ボール1個分のストレッチ

 僕はテニスをしないので初耳であったが、ハリー=ホップマンのという名監督がいるそうな。熊本大学の北村先生に話を聞いた。

 選手としても一流であったけれど、むしろ監督しての名声の方が有名で、30年以上にわたって、オーストラリアチームを率いたのだという。テニス界では知らない人はいないらしい。

 ホップマンが選手に課す練習は、ランニング、柔軟体操などを組み合わせた非常に厳格かつプログラム化されたもので、非常に厳しかったそうである。

 しかし、僕が、今回、北村先生から聞いて印象的であったのは、その話ではない。

 ホップマンは、選手と組になってトレーニングをする際、選手が腕を思い切り伸ばして届くか届かないか、本当にスレスレの絶妙な場所に、ボールを落とすのがうまかったのだという。

 全速力で走り、背中や腕を伸ばし、ボールにくらいつく。選手のもつ能力の限界の、ボール1個分くらい先に、ホップマンはボールを落とした。

 ホップマンとの練習を繰り返すことで、選手は一人前になっていった。

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 この事例は、熟達研究者エリクソンのいう、ストレッチの概念を理解するのに、非常によい事例であると思う。

 人は、「自分の能力を、ほんの少し超える課題を与えられ、それに全力で立ち向かうこと」で、熟達することができる。もちろん、その際には、他者からのコメントやアドバイス、いわゆるフィードバックが必要であることは、疑いもない。

 ボール一個分のストレッチ。

 上司が部下を育てるときに求められるのは、そのくらいの絶妙なボールさばきなのかか。

 なんだか「ため息」が出ちゃうような話ではあるけれど、いずれにしても、果てない繰り返しの先に、めざす能力の伸張はある。

 今日の「背伸び」は、明日の「日常」
 やるしかない。