【書評】上野行一著「私の中の自由な美術」:知識偏重か、感動の強要か、指導の放棄:僕たちは鑑賞の仕方を学んでいなかった!?

 上野行一著「私の中の自由な美術」を読みました。

 我が国の美術教育や鑑賞教育に対して警鐘をならしつつ、早くから対話型鑑賞に関する研究をすすめてきた著者の入門書ですね。
 僕は美術もアートも鑑賞も全くの門外漢ですが、愉しく読むことができました。

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 著者は冒頭、「日本のアートの消費シーン」の「特異さ」を論じます。

・日本の都市部の美術館の企画する「企画展」の集客は、世界の第1位、第2位、第3位を常に押さえてしまうほどの人気であり、常に企画展には長蛇の列ができるほどである

・一方、日本の美術館への入場者はそれほど多いわけではなく、年間の入場者の数分の1を企画展によっているところは少なくない

・小学校で図画工作は人気の高い教科であるのにもかかわらず、中学校、高校とその人気の落ち込みは激しい

・表現と鑑賞は、美術教育の根幹をなす活動であるが、鑑賞はきちんと教えられているわけではない。日本の美術教師教育の中に、きちんと鑑賞は位置付いているわけではない。

・日本の鑑賞教育は、1)知識偏重か(次の作品のうち、印象派の作品を3つ選びなさい、みたいな問題)、2)感動の強要か、3)指導の放棄になっている

 そうした、ある種の「歪み」を紹介した上で、本書では、「鑑賞のあり方」について紹介していきます。

 ロラン・バルトが「作者の死」という概念で述べたように、「作品」とは「読者・社会にひらかれてこそ、意味をもち、解釈されるテクスト」であり、そうした解釈を可能にするような社会的インタラクションをいかに保証するかが、本書に通底するテーマであると感じました。

「作品の中では、どのような出来事が起こっているのか」「この作品とは何か、そして、何を問いかけようとしているのか」「何をみてそう思ったのか」というDriving questionのもとで、対話がなされることにこそ、鑑賞の「学習」の根幹であると思いました。

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 この本の主張が、美術教育研究・鑑賞教育研究の中で、どのような位置づけにあるのか、僕は知りません。しかし、先日行ったMALLイベントとのつながりもあり、楽しく読むことができました。

 僕たちは、鑑賞の仕方を、きちんと教えられていたわけではなかったんだ・・・・。

経営学習研究所 ギャラリーMALL「対話型鑑賞を人材育成に活かす」に参加しました! & 中原のラップアッププレゼン資料の公開
http://www.nakahara-lab.net/blog/2013/01/_mall_1.html