大学で、学び方を学ぶ

 今学期の大学院ゼミでは、自己調整学習(自分で自分の学習をコントロール・デザインして、自分で学ぶ)の文献を読んでいます。

 自己調整の認知的スキルを、学習者にどのように獲得させるか
 どのように自分自身のエモーションを鼓舞していくか
 
 「自己」と「他者」の関係はいかにあるべきか
 「自己」とはそんなに「強い存在」なのか?

 そもそも
 「自己が自己を鼓舞して、学ぶような社会は
        本当に幸せな社会と言えるのか」

 ゼミでは、いつも熱い議論になります。

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 先日のゼミ発表では、このテーマに付随して、大学院生のNさんが、米国の高等教育機関で使われるテキスト(College study strategies)をもってきてくれました。

 Nさんは日本の中の最も米系大学に近い大学を卒業しています。このテキストは、そこで使ったものだそうです。

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 内容を見ていて、ある意味、感心しました。

  クリティカルシンキング
  ロジカルシンキング
  学習スタイルを見直す
  時間管理
  主張
  記憶と学習の方法
  ノートテイキング
  推論
  エッセイの書き方
  質問のストラテジー

 こういう基礎的なスキルを、大学生(おそらく大学初年時に)に、ちゃんと教えるんですよね。こういうのは重要なのかな、個人的には思います。

「大学教育とは、そもそもそんなスキルなんかに還元されるものではない、云々」みたいな教育の人にしか通用しないような議論 - 教員がやりたくないことを誤魔化すような議論 - で目くらましをするのではなくて、「必要なものはやりましょ!」という姿勢が潔くて、僕はいいと思います。
 
 もちろん、初年時教育でやったからといって、その効果がずっと継続するということにはならないでしょう。そのときには、もしかすると、「何やってんだよ、かったるな」で終わるかもしれない。

 でも、しかし、僕の少ない教員経験からしても、基礎的なスキルの獲得 - あるいは、大学って学び方ってあるんだー、みたいな認識をもってもらうこと - は、やっぱり、全くないよりはあったほうがよいと思います。
 もしこれらの項目について、すべて覚えていなくても、「なんか、昔そういえば、授業でやったよな、本棚の奥に本あったんじゃねーか」的に、「立ち戻れるポイント」を自分の中に確保したほうがいいでしょう。

 学び方、知的生産の方法って、知っていてもやっぱり損はないと思います。

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追伸.
 12月5日、青山子どもの城で開催されるLearning barですが、既に募集人数150名を大幅に超える、350名弱の応募をいただきました。ありがとうございました。やむなく抽選となってしまいます。11月24日あたりに結果がお伝えできると思います。

「子どもの城」で、「大人の学び」を考えるワークショップ
http://www.nakahara-lab.net/blog/2008/11/post_1368.html

 それにしても、このように大勢の方から希望をいただきながら、会場のキャパ等の関係でお答えできない状況は、何とか改善できないものかな、と思っています。
 対策第一弾として、1月Learning barからは、会場を福武ホールにうつします。これによって、募集人数を40名増やすことができると思います。

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追伸2.
 長岡先生と共著で書いている「ダイアローグチェンジ」ですが、ようやく2章がの校正があがりました。なかなか深い話になってきましたよ。

 残り1章です。先がようやく見えてきた。頑張ろう。

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追伸3.
 来年、雑誌「人材教育」で、中原が2ページの連載をもたせていただくことになりました。タイトルをどうしようか考えています。「ちょっとオシャレで、ちょっとフザけててて、でも、考えてみたら深いねー的なタイトル!?」はないだろうか。
 「ラーニング・ゲリラの研究室。」「僕は陽気ななんつって教育学者」「なんとなく、ラーニング」「教育のプチトリビア」というタイトルを思いついたのですが、あんまりだな。
 まぁ、考えます。 

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追伸4.
 今週は、月曜日からずっとTAKUZOの病院通いが続いています。早朝病院の前にならび、診察券をいれてくる。その後いったん家にかえり、診察が始まる頃に、再びTAKUZOをつれて病院へ。さらにはTAKUZOを保育園へ。その後、小生は満員電車に揺られて仕事。嗚呼。

 早くよくなれ、TAKUZO。
 週末は平和でありますように。