ブログのアクセス数を増やす:地味ログのススメ
「中原さん、ブログでアクセス数を伸ばすにはどーすりゃいいんですか」
ある学生さんに聞かれました。
うーん、これは難しい問いだね。オラ、悩んじゃう。つーか、これがわかんだったら、専門のコンサルとしてメシ食えんじゃねーの。
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僕はWebで日記をつけて8年になります。
「オマエ、暇だなー」
と言われそうだけど、そうだね、暇なのかもね(笑)。でも、その経験からいうと、唯一正しいだろうな、と思う答えは、「自分の言葉で、地道に、地味に、書き続けること」かな、と思います。
「なんじゃ、その月並みな答えは。さんざんジラシて、それが答えかい」
と怒られそうだけど、しゃーねーだろ、それしかないと思うんだよね。地味にさ、地道にさ。
「自分が最も快いと思う言葉」で、時には難しく、今日は疲れたなーと思う日は、しょーもないことを書き殴る。少なくとも商用ベースのブログじゃないんだったら、唯一正しい答えは、それしかないんじゃない、と思います。
「まー、アクセス数ねらって書いてるわけじゃねーしな、見たい人はみてちょ」くらいの「適当さ」「いい加減さ」が必要ではないでしょうか。
カッコつけてると、疲れちまうぜ。世にいいますね、「90%のブログは3ヶ月以内で終わる」と。絶対無理すると、そーなんのよ。
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そりゃ、いくつかテクニックはあります。
たとえばね、今、僕のブログは最高で1日1万人、平均6000人の人が毎日見てくれています。でも、タイトルの付け方によって、同じ事を書いていても、全然アクセス数が違います。プラスマイナス20%は違うのではないでしょうか、感覚的には。
コツは、文学理論でいうと、ロシアフォルマリズムの「異化」でしょうか。異化とは、「あたりまえのものを見慣れないものにすること」。それが文学の本質なのですね。
例えば、下記のような感じ。アクセス数があがるタイトルと、ダメなものをあげてみましょう。
手術を受けにバケーションでタイに行って来ます? (○)
メディカルツーリズム (×)
肉が焼けるのも待てない日本人 (○)
日本人のマナー違反(×)
この差、わかりますでしょうか。どちらのタイトルでも、同じ内容をかけるけどさ。なんか、ちょっと上の方が「なんじゃこりゃ度」が高くって、「読みたい度」がそれに連動してあがりませんか?
このタイトルの工夫だけで、20%はアクセス数が違います。いや、ホントだって。
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次はね、タイミングってのが重要です。
たとえば、今日、「功名が辻」をやりますね。あなたが番組を見て、感想をblogに核のなら、その番組が終わってすぐがいいでしょう。それから数時間のうちに、功名が辻をネットで検索する人が増えます。
まぁ、あとは、SEO(Site Engine Optimization)とか、いろいろテクニックがあるのですが、僕はあまり意識していません。
あのね、「テクニックは所詮ドーピングみたいなものです」。ドーピングよ、ドーピング。
たとえば、何度も何度も、タイトルに奇をてらっていると、だんだん、飽きてくるのね。
「またコイツ、こんなすかしたタイトルつけやがって・・・ちっ、またおもしろくねーじゃねーか」
って感じでさ、それに慣れちゃうんです(オレのブログのことか)。だから、一時的にはアクセス数があがるのだけれども、長続きはしないのではないでしょうか。
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つーことで、ブログは地味に、だけど毎日更新。「地味ログ」がいいんじゃないかな、と思います。まぁ、他にもいろいろテクあんのかもしれないけれど。もしどなたかコツがあったら、教えて下さい。
投稿者 jun : 2006年10月31日 22:32 | トラックバック
手術を受けにバケーションでタイに行って来ます?
10月28日の東洋経済では、「ニッポンの医者と病院」という特集を組んでいた。この国の医療の問題点を非常にわかりやすいかたちで教えてくれたので、興味深く読むことができた。
特に、その中で印象的だった「メディカルツーリズム」の話。要するに、「医療費の安いタイやインドに行って、最先端の医療をリーゾナブルな価格で受けてしまおうこと」である。
特にタイは「アジアの医療ハブ」をめざしており、「アメリカや日本はドクター・ファーストだが、タイはペイシェント・ファーストである」と嘯いている人もいるとのことであった。
今日、いつものようにblogをチェックしていたら、下記の記事を興味深くよんだ。こちらでは「メディカルバケーション」とよんでいるらしい。
手術と観光の合体:メディカルバケーション
http://www.chikawatanabe.com/blog/2006/10/post_9.html
かくして「医療のボーダーレス化」「医療のオフショアリング」は、止めどもないスピードで進んでいく。僕なんかは、そこで受けられる医療の質が、かなり気になるけど・・・。安かろう、悪かろう、じゃ困るよなぁ。
ちなみに、Newsweek(ニュースウィーク)の最新刊は、「世界の最先端医療」だった(僕は一週間に十数冊の雑誌は目を通す)。「日本では複雑で長期間にわたる治見があるため、使えない薬、医療器具がこんなにもあるよ」という記事。
ニュースウィーク
http://www.newsweekjapan.hankyu-com.co.jp/
米国の医療は、やはり世界で最先端を走っている。富裕層は海外なんかにでなくても、米国で最先端の医療を受ければよい。ここでも格差が生まれているのだろうか。
以上の医療の問題、僕は専門ではないので、詳しいことはわからない。このblogは、専門の先生方も見ていらっしゃるかと思います。よろしければ、教えて下さい。
でも、少なからず言えることは、医療の世界は、教育の世界よりもずっと早くに、「市場化」「ボーダーレス化」「二極化」「グローバル化」に突入している。それによって、僕たちはどの程度、今よりも「幸福」になれるんだろうか
・・・本当に幸せになれるんでしょうか・・・。
重い問いだよなぁ。
投稿者 jun : 2006年10月31日 06:00 | トラックバック
Mixiの研究:若人に愛の手を
僕の研究室で、UT OCWの仕事をしている学生スタッフの富田君が、アンケートにお答えいただける方を募集しております。Mixi、ソーシャルネットワーキングサービスに関する研究です。
はじめはみんな初学者だった。被験者集めに苦労したこともあるでしょう。
若人に愛の手を!
ちなみに、下記は転送自由です。なにとぞよろしくお願いいたします。
LLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLL
【mixiをご利用の方にお願いがあります】
東京大学社会心理学研究室の
富田と申します。
私はインターネット上における人々の行動に
ついて研究いたしております。
SNSをテーマにして、
卒業論文を執筆する予定です。
MixiなどのSNSをどのように利用しているか、
またSNSを通じて他の人とどのように
コミュニケーションをしているか
について調べたいと考えております。
論文を書くにあたり、
実際にmixiを利用している方の
お考えをお伺いいたしまして、
それを論文の骨子としたいと
考えております。
お忙しいとは存じますが、
mixiユーザーの方で
アンケートに参加してもよいと
お考えの方がいらっしゃれば、
東京大学文学部
行動文化学科社会心理学専修課程 4年
富田克人
l54216@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
にその旨のメールを
お寄せくださいませんでしょうか?
メールをいただき次第、そのアドレスに
wordでアンケートを添付して、
e-mailを送信いたします。
(皆様のe-mailアドレスは調査の全計画が
終了次第、研究者の手元から破棄されます)
形式は選択式で、かかる時間は
15分くらいです。
締め切りは11月5日となっております。
(皆さまのご回答は、集計の上、
統計的に処理されますので、
お一人お一人のお答えやプライバシーに
関する情報が外部にもれるといったことは
一切ございません。
アンケートの結果が学術目的以外で
用いられることも一切ございません。
調査結果は調査協力者の方でご希望の方に
対してメールでご報告させていただく
予定です。)
お手数をおかけいたしますが、
ご協力よろしくお願い致します。
*尚、このアンケートは
ソーシャル・ネットワーキングサイトmixi
とは一切関係がございません。
東京大学文学部
行動文化学科社会心理学専修課程 4年
富田克人
担当教官:池田謙一
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投稿者 jun : 2006年10月30日 22:51 | コメント (1) | トラックバック
飛行機は通路側に限る
飛行機の座席は通路側にかぎる。
東京への飛行機、3席並びの真ん中の席になった。いつもは通路側をお願いしているのだけれど、席とれず。嫌な予感。
予感的中。僕の右隣のおねえさんが、いきなり、ゲ○を吐いた。のる前から、なんか、気分悪かったらしい。
「すみません、すみません」と申し訳なさそうに言っている。確かに揺れたからなぁ。同情する。が、謝るのはもういいから、袋をちゃんと持っていてくれ。
飛行機は無情にもなおも上昇中。かなり揺れている。シートベルト着用のサインが点灯中なので、どうすることもできない。
追い打ちをかけて、僕の左隣の高校生の男の子が「もらいゲ○」。
オマエ、小学生じゃないんだから、耐えろよ、バカヤロー。ただでさえ、キツイのに、男のオマエが「もらいゲ○」してどーする。女性には同情するが、わたくし、野郎には容赦ない。
リャンメン・ゲ○攻撃の中、真ん中の席で僕はひとり耐える。オイニー、キツい。この体、朽ち果てそうになる。
これだから、真ん中はイヤだ。
飛行機は通路側に限るぜ。
投稿者 jun : 2006年10月30日 08:47 | コメント (2) | トラックバック
右肩下がりの日本の教育予算?
林さん@東京大学大学院M0(エムゼロ・来年、修士課程に進学する方のこと)が、日本の教育予算をグラフ化なさっている。
減っていく日本の教育予算
http://rin.typepad.jp/edu/2006/10/post_513c.html
ここ数年のあいだに、日本の教育予算が減少していることが一目瞭然である。
もちろん林さんも述べているように、「教育問題の噴出」と「予算削減」を安易に因果関係で結ぶことには禁欲的にならなければならないことは当然のことである。
が、このように減少している理由はどのようなところにあるのか、は興味深い。専門でないので、僕は知らない。少子化のせい? 義務教育費国庫負担金の削減のせい? 教育行政学、教育経済が専門の方にぜひ、お聞きしたいところではある。
ちなみに、同僚の両角先生にお聞きした情報によると、フィンランドは、初等教育、中等教育、高等教育の3つの教育段階のうちで、とくに中等教育段階にかなりお金をかけているのだそうだ。「フィンランドの教育予算は、右肩あがり」という情報にプラスして考えると、モシロイ結果がえられるかも?
いやー、教育にはお金がかかる。
投稿者 jun : 2006年10月29日 18:53 | トラックバック
ピアノの思い出
北海道の実家にいる。
実家にはいろいろと懐かしいものがあり、ここだけ時間が止まっているような感覚に、時に襲われる。
実際はもちろん錯覚だ。両親の頭髪は、久方ぶりに逢うたびに、白い模様を変えている。時間が止まっていることは、断じてない。
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リビングにあるピアノに触れてみる。今から25年前に両親が僕のために買ってくれたピアノだ。蓋をあけたら、少し埃の匂いがした。
ポンと鍵盤をはじく。ピアノから音がもれた。「ドの鍵盤」から、「ドの音」がでてればいいのだけれども、もう使う人間のいなくなったピアノからは、少しだけ低い音がでた。
きっと、僕が家をでて、おそらく十数年、調律をしていないんだろうと思う。もうこの家に、ピアノを弾く人は誰もいない。たまに帰ってくる子どもが、懐かしがって鍵盤をはじくくらいだ。
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ちょっと弾いてみるか、と腰をあげた。こんなに鍵盤って重かったんだなぁとあらためて思った。重い鍵盤に運指はぎこちなく。両手は強張って、もうどうにもならない。
まぁ、僕はピアニストではない。メロディだけでもいいだろう。好きな曲を、いい加減に弾いてみた。
シューベルト・セレナーデ
http://www.piano.or.jp/enc/audio/izumi/sbrt_srnd.m3u
ベートーベン・月光
http://homepage2.nifty.com/sakura-classic/midi-data/beethove/op27-2-1.mid
ショパン・ノクターン1番 OP.9-1
http://aqua.oheya.jp/mu/html/1.html
どれも思い出深い曲だ。その曲を弾いたときのこと、自分がそのとき何をしていたか、それにまつわる思い出が、走馬燈のように脳裏をかけめぐる。「音」は強力な記憶のクエリーであるようだ。
かつて、晴れた日に窓をあけて、ピアノをひくことが好きだった。僕は「譜面を読んでそのとおり弾くこと」、つまりは練習が嫌いだったので、あんまりうまくはなれなかったけれども、まぁ、思いついたときに、好きな調子で、自由気ままに弾いていた。
ここが田舎だからだろうか、ピアノを弾く男の子が珍しく、「ピアノをひくなんて、オマエは女みてーだ」と囃し立てられたこともあった。うるせー、ボケナス。
練習があまり好きではなかったので、何度かやめようと思ったこともあった。「僕、ピアノをやめたい」・・・そう言ったときの両親の悲しい顔が、まだ忘れられない・・・・今になって考えたら、ローンが残っていたからかな(笑)
ともかく、今となっては、ピアノをやっていて、本当によかったと思っている。
---
先日、ある人から「もう一度、ピアノをはじめた」と話をうかがった。仕事の忙しい合間をぬって、何とかかんとか練習をしているんだという。そういえば、僕の学部時代の指導教官は、定年間近でフルートをはじめた。早朝、彼の研究室からは、フルートの音が響いていた。そういう人は少なくないんだろう。
---
僕も、もう一度、やってみようかな・・・と少しだけ考えた。
できるかな。
いや、辛いかな・・・。
どうかな・・・
答えはペンディング。
とりあえず、明日、東京に戻る。
投稿者 jun : 2006年10月28日 23:50 | コメント (2) | トラックバック
フィンランドの教育の秘密
関さんの「そよ風」というブログに、「世界一の高い学力と学習意欲を誇るフィンランドの教育」という講演の抄録がのっていた。勉強になったので、下記引用させていただきます。
そよ風
http://seki-kouichi.cocolog-nifty.com/
---
◆学校での日常生活が子どもたちの学習と快適さをサポート
・インタラクティブで協力的な作業方法:パートナーシップという考え方
◆地域格差のない教育
・学校ごとの成績格差はわずか5%
・数学的リテラシーは全国で同一レベル
・フィンランドの好成績は、出来のよくない生徒が高い成績であることによる
(上記、blogより一部を引用)
---
標準テストの好成績から一躍注目されるようになったフィンランド。教育規模も制度も違うフィンランドの教育現場の手法を、そのまま日本に適用することはできぬものの、上記の指摘はなるほど、と思った。
個人的には、特に「出来のよくない生徒が高い成績を維持できるのは」なぜか、ということに興味がある。もし、それに教育の技術・手法が少なからず役にたっているとするならば、それは「・インタラクティブで協力的な作業方法:パートナーシップという考え方」にあるのではないだろうか、と考えてみた。もちろん、これはジャスト・仮説。日本の授業だって、小学校段階では、相当インタラクティブでコアポレィティヴである(米国授業との比較研究がある)。本当のところは検証する必要がある。
それにしても、関さんがフィンランドの成功の秘訣としてかかげているポイントに、「職業としても尊敬される教師という立場」がある、のは全くの同感だ。いわれのない批判、肥大化する保護者の欲望に迫られては、ディグニティをともなった指導は難しくなると思う。
投稿者 jun : 2006年10月28日 08:12 | コメント (4) | トラックバック
新庄と落合:なぜ僕は彼らが好きなのか?
ふだんは野球を見る機会が少ないのですけれども、なぜか、日本ハムの優勝はとても嬉しいです。それは、僕が、たまに「新庄」に似ていると言われるせいでしょうか(ファンの方は怒るかもしれないのですが、3日に1回はそう言われます・・・似てるか?・・・ごめんなさい)、それとも、僕が北海道で生まれたせいでしょうか。とにかく、なんだか「理由のない親近感」を感じるのです。
思うに、新庄選手は、「見せ方」を意識した最初の野球選手であるように思います。一般に、野球選手のイメージといえば、誠実、実直という感じで、「見せ方」「演出」という言葉、イメージからはほど遠い。しかし、彼は違った。徹底的に「見せ方」にこだわりました。そこが、僕にとっては魅力的です。いいねー。
考えてみると、僕が好きな野球選手っていうのは「変な人」です。僕が好きなのは決して、「王」「長島」ではありません。「変な人」というと語弊がありますね。「オリジナリティのある人」です。
「新庄」をのぞいて、僕が、今まで一番好きだった選手は「落合」です。新庄選手が「見せ方」にこだわった選手であったのなら、落合がこだわったのは「報酬」だったように思います。落合は、野球選手ではじめて「要は金だよ」と言い切った選手と思います。それもわざと偽悪的な態度をとって。そこが魅力を感じます。ブラボー。
落合選手に関しては、悪くいう人もいらっしゃいますが、そういう落合選手のパフォーマンスのおかげで、野球選手の年俸、待遇が飛躍的にあがったことは、誰しも認めることだと思います。彼は、野球選手の市場価値を高めた。そして、オリジナリティのある人だった。そこが、スゲーなと思います。
考えてみると、今回の試合は、落合 vs 新庄だったんですね。僕の中での「好きな野球選手」二人がたたかった試合とも言えるのですね。そう考えると、ドラマティックだな。
まぁ、勝負はつきました。
今後、新庄選手は、どこに向かうのでしょうか。カミサンによると「彼は、第二のみのもんたをめざす」らしいですが、ホンマかいな。
まぁ、いいです。とにかく優勝おめでとうございました。今後も、日本中に明るい話題を振りまいてほしいものですね。お疲れさま。
投稿者 jun : 2006年10月27日 19:30 | コメント (7) | トラックバック
オープンリサーチフォーラム「現代リアル学」
慶應SFCの年に一度のイベント「オープンリサーチフォーラム」が今年も開催される。
オープンリサーチフォーラム
http://orf.sfc.keio.ac.jp/
フォーラムの内容はまだ詳しいところは見ていないのだけれども、竹中平蔵氏などもでる予定らしい。今年もドカーンと派手にやるのだろう。
Webのデザインが可愛い。使いやすいかどうかは別にして、ノートをめくるところがリアルで気に入った。「現代リアル学」っていうコピーもいいなぁ。演出、うまいなぁ。
投稿者 jun : 2006年10月27日 05:55 | トラックバック
専修免許と給与
昨日、僕はブログに下記のようなヘルプメッセージを書きました。
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日本の場合、教員の方が大学院を修了して、専修免許を取得して現場に戻った場合、収入は年間でいくらほど増えるのでしょうか。今、原稿を書いているのですが・・・・なかなか資料が見つからず困っています。アメリカの場合は、僕の知り合いが、60万ほど増えるといっていました。
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この質問に対して、Gorotsukyさんからのコメントに加え、何件かの現場の先生方の経験をいただきました。お忙しいところ、本当にありがとうございました。
Gorotsukyさんのコメント
http://www.nakahara-lab.net/blog/2006/10/post_448.html#comments
また、行政を担っている方からも情報をいただきました。ありがとうございました。余談ですが、現場の先生方の多忙化も問題になっていますが、彼らも、毎夜深夜3時4時まで仕事をしています・・・。その仕事ぶりは本当に頭が下がります。
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この問題、結論はどうかと申しますと、下記にまとめられます。
1.そもそも免許状の種類と給料は連動する仕組みになっていない。給料が連動するのは、「採用時の学歴」である。
2.採用時、学部卒か院卒かで、初任時の号俸が異なる。一方、一回採用されてしまった後で、修士や博士をとっても号俸は変わらない。
3.これは現在、各都道府県の給与規則で決まっている。ということは、要するに都道府県の判断によって、優遇措置を実施できることもできる。
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ただ、Gorotsukyさんのいうように、管理職登用の際には優遇される可能性があったり、大学院がそのキャリアパスとして機能している県もあるようですので、あまり一概には言えません。
まぁ「学歴と給与があまり連動しないこと」は、教育に限らず、日本社会では、どの領域でも多かれ少なかれ、そういうものです。アメリカでは、MBAを取得すると、大学院によっては給与が260%あがります(これも格差があります・・・有名大学のMBAでは、それだけあがりますが、地方大学のMBAでは、あまりあがりません)。対して、日本ではあまりそういう事例は聞きません。それと同じことです。
もちろん、こうしたあり方が、よいことなのか、ということに関しては議論が分かれるところでしょうけど。皆さんは、どう思われますか。
投稿者 jun : 2006年10月26日 08:30 | トラックバック
工学部離れが止まらない・・・
工学部離れが深刻なようですね。
工学部離れ
http://www.excite.co.jp/News/society/20061025150100/20061025E40.056.html
先日、ある大学の工学部の先生に聞いた話では、特にエレクトロニクス、IT関係が危ないとのことでした。今、工学部の中で何とか持ちこたえているのは、ロボットと生命工学関連だとか。とても深刻だそうです。
ある先生は、
「学問には流行り廃りがある。だから、長期的な視野にたつこと、自分のやりたいことを見いだして打ち込むことが重要だ。安易に、近年の流行り廃りにのせられると、自分が一番油の乗るころには、さっぱり、その領域はふるわない、ということがありえる。それに流行っているところには、たくさん人がいる。ということは、非常に競争だって激しくなるし、多くの場合、教員の目が行き届かなくなる。何が得になるかは、よく考える必要がある」
とおっしゃっていました。僕も全く同感です。
この工学部離れの動き、どこまで進行するか。しばらく注意深くウォッチしていく必要がありそうです。
投稿者 jun : 2006年10月25日 20:42 | コメント (4) | トラックバック
恋の策士
先日、機内の映画サービスで、久しぶりに「寅さん」を見たんですよね。シリーズ第29作「寅次郎 あじさいの恋」という作品です。
あらすじを簡潔に言いますと、ひょんなことがきっかけで出会った「陶芸の大先生」のところにいるお手伝いの女性に、寅さんが惚れるという筋書きです。
寅次郎 あじさいの恋
http://kazekobo.cool.ne.jp/torasan/29.htm
でも、この作品、寅さんシリーズには珍しく、かがり(いしだあゆみ)という名前のマドンナの方から、積極的にリードする作品なのですね。で、この「かがり」がなかなかの「くせ者」でした。
押しては引き、ひいては押す。笑い顔の奥に、寂しさがすける。そうね、「たゆたう波」のような攻めをしかけてきます。恋の策士だな。
でも、決して嫌みなわけではないのです。断じて違う。清楚でいて、非常に思慮深い。だから、そうであるからこそ、余計に難しい。うーん、やっぱり、「くせ者」です(笑)。セクシーなんだけど、この上なくデンジャラスな香りがします。
そういえば、昔はやった歌に、古内東子の「誰より好きなのに」という歌がありましたね。
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やさしくされると切なくなる
冷たくされると泣きたくなる
(中略)
追いかけられると逃げたくなる
背を向けられると不安になる
誰より好きなのに
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男の方からすれば、「えーい、どないせーっちゅうねん?」とアタマをかきむしりたくなる状況ですね。なんか、これに似てるよなと思いました。寅さんも、結構、困っていた。
「あじさいの恋」も、最後はいつものおきまりのパターンなのですが、まぁ、結構、見ていて切ない。「あーすっきり」というのじゃなくて、「おー、寅さん、悩ましいねぇ」と思ってしまった。まぁ、そんな寅さんシリーズもよいのいかもしれませんけど。
これを機会に、他の寅さん作品も見てみようかな、と思いました。恥ずかしながら、数本しか今まで見たことはありません。休日にでも、レンタルビデオで借りてね。ただ、作品たくさんあるからな。どの作品から見ればいいのかな、と迷っちゃうけどねぇ。
今まで、「24」と「寅さん」だけは手をつけなかったのですよね。絶対に、エンドレス地獄にハマるから。途中でやめられない気がしているのです。でも、最初から全部は見る時間がないしなぁ・・・。
悩ましいねぇ。なんかいいアイデアがあるとよいのだけれども。
---
追伸.
しかめっ面をした人間国宝の先生に向かって、寅さんがタンカをきるシーンがあります。そのときの寅さんの台詞が気に入った。大学で流行させよう。
だめだよ、そんなウ●コ食べたような顔しちゃ!
31にもなって、相変わらず、僕は、品がありません。
---
追伸.
どなたか、ひとつ教えていただけませんでしょうか。日本の場合、教員の方が大学院を修了して、専修免許を取得して現場に戻った場合、収入は年間でいくらほど増えるのでしょうか。今、原稿を書いているのですが・・・・なかなか資料が見つからず困っています。アメリカの場合は、僕の知り合いが、60万ほど増えるといっていました。アメリカの公式資料も探しているのですが・・・。
投稿者 jun : 2006年10月25日 07:47 | コメント (1) | トラックバック
脳ブームの危うさ
非常に勉強になった。理研の津本先生が、最近の「脳ブーム」に警鐘を鳴らす。
「脳」ブームの危うさ
http://www.brain.riken.jp/bsi-news/bsinews33/no33/network.html
こういうのは過去にもあったのだ、とまず驚いた。
かつては、「大脳に対する興奮性作用の発見という科学的な観察結果」が「脳の働きを良くする」という風に論理をすりかえられた、のだという。これにならっていうと、現代の論理飛躍は、なんと表現できるだろうか。
歴史は繰り返す?
投稿者 jun : 2006年10月24日 20:29 | トラックバック
ノートンが「致命的なエラー」をだすまえに
朝から会議。ここ1ヶ月ほどペンディングになっていた計画をGOせよとのお達しがでた。いよいよ、新組織作りに着手である。ドラスティックに身辺が変わる予感。何とかかんとか、頑張ろう。
学外にでて会議。大変面白かったのだが、守秘義務があるので、何が面白かったかは書けない。残念。
朝から体調不良(風邪?ハラ痛い)のため、午後7時からの学内会議をドタキャンさせていただき、帰宅、お薬服用。本当に申し訳ないことをしたと思う。
今日、骨の髄まで疲れました。もう一ミリも体力、脳力は残っていません。明日は一日研究会、大学。早く寝ます。ここで休まないと、ノートン、「致命的なエラー」をだしてくるぞ。
おやすみなさい。
投稿者 jun : 2006年10月24日 20:09 | トラックバック
私は今日まで生きてみました・・・・吉田拓郎つま恋コンサート
昨日夜10時のNHK番組「吉田拓郎&かぐや姫 コンサート イン つま恋2006」を見た。当時、29歳だった吉田拓郎が、静岡県掛川市つま恋の山間部で開催したコンサートのリバイバル。
瞬目すぎて、それから31年・・・。当時若かった彼も、いまや齢六十に達した。否、年を重ねたのは、吉田拓郎だけではない。当時は10代、20代であった観客の多くも、40代、50代になった。観客の平均年齢は49歳であったという。
---
僕は、ベスト盤でしか吉田拓郎を知らない。高校時代、長渕剛をコピーした時代があって、その頃に吉田拓郎を知った。なにせ、今から31年前・・・1975年は、僕の生まれた年だ。僕の趣味がいくら渋くても、「生まれたときから吉田拓郎ファン」というのは、あんまりだと思う。
僕の生まれた1975年は、イデオロギーが色あせてきた時代だったという。かつてフォークの象徴とされた安保、ベ平連運動が下火になり、人々の関心が「自由」「個人」にうつってきた時代であった。
世の中の流れに敏感なシンガーは「イデオロギー」ではなく、「自由」「恋愛」の歌を始めた。そんなとき彗星のようにあらわれてきたのが、吉田拓郎であったという。
吉田拓郎は歌う。
---
これこそはと信じれるものがこの世にあるだろうか
信じるものがあったとしても信じない素振り
悲しい涙を流している人はきれいなものでしょうね
涙をこらえて笑っている人はきれいなものでしょうね
(イメージの詩)
土産にもらったサイコロふたつ。
手のなかで振れば、また振り出しに…
もどるたびに、日が沈んでゆく
(落陽)
僕の髪が 肩までのびて
君と同じになったら
約束どおり 町の教会で
結婚しようよ
(結婚しようよ)
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ラスト。50代を目前に控えた大観衆に向かって、吉田拓郎はこの選曲で、長い長いコンサートの幕を閉じた。
わたしは今日まで生きてみました
時にはだれかの力をかりて
時にはだれかにしがみついて
わたしは今日まで生きてみました
そして今 わたしは思っています
明日からも
こうして生きて行くだろうと
(今日までそして明日から)
---
かくして、31年前は夜通し行われたコンサートも、午後9時30分をもって終了した。みんな年をとっているのだ。
ラストの感動的な映像、ステージの吉田拓郎や観客のおじさんたちを見ていて、
「この人たちの30年って、本当にあっという間だったんだろうな」
と思った。
老いは誰しも平等に迎える。
そして人生は続く。
---
あなたの会社に、人を育てる科学はありますか?
中原・荒木・北村・長岡・橋本著「企業内人材育成入門」、ダイアモンド社より、好評発売中です!ぜひ、ご一読いただければ幸いです。
投稿者 jun : 2006年10月24日 09:15 | トラックバック
大学教員のFD義務化
いろいろなブログで話題になっている、大学教員FD(ファカルティ・ディヴェロップメント)の義務化。
FDが「それってフロッピーディスク?」と呼ばれていた日は過去のものになるかも。
少なくとも、各大学がFD整備に走るのは必至。本学はどうなるのだろうか。
大学教員の研修義務化
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2607675/detail?rd
---
あなたの会社に、人を育てる科学はありますか?
中原・荒木・北村・長岡・橋本著「企業内人材育成入門」、ダイアモンド社より、好評発売中です!ぜひ、ご一読いただければ幸いです。
投稿者 jun : 2006年10月23日 20:22 | コメント (3) | トラックバック
肉が焼けるのも待てない日本人
アメリカのレストランで「おひとりさま」で食事を楽しんでいたときのこと。まだ時間が早かったせいもあり、僕以外には客はおらず、ウェイターと少し話し込んだ。そのときに、彼が言っていたことが、印象深かった。
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日本人は、「せっかち」だと思うよ。レストランに入るなり、すぐに僕たちをつかまえて、注文を急ぐ。少し料理がくるのが遅くなったら、すぐに”大丈夫?オーダー通ってる?”と確認してくる。会計も、食べたらすぐに手をあげて、すませようとする。本当に「忙しい」んだ。
だから、僕はそういうのがわかっているから、日本人のお客さんのときには、アメリカ人のお客のときの2分の1くらいの時間で、テーブルに注文をとりにいくことにしている。
注文を決めたり、食べたり、会計を待ったりすることに、アメリカ人は、日本人の2倍くらい時間をかけるんじゃないだろうか。
そういう意味では、アメリカ人は、ほっときゃいいんだ。彼らは「待つ」から。でも、日本人は「待てない」。
厨房の奴らは、口が悪いからね。「肉が焼けるのも待てない日本人」って言ってるけど。
▼
あとね、日本人のお客さんで、困るのは声の大きさなんだ。レストランでの会話って、少しトーンを落として、ゆっくり話すものでしょう。すこし照明もおちているし。
でも、日本人のお客さんは、本当に声がでかい。店の全員に聞こえるような声の大きさでしゃべるんだ。それは困る。
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彼は僕を韓国人だと思っている(笑)。
だから、正直に日本人について感想に述べているのだけど、こういうのを聞くと、ちょっとドキッとしますよね。「早弁早グ●」をモットーとするヒトも多い国だからね、そりゃ、ある意味、仕方ないような気もするけれど。
まぁ、食べるときくらい、時間をかけて、余韻を楽しめってことなんだろうね。
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あなたの会社に、人を育てる科学はありますか?
中原・荒木・北村・長岡・橋本著「企業内人材育成入門」、ダイアモンド社より、好評発売中です!ぜひ、ご一読いただければ幸いです。
投稿者 jun : 2006年10月23日 07:58 | トラックバック
意味こそ戦争!:功名が辻に思う。
NHK大河ドラマ「功名が辻」を毎週楽しく見ている。忠実に歴史の流れをドラマ上で再現するのではなく、取捨選択をする。あくまで「山内一豊」「千代」の目線から - それが功名とは何か、ということなのだろう - 信長、秀吉、家康の乱世を描く。絶妙な演出にいつも舌をまく。
ドラマの中での山内一豊の葛藤、そして信長、秀吉、家康の人物イメージは、そのまま現世を生きるわたしたちの煩悩、そして日常の風景に直結している。
日本中で何十万人の人々が、ドラマの登場人物の「誰か」に自分を重ねて見ているのだろう。
「オレにはカズトヨの気持ちがわかるよ、彼はオレみたいだ」
「僕の上司は、秀吉みたいに調子のいいやつだなぁ」
日曜日の8時は、そんな風にして終わる。月曜日、また新しい週がはじまる。
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いよいよ物語はクライマックスに入ってきている。関ヶ原の合戦前夜。秀吉死して、家康がまさに実権を握ろうとしているちょうどそのときである。
実力ではすでに家康は日本を治めている。しかし、彼が名実ともに政権を掌握するには、建前がいる。そして諸国に散在する反家康派の大名たちを叩く必要がある。戦がどうしても必要なのだ。
家康は、戦の大義名分をさがす。実直な石田三成、それに続く大名をうまく挙兵させ、秀頼をあくまでたてた上で、彼らをたたけば、もう家康に抗する人間はいない。あの手この手を使って、家康は諸大名達を揺する。この老獪さが、面白くてたまらない。
孫子の兵法にいう。
兵とは詭道なり。故に、能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれに遠きを示し、遠くともこれに近きを示し、利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれに備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれをみだし、卑にしてこれを驕らせ・・・
家康の戦略は、まさに、この「詭道」そのものであった。実直な石田三成は、これに翻弄される。
けだし、戦いは、兵の数ではない。大義名分、すなわち「戦う意味」である。「戦う意味」を賢明に練り上げることのできる人間が、最後は勝つ。これは現代戦争にも通じることである。
意味の戦い・・・必要なのは老獪さである。
今日の午後8時が待ち遠しい。
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投稿者 jun : 2006年10月22日 08:05 | トラックバック
働いても働いても、生活楽にならず:野菜の値段
新しい街に引っ越して、もう数週間がたとうとしてます。まだ慣れないね、全然。どこに何があるんだか、どの道がどこに続いているのか、本当にわかりません。「水曜スペシャル、川口浩探検隊」のように、街を探検する週末が続いています(笑・・・古い)。
さて、散歩をしていて、ひとつ気がついたことがあります。しょーもないことなのですが。
何かっていうとね、野菜の値段なんです。生活感ある話題だねー。でも、野菜の値段がね、駅から同心円を描くように、外部にいけばいくほど、安くなっているってことに気づきました。みんな知っていること?常識ですか?
一番高いのは、駅の中にあるスーパー。ここは、本当に便利です。だって改札をでたら、すぐに入り口ですから。そして、一番ここが高い。
お次は、某大手スーパー、ヨーカードーです。ここはだいたい駅中スーパーの8がけでしょうか。ここは僕の家から5分程度でしょうか。まぁ、悪くない距離ですが、決して近すぎるってわけでもない。
そして一番安いのは住宅地にある八百屋さん。自宅からは歩いて10分はあります。ここまで行くのは容易ではありません。特に今は、ほら、道知らないから。ここにいくまで、途中で、行き倒れる可能性がある。言うたら、西遊記でいうところの「天竺」みたいなところです。
ここは、駅中スーパーのだいたい6ガケくらいのお値段だと思います。一山に盛りつけられてる野菜の量も半端じゃなく多い。
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いやぁ、同じ野菜なのに、こんなに違うんだって、改めてびっくりしました。今まですんでいたところでは、ひとつのスーパーにしか行かなかったから、それに気づかなかった。つーか、野菜の原価はいくらなのかね。値段の何分の一なんだろう。
でも、我が家は二人とも働いている。だから、時間がないので、やっぱり高いところで買わざるをえないんだよねぇ。疲労困憊して帰ってきて、やっぱり遠方まで野菜買いに行く元気はないもんね。行き倒れるで。
要するに「働いても働いても、生活楽にならず」ということですね。うまくできてるなぁ、と思いました。なんだ、そういうことかよ。どーりで、いっつも財布にレシートしか入ってねーぞ、と思った。
今日は天気いいからね、ちょっと散歩がてら、遠くの野菜でも買いにいくかね。それが一番かしこいね、こんな日は。冒険だ。
ではっ(M君風)
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投稿者 jun : 2006年10月21日 12:38 | トラックバック
企業内人材育成入門、AMAZONで予約受付開始!
とうとうAMAZONで予約受付がはじまりました。
中原淳(編著)・荒木淳子・北村士朗・長岡健・橋本諭(著)(2006). 企業内人材育成入門. ダイアモンド社, 東京 (ISBN : 4478440557)
内容は下記のとおりです。
企業の人材育成担当の方から、急に新人を指導しなければならなくなった方まで、企業で教育に「関係」するすべての方におすすめできる一冊に仕上がったのではないかと自負しております。この一冊で、「人を育てる科学」の基礎理論の全体像を把握いただけるのではないでしょうか。
ぜひ、ご一読いただければ幸いです。
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序章 「企業は人なり」とは言うけれど
コラム コーポレートユニバーシティ
コラム eラーニング
1章 学習のメカニズム
1.1.人生いろいろ、学びもいろいろ
(行動主義、認知主義、状況主義)
1.2.講義は忘れ去られる運命にある!?
(長期記憶、短期記憶、二重貯蔵モデル)
1.3.協調学習は仲良しゲームじゃない!?
(協調学習理論)
1.4.オトナのマナビかた
(成人学習理論)
1.5.物語を通して学ぶ
(ナラティヴモード、パラディグマティックモード
ゴールベースドシナリオ)
1.6.誰でもはじめは初学者だった
(熟達化とは何か?)
コラム コーチング
2章 学習モデル
2.1.教育と学習は違うのか
(Laveの正統的周辺参加論)
2.2.学習転移モデル:基礎から応用へ
(正の転移、負の転移)
2.3.経験学習モデル:マイセオリーづくりを支援する
(kolbの学習理論)
2.4.批判的学習モデル:教育の中身を決めるのは誰か
2.5.正統的周辺参加モデル:学習と仕事の境界線
コラム アクションラーニング
3章 動機論
3.1.人はそもそもやる気に満ちている!?
(動機心理学の歴史)
3.2.外側からのやる気、内側からのやる気
(内発的動機、外発的動機)
3.3.「やる気のなさ」は学習される!?
(学習性無気力)
3.4.やる気を高める方法
(ARCSモデル)
3.5.我を忘れて没頭する
(チクセントミハイのフロー理論)
コラム ニートとフリーター
4章 インストラクショナルデザイン
4.1.効果的な研修をつくるには?:
インストラクショナルデザインの利用
4.2.しょっぱなダメなら皆コケる:教育目標の分析
4.3.教材づくりには順番がある:ADDIEモデルを意識せよ
4.4.何を指針にどのような教材をつくるのか?:
学習支援理論を知る
4.5.明日のために評価せよ!
コラム 成果主義
5章 学習環境デザイン論
5.1.環境に目を向けろ!:
インストラクショナルデザインとの違い
5.2.学習環境デザインの理論家たち
(Lave、エンゲストロームなど)
5.3.学習者のコミュニティ
(ウェンガーの実践共同体)
5.4.知識創造という考え方
(野中郁次郎の知識創造理論)
5.5.2つのデザインを行き来して
(IDと学習環境デザインの違いと併用)
コラム ナレッジ・マネジメント
6章 評価論
6.1.なぜ評価は必要か?
6.2.かたちづくるための評価!?
(Formative Evaluation)
6.3.何を評価するのか?
コラム リーダーシップ教育
7章 キャリア開発論
7.1.なぜ今キャリア開発なのか?
7.2.自分らしさとサバイバル
7.3.節目で一皮むける
7.4.計画された偶然性
7.5.コミュニティを見つける
コラム キャリアデザイン事例
8章 企業教育の政治力学
8.1.教育は神聖な活動か?
8.2.企業教育で売り上げは上がるのか?
8.3.外部講師のサバイバル戦略を見極める
8.4.研修を受けるのもシゴトのうち
8.5.人材育成担当者はどう評価されるのか
コラム 企業DNA
コラム 早期退職防止
終章 人材育成の明日
コラム 企業を超えて広がる人と人との新たな結びつき:
コミュニティ・オブ・プラクティス
コラム さらに深く学びたい人のために
次の一歩を踏み出す<あなた>
に贈るブックガイド
あとがき
著者紹介
投稿者 jun : 2006年10月19日 18:57 | コメント (2) | トラックバック
真犯人を捜せ!:タワーレコードを殺したのは誰か
プレジデント10月16日号の「米国タワーレコードを殺したのは誰か」という記事はオモシロかった(同誌p31より適宜引用)。
要約すると下記のとおり。
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米国タワーレコードは、8月20日事実上倒産した。日本では、同社の倒産は「iTunesなどの音楽ネット配信急増」がその理由としてかかげられていたそうだが、実は、それは真相とは全く異なるのだという。iTunesはえん罪。タワーレコード殺人(殺会社?)の真犯人は、別の人物だった。
同誌によると、米国の消費者が音楽を購入するのは、39.4%がタワーレコードなどのCDショップ。それに続くのは、ウォルマートなどの大規模小売店が32%、アマゾンなどの通販が8.2%だという。タワレコ倒産のひきがねとなったiTunesは6%でしかないのだという。
記事によると、タワーレコードを苦しめたのは、第二位の販売チャネルであるウォルマートだという。大規模小売店は、CDの値引きを行う。かつてタワーレコードなどの専門ショップでCDを購入していた層が、大量に大規模小売店に流れたのだという。
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ネットの世界がどんなに覇権をにぎろうとも、それを購入する層は、いまだ限られている。故に、ネットの世界が、フィジカルなマーケティングを駆逐するというのは、よほどのことがないかぎり、なかなか起こらない。
しかし、ネットをよく利用する層、ネットの世界に詳しい人ほど、この手の原因帰属の錯誤を引き超しやすいから気をつけなければならない。ネットがすべてだ、すべてはネットに駆逐される、とつい思いこんでしまう。
ネットをフルに利用しているのは、「自分のまわり」であることが多い。年を離れ、自分の年齢層から少し距離をおいてみれば、そのことはすぐにわかる。
今回はもしかすると、、メディアの方が「ウォルマートがタワレコを殺した」よりも「iTunesがタワレコを」の方が、ニュースバリューがあると考え、そう書いたのかもしれない。もちろん、これは邪推。事実は知らない。
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最近は、僕も、音楽はアマゾンで買うか、ほとんどiTunesで仕入れるかになった。
でも、子どもの頃死ぬほど通ったCDショップ(当時はまだレコードショップという名前だった)が消えていくのは、どこか寂しい気がする。
投稿者 jun : 2006年10月19日 17:50 | トラックバック
ピクサー映画 「Cars(カーズ)」を見た!
機内でピクサー映画の「カーズ(Cars)」を見た。車がまるで「人間」のように生活をするファンタジーの世界のお話。
ピクサー映画「Cars(カーズ)」
http://www.pixar.com/jp/feature/cars/
カーレース界に新星のようにあらわれ、その実力から、あっという間にトップレースに躍り出たライトニングマックイーン。
しかし、彼には致命的な泣き所がある。カーレースはピットとのチームワークが重要であるのにもかかわらず、自己中心的な性格ゆえに、チームワークを維持できない(研究だってそうだ)。
マックイーンは、カリフォルニアで開催される最終レースに参加することになる。カーレース場めざし、一路、ハイウェイを西へ進路をとる。
しかし、ひょんなトラブルから、ルート66沿いのさびれた街、ラジエタースプリングスに迷い込むことになる。
カリフォルニアドリームを支えた栄光のルート66。かつて、多くのアメリカ人が、ここを通り、新天地をめざした。
しかし、そのルート66も、よりダイレクトに目的地につくことのできるハイウェイ43が完成したことにより、誰も見向きにしない道路になってしまう。マックイーンの迷い込んだ、ラジエタースプリングスの凋落は、ここからはじまった。
やがてマックイーンは、ラジエタースプリングスの住人たちとの交流を深め、次第に彼らからチームワーク、人とかかわることの重要性を学んでいく・・・。
ラジエタースプリングスを後にして、カリフォルニアに向かうマックイーン。そして、最後のレースがはじまった。
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あらすじは、だいたいこんなところだと思う。話はちょっとややこしいけれど、ピクサースタジオのアニメーションであるので、子どもでも楽しめると思う。
映画の中で、ひとつ印象的なシーンがあった。
ラジエタースプリングスの住人が、マックイーンに語りかけるシーン。
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ハイウェイ43とルート66。曲がりくねるルート66の10分を節約するために、ハイウェイができた。
昔は違った。今のように地形を切り裂くように道をつくろうとしたのではない。地形に沿うように道をつくった。
そして、昔の自動車は、後の楽しみのためにひたすら早く走るのではなく、楽しみながら走っていた。
昔は違った。
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「早い、安い、美味い」
これは某ファーストフードチェーンのキャッチコピー。「安いこと」よりも、「美味いこと」よりも、「早いこと」が何よりも優先される社会にわたしたちは生きている。
そして、一度、ハイウェイに慣れた人間は、下道のスピード感覚には戻れない。いや、戻ろうとしても、それに慣れること自体が、さらなるフラストレーションを生む。やっぱり戻れない。
このアニメーションは、子ども向けなんだろうけど、この言葉だけは、子どもに対して語りかけられたものではない気がした。
投稿者 jun : 2006年10月19日 15:15 | トラックバック
今日は刺激を受けました!
「いやぁ、今日の○○先生のご講演、非常に刺激を受けました」
「先生の今日のワークショップは大変刺激的な内容でした」
よくこんな言葉を聞きます。
でも、教育や学習に携わる人であるならば、学習者の、こういう物言いを手放しで信用するのはいかがかな、と僕は思っています。
こういうのを、僕の言葉では、「お茶濁しランゲージ」といいます。糸井重里風にいうならば、「オトナ語」といってもかまわないかもしれません。どんなときにも使える言葉であるわけですね。
「既存の何にとって、どこが、どう刺激的だったのか」
「その刺激が、これからの何にとって、どういう意味があるのか」
「刺激を受けました」という言葉を聞いたら、いったん、それを思い切って棄却する。
その上で、もし時間があり、高い教育効果を狙おうとするのならば、「刺激を意味づける時間」を十分確保し、本人にそれに従事させる必要があると思うのです。
そうでなければ、「刺激」は新たな意味構成には至らないことが多いように思います。比喩的な言い方をすれば、「刺激」は「刺激」のままで終わる。
僕の経験でいえば、リフレクションが足りない場合に、「刺激を受けました」は頻発します。あるいは、スゴイカリスマが講演を行ったとき。
そういう場合、多くの発話者は、ほとんど何も考えていないか、あるいは受けた衝撃を消化できずにとまどっている。しかし、消化されない衝撃は、そこでストンとおちるのです。
全く学問的ではないですが、そう思います。
で、そういうときこそ、リフレクションの出番ではないでしょうか。記憶の定着にも結びつきますし、既存の知識と融合して、新たな意味が生まれる可能性がある。
刺激を受けました!
僕はこの言葉をきくたびに、ドキリとします。
投稿者 jun : 2006年10月18日 04:20 | コメント (5) | トラックバック
エビデンスを欲する&そうだ、世界は広いのだ!
朝5時。ジイさんのような目覚めのよさ。地獄ような思いをした昨日がウソのよう。
早速熱いシャワーにはいり、いつものスタバへ。ベーグルを食べようと思ったが、フードはまだ入ってきていないようだ。ABCストアに行っても、食べ物という食べ物はない。昨日の余波がまだ続いている。
朝っぱらキーノート。
Authentific Learningを大学教育で実現するには、何が重要か、という話であった。オーストラリアのジャンさんの発表。

Authentific learningっていうのは、オーセンティフィック・ラーニングと読みます。これは学会内でも大変議論の分かれる概念なのですが、ここではさしずめ、「社会にとって意義の深い内容を学習すること」という風に押さえてください。
ジャンさんは、オーセンティフィックラーニングを実現するための9つのデザインプリンシプル(設計原則)をまとめていました。
下記に記します。
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1.Authentific Context
「実際の生活で用いるような知識を求める文脈」で、学習者をまず動機づけることが重要だそうです。
2.Authentific Task
「学習者にクリアなゴールを設定すること」「現実の世界の複雑で、オープンエンドな(ill-defined)問いを設定すること」、そして「長い時間をかけてそれに取り組ませること」が重要だそうです。
3.Expert Performance
「専門家の知恵や意見にアクセスさせること」「様々な領域の、様々なレベルのExpertiseをもつ人にあわせること」「専門家から、ストーリーや語りを引き出し、それをシェアすること」が重要だそうです。
4.Multiple Perspective
「異なった視点からの仮説の検討」が重要だそうです。
5.Collaboration
「ある課題をグループに割り当てて、相互に貢献させ、グループとしての回答をださせること」が重要だそうです。たとえば、「共同で出版物をつくる(joint publication)」などのクリアな目標が必要です。
6.Articulation
「意見を表明する場」をつくることが重要です。Public presentationや、ディベートなどの機会でしょうか。
7.Reflection
「自分たちがくだした結論、選択に対してして、よく考えること」が重要です。reflectionは、通常、内省と訳されますが、それは「静かなプロセス」ではありません。あくまで複数の学習者たちが共同で取り組むことが重要です。
8.Scaffolding
「教師や他の学習者が、一人でできない部分を助けてあげること」が重要です。
9.Authentific Assesment
「課題に組み合わされた評価」・・・つまりは、学習者に別途課題を与え、そのパフォーマンスにしたがって、評価を行うことが重要です。普通評価というと、Separate Test(形式テスト)をすぐに思い起こしてしまいますが、それではダメだと言います。
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ジャンさんは言います。
「この9つの中でもっとも重要なことは、タスクの設定です。これにつきます。現実の問題に即して、複雑で、長期間時間をかけるにふさわしく、人によって多様な回答がでるようなタスクをいかに設定するか、が重要です」
これは、全く同感です。言葉を換えるのならば、Driving Questionの設定ということになるのでしょうが、このタスクの設定に、教育学者は最も注力します。
たとえば、僕が関与した共同研究に、「おやこdeサイエンス」というのがありますが、一番時間をかけたのは、このタスクの設定です。
カリキュラムに従って、学習者にどのタイミングで、どの課題をあたえ、何をoutcomeとして期待するか、僕らはそれだけを決めるのに、半年以上の時間をかけました。
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キーノートを聞いて思ったこと。
ジャンさんの上記9つの指摘は、これまでの学習科学の知見、あるいは、状況的認知アプローチの中ででてきた概念をまとめたものでしょう。よくまとまっていますし、その個別に異論はありません。
だけれども、少し欲を言えば、ここで指摘した9つのデザインプリンシプルは、「教育学者の中で自己完結して流通する知見」としてなら、こういう提示の仕方でいいのですけれども、お畑違い人も説得するのなら、エビデンスがやはり欲しいなぁと思ってしまいました。
これはすぐに自分に跳ね返ってくる問いなので、言うのははばかれるのですが、設計原則というからには、背後にエビデンスが欲しい。自戒をこめて言っています。深い反省のもとに。
たとえば、この9つをいきなり、全然お畑違いの天文学者、文学者、化学者、コンピュータサイエンティスト、医学者に提示したとして、彼らは納得するでしょうか。
「何いってやがる、黙って暗記すりゃいいんだよ」
と言われたら、なんと答えますか。
高等教育で役立つデザイン原則というからには、彼らを説得するデータがなければダメなのではないかと思っています。
大学は教育学者だけで構成されているのではありません。様々なディシプリンをもった人々がいます。彼らは強固な「わたしの教育論」をもっています。彼らに教育学者の中だけで通じる専門用語、その独特の理屈は通じません。
たとえば、Authentific Contextの違いによって、Taskの違いによって、学習にかける時間によって、どの程度パフォーマンスが違ってくるのでしょうか。
異なった視点を入れるのと、そうでないのでは、どうなのでしょう。教師の支援はどの程度までならOKなのでしょうか。
もちろん実験室研究のようにはいきませんし、それをする必要もありません。僕の言葉でいうならば、「中庸なリゴラスさ」です。
これらの変数によって、どのようにパフォーマンスが変わるのか、を説明できなければなりません。少なくとも、その研究のディレクトリをアタマの中にもっていなければならないと思うのです。
もちろん、ダイレクトに答えうる知見を見つけることは難しいのですけれども、これまでの学習科学、認知心理学の知見を集めれば、結構なことはいえるのでないかと個人的に思います。
これは僕の課題でもありますし、今後、さらに手持ちのエビデンスを増やしていきたいと思っています。仕事上、必要なのですよね。
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次にガラッと話題が変わります。
アフリカのインターネット事情に関する発表エントリーがありました。一言で要約すると、アフリカのインターネット事情は、ADSLや光が普及した先進国と比べると、まだまだ劣悪な状況にあるといえそうです。ちなみに、この調査はAccra, Ghanaで実施されたものです。
まず、サイバーカフェの接続テストでは、通常4分で閲覧可能な24個のWebサイトに接続するのに7分少々の時間がかかるそうです。先進国の2分の1くらいのスピードですね。
次に、男性専門職(もっともコンピュータリテラシーが高いと予想される)に対して行われた調査結果では、オフィスのコンピュータ接続スピードがFastである人は、17%、普通が37%、遅いが29%となっていました。ちなみに、63%の人が自宅でコンピュータを所有しているとのことです。
少ないデータではあるけれど、このことから何がimplyされるでしょうか。
月並みではありますが、少なくとも、アフリカを対象にした共同学習プログラム、あるいは、現地で使用する教育プログラムを開発する際には、かなり作り込みに注意しなければならない、ということはいえるでしょう。
アプリケーション、コンテンツの軽量化につぐ軽量化が必要になることは言うまでもありません。少なくとも上記のデータは、都市部で、かつ被験者が男性専門職である。もしかすると、そもそもネットワークを使うことがコレクトなのかどうかから考えなければならないと思いました。
世界は広いです。
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最後は「インドのe-learning、遠隔教育事情」。
インドといえば、近年、英語を武器にして、アメリカや日本からのオフショアリングによるIT産業の勃興が注目されているから、さぞ、スゴイんだろうな、と思っていました。
が、筆者らは僕の予想を裏切る事実を指摘していました。一言でいうと、
「インドってのは広いんだよ、メディアで注目されているインドはほんの一部よ。そんなんでインドを語ってもらっちゃ困るんだよ、ベイビー」
ということになります。
筆者は言います。
「インドではインターネットなんて全然普及していない。万が一接続できていたとしても、データの転送速度には問題があるし、電話なんてブツブツ切れてしまう。
e-learningなんてどころじゃない。そもそも、e-learningとはいうけれど、ハードウェアもソフトウェアの知識もないインドの人に、それを操作することはかなり難しいだろう。
ちなみに、インドのインターネット利用者数は0.5%。これはタイの26%、中国の27%から比べても低すぎる。
そもそも電話を契約するのに8ヶ月待たされる。テレビの保有率は1000人中80名しかない。インドっていっても広いんだ」
メディアで伝えられるインドの姿とのあまりのギャップに少し驚きました。が、実際はきっとそのようなものなのでしょう。
うーん、世界は広い。
投稿者 jun : 2006年10月17日 15:00 | トラックバック
大停電で考えた:ハワイの地震
ハワイ島のM6.6の地震、そして、それによって引き起こされた「ホノルル大停電」。僕は、何の因果かそこに居合わせました。
今から考えれば、わずか十数時間の出来事でしたが、本当にスゴイ経験をしたように思います。
下記、長くはなりますが、今日の「出来事」をゆっくりリフレクションしながら書きたいと思います。
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■午前5:50
いつものように早い朝食をとりに、スターバックスにいきます。お決まりの食事。ベーグル+アールグレイ。これさえあれば、僕は生きていける。ベーグルは本当にアメリカのものは美味しいですね。日本はベーグルではアメリカに完敗です。モチモチ感が違う。
店内は早朝なのにたくさんの人がいます。みんなリラックスしている。新聞を読みます。続けて学会のプロシーディングス。・・・今日もいろいろとあるねぇ・・・とりとめて変わったことのない普通の日々になるはずでした。
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■午前7時未明
スターバックスから帰ってきます。東京とメールのやりとり、電話など。海外出張中とはいえ、処理しなければならない原稿、案件がヤマのようにあります。仕事を粛々とこなします。
ところが・・・・
ガーンという横揺れ。
突然、震度3から4程度でしょうか。
とはいえ、東京ではこんな地震はなれっこになっているので、「またいつものがきたか」とくらいしか思いません。
しかし、そのうち電気がダウン。電気が消えると部屋は暗闇につつまれます。パソコンのLCDモニタだけが、ボーッと青白い不気味な光をだしている。何だか少し怖くなります。僕は、自慢じゃないけど、恐がりなのです。
突然、ホテル全体にサイレンがなりひびきます。廊下にでると、何人かのお客さんが顔を見合わしている。「どーする、いかなくてもいいんじゃない」・・・という風に、何人かの人たちが話しています。
警告音が大きくなってきました。
ウィーンウィーン。日本のサイレントはちょっと違うのですね。
そのうち避難を開始する人がでてきます。非常階段を下りてドタドタ、なんだどうなってるんだ、としゃべりながら1階へ。
ところが、外はものすごい豪雨です。今日はもともと雷雨の予報でした。でも、ここは仕方がありません。どしゃぶりの中、外へ。お客さんは、皆、かなりぬれています。
投稿者 jun : 2006年10月16日 19:38 | コメント (3) | トラックバック
ハワイ大停電・・・そして復活
ハワイ、午前8時?頃、M6.6の地震。全島停電。信号機停止、すべて停止です。コンビニエンスストアには長蛇の列。水や食料を買い求めている。ホテルは水の供給がストップ。「大」にいきたくなったら、どうなるんでしょうか・・・阿鼻叫喚必至。午前4時、小さな非常用蛍光ランプが配布されました。真っ暗になります。まさにブラックアウト。暗いの怖いよー、お化けでるよ(笑)。それにしても、チクショー。海外出張中とはいえ、僕には、今やらなければならぬことがたくさんあるのです・・・このクソ忙しいときに、なんで停電やねん。
(13時間後)
・・・13時間ぶりに、電気復活。ストリートからわき起こる人々の歓声と拍手!これほど、僕は不安だったことありません。そして嬉しかったことありません。
明るいっていいね。電気があるってことは素晴らしいことなんだね。僕はいろいろ悟りました。疲れた果てたけど、体調は悪くはありません。間に合ってよかった。この顛末は、今度、ゆっくり時間があるときにでも書きます。いろいろ考えさせられたよ・・・全く。
こんなこともある。
そして人生は続く。
投稿者 jun : 2006年10月16日 15:58 | トラックバック
オンラインコースは、高校生のドロップアウトを救うか?
先日のEDUCAUSEに続いて、e-learnという国際会議に参加しています。行政、健康福祉領域、高等教育、企業・・・様々な領域のe-learningをテーマにした国際会議で、毎年全米各地で開催されています。荒削りではありますが、そのときどきの最新の動向が把握できるよい機会だと思います。
朝っぱらからキーノート(でも時差ぼけで、いつも僕が起きるのは4時・・・だから朝っぱらでもない)。今日は、北米オンラインラーニング協議会(North America Council for Online Learning)のCEO、Susan Patrickさんの発表でした。
NACOLは、オンラインラーニングに関して、リサーチやトレーニングなどの推進活動を行うNPO(Non Profit Organization)です。
NACOL
http://www.nacol.org/
ミッションは、
どんな生徒にも、地理的条件や、社会的背景、経済的状況にかかわらず、「最高の教育」を提供すること
だそうです。
このミッションを実現するために、Online learningという手段を活用したい、ITを用いたい、ということでしょう。
ところで、行政と現場を「つなぐ」役割として、アメリカの教育業界では、NPOがそれを担っていることが多いです。そうしたNPOは、多くの場合、Ed.MやPh.D.をもって専門的な助言が行えるようなスタッフを抱えています。NACOLもそうした団体のひとつということになります。
---
今日のSusanさんのお話で、もっとも面白かったのは、
「アメリカのe-learningは、これまで高等教育での利用を中心に注目されてきた。そちらの方はもう安定期にはいっている。しかし、急速に拡大しているのは、実は、k-12の領域だ。それは、年30%以上の割合で、まさにExplosionしている」
という話でした。
まず高等教育の現状からいいますと、
・短大・大学のうち56%はオンラインコースを提供している
・現在、アメリカには127000のオンラインコースが存在している
・現在、307万人がオンラインコースを受講している
・90%のコースは、非同期型のWebコースとなっている
・51%のコースは、インタラクティヴなビデオカンファレンスを活用している
だそうです。
そして、これに対して、まだ数は少ないながらも、k-12が注目をあびている。それではなぜk-12でオンラインラーニングが注目されているのか。それは、
1)自前で教材をつくったり、教員を手配することができないから
2)特定の生徒のニーズに応えるため
3)大学入試に備えるため
だそうです。
もちろん、k-12といっても、小学校などは1%しかオンラインコースの受講はありません。最大の利用は、高校でなされている。そして、高校こそが、今、アメリカの教育界において、非常に問題になっているのだそうです。一言でいうと、「大量のドロップアウト(中退)」の問題です。
Susanさんはいいます。
「アメリカの高校生に、質問するとします。「高校」を1語であらわすとしたら、彼らはなんと答えるでしょうか。さぁ、皆さん、いっせーので!
(会場声をそろえて)Boring!。
「高校はBoring、Boring、Boring、それにつきます。そして、大量の高校生が今年も学校を去ります」
現在、アメリカの高校に入学した生徒の68%しか卒業できないそうです。ということは・・・32%は中途退学するのですね・・・日本、各国のデータが僕の手元にないので、何ともいえないのですが、確かにこれは高そうな気がします。
高校生の大量ドロップアウト・・・これに関しては、ゲイツ財団も2006年に調査を行っているようです。結果は、下記のようなものでした。
・43%の高校生は出席が足りず、学校の勉強についていけない
・81%の高校生は、高校卒業は人生の成功にとって重要だと思っている
・49%の高校生は、高校卒業資格がないと、よい仕事を見つけるのが難しいと思っている
・75%の高校生は、個別指導可能な小規模クラスを望んでいる。
ゲイツ財団資料
http://www.gatesfoundation.org/nr/downloads/ed/TheSilentEpidemic3-06FINAL.pdf
またこんな調査もあります。1983年から2000年までの継続的な調査結果によると、アメリカの高校生の「学校に対する意識」は、ネガティヴな方向に下降する一途だそうです。
・学校での勉強は意味がある 40%から28%への低下
・勉強はオモシロイ 35%から21%への低下
・学校は人生にとって重要だ 50%から39%への低下
うーん、日本の現状はどうなんでしょう。データがないので、わかりませんけれども。
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Susanさんは言います。
「悲劇的なのはここからです。多くの中退者は、低所得者層、そして僻地からでています。しかし、現代のアメリカは、彼らにはチャンスを与えません。アメリカのおおよそ80%の仕事は、高等教育を必要とする仕事なのですから」
こうした背景のもとで、オンラインラーニング、あるいは、e-learningによるバーチャル高校が注目されるのかもしれません。
それでは、こうしたオンラインコース、どの程度、高校生たちはドロップアウトするのか、というと、実は、これが驚くほど低いのです。
・Apex learning Inc.提供コース 16%
・Florida Virtual School 提供コース 5%
・Virtual High School 提供コース 10%
だそうです。
そして、こうした提供コースの受講者が、大学にどの程度合格できるのか、といいますと、
・Apex learning Inc.提供コース 66%
・Florida Virtual School 提供コース 70%
・Virtual High School 提供コース 70%
という感じになるのだそうです。
Susanさんによると、一般的に、オンラインラーニングコースでは、通常の授業と比べて同等かそれ以上のパフォーマンスが確保できる、とのことです。教材を見ていないので、何ともいえないのですが、よほどこれらのコースが「よくできている(Well-designed)」なのでしょうかね。
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Susanさんのスライドには、ある高校生の言葉として下記のようなものが引用されていました。
We have technology in our blood
(オレらの血には、テクノロジーがはいってんだよ、わりーか)
現在、アメリカでは、94%の子どもたちが学校の授業の中で、インターネットにふれていると言われています。10代の子どもたちに限って言えば、テレビを見る時間よりもインターネットを使う時間の方が長い、という調査結果があります。
そんな彼らにとって、オンラインで学ぶことは何の障害もないことなのでしょう。
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今日のキーノートでは、アメリカのオンラインラーニングのひとつの側面を見た気がしました。
もちろん、これらの議論を日本にあてはめることは全くナンセンスです。各国の状況にしたがって、Online learningが用いられればそれでよいのです。
ドロップアウトする高校生を「救う」手段として提供されはじめたオンラインラーニング。今後の展開が興味深いところです。
それにしても、”Boring”という一語で形容されるアメリカの高校は、今後、どのようにカタチを変えていくのでしょうか。それとも、変わらないのでしょうか。
そして人生は続く。
投稿者 jun : 2006年10月15日 05:55 | コメント (2) | トラックバック
アメリカのホスピタリティ
エコノミーにしか乗っていないので、あまり文句を言えたことではないのかもしれませんが、今回乗った航空会社のサービスは、ホントウにヒドイものでした。ヒドイというよりも、もはや、むごい。
まぁ、基本的にホスピタリティはゼロです。
水を頼みます。
「ちょっと待ってよ、今、やらなければならないことが2つあるので、それが終わったらね」
と言って・・・・後から来てくれるといいのですが・・・・
結局、なしのつぶて(笑)。来るわけありません。経験上、こういう場合は絶対にこない。絶対来ないだろうなぁ・・・あれ、来るかな、えっ、まさか・・・あっ違った。また裏切られた(笑)。つーか、来るわけないんだよ。
待てども待てども、誰もきません。そのうち、機内販売なんかをはじめて、「どう?」なんて言ってきます。水のことなんか、「トータリー(totally)、忘れてる」
結局、水がゲットできるのは、機内販売が終わった1時間後です。
で、さらなるポイントは、忘れていたのに「謝らない」ということです。全くその気がありません。「ほれ、水をもってきてやったよ」という感じです。
ありえん。
まぁ、僕もアメリカに暮らしたことがあるので、こういうのは慣れています。ここまではまだいい。
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次に乗った便には、どうやら、スッチーのお友達がお客さんとして登場していたようです。
「久しぶりー、元気だった?、あらこちらは旦那さん、お二人で旅行なのー、いいわねー」
とか言ってハグしています。でも、ここからがスゴイ。
まず、飲食のサービスのとき。僕の乗った便は国内線なので、食べ物やお酒のサービスはありません。みんなしょーもないスナックとダイエットコークを飲んでいる。
だけど、その友人だけ、特別扱いがはじまります。「何にする?」とか言って、友達にはマイタイ、旦那さんには生ビールが運ばれてきました。さらに、食事もです。まわりは誰も食事をしていないのに、彼女のところにだけ、ビジネスの方にでている食事が運ばれてきます。
スッチーは、
「内緒よ」
とか言ってい





