「間身体的な模倣力」を欠如した親子、合気道教室に通いはじめる!?

 ここ最近、TAKUZOと合気道のクラスに通いはじめました。
 ちょっと前に、人づてに「合気道というのは、自分から攻撃するワザではなく、相手の力を受けて流す武道なのだ」ということを耳にして、漠然とあこがれを感じたのがきっかけでした。

 ま、一人でいくのは寂しいし(小生、極度の寂しがり屋なので)、何が何すると何なので(?)、TAKUZOを誘って(だまくらかして・・・)、親子クラスに通うことにしました。究極、子どもは「だし」です。TAKUZOは、いつも小生に連れ回されています、、、あべし。

 合気道、やってみると、(今のところ)面白いものです。
 独りで、先生の型を見て、練習しているときには、「なぜ、こんなことをやっているのか」、さっぱり不明ですが、ずっと「あと」になって、敵の動きが想定されたときに「意味が立ち現れて」くる。単なる「動作」が「意味」を持ち得る瞬間が、興味深いな、と思います。ま、現段階で把握している「意味」らしきものも、いずれ熟達につれて変化がくるのでしょうけれど。

 それにしても、誠に困惑、トホホなのは、小生とTAKUZOの「間身体的な模倣力」の欠如です。
「間身体的な模倣力」とは、ここでは「自己の身体と、他者の身体を重ね合わせ、その動きを想像し、再現・模倣する能力」としておきましょう。
 100%明瞭に断言できますが、小生、そして、わが愚息のTAKUZOも、この能力が、著しく欠如しています。何度やっても、親子そろって、なかなかうまくできません。

 しかし、ま、そのことは、行く前からわかっていました(笑)。
 どうにも僕は「真似して身体を動かすこと」が苦手なのです。我ながら、その部分の神経を、ねこそぎ喪失しているのではないか、と感じるほどです。

 そういえば、以前、ふとした気持ちで、フィットネスジムでヒップホップのクラスに紛れ込んでしまい、「タコ踊り」を披露したことがあります。あれは、惨かった(笑)。
 おれにもできるかなーと軽い気持ちで入ってしまったのですが、その認識が甘いことは0.3秒でわかりました。
 とはいえ、途中で出るのも迷惑かな、と思い、バレないように、バレないように後で踊っていた(揺れていたら)?、先生が後にきて踊り始め、全員が僕を中心にして踊りはじめたときは、失禁するかと思いました。あー、恥ずかしかった。

 やや話がそれました。
 合気道は、ぜひ楽しんでいきたいと思っています。
 「すぐには意味がわからないこと」をやりたいです。
 「意味」に最近食傷気味なのかもしれません。

 そして人生は続く