徒弟制ロマンティシズム症候群を超えて:立川生志著「ひとりブタ」を読んだ!?

 徒弟制度のなかに潜む「希望」と「絶望」
 師と弟子のあいだにある「親愛の情」と「のっぴきならない緊張感」
 出会いと別れに通底する「人間の業」

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 落語家、立川生志さんの著した「ひとりブタ」を読みました。本書は、20余年にわたって、立川生志さんが、師匠・立川談志さんのもとでつんだ修業時代を綴った本です。

「師と弟子」「徒弟制度」といいますと、いっぱんに、人材開発業界では、ある種の「ロマンティシズム」をもって語られることが多いのですが、本書に綴られているそれは、そのロマンティシズムを「せせら笑うか」のように感じます。

 師匠・談志さんに、右を向け、と言われたら右。左を向け、と言われれば左。
 その様子を著者は「一度でも逆らった者は許さねぇサディズム」と語ります。しかし、一方で、師匠には「ここでまで来いとい親心みたいな厳しさ」が存在すると綴ります。言い得て妙。非常に興味深い表現です。
 畢竟、徒弟制度、師匠と弟子を「一面」のみから語ることは、どこか片手おちなのです。それはポジティブな側面、ネガティブな側面を両面併せ持つ制度であると理解できます。

 立川生志さんは、大変な実力者ではありましたが、二つ目にあがるのも、真打ちになるのも、大変苦労なさった方でした。師匠・談氏が「うん」と言わなかったからです。その理由は、ぜひ本書をお読み下さい。

 巻末、ようやく真打ちに認めれた際、師匠は弟子に下記のような言葉を贈ります。

 生志
 かけ昇れ
 暴れてこい
 聞かせてこい
 笑わせてやれ
 人生を語ってこいよ
 俺がついてらぁ

 立川談志
 
 この言葉がでるまで20年かかった理由を想像するとき、徒弟制度、師匠と弟子、というものの「すさまじさ」に、姿勢を律したくなります。

 そして人生は続く