企業研修と著作権

 先日、いつもお世話になっている方と「企業研修の著作権」についてお話をした。

 その方曰く、

「他社が商売としてやっている企業研修を受講生として受けて、そのネタがよければ、そのままパクって、今度は自分が講師として商売をする輩があとをたたない。ほとんどの場合は無断。仁義すら切らない。配付資料のパワポもほとんどそのまま盗用。引用表示すらない」

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 この問題は、以前、「ワークショップの著作権」の話として、このブログでも紹介したことがあった。

ワークショップと知財
http://www.nakahara-lab.net/blog/2007/04/post_834.html

 要するに、「ワークショップ」や「企業研修」といったものは、「著作権法が定める既存の概念」をすり抜けてしまい、なかなか知財として守られることがないのである。

 それらが「展示」だとすれば、それは美術作品や写真と同列になるが、それは展示ともいえない。

「劇」と考えるならば「上演」という概念で把握できるが、聴衆が参加し、ディスカッションも行うものを「劇」とよぶのは、やや無理がある。

ワークショップや研修の最大の構成要素である「ノウハウ」「アイデア」「コンセプト」というものは、著作権法では守られることはない。

「商標」「シナリオ」「キット」「印刷物」などであれば著作権法で守られる。現段階では、それらの「著作権法で守られるもの」を複数組み合わせて、なんとか、ワークショップ全体を<守る>他はない。

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 この問題が深刻なのは、

1)教育手法の中核をなす「ノウハウ」「アイデア」「コンセプト」といったものが、「カタチ」をもたず、かつコピーしやすい=パクりやすいのにもかかわらず、

2)それによって生み出される「成果」は、なかなか「目に見えない性質をもっていることにある

 他の一般消費財であれば、そもそも「生産」するには「技術」や「投資」が必要であり、コピーするのも一苦労である。しかし、教育・研修の場合はコピーが容易だ。

 また、他の一般消費財であれば、「本家」と「まがいもの」の間には、一目みて差が出やすい。たとえば、性能やデザインなどで差が出る。誰でも「まがいもの」を「まがいもの」として見抜くことができる。

 だから、「このバッグ、なんかちょっとデザイン変じゃない。よーく見たら、ルイ=ヴィトンじゃなくて、ルイ=ベトンだって、だっさー」という具合になる。「まがいもの」は「かっこわるいもの」とされ、「自然淘汰」される可能性がある。

 しかし、教育・学習には「カタチ」がない。そして、その成果は、「目に見えにくい」。その効果が「顕在化」するには、やや時間がかかる。また、そもそも担当者に「審美眼」「専門知識」「経験」がなければ、善し悪しを感じ取ることもできない。

 かくして「まがいもの」が「まがいもの」として流通せず、「本家」として流通する事態が発生する。

 しかし、僕の信念によれば、

1)教育とはいつも「個別具体的」であり
2)学習の成否はデザインの細部にこそ宿る
3)そして教育手法の実施には「背後の思想」を理解する必要がある

 よって、「教育手法」がコピーしやすいといっても、なかなか、実はそれを真似ることは難しい。「まがいもの」は所詮「まがいもの」。それは表層をコピーしただけのもののため、成果をあげられない。

 しかし、皮肉なことに、ここで悲劇が起こる。「まがいものであるが故に、学習効果が低い」のにも関わらず、担当者に「審美眼」「専門性」「経験」がなければ、そもそも「その手法自体の有効性に疑いがかかる」ことになってしまいがちである。

「あー、あの方法ね、あれ、ウチに出入りしている人にちょっと試してもらったけどね、全然ダメだよ」

 どんなによい教育手法であっても、これでは普及しない。

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 企業研修と著作権・・・これはなかなかの「難問」である。今度、これだけを考える研究会を開いても、オモシロイと思った。著作権や知財というものは、誰かが声をあげなければ、永遠に守られることはない。