「今の気分はモヤモヤしています」という言葉の背後にあるもの!?:最相葉月「セラピスト」を読んだ!

 最相葉月(著)「セラピスト」(新潮社)を読みました。

 臨床心理・心理療法の世界は、全くの門外漢なので、そこに記述されている内容のディテールについての判断は、僕にはつきません。
 が、個人的には「爆発的」に面白かったし、また最相さんの仕事の丁寧さに、多くを学ぶことができました。僭越ながら、こんな仕事ができたらいいのに、と心から思った本です。

 本書で掲げられている内容は、ワンセンテンスで述べるならば、

「心の病い」のプロフェッショナル(セラピスト)とは、どのような仕事をなすのか? その仕事はどのように進行するか?

 ということです。

 一般には、「心の病」を治す「心理療法」は「密室」で行われ、かつ、そこで行われている治療自身も「守秘義務」という「高い壁」に阻まれ、一般の人がなかなか知るよしもありません。

 少なくとも僕自身は、全くの門外漢かつ経験もありませんので、この本を手にするまで、その内容をうかがい知ることはありませんでした。
 
 最相さんは、このリサーチクエスチョンをもとに、著者自身の治療体験をもとにしつつ、様々な専門家にインタビューを試みます。その中には、河合隼雄さん、中井久夫さん、木村晴子さんといった日本のカウンセリング業界を牽引する方々がいらっしゃいました。

 中井久夫さんの言葉は、敬愛する哲学者・鷲田清一先生の本にたまに引用されておりますので、たまに目にしておりましたが、ここでもまた出会えてびっくりです。

 最相さんのこのようなインタビューを可能にしたのは、著者自身がこの業界に広い人脈を有していること、自らの経験のもとに、努力に努力を重ねて綿密な調査をなさったこともあります。

 が、もうひとつは、最相さん自らが、大学院や教育機関に通いつめ、自分で臨床心理士の資格を取るほど熱心に勉学なさったことと無縁ではありません。この本が、そうした学びを経て活字になったことを思うと、読む側にも気合いが入ってきます。

 著者は、これらの経験を皮切りに、日本における心理療法の導入と発展の歴史、そこで治療者がぶち当たった壁を赤裸々に記述していきます。膨大な資料を読み込みつつ、軽やかに整理する。非常に興味深い仕事です。

 出版からすでに1年をたっておりますので、僕がここでおすすめするのは遅いような気がしますが、おすすめの一冊です。

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 本書の中で気になったところが、個人的には、もうひとつあります。
 それは、昨今のカウンセリング事情を紹介する本書後半のくだりで述べられている内容で、昨今の治療場面では

「もやもやしているという言い方が増えている」

 という指摘です。

 具体的には、下記のような記述がなされていました。
 
「最近多いのはもやもやしているという言い方です。怒りなのか、哀しみなのか、嫉妬なのか、感情が分化していない。むかつくもない」
(同書より一部引用)

 これは、領域は違えど、僕自身、同じ思いを持ったことがあり、これまでずっとずっと引っかかっていたことのひとつでした。まさに我が意を得たり。見事に、これを表現なさっていたので、非常に驚きました

 僕は心理療法の専門家ではないので、ふだん自分が教育現場や研究の現場でお付き合いするのは、大学生・大学院生・ビジネスパーソンの方々が中心になります。

 そして、皆さんとのやりとりの中で、時折

 「なんか、もやもやしているんです」
 「今の気分はモヤモヤですね」

 のような表現がでてきたのが、いつだったか明確には憶えていないのですが、おそらく2009年頃だったような記憶があります。

 先ほど自分のブログの全コンテンツをサイト内検索してみますと(便利ですね!)、僕のブログに「もやもや」という、それまで僕が使わなかった表現がはじめて出てくるのが2010年ですので、おそらく、先ほど2009年頃にはじめて耳にしたと述べたのは、あながちズレてはいないと思います。

 個人的には、そのあたりから「もやもや」という表現を、よく聞くようになりました。
 この「もやもや」という言葉は、既述したとおり「中原の脳内辞書」にはなかった言葉だったので、最初耳にしたときは、

 「もやもやってどういうこと?」

 とかなり違和感を感じたことを憶えています。

 僕は臨床心理や心理療法の専門家ではないので、勝手きままに言い放ちますが、少し考えてみますと、この「もやもや」という言葉は、不思議な言葉です。「もやもや」という言葉は、

 「自己にどのような感情がわきおこっているか(感情の内容)」
  そして
 「その感情が、何に対してわきおこったのか(対象と理由)」

 を「言表」せずとも、自らに生じた違和感を説明したかのように感じられる言葉です。一見「ふわふわしているような言葉」に感じますが、一方で、「明確なネガティブな感情」が自己内に存在することを、他者に対して表現しています。おそらく前者の感情の内容に関する言表のなさを、本書では「感情の未分化」と呼称しているのかなと思いました。

 なぜかはわかりませんが、今から5年くらい前、そのような言葉をはじめて耳にしたとき、僕は「胸騒ぎ」を感じました。が、次第に使う人が多くなったので、すっかり今では慣れてしまいましたけど。

 僕は専門家ではないので、この言葉がなぜ生まれたのか。そして、その背後には、どのような心理的機制や社会背景が絡んでいるのかを論じることはできません。
 しかし、自分が、ビジネスパーソンや学生の方々とお話しするときに、「もやもや」という言葉を耳にするたびに感じていた、ちょっとした「ひっかかり」を扱って下さっていたので、非常に興味深く感じました。

「もやもや」という表現がなぜ生まれたのか?

 本書を通読し、僕は、このリサーチクエスチョンに出会いました。
 まさに

「わかること」とは「わからぬことが増えること」

 を地で行くような読書です。
 しかしながら、「もやもやがなぜ生まれたのか」について今度は僕が「もやもや」しましたので、今度、改めて専門家の方々に機会をみて、伺ってみたいと感じています。

 そして人生は続く

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追伸.
 本日、お昼頃、新たなラーニングイベントの公募が始まります。
 今度は、

 焚き火を囲んで「組織開発」を学ぶ:
 新たな「チームビルディング」と「オフサイト合宿」のすすめ

 です(笑)。

 昨今、新人研修や役員研修、事業部門事に行われるオフサイト合宿の中で行われることの多い「オフサイト合宿」や「チームビルディング」・・・このイベントでは、そうした「組織開発」のいったんを、焚き火をしながら学んでしまおうという企画です。なぜ焚き火か? それには深い理由があります。ぜひお楽しみに!

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 参加者募集は、例のごとく、中原研究室メルマガから行わせていただきます。