The Long & Winding Road - 2004/02

        


    
"Spring comes" by Miwa
    


2004/02/29 Student conference

 26日

 お昼、博報堂生活総合研究所に勤務し、現在、MITに留学している鷲田さんとパワーランチ。お互いの研究について紹介しあう。

 僕は協調学習と企業内教育について説明。鷲田さんからは、シチュエーションマーケティングという携帯電話を使ったマーケティング戦略について教えてもらった。ご著書も献本いただきました。ありがとうございました。

博報堂生活総合研究所
http://www.athill.com/

関沢英彦・鷲田祐一・ミカエル=ビョルン(2002) シチュエーションマーケティング―ケータイ時代の消費を捉える新発想. かんき出版, 東京

 午後、コープリーの図書館へ。夕方、25日からきている酒井君、八重樫さんとリーガルシーフードへ。カキを堪能する。

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 27日

 朝、ケンブリッジのアダルトエデュケーションセンターへ。英会話、少しだけ慣れてきたが、まだまだ。帰り際、先生と少し話す。今日はハーバード大学内の美術館で実地訓練。

 昼、酒井君、八重樫さんと待ち合わせ。ハーバード大学教育大学院のStudent reseach conferenceへ参加。マスターとドクターの学生さんたちが、自らの研究を発表する機会で、「ガットマン」図書館で開催。

Harvard Graduate School of Education
http://www.gse.harvard.edu/

 ポスターセッションでは、「ボストンのアーバンスクールにおける親の参加」「ガボンにおけるインターネットを用いた教育資源の提供」「ハンドヘルドと協調学習」「コミュニティオブプラクティス - スポーツ指導員たちのコミュニティ」「コミュニティオブプラクティス - ハンターたちのコミュニティ」などを手当たり次第聞く。中にはまだ計画段階のものもあるが、完成した研究を聞くのよりも、なんだかとてもオモシロイ。僕のしらない文献など多々あり勉強になる。

 2時からのセッションでは、「Informing teacher practice : Second language acquision and student attention」というセッションに、八重樫さんらと参加。

 このセッションでは、桑原さんとロシア人のオルガによる「Learning english through dialugue jounaling」の発表があった。ESLの教師と生徒によるJournal(交換日記!?)が、生徒のWriting skillの向上にどの程度に影響しているか、というご発表。1) リサーチメソッドにMixed Approachを採用していたこと、2)Journal上に展開されるダイアローグを、VygostkyのZPDとみなし解釈していたのが、印象的。

 その後、田口さん、conferenceで出逢ったミツモリさん夫妻、オルガ、桑原さん、酒井君、八重樫さんらと一緒に、オーボンパンでお茶。

 ミツモリさんの旦那さんは、銀行にお勤めの経験がある方で、銀行の営業担当の人がどのように契約をとれるようになるか、についてお話を伺った。とてもおもしろかった。

 オルガが旦那さんと夫婦ケンカしたときに、旦那さんからポエムが送られてきて感動した、という話にはびっくりした。ポエムですか・・・。ロマンチックなことこの上ないが、僕には死んでもそれはできそうにない。

 夜は、ノースエンドのイタリア料理屋でお食事。かなり美味しかった。飲み助の勘、それは店をWebで探していたとしてもアタルものなのだ。

 Terramia ristorante
 http://www.terramiaristorante.com/

 シアワセ。


2004/02/27 Virtual schooling

 26日、早朝起床。

 酒井君と八重樫さんがくるので、お掃除。9時にMITへ。そのままデューイ図書館へ。ESLのクラスにでた。今日は「若者の自律」をネタに討論。あえなく玉砕。

 ハーバード大学へ。「Virtual schooling」と題したセッションに田口さん、桑原さん、中原で参加。このような場に誘ってくださった桑原さん、ありがとうございました。

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Virtual schooling :
21st century learning in online education

講演者:Liz pape(Virtual high school)
講演者:Maureen Yoder(Lesley university)

■今日のお題:Teacher Professinon Development
 1.レズリーがオンラインで教師に提供している教育モデル
 2.VHS(Virtual High School)のプロフェッショナルモデル

 教師の専門性発達(Teacher's Professional Development)を
 オンラインでやった2つのモデルのお話


■レズリー大学のモデル
・Technoogy in education degreeを1979年に提供
(アメリカの中でも群を抜いて早かった。)  
・目的は、効率的に思いやりのあるかたちでテクノロジーを教育現場
 で利用できる教師の育成
・1997年オンラインで11コースを提供
・卒業もVirtualでやる
・サイトに行き、ガウンやハットを選び、オンライン卒業式→ 生徒を大切にする
・「褒める」ことにかなりの重点を置いている
 「大人であっても褒められたい」

 ↓(どんな人が教えてるのさ)

■レズリー大学のコース概要
・下記の3種類のスタッフがいる
 1.コースファカルティ(CF)
 2.アドジャンクトファカルティ(AF)
 3.メンターファカルティ(MF)

・CFは、コースをオンラインで提供
・AFは、コースをオンラインで提供
・MFは、教員のケア、カリキュラム、事務処理、技術補佐


■レズリー大学の学生
・42states 17countriesからk-12の教師が参加している


■レズリー大学のコース、評価
・98%の在籍維持率、非常に高い。ドロップアウトは2%
 →出席率などのチェック機能がちゃんとある。
 →高い在籍維持率の理由
・学生の満足度は高い
・学生からの評価としては、評価が高いのは下記の2点。
  1.「インストラクターからのフィードバック」
  2.「インストラクターからの命令」
・学生からの評価が低いのは下記の2点
  1.「Online learning community」
  2.「Collaborating with classmate」


■インストラクターの授業戦略
・学生たちのコミュニケーションを促進すること
・ディスカッションのファシリテーション
・プロジェクトにフィードバックをすること
・コンストラクテイブアプローチを採用したアサインメントをつくること
  【悪い例】
   ワシントンについて何か書きなさい
  【よい例】
   ワシントンとブッシュの外交政策を比べ、共通点を議論してね


■VHS(Virtual High School)
http://www.goVHS.org/
・200以上のバ−チャルハイスクールによるNPOのコンソーシアム
・7年間オンラインコースを提供している
 獣医学などの専門的な授業もある
・立ち上げの理由
  ・多様な学習者・教員のサポート
  ・オンラインなので、学習障害者、聴覚障害者、身体障害者
 慢性的な病気を持つ人にも学ぶ喜びを与えることができる。
  ・教員も退職者、具合が悪い人などでも参加可能

  ↓(Online Highschoolの運営には教える人が必要)
  ↓(教師トレーニングが重要になる)
  ↓(Online pedagogyに必要なスキルとは何か?)

■実際、VHSの教師には下記のようなスキルが必要だ
・コミュニティビルディングのスキル
・プロジェクトベースの学習、協調学習をファシリテートする能力
・オンラインダイアローグを促進する
・学ぶ目的を特定し、アセスメントができるようになる
・National StandardをみたすNetcourseを開発する

  ↓(で、どう教えるか?)

■VHSのProfessional Development、2種類のコースがある
1.NIM(Netcourse Instructional Methodologies)
  ・VHSで教えはじめる前に終わる
  ・既存のVHSコースをカスタマイズ
  ・15週間、10時間から20時間
2.TLC(Teacher learning conference)
  ・VHSでコースをつくる前に終わる必要
  ・自らオリジナルのNetcourseをつくる
  ・15時間から25時間、22週間にわたって
  ・基本的には「Model - model format」で学ぶ
  ・教師が生徒になってみて、オンラインで教えることを学ぶ
  ・98%くらいの教師がプログラムを修了する
   →大人の学習者が直面する問題に敏感>
   →サポートがたくさんある。
  ・4年から5年の経験をつんだ教師がくる


■コスト
  ・スクールが教師を派遣し、それに対して払う
  ・費用は3500$
  ・個々の学校がテクノロジー教育、もしくは専門性発達の予算
   の中から支弁

(本メモの作成にあたっては、桑原さんから補足をいただきました。)

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追伸.
 ハーバード大学では、誰でも参加できるようなゼミナールが、毎日のように開催されています。クッキーとか、飲み物とかがでて、リラックスして話を聞ける。形式張らない、このような会を、帰国後は開催したいなぁと思いました。ブラウンバック=ランチセミナーとかね、いいじゃない。

 ところで、こちらにきて印象的な場面のひとつに、同じ領域の研究者同士が非常にフレンドリーにつきあっている様子っちゅうのがあります。実際のところはわからないよ、もちろんさ。「このチョメチョメ野郎!」とか思ってるのかもしれないしさ、それはわからない。だけど、少なくとも、テーブルについたときの様子はとってもフレンドリーで、相互に存在や研究を尊重しあっているかのように僕には見えます。少なくともお互いの研究の「よさを見つける」「おもしろがる」「褒める」っていう姿勢があるように思います。

 たぶん、細かいことをいいだしたら、研究のアプローチや研究の目的なんかは、全然違うんだと思う。研究者なのだから、それが同じなわけがない。でも、そのアプローチの違いや目的を、「個人と個人のつきあい」に反映させないっていうのかな。

 プロフェッショナルさを感じます。


2004/02/24 Open Course Ware (オープンコースウェア)

 朝、英会話。昼、MITのオーボンパンで田口さんと待ち合わせ。彼女と一緒にOpen Course Wareのプロジェクトで、評価を担当しているスティーブのところにインタビューにいった。OCW(オープンコースウェア)とは、MITがやっているプロジェクトで、MITの授業の素材をすべて公開しますよ、という出版プロジェクト。

 Open Course Ware (オープンコースウェア)
 http://ocw.mit.edu/index.html

 スティーブは、もともとエマーソン大学で遠隔教育部門で働いていて、OCWには途中から参加したとのこと。今日は、「MIT OCW Evaluation Strategy & Plan」という書類と、それに従って行われたデータをもとに話をしてくれた。

 ちなみに、このPlanは、スティーブと他2名の評価スタッフによって提案され、外部の評価アドバイザリーボードに意見をもらって、つくられました。評価アドバイザリーボードの中には、ジョン=シーリー=ブラウンもいました。

 Open Course Wareの評価プランは、多様なデータをもとに評価を行う「ポートフォリオアプローチ」を採用しているとのこと。下記のような評価を行っている。

 1.Program Evaluation
    ・Webアナリシスを使った定量的な評価
     - アクセス数などを把握
    ・Intercept Survey(Pop-up windowによるアンケート調査)
     - 2000人のサンプルをもとにした調査
    ・24人へのインタビュー調査

 2.Process Evaluation(オペレーションオリエンティッドな評価)
    ・コスト調査
    ・データベースへのトラッキング調査
    ・知的財産に関係する調査
    ・ファカルティサーベイ

 評価の結果、いろいろなことがわかったが、そのデータはまだ整理中なので公開できないとのこと。僕らは少しだけ見せてもらったけど、まだ、お話しすることができません。

 ひとつおもしろかったのは、OCWの利用者の話。

 OCWの利用者は、「Self-learner」「student at another univ.」「Educator」の3つのカテゴリーにわかれている。「Self-learner」が全利用者の51.6%、「Student」が30.9%、「Educator」が4.4%だったらしい。彼らは、この利用者カテゴリーごとに、彼らがどのようにOCWを利用するかっていうシナリオをつくっていた。まぁ、いうたら仮説みたいなものです。で、ある程度は彼らのもっていたシナリオどおりにOCWは使われたんだけど、ひとつだけ予想もしなかった使われ方があったといっていました。それはライブラリアンが、自分の図書館にどんな新刊を買えばよいのかを判断するときに、OCWがよく利用されていたんだって。意図しない使われ方もあるんですね。

 ちなみに、この3つのカテゴリーごとにOCWに対する満足度を聞いた調査の結果もでていて、70%以上の満足度を示していたとのこと。

 次に、OCWの組織についても話を聞きました。

 現在、OCWはどのように運営されているのかっていうと、下記のとおりです。

 まず、「OCWコアチーム」というのがいます。これは、全責任をおうエグゼクティブディレクター、予算や雇用を管理するアドミニストレーティブオフィサー、テクノロジカルディレクター、コミュニケーションマネージャ、そしてスティーブのエバリュエーションコーディネータの5名。ここに正規のファカルティはもういません。これは同種の日本のe-learningサイトの運営とは決定的に異なるね。日本の場合、ファカルティが中心になって構成されるチームで実施されるか、ボランティアで好きな先生がやるかのどちらかのように思います。

 じゃあ、ファカルティは何もしてないのかっていうと、違います。コアチームをアドバイスしているのが、ファカルティから構成される「OCWファカルティアドバイザリーコミッティ」です。彼らは、OCWの立ち上げ時期には、コンサルタントを雇っていろんなプランニングをしていました。OCWが遠隔教育を目指さず、出版をめざすと方針を決めたのも彼らだとのことでした。でも、いったん決まったら、プロジェクトをもう専門のスタッフにまかせてしまったのですね。

 コアチームの下には、3つの部門がありますね。テクノロジーとパブリケーション、知的財産処理部門です。一番重要なのは、パブリケーションの部門で、ここにはファカルティリエゾンとデパートメントリエゾンという2つの下部組織がある。デパートメントリエゾンというのは、授業を公開してくれるファカルティとの調整役で、一番しんどそうなところだよね。どちらも多くは、MITの卒業生を雇用しているとのこと。理由は、簡単で、ファカルティとお話をするには、ある程度の専門性をもった人じゃなきゃ、つとまらないから。

 ファカルティは、各学部において、TAを数人やとって授業をしています。中には、スローンスクールのようにInstructional Desinerをやっているところもある。

 MITは、STELLARというコースマネジメントシステムを2001年から導入しています。これは、いうたら、授業のWebサイトを簡単につくれるblogみたいなものかな。これは学習環境と把握されていて、通常、ファカルティはこれを利用している。その中から、OCWに協力してるファカルティを見つけ、出版するのが各デパートメントリエゾンの仕事です。

 STELLAR
 http://stellar.mit.edu/index.html

 OCWは出版、学習環境はSTELLARと明確に分かれていることがオモシロイですね、おそらく、ここにはいろんな意図があると思いました。なお、OCWへの出版は、エグゼクティブディレクターのアンが、各デパートメントの学部長をまわって協力をあおいでいるとのこと。そのあとで、デパートメントリエゾンがファカルティのもとをたずねるのでしょう。

 徹底した役割分業による強固な組織ですが、もちろん、最初からこんな組織図ができていたわけじゃなくて、OCWの発展とともに進化してきたのだそうです。

 そんなわけでインタビュー終了。

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 オフィスに戻って、田口さんとラップアップトークをしていたら、ラーマン先生と、OCWのアドミニストレーティブオフィサーのパンに逢いました。彼らに田口さんを紹介したあと、ラーマン先生にひとつ質問。

 「MITには、多くの教育のリソースがありますが、たとえばシンガポール - MITアライアンスとOCWには、何か関係があるのでしょうか。」との質問にラーマン先生は、「明確にはない。が、重要なことは前者は授業のオーナーシップは、MITがもっている。だが、OCWの方は、オーナーシップは各ファカルティにある」と返答してくれました。オーナーシップの違いによって、どのような意味があるのか、わかりませんが、今後、シンガポールアライアンスの人たちにも話をきいてみたいと思います。

 THE SINGAPORE-MIT ALLIANCE
 http://web.mit.edu/sma/

 パンはデパートメントリエゾンのターミーを紹介してくれると言ってくれました。

 いずれにしても、二人でまた聞き取りにでかけたいと思います。


2004/02/23 ゲロでそう

 土曜日

 ひたすら原稿書き&編集作業。久しぶりに9時間も、コンピュータにむかった。夕方、宮川先生のレキシントンのお宅でパーティだった。田口さんとご招待された。お寿司、うれしい。れいこさん、ひかるちゃんに久しぶりにお逢いした。けんちゃんは、もうおねむだった。ひかるちゃん、田口さんと、カルタ。オトナの世界の厳しさ、少し伝わっただろうか。ともかく、ごちそうさまでした。ありがとうございました。

 宮川先生のお宅で、「博報堂生活総合研究所」からMITにきている鷲田さんと奥さんとはじめてお逢いする。携帯の研究をなさっているそうなので、木曜日にパワーランチをすることに。帰ってきたのは、夜11時をこえていた。少し疲れていたこともあり、ワインがおいしかったこともあり、シオシオのパー。

 日曜日

 早朝起床。ていうか5時はないだろ、早すぎだ。ジジイっぷりを発揮。そこから、ひたすら原稿書き&編集作業。久しぶりに10時間も、コンピュータに向かった。ゲロでそう。

 5時、MITへ。ジムに立ち寄り運動、その後、セントラルスクエアで待ち合わせ。MITでHelth and technologyのドクターコースに通っている「ようこちゃん」のお宅に、田口さん、桑原さんと行った。みんなでようこちゃんのつくってくれた日本食をいただきました。おいしゅうございました。そこから5時間以上、全員でしゃべくりまくり。なんだか知らないけれど、時がたつのは早かった。

 ようやく原稿提出にめどがついた。執筆メンバー全員に修正原稿を送付。28日の脱稿めざして、最後のツメ。

 来週の予定。

 火曜日、MIT Open Course Wareの評価担当者のスティーブにインタビュー。水曜日はハーバードで講演に参加。なんと、この水曜日には、酒井君と八重樫さんが我が家を訪問。木曜日はMITでミーティング×2。金曜日はハーバードで学会に参加。来週日曜日は、我が家で「石狩鍋パーティ」をすることに。

 そして人生は続く。


2004/02/21 あわせワザだよねー

 ここ数日、本の編集作業でやられ気味だったので、しょーもないことしか書けませんでした。今日はいつものように、近況報告。

 19日

 この日は、CECIが実施しているプロジェクトのひとつであるTEAL Projectの授業を見に行きました。案内は、台湾からCICEに客員できているセンベン君がしてくれた。田口さんも一緒にいった。

 TEAL projectは、簡単にいうと、MITの大学一年生600名が受講する物理の時間を、よりコラボラティブにしちゃおうというプロジェクト。

 TEAL Project 授業Webページ
 http://web.mit.edu/8.02t/www/

 物理の授業で伝統的に行われている教師からの一方向的な講義をさけ、協同実験やデモ、クイズなどを縦横無尽におりまぜて、学習者が協同して学べる、しかも、キチンとパフォーマンスがでるような授業をつくろうとしているのですね。で、どうやってコラボラティヴにするかっていうと、クラスルームそのものを設計しています。

 まずはクラスルームの設計をみてみましょう。

TEAL Project
   
  

  

まずクラスはこんな感じになっている。1クラスが約80名。それをだいたい12のグループにわけ、グループごとに円卓にわかれてすわる。テーブルには、2名の学生に1台ずつコンピュータがおかれている。コンピュータは、教師のパワーポイントの提示、実験結果の入力、各種ビデオやシュミレーションをみるのに使われている。ちなみに、教室には机が12個。プロジェクタが前面3面、サイドに2面ずつ、バックに1面。レクチャーは教室の中央で授業をする。1授業にTAが6名。

  
TEAL Project
   
  

  

左が2名から3名の生徒で共有するコンピュータ。1台のコンピュータを敢えて共有させるのは、協調学習を物理的に促進するため。そのほか、生徒ひとりひとりには、右のようなレスポンスアナライザがもらされていて、適宜、教師の発問にしたがって答えを入力する。
  
Educue
http://www.educue.com/

  
TEAL Project
   
  

  

グループ毎に、すみっこの柱にホワイトボードがある。ホワイトボードでは、応用問題などを適宜とかせるらしい。このホワイトボードなかなかの優れもので、下のボタンをおすと、右のカメラが作動し、そこに書いてあるものを、教室中に張り巡らされたプロジェクタにうつす。

  

 この日の授業は下記の要素から成立していた。

 1.事前準備
   学生たちはテキストと問題を解いて授業にのぞむ
  
 2.講義
   最初の数十分はレクチャーから講義をする
  
 3.実験
   
コンピュータを共有している人同士で協同で実験にのぞみ、その答えをコンピュータに入力
  
 4.結果の検証
   各グループが入力した答えは、講師のコンピュータに送付、全員で結果を共有
  
 5.ブレイク
 
 6.講師からのレクチャーとデモンストレーション
    
 7.応用問題の提示
   生徒はレスアナで回答、答えはただちに集計されグラフ化
   
 8.アサインメントの提示

  田口さんいわく、「授業の各構成要素、それを支えるテクノロジーはそれほど新しいものではないが、あわせワザだよねー」とのこと。様々な学習のリソース開発を、同期をとりながら行い、しかもそれを1つの教室に統合し、そこでキチンと授業ができる人を養成するのは、本当に大変なことであると思った。

 ちなみに、センベン君によれば、この教室で学んだ学生のアチーブメントテストの結果は、通常の教室で学んだ学生よりも統計的有意に優れているとのこと。また、この授業を成立させるため、全TA、リサーチスタッフ、そしてファカルティまじえた会議を毎週1度行っているのだそうだ。授業のプリントやシミュレーションプログラムなどは、センベン君やCECIのTAがつくっており、ファカルティはそれに修正を加えて授業を行っているようであった。

 これに類するものとしては(やや違うけれど、教室環境を含めてコラボラティブな環境をデザインしようという研究の志向性の類似性において煮ている!?)、日本でいうと、中京大学の三宅なほみ先生のところで、協調学習のための環境開発をやっていらっしゃったはず。こちらの方は、帰国後、益川君にお話を聞かせてもらえたらな、と思っている。残念ながら、マスカメラは2月19日でとまっていた・・・。(中京大学といえば、前にLOT研にきてくれたことのある、東風荘君や今田君は元気だろうか・・・)

 高度メディア社会の協調的学習支援システム
 http://www.crest.sccs.chukyo-u.ac.jp/~crest/index.html

 益川君のページ
 http://www.crest.sccs.chukyo-u.ac.jp/~masukawa/

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 20日

 朝、ケンブリッジエデュケーションセンターで授業。お昼ハーバード大学で田口さんと待ち合わせ、田口さんがアポをとってくれた「Webペダゴジー」のブラウンバック・セミナーに参加。これはICGと田口さんのいるデレクボクセンターが共催しているセミナーで、ちゃんとお昼ごはんもでたぞ。

 本セミナーでは発表が3本。

 1本目の発表は、フランス語を教える先生。テキストアノテーションツールというものを開発し、授業で使用しているとのこと。要するに、Webのフォームにテキストを入力すると、コンピュータがそれを形態素分析し、単語1つ1つにアノテーションがついたり、イメージがついたり、ハイパーリンクをはれるようになるよ、というものであった。

 2本目の発表は、HOTO POTATOというアンケートジェネレータを開発しましたよ、というもの。これを用いると、選択問題やマルチプルチョイス問題など、様々なアンケートを作成できるらしい。フリーで配布。

 3本目の発表は、Flashを使って日本語を学習するモジュールをつくりましたというもの。パーティでの人探しや、地図を使ってのナビゲーションなど、様々なコンテキストのもとで日本語を学習できるようになっていた。

 今回のWebペダゴジーセミナー、ややテッキーで、ペダゴジーの部分がなかったのは残念だったなと思った。それを使ったら学生にどんなイイコトがおこったのか、学生からはどんな反応が寄せられたのか、参加者の中には各発表に対して指摘を行っている人もいた。全く同感だった。しかし、まぁ、いいじゃないの・・・明日また日は昇る。

 また次回を楽しみにしている。


2004/02/20 編集中

 企業内教育本の原稿締め切り日。ただいま、鋭意編集中。結局、相当夜更かししてしまった。途中で切り上げて寝ようと思ったのだが、ふとんに帰ってからも、いろいろと考えが浮かんで眠れぬのだよ。それにしても、編集作業ってかなりツライねー。

 今日は、午後にTEAL Projectというものを見に行ったが、そのことを書く元気、今はない、というか既にない。このことについては、また今度。


2004/02/19 生ブロッコリー

 今日は自炊しました。

 面倒くさいので、これまでこっちで自炊はしてなかったんだけど、耐えかねたね、もう。

 ていうか、日本で壮行会など開いていただいたときにですね、海外経験のある方々から、「アメリカは冷凍食品が充実してるから大丈夫だよ」という話を聞いておったのですが・・・それね、ホンマですか?・・・全然数種類だと思うんですけど・・・。もう一巡しちゃいました。ていうか、僕が毎日食い過ぎだから悪いのかねー。

 で、今日はね、早速、ペンネのグラタンと、クラムチャウダー、ブロッコリーサラダをつくりました。やっぱりいいねー、うまいねー、この方が。

 なんせかんせ、こっちは「ブロッコリー」は「生」で食べるんだけど、これがとても耐えられん。なんだか、口の中が緑のツブツブだらけになっちゃうんだよね。今日は煮たぞ、ちゃんと。これだけで、立派なゴチソウじゃねーか。なぜ煮ない?アメリカ人。

 パスタ、チャウダー、サラダと来れば、ワインだよねー。いや、別にこの組み合わせじゃなくても、結局飲んでるんだけどね。

 それにしても、こちらのワインはおいしいねー。カリフォルニアのワイン、これ安いんだな。日本の売価の3分の2くらいだと思います。特売になると、半額かな。うーん、こりゃ、いいねー。僕の好きな樽の香りのするシャルドネが、なんと数$で飲めるんです。

 うちの近くには、「The cellar」というワイン専門店があるのだね。アンタ、罪な店だよ、全く。その店の地下には、ワインバーがあるみたいなんだけど、まだ行っていない。ていうか、時間の問題だな、僕がそこに出没するのは。

 今日は、ブロッコリーが柔らかかったので、ご機嫌だね、僕は。ご機嫌最高だからね、ワインだけじゃなくって、焼酎も飲むしかないねぇ。ちょっと前にカミサンから「江戸切子」と「焼酎」をプレゼントでもらったのですね。

 さらにご機嫌だね、焼酎で。手でもったときの感触がよいね、江戸切子は。
 このまま寝るしかないね、おやすみ・・・それにしても、 今日も疲れたなぁ。


2004/02/17 人は物語から学ぶ

 人は物語(ストーリー)から学ぶ

 もし仮に、僕が、「あなたの研究の背後仮説は何ですか」、と問われたなら、真っ先にあげる命題がこれである。

 エスノグラフィーを書いたいた学部時代、そして、教育工学研究に取り組み初めた大学院時代、さらには書籍執筆の機会を得るようになってからも、僕のアタマから、この命題が離れたことはない。

 先日、ある雑誌でロジャー=シャンクの対談原稿に出会った。おー、これはよい機会だと思い、シャンクの書いた下記の本を開いた。前はとばし読みしていた導入部分を読み直した。

Schank, C. R.(2001) Designing world-class e-learning - How IBM, GE, Harvard bussiness school, & Columbia university are succeeding at e-learning. Mcgraw-hill

 この本、シャンクが自らの理論に基づき、e-Learningに書いたものである。「e-Learning by doing」という彼の哲学がビシバシと反映された本で、事例も豊富。大変読み応えがある本だ。

 実は、この本、ちょっと前に、谷垣さん@元・NECユニバーシティに読むことを勧められた本だった。この本には他にもいろんな方が注目していて、たとえば、一色さん@東京大学、ナレッジプラットフォームからも、シャンクに関する貴重な情報を数々いただいていた。

 人材教育 谷垣州一さんの記事
 http://www.jmam.co.jp/jinzaimm/2003/2003-11.html

 ナレッジプラットフォーム
 http://www.knowledgeplatform.com/kp_japan_v2.html

 でさ、前に読んだときはザーッと呼んだから、「あー、learning by doingだ、レストランスクリプト的だ」という感じで、前書きとか導入部分はとばし読みしていたんだけどさ、今回読み直してみたら、嬉しい一文があったんだね。

 それがこれさ。

人材育成部門のつくるジョブ=ディスクリプションから、完全に排除されてきたのはさ、物語(ストーリー)なんだってーの。ていうかさ、オイラはさ、これ、言っときたいわけよ。

(省略)不幸なことにさ、ストーリーは、これまで伝統的な社内トレーニングの中に十分いかされてこなかったんだよねー。

(Schank 2001 pp22 激意訳、子どもはマネしちゃダメ)

 そうなんです、これよ、これ。

 僕の背後仮説のキーワードが「物語」であること、そして、これまで執筆してきた書籍などで、なぜ、学び手や作り手の「生の声」にこだわるかってきたかは、すべてこの思いに由来するのです。

 人が本当に何かをわかるためには、まずは、その人の内側から発せられる、その人の声に耳を傾けてみる。そして、あたかもその人に「なってみる」。それは決して怪しいイカサマチックなことではなく、人間の記憶形式が物語的である故に生じることなのだね。

 で、シャンクさんはe-learnig教材をつくるとき、徹底して関係者のインタビューにこだわるわけです。失敗事例も含んだ、試行錯誤シミュレーションを中心とした教材をつくるわけ。彼の教材の開発方法の実際、それをもとに開発した教材のインタフェース画面等については、上記の本を読んでね。

 この1文に出逢い、なんだか勇気づけられた日でした。

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追伸.
Stuckしていた「大学院や企業におけるオトナの学び研究」の調査を開始し始めた。いろいろな方々にアドバイスをもらった、本当にありがとうございます。やってみなわからんけど、なんだかうまくいきそうな気がする。


2004/02/17 実践共同体(Communites of practice : COPs)

 実践共同体(Communites of practice : COPs)とは何か?
 それは既存の組織体と何が違うのか?

 上記のような理念的、概念的問いの先には、下記の問いが待ち受ける。

 実践共同体をどのようにしてつくりだすか?

 一般に、エティエンヌ=ウェンガーの主張する実践共同体は、「インフォーマルな集まりで、どこからともなくニンニキニキニキと人が集まって、ある日突然、智恵をつくりだすかのような組織体」として理解されているが、これは全くの誤解である。

 ウェンガーがいみじくも述べるように、そこにはいわゆる「マネジメントのパラドクス」が存在する。

 それは相互貢献に基づく自発的な発展を見せるが、決して、「真空」の中に生まれるものではない。それをカルティベートするためには、コミュニティを見極め、育て、インフラを整備し、評価していく必要がある。

 僕の研究は、協調学習研究である。人々がいかにして協調して学ぶかを考えることは、「学習者のコミュニティをどのようにしてつくるか」について考えることでもあった。数少ない僕の経験から言っても、この指摘は恐ろしく正しいと思われる。

 また、ナレッジマネジメント、ナレッジクリエイション、知識コミュニティ、blogコミュニティ、コミュニティ・マネジメントなどなど・・・今日も生み出される、様々な造語と「実践共同体」を全く別の領域を扱った概念として考えることは、間違っているように思う。

 よいコミュニティでは、知識も創造される。知識が創造され、そこに優秀なファシリテータがいれば、そこで生まれた知識は、コミュニティメモリーとしてアーカイブされ、マネジメントの対象となることもある。そのインフラとしては、最もよいふさわしいツールが選択されればよい。

 要するに何が言いたいかというと、こうした似た概念は、それぞれが全く異なっているものではない。人間は人間であり、彼/彼女が生み出す知識は知識。学習は学習である。

 こうした造語の中には、同一の問題領域を論じる際に、それを語る側が言説の差異化を行うために、政治的かつ経済的に生み出された概念であるものもある。振り回されてはいけないと僕は思う。

 要するに、何が目的で、どんな人たちを集め、どんな活動のもと、何を生み出したいのか?という根本的な思いが、コミュニティをつくりだす側に問われている。

 実践共同体をどのようにしてつくりだすか?

 下記の本は、このアポリアに取り組む上で参考になると思われる。

Harvard Bussiness school press(ed.)(2001) Harvard Business Review on Organizational Learning. Harvard Business School Press

 上記の本の巻頭をかざるのが、WengerのCommunities of practiceの論文。非常にコンパクトにまとめられている。
  

エティエンヌ=ウェンガー(著)・櫻井 祐子(訳)(2002) コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践. 翔泳社, 東京

 Harvard Bussiness school pressの論文で概略をつかんだ方には、より詳細な上記がお勧め。
  

Davenport, T. H. & Prusak, L.(2000) Working Knowledge: How Organizations Manage What They Know. Harvard Business School Press.

 豊富な事例のもと、なぜ知識に注目するのが重要なのかをといた本。
  

Saint-Onge, H. & Wallace, D.(2002) Leveraging Communities of Practice for Stategic Advantage. Butterworth-Heinemann

 CoPをどのようにしてつくるか、ということに徹底的に細かくこだわった実務担当者よりの本。最後には、ツールキット(ワークシート)がついている。

 なお、僕がHarvard bussiness reviewの論文を読んだときにつくったメモを公開します。このメモ、あくまでメモで、翻訳ではありません。僕自身の意見や問題の捕らえ直し、自分の研究に引きつけた拡大解釈などが随所に確実に含まれています(どこに入っているかは忘れた・・・)ので、くれぐれもご注意ください。引用などを行うときは、必ず原典にあたってください。

Wenger, E. & Snyder, W.(2001) Communities of practice : The organizational frontier. Harvard business press(ed.)(2001) Harvard bussiness review on organizational learning. pp1-20 (読書メモ) 作成 中原 淳

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追伸.

 今日の夜、田口さんのお宅で開かれたオコノミヤキパーティに参加した。MIT Media Labの人たちが中心に20名くらいが参加。とても楽しかった。Media Labのすべてのマスターコースの学生さんたちは、R.Aとして勤務しており、それぞれがスポンサーの企業をもっているという。某キッチンメーカのスポンサーのもとで、インタラクティブなキッチンをつくっている人もいて、とても刺激的な会話ができてよかった。今日の会、準備等で大変田口さんにはお世話になった。ありがとうございました。


2004/02/16 ネットワーク

 いつものように本を読み、いつものように英語に四苦八苦しつつ、時にインタビューなどに出向く日々が続いている。

 生活のリズムが落ち着いてきたのと同時に、少し焦りもでてきたのも事実。

 こちらで取り組もうと思っていた2種類の研究のうちの片方が、なかなか目に見える成果をだせないでいる。成果といっても、論文にするとか出版するとかいうレベルではなく、それ以前の話。具体的にいうと、大学院や企業におけるオトナの学び研究。これを研究する人たちとのネットワークを、なかなか見いだすことができないでいる。

 文献を読み、問題領域のある程度の輪郭はつかんだが、今、ドラマティックに動いているキーパーソンに出会えていない。否、それが「見えてない」ということは、僕は、まだ「わかっていない」ということを意味する。

 焦っても仕方がないのは百も承知だが、僕の滞在期間は限られている。それは長いようで、あまりに短い。今日でこちらにきてはや1ヶ月。この調子だとアッという間に、この期間は過ぎてしまうだろう。

 焦ってはいけないが、のんびりしてもいけない。
 綺麗に整頓されたキッチン、静寂の中、独り考える。


2004/02/12 アメリカの教育は
 
 こちらにきて、切実に思うようになったことのひとつに、「アメリカの教育は...かくかくしかじかである...」と一括りにして、ものごとを語ることの怖さというものがあります。

 特に小学校、中学校、高校についてはとっても危険だと思います。実は、大学も事情はそれほど実は変わらないんだけど、ちょっと別の論理が働くので、その話はまた別の機会に。

 特に小・中・高の教育の形態、本当にむちゃくちゃ多種多様だし、日本のようにコントロールがきいていないような気がします。よいところもあれば、全然ダメダメプープーなところもある。だから一括りにしてはマズイような気がします。

 その違いはどこから生じているか、というと、k-12の場合、多くは親の社会階層ではないでしょうか。それに付随する居住地域といってもよいのではないでしょうか。

 僕が住んでいるボストンの事例でいえば、「ケンブリッジ」と「ダウンタウン」と「サウスボストン」では全く違った国といってもいいくらい違いがあるらしいです。ちなみに、これでもボストンはその差が非常に少ない方の都市だとのことです。

 社会階層決定論に与する意見を述べるのは、僕自身、かなり避けたいことではあるけれど、この国に関しては、それが、k-12の子どもたちに提供される教育のよしあしを決める非常に大きなファクターになっていることは間違いないのではないでしょうか。

 「アメリカの○○の社会階層に属する子どもたちに提供されている教育は...」というのなら、そういう物言いは、一番最初の何も制限のない物言いに比べれば、まともかもしれない、と切に思います。

 日本の教育、それが、親の社会階層の影響を受けていないとは、逆立ちしても言えないことではあるんだけど、アメリカほど、「親の社会階層→子どもの教育のよしあし」という因果は少ないような気がします。もちろん、最近は教育特区などの構想がでてきているし、例の指導要領の下限解釈もあるので、以前ほど、すべての国民に均一な教育が提供されているわけではなくなりつつありますが。

 それにしても思うのは、このまま行けば、日本の教育はアメリカ型に近くなるんだろうけど、それでいいのかな、ということ。これは、正直なところ、渡米するまで、全く思いもしなかった考え方でした。どちらかといえば、僕は、括弧付きの「アメリカの初等、中等教育」をアタマに思い浮かべていたのかもしれない。

 「アメリカの教育とは○○である」...語り尽くせぬその多様性 - それは正にも負にも開かれる多様性 - を、あまりに「美しく簡潔な言葉」で表現してはなりませぬ。


2004/02/11 TAトレーニング

 田口さんと一緒に、ハーバード大学のTAトレーニング(ハーバードではTeaching Fellowというが、わかりにくいのでTAに統一する)を参与観察する機会を得た。先日、話を聞いたトムと田口さんとの間で、やりとりが続いていて、ボクもそれに便乗させていただいた。

 今日、行われたのは、「授業のWebサイトの作り方」「オンラインディスカッションボードの作り方」「Webコンテンツの作り方」である。ハーバード大学の人文学部では、Instructional Comuting Groupという部門をつくって、こうした業務にあたっている。

 Harvard Instructional Computing Group
 http://icg.harvard.edu/

 MITもそうなんだけど、ほとんどの授業はWebに授業素材がいろいろ公開されているそうだ。ちなみに、MITの場合は、Stellarというコースマネジメントシステムが使われている。僕のESLのクラスでも、授業中で配布される資料、そして宿題は、すべてSTELLARで確認することができる。

 MIT STELLAR
 http://stellar.mit.edu/

 ハーバードのものは独自仕様のようだ。機能としては下記のようなものがある。

 シラバスの公開
 アナウンスメント/授業に関するニュースの管理
 レクチャービデオの登録
 ギャラリー(ファイルフォルダ)
 イメージベース(画像をスライドショーで見せる機能)
 アスク・ライブラリアン(図書館にいる専門の司書にすぐコンタクトをとる機能)
 eメールバック(授業メンバーにメールを送信する)
 サインアップツール(ファカルティのオフィスアワーを予約する機能)
 グローサリー(授業の用語集)
 コラボラティブ・アノテーションツール(テキストに付箋をつけていく機能)
 Q & Aツール(アンケートをつくる機能)

 マニュアルはこちら
 http://icg.harvard.edu/docs/index.html#handbook

 特にものすげーなーという機能はない。いわゆる標準的なWeb技術だけで実装できるものだ。最近のLMSには、このくらいの機能をもったものはあるし、贅沢を言わなければblogでも代用できるものである(僕はツールにこだわりはない)。ファカルティは、この中から必要な機能を選択し、授業のWebサイトをつくることができる。

 しかし、1点、これは日本の大学ではなかなか難しいなと思うことがあった。技術的にできないわけではない。技術的には可能なのに、なぜかできないことなのだ。

 それは情報の一元化、それによるシームレスな情報のフローである。

 ハーバードのシステムでは、1) コースマネジメントシステム、2) 教務課が使用するような基幹のシステム(生徒のIDや成績を管理しているもの)、3) 図書館のシステムのデータベースが相互に接続され、すべて統合されているのだ。

 生徒は、My.Harvardとよばれるポータルサイトから、アクセスすれば、すべてのリソースにアクセスすることができる。ディスカッションボードのプロフィール表示欄には、学生証に貼ってあるのと同じ顔写真がのっている。

 My Harvard
 http://my.harvard.edu/cgi-bin/portal.cgi

 なぜできないのかは自明だから今更言わない。自明なことではあるが、その根は深い。

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 夕方、カーネギー教育財団の飯吉先生にHotel@MITでお逢いした。留学した当時のこと、カーネギー教育財団に勤務することになった経緯など、いろいろお話を伺った。非常に楽しかった。

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追伸.

ハーバード流、オンラインディスカッションのファシリテーションの仕方に一瞬びっくりした。いわく、インタラクションを増やすためには、話題を絞ればよい。話題を絞るためには、新規のメッセージ投稿を避けることである。故に、ハーバードのオンラインディスカッションのシステムには、「5件までの新規投稿しか許可しない機能」が実装されていた。確かに、こうすると、5件以上は新規投稿ができないから、返信をするしかない。


2004/02/10 アンビリーバボー

 7日

 昼は英会話グループの会合へ。夕方MITにいき、ボストン日本人研究者交流会に参加。
もちろん、僕ははじめての参加になる。月一回、ボストン近郊にいる研究者たちが集まって、お互いの研究内容を話すという会らしい。

 ボストン日本人研究者交流会
 http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/6659/

 今日の話題は、「フォークソングから読み解くアメリカ文化史」と「RoboCupと夢考房: ロボット達によるもう一つのサッカーW杯と 学生達によるもう一つの大学教育」。

 前者は、ブラウン大学のPh.D. candidateの舘さんという方の発表で、フォークという音楽のジャンルが、人々にどのように解釈され、どのような意味において歌われたのかを歴史的に論じたものであった。もともと、communalでアノニマスな人々がoralで語り継いできたフォークが、時に政治的に解釈されていくプロセスがおもしろかった。

 後者は、金沢工業大学の出村先生の発表。出村先生は、MITで一年間Visiting scholarとして研究をなさっていた方だそうだ。金沢工業大学が誇る「夢考房」で、ロボカップの中型リーグの研究グループを指導なさっていた方だった。

 夢考房とは、授業以外で、意欲のある学生が、あるテーマに協同で取り組むことのできる施設の名前。そこではスポンサー企業に支えられたプロジェクトがいくつも立ち上げられ、スバラシイ成果をあげている。夢考房には、単なるハコではなく、専属の技官が十数名存在しており、ファカルティとともに、学生の学習をケアしている。

 金沢工業大学については、既に様々なメディアにとりあげられているので、ここではあまり論じない。おそらく、近年、高等教育関係者がもっとも引用するのが、この大学であろう。興味のある方は、下記のURL、あるいは下記の書籍をご参照ください。

 金沢工業大学
 http://www.kanazawa-it.ac.jp/

 夢考房
 http://www.kanazawa-it.ac.jp/yumekobo/

 金沢工業大学における教育改革への取組み
 http://www.kitnet.jp/chisiki-chie/img/kyouikukaikaku.pdf

  夢考房の成功は、

 1) 理事会のトップダウンの改革
 2) 1)によるファカルティの教育観とティーチングスタイルの転換
 3) 学生を陰ながら支える専属技官(同窓生)の存在
 4) 参加者を希望者だけに絞っていること(学年の5%が夢考房のプロジェクトに参加)
 5) バイトすらできないほどのインテンシブな教育
 6)プロジェクトすべてがスポンサー企業に支えられ、見守られていること

 にあると思った。

 夜は、そのまま懇親会へ。びっくりしたのは、僕のESLの教官であるアイゼアにあったこと。彼は、金沢工業大学の出村先生が読んだとのこと。出村先生は、先学期、アイゼアの授業を受けていたとのことであった。

 アイゼアは、17歳で韓国からアメリカにわたり、UCLA、UCバークリーをへて、今年MITの教官になった。3年間日本語を勉強していたとのことで、日本語がかなり上手だった。

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 9日。

 朝、CECIのスタッフ会議へ。はじめてスタッフ全員と顔をあわせた。このような会議は、月に1度行われているらしい。

 ラーマン先生ほか、数名のプロフェッサーとともに、Administrative staffのパメラ、メグ、Technical Staffのカーリーたちが会議を進める。客員研究員や、TAなども参加している。お互いファーストネームで呼び合いながら、会議がはじまった。

 びっくりしたことは2点。

 1点目は、スタッフの専門性。研究のこと、そしてお金のこと、学生のこと、そのすべてをファカルティ以外のスタッフがそれぞれの専門性に基づきながら熟知し、議論に参加していること。

 CECIは、Singapore-MITアライアンス、韓国プロジェクト、物理教育改革プロジェクトなど、いくつかの大きなプロジェクトを抱えているが、このスタッフの専門性がなければ、物事はうまくいかないのだな、と実感。

 2点目、意志決定の速さ。会議は、「Operationalスタッフからの報告」「Administrativeスタッフからの報告」「○○プロジェクトのバジェットについて」「夏のセミナーのスケジューリング」と続いていったが、すべての意志決定はその場でなされ、人がアサインされ、スケジューリングがなされいた。

 「その件は、おいおい考えていくということで」
 「その件は、今後の議論をふまえて決定するということで」

 というような玉虫色の解決は一切なかった。スタッフの報告は、「Good news is.....Bad new is ......」という風なフォーマットでなされていた。デメリットも含め、すべての利害を報告していることが印象的だった。

 その後、1時間のブラウンバックセミナーの開始。ブラウンバックとは、ランチを食べながらの研究ミーティングのこと。ランチはCECIが用意する。さすがはアメリカだわさ、と思ったのは、ランチに2種類あること。つまり、ベジー(ベジタリアン)な人用のランチと、フツウの人のランチ。ベジーと非ベジーの割合は6:4くらい。かなり多いよ、ベジーは。

 今日は、僕が自分の研究、NIMEのこと、日本の高等教育のことなどを語った。質疑応答は、いくつかの質問は、簡単な疑問文にリフレーズしてもらったけど、何とかこなすことができた・・・ホッ。

 特にみんなの質問が集まったのは、日本の大学が受けている規制について。みんな「アンビリーバボー」って言っていた。一方で、独立行政法人化については、「そんなに性急な改革に対して、なぜ日本では議論がまきおこらなかったのか?大学は社会をつくる礎である。アメリカやフランスの大学ならば、学内はおろか国中が紛糾してもおかしくないほどの改革だ」と言っていた。

 いやー、それにしても、1時間はゆるくなかった。今日のランチ、僕はチキンサラダを選んだけど、食った気が全くしなかった。ともあれ、終わってやれやれ。

 夕方からESL、アイゼアの授業。少し疲れたので、おうちに早くかえった。実は、今日、午後11時から日本とテレビ会議がある(日本時間は午後1時)。少しそれまで休もう。やべー、本の原稿の〆切も近い・・・。余裕かますと、火がボーボーだ。

 .....そして人生は続く。

山内さんと接続テストの様子

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 今日お昼に宮川先生からお聞きした話で、印象深かった話。アメリカの企業内の教育は3段階「トップ」「ミドル」「ロアー」に分かれて発展してきたのだという。トップの教育を行うのは、スローンやハーバードビジネススクール、ペンシルバニア大学ウォートンスクールなどの教員。ミドルは、民間教育産業。ロアーは、自社のHR部門という風に分業が進んでいるのだという。前者2つは、アウトソーシングだなぁ。でも、それに対してすべてを一括して自社で行うとする動きも先般でてきているのは事実。どうなることやら。


2004/02/09 ハネムーン

 異文化適応には、いくつかのステージがあるという。

Harris, T. P. & Moran, T. R.(1979) Managing cultutral difference. Gulf publishing company

 まずは、見るものすべてが新しく、ハシが転がったりするのでも感動しちゃう時期。「おー、すげー」「こんなものがあるとは、ステキすぎる」「いいやつじゃねーか、アメリカ人、アンタラ、いかしてるぜ」と無条件に思う。この時期を「ハネムーン」という、これが第一段階ね。そらシアワセだわな。

 それが終わると、「初期カルチャーショック」がくる、これ第二段階。なんだか何やってもめんどくせー、イライラちゃうもんね、という時期。

 第三段階としては、「表層的適応」。言葉はわかるようになって、「うん、ここでもやってけるかもしれない」と思い出す。人によっては、「ガハハ、僕はスゴイ」と勘違いしてしまう時期。

 第四段階は、「憂鬱・孤独」の時期。根本的な文化の違い、考え方の時期が理解できず、イライラする時期。

 第五段階は「再起・反抗」の時期。異文化なるものに対して、「てめー、ちょーしこくなよ、このタコ!」と当たり散らす時期。まー、反抗期かな。

 最後のステージは自律。ようやく人間関係にもゆとりが生まれる。

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 ところで、この異文化適応プロセス、人によってはゆっくり進行し、人によっては全く経験しない人もいるらしい。で、僕はどうかというと...

 たぶんね、僕の場合、このプロセスの第2の時期にいると思うわ。面倒くさいとは思わないけど、なんだかイライラする。何をするのもいちいち時間がかかるし、何をするのも冒険だからさ、ちょっと疲れるんですよね。

 あとは英語かな、これね、これからこちらに来る人もいるだろうから、言っておきますけど、「こちらにくれば劇的に英語がうまくなる」ってーのはウソだと思います。これ大ウソよ。

 ていうかさ、僕もそうだったんだけど、よくさ、「海外留学すれば、誰でも、スポンジに水がしみこむように、英語がアタマにはいってきて、ペラペーラになれる」と思ってたわけよ。それは違います、きっと。いや、自信ねーな、僕だけかもしれんけど。

 ていうか、「僕のスポンジ、水吸わなすぎ」。なんか、変なもの詰まってるんじゃねーか、と疑いたくなる。

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 まぁ、そうはいっても腐ってても仕方がないからさ。ボストンまできて、ヒッキーになっても仕方がない。

 黙って座って、ヒーコラ考えたって、腐り続けるだけだから。あんまり腐ると、本当に手におえなくなるし、だいたい、そうやって腐り続けるヤツは、本当は、何も考えてない。で、誰かが手をさしのべてくれるのを心待ちに待っている。僕も、そうなりゃいいな、と思うことは、正直いってないわけじゃない。

「なんかなめてみたら、ちょっと酸っぱいけど、炒めたら大丈夫じゃない?、このキムチ」
「この牛乳賞味期限切れてるけど、沸騰させて、ココアにいれればわかんないって」

  という程度の腐りぐあいにしておかなければなりません。で、敢えて、炒められたり、沸騰させられたりするべきなんだ。

 ていうか、誰もそんなヤツの面倒なんてみないってーの、みんな忙しいんだから。
 腐りかけたときは、そんなときこそ、敢えて外にでなければなりません。そして、強くならねばなりません。

 と、自分に言い聞かせています。


2004/02/07 パンゲアプロジェクト

 早朝、ハーバードスクエアへ。某所にて熱いトークをかましたあと、地下鉄)でMITへ。

 Media Lab.にて、高崎さんと待ち合わせ。

 高崎さんは、MIT Media Lab.の客員研究員であり、そこで「パンゲア」とよばれるプロジェクトを推進している方です。

 パンゲアプロジェクトの詳細については下記をご覧ください。今週末には、より詳細なパワーポイントの資料が掲載されるとのことでした。

 パンゲアプロジェクト
 http://www.pangaean.org/

 僕なりの説明をするならば、パンゲアプロジェクトとは、下記のように説明できるだろうか。

 パンゲアとは

  世界各国の子どもたちが、
  お互いの存在を確かめ、
  相互の「つながり」を確認しあうために
  MIT Media Labなどで開発された先進的なテクノロジーを使って
  コミュニケーションを行うプロジェクトである

 このプロジェクトのため、高崎さん、そして責任者である森さんらは、NPO法人をつくり、日米両国で推進を行っているそうです。

 この日は、東芝からMedia Lab.に客員研究員としていらっしゃっている谷口さんもまじえて、お互いの研究や活動、興味関心についてはなしあいました。

 最初、「たぶんお忙しいだろうから、あんまり長居してはイカンなー」と思っていたけど、お互いにいろんな話題について話している間に時間はすぎ、気づいたら5時になっていた。それほどオモシロかったです。高崎さん、谷口さん、今日はありがとうございました。

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 実は、僕、このプロジェクトについては、いろいろな方、いろいろな場所で耳にしており、是非一度お話を伺いたいとは思っていたのですが、これまで機会に恵まれず、時間だけが過ぎていました。

 今日、お逢いして、壮大な可能性に開かれている、とても楽しみなプロジェクトだと思いました。

 と同時に、お話をしながら、

1) アクティビティ同士をどのように配列すれば、子どもの学習を持続していくことができるか?

2) いわゆるコラボレーション階層モデル「presence / awareness / communication / collaboration」の第一階層であるpresenceや第二階層であるawarenessを、どう子どもに感じさせ続けることができるか?

 など、今後、いくつか興味深い課題について考えていました。

 高崎さん、谷口さんとは、今度、田口さんやMedia Lab.の方々をまじえて、オコノミヤキパーティをすることになりました。

 これまた楽しみです。

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追伸.

 国際交流基金 日本語国際センターの運営する「みんなの教材サイト」、その開発プロセスを記述した紀要論文が完成したようです。

島田徳子・古川嘉子・麦谷真理子(2003) インターネットを利用した日本語教師に対する教材制作支援―「みんなの教材サイト」の構築と運用. 国際交流基金日本語国際センター紀要 第13号

 このサイトの仕様・デザイン策定には、中原もお手伝いさせていただきました。「みんなの教材サイト」は、全世界にちらばる日本語教師たちのコミュニティ。先日、ユーザ登録数が1万人を超えたそうです。おめでとうございます。今後の発展をお祈りしています。

 みんなの教材サイト
 http://momiji.jpf.go.jp/kyozai/index.php

 関連する論文・資料の入手
 http://momiji.jpf.go.jp/kyozai/TopPage/aboutsite.php


2004/02/06 学部間格差

 アメリカの大学では、学部(大学院の場合は研究科)間の経済格差が、とてつもなく開いています。

 要するに、研究資金や運営資金が、とても潤沢な学部がある一方で、キュウキュウな学部もあるということです。

 この格差は、学生の払っている学費によって生じているわけではありません。それも少しはあるでしょうが、主たる原因ではありません。

 じゃあ、何によって、この格差が生じているか。

 むしろ、企業や政府や財団法人からの競争的な外部資金が、学部内のバランスシート(収入の部)に、どの程度導入されているか、に依存しています。外部資金の多い学部は裕福になる。そうでなければ、ジリヒンになる。非常に簡単な理屈です。

 で、この経済格差は、そこで暮らす人々(教授、事務官、学生)の「生活」の質に微妙に反映してきます。

スローンスクール ラウンジ
   
  

  

スローンスクールのラウンジをはいったところ。昼にいくと、ここでは、スローンスクールに通う各国の学生が、この椅子にフォッフォッフォッと座り談話している。この人たち、将来は企業のトップマネジメントになっていくのだろうなーと思って見ていた。あっ、断っておくけど、僕は今日1日椅子の写真をとってたわけじゃないぞ。朝は授業、昼は研究室、夕方は図書館。
  

 今日、僕は、MITのスローンスクールのラウンジでコーヒーを飲んだのですが、ここの学生ラウンジの椅子、見てびっくりします。革張りの大きな椅子で、ここはホテルか、と思わせるような雰囲気を漂わしています。これまで、いくつかMITの他学部にもいったけど、学生さんが座る椅子を革張りにしているところはありませんでした。細かいことかもしれませんが、そういうことなのです。

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 まぁ、学部間の経済格差の話をしましたが、もとをたどれば、この格差は、各学部に所属しているファカルティ(教授、助教授、準教授)たちが、どの程度の外部資金を獲得してくれるか、に依存しているわけです。

 多くの研究室では、スタッフ(Administrative staffとTechnical staff)と学生を雇い、給料をはらっている話は、1月の日記で書きました。
 (Administrative stafに関しては「付記」を参照)

 どの程度のスタッフや学生を雇うことができるか、そして、彼らにどの程度の給料を保証できるか、これはすべて教授たちの力量にかかっているのです。

 アメリカでは、雇い主が雇用する際、その契約書の中には、下記のような条項があります。

 自分の給料を他人に教えた場合は、その時点で解雇とする

 この条項はスーパーマーケットの店員さん含めて、だいたいどの業種にも適用されていることが多いそうです。もちろん、大学内部の雇用の際にも、この条項が当然含まれています。で、大学の場合、この条項がなぜ必要か、わかりますよね。

 雇われる人間の能力はアタリマエですが、研究室の経済状況によって、同じ事務官でも、全く報酬条件が違うからです。それを人に告げてしまっては、学内によけいな人間関係の亀裂を生む可能性がありますし、労使交渉がおこる可能性もある。だから、こういう条項が加えられています。

 もちろん、教授自身の給料も外部資金に依存していることが多いようです。アメリカの教授の中は、たいてい9ヶ月分の給料しか大学から支給されません。3ヶ月分の給料をうめるのは、すべて外部資金です。

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 裕福な研究室には、人がたくさんいます。

 たとえば20人以上のスタッフ、学生を抱えている研究室もあります。その一方で全く人がいない研究室もある。コンチネンタルブレックファーストと、昼食が振る舞われる研究室もあります。

 院生間にも経済格差があります。有給の院生もいれば、無給でヒーコラ、ヒーコラと、バカ高い学費をはらっている人もいる。それ以外にも、優秀な研究成果をだし、多くの学部資金を導入している研究を行っている院生のもとには、専属のTechnical staffが与えられ、時にはプロジェクトルームが与えられます。他の院生よりも大きな机と椅子、そして電話がそなえつけられています。

 ここではすべてが競争です。それもカタチだけの競争じゃない。
 あなたの明日の経済にすぐに反映する、競争。

 もちろん、こうした類のことは、日本の大学にもないわけではありません。

 「あそこの学部は金がうなるほどあるらしいぞ」
 「あの研究室は企業の人が毎日出入りしている」

 とかいう話は、よく聞きます。が、ここまで格差が感じられることはないのではないでしょうか。それがアメリカの大学です。

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 嗚呼、今、日本の大学は転換点にあります。
 アメリカの大学の経営スタイルにどんどんと近づこうとしている。

 本当のことをいいますと、僕はアメリカの大学の経営スタイルを、手放しでよいとは思っていません。羨ましいな、と思うときもないわけじゃない。だけど、ものすごく危険だな、と思うときも多々ある。

 「競争原理」「市場原理」・・・・最近大流行のこうした考え方を「進歩的な考え」「時代の当然のなりゆき」として、手放しで賞賛することができるのは、それが推進されることで、全く自分の生活が脅かされず、むしろバラ色になると期待できる人々です。競争原理や市場主義は、そういう人たちの美しいイデオロギーでしかありません。

 そういう人たちは既に「持つもの」であることが多い。しかし、世の中には「持たざるもの」の中から非凡庸なる知性が生まれることもある。しかも、学問の場合、「持たざるもの」が苦労して築き上げた理論の上に、「持っている人」の研究知見が依存していることも多々ある。

 イデオロギーに無自覚に追従することは、「持たざるもの」の非凡庸なる知性を殺し、その理論を殺す。結局は、「持つもの」もサバイブすることはしにくくなる。

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 この問題、きっと、答えはでません。ていうか、僕には僕なりの答えしかだせません。
 あなた自身は、どうお考えになりますか?

 今日は大学の話でしたが、ここだけの話、これは大学だけじゃすむ話ではありません。
 教育を生業にして、大学以外の機関に勤務なさる皆さん、これ、他人事じゃないんだってば。

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追伸.

 前にも日記で書きましたが、ここ数週間、本当に多くの方々からメールをいただきます。ありがとうございます、とても励みになります。すべてにお返事を書けているわけではないのですが、いくつかご紹介致します。

 まずは、「北海道を元気にするために教育に何ができるか」ネタ(問題提起)に関連し、こんなご意見をいただきました。

当時の熊本県知事細川護煕が、

「その土地に知的興奮がなければ人材は集まらないし残らない」
(『日経産業新聞』1983年11月)

というように、知的刺激を求める人達は、知的刺激のある場所に集まるように思います。

 全くの同感です。

 僕が「教育に何ができるか」ということを、ハーバード大学の佐藤君とお話しした理由は、上記のような思いがあったからです。「知的興奮」が人々を引き寄せ、継続的かつ長期的に、その地域の活力を維持するためのリソースになると思うのです。そのためには、ワカモノが知的にワクワクしなければならないと思います。そのための場のデザインをどうするか、課題はそこにあると思います。

 次は、鳴門教育大学の山脇先生からいただいたメールです。

"オトナの学び"について日記にとあげられているのですが,私自身も教師として仕事に取り組む中で,学びのおもしろさに気が付き現在に至っています。(省略)学びを深めることによって教師という仕事の上でもいろいろなものが見えるようになってきたということを感じています。

 同感です。教える側にいる人も、学び続ける必要があるようにと思います。先生のおっしゃるように、そのことが「教えるという仕事の意味」を、より深く知り得るきっかけになるのではないと思います。そして、多くの場合、生徒の方も、先生が学んでいるか、否か、ということについては敏感なのではないでしょうか。その意味でも、教える側にいる人間はやはり学ぶ必要があると思います。

 山脇先生は鳴門教育大学で、コルブ(Kolb.D.A)のAdult education theoryをもとに修士論文を書き上げたそうです。お疲れ様でした。また拝読させてください。

 山脇先生のホームページ
 http://yamachin.com/yamachin/

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付記.

 Administrative staffは、多くの場合、高い専門性をもった大学専門職である。民間企業でマーケティングや広報、経理等を担当したものが少なくない。少なくともMITの僕の所属先では、Administrative staffは、個室をもち、部下に数人のスタッフをしたがえて仕事をしている。ちなみに僕の所属先のAdministrative staffは、Open Course Wareの中心的メンバーである。


2004/02/06 インストラクショナル・デザインは続くよ

日本でも2年ほど前からでしょうか、ID(アイディー)、IDer(アイディヤー:インストラクショナルデザイナーのこと)という言葉、いろいろな人の話から聞くようになりました。日本にはIDerがいない、という指摘が、いろいろなカンファレンスでなされていますね。

 ところで、このインストラクショナルデザインに対して、僕自身の感想を述べますと、以下のように表せます。

 知らないより、知っていた方がよい。
 単に知るだけより、一度やってみた方がいい。
 それは奇跡を生み出す魔法じゃないけど、役に立たない呪文でもない。

 上記のように、インストラクショナルデザインは教材開発のメソドロジーとして役にたつと僕自身は思っています。多くの人はそんな感じに思って居るんだろうと思うんですけど。

 ですが、インストラクショナルデザインに対する批判は、随分前からあります。最もラディカルな批判は、「そもそも教授・学習過程をデザインすることはできない」、つまり教授のデザイン不可能性について言及したものですが、ここでは、あまり建設的ではないので、それには触れません。それをいっちゃ、おしまいだろ、と思うからです。それいっちゃうと、崩壊するものは、インストラクショナルデザインだけではすまないと思うのですね。

 ところで、米国国内で典型的に展開されている批判は下記のとおりです。

1. ISDはもともと1950年〜1960年代に向上の熟練労働者の技術向上を背景にうみだされた。だから、もともとそれはゆっくりとした開発プロセスをとる。情報通信技術の進んだ今の社会、求められているのはスピードと柔軟性さ。内容もその価値も常に変わり続ける知識を教えるための技術としては、ふさわしくない。

2.ISDは、インストラクションをつくりだすアルゴリズムであろうとしているんだろうけど、それはどうかな。別にそれに従わなくたって、人はすぐれた教材をつくれるからね。むしろ、その方がよいこともある。ISDは、教授をつくるアルゴリズムやヒューリスティクスというよりは、むしろ、教材開発を成功させるためのプロジェクトマネジメントって言えるんじゃないだろうか。

3.ISDはそもそもしょーもない教材しか生み出せないのさ。柔軟性と創造性に欠けた画一的で均一な従業員の教育はできるかもしれないけどね。

4.ISDのモデルの背景には、学習者はアホで、教授者は賢い、故に学習とはは教授者から学習者への一方向的な知識の伝達であるっていう前提があるんじゃないんだろうか。でも、特にオトナの学習者っていうのは、時に友人などに助けられながら自分で必要なものを自分で学ぶ、チカラがある。そういうことを無視して居るんじゃないだろうか。

Training Feb. 2002 pp27-35

 まぁ、どの批判ももうーんなるほどね、というところもあり、そうかぁと思うところもある。イチャモンチックなところもあるわな、中には。

 というわけで、既述したとおり、これは一度やってみた方がいいと思うんです、自分で。やってみて、ふむふむ使えると思えば、使えばよい。使えないと思えば、使わずともよい。僕はそう思います。

 あんまり難しいことではないと思うのです。たとえばお子さんがいらっしゃる方ならば、単元のひとつを教えるときに、インストラクショナルデザインのプロセスの一部を意識して教えてみればいいと思います。人に何かを教える場面で、敢えてIDのプロセスを、「ここはひとつ!」と試してみればよいのではないかと思います。

 ちなみに、下記は理論的なものも含まれていますが、海外でインストラクショナルデザインの教科書になっているという書籍のリストです。日本語に関しては、前にこちらで取り上げました

Clark, C.(2003) Building Expertise: Cognitive Methods for Training and Performance Improvement. Intl Society for Performance.

Dick, W., Carey, L. Carey, J.O.(2000) The Systematic Design of Instruction Addison-Wesley.

Gagne, M. R. & Medsker, L. K.(1995) The Conditions of Learning Training Applications. Thomson Learning

Mager, F. R.(1997) Preparing Instructional Objectives: A Critical Tool in the Development of Effective Instruction Center for Effective Performance.

Duffy, M. T. and Jonassen, H. D.(1992) Constructivism and the Technology of Instruction: A Conversation. Lawrence Erlbaum Assoc Inc

Reiser, A. R. and Dempsey, V. J.(2001) Trends and Issues in Instructional Design and Technology. Prentice Hall

Rossett, A.(1998) First Things Fast: A Handbook for Performance Analysis
John Wiley & Sons.

Jeroen J. G. Van Merrienboer(1997) Training Complex Cognitive Skills: A Four-Component Instructional Design Model for Technical Training. Educational Technology Pub.

追伸.
  
 夜、MSNメッセンジャーで望月君と情報交換。彼とは、最近、毎日話しているような・・・。3月に望月君がボストンにきた際、研究室訪問にいく先について、いろいろと話した。楽しみだ。こちらの研究者にとっても、彼にとってもメリットになる会となるようにできればと思っている。


2004/02/05 オトナの学習

 オトナの学習研究を知りたいと思い、下記の2冊の本を読んだ。

 前者はボストン大学教育大学院のHuman Resouce Education Programの教科書になっているもの。大出さんに先日お逢いした際、教えてもらった。後者は成人教育学の知見をまとめた古典。

Merriam, S. B. & Caffarella, R. S.(1998) Learning in Adulthood : A Comprehensive Guide. Jossay-bass

Knowles, M. S., Holton, E. F. & Swanson, R. A.(1998) The Adult Learner : The Definitive Classic in Adult Education and Human Resource Development. Gulf Professional Publishing.

 なるほどな、こういう風にまとめるとよいのか、ふむふむ、と思って読んでいたのだが、これはオモロイな、と思うところと、少し疑問を感じる部分があった。

 まずはオモロイなと感じたところ。

 それは前者の本で、「オトナが学びはじめるプロセスにはいくつかのモデルがあるんですよ」というのを紹介していた部分。基本的には、仕事の中で必要に迫られることがトリガーになって、多くのオトナは学びはじめるんだけど、そのプロセスって、あんまり研究されてないよなー。この本からはいくつかのアイデアをもらった。

 願わくばアイデンティティの変容も含めてさ、学びがきっかけで代わりはじめたオトナのプロセスをおうと、オモシロそうだな、と思った。

 両本を読んで疑問に感じたところ。

 それはズバリいうと、「成人教育学」とか「企業内教育学」とかいうコンセプト(タイトルといってもよい)で研究をまとめることが難しそうだな、と思ったこと。

 それはなぜかっていうと、そうやっちゃうとさ、ごたまぜになっちゃう気がするんですよ。

 つまり、上記の本なんか典型的にそうなんだけど、学習対象者が「オトナ」や「企業の労働者」であるゆえにでてきた知見と、もっとジェネラルに人間一般について言える知見がミックスされちゃってると思うんです。たとえば、人間の記憶に関する研究知見が、本の中で紹介されているんだけど、それは子どもにだって、青年にだって、うちの「キヨ婆さん」にだって、あてはまる知見だと思うのです。

 だからといってさ、対象者が「オトナ」や「企業の労働者」である場合に限定された記憶理論なんて構築しようと思うだけナンセンスだと思う。「学習は学習なんだよ」と思わずつっこみたくなる。

 どちらにしても中途半端ですよね。

 むしろ、「企業の○○ワーカーに対するカリキュラム開発」とか、「大学院の○○学生の○○プロセスに関する教育学的研究」みたいな感じで、オトナが学ぶべき場所を研究対象として、そこに対して、あるメソッドでアプローチした方がよいのではないか、それが僕のめざすべき方向なのではないかと思った。

 なんか、うまくいえてないけどさ、この2つって似ているようで全然違うアプローチですよね。
 しょっぱなから間違っちゃうと、痛いからさ、あれーって感じで。研究をはじめるときには十分注意する必要があるな、と思いました。

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 さて今日は、午前中、ハーバードの授業ショッピングをのぞいて、昼すぎにMITへ。午後からは、いよいよESLのクラスに参加。たぶん先生は僕と同じくらいの人で、ユー先生という。宿題は多そうだが、オモシロそうだ。

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追伸.
 ハーバードの教育大学院で「Ed.」という雑誌を入手。この大学院が季刊でだしている雑誌らしいが、特集のひとつに「The making of a 21st century educator」というものがあった。

 Ed.曰く

 アメリカでは「Standard-based reform」 - No Child Left Behindのこと - が進行しているが、求められているのは、子どもがテストをパスするか、しないかってことだけじゃない、と。

 すべての子どもが達成目標をクリアすることを期待されているのと同じように、教師やスクールシステムそのものが評価の対象になるし、変わらなければならん。じゃあ、そのときに何を準備せなアカンのか?

 この問いに対して識者が答えるぞっていう特集だった。

 「かけだしの教師に高い専門性なんか期待できるわけないやん」
 「この改革がきっかけで、ホンマに教師の仕事が効率的になるんやろな?」
 「この改革の礎となるような基礎研究をせなあきまへんな」
 「教育大学院は教師や学生に何を提供するべきなのか」
 「この政策が本当に子どもの達成度を向上させるのか、教育学は明らかにすべし」

 とかいう、いろんな意見が噴出してた。

 さらに勉強したい方は下記をどうぞとのこと。

Jacob, E. & White S. E.(eds)(2002) Scientific research in education. Educational researcher 31(8) pp3-29

Futtrel, M.(ed)(2003) Teacher education Phi delta kappan 84 pp368-390

Scientific research in education
http://www.nap.edu/openbook/0309082919/html/


2004/02/04 ダンベル

 朝、コープリーの図書館へ。英会話グループに参加。今日は、なぜかネィティブの先生がこない。まー、これよくあることね。怒っちゃいけません、どうせドンブリなんだから。各国から集まっている学生たちだけでお昼まで話す、これ意外に楽しかったです。

 ハーバード大学メディカルスクールに留学し、こちらの病院でインターンシップをしている武内さんと、英会話グループで出会い、お昼をオーボンパンで一緒に食べた。

 彼は小児科医で、日本とアメリカの医師免許をもっているとのこと。サウスボストンの病院で、まるでERのような生活をなさっているとのこと。

 MITへ。デューイライブラリーにまたこもる。図書館でコピー。司書のおねーさんがとても親切だった。いろいろとMITの図書検索システムについて教えてくれた。プロだったなぁ。

 6時。オフィスにでて書類&プレゼン作成。8時頃、ジムへ。

 でさ、ここで僕は悟ったね、さすがだわ、アメリカ人、アンタラのパワーには負けたわ。
だてに奴らは肉食ってないって。すごいもん、持ち上げてるダンベルの重さが。

 僕も結構重いオモリで運動するけど、彼らの使っているオモリはさ、僕の3倍はあるよ。中には、40キロくらいのおもりを足につけて、懸垂しちゃってるヤツいるからね。フンフンいってる。

 悔しいけど、ダンベルでは負けたよ・・・フン。


2004/02/03 ロッカーじゃなくてボックスだろ

 午前、MITのESLのディレクターであるジェーン先生のところにいき、先日うけたプレースメントテストの結果をピックアップ。月曜日と水曜日、MITのESLの授業を受けることになった。今週水曜日からの受講。忙しくなるぞ。

 CECIの自分のワークスペースへ。2月9日にプレゼンテーションをすることになっているので、その準備。学会なら何度か経験あるが、英語で長時間のプレゼンははじめてだ。お題は、「ニッポンの大学と情報通信技術」みたいな感じ。オーノー、テーマがでかい。

 お昼は、MIT7号館の前にいるトラックでチャイニーズを買う。

 「ローメン」、要するに焼きそばを食った。ハーバードスクエアとちがって、本当にMIT近郊にはよいレストランはない。学生に一番人気なのが、「トラック」というやつで、要するに"屋台"である。昼頃になると、MITのキャンパスここあそこに「トラック屋台」が出没し、いつとも知らず消えていく。味はマーマーかな、でも量はアホほど多い。

 午後、MITの図書館のひとつである「デューイライブラリー(Dewey Library)」へ。ここは社会科学の専門書、ジャーナルがとりそろえてあるところ。MITのビジネススクールであるスローンスクールとつながっていて、その付属図書館みたいな感じです。僕のワークプレイスのある9号館からは全く反対方向にある。

 久しぶりにここで至福のときを味わう。読みたいと思っていた本、さらってみたいと思っていた雑誌、資料が、ここにはすべてある。早速コピーしまくり。今日は本だけで諦めた。明日は、いろいろな人の発表を聞く会があるけど、そのあとで、もう一度ここにきたいと思う。明日は雑誌を調べたい。

 図書館をでてふと考えた。

 日本でこれだけの文献を探すには、数ヶ月、へたすれば半年はかかる。すべての英語文献がひとつの図書館に所蔵されているわけではないから、なかなか文献をたぐるにも時間がかかるのだ。取り寄せをしているうちに面倒くさくなって諦めてしまうこともあるだろう。

 AMAZONがあるとはいえ、図書館で本や雑誌、その他の原点資料を探すというもの、この機会にしかできない非常に重要な作業であると思った。

 おそらく田口さんは「初任者研修」や「FD」についての先行研究、資料を図書館などでいろいろ探し、既にコピーしているんだろうけど、それは1年後、「初任者研修本」を書くときにもとっても役にたつのではないかなと思った。

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 帰りみち、MITのジムに会員登録。半年間で370$だった。日本とだいたい同じくらいかな、いや、それよりは安いかな。

 会員登録をすませ、さてどれどれ運動でもしようかな、と思ってロッカールームにいったら、びっくりよ。だってロッカーに鍵がないんだもん。でも、いくつかのロッカーには鍵がかかってる。で、近くの学生さんに思わず聞きました。

 そしたらさ、「鍵は自分でもってくるんだよ。もちろん、鍵なし使ってもいいけど、盗まれるぜ、生協で鍵を自分で買ってからここにきたほうがいいよ」だって。

 どっひゃー!

 だってさ、鍵がないんだったら、なんでこの四角な箱を「ロッカー」て呼ぶんだよ。全然ロックできねーじゃねーか。そりゃ、「ロッカー」じゃなくて、単なる「ボックス」だろ!、ボックスとよべ、ボックスと。

 とはいえ、文句を言っても仕方がないので、トボトボと帰りました。せっかく運動しようと思ってはりきっていたのに、悲劇この上ないね、と思っていたらさ、さらなる悲劇がはじまるわけよ、アンタ。

 何を隠そう、自分のワークスペースに、自宅の鍵とワークスペースの鍵をすべてロックアウトしてしまったのですね。ジムからひーこらひーこら歩いて自宅にかえって、さぁ、郵便物でもとろうか、と思った瞬間に青ざめたね、ぼくは。

 ひゃー、どないすんねん!って感じよ。

 自宅もオフィスもオートロックだから開くわけがない。管理人は食事なのかしらんがいない。否、そもそもマンションの中に入れないから、彼と連絡をとる手段なんかない。

 はひー。

 もうね、いちいちリアクションでかなるわ。

 結局、一度MITに戻り、学生さんに鍵のことを聞いても、明日まで鍵を開ける手段はないってことがわかりました。で、もうダメモトで家に帰ったら、管理人が玄関口で丁度帰ってきたところで助かりました。アリガタキシアワセ。

 ヤマありタニありだよなー。こちらにいると、なんだかすっごい生活や感情の起伏が激しいんだよな。それにしても、なんだか疲れた一日だったな。


2004/02/02 十二分に足りてない

 日曜日。

 ハーバード大学教育大学院に通う佐藤くんと、ハーバードスクエアで待ち合わせ、タイ料理屋でお昼を一緒にした。

 佐藤君は僕と同じ年に北海道札幌に生まれ(秋田大学の姫野くんと幼稚園がいっしょだそうだ、世界は狭い)、某大手銀行をへて、今、ハーバード大学で教育政策を学んでいる。

 近年のアメリカの教育政策の変転と政権の交代をからめて論じることが、彼の、主な研究の関心だそうだ。将来は、政治の世界に進むことを考えているのだという。

 佐藤君とは、いろいろな話をした。

 なぜ北海道で不況が続くのか?
 北海道を元気にするためには、教育に、そしてワカモノに何ができるか?
 
 No Child Left Behindやチャータースクールの背後にある政治的意図は何か?
 No Child Left Behindやチャータースクールは、どのような逆機能をもつか?

 日本の教育は、市場競争原理を中核原則としたものに変わるべきなのか?
 日本を元気にするためには、どこに教育的資源を集中投下すればよいのか?

 いずれの問いも答えなどでるわけがない。それほど大きな問いである。しかし、お互いの考えを話し、すぐに数時間が過ぎた。先日、ハーバード大学の桑原さんと話したときもそうだったが、時間は飛んでいた。

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 セントラルスクエアの自宅への帰る途中、ぼんやりと歩いていて、ふと思ったことがある。僕がこうした「大きな教育問題」を、日本で大まじめに人前で語ったのは、いつが最後だったのか?、と。

 少なくとも大学院の時代は、そういう機会が多々あった。研究室でのグダグダトークではあったが、僕は、自分の身にあまる大きな問題に対して、自分の答えを語っていた。

 しかし、時がたつにつれ、僕は日々、目のまえにある会議や書類やメールや論文執筆におわれた。それはそれで僕なりの精一杯の努力であったし、悔いのない時間の過ごし方をしようと努力はしてきた。

 しかし、僕は忘れた。

 たまに他人に、こうした問題について尋ねられたときには、どこかで聞いたような話をさも関係あるように引き合いにだしながら、巧妙に問いをずらしていたのかもしれない。語り得ぬものと語るべきものを慣れた口調でごたまぜにし、いつかどこかで考えたことを繰り返し語っていたのかもしれない。先日、カミサンにもそのようなことを指摘された。少しだけショックだった。

 修行が足りない。そう、十二分に足りてない。

 ケンブリッジにきてよかった。その夜は長い。


2004/02/01 愉快

 なぜかはわからないですけど、最近、僕のホームページを見てくれた学生の方、大学院生の方からメールを、いくつかいただきました。本当にありがとうございます、励みになります、アリガタキシアワセ。

 すべてにお返事を返せていないけれど、この場を借りてご紹介。

 いつもHPを見ています。
 (省略)
 このあいだの日記で、ハーバードの学生のことが書かれていましたね。

 中原さんは、彼らの読書量はすごいと言ってましたが、日本の大学院生もまじめに研究やっている人はそのくらい読んでいるのではないでしょうか。(省略)それに研究室に寝泊まりしてまで、資料をつくったり、プログラミングをしたりしている時間だって、負けないと思います。ハーバードとかMITとか、日本の大学院であるとかはあんまり関係ないと思います。結局、その人次第ではないでしょうか。

 そうですね、おっしゃるとおり!

 こういうメールはとても嬉しく思います。愉快、愉快。是非、ステキな研究を生み出してくださいね。とても楽しみにしています。

 第二番目は女性の方。

learning design研究ですと、海外の研究が注目されることが多いのですが、わたしは日本初の研究って、必要なんじゃないかと思っています。文化も社会的背景も違うですし、わたしの経験からも、海外の研究にそのまま注目してもあまり意味がないと思えるときもあります。(省略)いくつか超える壁はありそうですが(英語もそのひとつでしょうか:笑)、そういうものを見てみたいと思います。

 そうですね、おっしゃるとおり!

 日本から発信する研究ってかっこいいですね。愉快、愉快、愉快。僕も及ばずながらチャレンジしたいものです。

 最後は宣言文です。

 今日、○○さんとふたりで飲んでいたのですが、「(省略)1日100p読んでいるらしいので、僕らも頑張りましょう」ということで合意しました。僕らもやります。

 ちなみに宣言したのは、某大学の某酒井君です。
 オトコに二言はない。


 NAKAHARA,Jun
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