日本教育工学会シンポジウム「変革をささえる教育工学」を振り返る!

 ちょっと前のことになりますが、日本教育工学会では、不肖中原は、全体シンポジウムを担当させていただきました。

 今年のシンポジウムの内容、登壇者は下記の通りです。

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■変革をささえる教育工学
 サスティナビリティとスケーラビリティ

 教育工学研究は、教育現場の変革(改善)に資することをめざす「実践志向」の学問である。「実践志向」の意味するところは様々な解釈が可能であるが、避けて通れない問題のいくつかに、サスティナビリティ(sustainability:持続可能性)とスケーラビリティ(scalability:普及性)の問題がある。

 サスティナビリティとは、ある現場で試みられた変革が、外部からの介入をなくしても、自律的に維持されうることをさす。対して、スケーラビリティとは、ある現場で実施された変革が、他の現場に普及することである。

 近年、学習研究においては、サスティナビリティやスケーラビリティが問題になっている。研究者と実践者が共同して、あるいは研究者個人が、ある実践を試行した後、その実践はどのように維持され、継承されていくのか。そして、それが、ある特定の場所での試みを超えて、他の教育現場にどのように普及・伝播していくのか。 これらの問いに対するモデルなき模索がはじまっている。

 教育工学が「実践志向の学」であることを標榜するならば、これらの問題にいかに向き合うべきなのか。
 本シンポジウムでは、初等中等教育、高等教育から各2つずつ実践的研究事例を報告していただきつつ、これらの問いを、会場の参加者をまじえて議論したい。
 
司会
 中原 淳(東京大学)

■講演者

【初等教育】

1.木原俊行先生(大阪教育大学)

○タイトル
カリキュラム・リーダーシップに関する理論的・実践的研究-語りと探究のコミュニティの可能性と課題-

○概要
「カリキュラム・リーダーシップ」は,カリキュラムに関する「語りと探究のコミュニティ」をいかに充実させるかという,問題解決の営みである。この概念の台頭や実践化を報告しつつ,そこに内包される,カリキュラムに関する知恵の交流や伝承の可能性と課題について,理論的・実践的に論ずる。
 
 
2.堀田龍也先生(玉川大学)

○タイトル
学校現場・企業・研究者による共同研究のサスティナブルなデザイン

○概要
教育工学を支えるプレイヤーである学校現場・企業・研究者は,それぞれ異なる立場を持つため,一般に連携することは容易ではない。教育工学の発展のためには,三者が連携する共同研究をサスティナブルにするデザイン原則を共有すべきではないか。いくつかの事例をもとに検討する。

コメンテーター
 松尾 睦先生(神戸大学:組織心理学の立場から)
 長岡 健先生(産業能率大学:組織社会学の立場から)
 
 
【高等教育】

3.松下佳代先生(京都大学)

○タイトル
京都大学センターによるFDの組織化:そのサスティナビリティとスケーラビリティ

○概要
京都大学センターでは現在、学内・地域・全国・国際の4レベルでFDネットワーク構築と拠点形成を進めている。今回は、地域レベルでの組織化の事例を取り上げ、それがどう生成し、持続し、波及しつつあるか、そこに我々がどう関与してきたのかを議論する

4.佐藤浩章先生(愛媛大学)

○タイトル
FDは研究か、実践か?~高等教育学における臨床研究アプローチの模索~

○概要
報告者はFDを実践するFDer(ファカルティ・ディベロッパー)である。自らの実践を普及させるために、その成果を明らかにする臨床研究に取り組んでいる。報告者の事例を紹介しながら、その特質を考察する。さらに研究成果を持続させるための、人材育成やシステムづくりの実践を紹介する。

コメンテーター
 松尾 睦先生(神戸大学:組織心理学の立場から)
 長岡 健先生(産業能率大学:組織社会学の立場から)

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 シンポジウムを実施するにあたり、僕は、主に3つの点について工夫をしました。

 ひとつめ。
 シンポジウムの前に、事前の打ち合わせを3時間半かけて行ったことです。講演者の先生方には大変ご迷惑をおかけしましたが、これは、中原のわがままで、敢えて行わせていただきました。

 決して、お互いの発表の「角をとる」ためではありません。またシンポジウム開催中にお話しいただく内容を「振り付け」するためではありません。そんなことは、「ひとつ」もしていません。
 むしろ、お互いの「違い」をクリアに際だたせるために、事前にディスカッションをしたかったのです。
 
 先生方には、「プロレス」という比喩を使って、下記のようなお願いをメールでもしました。

 明日のシンポジウムでは、立場の「違い」や、見え方の違いをクリアにしていただければ幸いです。
 今日申し上げた「プロレスをしてください」という比喩は、誤解をまねく表現かもしれませんが、敢えて、オーディエンスの前で、お互いの立ち位置の違いや研究スタイルの違いを表現していただければ幸いです。

 プロレスはもちろん「比喩」です。

 先生方には、当日、敢えて3つの質問に答えていただくスライドを準備いただきました。

1.あなたは、「何」を教育現場においてつくり、どうやってサスティナブル(持続可能性を向上させるのか)にしていますか?

2.あなたは、「何」を教育現場においてつくり、どうやって、スケーラブル(普及可能性を向上させるのか)にしていますか?

3.そのとき、あなたは誰とどのようにかかわっていますか?

 こういうフォーマットをつくることで、お互いの「違い」がかなりクリアになったかと思います。先生方は、わたしの意をくんでくださって、当日、非常に面白いやりとりをしてくださいました。本当にありがとうございました。

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 ふたつめ。

 敢えて異分野の先生方 - 神戸大学の松尾先生、産業能率大学の長岡先生をお呼びして、先生方の専門から見て、それぞれの発表がどのように「見えのか」を率直に言っていただくコメントの時間を設けました。

 松尾先生、長岡先生は、それぞれ組織心理学、組織社会学的なスタンスから、それぞれの発表にコメントしていただきました。

 あとで、様々な場所で、本シンポジウムの評価を聞きましたが、これは会員にとって非常に刺激的であり、内省を深めることができたようです。

 松尾先生、長岡先生には非常に感謝しております。これまでもそうなのですが、「これまで以上に足を向けて眠れません」。本当にありがとうございました。

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 みっつめ。

 携帯電話を使ったフィードバックを導入しました。これは、既にワークプレイスラーニングやLearning barなどで導入し、ある程度はうまくいくことはわかっていましたが、アカデミアのそろう学会でうまくいくかどうか全く自信がなかったです。

 が、結果としては大成功でした。60数件のフィードバックが寄せられ、質問をうまくまとめることで、20件弱の質問を投げかけることができました。ご協力いただいた皆様ありがとうございました。従来のマイクを使った質疑は、敢えて、カットしました。

 ちなみに、お隣ディスカッションも導入しました。これもうまくいくかどうかは全くわかりませんでしたが、結論からいうと、ポジティブな評価の方が多かったです。

 これらのやりとりで出されたオーディエンスからの主な質問は、下記のとおりです。

 アクションリサーチ型の研究モデルをとる木原先生には、「木原先生はスケーラビリティをどのように把握し、どのように実現しようとしているのか」という質問が最も多かったです。

 堀田先生には、「企業 - 学校 - 研究者」というステークホルダーの中で、研究を生み出していくコツは何か、という質問が多かったです。

 松下先生には、「なぜ、FDのネットワークを外部に創る必要があるのか」という質問が多かったです。

 佐藤先生には、「教育工学には、研究者、普及者、実践者のどの立ち位置を期待しますか」という質問が印象的でした。

 松尾先生には、「組織学習を促進するための要因としては何があるのか」「組織学習にとって、組織外のネットワークと接続することのメリット」などの質問がありました。

 長岡先生には、長岡先生自身が聴衆に投げかけた質問に対する質問が多かったです。

 教育工学は、「誰」の利益代弁者なのか?

 ポストモダン以降、学問をする人間が決して避けては通れない、強烈な「問い」ですね。

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 シンポジウムの最後は、僕のラップアップで終わりました。

 僕が掲げたのは2点。
 
 ひとつめ。

 もし、実践性を教育工学が標榜するのなら、現在の教育工学が置かれている状況を考えて、それは、サスティナビリティとスケーラビリティを向上させるべく、研究を生み出すという選択肢をとらざるをえないと僕自身は考えます。しかし、サスティナビリティとスケーラビリティという問題の背後には、学会や研究者自身の、もうひとつのSが隠れています。それは「サバイバビリティ(生存可能性)」です。

 ふたつめ。

 もし前者の命題が「真」だとするならば、学会の「よい研究の基準を見直すべき時」がきていると僕は思います。
 4つの事例で「開発」されていたのは、いずれも、長期的に形成された人間の社会的関係、あるいは、そうした人間の社会的関係をベースにした取り組みでした。あるいは、人の相互作用、コミュニケーションといったもの。
 ツール、いわゆる「モノを開発する」だけでなく、「関係やコミュニケーションを開発する」というパラダイムを教育工学が扱うことを検討しなければならない、と僕は考えます。

 さて、皆さんはいかがでしょうか。

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 数年前、僕のかつての指導教官は、教育工学会のシンポジウムに登壇した際、3つのことを鮮烈に言い放って、去っていきました(笑)。誠に先生らしいです(笑)、そして的を得ていると、僕は感じました。

 教育工学会には「議論」がない
 教育工学会には「批判教育工学」がない。
 ゆえに、学問自体を批判的に検討する機会がない

 僕は、それ以来、これらの問いがずっと頭から消えませんでした。
 今回はシンポジウムで、僕は、この問いに対する最初のきっかけや波紋をつくりだしたかったのかもしれません。「サスティナビリティ」と「スケーラビリティ」というアポリアを敢えて持ち出すことで、この師の言葉に僕なりのレスポンスをだしたかったのかもしれません。

 「そんなことはありません!」
 
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 ふぅ。

 学会のシンポジウムの企画というのは、非常に緊張するものです。かつて何度も学会に参加していて、懇親会の席上などで、シンポジウムの内容が、いわゆる酒の肴になり、酷評されているところを、僕は何度も目にしているからです。

 僕にとってはいくつもの「挑戦」がありました。一見些細なことに感じるかもしれませんが、それがうまくいかないときのリスクを考えると、前日の夜は、かなりうなされました。

 今回のシンポジウムの是非は、僕にはわかりません。それはお聴きいただいた方々のご判断におまかせます。

 最後になりますが、このシンポジウムの成功の影には、様々な人々のお力添えがあります。まずは、ご登壇いただいた木原先生、堀田先生、松下先生、佐藤先生、松尾先生、長岡先生にはこの場を借りて感謝いたします。
 また、当日の裏方を担当してくださった御園さんには、ネットワークの件で、最後の最後までご迷惑をおかけしました。

 また、大会実行委員会の各係を決める際、僕に、「シンポジウム担当」という機会と場を与えてくださり、やりたい放題させていただいた、同僚の山内さん、そして、日本教育工学会の関係者の方々に感謝いたします。

 そして人生は続く。