中原ゼミの特徴!?

 大学院・中原ゼミの特徴を、ゼミ生の舘野君がブログで書いてくれたので、ご紹介します。

舘野君のブログ
http://www.tate-lab.net/mt/2009/12/2009.html

 ほほー、大学院生の立場から見ると、こういう風に見えるんだなぁ・・・と「新たな発見」があったりしました。

 できて3年しかたっていない研究室ですので、試行錯誤しながら、「晴れ、時々葛藤、ドカーン」みたいな感じで(笑)、常に変わり続けながら、運営しています。
 なにせ、僕は、大学教員としては「初任者」です。最初の博士卒業生をだすまでが初任者であるとするならば。あのね、かっこつけたってしゃーない。試行錯誤だらけであります。
 それにしても、不思議ですね。小中学校の先生には「初任」という言葉があります。「あの先生は、初任だよね」という言い方が通用します。
 でも、「初任の大学教員」って言い方は、あんまりしませんね。なぜ、大学教員に「初任者」というラベルがないのでしょうね・・・。不思議ですね。

 下記、記事に対する一言コメント。

>▼時間がきっちり!

 これは僕の生来の性格も影響しているかも。学ぶ時は学ぶ、遊ぶ時は遊ぶ。
 でも、最大の理由は、ゼミ発表のパフォーマンスを維持するためです。「だらだら」と「ながら」でやる発表では、なかなかクオリティが維持できません。

 良質な思考には、「制約」が必要です。その「制約」が「20分」という発表時間です。
 たとえば、トヨタの問題解決では、企画はA3用紙×1枚にまとめさせますね。NHKの番組企画は、Nスペ級のどんなに長い企画であっても、A4用紙×1枚です。

 逆に、その「制約」にまとめられないもの、オリジナリティが主張できないものは、自分の頭の中で整理がついてない証拠、企画が練られていない証拠だと思います。ですので、中原ゼミでは、発表は20分です。

 あと、もうひとつの理由がありましたね。それは、僕のワークライフバランスを向上するためです。


>▼課題を明確に!

 ロックの目標設定理論ですね。昔は「がんばれー」とだけ言っていたのですが、ちゃんと「言葉にする」ことにしました。
 でも、課題を明確にして、MLに流しているのは、僕のためでもあります。
 なにせ、忘れっぽいもので。


>▼なるべく共有!

 全員が、全員の課題や研究の進捗状況を共有することを目的としています。
 どんなに情報が冗長になろうが、リダンダンシーがあろうがなかろうが、これはゼミの方針です。彼らの研究のことに関する限り、僕が、あまりゼミ生と個人でメールをやりとりすることはありません。なるべくML(メーリングリスト)で行います。

 MLは非常に活発です。現在のML投稿総数は2100通弱。相互の研究にとって参考になると思うことは、お互いに協力しよう、と言っています。
「誰かの参考になるかもしれない」と思ったら、僕もそうするから、みなさんもすぐにMLに流してほしいとお願いしています。僕の教育力とさける時間は限られているので、皆で教えあう関係になってほしいのです。

 寄せられた情報が、実際、参考になるかどうかは本人が決めればいい。参考になったら、心の底からありがとう。参考にならなくても、丁寧にありがとう、といえる研究者になってほしいと思います。研究室がそういう場であってほしいと思います。

 あと、蛇足になりますが、僕は研究発表でパワーポイントを認めません。きちんと文章にして、まとめることを求めています。パワーポイントを使うと、論理がまとまっていなくても、何となくまとまっているような発表をしがちです。プレゼン能力で、論理構築能力の不足をカバーしてしまうのです。ですので、パワーポイントは認めていません。


>▼コメントシートの導入!

 これは舘野君の発案で今年から導入しました。
 ゼミでは、僕は、どうしてもパフォーマンス(結果)に対してフィードバックをします。プロセスがどんなものであっても、僕は、パフォーマンスを見て、時には厳しいことを言わなくてはなりません。でも、それだけやっていると、煮詰まるのです。

 ですので、プロセスを評価するためのツールを導入しました。舘野君が考えてくれたものです。結構、うまくいっていると思います。下記からダウンロードできるようですので、ぜひ、お使いいただければ、舘野君も喜ぶでしょう。

コメントシート
http://www.tate-lab.net/mt/2009/12/post-153.html
 
 
>▼気が付くと「生き方論」に!?

 これが一番笑えました。が、、、事実です。
 僕は「研究すること」と「生きること」、さらに「教えること」を、なかなか、分けることができない人間の一人です。
 それがよい、そうするべきとは全く思いません。それには良さも悪さもあります。研究する人が自ら決めればいいことです。

 でも、僕自身は、教育研究、学習研究、組織研究の中には、「私たちが、ふだん、どのように生きたらよいのか」を考えるヒントがたくさん詰まっていると思っています。
 ですので、つい、ゼミの議論が脱線して、「生き方論」になってしまうことがあります。


 というわけでした・・・。
 で、上記はいずれ、また変わります。
 春にはゼミ長以下、すべての係活動も変わります。
 きっと、4月からは、またゼミの雰囲気が変わっているかもしれません。

>▼変わり続けること

 変えられるものを変える勇気と
 変えられないものを受け容れる心の静けさと
 両者を見分ける叡智

 を、我がゼミにください。