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2018.7.6 06:20/ Jun

大学で学んだことは「仕事の世界」で本当に「役に立たない」のか?

 「大学での学び」なんて「仕事の現場」ぢゃ、役立たないよ!
 やったって無駄無駄、企業には「白紙」でくりゃいいんだよ!
  
   ・
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   ・
   
 巷では、よくそんなことが言われたりします。
 しかし、僕は「本当にそうなのかな」と思ってしまいます(これを論じるときには、著者である僕自身が大学教育機関に勤務しているという当事者性を加味しなければならないですね・・・下記は適宜、割引いてお読みください)。
  
 まず、これを考えるためには、いくつかの「腑分け」が必要です。
  
 第一に「仕事の現場で必要になるスキル」を「ホワイトカラーのスキル」に限ります。世の中には、様々な仕事があります。そのすべてを包摂した議論をすることは、できません。さらに、そのうえで、先ほどの「仕事」の要素のなかに「新たな物事を生産すること」が少なくない割合で含まれていることを「前提」とします。

 で、そうした知的操作で話を限って言うのであれば、僕は、大学と企業でやっていることには「共通点」が多いような気がするのです。
  
 要するにやっていることは、両者ともに「知的生産」
 そして「知的生産」である限りにおいて、「大学で学んでいること」は、かなり将来役立てることができるような気がするのです。
  
 しかし、それは限られた一部の話でしょうか?
 情報通信産業やサービス産業が、これほど発達する現在において、多くの仕事には「知的生産」の要素が含まれ始めています。いまや、この国の産業の7割ー8割は、サービス産業です。そういう意味でいうと、大学での学びは、企業でも役立てることができる、という命題をかかげることは、それほど無理のないことでもない、と言えるのではないでしょうか?
  
  ▼
  
 もちろん、ここでいう「役立てることができる / できない」は、大きく「大学でどんな専門を学んだか?」にも依存するかも知れません。僕が自信をもっていえるのは、僕の専門である「ひとと組織」の研究分野です。他の分野のことは、ほかの先生に伺いたいものです。
  
 たとえば、企業で「市場を調査しよう」とします。
 そういうときには、世間では、グループインタビューや調査が行われますね。そのときに必要になるのは、フィールドワークの知識、統計的仮説検定の知識です。いや、業者さんに丸投げしてもいいのですよ。でも、おそらく、彼らと話し合い、よりよいデータを取得するためには、知的生産の方法論に関する最低限の知識が必要になります。
   
 たとえば、今度は、営業部門で来期の「営業戦略」を提案しようとします。
 そういうときには、営業課長、営業部長に納得してもらうための説明をしなくてはなりません。そうした資料づくりでは論理思考や批判的思考、そしてプレゼンテーションスキルが求められます。
  
 戦略をたてるためには、シャバでの現象にまみれるわけにはいきません。
 シャバのデータに基づきつつも、思考を高次に飛翔させ、抽象的な概念や戦略を立てなくてはならないのです。
  
 また、商品企画をするときなどはどうでしょう。
 当然ながら「競合の分析」などを行います。これは、要するに「差異」をつくりだすことです。
 見方をかえれば、大学で研究を行うときに、「先行研究」を調べまくり、自らの競争優位(オリジナリティ)を決めることに似ています。
  
 ほら、表面上はまったく違う活動のようにも見えますが、本質には、あまり差がないようにも感じませんか?
   
  ▼
 
 僕は仕事柄、分野や領域は異なりますが、企業の労働現場の一部も見たりすることがあります。また、一方、僕は大学で教えています。

 このふたつをゆるく架橋しながら仕事をする人間の目からみると、
  
 企業でやっている知的生産と、大学で行っている知的生産は、本質的に差はありません。
   
 もちろん、細かいことをいえば、違いますよ。
 企業の話には、顧客やら、競合やら、そんな言葉がおどります。一方、大学の知的生産には、ほにゃらら理論やら、ほげほげ説といった言葉がおどります。
  
 しかし、
  
「本質的に、あんまり差はないのにな」
  
 というのが僕の感想ですが、いかがでしょうか。
  
  ▼
  
 もしそうであるならば、「問題」はなんでしょうか。
 朝っぱらから「言いすぎ」であることを最初に言明しておきますが、僕は、
  
 大学で学ぶ知識は、現場では役に立たない
 企業で行うことは、企業でしか学べない
 企業で行う知的生産と、大学のそれは違う
  
 という「反知性主義的な思い込み」が世の中には、存在するような気がします。それが「問題」です。こうした「反知性主義的な思い込み」こそが、「大学で学んだことを現場で役立てること」を疎外します。
  
 また、さらに踏む混むのであれば、
  
 いやー、大学で学んだことは、役に立ったよ
  
 と言うよりも、
  
 いやー、大学で教育機関で学んだことは、クソの役にも立たなかったよ
 すべては現場だよな、現場!
 だから、企業には白紙でくりゃいいんだよ
 オレ、全然、勉強しなかったよ
     
 といってしまった方が世間では「かっこよく」しかも「クール」に見えてしまう、という「現場主義」が見え隠れしているような気がします。
 中学2年生が、中間・期末テスト前に「オレ、全然勉強しなかったよ」と吹聴し合うのに、それは似た響きをもっています。「勉強したよ」というよりも「オレ、全然勉強しなかったよ」という方が「かっこよい」。中2病です。
   
 さらに「妄想」を進めます。
  
 大学で学んだことなんて、クソの役にも立たなかったよ、という方々は、本当に本当に「大学で学んで」きましたか?
  
 もしかして、かつて大学が「レジャーランド」だったときに、大学で学ばずに、「それ以外の活動に精を出していた」ということは、よもやないでしょうか?
  
 すなわち
  
「大学で学んできたことが役に立たないのではなくて」、「大学で学んでいないから、大学にいたことなんか、役に立たないと思い込んでいる」のではないでしょうか?
   
 学んだことが役に立たない、のではなくて、学んでないから役に立たない
  
 のです。
  
 ▼
  
 企業が、少なくはないけれど、とてつもない人材投資を行わずに、これまで人材を確保できていたのは、その「前工程」である教育機関が、読み書きそろばん、最低の知的生産の技術を教えていたから、だと僕は思っています。
 だからといって、教育機関を弁護する気はないのですが、行きすぎた「反知性主義的思い込み」と「現場主義」は、生産的議論を疎外します。よって、すこし残念に感じてしまうのです。
  
 もちろん、企業や社会で扱う知識やスキルに、教育機関がついていっているか、と問われると、また答えは別です。それは、課題は多々あるかもしれません。しかし、もしそれを「是」とするならば、大学や教育機関で学んだことの本質は、企業での知的生産につながることを踏まえ、それらの「トランジション」をいかに設計するか、という話をしなくてはならないとも思います。
  
 あなたが大学で学んだことは、企業で役に立っていないですか?
 あなたは大学で学んできましたか?
  
 そして人生はつづく
  
  ーーー
  
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