佐々木俊尚著「電子書籍の衝撃」を読んだ!:ナレッジワーカーは、いかに働き、いかに学べばいいのか?

 佐々木俊尚著「電子書籍の衝撃」を読みました。本書は、一か月くらい前?に、電子版が100円で公開され、アクセスの集中により、サーバダウンしたことでも、有名になった書籍です。

 本書で、佐々木さんは、現在、米国で起こっている電子書籍プラットフォーム戦争の実態、電子書籍ビジネスの巧妙なビジネスモデル、今後の出版の在り方を、包括的に論じています。

 出版に関するステークホルダー、人工物が協調可能な「新たな生態系(Eco system)」が形成される必要がある - 別の言い方をすれば、アクターネットワークが形成される必要がある - これが筆者の主張ではないか、と思います。

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 著者が「出版ビジネスの今後」を予想するうえで、メタファに用いているのは、音楽ビジネスです。音楽の世界は、iTune Music Storeの誕生により、アンビエント化・フラット化・マイクロコンテンツ化が進行しました。

 つまり、こういうこと。
 
「いつでも、どこでも、機器のややこしい操作を意識することなく、音楽が偏在するようになり、古い曲だろうと、新しい曲だろうと、アルバムのうちの1曲だろうと、自分の好きな曲を、自分に聞きたいように聞くことができるようになった」

 このような中で、アルバム、CDパッケージ、それに付随するレコードショップというビジネスは、急速に意味を失っていきました。

 「マス」を対象にしたメガヒットというものが少なくなる一方、アーティストが自分の曲作りに関心のある小さなコミュニティ - 別の言い方をするなら、アーティストがローカルに構築するビオトープ(生息空間)に集う人々に対して、曲作りを行う、という試みもはじまっていきます。

 レーベルやレコード会社といった「わけのわからないもの」に「中間搾取」をされるくらいなら、ダイレクトに、自分の曲作りに関心のあるリスナーとつながりたい。こういうアーティストが誕生してきています。これは、中間マージンを取得し続けてきた側からみれば、一言でいうと、「中抜き」ということになります。

 従来ならば、こうした思いをもっても、エンドユーザーであるリスナーとアーティストが直接つながることは難しい状況でした。しかし、今の時代、人々は強力な武器、マーティングの手段をもっています。私たちは「ネット」を手にしているのです。

 SNSやTwitterというソーシャルストリームは、アーティストとリスナーたちの集うローカルコミュニティ(ビオトープ)の形成にとって重要な意味をもちはじめました。彼らが行うコミュニティのケア、情報発信によって、あちら側とそちら側を隔てている境界が少しずつ曖昧になり、共通のコンテキストが形成されはじめるのです。
 かくして、今、「私自身がメディアになる時代」・・・すなわち、「セルフパブリッシング」の時代がはじまろうとしています。

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 こうした音楽ビジネスの動向を、「出版」に「投射」しつつ、筆者は、出版ビジネスの今後を描きだそうとしています。

 筆者によれば、出版の近い将来の「生態系(Eco system)」とは、

1.キンドルやipadといったような電子ブックを購読するのにふさわしいタブレット

2.これらのタブレットで本を購入し、読むためのプラットフォーム

3.電子ブックプラットフォームの確立が促すセルフパブリッシングと本のフラット化

4.そしてコンテキストを介して本と読者が織りなす新しいマッチングの世界

 として立ち現われることになります。
 もちろん、これは仮説であり、現実のものになるかどうかはわかりません。しかし、興味深い仮説であると思いました。

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 本書で論じられているような「電子書籍、あるいは、出版ビジネスの攻防」の現状に関しては、僕は、人並みならぬ関心をもって、これまでウォッチしていました。ブログやTwitterでこれまでつぶやいてきたことがあります。

出版は今後どうなるのか?
http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/01/post_1637.html

出版業界の未来予想
http://twitter.com/nakaharajun/status/7738016633

 出版業界に直接関与していない僕が、なぜ関心をもっているのか。

 もちろん、書籍、出版というものに、自分も、「書き手」として少なからず関与しているせいもあるのですが、実は、それだけが理由ではありません。むしろ、それは10分の1くらいの関心くらいしかありません。ipadが勝つか、kindleが勝つかは、出版業界の方にとっては大問題かもしれませんが、僕には、大きな問題ではありません。

 それでは、これらの書籍を読む動機の10分の9は、何によって支えられているのか。それは、出版ビジネスのビジネスモデルの変容を見ることによって、

1)今後のナレッジワーカーは、どのような振る舞いや能力が求められるようになるのか

2)ナレッジワーカーとコンシューマーの関係は、どのようなものになっていくのか

3)ナレッジワーカーは、今後、どのようにしてプラットフォームとつきあっていけばよいのか

 を考える参考になると思っているからです。これらの問いは、僕の専門分野にかなり近いところに位置します。
 
 つまり、僕は、電子書籍の攻防、出版ビジネスの覇権争いを、文字通り読んでいるわけではありません。僕は、ナレッジワーカーの働き方・学び方の本」として、本書を含め電子書籍関連の書籍を読んでいる、ということです。
 
 佐々木さんが指摘している「今後のジャーナリストに求められるもの」は、そのことを考える上で、大変参考になりました。僕が、これまで冗談めかして述べてきたこと、しかし、その実はきわめてまじめに語ってきたこととと、ある程度、近いことがふれられているように感じました。

 曰く、

1.的確なタイミングで、的確な内容のコンテンツを、的確なスキルを駆使して、多様なメディアから情報発信する能力

2.多くのファンたちと会話を交わし、そのコミュニティを運用できる能力

3.自分の専門分野の中から優良なコンテンツを探してきて、他の人にも分け与えることができる選択眼

4.リンクでお互いがつながっているウェブの世界の中で、自分の声で情報を発信し、参加できる能力

5.一緒に仕事をしている仲間たちや他の専門家、そして自分のコンテンツを愛してくれるファンたちと協調していく能力

Twitter能力論
http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/01/twitter.html

 もちろん、上記のジャーナリストの能力論をそのまま、よりジェネラルなナレッジワーカーにあてはめることはできません。
 しかし、企業・組織の「境界」が曖昧になり、フリーエージェント化が進む同領域の人々にとって、それぞれがローカルコミュニティを持ちながら働くという将来像は、あながち、「関係がないもの」ではないな、と思っています。

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 本書は、電子書籍をめぐる「現在の攻防」の様子を知る上で、とても貴重な一冊だと思いました。

 しかし、同時に、あなたがナレッジワーカーであったとしたら、私たち自身が、どのように生きていくべきか、働いていくべきか、学んでいくべきか、どのように自分の能力を高めていけばいいのかを考える一冊であるとも思いました。