競合他社の優秀な人材をかっぱらうポーチング戦略!? : 「掟破りの逆サソリ」と「人材開発が死語になる日」

 先だって、某授業にて、一橋大学の守島基博先生とご出講いただき、お話をいただきました。守島先生には、おおよそ1年に1度、戦略的人材マネジメントに関するご講義をたまわっております。お忙しいところ本当にありがとうございます。心より感謝しております。

 授業の合間に、守島先生と少しお話をさせていただき、非常に興味深い言葉に出会いました。それが「Poaching(ポーチング)」です。

 Poachとは、もともと「密猟・盗用する」という意味ですが、これが人材業界で用いられると、「競合他社の優秀な人材を、ばばーんと、かっぱらう」という意味になります。
 守島先生によりますと、米国の一部企業では、この「Poaching(ポーチング)」が人材マネジメント上の「戦略」として派手に用いられており、そうした会社では「人材開発が死語になりつつある」ということでした。まことに興味深いお話です。

 わたしたちは、他社の従業員を大胆不敵にどうどうと「ひっこぬく」というのは、なんか「やってはいけないこと」、「禁断の果実を食べてしまうような禁忌」「長州力 vs 藤波辰巳 掟破りの逆サソリ」!?のように感じるところもある方も多いかもしれません。しかし、それは、「組織と自分の関係」を「コミュニティへの所属」のようなものとして見立てているからでしょう。
 一方、組織と自分の関係を「契約」である、とみなす社会においては、「契約条件さえ合えば、密漁しようが、盗用しようが、条件があっているんだからOK」ということになります。ロジカルに考えれば、何も悪いことはしていません。なぜなら「条件があっている」のだから。

 ポーチングに関して、いろいろデータベースを使って調べてみましたが、特に動きの速い「IT業界」などでは、その動きが激しいようです。
 しかし一方で「ポーチング」が手法として一段落した今にいたっては、「ポーチングした人材が思ったよりも成果をだせない」「たしかに優秀な人材だったはずなのに、自社では成果をだせない」「ポーチングした人材が、さらにポーチングされ、定着しない」などの問題も起こっているようです。このあたりは、ある個人の「優秀さ」というものが「個人の資質」だけによって規定されているものではないからです。「優秀さ」とは「個人の資質」と「個人がおかれている社会的コンテキスト」から構成されているものだと考えられます。当然、「社会的コンテキスト」が違えば、「優秀さ」を発揮できるとは限りません。

 また、結局、「ポーチングに応じる人材」というのは、「あなた」のポーチング(誘い)「だけ」に応じる人材ではありません。「誰のポーチング」であっても応じる人材である可能性が高い人材でもあるのです。つまり、ポーチングを人材マネジメントの手法としてメインにすえるということは、「(あなたの)ポーチングに応じる人材」は、「(誰かに)ポーチングされやすい人材」であるというアイロニーをまずは受け入れなければなりません。
 そして、定着の問題の背後には、小生が「経営学習論」で論じた「組織再社会化」と「学習棄却」の問題がありえるのかもしれません。

 このように、ポーチングは、なかなか興味深い話題です。しかし、一連の思考の中で、真っ先に僕が強く思ったことは、

「すでにできあがった優秀な人材をひっこぬけばいい、というのなら、全く経験のない人は、どこで経験を積んで、能力やスキルをあげたらいいんですか?」

 ということです。

 こうした人材マネジメントの手法が大胆不敵にババーンと行われるようになると、特に「経験の浅い若年者」への雇用機会が抑制されます。だって、「優秀な人材をポーチングすること」が横行してくれば、誰も、「経験の浅い若年者=育てなければならない人」を雇用したりしません。

 そして、「仕事に必要な能力は、仕事につくことでしか伸びない」のであれば、そうした若年層が仕事の機会に恵まれないことは、どんなに意欲があっても「仕事に必要な能力を伸ばすことができないこと」、すなわち、「雇用抑制」を意味します。「会社」という目から見れば、それでよしなのかもしれませんが、「社会の功利」という観点からすると、それは望ましいことではありません。

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 今日は「ポーチング」について少し書いてみました。
 個人的には、こうしたことが人材マネジメント上の手法としてメインになっていくのは、かの国らしいな、と思いましたが、一方、我が国においても、それが対岸の火事ではありません。すでに業界・業種によっては、そうした人の動きが本格化しているところもあります。また、採用の局面などでは、他社が選抜し、内定をだした人材を「ひっこぬく」人材サービス=つまり採用コストをゼロにする?人材サービスも、登場しているようですね。全く対岸の火事ではありません。

 また「ポーチング」はたしかに一見魅力的なものですが決して「魔法の杖のような手法」ではなく、様々な問題ももたらします。
 組織的には「ポーチングした人材が思ったよりも成果をだせない」「ポーチングした人材が、さらにポーチングされ、定着しない」といった問題がでる可能性がありますし(人材というのは、右から左にうつせば、成果がだせるものではありません)、先ほどお話ししたように、社会的功利の観点からすると、様々な「雇用の歪み」をもたらします。
 そうした点でいくと、たぶん「人材開発研究は、相当、かたちをかえるだろうな」と思う一方で、個人的には、「世の中、このベクトルには進んで欲しくないな」と思いました。
 
 そして人生は続く