部下を育てること、大きな仕事をなすこと、働きがいをもつこと

 Learning barの次の日、朝8時30分から、東大の僕の研究室で、神戸大学の金井先生と雑誌の対談を行いました。テーマは「部下を育てる上司をつくる」です。

 対談で僕はあまり要領を得た発言ができなかったような気もしますが、あとから考えてみると、結局、自分の言いたかったことは、こういうことなんだな、と思いました。

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 要するに、

「人を巻き込んで大きな仕事をなすこと」と「上司が自分自身に成長の実感を感じること」と「職場のメンバーに変化が生まれること」と「部下が成長すること」は結局のところ、「分けて考えること」はできない。

 ということです。

 だから、

「あなたが働きがいをもって仕事をし、成果を残すために、自分がやり抜こうと思っている仕事の中で、何とか部下が育つ仕事の振り方、指導の仕方を、自分なりに見つけてください」

 ということです。こう書くと、アタリマエだよなー。

 でも、それがアタリマエじゃないんですよ。
 対立軸におきたかった支配的な見方は、「仕事」と「部下の人材育成」をそれぞれ別個の問題として見る見方です。あるいは「部下の人材育成」を「アディショナルに課された負荷」と見る見方という方がわかりやすいかもしれません。

 僕は上記で示したような「関係論的な視点」にたって、「部下の育成の問題」を見ることが重要だと思います。それぞれの要素が、相互が相互に影響を与えているのです。その状況は、状況的学習論者のマクダーモットの言葉を借りるなら、

「お互いがお互いの環境である」

 ということになるのかもしれません。

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「・・・つーか、何度聞いても、アタリマエじゃねーか」と、実務家の中には便所スリッパで殴られそうなんですが、これがアタリマエに論じられることは、それほど多くと思います。

 人材育成の文脈では、それぞれが別個の問題として語られる傾向がありませんか。「人を巻き込んで大きな仕事をなすこと」は「リーダーシップの問題」、「職場のメンバーに変化が生まれること」は「組織活性化の言説」、「部下を育てること」は「人材育成の言説」といった具合です。それぞれが別に語られ、それぞれに対処法が考えられます。

「まずいリーダーシップ」には蓋をして、「部下の育成の問題」は見なかったことにして、「組織を元気にするための方策」がとられたりします。
 あるいは「部下を育てること」だけに焦点があたり、本来、問題を生じさせている職場の問題、上司の問題が問われなかったりすることがよく起こります。

 しかし、そうではないと思うのです。

「部下を育てること」は、自らがリーダーシップを発揮し、やりぬこうとする仕事の中で行われるべきですし、そこで、部下が時に葛藤や混乱に巻き込まれながら成長することで、職場のメンバーも役割や期待が変わり、上司も働きがいをもつのではないか、という仮説が成り立ちます。

 そして、こういう「関係論的な視座(perspective)」への変容へと上司を導くことこそが、企業研修などに求められることなのではないでしょうか。

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 このことを、組織行動論風にいうと、「リーダーシップ」と「モティベーション」と「キャリア」はすべて「つながっている」。あるいは、コインの表裏の関係にある、と言えるのかもしれません。

 実は、上記のような関係論的視点は、学習研究では1990年代初頭のLave and Wenger(1991)に端緒を見ることができます。

 Lave and WengerのLPP論においては、1)学習者(この場合は部下ですね)の学習、2)学習者のアイデンティティ、3)学習者と古参者間の関係、4)共同体(この場合は職場ですね)の変容を関係論的に見る視角が提供されています。

 もう少し時間があったら、このあたりをもう少しクリアに議論できるのですが、今日のところは、このくらいにしておきます。

 大切なことは、

 人に関係することは、お互いがお互いの環境である

 ということであり、その視座から「部下の育成」の問題を、他の要素とともに論じる必要がある、ということです。

 僕としては、今やっている本にめどがついたら、今度は「上司」を対象にして、上記のような関係を解き明かす実証的な調査をしていきたいと思っています。そうでなければ、いつまでたっても、「部下を育てること」は「負荷」になってしまいます。

 部下を育てることは、自分の仕事の達成度をあげることであり、自分が働きがいをもって働くことのために、あるいは、職場を元気にするために必要なことなのだ、という仮説を実証したいものです。

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●働く大人の学び論・成長論
 仕事の経験を積み重ね、内省する
 リフレクションをアクションにつなげる
 マネジャー研修で用いられているそうです

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