組織の中の「種火」を消さない!?:世代を超えてスキルを継承することの難しさ

 「研究室」を運営していて、特に気をつけていることは、「種火を消さないこと」です。
 「種火を消さない」とは、「研究室のメンバーである大学院生が所有している、中原研で研究をするならば必要になるスキルセットを、研究室メンバーが世代をこえて、継承していくこと」です。それは、代々、少しずつ変容をとげながら、研究室の大学院生のあいだで継承されています。

 具体的には、統計ソフトウェアの扱い方、文献の調べ方、まとめ方、論文の書き方、英語論文の読み方、ヒアリングの仕方、ロジスティクス、ファシリテーションの仕方などをさすでしょうか。あげていけば、枚挙に暇がありません。場合によっては「マインド」や「価値観」といったものも含まれる場合もあります。
 とにかく、そうした「ノウハウ=種火」が消えてしまわないように、気をつけているつもりです。

 僕としては、あるとき、蓋をあけてみたら、「研究室のメンバーが、誰ひとり、そういうものを共有していなかった」「あとにはペンペン草も生えていなかった」という風にならないように、特に気をつけているつもりです。
 が、言うのは簡単、やるのは大変。これが、なかなかうまくいかないこともあります。中には継承できているものもありますが、火が消えかかっているものもあります。

 なぜか?

 最大の理由は、研究室とは「出入りの早い仮想共同体」だからです(一般の職場もそうでしょうけど)。
 早い人では修士で2年(就職活動もあるので、正味1年ちょっとですね)。博士までいったとしても、プラス3年+αくらいしか、研究室には在籍しておりません。
 これは研究分野にもよるから一概には言えないのですが、出入りが早いので、「ある人が属人化して所持している知識を、他の人が発揮できるまで」必要な時間がなかなか確保できないのです。

 結局、ここまで「スキルセット」と私たちが仮に読んできたものは、これも「仮想の物体」です。「うんとこしょ、どっこいしょ、と他の人の「頭」を開頭手術、そこから、別の人に、あたかもモノのようにスキルを移すことができたらいい」のですが(かなりホラーですね・・・メタファ)、一般にそうしたノウハウは「目に見えず」、また「手で触ること」もできません。

 だから、時折、野生の勘で「このままいくとヤバイな」、と思ったときには、上の世代と下の世代の研究室メンバーが密接にコミュニケーションし、協業する時間を確保するようなプロジェクトを、かなり意図的に立ち上げます(一般に、人文社会科学系の研究室は、研究室といっても、多くの場合、研究単位は「個」です。大学院生が個人でひとりひとつ研究テーマをもっているイメージです)。

 研究プロジェクトを立ち上げ、その中でメンバーが相互作用しながら、アカデミックな達成をめざすとき、そこには必ず方法論(ノウハウ)が必要になります。そうやって、ある研究室のメンバーが所持しているノウハウを顕在化させ、共有させていくのです。
 僕の研究室では、目安2年に一度は、こうした機会をつくらなければ、「種火」は消えてしまいます。感覚的なもので恐縮ですが。

(研究室を出て行く大学院生の中には、「先生、これ、マニュアル化しときましょうか?」と言ってくれる方もいます。まことにありがたいことです。中原研にはいくつかのことがマニュアルや映像になっています)

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 今日のお話は、研究室のみならず、一般の職場・組織でもある程度は言えることなのかもしれません。経営学の理論的にいえば、「組織学習論」を地でいくような内容でした。

 とにかく「種火」を消すと大変厄介なことになります。マッチをこすって新聞紙をたいて、「火」をおこすところからはじめなければなりませんし、そういうときに限って、突風がふいて、マッチすら火がつかないことがよくあります。いずれにしても、種火を消すと、大変な時間がかかります。
 経験的なもので恐縮ですが「種火を維持することにかかるコスト」は、「種火をゼロからおこすのに必要なコスト」の3分の1でしょう。決して、前者とて、「軽く」ないのが、頭の痛いところですが。。。

 「種火」を残すべく、どんな薪をくべようか、思案しています。
 そして人生は続く。