神戸での講演

 昨日は、神戸大学大学院経営学研究科の金井壽宏先生が主宰する人事研究会で講演を行わせていただいた。
 この研究会は、神戸製鋼ヒューマンクリエイトさん(神戸製鋼の教育子会社)が事務局をつとめており、関西近郊の多くの企業の人事・教育担当者が参加している。
 
 僕の講演タイトルは「教育学者が覗いた企業人材育成」。妹尾河童の「河童の覗いたインド」に、ちょっとひっかけてみた。

神戸製鋼ヒューマンクリエイト
http://www.shc-creo.co.jp/

 講演では、

1.学習とは何か?
  (知識獲得、知識統合、転移などの諸概念)
2.教育学的な観点から見ると企業人材育成の現場はどう見えるか?
3.どうすれば、人が育ち、学ぶ環境をつくることができるのか?
4.そのためにはどのようにHRDの人々はどのように振る舞うとよいのか?

 について2時間話した。

 要領を得ない拙い講演だったと思うが、例のごとく、皆さんのご協力のもと(ディスカッションやエクササイズをしてもらった)、何とか終了。ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。

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 その後は、研究会のコアメンバーが別室に集まり、研究会がスタートした。こちらの方は、金井先生と中原で、研究会の方々の質問に答えたり、各テーブルを回ってディスカッションに参加したりした。

 研究会の冒頭で、金井先生から僕に対して、いくつかのコメントと質問が投げかけられた。質問は、下記のようなものだった。

1.学部時代、院生時代、どういう研究をしたか。
2.自分が好きだと思う学者をあげて、なぜ好きなのかを説明して欲しい
3.なぜ中原は企業人材育成の領域で研究をしはじめたのか?
4.企業の研究をはじめた頃はどうだったのか? 企業の方とは、いつ頃からコンタクトをとれるようになったのか? それにはどのような工夫が必要だったか?

 今から考えてみれば、金井先生は僕に、自分自身をNarrativeさせる(物語らせる)ことで、研究会参加者に僕を理解してもらう機会をつくってくれたのだと思う。

 金井先生に問われた「僕の歴史」は、自分としては、あまりふだんは考えたことのないことであったが、よい「振り返り」になってよかった。そうだ、僕の「原点」は「あそこ」にあった。そのことを再確認した。

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 研究会では、研究会メンバーがいくつかのテーブルに別れて、ディスカッションをする。そこに金井先生と中原で10分程度ずつ参加した。

 ディスカッションでは、なかなかすぐには答えることのできない問いも含まれていて、かなり考えさせられた。

 たとえば、

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 リーダーは「自分を物語ることのできる存在」だと思う。しかし、現在、自分の会社では「若き経営者を早期に選抜し、育成すること」をめざしている。その際には、若き経営者候補のストーリーは、どうしてもプアになる。これをどうしたらいいのか?

 教育をするほうにも、教育を受ける方にも「時間」がない。でも、分かって欲しいことはたくさんある。余剰時間がとれない場合、どのように分かって欲しいことを獲得してもらえばいいのか?

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 などのような問いがでていた。
 いずれも、僕は直接の答えを持たない。「アポリア」である。

 本当はゆっくり会社の状況などをお聞きしながら、ひとつひとつ問題の本質を解きほぐしていきたい。が、少しのコメントをするのが精いっぱいでタイムアップ。残念。

 けだし、教育や学習は、すべて「個別具体的」である。
 技術的合理性(Technical rationality)に基づいて「一般的原則」をそのまま「処方箋」として「現場」に適用できるのであればいいのかもしれないけど、残念ながら、そのようにして利用できるルールはかなり限られている。

(本当のことをいうと、これは教育だけに限られた話ではない。おおよそ人間を相手にする限りにおいて医療でも福祉でも、同じことは言えると僕は思う。それは人間を相手にすることによっておこる宿命でもあるし、同時にオモシロサでもある)

 よりよい教育や学習をめざすためには、どうしても、それを支援しようとする人の側に、ローカル、かつアドホックに起こっている「出来事」や「経験」の意味を、具体的に聞き取る姿勢が必要である。

 たとえば、ある人の業務を本当に支援したいのであれば、

 その人が
 いつ
 どこで
 どんなタスクに従事していて、
 それはタスクにはどの程度無理があって、
 誰とともに問題解決をしていたか?

 を子細に調べる他はない。研究会では、教育学、学習科学、経営学、成人教育学の歴史をひもときながら、このようなことの難しさを共有した。

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 僕に対しては、参加者の方々からも、いろいろな質問を受けた。

 一番考えさせられたのが、ある方に「将来的に、企業組織の人材育成に関しては、どのような研究をしていくべきなのか?」と問われたことであった。

 僕の答えは下記である。

 人の賢さ、そして、それを支援する技術は、単一のディシプリンに還元されないし、そうするべきでもない。
 教育学、経営学、心理学、社会学、人類学、様々なアプローチが許容されるべきだし、お互いに知見をリスペクトしあうべきである。そして、これらの人々の間に、もっと行き来や情報交換がなされるべきではないかと思う。
 そして、企業・組織における人材育成の研究に関しては、今後、より重要になることはあっても、意義がなくなることはない。
 多くの学部生、大学院生にもぜひ参加して欲しい。この領域はニーズに比べて決定的にヒューマンリソースが足りてない。
 僕はそう思う。

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 今回の神戸での講演、研究会参加は、僕にとって、様々な「収穫」があった。

 卑近なところでは、今、共同研究として東大のみんなで取り組んでいる調査や本の執筆、そしてこれから僕自身が取り組もうとしているいくつかの本の執筆の方向性が間違ってはいなかったと、金井先生、他皆さんのご意見の中から確信できたことだ。

 方向性が間違っていないのであれば、あとは猛進することである。振り返る必要はない。来年はこれに精いっぱい取り組もう。

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 ちなみに、金井壽宏先生は、僕が学生の頃からずっと憧れてきた研究者であり、尊敬する研究者のひとりである。気鋭の経営学研究者であるにもかかわらず、先生の著作には「学ぶ人に対する配慮やまなざし」が感じられ、これまで勝手に親近感を覚えていた。

 

 今回、機会を得て、ようやく実際にお逢いできたことを嬉しく思う。そして、何より、先生の口から、「10年かけて企業での大人の教育研究を行なう価値がある」と言っていただけたのが、嬉しかった。

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 最後になりますが、このような機会を与えてくださった、金井先生、神戸製鋼ヒューマンクリエイトの寺本さん、足立さん、富田さん、水口さん、神戸製鋼の宋さんに感謝いたします。ありがとうございました。
 また神戸大学大学院生の伊達さんには、いろいろなコメントをいただきました。ありがとうございました。

 さぁ、東京に帰ろう。
 授業が待っている。
 はやく家族に会いたい。
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補足:自分メモ
 神戸大学の金井先生のゼミの方が、クランボルツの「Planned happenstance」を「いきあたりバッチリ」と訳したそうだ。なるほど、名訳だと思った。