「レッスン100回、本番1回」:「基礎・基礎・基礎・基礎・挫折モデル」を乗り越えて

 ちょっと前のことになりますが、中野雄著「小澤征爾 覇者の法則」(文藝春秋)を読みました。

 僕は音楽に関しては、全くの「門外漢」なのですが、この本は小澤征爾さんの歩んでこられた足跡を辿ることができ、非常に面白く読むことができました。

 特に、小澤さんの師匠、齋藤秀雄さんと小澤さんの抜き差しならない個人レッスンは、おいそれと「師弟関係」と簡単に形容するのが憚られるほど、おそらく愛憎含まれるものであったのではないか、と推察します。

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 個人的に、本書の中でもう一点興味深かったのは

「レッスン100回、本番1回」

 というセンテンスでした。

 これは、誤解を恐れず書くならば、

「本番の舞台にあがって1回演奏することは、レッスンを100回やることと同じくらいの教育的意義がある」

 という意味ではないかと推察します。
 厳密には本番1回を可能ならしめるのは、日々の地味なレッスンでありますので、そう二分法的に考えるのもどうかと思うのですが、「本番」、そして「舞台にあがること」の意味を考える上では、とても象徴的なワンワードだなと思いました。

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 これに関連して、昨年末、東京大学教養学部の福山佑樹さんが中心になって、Holzman,L.(ルイス・ホルツマン)の書籍を読むという読書会がありました。福山さん、また参加なさっていた研究者の皆様には、お忙しい中、貴重な学びの時間をいただき、感謝しています。

 ホルツマンは、近年、舞台・パフォーマンスなどの概念を持ちながら、ヴィゴツキーを軽やかに解釈しおし(ある先生の言葉を借りれば、軽やかに誤読し!)、非常に魅力溢れる社会実践をなさっている方です。

 そこで話題になっていたのは、ホルツマンの理論が、「学習にまつわるあらゆる二元論」を相対化しようとしていることでした。

 ホルツマンが相対化しようとしていた二元論のひとつに、二元論の「王道オブの王道」!?の「情動と認知の二元論」というのがあります。

 一般に、研究の世界では、情動(感情)と認知は「別のもの」とされ、「別々」に研究されるか、あるいは、前者よりも後者の方が探究価値のあるものとされ、後者だけにスポットライトがあたっている側面があります。自戒をこめていいますが、研究者としての私自身にも、どうしても、そのような傾向があることを吐露しておきます。

 ホルツマンの理論は、「舞台」「パフォーマンス」という補助線を用いながら、「情動」と「認知」を分けたものと考えないところに特徴があります。ワンセンテンスで申し上げますと、情動と認知がともに影響し合いながら、人が発達する瞬間を「舞台の上のパフォーマンス」に求めるのです。その様子は「ステージラーニング(Stage learning)」ないしは「Learning on Stage」と形容できるのではないかと思います。

 そして、「ステージラーニング」は、理論の発想は、先の小澤さんを紹介する書籍に紹介してあった

「レッスン100回、本番1回」

 に近しいところもあるのではないかな、と感じていました。ま、軽やかな誤読?かもしれませんが(笑)。本番一回のもつ飛躍的成長の可能性を信じる。それを可能ならしめる機序として、舞台の上のパフォーマンスを持ち出す、という意味では、近しいベクトル上にあるものなのかなと思いました。

 しかし、ともすれば、よく巷で起こっていることは、舞台の前の日々の繰り返しのレッスンが、あまりに単調で、かつ、意義を感じられないものだけに「本番」に至る前に挫折してしまったりする事態です。

 基礎・基礎・基礎・基礎・基礎

 と基礎を積み重ねているあいだに、やる気が失せてしまい、本来ならば

 基礎・基礎・基礎・基礎・基礎・本番(飛躍的成長)

 といかなくてはならないのですが、

 基礎・基礎・基礎・基礎・基礎・挫折

 となってしまう事態ですね。嗚呼、これありえますね。「基礎・基礎・基礎・基礎・基礎・挫折モデル」です。僕のピアノがもしかすると、これかもしれない。「基礎・基礎・基礎・基礎・基礎・挫折・消失」・・・嗚呼。
 かくして、本番の舞台にのって、さ、パフォーマンスせなアカンぞ!と追い込まれ、周囲の期待と視線に支えられながら成し遂げられる飛躍的成長が毀損される事態が起こってしまいます。

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 音楽のみならず、ビジネスにおいても、基礎はやはり重要なことです。しかし、一方で「基礎」を積み重ねる先にあるもおの、人がパフォームする瞬間や、舞台をどのようにセットするか、がもうひとつ重要な視座になるのではないかと思っています。ま、軽やかな論理飛躍かもしれませんが(笑)。

 そして人生は続く

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追伸.
 先だって日本の人事部で講演させていただいた模様を、下記のような記事にしていただきました。日本の人事部の長谷波慶彦さん、林城社長にはお世話になっております。
 先日、TAKUZOがこの記事の、僕の写真を見て、「パパ。みんなの前で、何、歌ったの?」と言っておりました。
 あのぅ・・・歌ってるんじゃないんだけどね・・・。

日本の人事部
http://hr-conference.jp/report/r201411/201411-F.html