ステータスを乱高下させることで達成される仕事:ヒラメとラオウと白昼夢

 インプロヴィゼーション(即興劇)の概念に「ステータス(Status)」という概念があります。
 英語で「ステータス」とは、文字通り「状況・立場」という意味ですね。ここでは、その言葉を「ステータス=意思疎通を行う相手にあわせて、自分がその場で採用する相対的な社会的位置」と把握しましょう。

 要するに「ステータスが低い」とは、「相手をたてて、自分が謙っていた態度をとっている(へりくだった)様子」です。その様子は「サーバント」に近い状況かもしれません。
 対して「ステータスが高い」とは「相手に毅然たる態度を示し、自己主張している状態」と考えることにします。
「ステータス」は社会的身分とはとりあえず関係ありません。エライ人でも、大変腰の低い、つまりはステータスの低い人もいます。一方、若者や新入社員でも、ステータスの高い人もいます。

  ▼

 ところで「世の中にはステータスを上下させることで成立する仕事」があります。
 すぐに思いつくのは、たとえば、研修講師や教師という仕事も、典型的な、そのひとつです。

 時に、意図的に自らのステータスを下げて、学習者に主導権をわたし、それぞれの自発的・創意工夫にあわせて意見を述べあってもらう。
 しかし、一方で、時には、自らのステータスを上げて、学習者に毅然たる態度で、物事を伝達する。

 意図的、かつ、戦略的に(しかし熟達していれば自動的に)ステータスを上下させることで、集団を「考えさせる」方向にもっていくことが求められます。

 教える側のステータスがずっと高い状態であれば、学習者のあいだに「押しつけられ感・やらされ感」を生み出します。
 一方で、ステータスがずっと低い状況であれば「なんで、オマエがこの場に必要なんだ感」を生み出します。
 その仕事は、ステータスの適切な管理で成立しているともいえそうです。

 ところで、話は変わりますがマネジャーというのも、「ステータスを上下させる」役割を担った職種です。

 かつては、ステータスがずっと高いマネジャー、すなわち、ごりごりの「北斗の拳のラオウ的オラオラマネジャー」も、通用していたのかもしれません。一方で、ステータスが常に低い、常に誰かの機嫌うかがっている「ヒラメのようなマネジャー」もいるのかもしれません。

"ラオウ"みたいなマネジャーになれ!:上司によるリーダーシップ開発とラオウ再生産理論!?
http://www.nakahara-lab.net/blog/2013/02/post_1959.html

  ▼

 が、しかし、一般には、マネジャーの仕事は、状況にあわせて、ステータスを乱高下させて、時には部下の意見を「ひきだし」、時には毅然とした態度をとることが求められます。どちらがいいとか、悪いとか、そういう問題ではありません。チームで成果をだし、個を伸ばすために、自分のキャラクターにあった、ステータスの適切な管理が必要になる、というだけです。

 しかし、一方で、「ステータスを乱高下させること」、すなわち、「自らの社会的ポジションが、常に不安定で定まらないこと」は、精神的な疲労も、生み出します。社会学者ホックシールドならば、この状況に、いわゆる「感情労働の地平」を見るかもしれません。
 なぜなら、「ステータスを乱高下させなければならない」ということは、常に「役割演技」をしなくてはならないということです。
 また、適切な役割演技をしなくてはならないということは「常に相手をモニタリング」していなければならないからであり、「相手の状況」におうじて「自分を変えなければならない」からです。

 ずっと「一カ所」にいることができるのだとしたら、もしかすると、ずっと楽かもしれない。
 ずっと同じポジションを守れれば、こんなに疲れることはないのかもしれない。
 ステータスを乱高下することで仕事をなす人々は、時に、そんな「白昼夢」を見るのかもしれません。

 今日のあなたは
  どんなステータスで
   誰に接していますか?

 そして人生は続く

追伸.
 今日の話の詳細に、もしご興味をお持ちになったとしたら、高尾隆×中原淳著「インプロする組織」をご参照下さい。