イタリアン料理のメタファでワークショップを語る!?
先日、佐藤優香さん@国立歴史民俗博物館、上田信行先生@同志社女子大学、元原麻理さん@同志社女子大学たちと、ディナーをご一緒しました。そのときに、聞いた話の中で、とても印象的だったことがあります。
佐藤さん、上田先生らが、ワークショップのデザインを「イタリアン・ミール・モデル」というモデルで説明してくれたのですね(手作りのカードで説明してくれました・・・ありがとうございます)。「料理」をメタファに、「ワークショップのつくりかた」を語ってくれました。それがとってもわかりやすかった!

このメタファを見いだすため、佐藤さんは、実際に青山のイタリア料理屋さんに足を運んで、シェフにインタビューをしたそうです。
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イタリアン・ミール・モデルとは、そのものズバリ、「イタリアンレストランで、お料理がでてくる順番」のことです。それはワークショップの構成を考える上で、参考になる。
佐藤さんによると、イタリアン・ミールは、下記のような順番でサーブされるそうです。
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1.ストッツキーノ:まず、口にするフィンガーフードのことです
2.アンティパスト:前菜です。
3.プリモピアット:パスタ、リゾットなど
4.セコンドピアット:メイン、魚か肉でしょうね・・・
5.フォルマッチョ:チーズのことです
6.フルッタ:フルーツですね
7.ドルチェ:いわゆるスイーツでしょうか
8.カフェ&プティフール:エスプレッソに小さな焼き菓子がついてきます
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上記8つは、フルのイタリア料理ということになるでしょうか。ただ、この行程は、ワークショップをとらえる上で、ちょっと細かすぎるかもしれない。8つを大別すると、下記のように4つに分類できます。「イタリアンミールモデル」では、ワークショップを下記の4行程で把握します。
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【1.アンティパスト】
1.1.ストッツキーノ
1.2.アンティパスト
【2.プリモ】
2.1.プリモピアット
【3.セコンド】
3.1.セコンドピアット
【4.ドルチェ】
4.1.フォルマッチョ
4.2.フルッタ
4.3.ドルチェ
4.4.カフェ&プティフール
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イタリアンミールモデルの詳細について、説明する前に、ひとつ確認しなければならないことがあります。
まず、ワークショップとは、体験を通じて省察を行う場ですね。一見、それは混沌とした場です。多くの人々がフランクに参加しており、一目見ただけでは、そこに「流れ」がよめないかもしれません。
しかし、非常に重要なことは、それは確実に「デザインされている」という事実です。比喩的に言うのならば、「Not noticed but designed」である。デザインをする側の人間は、ファシリテーターといっても、ラーニングデザイナーといってもよい。だが、そこには、「活動を組み立てる人」がいることは間違いない事実です。
そして、「ワークショップがデザインされている」ということは「Well-designed workshop」があれば、「ill-designed workshop」もあることを意味します。「well-structured....」「ill structuered」といってもよいかもしれませんね。
そして、Well designed workshopをつくりだすための目安が、「イタリアンミールモデル」、ということになります。この順番で、活動を組み立てる、と非常にわかりやすいし、成功しやすい。いわゆる「ワークショップデザインのヒューリスティックス」ということになるでしょうか。
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それでは、早速、イタリアンミールモデルについて説明しましょう。
まずは、【アンティパスト】です。
ここでは、最初に会場にきた人たちに、「ストッツキーノ」を振る舞う。これはフィンガーフードです。プチ期待、高揚感を与えるのでしょうか。そして、会場の雰囲気になれてもらうのがこの役割です。雰囲気になじんでもらうためには、ウェルカムドリンクも必要かもしれません。
次に提供されるのが「アンティパスト」です。佐藤さんによると、アンティパストは「席について整える」という意味があるそうです。まず、何らかの活動に従事してもらう。しかし、あくまで前菜ですね。
ここまでがいわゆる「儀式化のプロセス」でしょうか。本当に伝えたいものの前に、その「かまえ」をつくるプロセスです。
いよいよ【プリモ】【セコンド】です。
これがワークショップのメインの活動になりますね。その日、もっとも伝えたいこと、参加者に感じてほしいことをこの活動に埋め込む。【プリモ】は、パスタやリゾット。【セコンド】は肉や魚になるのでしょうか。
よくワークショップというと、参加者に自由に活動させるものと誤解している方がいます。しかし、ワークショップといえども、インストラクター、ファシリテータの「意図」から、自由になれるわけではありません。
【プリモ】【セコンド】では、手をかえ、品をかえて、ワークショップの中心的な活動に参加者をinvolveさせていきます。
そして最後の【ドルチェ】です。
【ドルチェ】とは、リフレクション(reflection : 内省)の時間でしょう。そして、ここには4つの要素が込められている。フォルマッチョ、フルッタ、ドルチェ、カフェ&プティフール・・・ゆっくりと時間をかけて、その日、活動した意味を語り直し、内省する時間です。
イタリアンミールモデルの構成要素8つのうち、4つがドルチェです。そして、実は、僕はここに感銘を受けました。
通常、ワークショップというと、「活動」が主体になるというイメージが強い。しかし、実際は・・・といいましょうか、「イタリアンミールモデル」では、「リフレクション」にこそ、もっとも時間をかけている。このことが重要だ、オモシロイと思ったのです。
これは僕の個人的な見解ですが、「活動すること」、それ以上に重要なのは「リフレクションすること」なのです。
人は、活動後のリフレクション時に最もよく学ぶ。
リフレクションするだけではダメです。それは頭だけでしか、物事を把握できない。活動があって、リフレクションする、このセットと順番が重要かもしれません。
しかし、このことは意外に誤解されたり、忘れ去られたりしている。
活動ありきになったり、体験重視になる。活動したけど、何が何だかわからない。どんな意味があったのかわからない、ということになりがちです。
いわゆる「反知性主義」や「はいまわる経験主義」といった批判は、ここから生まれるような気がします。イタリアンミールモデルは、「リフレクション」の重要性を、思い出させてくれました。
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イタリアンミールモデルを簡単に解説しました・・・。ちょっとはしょりすぎたかな。
あと、もう1つ佐藤さんからオモシロイ話を聞きました。
「調理」と「料理」は違うという話です。
佐藤さんによると、「調理」とは「サイエンス」のことである。要するに、どのような素材を準備し、どのような温度で、どのような行程で、ひとつのプレートをつくるか。これは「調理」というのだそうです。
それに対して「料理」とは、「プレート」間のあいだに「つながり」をつけること。その日サーブする「プレート」ひとつひとつの意味をつなぎ、一貫した「世界観」をつくることだそうです。それは「物語」といってもよい。さしずめ、シェフとは「ナラティヴ・メイカー」なのですね。
ひとつひとつのプレートは、全く違った食材、全く違ったソースでもいい。だけれども、素晴らしいコースには、そこに一連の流れ、物語がある。この物語こそが非常に重要なのです。
こう考えるとオモシロイことがわかってきます。
「調理」ができて「料理」ができないシェフはいるわけですね。サイエンスは実践できるけど、ナラティヴはできない。
逆に「料理」ができて「調理」ができないシェフはいない、ということになります。だって、プレートひとつすら満足につくれないのに、そこにひとつの意味をつくることは不可能ではないでしょうか。
そして、「調理」も「料理」もできる人が、「アイアンシェフ」なのでしょうね。ほら、昨日の話ともつながった。「サイエンス」だけではダメなのです。また「アート」「クラフト」だけでもダメなのではないでしょうか。「サイエンス」「アート」「クラフト」の3つのバランスが重要なのですね。
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とにかく、その日のディナーでは、いろんなことを話しました。また、ここに書いたことは、あくまで僕の解釈したことですので、必ずしも、佐藤さん、上田先生がおっしゃりたいこととは違うかもしれません。
しかし、「イタリアンミール」のメタファは、わたしたちに、重要なことをいくつも思い出させてくれるメタファのように思いました。ワークショップだけじゃない。これは授業開発のモデルといっても、D論執筆のモデルといっても、そう問題はないのです。大変パワフルな概念ツールのように思います。
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※佐藤さん、CSK松本さんによる解説が下記にあります。
http://learningart.net/blog/comments.php?y=06&m=09&entry=entry060926-122555
投稿者 jun : 2006年10月02日 06:00
コメント
中原先生
活動して、リフレクションして、と
たしかにそこでワークショップは完結するのですが、
僕の個人的経験から少し思うところがありました。
よいワークショップというのは、
その後の日常生活、日々の活動の中でも、
たえず反復、反芻されるものではないでしょうか。
活動して、リフレクションして、生活にする。
ワークショップの外まで影響するとすれば、
well-structured、well-designed
に加えて、
well-imaginedでしょうか。
それとも、well-situatedとかでしょうか。
投稿者 kawai tohru : 2006年10月02日 18:06
当日の様子、ディナーの様子がラーニングアートのblogにあります。ご覧いただければ幸いです。
http://learningart.net/blog/index.php?entry=entry060926-122555
http://learningart.net/blog/index.php?entry=entry060924-232017
あと、僕のblogにもあります。
http://www.nakahara-lab.net/blog/2006/09/learning_bartodai_2.html
投稿者 中原淳 : 2006年10月02日 18:46
>よいワークショップというのは、
>その後の日常生活、日々の活動の中でも、
>たえず反復、反芻されるものではないでしょうか。
>ワークショップの外まで影響するとすれば、
>well-structured、well-designed
>に加えて、
>well-imaginedでしょうか。
>それとも、well-situatedとかでしょうか。
なるほど。
ワークショップの効果が、日常の生活に埋め込まれる
という意味ですね。そのとおりだと思いました!
なかはらじゅん
投稿者 中原淳 : 2006年10月02日 18:48
初めてコメントします。
ある幼稚園の管理職をしながら、幼児教育・保育関係の実践研究会のスタッフなどもしています。
中原さんのサイトは、ブログになるずーっと前からブックマークさせていただいていました。
直近の二つのエントリーに感銘を受けました。
実践を語るということは、「アート」と「サイエンス」と「クラフト」で語るということなのか、と体験した出来事と繋がった気がしたからです。
その出来事とは・・・
この8月に、青山学院大学を会場に「子どもと保育実践研究全国大会」を開催し、佐伯胖さんと渡部信一さんの対談を企画しました。
ところが、対談の途中からフロアの幼稚園や保育所の先生たちの表情に「?」マークが・・・佐伯胖さんは「サイエンス」で突っ走ってましたから・・・
実は、私立幼稚園を経営しつつ保育者養成校の教員もしているスタッフが司会をしていました。
渡部さんの「伝統芸能での学び」の話を受けて、司会者が
「保育の現場でも、若い保育者に、私はああいう風になってみたい、という憧れの姿があって、なりたい自分の目標があると、あまりうるさいこと言わなくても、何か学んでいくんじゃないか」
「ところが子どもに対してなかなか待てないというのと同じように、若い先生方に対してもやっぱりなかなか待つことができないという、そういう文化が一方で保育の現場にはある」
と「翻訳」していくことで、フロアに「納得」の表情が広がっていくのを見たのでした。
投稿者 相馬 : 2006年10月02日 18:54
上田先生によりますと、
http://learningart.net/blog/index.php?entry=entry061003-165216
アンティパスト - attention
プリモ - engagement
セコンド - interaction+communication
ドルチェ - reflection
エスプレッソ - awareness
だそうです。
なかはらじゅん@自分へのメモ
投稿者 なかはらじゅん : 2006年10月03日 17:49
相馬さん、こんにちは!
>ある幼稚園の管理職をしながら、
>幼児教育・保育関係の実践研究
>会のスタッフなどもしています。
>中原さんのサイトは、ブログに
>なるずーっと前からブックマー
>クさせていただいていました。
ありがとうございます。
うちの妻は、幼児向けの番組を
つくっています。
そんなこんなで、幼児教育には非常に
興味をもっています。
>渡部さんの「伝統芸能での学び」の話を受けて・・・
なるほど。そういうことはありそうですね。
一人の人間が、サイエンス、アート、クラフト
風の語り口を使い分け、伝えるのは、シンドイ
ことですね。わたしも苦労しています。
なかはらじゅん
投稿者 なかはらじゅん : 2006年10月03日 17:55



















