実践を「ドキュメンテーション」することで広がる世界 - 人々のつながりを再構成する資源

 教育実践にとって「ドキュメンテーション(記録)」とは非常に大きな意味をもっています。
 実践とは「かたち」のないものであり、かつ、刻一刻と変化します。ともすれば、教授者は実践の中で立て続けにおこる出来事に追われ、自己の実践への内省を失います。学習者の方も、何を学んできたのか、その意味がわからなくなります。
 いずれにしても、ことさらの努力をしなければ、それは「忘却のかなた」に埋もれてしまいます。

 教育実践におけるドキュメンテーションの第一の意味は、その「実践の内容を振り返ること」「学んだことの意味を振り返ること」にあるでしょう。ほおっておけば「忘却の彼方」に消えていく実践を「ドキュメンテーション」し、おりに触れて、教育の提供者であり、学習者が、自分の実践・活動を「内省」することが求められるということです。

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 しかし、「ドキュメンテーション」の意味はそれだけなのでしょうか。僕はそう思いません。
 むしろ、そのことに加えて「ドキュメンテーション」は、「実践を豊かにすること」、すなわち「実践に対する多様な人々の参加と、そのことによる革新」に寄与するのではないか、というのが、今日のお話しです。
 現在、ワタリウム美術館で開催されている「驚くべき学びの世界展」を見ていて、そのことを痛感しました。

驚くべき学びの世界
http://www.watarium.co.jp/museumcontents.html

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「驚くべき学びの世界展」は、世界トップクラスと言われる「イタリアのレッジョ・エミリア市における保育実践」の記録展です。

 レッジョエミリア市の保育実践について書こうとすると、それだけで本が3冊くらい書けちゃいそうですし、僕は「子ども」の研究はしていないので(TAKUZOという子どもちゃんとは日々接していますが)、それは差し控えます。

 で、敢えて、保育教育関係者に、「便所スリッパ」で後頭部を「パチーン」とひっぱたかれるのを覚悟して、またまた「ワンセンテンス」で言い放ってしまいますと、

 レッジョエミリア市における保育実践とは、

「子どもたちが、自らの興味にしたがい物事を探求し、保育者が環境整備や準備をすすめながら、それをゆるいカリキュラムに仕立て上げていく」

 というような「ゆるい探求型のプロジェクト学習」に特徴があると僕は思います。それは「アート教育」の文脈で語られることが多いですが、その本質は「探求」、これでしょう。

 そして、この「探求型のプロジェクト学習」を支えているのが、「ドキュメンテーション」です。レッジョエミリアでは、日々の保育実践を、丁寧に写真、動画、作品で残して、記録しているのです。

 これら「記録」が、子ども、教師のみならず、様々な人々に目に触れる。それが、さまざまなかたちで、さまざまな人々の目にふれることによって、実践が「豊か」になるような「仕掛け」として機能しているのです。

 このことは、昨年、NTT ICCでのシンポジウムで述べたことですが、「ドキュメンテーション」の本質とは、「実践を記録すること」だけではないのです。「実践にかかわる人々のつながりを再組織化・再構造化すること」、そのことによる「実践の革新」にこそ、その真価があるような気がするのですね。

 ひと言でいえば、

 ドキュメンテーションとは「実践のエコシステム」をつくることである

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 具体的にいうと、こういうことです。

 まず、子どもたちの様々な活動は、ドキュメンテーションされます。アートとしても成立するほどのクオリティで。これが「企画展」としてまとめられ「展示」されているのが「驚くべき学びの世界展」の一部の作品なのではないか、と思います。

 まず、ドキュメンテーションは、子どもにとってどのような意味をもちうるでしょうか。すぐに思いつくのは、子どもたちは、このドキュメンテーションをみて、次の学習をすすめることができたり、リフレクションをすることができることです。未来の学習・活動を組織化するための「資源」として、ドキュメンテーションが利用される。

 一方、教師にとっては、このドキュメンテーションは、生徒に興味関心を、ゆるいカリキュラム、プロジェクトとして組織化するためのリソースになりそうですね。また、日々の実践を振り返るための資源にもなるでしょう。
 これは実践やワークショップを組み立てたことのある方ならおわかりになると思うのですが、「ゆるいカリキュラム」や「学習者中心主義的なカリキュラム」を組織化しようとするほど、それをうまく成立するために、様々な「情報」が必要になります。「ゆるいカリキュラム」「学習者中心主義的なカリキュラム」は、そのつど、そのつど、現場で起こった出来事に対して、教授者側に即興的な判断を求めるからです。
 ドキュメンテーションは、そうしたカリキュラムを成立させるための「資源」であり、即興的な教授力量を向上させるための資源でもあると思われます。

 さらに、ドキュメンテーションは、教育実践に関係する子どもや教師を超えて、地域の親、コミュニティにも公開されます。そうすると、そういうことに興味関心をもつ人々があらわれて、そこに場合によっては、参加したり、協力してくれる人がでてきます。
 「やっていることがわかる」「やっていることの価値が見える」というのは、「人々の協力を促す資本」として機能するということです。「資本としてのドキュメンテーション」という新たな視点が、ここで浮かび上がります。

 さらにドキュメンテーションは、「海」を越えます。
 レッジョには、世界から様々な人々、学者、実践者が訪れるようになり、彼らが新たな視点を提供し、現場は活性化する可能性がでてきます。
 場合によっては、「さらなる実践の革新」につながる可能性もあるでしょう。場合によってはファンドレイジングの可能性もでてくるかもしれません(もちろん、悪い影響もでてきます)。
 でも、いずれにしても、生まれうるものがあります。

 ドキュメンテーションによって生まれうるのは「変化」なのです。

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 あと、もう少しで次の予定がありますので(笑)、「大人の学び」と「ドキュメンテーション」について、詳細は書けなくなってしまいましたが(泣)、ここまでお読みいただけた方は、この後の展開が、だいたい想像はつきますでしょうか(笑)。

 たとえば、企業人材育成の現場で、なかなか全社の協力を得られない、現場の理解が得られない、という問題が存在するとします。
 もちろん、このアポリアが、「ドキュメンテーション」という単一の努力だけで解決するとは、僕は思いません。
 しかし、一方で、この問題を解決するためのひとつのヒントとして、「ドキュメンテーション」という概念は、ひとつのヒントを提供します。
 あなたが企画した「善きこと」は、どのように「ドキュメンテーション」され、誰に対して、どのように伝えられているのか、ということです。そもそも「ドキュメンテーション」さえなされていないとしたら、そこに問題解決のヒントがあるのではないか、ということです。

「現場に居合わせてはいないけれど、あなたが協力を得たい他者」から、協力、理解、参加を求めるのならば、「そこで生じている出来事」をドキュメンテーションし、それを相手に了解可能なかたちで提示し、理解してもらい、価値を感じてもらう必要があるのではないか、と思うのです。そして、そのための「ドキュメンテーション」を、私たちは、今までいかに行ってきたのか、と問いは続きます。
 私たちは、何をどのように記録し、誰の目の前に「可視化」することができるのでしょうか。

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 企業外部でも、同じことが言えるかもしれません。

 たとえば、今、「企業外部における大人の学習の場」をどのようにしてサスティナブルに、かつ、魅力的なものとして運営していくか、という課題があるとします。

 この問題の背後も「ドキュメンテーション」の問題が横たわっているように、僕には感じます。

 ここで行った実践を、いかにドキュメンテーションするのか。それを使って、誰のどのような理解を得るのか。そしてソーシャルメディアを使って、いかにそれをバイラルをおこし、新たな革新につなげていくのか。
 
 自分がかつてやっていた「ラーニングバー」はおかげさまで、非常に大きな広がりを得ることができました(ありがたいことです)。しかし、この現象も「ドキュメンテーション」という概念で説明がつくのではないか、と思うようになりました。そういえば、僕は、ラーニングバーをやるたびに、そこで起こった出来事を熱心に「ドキュメンテーション」していました。ブログで、そして、ソーシャルメディアで。

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 今、少し考えていることがあります。
「ドキュメンテーション」に関する研究会を開こうかな、という「プチ企画」です。
 
 最近、本当に息をつく暇もないくらい忙しいのですが、こういう「プチ企画」を考えているときが、僕は、一番、イキイキしているような気がします。そういう会を企画しだせば、さらにさらに忙しくなるのにもかかわらず。

 僕は、動きの中で考える。

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■2011/6/7 Nakahara Twitter

  • 21:58  大丈夫ですよ。皆が通る道です。易しくはないです。が、必ず乗り越えられます。近く僕と二人で話しましょう。RT @masahiro_sekine: ゼミ発表後は落ち込む。「成長していない」「自分だけついていけてない」「周りが皆優秀」でもこの感じは、新入社員も同じように感じている?
  • 21:40  RT @otsuboyasuko: 【調査】マンパワー雇用予測調査・「人材不足」に関する追加調査結果発表。日本における企業の「人材不足感」は80%と調査開始以来の最高値を更新。 http://t.co/sG72ebp
  • 21:37  いいね、まほ氏。後日、何を学んだか、わたくしめにも教えてください。RT @makimuramaho: 「驚くべき学びの世界」展の、アトリエスタ養成コースに参加することになりました! http://bit.ly/51xDe5
  • 20:34  この背景にあるのは、高い教師の離職率しれませんね>米国では公立学校の教師の半分、私立学校の3分の1がフォーマルなメンタリングを受けている。Roehring et al(2007)
  • 20:34  メンタリング効果研究によるメンタリング成功の4つのキー:3)メンタリングがメンティに自己評価やメタ認知をいかに促しうるか、4)メンターとメンティがいかにオープンなかかわりをもつことができるか Roehring et al(2007)
  • 20:34  メンタリング効果研究によるメンタリング成功の4つのキー:1)メンターが効果の高い仕事ができること、2)メンターがメンタリングをこれまでどの程度受けて、かつ、提供してきたかという経験 Roehring et al(2007)
  • 17:12  「他者のプラットフォーム」に依存することの意味。考えさせられる記事>Appleに殺されてしまうひと達まとめ、あるいはプラットフォームに依存するということ: http://ow.ly/5bMqq
  • 16:52  授業から帰ってきたら、研究室の机の上にヘルメットがおいてあった。支給らしい。確かに何が起こるか、わからん世の中である。 http://instagr.am/p/FVAAe/
  • 15:09  本学の教育企画のためまとめました。FDも組織開発(OD)と同じような「言説空間」が広がっていると感じました。http://ow.ly/5bJoL RT @munyon74 おお、まじですか。RT 国内外のFDに関する調査完了。ようやく、全体像がわかりかけてきた。  [in reply to munyon74]
  • 14:59  大学院授業「経営学習論」:授業には学環の授業らしく、文化人類学の学生さんが2名いらっしゃいました。「正統的周辺参加をモデルとして語ってもよい学びの場は、かなり限られているのではないか」というコメントが印象的でした。そして人生は続く。
  • 14:59  大学院授業「経営学習論」:徒弟制が機能する条件:1)伝達するべき内容が安定的であること、2)言葉にできない暗黙知を伝達しうる長期間の育成期間が保証されていること、3)マスタリーにかける新参者のモティベーションが高いこと、4)安定的で非対称な社会関係が維持されること、など。
  • 14:33  大学院授業「経営学習論」。技能伝承における「積極的秘匿」の役割。1)当該技能領域の権威付け、2)模倣によるクオリティ低下防止と同一性保持、3)モティベーション高揚、4)破壊的創造
  • 14:33  大学院授業「経営学習論」。徒弟制(Apprenticeship)をモデルとした教育実践ブーム。その教育的言説転換にはらむ問題点。
  • 14:04  大学院授業「経営学習論」:「なぜ、企業人材育成の言説空間では、宮大工などの職人育成モデル(徒弟制)が、人材育成のモデルとして語られるのか?」そのことは、どの点で妥当性があり、どの点で限界があるのか?
  • 13:15  大学院授業「経営学習論」:今日のテーマは「身体にまつわる技能は、いかに伝承され、学ばれるのか」
  • 11:34  国内外のFD(Faculty Development)に関するベンチマーキング調査完了。ようやく、この言説空間の全体像がわかりかけてきた。
  • 07:26  OECD・国際成人力調査(PIAAC)はじまるそうです。PIAACとは「各国の成人が日常生活や職場で必要とされる技能をどの程度持っているかを調べるもの。「読解力」「数的思考力」「IT活用問題解決能力」(国教研) http://ow.ly/5bxeh
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■2011/6/6 Nakahara Twitter

  • 17:22  舘野君、ありがとう。>RT @tatthiy 議事録係なう RT 三宅なほみ先生科研のテレビ会議  [in reply to tatthiy]
  • 17:16  三宅なほみ先生科研の多地点テレビ会議 @t_mochizuki @nakaharajun先生、@mitate1123先生とテレビ会議で打ち合わせ。  [in reply to t_mochizuki]
  • 15:41  (2)4要因の関数としてモティベーションが高まり(動かざるをえなくなる)、新たな役割意識の獲得、認知的再定義が起こる。そして変化のプロセスは「解凍 - 変化 - 再凍結」のプロセスをへる。こうした個人の態度変容・信念変化のプロセスは組織変容にとって必要なものである。#odken
  • 15:41  (1)Schein, E.の初期の研究知見によれば「新しい学びの条件」は、1)反発(Disconfirmation)、2)学習不安(Learning Anxiety)、3)サバイバル不安(Survival Anxiety)、4)心理的安全である。#odken
  • 15:08  「組織開発とは"野党"である」市瀬さんの名言。公式の「組織デザイン」では「ない」ものであれば「組織開発というラベル」で語ることが可能かも。ゆえに実務的にはOKだが、アカデミズムとして「組織開発を語ること」が困難になる。#odken
  • 14:41  組織開発研究会。Burkeさん(コロンビア大学)の論文。組織開発の概念とレビュー。http://ow.ly/5aHDW #odken
  • 08:31  The handbook of Social Capital注文。600ページか。。。 http://ow.ly/5azMT
  • 06:59  「アドベンチャー教育:Adventure-based education」の実践で有名な玉川大学・心の教育実践センターを7月末に、大学院生らと、ご訪問させていただくことになりました。同センターの難波克己先生に心より感謝です。今からとても楽しみです。
  • 06:03  【学生スタッフ募集】6/18(土)に開催するチャリティカフェイベント「PARTYstream」の学生スタッフを残り数名募集中です!場づくりに関するプチワークショップつき。仕事の詳細&申し込みサイトはこちら! http://bit.ly/mjeDvb
  • 05:45  一ヶ月前の見学を思い出しました。特別展「ウメサオタダオ展」紹介ビデオ >RT @minpakonayuki / 6月は平日10時半から1時間半コースでディープに解説してます。 http://ow.ly/5awei
  • 05:37  育成をねらった休暇だそうです>東急ストア、店長に連続2週間休暇義務づけ。「長期休暇」で「人材育成」。そのうち1週間は「リフレッシュ期間:店舗周辺の食文化や地域住民の生活実態の自由研究」(日経)
  • 00:02  ETV梅棹忠夫特集・視聴。「文明というものは、まさにそういう自分自身の存在の基礎を切り崩すことによって、成立しているような、まことに矛盾に満ちたものなんだ」
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■2011/6/5 Nakahara Twitter

  • 23:44  明日はM市教育委員会へ。今年から中原研メンバー(脇本君・吉村さん)は、横浜市教委含め、2つの教委との共同研究を行っています。初任教員の組織社会化・校長のリーダーシップなど。僕の研究のメインは企業研究で変化はないですが、今後はメンバーらを中核に学校組織論にも着手していきたいです。
  • 23:30  金子君、お久しぶり。中華丼出前は無茶こいてるな(笑)まー、何でもあり?の高校だった。あっというまの18年間!。RT @kaneatsu 卒業して18年ですから、だいぶ過去かもしれないけど、今も教室の雰囲気を思い出せる。中華丼を学校まで出前とったのを思い出した。RT 旭川東校ネタ  [in reply to kaneatsu]
  • 12:50  TAKUZOと「ジュラシックパークごっこ」。恐竜に襲われるライド。一部、LEGOを使ってみた。 http://ow.ly/i/cvLX
  • 10:48  ブログ更新。4つの異なる「組織開発」:人を集めても、なかなか"組織"としてまとまらない社会。明日から、東京大学で「組織開発研究会」がはじまります。 http://ow.ly/5afPd
  • 08:13  TAKUZO子守デー。昨日買ってあげた「恐竜すごろく」をやってる。「すごろく」って、数の概念を学ぶ機会が埋め込まれているゲームですね。さいころによるコマの移動、数の比較など。
  • 07:49  「戦略の本質とは、何を捨てるかの決断である」(Poter, M.)
  • 07:49  坂根正弘著「ダントツ経営」。「中国の人は発展空間という言葉をよく使います。今の仕事を続けて、自分がさらに発展することのできる空間があるかどうか、企業はそうした発展空間を提供できるかどうか。それが中国で優秀な人材を確保できるかどうかの分かれ目」http://ow.ly/5adE6
  • 07:49  坂根正弘著「ダントツ経営」読了。建機メーカ・コマツ会長の経営論。また「コマツ中国16子会社、社長をすべて中国人に」など徹底した「経営の現地化・分散化」。一方、人事・財務などの管理業務は統合。http://ow.ly/5adDa
  • 07:27  お久しぶりです。44期の同窓会とかやりたいですね。6月25日に全体の東京同窓会があるそうです。残念ながら、わたしは伺えませんが。>RT @kumuaoki @mineko0417 はじめまして後輩のみなさま>RT @haru049 @iyoyoyoyo RT 母校・旭川東校
  • 00:10  はじめて母校のHPを見た。創立100年迎えたんですね、めでたいことです。僕は44期(1994年 平成6年3月)卒業です。学校標語は「シマレ ガンバレ : 妥協することなくベストを尽くせ!」。北海道立旭川東高等学校 : http://ow.ly/5a5Ds
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投稿者 jun : 2011年6月 8日 13:07