大森信先生「トイレ掃除の経営学」(白桃書房)を読んだ!

 大森信先生の「トイレ掃除の経営学」(白桃書房)を読みました。
 多くの企業・組織において重要視されている「掃除」「5S(整理・整頓・清潔・清掃・躾)」の果たす役割」を、Strategy as practice論(戦略を社会的実践として把握する理論)の観点から、実証データ(ヒアリング)をまじえて考察しています。まことに面白い題材設定、内容です。

 最初に誤解を避けるために述べておきますが、本書の主張は「トイレ掃除をしさえすれば儲かるということ」ではありません。トイレ掃除をしていようと、いまいと、やはり「儲かる」ためには「よい仕事」をしなくてはなりません。

 そうではなくて、一見無駄とも思える「トイレ掃除」が、経営にとってどういう意味をもっているのかを考察していると言えます。

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 本書の発見事実は多々ありますが、その一部をご紹介すると、下記のようになるかと思います。

・5Sの活動は従業員の行動を同型化することで、集団凝集性を高める

・5Sの活動は行動の同型化をはかるが、一方で思考を多様化する(すべての組織構成員が同じ行動をなすことは、一方で、そこに多様な解釈が生まれうる)

・組織内に大切にする行動を生み出す

・掃除の継続により、従業員が育つ
 手際のよさ、手順を守る、異常の察知力
 他人のためになることを大切にするマインドが育つ
 あらゆることを引き受けるマインドが育つ

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 などなど。面白いですね。詳細は、ぜひ、大森先生のご著書をお読みください。実証データに基づいて、上記が考察されています。

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 僕は、本書をStrategy as practice論とは異なる読み方をしました。それは、主に、パフォーマンス論と儀礼論の観点から、ということになるのでしょう。これは、高尾隆君(東京学芸大学)との共著「パフォーマティブラーニング」が詰めの作業に入っており、また、上田信行先生との共著「プレイフルデザイン」でカーニヴァル論を読み直しているせいかもしれません。

 大森先生がご著書の中で指摘しているように、「掃除そのものが仕事に関連する度合いは高くはありません」。しかし、ならば、一見、無駄とも言える行動を、組織構成員がなす必要があるのか。
 それは、Performativityの概念によってジェンダー・権力の相克を論じたジュディス・バトラーが指摘するように、「主体の意識・価値観が行動(パフォーマンス)を統制する」のではなく、「行動(パフォーマンス)こそが、主体(意識・価値観)を導く」からなのでしょう。本書をパフォーマンス論から解釈すると、どのように読めるのだろうか、また面白いだろうな、と思いました。
(強制される行動が主体を再構築する、というのは、少し間違えば、権力の問題と結びつき、怖い結果をもたらします。人文社会科学の観点からすれば、この問題は、経営学論考とは異なる見方ができるかもしれません)

 もう1点は儀礼論の観点から。ちょっと前に、哲学者の石田英敬先生(東京大学)がこんなことをおっしゃっていました。

「儀式とは、合理的観点からすれば"意味のないこと"をなすことである。意味のないものだからこそ、そこにいるメンバーに主体的な意味づけを求めるものなのだ」

 そこを先生の意図とはかけ離れて拡大解釈させていくと、「掃除」という一見無駄なものを為し、敢えてメンバーに多様な意味づけを求める、という意味で、「掃除」を「儀礼的行動」と位置づけることも可能なのかな、と思います。

「掃除」を儀礼的行動とみなしうるならば、それは集団の維持・継続の問題とリンクしています。そこでは、一体、何が「信じられている」のか。そして「何」の社会秩序や継続に役立ちうるのか。儀礼の立場から、この問題を考えていくことも面白いな、と思いました。

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 以上、僕のとりとめもない感想です。本書の題材は、それそのものが面白いですが、さらに様々な学際的な理論的意味づけ、アプローチが可能になるという点でも、興味深いですね。
 実務的には、組織理念の経営(Mission Management)とかに興味がおありの方には、特に面白くお読みになられるのかな、と思います。

 というわけで・・・
 中原研も5S(整理・整頓・清潔・清掃・躾)よろしく!
 >中原研・大学院生諸氏

「オマエが、一番、整理・整頓・清潔・清掃・躾が必要だ」という「激しいツッコミ」が、各所から聞こえてきそうですな。

 小生、5S苦手。
 そして人生は続く。

追伸.
 その他の研究プロジェクト。自分のリフレクションとして、進捗状況を書いておきます。

 まず、中原研大学院生諸氏と書いている「職場学習の探求」(生産性出版・今年度中には出版)も大詰めです。原稿は一応出そろいました(院生諸氏、お疲れさん!)。今日、「原稿を再度もむ会」をやって、なるべく早く入稿したいです。

 単著「経営学習論」(東京大学出版会)は、最近、前者にかかり切りだったので、少しお休みをしていました。章立ての大枠は書きましたので、あとは実証データを入れていく作業です。これは、少し時間がかかるかな。「独りの時間をいかに持つか」が課題です。

 京都大学の溝上慎一さん、舘野君、木村君との研究「大学時代の経験と職業領域移行に関する調査」はファンドレイジング中です。質問紙は、一応、完成しています。あとは、どうやるか。

 三宅なほみ先生の科研。こちらは今年の実証実験を終えました(望月先生、見舘先生、脇本君、舘野君感謝!)。某学会誌に、昨年度の実験結果を、白水始先生(中京大学)と共著で論文投稿しました。

 横浜市教育委員会の前田さん、富士田さんら、脇本君との共同研究「初任者教師の学校適応に関する研究」は、質問紙は完成。あとは実査をまつだけです。

 大磯さん(青山学院大学)、重田先生、舘野君、吉村さん、大房さん、大河内君、高木光太郎先生(青山学院大学)らとの共同研究「キャリアの風景:デジタルストーリーテリングワークショップ」は、大磯さん筆頭で、組織学会に予稿原稿を提出しました。ワークショップにご参加いただいたTさん、Tさん、Tさん(3人がTさん)、Uさん、ありがとうございました!
 10月8日京都大学で開催される組織学会で大磯さんが大会発表させて頂くことになっております。この日は、どうしても、わたしは伺うことができないのですが、金井壽宏先生から「中原さんもデジタルストーリーテリングの作品をつくりませんか」とお誘いをうけましたので、もしかすると、作品として参加させて頂くかもしれません。

 そして人生は続く。

  

投稿者 jun : 2011年9月 6日 10:09