「OJT信仰・手放しのOJT礼賛」を超えて : OJTの脆弱性・成立条件を考える

 日本には、どうやら「OJT信仰」というものがあるようです。「手放しのOJT礼賛」といってもいいかもしれません。

 OJTの「よいところ」ばかりが注目され、「結局、経験なんだよ、経験」といった具合に、ある種の「経験主義」「現場主義」と絡み合いながら、その学習効果が「ロマンティシズム」をもって語られる。

 その反面、OJTの悪いところ、制約、脆弱性、そして成立条件などのシビアな側面が、あまり着目されないのです。

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 僕は何も「OJTがパワフルではない」と言いたいわけではありません。
 むしろ、仕事で本当に必要なことは「現場における仕事経験の中から学ばれる」のだろうな、と思います。奏功した場合のOJTの学習効果は「パワフル」だとも思います。
 僕は「職場学習論」という本の著者です。「職場における人々の相互作用が学習にとっては大切だ」という主張をし続けてきた僕が、OJTの学習効果を低く見積もることが、あるわけがありません。

 しかし、同時に思うのです。OJTはパワフルでありながらも、様々な制約・脆弱性や、機能するための諸条件を持ち合わせている。そのことに目配りや配慮をしておいたほうがいいように思う、ということですね。

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 それでは、OJTの脆弱性とは何か? ここではOJTを「上司 - 部下間の垂直的な関係において、上司から提供される教育・助言」と位置づけて、整理をしてきましょう。
 敢えて少し狭い定義でお話しをしますが、OJTは人によって思い浮かべるところが異なります。ここでは、敢えて論点をクリアにするために、OJTを上記のように定義します。あしからずご了承下さい。

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 OJTの脆弱性として、まず第一にあげられるのは、OJTの学習効果は「師」に依存する、ということです。
 OJTは「師 - 部下間」において行われるため、外部から第三者が介入を行うことは難しいといわざるをえません。

 師の思うところによって、そして、師の考えにしたがって、教育が行われます。その学習効果、教育のクオリティは、「師のあり方」に大きく依存します。

 そして、部下は多くの場合、師を選ぶことはできません。そこに選択可能性はないのです。

「うーん、うちの上司のアドバイス、全くイケてないんで、替えてくれません?」

 とは、死んでも言えるわけありません(笑)。

 部下にとって、OJTを通して学ぶことができるかどうかは、もちろん本人の努力、やる気の問題もありますが、はっきりいって「運」です。誰に当たるかによって、その学習効果は大きく異なります。

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 OJTの脆弱性の第二のポイントは、「師の能力を超えることは、学べない」ということです。もっと具体的にいうと「師のわからないこと」「師の知らないこと」は、OJTにおいて学ぶことはできません。

 OJTとは、「師の知識・経験がなかなか色褪せてしまわないような安定的な領域」に向いている教育のあり方です。
 師や部下の存立している場所が、「不確実性の高い領域」であったりする場合 - すなわち、上司にとっても「わからないこと」「知らないこと」が生まれやすい知識流動性の高い場所においては、OJTはあまり向いていません(そういう場所では、上司と部下がともに考えるという協調的な学習が必要です)。

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 OJTの第三の脆弱性は、多くの場合、学習の起こるタイミングが「偶然」に依存する、ということです。

 部下が何かのミスをする。そうした「偶発的な教育的瞬間」に、上司と部下がともに居合わせ、さらには上司が適切なフィードバックを行ったときに、OJTが奏功します。

 ということは、OJTが奏功するための条件としては、「上司と部下がともにいる時間が長い」ということになります。

 伝統工芸の師弟関係を見ればわかるように、ともすれば生活時間をもともにするような「長時間」の人間関係が、OJTの奏功する条件です。

 さらには上司が「模倣威光を放っている、ロールモデル」として機能すると、なおよいと思います。上司が「いつかはあんな風になりたい」と思える存在であることが、長期間に及ぶ、偶発的な学習のモティベーションとして機能します。

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 そして、第四のポイント、OJTの最大の脆弱性は、OJTはともすれば「単なる労働」に変わり果てる、ということです。本来OJTは、「Learningful work(学びに満ちた仕事)」であるはずなのに、いつのまにか「Learningless job(学びもクソもへったくりもない、単なる労働)」になってしまう、ということです。
 意図せず、意識せず、それは進行します。特に、「職場の多忙感が高い場合」や、「業績へのプレッシャーが高い場合」、また「OJTに対する上司の理解や認識がナノレベルである場合」に、起こる可能性が高くなります。

 最悪の場合、職場には「OJTという名の"単純労働"」「OJTという名の"下請け労働"」が、横行します。部下が、「上司の尻ぬぐい」をするというかたちになるのです。


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 以上、今日はOJTについてお話しをしてきました。敢えてネガティブなことをお話ししましたが、くどいようですが、「OJTはパワフルです」。しかし、それには様々な存立の諸条件が存在するように、僕は思います。

 今、私たちに必要なことは「OJT信仰」や「手放しのOJT礼賛」を超えて、冷静に、その脆弱性や存立条件を見つめること。その上で、自社の人材育成システムを考えていく必要があると思います。

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■2012/09/04 Twitter

  • 22:18  わかるわ、それ(笑)。無限ループだ>RT @tatthiy だいたい疲れてくると「twitter → Facebook → ヤフーニュース → Gmail確認 → twitter・・・」というループにはまってくるので、そういうときは思い切って作業区切った方がいいよね。  [in reply to tatthiy]
  • 22:17  9月10日-12日、中原研夏合宿が清里・清泉寮で開催されます。KEEP自然学校、小西さんのところにも伺う予定です。合宿担当の保田さんと最終打ち合わせ中です。涼しい清里を訪れるのが楽しみです。
  • 22:17  今日、ニッケル&ダイムを久しぶりに読み返しましたが、この人の視線と皮肉は、第一級ですね RT @tkanai1954 エーレンライクは、どの著作もおもしろいですね。Fear of Falling Downをまず、ミドルに興味もっていたときに読みましたが、よい作品が多い著述家。  [in reply to tkanai1954]
  • 22:15  困ったことに、マージナルマンというほど格好良いものじゃなく(笑)。落ち着きないだけかもしれません。折原先生は学部時代に読みましたね RT @tkanai1954 これって、いい意味で、マージナル・マン!? 中原さんの世代も、折原浩先生の著作とか、読まれるのですか。  [in reply to tkanai1954]
  • 18:12  NPO法人カタリバ・臨時理事会。高円寺の高架下を歩いてきました。なかなか「昭和チック」でいいですな。
  • 15:40  RT @tatthiy: 中原先生も書評を書いてらっしゃいますが内容かなり同意・共感します。 → 押しつけられたポジティブシンキングのもたらすもの:バーバラ=エーレンライク著「ポジティブ病の国、アメリカ」書評 http://t.co/uIYyhSxd @nakaharaj ...
  • 15:40  RT @tatthiy: 僕はポジティブ心理学自体はけっこう好きだし、本もたくさん読んでいるけど、ポジティブであることが「規範」や「イデオロギー」的になったときの怖さみたいなのを「ポジティブ病の国、アメリカ」を読んで感じましたね。
  • 15:37  フィルムアート社さんの本、キンキンに尖っていて面白いですね。最近、同社の本をよく読んでいます>佐々木怜仁「結局、どうして面白いのか - 水曜どうでしょうのしくみ」 http://t.co/nT5NRrAM
  • 15:04  最近、どの学会に出かけても「アウェイ感」しか感じません、、、ふふふ。
  • 12:45  OJTにはいくつか「脆弱性」があるように思います。1)適当な人が「師」になるとは限らない、2)師の能力を超えることは、その師からは学べないことが多い、3)学習は「偶然」にまかされていることです。そして最大の「脆弱性」は、4)OJTは「単純な労働」に容易に変わる可能性が高いこと。
  • 10:06  (3)「アブダクション」は「仮説とは何か」「理論をつくるとは何か」に悩む大学院生にもおすすめですな。「先行研究を積み重ねれば、仮説が生まれる」とか「現場に出向きさえすれば、何かが見えてくる」といった「よくある信念」の是非を考えられるはず。http://t.co/zbdZlDPE
  • 10:05  (2)「経験をいくら集めても理論は生まれない」「間違っているのは、理論が経験から帰納的に出てくると信じている理論家である」というアインシュタインの言葉が印象的。経験から理論が生まれるときアブダクション(仮説形成思考)が駆動する http://t.co/mYBkNJmn
  • 10:05  (1)改めて何か問われると、答えに窮してしまうもの。「仮説」とか何か?「理論」とは何か?:「アブダクション」(米盛祐二)を読んだ。パースの議論を引き合いに出しながら、帰納・演繹につぐ、第三の科学的思考である「アブダクション」を説明する良著。http://t.co/EE4rcTbp
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■2012/09/03 Twitter

  • 21:44  「志ある若い人が食べていくことすら難しい領域」に潜む真因を問わないで、新規参入が減少した理由を「最近の若い者は挑戦しようとしない」と「若い人の資質」に帰属にする。そんな「問題のすり替え」はいつも「絶対安全圏にいる人」によってなされます。でもね、バレバレなんだよね、悪いけど。
  • 21:32  悪名高きNCLB法(No Child Left Behind : 学校に成績責任を求める法律)に対抗して、米国の教員が、「教師として生きること」を演じた演劇「No Teacher Left Standing」があるそうです。見てみたい。(アートという戦場・フィルムアート社)
  • 21:08  「一生懸命取り組んでも、それでも食べていけない領域」からは、やがて「若い人」が去っていきます。それも「優秀な人」から去っていきます。「食べることができること」は、大事なことです。若い人の情熱や熱意に頼って、何とかかんとか、領域を守ることができるのは、そう長くありません。
  • 17:00  組織社会化の論文集>RT @masahiro_sekine 「Oxford Handbook of Organizational Socialization」の大まかなまとめ。 http://t.co/Oq4m1ZtF  [in reply to masahiro_sekine]
  • 16:45  特集号への投稿をぜひご検討下さい>RT @mark_yk JSET次回の論文特集号「情報化社会におけるインフォーマルラーニング」。締め切りは2013年2月6日。テーマは企業内人材育成、学校外の教育、ワークショップなど
  • 16:42  面白そう> RT @nhk_kurogen 4日のクローズアップ現代は「社長がいない~求む!グローバル時代の経営者~」。社長を公募するケースや、新たな社員教育など。今の時代に求められる「社長」について考えます。http://t.co/xe9GEtOA  [in reply to nhk_kurogen]
  • 07:20  この2つはさらに掘っていきたいですね>RT @masahiro_sekine シンボリック相互作用論とワイクの組織化論のお話しが特に勉強になりました。RT 集中講義「組織行動論」  [in reply to masahiro_sekine]
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■2012/09/02 Twitter

  • 22:40  今日の青学での集中講義、中原研修士の @masahiro_sekine さんに、組織社会化研究の最新動向に関するゲストレクチャーなどをいただきました。関根さん、ありがとうございました。青学の皆さん、お疲れ様。関根さん、心より感謝です。http://t.co/JoFcSilR
  • 22:37  面白そうな研究会ですな!小生もお伺いしたいのですが、講義あり、やむなく断念。盛会祈念。また勉強させて下さい。> RT @tatthiy 「越境学習」×「イノベーション論」-組織を超えたイノベーションの可能性を考えよう!- http://t.co/ynP0uNH2
  • 21:13  自己メモ>57%が生涯学習を体験、生涯学習をしたいと答えた人も過去最高83%(内閣府調査「生涯学習に関する世論調査)ウォールストリートジャーナル: http://t.co/1jn5DGFd
  • 21:10  お楽しみいただけたとしたら嬉しいことです!> RT @munyon74 中原くん@東大から「経営学習論 -人材育成を科学する」をご献本いただきました。 http://t.co/y2BIriCs 最近勉強できていないので、読んでしっかり勉強したいと思います。  [in reply to munyon74]
  • 08:37  青山学院大へ。大学院 集中講義「組織行動論」。TAKUZOは、カミさんと、ランドセルを買いに行くようです。
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■2012/08/31 Twitter

  • 23:04  今、No jacket requiredを探してます。どこいったかな、ススーディオ(笑)RT @clione おお、名盤ですね!RT なぜか今日は「ジェネシス」な気分ですな。インヴィジブルタッチをレコードで買った http://t.co/RPtuA2px  [in reply to clione]
  • 09:32  駒崎さん、お愉しみいただけますと、幸いです!@Hiroki_Komazaki: 「経営学習論」をご献本頂きました。中原先生のご著書は、常に示唆を与えて下さいます。「リフレクティブマネジャー」を読み、弊社ではマネージャにコーチングを導入しました。本書も楽しみです。
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投稿者 jun : 2012年9月 6日 09:56