ザ・転移 : 東大で学習科学の研究会が開かれた!

 転移とは、踏み絵である

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 転移とは、わたしたちが学ぶ際に、「ある文脈で学んだことが、新しい別の文脈でもうまく適応して、何らかの影響がでること」をいいます。

 先にやった学習の結果で、あとで学ぶことが促進される場合を「正の転移」、悪影響を与えてしまう場合を「負の転移」という風にいいます。

 より一般的な言葉でいうと、「正の転移」は、「何かを学んだ結果を、あてはめたり、組み合わせたりして、あとでの学習が、よりよく進んでしまうこと」ですね。あんまり負転移に関しては扱われないので、ここでは割愛します。

 で、この転移が、なぜ「踏み絵」かというと、これほど定義も大揺れで、実験結果も全然一致しなくて、かつ、研究者の広範な関心を読んでしまっていることも珍しくないからです。

 まず転移の定義からして大揺れ。人によってぜんぜん違う。さらに結果も大揺れ。人によっては、転移なんて存在しない、という人もいる。それ言っちゃ、おしまいよ。

 まぁ、これだけだったら、「研究者の間の論争」ですむんだけど、転移というのは、教育システムにとっては、かなり重要で重大な問題なんです。

 なぜかっていうと、「学校教育」、そして「学校で教えられる知識」というものが、転移に前提にしている教育システムだからです。

 たとえば、学校ではいろいろな基礎的な事柄を学びますね。これを学んでおけば、実世界にでて役に立つ、ということを前提にして、いろんなことを積み上げて学んでいくのが、学校なわけです。

 もし、学校で学んだことが、実世界で全く役に立たない、というのであれば、つまり「転移」を前提にしないのであれば、学校教育というシステム自体が、かなり怪しくなる・・・。「なぜ学校で学ぶのか」ということがちょっと脅かされるのですね。

 転移があるのかないのか。それは可能なのか。
 また、転移に対して、どういう態度をとるか。
 そんなわけで、転移は研究者にとっては、「踏み絵」みたいなものだよなぁと思うのです。

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 ところで、転移は、今、なぜ学習科学にとってホットトピックになっているのでしょうか。

 よく知られているように、転移研究はソーンダイクからはじまっあったと言われています。ソーンダイクは、「課題の共通性が高いのならば、転移が起こるもんねー」といったのですね。

 この後、いわゆるクラシカルな転移研究がはじまっていきます。もっともよく知られているのは、ホリオークの研究ですね。

 この時代になると、転移研究に、頭の中の構築物(constructs)が想定されるようになった。「2つの問題の心的表象による類似性が重要だ」と言われるようになってきます。
 
 その後、1980年代後半から90年代前半にはいり、認知革命といわれる知的潮流が起こった。Lave & Wengerが、転移を批判し始め、転移が疑われます。

 ちなみに、僕が学部生の頃は、「転移、そんなもん古くさいもん」という感じでした。熱狂的に状況論が流行していた時代だった。転移がいかにきかないか、という論文ばかり読んでいました。

 それから10年・・・

 現在、Lave & Wenger的なsocio culturalな理論と、従来の認知理論が、ようやく歩み寄りを見せようとしている感じに、今、あります。

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 今日は、東京大学で学習科学の研究会が開かれました。テーマは、ザ・転移!

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 読んだ本は下記です。

 あと、Journal of learning scienceの最新号ね。これは転移の小特集が組まれています。

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 その中に収録されている論文で、僕が興味をもったのは、下記かな。

 まずは、Engleの研究。
 彼女の主張を一言でいうと、

 学習する文脈と転意の文脈の関係性があれば、転移はおこるのだ

 ということでしょうか。文脈間関係性(intercontextuality)という概念を提唱しています。

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 最も興味をもったのは、やはりシュワルツ&ブランスフォードさんの「preparation for learning」の論文。

 一言でいうと、転移というのを短期間の現象という風に、解釈せずに、「未来の学習への備えができ、そのことで成果があがるんだ」と考えようということですね。

 彼らは、「転移はすぐにおきるわけではない」のに、「多くの心理学研究では、転移をわずか数分の遅延テストではかっている」と批判しています。

 で、彼らがとった方法はこうですね。ある問題Aを学ばせたあとで、同型の問題B(common learning resources)をいったん学習させる。

 そうすると、問題Aの影響を受けて、問題B(common learning resources)の学び方が変わってくる。で、その学習Bの異なった学び方のおかげで、転移課題Cの結果がかわるよ、ということですね。

 シュワルツさんのこうした研究の背景には、「一度勉強したことは無駄にはならん」「過去の経験は、学び方を変える」という信念があると思われます。

 教育工学屋としては、問題Bの与え方をどのようにすれば、問題Cの結果がどうかわるかが、とても興味がありますね。要するに、問題B、つまりは、Common learning resourcesのデザインの仕方についてです。

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 ちなみに、僕は、Pellegrinoの論文の短く紹介したのですね。評価研究で有名な人です。

 この論文は、「評価」と「転移」の解説の論文ですが、その説明の中に、いわゆる行動主義、認知主義、状況主義、みたいな記述がでてくる。それらのキーワードをつかって、「評価」と「転移」のフレームワーク(要は分類・整理)づくりをしました、という論文。

 行動主義、認知主義、状況主義・・・・この3つのキーワードね、15年前くらいまえから結構使われるタキソノミーだったのですが、そろそろヤバイね。

 現在の学習科学の進展を見ていると、この分け方が、かなりドキュソだな、と思いました。

 自分の若い頃は、これで学んだし、僕自身も論文でさんざん使っていたけどなぁ・・・。
 嗚呼。

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 研究会は、北は北海道、南は京都まで、全国から16名の方々が集まりました。三宅まさき君のコーディネートです>ありがとう&お疲れ様でした。

 中には、転移で学位論文をお書きになった先生もいらっしゃっていて、転移研究の難しさについて、お話ししていました。

「インストラクションがちょっと変わるとすぐに結果がかわる」「学生のレヴェルが少し変わると、すぐにかわる」

 本当に転移研究は難しいですね。

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 それにしても、なぜsocioculturalな理論と、いわゆる従来の学習科学の理論が歩み寄りを見せているのでしょうか。

 研究会に参加なさったある先生が、こんなことを教えてくれました。

 米国では、NSFの支援をうけて、Learning Science Centerを全米にいくつも建設する動きがでてきています。Learning Science Centerは、やはり今までやってきた心理学、そしてSocio Culturalな研究者、脳科学、教育学を統合して、「学びの科学」の統一理論をつくろうとすることで、生き残りをかけている。理論融合が最近進んでいるのは、そういう影響もあるのでしょうね。

 ・・・なるほどねぇ。
 そういう点でいくと、日本のこの分裂状況は、かなりマズイよなぁ。

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 また、ある脳機能測定をなさっている先生の言葉も印象的だった。

 fMRIを活用した現在の脳機能測定は、比較的短いシンプルな課題を繰り返しおこなって、同じような傾向が見えるときにようやく同定できる程度です。

 転移のように、長期間継続する、高次の認知的課題に関しては、現在の測定装置では追うのは難しいですね。

 なるほど・・・。

 融合するといっても、簡単な話じゃないねぇ。

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 いろいろ勉強になった一日でした。

 最後は、転移についてよりわからなくなった(笑)
 学習についても、さらにわからなくなった(笑)

 ・・・複雑だ・・・学んだとか、転移したとか、気軽に言えないよなぁ。

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 ちなみに、研究会のレジュメは、公開してくださるそうです。参加できなかった方も、ぜひ、ご高覧下さい。

 ともかく、本日の研究会、参加いただいた皆さん、お疲れ様でした。三宅君、重ねてありがとう。