遠きにありて思うもの

 今日の関東地方は快晴。いったん大学研究室に行き、ミーティング。それからインタビュー調査に多摩方面へ小旅行。それから都内に戻り打ち合わせ。外回りの日、晴れててよかった。

 さっき、テレビで故郷、北海道旭川がうつった。旭川も快晴。ただ、真っ白な世界だった。

 嗚呼、こういう日は、しばれて、寒いんじゃないかな

 と予想した。本当のところはわからないけれど、何となくそう思った。

(注 しばれる・・・とても寒いということです)

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 最近は動物園ですっかり旭川は有名になってしまった。

 だけれども、僕にとっての故郷の原風景というのは、やはり、こういう「しばれた日」であったり、「吹雪の日」であったり、要するに冬の北海道の自然の厳しさにある。

 そして冬の自然が厳しいだけに、短い短い夏や春が本当に待ち遠しく感じる。春になって、コートを脱ぐ頃に感じる、あの開放感! まだ肌寒いんだけど、陽光が差し込み、思わず外出したくなってしまう、あの春の日。それも故郷の原風景かもしれない。

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 ふるさとは遠きにありて思ふもの
 そして悲しくうたふもの
 よしや
 うらぶれて異土の乞食となるとても
 帰るところにあるまじや
 ひとり都のゆふぐれに
 ふるさとおもひ涙ぐむ
 そのこころもて
 遠きみやこにかへらばや
 遠きみやこにかへらばや

 室生犀星
 
 
 これが私の古里だ
 さやかに風も吹いている
 あヽおまへは何をしてきたのだと
 吹き来る風が私にいふ

 中原中也

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 暖かな太陽の光が差し込む関東とは、異なり、旭川はまだまだ冬のまっただ中にある。それは遠きにありて思うもの。