エビデンスを欲する&そうだ、世界は広いのだ!

 朝5時。ジイさんのような目覚めのよさ。地獄ような思いをした昨日がウソのよう。

 早速熱いシャワーにはいり、いつものスタバへ。ベーグルを食べようと思ったが、フードはまだ入ってきていないようだ。ABCストアに行っても、食べ物という食べ物はない。昨日の余波がまだ続いている。

 朝っぱらキーノート。
 Authentific Learningを大学教育で実現するには、何が重要か、という話であった。オーストラリアのジャンさんの発表。

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 Authentific learningっていうのは、オーセンティフィック・ラーニングと読みます。これは学会内でも大変議論の分かれる概念なのですが、ここではさしずめ、「社会にとって意義の深い内容を学習すること」という風に押さえてください。

 ジャンさんは、オーセンティフィックラーニングを実現するための9つのデザインプリンシプル(設計原則)をまとめていました。

 下記に記します。

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1.Authentific Context
 「実際の生活で用いるような知識を求める文脈」で、学習者をまず動機づけることが重要だそうです。
 
 
2.Authentific Task
 「学習者にクリアなゴールを設定すること」「現実の世界の複雑で、オープンエンドな(ill-defined)問いを設定すること」、そして「長い時間をかけてそれに取り組ませること」が重要だそうです。
 
 
3.Expert Performance
 「専門家の知恵や意見にアクセスさせること」「様々な領域の、様々なレベルのExpertiseをもつ人にあわせること」「専門家から、ストーリーや語りを引き出し、それをシェアすること」が重要だそうです。
 
 
4.Multiple Perspective
「異なった視点からの仮説の検討」が重要だそうです。
 
 
5.Collaboration
 「ある課題をグループに割り当てて、相互に貢献させ、グループとしての回答をださせること」が重要だそうです。たとえば、「共同で出版物をつくる(joint publication)」などのクリアな目標が必要です。
 
 
6.Articulation
 「意見を表明する場」をつくることが重要です。Public presentationや、ディベートなどの機会でしょうか。
 
 
7.Reflection
「自分たちがくだした結論、選択に対してして、よく考えること」が重要です。reflectionは、通常、内省と訳されますが、それは「静かなプロセス」ではありません。あくまで複数の学習者たちが共同で取り組むことが重要です。
 
 
8.Scaffolding
「教師や他の学習者が、一人でできない部分を助けてあげること」が重要です。


9.Authentific Assesment
「課題に組み合わされた評価」・・・つまりは、学習者に別途課題を与え、そのパフォーマンスにしたがって、評価を行うことが重要です。普通評価というと、Separate Test(形式テスト)をすぐに思い起こしてしまいますが、それではダメだと言います。

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 ジャンさんは言います。

「この9つの中でもっとも重要なことは、タスクの設定です。これにつきます。現実の問題に即して、複雑で、長期間時間をかけるにふさわしく、人によって多様な回答がでるようなタスクをいかに設定するか、が重要です」

 これは、全く同感です。言葉を換えるのならば、Driving Questionの設定ということになるのでしょうが、このタスクの設定に、教育学者は最も注力します。

 たとえば、僕が関与した共同研究に、「おやこdeサイエンス」というのがありますが、一番時間をかけたのは、このタスクの設定です。

 カリキュラムに従って、学習者にどのタイミングで、どの課題をあたえ、何をoutcomeとして期待するか、僕らはそれだけを決めるのに、半年以上の時間をかけました。

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 キーノートを聞いて思ったこと。

 ジャンさんの上記9つの指摘は、これまでの学習科学の知見、あるいは、状況的認知アプローチの中ででてきた概念をまとめたものでしょう。よくまとまっていますし、その個別に異論はありません。

 だけれども、少し欲を言えば、ここで指摘した9つのデザインプリンシプルは、「教育学者の中で自己完結して流通する知見」としてなら、こういう提示の仕方でいいのですけれども、お畑違い人も説得するのなら、エビデンスがやはり欲しいなぁと思ってしまいました。

 これはすぐに自分に跳ね返ってくる問いなので、言うのははばかれるのですが、設計原則というからには、背後にエビデンスが欲しい。自戒をこめて言っています。深い反省のもとに。

 たとえば、この9つをいきなり、全然お畑違いの天文学者、文学者、化学者、コンピュータサイエンティスト、医学者に提示したとして、彼らは納得するでしょうか。

 「何いってやがる、黙って暗記すりゃいいんだよ」

 と言われたら、なんと答えますか。

 高等教育で役立つデザイン原則というからには、彼らを説得するデータがなければダメなのではないかと思っています。

 大学は教育学者だけで構成されているのではありません。様々なディシプリンをもった人々がいます。彼らは強固な「わたしの教育論」をもっています。彼らに教育学者の中だけで通じる専門用語、その独特の理屈は通じません。

 たとえば、Authentific Contextの違いによって、Taskの違いによって、学習にかける時間によって、どの程度パフォーマンスが違ってくるのでしょうか。

 異なった視点を入れるのと、そうでないのでは、どうなのでしょう。教師の支援はどの程度までならOKなのでしょうか。

 もちろん実験室研究のようにはいきませんし、それをする必要もありません。僕の言葉でいうならば、「中庸なリゴラスさ」です。

 これらの変数によって、どのようにパフォーマンスが変わるのか、を説明できなければなりません。少なくとも、その研究のディレクトリをアタマの中にもっていなければならないと思うのです。

 もちろん、ダイレクトに答えうる知見を見つけることは難しいのですけれども、これまでの学習科学、認知心理学の知見を集めれば、結構なことはいえるのでないかと個人的に思います。

 これは僕の課題でもありますし、今後、さらに手持ちのエビデンスを増やしていきたいと思っています。仕事上、必要なのですよね。

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 次にガラッと話題が変わります。

 アフリカのインターネット事情に関する発表エントリーがありました。一言で要約すると、アフリカのインターネット事情は、ADSLや光が普及した先進国と比べると、まだまだ劣悪な状況にあるといえそうです。ちなみに、この調査はAccra, Ghanaで実施されたものです。

 まず、サイバーカフェの接続テストでは、通常4分で閲覧可能な24個のWebサイトに接続するのに7分少々の時間がかかるそうです。先進国の2分の1くらいのスピードですね。

 次に、男性専門職(もっともコンピュータリテラシーが高いと予想される)に対して行われた調査結果では、オフィスのコンピュータ接続スピードがFastである人は、17%、普通が37%、遅いが29%となっていました。ちなみに、63%の人が自宅でコンピュータを所有しているとのことです。

 少ないデータではあるけれど、このことから何がimplyされるでしょうか。

 月並みではありますが、少なくとも、アフリカを対象にした共同学習プログラム、あるいは、現地で使用する教育プログラムを開発する際には、かなり作り込みに注意しなければならない、ということはいえるでしょう。

 アプリケーション、コンテンツの軽量化につぐ軽量化が必要になることは言うまでもありません。少なくとも上記のデータは、都市部で、かつ被験者が男性専門職である。もしかすると、そもそもネットワークを使うことがコレクトなのかどうかから考えなければならないと思いました。

 世界は広いです。

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 最後は「インドのe-learning、遠隔教育事情」。

 インドといえば、近年、英語を武器にして、アメリカや日本からのオフショアリングによるIT産業の勃興が注目されているから、さぞ、スゴイんだろうな、と思っていました。

 が、筆者らは僕の予想を裏切る事実を指摘していました。一言でいうと、

「インドってのは広いんだよ、メディアで注目されているインドはほんの一部よ。そんなんでインドを語ってもらっちゃ困るんだよ、ベイビー」

 ということになります。

 筆者は言います。

「インドではインターネットなんて全然普及していない。万が一接続できていたとしても、データの転送速度には問題があるし、電話なんてブツブツ切れてしまう。

e-learningなんてどころじゃない。そもそも、e-learningとはいうけれど、ハードウェアもソフトウェアの知識もないインドの人に、それを操作することはかなり難しいだろう。

ちなみに、インドのインターネット利用者数は0.5%。これはタイの26%、中国の27%から比べても低すぎる。

そもそも電話を契約するのに8ヶ月待たされる。テレビの保有率は1000人中80名しかない。インドっていっても広いんだ」

 メディアで伝えられるインドの姿とのあまりのギャップに少し驚きました。が、実際はきっとそのようなものなのでしょう。

 うーん、世界は広い。