わったのか？</title>
         <description>　近況。

　金曜日 - 大学院コース会議。
　その後、福武ホールで、ソシオメディア論の水越伸先生（東大）とテレビ朝日さんの共同研究「ろっぽんプロジェクト」の最終報告会で、不肖中原、パネリストをつとめさせていただきました。

　このプロジェクトでは、テレビ朝日の社員の方々が、局をでて、小学校や教育機関で「出前ワークショップ」などをします。のべ４万人の人たちがワークショップや授業を受け、全社員の10%である１２０人弱の社員が、それに参加したそうです。

　そのとき、子どもとテレビ朝日社員の方々には、それぞれ、どのような学びや気づきがあったのか。そして、そうしたプロセスを通して、組織は、どのように変容したのか。

　中原は、メディア論やメディアリテラシー教育については、全くのドシロウトですが、あえて「職場学習論」の立場から、コメントさせていただきました。

　　▼

　実は、小生のかみさんは、ディレクターをしています。しかし、テレビ局そのものの現状や人材育成の仕組みについては、あまり聞くことがありませんでした。

　加えて、僕は、おそらく、年間で１０００枚から２０００枚の名刺交換をしますが、なぜか、新聞社やテレビ局の人材育成担当者、人材開発担当者の方にお会いすることは、ほとんどないのです。だから、テレビ局の中の人々の学習や成長に関しては、イメージがわきにくいというのがあるのかもしれません。

　でも、これが機会になって、メディア企業の人材育成の仕組みについて、非常に興味がわきました。そこでは、どのような人材育成モデルが採用されているのでしょうか。

　　▼
　
　ちなみに、シンポの中で、パネリストでご一緒した水島先生（東海大）にご紹介いただいた「数字」が忘れられません。

　水島先生によりますと、過去10年で、ネット広告収入は5900億円増加したのに対して、テレビを含むマス四媒体は5600億円の減少だつたそうです。
　衝撃的なのは、マス四媒体の昨年度１年の収入落ち込みは、過去10年分の落ち込み累積額とほぼ同額だということです。つまり、去年１年だけで１０年分の落ち込みが記録された、ということです。これはとてつもない数字だと思いました。

（ちなみに、人材育成ビジネスは年間約６０００億弱です。それが一年で消し飛んだ、ということです）

（電通の調べによると、2009年の日本の総広告費は前年比11.5%減の5兆9222億円。マス4媒体の広告収入は14.3%の減少。雑誌は25.6%減の3034億円、新聞は18.6%減の6739億円、インターネット広告費は1.2%増の7069億円と新聞をぬく。テレビは17%減の1兆6000億円)

　対して、ネットの広告収入はどうかというと、リーマンショック後も横ばい。ここで重要なことは、昨年度におけるマス四媒体の広告収入の凋落は明らかですが、必ずしも、その分が、すべてネットに食われたのではない、ということです。

　マクロにみれば、すでにペイドメディア（お金を払ってみるメディア）が衰退し、ソーシャルネットワークサービスや、Twitterを含むノンペイドメディア（無料のメディア）に、人々の関心がうつっているのではないか、というご指摘でした。つまり、ネットも安泰では決してないということです。

　水島先生は、このような中で、メディアリテラシーを推進するテレビ局にとっての意味は、１０年前の過去とは「変質」している、とおっしゃっていました。かつては、「圧倒的な巨大で強く権力をもつメディアがなすメディアリテラシー」の実践だったのですが、いまや、「ビジネスモデルを再構築せざるをえないメディア企業がなすメディアリテラシー」になったということです。
　メディアリテラシーの実践の変質を指摘する、水島先生のご指摘には、非常に共感できました。もう一度、テレビ局が「メディアリテラシー」を実践する意味を問い直す必要があるように思いました。

　というわけで、無事終了です。
　貴重な機会を与えてくださった水越先生に心より感謝いたします。
　ありがとうございました。

　▼

　明日から２日間は、「山」に籠ります。携帯やネットから離れ、いわゆる、アンプラグドでアンコネクティッドな環境で、リフレクションを深めたいと思います。
　これまでを振り返り、未来を構想する。僕は、どこからきて、どこに向かおうとしているのか。
　週末、家族には迷惑をかけていくので、貴重な時間を過ごしたいと考えています。
　
　それでは皆さん、よい週末をお過ごしください。
　Have fun！</description>
         <link>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/03/post_1659.html</link>
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         <pubDate>Fri, 05 Mar 2010 23:28:34 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>Learning bar 2010 2月：コミュニケーション不全を克服せよ！：リクルートエージェント【ちゑや】さんのご報告</title>
         <description><![CDATA[ ちょっと前のことになりますが、生まれて、すいません。いろいろ追われて、こんなにご報告が遅れました。「あっち、こっち、そっち、どっち、すったもんだ、もんたよしのり、それから、どした、はー、どーした、どした」という感じで、気づけば３週間です、、、ああ、人生は矢のようですね（意味不明）。
　さる2月12日は、東京大学本郷キャンパスで、Learning bar（ラーニングバー）が開催されました。今日はそのときのことを振り返りながら、書きたいと思います。

　この日のlearning barのテーマは、

　コミュニケーション不全を克服せよ！
　社内に「楽しく、つながり、学べる場」をつくる!?
　リクルートエージェント【ちゑや】の挑戦

　です。

　リクルートエージェント
　【ちゑや】店主
　中村繁さん

　を講師にお招きし、職場におけるコミュニケーションの問題について、皆さんで考える機会を持ちました。

　昨今、成果主義の徹底によって、職場メンバーの「コミュニケーション」や「協力」が失われる...といったことがよく聞かれますね。また、中途採用が急拡大し、顔の知らない人が職場に増えていく...といった事態も耳にします。「職場の中の気付かぬ孤独」・・・程度の差こそはあれ、誰もがこれを経験しています。

　...とはいえ、、、この問題を何とかしようとして、

　さぁ、皆さん、コミュニケーションをしましょう！
　みんなで、和気藹々と話しましょうよ！

　と声高に叫んでも、いまいち集まりは悪いですし、盛り上がりません。多大な費用をかけてリラックススペースやコミュニケーションスペースをつくっても閑散としてしまうことが少なくありません。

　誰もが、日々の雑事に追われ、「終わりなき日常」を過ごしています。そのような人々の心を魅了する施策とはいったいどのようなものでしょうか。社員が集い、つながりを深め、さらには学ぶこと、変わること、変えることのできる「場」を、いかに社内につくりだすことができるのでしょうか。
　
　リクルートエージェントさんお【ちゑや】は、社員同士が部署・肩書き・経験の差を乗り越えて活発にコミュニケーションができる非公式の場でありながら、会社の公式の組織図にも存在する「不思議な活動」です。

【ちゑや】は、「コミュニケーションしましょう！」というかけ声でもなければ、「コミュニケーションスペース」でもない、もちろん「研修」でもないアプローチで、この問題に迫ります。今回のLearning barでは、中村さんから、そのあたりについてお話を伺いました。

　おかげさまで、今回のLearning barも満員御礼！です。大変ありがたいことですね。お越しいいただいた皆様に、心より感謝いたします。今回は、過去最高レベルの411名の方々からご応募をいただき、当日、200名の方々に抽選でおこしいただきました。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="zentai_manin.jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/zentai_manin.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

　　▼

　バーの会場は５時３０分。

　今回は、【ちゑや】のイメージが「江戸のちゃみせ」ということでしたので、「和」のイメージで会場を演出しました。
　和傘を借りて、和菓子を準備し、【ちゑや】さんのはっぴを全員できて、のれんを設置しました。全員がこれらの活動は、M１の我妻さん、木村君が中心になってくれました。ありがとう！

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="ochagashi .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/ochagashi%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="ochagashi_wagasa .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/ochagashi_wagasa%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

　和菓子は、特に女性には大変好評だったようです。よかった、よかった。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="ochagashi_narabu .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/ochagashi_narabu%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

　以前にも述べましたが、Learning barは、常に「変化すること」をめざしています。このあたりの思いについては、下記の取材を受けましたので、どうぞご覧ください。

<a href="http://bit.ly/3Zx22N">Learning barの作り方 (by ワークショップ部)</a><br>http://bit.ly/3Zx22N

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="ochagashi_nakahara .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/ochagashi_nakahara%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

　▼

　Learning bar冒頭は、中原から趣旨説明です。
　くどいようですが、Learning barは、

　1.聞く
　2.聞く
　3.聞く
　4.帰る

　という場ではなく、

　1.聞く
　2.考える
　3.対話する
　4.気づく

　ような場であるということを、まずは、ご説明いたしました。何度かLearning barにお越しの方にとっては「くどい」と思われるかもしれませんね（笑）。でも、これは「場」の「しきり」ですので、「しつらえ」と同時に大変重要なことなのです。また、現在、Learning barは、６割程度の方が新規の方々です。ですので、いつも、あえてやらせていただいております。
　
　　▼

　まずは、リクルートエージェントの中村さんからのご講演です。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="nakamura_san_pin .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/nakamura_san_pin%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

　中村さんからは、まず、【ちゑや】の成り立ちについてお話がありました。今となっては、公式の組織になっている【ちゑや】ですが、当初は、中村さんが個人としてはじめた試みでした。それが、少しずつ話題になり、活動を拡大して、現在に至っています。

　否、この言い方は正しくないかもしれないですね。むしろ、「思いついたらすぐやる」「なんで駄目な理由があるの？」という精神で、社内の様々な人々のニーズに従って、これまで拡大してきましたそうです。
　もともと個人創業としてはじまったインフォーマルな「場」、次第に人々が参加するようになり、社内の公式な事業に結集した、ということですね。

　　▼

　【ちゑや】の活動は、大別すると下記のように分かれます。

(1)ようこそ先輩 - 失敗経験を語りあう場
(2)海老原塾＆無手勝塾 - 転職スキル（この場合は業務スキル）をぶ学ぶ場
(3)スペシャルライブ - 社外から著名人を招いて視野を拡大する場
(4)よろず茶屋 - 同じ趣味をもつ人々が集まるコミュニティ

　一目みただけで、そのネーミングから「怪しさ」がつたわってくるでしょう。中村さんがいつもおっしゃっていることですが、「楽しくて、怪しい」「ちゃんとやらない」が、そのメインコンセプトです。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="nakamura_san_pin2 .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/nakamura_san_pin2%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

「楽しくて、怪しい」「ちゃんとやらない」という言葉からは、一見、不真面目な感覚を受けるかもしれませんが、そんなことはありません。これが人を集める、という意味では、重要なファクターなのかもしれません。

「終わりなき日常」を脱して、非日常の空間において、人がつながる場所をつくるためには、それなりの「演出」が必要だということです。
　メタフォリカルに述べるならば、「楽しくて、怪しくて、ちゃんとやらないこと」を「ちゃんとやっている」のが【ちゑや】ということになるのかもしれません。全体としては、「楽しい場」「あやしい場」「学べる場」「人がつながる場」をめざしているそうです。

　お話をお聞きしていて、非常に印象的だったのは、中村さんは、【ちゑや】を社内サービスだと位置づけていることです。顧客は、社内の社員。そこには、明確な顧客意識があります。これは、人材開発のみならず、間接部門にとっては非常に重要なことだと思うのですが、いかがでしょうか。

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　その後は、Learning bar恒例のディスカッションタイムです。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="dis01 .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/dis01%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="dis02 .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/dis02%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="dis05 .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/dis05%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

 熱いディスカッションがかわされています。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="dis06 .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/dis06%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="dis07 .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/dis07%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="dis08 .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/dis08%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

　外は寒いのに、今日も、非常にいつものように、教室の温度は急上昇です（笑）。クーラーつけなければならないほど。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="dis09 .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/dis09%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="dis10 .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/dis10%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

　その後は、Q&Aのコーナー。200名の方々からいただいた質問を中原が選ばせていただき、中村さんにお答えいただきました。
　中村さんと中原のやりとりは、さながら「漫才」のようになりましたね。そういう感想を何人の方からいただきました。全く打ち合わせたわけではないのですが・・・。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kakeai_manzai_qa .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/kakeai_manzai_qa%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

　楽しそうです。非常にうれしいことですね。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kakeai_manzai2 .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/kakeai_manzai2%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

　最後は、中原によるラップアップで終わりました。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="nakahara_pin .jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/nakahara_pin%20.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

　講師の方へのわれんばかりの拍手の中、無事終了です。

　ちなみに、、、この日の様子をもとに、Learning barの紹介ビデオをつくって、Youtubeで公開しております。３分間でLearning barの様子をご理解いただくことができると思います。もしよろしければ、ぜひ、ご覧ください。

<object width="580" height="360"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/KX8bJ4o3Q8g&hl=ja_JP&fs=1&border=1"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/KX8bJ4o3Q8g&hl=ja_JP&fs=1&border=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="580" height="360"></embed></object>

　中原に関連するイベントでとりとめた動画は、今後、下記のサイトで公開していきます。現在は、Learning barとワークプレイスラーニングのビデオを公開しています。こちらの方も、どうぞご覧ください。

<a href="http://www.youtube.com/user/nakaharalab">NAKAHARA-LAB TV  （中原研究室テレビ）</a><br>http://www.youtube.com/user/nakaharalab

　　▼

　最後になりますが、中村さん、リクルートエージェントの皆様、そしてこの場づくりに協力してくれた大学院生の皆様、本当にありがとうございました。とてもよい「学びの場」になりました。この場を借りて感謝いたします。

　次回のLearning barは、まだ日程は決まっていませんが、とてもすばらしいゲストをお呼びする予定です。どうぞお楽しみに。

　そして人生は続く。

　ーーー

追伸.
　慶応丸の内シティキャンパスの僕の授業「ラーニングイノベーション論」が、つい先日、参加募集を開始しました。今年の講座も、担当の保谷さんと一緒に、あーだ、こーだーいいながら、悩みに悩んで、カリキュラムをつくりました。昨年度に輪をかけてパワーアップしています。講師の方々にもお忙しいところ、ご出講いただきました。もう二度と実現しない講師陣だと思います。もしご興味がおありの方がいらっしゃいましたら、ぜひ、ご検討ください。
　Class of 2009の卒業生（アラムナイ）の皆さんも、Class of 2010の皆さんのご参加を心よりお待ちしています。

<a href="http://www.keiomcc.com/program/lin/index.html">ラーニングイノベーション論 2010</a><br>http://www.keiomcc.com/program/lin/index.html

 ---

追伸2.
　去年、富士ゼロックス総合教育研究所、中原、松尾先生（神戸大学）で実施していた共同研究の成果が、「企業と人材」に掲載されました。富士ゼロックス総合研究所の坂本さんが、論文を投稿なさっています。坂本さん、おつかれさまでした。

　かかわりの中で人は育つ - 第一回目は、パナソニック株式会社さんの事例です。パナソニック株式会社のデバイス事業本部では、様々なかたちの職場におけるワークショップ（Workshop Within Workplace : WWW）を実施することで、営業の生産性向上をめざしています。どうぞご覧ください。

<a href="http://www.fxli.co.jp/co_creation/archives/000421.html">人材開発白書2010--他者との"かかわり"が個人を成長させる（事例研究編）</a><br>http://www.fxli.co.jp/co_creation/archives/000421.html]]></description>
         <link>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/03/learning_bar_2010_2.html</link>
         <guid>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/03/learning_bar_2010_2.html</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Thu, 04 Mar 2010 00:00:01 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>「ドラマ教育入門」を読んだ！</title>
         <description><![CDATA[　学部時代の友人の高尾隆君（現・東京学芸大学准教授）から、「ドラマ教育入門」というご著書を献本いただいた。「ドラマ教育入門」は、教育における演劇やドラマの役割を、初心者にもわかるように懇切丁寧に解説した本である。ズブのド素人の僕にも、この領域の実践や研究を、よく理解することができた。

<a href="http://www.toshobunka.co.jp/books/detail.php?isbn=ISBN978-4-8100-0558-5">ドラマ教育入門</a><br>http://www.toshobunka.co.jp/books/detail.php?isbn=ISBN978-4-8100-0558-5

　人によっては、「ドラマ」と聞くと、「民放月９かい？、、、最近、視聴率厳しいんだってねー」という風に、全く違ったイメージをもたれる方が多いと思う。かくいう僕もそのひとりである（スイマセン）。
　しかし、本書で扱われているドラマは、いわゆるわたしたちが持っている「ドラマ」のイメージよりも、ずっと広い。おおざっぱなイメージとしては「演劇（ドラマ）やコミュニケーションゲームなどを含んだ、参加型学習機会」くらいに捉えておくと、とりあえずはよいかもしれない。いわゆるワークショップで行われているような、いくつかのアクティビティも、この中に含まれる場合があると思う。

　いわゆるドラマ教育の目的は、数限りなくある。

　全人的教育をめざす（Ward, W.）
　子どもの創造性の育成（Ward, W.）
　グループの社会性を高める（O'Neill et al）
　　・
　　・

　本書を通読した、あくまで僕の理解によれば、それは下記のような特徴をもっているな、と感じた。

1)全人的発達をめざしていること
2)その中でも特に、創造性・批判的思考力・社会性・コミュニケーションといった、いわゆる伝統的で軽視されてきた能力の育成をめざしていること
3)参加型の学習機会を学習者に保証していること

　本書では、米国のクリエィティブドラマ、イギリスのDrama in Education(DIE)などの運動を紹介しつつ、ウィニフレッド＝ウォード、キース＝ジョンストンなどのドラマ教育の推進を担ってきた様々な研究者、実践者を紹介している。いくつかの代表的なアクティビティも紹介されているから、実践者や実務家の方々にとっても、非常に有益な書籍だと思う。

　　▼

　高尾君によれば、今年あたり、国内で「ドラマと教育」「演劇と教育」に関するムーブメントがおこりそうとのことである。僕個人はズブのド素人だけれども、このムーブメントには協力したいと思った。

　---

追伸.
　上記の本を読んでいたら、ドラマ教育は識字の運動とも関係がありそうだ、と感じた。ドラマ教育の実践家として取り上げられている人々の経歴が、それを彷彿とさせたのかもしれない。
　識字運動といえば、パウロ＝フレイレ。彼の名前が久しぶりに脳裏に浮かぶ。
　フレイレは、１９２１年、ブラジルのレシフェに生まれた。幼い頃に貧困を経験し、民衆の主体的解放（人間化）をめざすべく、成人の識字教育に携わる。２０世紀で最も影響を与えた教育学者のひとりであろう。
　フレイレが、生涯をかけて徹底的にあがなったものは「伝達」であり、「注入」である。そうした教育は、抑圧者が自己の権力を維持するために実施されるものだとして、彼は「銀行型教育」という言葉を使って批判している。
　というわけで、フレイレをぱらぱらと読み直してみると、僕はやはり彼に多くの影響を受けていることがわかった。もしかすると、ドラマ教育入門と一緒に読むと、新たな発見があるかもしれない。

人間にふさわしく生きるというのは、世界に名前をつける、命名することである（name the world）。（そうすれば）それが新たな課題として、名づけた者の前に現れる。
（Freire, P.）

学ぶとは、取り戻すこと、再創造すること、書き直すということである
（Freire, P.）

<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=nakaharalabne-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=4811806638" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=nakaharalabne-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=4750579076" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>]]></description>
         <link>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/03/post_1658.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Wed, 03 Mar 2010 10:08:26 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>人はなぜ「社外の勉強会」に出かけるのか？</title>
         <description><![CDATA[　現在、ビジネスパーソンのあいだに「勉強会ブーム」が広がっているといいます。不況下において、企業がワークシェアリングやワークライフバランスを進めるのに呼応して、社外にでて、学びたいというニーズがあがっているそうです（或は、学ばざるをえない）。最近、いくつかのメディアから、この話題で取材を受けました。

　人は会社や組織の「外」で、どのように学んでいるのか
　平成19年国民生活白書では、３人に１人の社会人が、交流会や勉強会にでかけています。しかし、その実態、その背後にある人々の思いについては、わかっていないことが非常に多いように感じます。
　今年、中原研究室では、この課題に関して大規模調査を実施する計画があります。これまでやってきた、社内の職場学習に関する研究に、「最初のめど」をつけることができそうなので、今度は、少しだけ手をひろげて「社外の学び」を分析の視野にいれたいと思っています。もちろん、これまでどおり、社内の職場学習の調査研究も、今年度、大規模調査を実施します。

　　▼

　僕は、数年前からビジネスパーソンのインタビュー調査を継続していますが、昨今では、様々な人から「最近、勉強会参加しているんですよねー」という話題もたまに聞くようになりました。

　下記は、最近聞き取り調査にご協力いただいたビジネスパーソンの方々、人事部の方々から得た語りをデータとした「勉強会に参加する理由」の分類です（Learning barにいらっしゃった方を対象にした聞き取りではありません）。

　きちんとした方法論に基づいて分類をしたわけではないのですが、だいたい、勉強会への参加の背景には、下記のような５つのニーズが存在するように思います。あくまで私見、言いたい放題です。でも、ビジネスパーソンのインタビューの中からは、社外勉強会に関する典型的な「５つの語り方」が抽出できます。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="0ekkyo_ron.gif" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/ekkyo_ron.gif" width="697" height="465" class="mt-image-none" style="" /></span>

　１．サバイブ
　２．キャリア
　３．ネットワーク
　４．ソーシャルアントレプルナー
　５．イノベーション

　もちろん、実際のビジネスパーソンのモティベーションは、これらのニーズが複雑に絡み合っていることはいうまでもありません。人が動く動因は、ひとつに限定できる訳ではありません。
　また、くどいようですが、あくまで、現段階では「仮説」です。実証研究は今年以降やります。きちんとした検証はあとでするから、慌てないでね、もう少しお時間をください。

　　▼

　リキッド化し、リスク化していく社会の中で、自分を、自分の仕事を、そして自分の家族の将来を、どのように描くのか。
　上記の人々の語りや、その背後にある潜在的ニーズからは、このような時代背景をもとにした、人々の「思惑」が見て取れます。

「社外の学びの場」は、「ユートピア」ではありません。勉強会ブームを煽るビジネス書やビジネス雑誌は、そこをパラダイスのように描きます。まるで、社外にでれば、すべての問題がキャッチオール（Catch all）で解決！のようです。しかし、僕はそのようには思いません。

　そこは「ひとつの色」によって塗り上げられた「パラダイス的世界」というよりは、多様な人々の思惑が交差する「玉虫色の、陰影のある場所」なのです。そして、そこは、主体性を発揮して出かける場所でもあり、主体性を発揮しているかのように追い込まれて出かける場所でもありえるということです。

　社外の勉強会に出かけている皆さん！
　あなたは、なぜ、社外勉強会に出かけるのですか？

　１．サバイブ
　２．キャリア
　３．ネットワーク
　４．ソーシャルアントレプルナー
　５．イノベーション
　
　　　▼

　いずれにしても、来年度は、このあたりのことを視野にいれて、職場学習論と社外の学びを架橋したいと考えています。

　---

後日談.
　このエントリーには、Twitter、メール含め、数十件のやりとりがなされました。Twitter上のやりとりは、@benkyou_kai さんが、まとめてくれました。ありがとうございます。下記をご参照ください。

<a href="http://togetter.com/li/7889">まとめ</a><br>http://togetter.com/li/7889

　---

●学びの認知科学辞典●
　・学び研究のフロンティア　「江戸の学び」から「ロボットの学び」まで
　・小生も末席で１章書いております　「企業における学び」

<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=nakaharalabne-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=4469012823" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>]]></description>
         <link>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/03/post_1657.html</link>
         <guid>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/03/post_1657.html</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Tue, 02 Mar 2010 10:06:04 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>研究室をいきいきさせる!?シンポジウム</title>
         <description><![CDATA[　「いきいき研究室増産プロジェクト」という団体があります。岡本絵莉さん、宮野公樹先生など、京都大学の方々（岡本さんは、現・東京大学大学院在学）が中心になってすすめているプロジェクトです。活動の目的は「国に『いきいき』した研究室を増やすこと」です。

<a href="http://www.ikiiki-lab.org/">いきいき研究室増産プロジェクト</a><br>http://www.ikiiki-lab.org/

　この団体が中心になって、東京大学で、「研究推進と人材育成のポジティブな関係を考えるフォーラム」が開催されます。

<a href="http://bit.ly/dbfKiS">研究推進と人材育成のポジティブな関係を考えるフォーラム</a><br>http://bit.ly/dbfKiS

　大学の主要な機能は、教育、研究です。そのうち、教育に関してはFDという活動がありますが、後者の活性化に関しては、あまり組織的な取り組みは少なかったように思います。
　研究室の運営が研究室外に閉じられており、そこを運営する主体は「一国一城の主」のようなメタファで語られる傾向があったからです。

　しかし、研究成果があがっている研究室と、そうでない研究室は歴然と存在します。そして、自戒をこめていいますが、研究室を運営するとは、非常に難しいことです。研究室を運営していると、いろいろなことが起こります。中には、悩みを抱えてしまう人もいないわけではないと思います。

　このフォーラムは、非常に面白い活動であると思いますし、社会的意義が高いと思います。
参加者は「理工系分野の大学教員60名」に限定されているようですが、オブザーブ席もあるようです。

<a href="http://bit.ly/dbfKiS">研究推進と人材育成のポジティブな関係を考えるフォーラム</a><br>http://bit.ly/dbfKiS]]></description>
         <link>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/02/post_1656.html</link>
         <guid>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/02/post_1656.html</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Sun, 28 Feb 2010 17:51:55 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>ウェブマガジン『ACROSS』に「サードプレイスコレクション2010」が掲載されました！</title>
         <description><![CDATA[　株式会社PARCOが運営しているウェブマガジン『ACROSS』に、先日、ワークショップ部の舘野君、牧村さん、安齋君がディレクションを行った「サードプレイスコレクション2010」の取材記事が掲載されたそうです。おめでとう＞ALL

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="0123 (260).jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/0123%20%28260%29.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="0123 (255).jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/0123%20%28255%29.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

<a href="http://www.web-across.com/todays/cnsa9a000005002s.html">サードプレイスコレクション2010 : ACROSS取材記事</a><br>http://www.web-across.com/todays/cnsa9a000005002s.html

<a href="http://utworkshop.jimdo.com/">ワークショップ部（詳細な報告があります！）</a><br>http://utworkshop.jimdo.com/

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="0123 (17).jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/0123%20%2817%29.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="0123 (83).jpg" src="http://www.nakahara-lab.net/blog/0123%20%2883%29.jpg" width="500" height="332" class="mt-image-none" style="" /></span>

　ACROSSとは、東京のモードやファッション、クリエィションを定点観測しているチームとして有名ですよね。ACROSSはこんなメディアだそうです。

　---

■『ＡＣＲＯＳＳ（アクロス）』は、１９７７年以来、東京の若者とファッションを観察・分析する研究チームが作成するメディアです。

■コンセプトは「ストリートファッション・マーケティング」。常に生活者、なかでも若者のリアルな姿を捉えることにこだわり、「ひと」×「モノ」×「街・場所」を複眼的に観察・分析しています。

■ターゲットは、東京のリアルなトレンドが知りたい「カルチャー・クリエイテイブ」な人たち。

　---

　ありがたいことですね。また嬉しいことですね。
　皆さん、ぜひ、ご覧いただければと思います。
　もちろん、様々な今後の課題を残した会でもありましたが、僕個人としては大きな可能性や手応えも感じました。

<a href="http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/02/2010_4.html">サードプレイスコレクション2010：中原のリフレクション</a><br>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/02/2010_4.html

　　　▼

　ともかく、、、これからは「人」が、何人たりとも妨げることのできぬ「人間の学び」が、時代をつくります。
　そして、それをけん引していくのは、彼らのような世代だと僕は思っています。

　　　▼

　Learning innovatorよ、街に出よ。
　志あるLearnerたちよ、街に出て、ともに笑おう。
　そうだ、君らが時代！、我らが時代！

<a href="http://www.web-across.com/todays/cnsa9a000005002s.html">サードプレイスコレクション2010</a><br>http://www.web-across.com/todays/cnsa9a000005002s.html]]></description>
         <link>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/02/across2010.html</link>
         <guid>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/02/across2010.html</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Fri, 26 Feb 2010 22:34:32 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>きれいな満月は見逃さなくなった</title>
         <description>　Twitter上の @maname さんの一言が印象的だ。Twitterを語るどんな書籍よりも、それは一言で本質を表現しているな、と思った。

　　▼

私が今まで見た中で一番好きなPostは、

「Twitterの何が面白いの？」
「面白いかどうかはさておき、きれいな満月は見逃さなくなった」

ですね。

Twitterらしさを最も的確に表現していると思う。

　　▼

　140字は饒舌である。</description>
         <link>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/02/post_1654.html</link>
         <guid>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/02/post_1654.html</guid>
         <category></category>
         <pubDate>Fri, 26 Feb 2010 07:44:13 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>東大ナビ：日々を知的に、愉しく、面白く！：学問・社会の最先端を、あなたの携帯電話とTwitterで！</title>
         <description><![CDATA[　東京大学では、皆さんのお手持ちの携帯電話に、学内で開催されるイベント情報を無料メルマガとして配信するサービス「東大ナビ」を一昨年より実施しています。

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         <category></category>
         <pubDate>Fri, 26 Feb 2010 00:33:30 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>最近、OJT（On the job training）が機能しないのはなぜか？</title>
         <description>　これまでにも、僕は、このブログでOJT（On the job training）のことを、いろいろな角度からお話ししてきました。お話してきたというか、なんとなく、ぼやいてきた（笑）。ちゃんとお話はしてないねー、いつもだけどねー。思ったことを思ったままに口にしてきました。
　で、今日は、OJTに関して、巷でよく聞かれる、この台詞について、検討してみることにしましょう。

　その台詞とは、

「昔はきちんとOJTが意図的に設計されていたのに、最近、それが機能しなくなってきたよねー」

　というこれです、おくさん、ちょっと聞いて。
　この台詞、皆さんも、きっと、これまで、様々な場所で、耳にしたことがあるのではないでしょうか。

　経験的には、上記の「OJT機能不全の嘆き節」は、主に、人材育成の担当者の方、ラインのマネジャーの方から発せられることが多いような気がします。
　しかし、それが「なぜか」は、あまり語られることがありません、奇妙なことに、不思議なことに。
　OJT指南書と言われる本には、グローバル化だのなんだの、成果主義が何だのかんだの、もっともらしい「枕詞」がならび、ごにょごにょごにょと、その理由については、お茶を濁されます（笑）。
　今日は、この問題について、考えてみましょう。ベースになるフレームワークは、一部、加登（2008）を参考にしています。適宜、それを引用しつつ、議論をすすめましょう。

　　▼

　結論を一言でいうと、日本の企業におけるOJTとは、

「OJTとは直接関係がないさまざまな諸条件が重なって、たまたま、うまくいっていただけで、そこには、意図的な設計はなかったのではないかな」

　ということです。
　つまり、OJTがうまく機能する条件がたまたまそろっていた。そういっちゃ、身もふたもないのですが、僕は、そう思うんですね。悪いんだけど。

　その諸条件は何か、というと下記のとおりです。

1)職場が村落共同体を継承していたこと
2)終身雇用が存在しており、長期間の雇用が可能だったこと
3)職能制度賃金の報償システムによって右肩上がりの収入が確保されており、モティベーションを確保することが容易だったこと
4)しかも、継承するべき技術が、世の中の環境変化に対して比較的ロバストなものだったこと
5)何よりも、OJTという概念が曖昧で、ともすれば、職場で起こる教育的活動に、容易にOJTというラベリングがなされがちであったこと

　これらの諸条件が、「意図せざる整合性（加登 2008）」を発揮し、結果として、「OJTが機能していたと、みんなが、認知できる状態を生み出していた」ということです。
　重要なことは、会社がOJTを意図的に設計したというのではなく、むしろ、「結果としてなぜかうまく回っていた、と見えていた」ということですね。

　　▼

　要するにこういうことです。

　まず、日本企業のOJTということになりますと、なんといっても、高度経済成長期の製造業です。当時、地方にある工場では、村落共同体の人員構成員が、そのまま工場の職場構成員になるような事態がまま見受けられました。要するに、上司も村の人なら、部下も村の若い衆。職場がそのまま村落共同体を意味していたところが少なくなかったのです。
（こうやって製造業に話を限定すると、サービス業のホワイトカラーにはOJTは機能していたのか、という問題は残ります。ちなみに数少ないOJT研究の中心は、そのほとんどがブルーカラー、製造業のそれです）

　すると、どういうことがおこるか。つまり、「村」の共同体の構成原理が職場にそのまま引き継がれることになります。会社側が、「OJTを設計する明確な意図」をもたなくても、その共同体の仕組みや原理を職場に引き継ぐことができた、ということですね。

　正統的周辺参加や実践共同体の議論にもあるように、共同体には古参者がいて、そこに中堅の人や、新参者がいます。そして、新参者が共同体に参入してくるときには、彼がいつの日か共同体の中心的メンバーになりうるように、適切な仕事が配分されますし、適切なメンタリングが実行されます。

　既に機能している共同体には、新人を育成する様々な「仕掛け」が暗黙のうちにビルトインされています。
　新参者の引き起こすエラーが局所的なエラーに限局され、全体の活動がブレークダウンしないような仕事の割り振り、そして、彼に対するサポートの仕組みが、暗黙のうちにビルトインされているのです。そして、そこに参加することをとおして、つまりは、共同体が用意した「熟達化のための道筋」を、当たり前のようにたどることで、新参者は古参者に向けての熟達化を果たします。
　会社は、この「共同体の原理」を、なかば、そのまま「ごっそり輸入すること（ペチること）」で、これを利用して、熟達化を促すことができました。

　しかし、単に村落共同体の仕組みを継承するだけでは、新参者が熟達者になることを促すことは不可能です。
　ここには、２つの条件が揃うことが重要です。それが、長期間の熟達期間を確保することと、新参者のモティベーションを確保することです。

　つまりこういうことですね、
　誤解を恐れずはっきりいいますが、わたしの認識に関する限り、

　「OJTというのは、トレーニングではなく、仕事そのもの」

　です。
　それが証拠に、「あとはOJTで！」と現場の人がいわれたときには、それは「あとは適当に仕事をさせときゃいいのね」と真っ先に思うはずです。

　ただし、それが「教育的機能を発揮する一瞬」というのがあります。それは、新参者が仕事をする中で、試行錯誤したり、危なっかしい瞬間があったとき、あるいは失敗をしたとき、その「一瞬」です。そういうときこそ、「教えがもっとも効果を発揮する一瞬」ですね。これをPedagogical moment（教育的瞬間）といったりします。中にはTeachable moment（教授可能な瞬間）という場合もあるようです。

　学びとは、つねに、in situ、つまりは状況に埋め込まれて生起するものです。要するに、その瞬間に、上位者は、「どれどれ、あー、やらかしちゃったのね、あんたのやらかした、これはこういうことなんだよ」と指導をしたりすることができるのですね。

　この仕組み、非常にドラマティックに見えますけど、実は、教育の視点からいうと、これはものすごく効率の悪い仕組みです。効率が悪いとは言い過ぎかもしれません。むしろ、熟達までにひじょうに長い時間がかかるということです。それを効率悪いっていうんだよな、、、いいのか、それで（笑）。

　ある一定の職務遂行能力を学習者が獲得するためには、Pedagogical Momentが連鎖して生起することが必要です。Pedagogical momentはそんなにしょっちゅうあるわけではないですから、畢竟、熟達化まで非常に長い時間がかかるということですね。その意味で、効率が悪い。

　なぜなら、教育（他者の学習を組織化すること）が成立するためには、Pedagogical momentがくることを長い間、享受者も学習者も「待つ」必要があるからです。
　「待つ」だけではありません。Pedagogical momentに教授者と学習者がともに居合わせるだけではなく、教授者がその瞬間を見抜き、さらに適切な支援を与え、学習者はそれを喜んで引き受けなければならないのです。そういう諸条件が成立してはじめてpedagogical momentが意味をなします。

　つまり、それとは逆の事態も、容易におこりうるということですね。
　仕事をしていく中で、このことを新参者に伝えたい、と願う一瞬があったとしても、その一瞬に新参者と教授者が、その場に居合わせなければ意味がありません。
　また、この瞬間に、教授者が伝えたいと思うことであっても、学習者に学習の構えが成立していなければ、それは成立しません。そういうときには、Pedagogical momentは、全く生きません。

　ということは、Pedagogical momentを、ある一定数以上、学習者が経験するまで、学習者は長期に継続して雇用されていなければならないはずです。そして、これを支えたのが、「終身雇用」という仕組みではなかったか、ということです。

　それでは、次に学習者のモティベーションは何によって確保されたでしょうか。
　上位者のもとでの長い間の下積み期間を耐えるためには、それを可能にするモティベーション維持の仕組みが必要です。
　当時の日本企業では、職能資格制度による報酬システムが機能していました。この仕組みは、結果として、安定的に右肩上がりの給与を保証することができましたし、いつかは、誰もが中堅や古参者のような立場になれることを夢見させるのに、非常に有効でした。
　つまり、「今は、こうだけど、いつかは、あーなれる」という「見通しの明るさ」、そして、日々給与が上昇していくという外発的動機づけによって、人は、厳しい下積み事態を耐えられたのではないか、と推測できます。

　最後に、何よりも重要なことが二つあります。先ほど4)と5)であげたことです。

　第一に、OJTで相続される内容というのは、基本的には前の世代が所持しているスキルや知識です。前の世代が有しているものを伝達することで、業務が達成できる、ということが前提になります。
　前の世代は所持していないけれど、でも、今の世代にとって必要な知識やスキルは、OJTでは伝達することは難しいということです。これは当たり前のことですが、結構、見落とされています。

　また、

　OJTをしているのに、コミュニケーション能力のある社員が育たない
　OJTをしているのに、リーダーシップをきれる社員が育たない

　こういうことをたまに耳にします。しかし、そもそもポストモダン型能力といわれるものが（高度経済成長期以降に重要だと思われ始めた、標準テストで計測できない能力）が、OJTで育成できるものなのかについては、再考の余地があると思います（上の社員にコミュニケーション能力やリーダーシップがないといいたいわけではありません）。

　OJTの中心となった高度経済成長時代の製造業に関しては、そもそも伝達される知識が、時代の変化にあまり左右されないロバストなものであった、というのが重要なところです。

　第二に、OJTという概念が、そもそも「曖昧」なものだったことが、ひじょうに重要です。なぜ、意図的に設計されていないOJTという制度が、なぜか「機能しているか」のように「見えた」のか。多くの人々が、それを「認知」したと錯覚してしまうのか。それは、OJTという言葉の定義の曖昧さに起因します。

　職場で様々な人々が仕事をしていれば、そこには当然、スキル差や知識差が存在します。仕事をしていれば、教育的瞬間がおとずれることもあるでしょう。

　制度や仕組みとしては意図的には設計されていないのにもかかわらず、あたかも、OJTが機能しているかのように錯覚してしまいがちなのは、OJTという概念が曖昧で、とらえどころのないものであったからだと推察されます。

　つまり、職場で誰かが何かを教える瞬間は、いつでもと言わずとも頻繁に目にするでしょう。その瞬間に、「これって、OJTだよね」「やっぱり、うちの会社ってOJTあったよね」とラベリングが可能であったということが、最大の要因かもしれません。なぜなら、OJTの定義が曖昧であったから。


　じゃあ、ここで、皆さんに問題です。
　
　OJTってなんですか？　１００字以内で答えてください。
　
　　　・
　　　・
　　　・
　　　・
　　　・
　　　・

　はい、どうでしたか？　皆さんの中のOJTの定義はどのようなものでしょうか？
　実は、この答え、千差万別なのですよ。
　皆さん、職場でもやってみてください。

　実は、このことに気づいたのはヒアリングの最中です。２００５年からこれまで、僕はたぶん１００名を超える現場のマネジャーや若手にインタビューを繰り返してきたと思います。そのヒアリングを通していつも思うことは、OJTの定義は、人によって異なっているということです。
　ある人は「仕事をさせること」をOJTとよびます。ある人は「仕事を教えること」をOJTとよびます。
　つまり、OJTの定義は曖昧であることが起因して、何となく「教育的なこと」が職場でおこると、それは、OJTというカテゴリーでラベリングされてしまう可能性があるということです。OJTであろうと、なかろうと、それが意図的であろうと、非意図的であろうと、、職場で起こる「教育的なもの」は、すべてOJTでキャッチオールということです。

　　▼

　かくして、様々な諸条件が「意図せざる整合性」をもち、結果として、「昔は、きちんとOJTが意図的に設計されていて、それが機能していた」という認知を皆がもつようになりました。

　そして、

1)産業構造の転換により工場労働者が村落共同体を継承しなくなったこと
2)終身雇用の崩壊
3)職能資格制度の見直し
4)高度情報化社会の進展によって前の世代が持っている知識の価値が必ずしもいつも高いわけではなくなったこと

　によって、その事態に暗雲が立ち込めます。

　「昔はきちんとOJTが意図的に設計されていたのに、最近、それが機能しなくなってきたよねー」という言説が誕生することになったのだと、僕は思います。

　　▼

　皆さんの会社に、OJTは意図をもって実施されていたのでしょうか？
　それは、かつては、機能していたのでしょうか？
　そして、今、皆さんの会社のOJTは機能しているのでしょうか？

　さらにいうのであれば、時代、ビジネス環境は急激に変化しています。
　いまや人事システムも、かつてのそれとはまったく異なっています。
　そのような中で、

　本当に、今の時代に本当にOJTを復活させることが「望ましいこと」なのでしょうか？
　もし仮に、それが「望ましいこと」なのだとした場合、それを意図的にデザインすることは可能なのでしょうか？

　もし、今の時代に必要なものは、OJTではないのだとしたら、
　どのようなLearningのかたちが、今、必要になっているのでしょうか？
　
　皆さんは、どう思われますか？

　　▼

　世には、OJTソリューションを提供するというサービスが増えているそうです。
　それは、それで非常に社会的意義の深いことなのですが、ここでは、敢えて、問います。

　そのサービスが「ソリューション」という名前を冠するからには、当然、上記のOJT機能不全の理由に対するケアや目配りなされているのでしょうか。もちろん、上記がOJT機能不全の理由のすべてではないにせよ、その可能性がまったくないわけではないように思います。それに対する配慮はなされているのでしょうか。雇用システムや給与システムをいじることは難しいにせよ、「長期間の学習期間をどのように確保するのか」「モティベーションをいかに維持するのか」といった問題に関して、せめて「目配り」がなされることが重要ではないか、と思います。

　もし仮に、もし、そうしたことがらにケア、目配り、配慮が全くなされていない場合、そこには再考の余地が残るのかもしれません。
　「かつてのOJT」を「所与」のものと考え、新人のOJTを可能にするためのOJT指導員の研修、OJT指導員を動きやすくするためのマネジャー研修、といった具合の「無限遡及的な教育的介入」を繰り返すことが、OJTルネサンスを実現する本当のソリューションなのでしょうか。
　仮に、もし、OJTをルネッサンスしたいのならば、その機能不全の真の理由に迫る必要があるように思うのは、僕だけでしょうか。

　もし、本当にOJTをルネサンスしたいのであれば、われわれになし得ることはなんでしょうか？

　これらは、実は、深い問いのような気がします。

　いずれにしても、ＯＪＴは日本企業の「お家芸」と言われてきました。僕自身も、ある時代、日本企業の「強さ」を支えていた、その教育的回遊のパワフルさ、非常に感服しています。
　しかし、だからこそ、もう一度、根本に立ち戻って考えなおす必要があるように、僕は、思います。
　くどいようですが、もう一度問います。

　最近、OJTが機能しないのはなぜですか？</description>
         <link>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/02/ojtxtute.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Wed, 24 Feb 2010 22:16:58 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>ある日突然、学費が１００万円あがったとしたら：堤未果著「貧困大国アメリカ２」を読んだ！</title>
         <description><![CDATA[「もうこれ以上、我慢ができません。学費を払うために、すでに仕事を３つ掛け持ちしているのです。さらに年間１万ドル（１００万円）の値上げだなんて、絶対に無理です」

「学校側は５億３５００万ドルの財政赤字を埋めるためだといって、教員２０００人の解雇と授業数の削減をするつもりでいるんです。すでに教員の給与は半額にされているのに」

　▼

　堤未果著「貧困大国アメリカ２」（岩波新書）を読んだ。

<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=nakaharalabne-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=4004312256" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>

　新自由主義の思想のもと、企業と政府が癒着するといった、いわゆるコーポラティズムが進行し、教育・社会福祉・医療といった部分に、壊滅的な打撃が加えられ、中流家庭が苦しむ、米国の様子が描かれている。数年前に出版された「貧困大国アメリカ」の続編である。

　新自由主義とは、鈴木（２００９）を参考にすれば、

１）市場原理主義（市場に任せれば万事うまくいくという考え）
２）企業中心主義（雇用の流動化・雇用の調整をすすめ、株主と経営者への価値を最大化する経営を行う）
３）反福祉国家（福祉は国へのたかりを生むので削減する）
４）グローバル化（市場原理主義を他の国にもすすめる考え）

　などを特徴としてもつ考えだという。僕としては、これに５）自己選択・自己決定・自己責任論（すべての社会的不利益・利益は、自己選択・自己決定・自己責任の果てに怒っているとする考え）を加えて、それとしたい。

　もちろん、本書で描かれている内容が、どの程度、全体を表しているのか、僕は専門ではないので判断しかねる。著者はリベラリストの立場から、ジャーナリストとしての筆致で、この書籍を執筆しているので、違った見方や表現もあることだろう。この点に関しては、メディアリテラシーの観点から、本書を批判的に読み解く必要があると思う。
　しかし、その可能性を差し引いたとしても、本書の問題提起は大きい。とても、人ごととは思えないショッキングな内容に、正直に言葉を失った。以下、本書を適宜引用しつつ、紹介する。

　▼

　例えば、教育では、大学の学費が取り上げられている。
　１９９０年以降、米国の大学の学費は年々上昇し、毎年５％から１０％の上昇をみせている。例えば、アメリカ国内の大学生の７６％が通う公立大学に関しては、１９９５年と２００５年比較で、５９％の上昇が認められる、という。
　この背景には、１）新自由主義のもと、公教育に対する政府支出が大幅に引き下げられたこと、２）競争的資金を獲得するため、著名な大学教員の引き抜きが行われていること、などがある。

　一方、マイノリティ、中流家庭が進学の際に頼りにしていた公的奨学金は、段階的に縮小しつづけた。現在、授業料の３３％しかカバーできていない状況である。
　かつて言われていた「米国には奨学金制度が充実している」という我々のイメージは、決して、十分に機能している状況とはいえない。

　かわりに出てきたのが、民間株式会社の提供する「学資ローン」だった。
「教育は社会のために存在するのではなく、個人のためであるから、自己負担せよ」という新自由主義の思想に後押しされ、１９８０年から、学資ローンは急拡大する。もともとは国が運営していたものが、民営化され、サービスが急拡大した。しかし、これが問題の発端である。

　学資ローンの利率は、年率２０％弱のところもあるという。

「わたしが学生だった頃、通っていた州立大学の学費は無料でした。今、UCに行ったわたしの娘と息子は、それぞれ４万ドル以上の学資ローンを抱えています。１８％というクレジットカード並みの利息でね」

　決して、低いとは言えない利率なのに、「大学教育を受ければよい仕事が見つかる」というアメリカンドリームに魅せられた中流家庭、若年層は、何のためらいもなく、契約書にサインをする。
　メタフォリカルに言うのならば、彼らの眼前には「契約書」は見えていない。眼前には、大学教育を受けたあとに待っている「成功の夢」が広がっている。

　しかし、多くの人々が抱くアメリカンドリームは、泡沫（うたかた）に消える。リーマンショック後、大学教育を受けても、決して、よい仕事につけるわけではない。さほど年収が高くない職業にしかつけなかった場合、高いインフレ率、高い借金の利率によって、すぐに生活は困窮する。

　しかし、この学資ローンは、度重なる法律の改定によって、１）借り換えはできない、２）自己破産における借金の残高免責もない、３）消費者保護法の範疇にもはいっていない。　　　
　高い利率のもとで、一度でも返済ができなかった場合は、全額返済を迫られ、追いつめられていく。
　支払い猶予の申請をたらい回しにされたあげく、１日に何度も何度も矢のような借金の催促が債務者をおそう。預金を差し押さえられ、カードをとりあげられる。クレジットカードがIDとして機能するアメリカにおいて、カードがなくなることほど重大なことはない。あとは、滑り台を転げ落ちるように、社会の最下層に転じる。
　アメリカ教育省のデータによると、現在不良債権化した学資ローンの数は全米で約５００万件。金額に換算すると、総額４００億ドル（４兆円！）だという。
　一言でいおう。
　これは、要するに「教育版サブプライム問題」なのだ。

　本来、教育機会の平等をうたって設立された制度が、逆機能をはたし、国の教育予算を減らし、それが大学の学費を押し上げ、人々を苦しめていくことに加担する。

　▼

　これは現段階では、「海の向こう」のことである。
　しかし、あらゆる物事がそうであるように、米国の今は、日本の未来につながる可能性が高いように感じる。事実、本邦においても、家庭の経済状況によって、大学教育の進学に不平等や不平等が生じている状況は、かつてから指摘されている。

　日本も中曽根政権以降、新自由主義的な制度改革、政策立案がなされている。この国の大学や大学生をとりまく状況は、今後、どのようになっているのか、、、正直に僕は不安を感じた。

　　▼　

「もうこれ以上、我慢ができません。学費を払うために、すでに仕事を３つ掛け持ちしているのです。さらに年間１万ドル（１００万円）の値上げだなんて、絶対に無理です」
(p12)

「（中略）学校側は５億３５００万ドルの財政赤字を埋めるためだといって、教員２０００人の解雇と授業数の削減をするつもりでいるんです。すでに教員の給与は半額にされているのに」
（p12）

　冒頭で紹介したのは、２００９年１１月２３日　学費値上げに反対する数千人の学生・教員でキャンパスがロックアウトした　UCバークリー校の学生と教員たちの「叫び声」、否、「悲鳴」である。
　ちなみに、民間学資ローンのCEOが手にした２００５年の年収は、４億５０００万ドル（４５０億円）であった。]]></description>
         <link>http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/02/post_1655.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Mon, 22 Feb 2010 07:51:35 +0900</pubDate>
      </item>
      
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