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2019.1.15 06:56/ Jun

ちょっぴり怪しそうな「野の医療」は、なぜ、ひとびとの心を癒やすことができるのか?:東畑開人(著)「野の医者は笑う: 心の治療とは何か」書評

わたしたちは、(自らのことを)「臨床心理学者」といいながら、臨床心理学という学問について議論ができないのだ。
   
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 東畑開人(著)「野の医者は笑う: 心の治療とは何か?」を読みました。本書は、若き臨床心理士である著者が、「片手」にポストモダンの哲学と医療人類学の知見を携え、もう「片方の手」には「思わず笑みがこぼれる一級のユーモアー」を携えて記した非常に希有な書籍です。
  
 著者が論じたテーマとは、
  
 荒唐無稽なのにもかかわらず、なぜ、「野の医者」は患者を癒やすことができるのか?
  
 です。
  

   
 ここで「野の医者」とは、占い、アロマ、瀉血、魔女のヒーリングサロン、霊能者サロン、祈祷、前世、ミルミルイッテンシューチュー(?)など、近代科学、医学の体系からみれば、いかにも「怪しそう」に見える、いわば民間疑似医療行為のこと。ひと言でいえば、「学問としての医学でも心理学でもないのに、心を癒やそうとする、いわばスピリチャルヒーラー」のことをいいます。
  
 僕もはじめて知ったのですが、著者が一時期住んでいた沖縄は、そうした「野の医者」たちが跳梁跋扈している地域なのだそうです。
 沖縄に「野の医者」が多い理由は、沖縄の人々が、かつて「傷ついた経験」をもっている人が多いからだとされています。その背景には、沖縄が抱える闇ー貧困、若すぎる結婚・離婚・・・など、さまざまな社会的要因があります。
 そして、「心を傷ついた経験」をもつものが、今度は「治療者」にまわり、自ら治療を行う。ユングの言葉だという「傷ついた治療者」こそが、「野の医者」たちだとされています。まず、この指摘が非常に印象的でした。
  
  ▼
  
 若き臨床心理士である著者は、そんな「野の医者」のもとをまわり、彼らの「医療?」を自ら体験し、参与観察をすすめます。著者が問いたかったリサーチクエスチョンこそが、先ほどお示しした
  
 荒唐無稽なのにもかかわらず、なぜ、「野の医者」は患者を癒やすことができるのか?
  
 です。
  
 このリサーチクエスチョンの背後には、著者なりの「熱い思い」があります。
 それは、「臨床心理学」という学問が何なのかを、今一度考えたい、という思いです。理由は、ぜひ著書をご覧になっていただければと思いますが、この著書を記した時期の著者は、臨床心理学という学問に自信を失っておられる時期でもありました。
  
 著者はいいます。
  

 現在、臨床心理学は、「複数の学派」の雑多な集合体だ。それらは、それぞれに「心」を全く違った風にとらえている。「異なる学派」は、互いに自分の治療が優れていると考えられている。だけど、それは「キリスト」と「大国主命」のいずれかが、治療神として(どちらが)優れているのか」という問いと同じくらい難しい話だ。比較のしようがない。だから、話がまったく噛み合わない。
    
/ わたしたちは、(自らのことを)「臨床心理学者」といいながら、臨床心理学という学問について議論ができないのだ。

  
(同書より部分引用)

     
 ▼
  
 かくして、著者は「野の医療」を実際自ら体験し、「臨床心理学がなんたるか」を問い直す機会をもとうとしました。
  
 荒唐無稽なのにもかかわらず、「野の医療」は、なぜ、ひとびとの心を癒やすことができるのか。
 それは「学問」としての「臨床心理学」と、結局、何が違うのか。
    
 そこで著者が知的態度は、「学問のもつ正統性や権力性」をいったん「脇」におくことです。著者は、「学問としての臨床心理学」と「野の医療」のあいだにまたがる「権力性」や「権力性」を相対化したうえで、いったん、それらを「並列なもの」として位置づけたうえで、その効果性を体験する参与観察に入りました。
  
 この態度が「潔くて」興味深いものです。

 たとえば、「野の医療」は、様々な民間疑似医療行為を、適当に組み合わせて(ブリコラージュ)したうえで、自らの治療体系を宣言してつくりあげていきますが、それは「臨床心理学」とて同じことだ、と著者は喝破します。

 著者によれば「(日本の臨床心理学は)精神分析もどきのユンギアンフレイヴァーあふれるロジャリアン(精神分析+ユング+ロジャースの折衷という意味でしょうね)」のブリコラージュなのだそうです。要するに「たいした変わらない」。

 「学問としての臨床心理学」と「野の医療」をいったん「並列」におくという知的態度が、非常に面白く感じました。
      
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 著者が発見した「臨床心理学」と「野の医療」の「異同の詳細」については、ぜひ、ご著書を読んでいただくのだとして、敢えて1点だけあげるのだとすれば、個人的に興味深かったことは、「学問としての臨床心理学」の方が「野の医療」に比べて、「自己の常識を自ら顧みる問いがある」と結論づけられているところです。
  
 これは「学問自体のあり方」を「批判(非難という意味ではない)」する「批判学」がしっかりと学問内部に組み込まれている、という結論でしょう。まことに興味深い指摘でした。
    
 著者は「学問」とは「自己に対する批判性」を持ち合わせている、と結論づけましたが(わたしも共感します)、興味深いのは、それらをすでに失っている「学問」も多々存在する、というまことに「香ばしい現実」です。著者の指摘が鋭いだけに、その刃が「学問の現状」に刺さります。
    
 そのほか、著者が至った結論、すなわち
  
 心の治療とは、ある特定の生き方や価値観を、クライアントに学習させること、獲得させること
  
 であるとする一連の指摘は、まさにおっしゃるとおりだと思いました。治療者の見立ては、クライアントの生き方に、方向性を与えるのだと思います。そして、心の治療は、心の治療が「よし」とする体系、生き方、価値観に、心病める人々を適応させていくプロセスなのだ、と思いました。
  
 かくして、このような知的探究をへて、著者自身は、臨床心理学を、「野の医療」と対照づけて理解していきます。この本の執筆時、ないしは、その直前、著者自身が一時期は「臨床心理学」に自信が持てない時期を経験していた時期のようです。
  
 本書は、臨床心理学に疑念をいだいた著者が、自らの参与観察経験をとおして、自信を回復していく物語である、とも読めそうです。
 
 面白いですね。
  
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 今日は、東畑開人 (著)「野の医者は笑う: 心の治療とは何か?」を紹介させていただきました。
  
 まぁ、こうしてみると、この本は「あー、臨床心理学について、書かれた本なのね・・・あっそ、おれには関係ないや」と思うかもしれません。しかし、勘のいい方なら、すぐにおわかりだと思うのですが、本書のもっとも「悪魔的なところ」は、これが「臨床心理学」の世界だけに終わらないことだと、僕は直感しました。
  
 本書を貫いている問題意識とは、実は、「現場をもつ人文社会科学の、その他の領域」にも、多かれ少なかれ、適応可能なものなのです。
  
 たしかに、ここでは「臨床心理学」が扱われている。しかし、これは「経営学」でも「教育学」でも「経済学」が、その他の「現場をもつ学問」が対象になってもよいのだと思います。
  
 これらの学問領域には「正統性があるとされる学問の住人」の背後で「野生の思考」が跳梁跋扈しているからです。そして、そのとき問われるべきは「正統性があるとされる学問の住人」は、「野生の思考」を単純に「切り捨てること」ができるのだろうか、ということです。
    
 一時期、「正統性があるとされる学問の住人」が「ポップ心理学」とか「ポップXXX学」として、「野生の思考」を一刀両断するラベリングが流行りましたが、まぁ、溜飲を下げたい気持ちはわかるけれど、それは本当に可能なのだろうかか? 両社のあいだに、いかなる異同があるのだろうか。
  
 ぐっと考えさせる「読後の思考」をご提供いただいた良著でした。
 学問と実践、理論と実践に興味をもたれる方なら、本書を、お楽しみいただける「悪魔的な本」です。
 ユーモアーに溢れ、面白い。しかし、そこで突きつけられている刃は鋭い。本書を読んだら、もれなくあなたの学問的立場は「相対化」されるかもしれません。ふふふ。
   
 そして人生はつづく
  

   
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