Learning cafe@Todai

 ちょうど今から1年くらいまえ、僕は、当時の日記で、こんなことを書いていました。僕がまだボストンにいたときの頃のことです。

 アメリカの大学、少なくとも僕がこれまで見聞きしていたMITやハーバード大学では- 「サービス」と「責務」をうまく使いこなしながら、大学経営を行っているように思うのです。要するに、どっちかを2者選択するのではない。要するに2分法をこえて、うまく両者の機能を両立させようとしているように見えるのです。

 ある場面では、知的資本を企業などに提供するかわりに、莫大な研究費を企業や外部団体から獲得する。あるいは、自らの智恵を「サービス」として切り売りする。これがサービスとしての側面ですね。

 その一方で、地域の人たちや、学問領域に関心のある人たちを巻き込んで、いろんなプロジェクトを立ち上げたり、フリーで議論に参加できる様々な機会を提供している。これが「責務」の側面。

 でも、ポイントは「責務」といっても、別に堅苦しくない。「エライ先生の議論を壇上から拝聴させていただきます」式のムサクルシイ会議ではなくて、そこにはCokeとAu Bon Painのサンドイッチがあって、それらをつまみながら、智恵を交換しあう場なんです。

 こちらにきて、僕はそうした場をつくっている研究者を何度も見てきました。彼らはファカルティとして人々の尊敬を集めていた。

 そして、このとき、僕は、そうしたコンヴィヴィアリティあふれる場を、日本でもつくりたい、と思っていました。

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 帰国直後に、あるメーリングリストではこんなことを言っています。

 

今回の米国滞在で、僕は大学のあり方についても考えさせられました。

 教育/学習のプライヴァタイゼーション(私事化)、市場化(この2つは戦後教育学の最大の課題だと思います)の流れの中で、図書館や大学といった施設は、ともすれば、その業務がすべて「サービス」と見なされやすいように思います。

 事実、僕が滞在したマサチューセッツ工科大学やハーヴァード大学では、片方で、企業や助成団体からたくさんの共同研究契約をむすび、あるいは、日本の5倍~6倍の授業料を学生から徴収して運営されています。教育のサービスとしての側面が、ここに見受けられます。

 しかし、一方で、これらの大学では、どのような人でも参加できる無料のセミナーやシンポジムが毎日のように開催されています。昼食がついているものもありますし、簡単なレセプションがあるものもあります。決して、堅苦しい場ではありません。ジーンズとTシャツで参加できます。要するに、公共の知のサロンを形成する、といった側面を大学が担おうとしています。

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 で、ようやくこれを、本日、自分の周囲で実現することができました。何とか「有言実行」をはたすことができました、ホッとしています。

 このblogでも話題にしているとおり、これから僕は「Learning cafe@Todai」「Learning bar@Todai」という研究会を、不定期で企画していきたいと思います。

 Learning Cafe@Todaiは、「ちょっと知的なプチ研究会風ランチ」です。これはお昼に開催されます。一方、Learning Bar@Todaiの方は、夜に開催します。軽くお酒とおつまみをだします。「お酒」をだすといっても、デロデログデングデンの暴言野郎はお断りですよ、、、いつもとは違う、知的な雰囲気で、お酒を嗜んでください。

 CafeやBarの企画は僕が行いますが、「主催元」は、そのときによって「中原研究室」であったり、「TREEプロジェクト」であったり、「BEAT講座」であったりすることが考えられます。それはテーマによって異なります。

 しかし、ランチや軽食を提供するために、いずれの場合でも「協賛者」として「NPO法人 EDUCE TECHNOLOGIES」がかかわることになりました。Educeは、もともと教育工学の研究者支援を、ミッションのひとつにかかげた組織です。今回の試みは、そのひとつになるだろう。代表理事の山内さんと話し合い、そのことを決定しました。

 ちなみに、Learning cafe、Learning barという名称は、上田先生のアイデアから、名前をお借りしています。「Forum」とか「Symposium」とかになっていないところがポイントです。

 Learning cafeやLearning Barは、エライ大先生が一方向的に行うレクチャーが行われる場所ではありません。また全然話のかみ合わないパネルディスカッションが行われるべき場所でもありません。

 というよりむしろ、「未来の学習」「未来の教育」に関心のある人々が話題を持ち寄る。それに従って、自由闊達に意見を述べあえる場です。だから、CafeとかBarということばを使っています。

 先にも述べたとおり、MITやHarvardでは、お昼時、そして夕方、非常にフランクに、人々が集まり、自由闊達な議論をしていました。ドーナツやワインを片手に、「未来の教育」を語るという行為自体が、とってもオシャレで、知的で、当時の僕は羨ましかった。

 ランチどきには「Learning Cafe@Todai」。そして夕方からは「Learning Bar@Todai」・・・本郷にて、いよいよ開店です。

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 さて、前置きが長くなりましたが、今日は「Learning Cafe@Todai」の初日でした。

 今日、プレゼンテーションをしてくれたのは、米国最大の教育NPOのひとつであるEducation Development Center(EDC)のイベッタ=タンさんです。彼女は、ハーバード教育大学院を卒業後、EDCで主に、「Online professional Development(オンラインでの教師の専門性向上)」プログラムの開発に従事していました。

 本日のレジュメはこちらのページから
 http://www.nakahara-lab.net/com.html

 本日の「Learning Cafe@Todai」には、東大教育企画室のスタッフ、コンサルタントの方々、eラーニングベンチャー企業の方々、大学職員、学生さん、某市の市議さんまで、多彩な人材があつまりました。今回はすべて英語で発表が行われたというのに、ウレシイ限りです。

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 イベッタさんによると、EDCは、もともとハーバード大学、マサチューセッツ工科大学のファカルティが45年前に設立したNPOだそうです。現在、全世界に850名のスタッフがいて、300以上のプロジェクトが走っている。

 年間の売り上げは、104億です・・・日本の教育NPOの規模と比べると、驚異的ですね。ちなみに、ホリエモンの本のタイトルに「稼ぐが勝ち ゼロから100億、ボクのやり方」ってのがあります。だいたい、そのくらいの規模ということです。

 EDCは、もともとは、数学と科学のカリキュラム開発に注力していたNPOでした。心理学者ジェローム=ブルーナらも、ファンディング=メンバーのひとりであり、彼の理論による「PSSC」などの教材もここで開発されたそうです(こう聞いて、あれかと思わなければ、教育学を勉強する必要があります・・・そのくらい有名だということです)。

 EDCがプロジェクトを実施する際には、大学との連携を非常に重視します。「大学はResearchをするところ、それがImplementationまで行うのは難しい」とイベッタさんは言います。そして、大学と社会のあいだのギャップを埋めることこそが、NPOの役割だというのです。

 でも、単に「Practice」を行うのではない。換言するならば、大学の協力のもと、「Research grounded practice」を実施することにこそ、NPOのコアコンピタンスということになるでしょうか。そしてそのために、NPOにはPh.Dを取得寸前の学生、あるいは、取得者がゴロゴロとしています。そこは、教育の専門家集団なのです。

 イベッタさんはそこで、「Online professional Development」のプログラム開発に従事していました。彼女が従事していたのは下記のようなプログラムです。

 EDTECH LEADER ONLINE
 http://www.edtechleaders.org/

 これはいわゆる「Train the trainer model」だそうです。要するに、「一般の教師を育てる教師=学校のリーダ」をオンラインで育成する。

 このプログラムにはこれまで1000人ほどの教師が参加している。ビジネスモデルとしては、BtoCのモデルではありません。つまり、個々の教師からお金をとってコースを提供するというモデルではないのです。対象にしているのは、ディストリクト(校区)のレベルであり、校区がお金を支払います。

 このプログラムにはいくつかのコースが提供されています。1コース500ドルです。1コースは、基本的には1) Reading、2)Activity、3)reflectionで完了する。

 で、コースひとつを終了すると、それぞれ「Prossional Development point」というのが提供されるのですね。それを集めると、それは教員自身のサラリーに反映する。いくつも集めると、「Antioch University Seattle」というところから、正式なMaster degreeが授与されるのだそうです。つまり学んだことに関するインセンティヴがあるわけです。

 前にも言ったかもしれませんが、アメリカの教員の50%は修士号保有者です。で、サラリーはそれで飛躍的に高まります。

 前に「2004/07/16 eラーニングで教えるということ」という日記を書きました。これはレズリー大学の事例です。その事例では修士号をとれば年間で50万給与がアップしましたね。たとえ修士号をとるのに、200万近くかかったとしても十分ペイするのですね。

 ちなみに、このコースには、若い人から65歳の超ベテラン教員が参加しているそうです。

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 次に、彼女から紹介があったのは「PBS Teacher line」です。

 PBS Teacher line
 http://teacherline.pbs.org/teacherline/

 彼女は「PBS is equivalent to NHK」と言っていましたね。正確にいいますとPBSとNHKの仕組みはちょっと違いますが、PBSはアメリカの公共放送です。

 で、そのPBSが、教師のプロフェッショナルデヴェロップメントのための各種のリソースを提供しています。それが、「PBS Teacher line」です。これは、先ほどの「EDTECH LEADER ONLINE」とは微妙に違います。その違いは、1)Edtechで提供されているのはコース。PBSの方は、リソースに近いということでしょうか。数学、国語、教育工学、科学などに関して90のコースが提供されているそうです。

 彼女が言うには、ホントウにアメリカの教師はヤバイ奴はヤバいそうです。たとえば、数学の教師といっても、ホントウに「Poorなmath content knowledge」しか持っていない。もっと簡単にいうと、「数学の教師だけど、数学ができない」ってことでしょうか。

 Content Knowledgeももっていないのだから、きっと「Pedagogical content knowledge」なんて、夢のまた夢かもしれません。

 そういう少しヤバイ先生に、何とか自学自習の機会をもってもらう。これがこのプログラムの特徴であり、めざすところだそうです。

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 最後に彼女が紹介していたのは、Role projectというプロジェクトです。こちらは、とってもResearch orientedなプロジェクトですね。NSFからの3年のグラントで実施されているそうで、ボストン大学がプロジェクトの「評価」の部分を担当しているそうです。

 ボストン大学
 http://wwwcsteep.bc.edu/

 このプロジェクトはオモシロい。その目的は、「figure out what is the most effective way to teacher learning」だそうです。要するに、「教師が学ぶためには、具体的にどうすれば一番いいのさ」ということです。

 これを明らかにするために、Experimentalな計画をたてました。同じコトを教師が学ぶのですが、下記のように条件の異なる3群を設けたのです。

 1.self-pace(完全に自学自習で教師が学ぶ)
 2.Community-based(教員同士がコミュニティをつくって学ぶ)
 3.Teacher - Expert(教員とエキスパートがつながっている)

 で、この異なる三条件で、教師が何を学ぶのか、何が変わってくるのかを明らかにするそうです。

 うーん、興味深いですね。

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 ともかく、彼女のプレゼンテーションはとっても素晴らしいものでした。そしてLearning cafeは、予想以上に楽しかった。参加者の何人かから、感謝のメールをもらい、励まされました。少し前にアメリカの大学院に留学していた方から「久しぶりに、あの雰囲気を思い出しました」と言われたときは嬉しかった。

 さて、次です・・・次回の予告です。

 次回は夕方に開催します。
 Learning bar@Todaiで、またお逢いしましょう。

  

投稿者 jun : 2005年8月 3日 00:36

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トラックバック時刻: 2005年8月27日 14:19