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2017.8.21 06:17/ Jun

生々しくも地に足のついた「在野の研究」はいかにして可能になったのか?: 宮本常一「民俗学の旅」書評

「大事なことは主流にならぬことだ。傍流でよく状況を見ていくことだ。舞台で主役をつとめていると、多くのものを見落としてしまう。その見落とされたものの中に、大事なものがある。それを見つけていくことだ」
(渋沢敬三、宮本常一「民俗学の旅」より)
   
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 先だって、希代の民俗学者・宮本常一が書いた回顧録(エッセイ)「民俗学の旅」を読みました。
  

  
 民俗学とは、ワンセンテンスで申し上げれば、「かつて文字を持たなかった民衆社会のなかで行われた、文化伝承の方法であった言葉と行為ー慣習的生活の記録化と、これをもとにして文化の原型への遡源と文化の類型・機能を研究しようとするもの」(同書p235より抜粋)です。
 もう少し具体的にいえば、「民衆の息づく田舎をまわり、そこで営まれている生活を記録すること」を主な活動とする研究です。
    
 僕は民俗学に関しては、ズブの素人です。41歳になるまで、民俗学についての書籍をあまり読んでこなかったことを恥じるとともに、この書をきっかけに読み進めていけたらと思っています。
   
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 さて、宮本常一は、柳田国男とならんで、日本の民俗学者を代表するひとりであり、日本全国津々浦々の農村・漁村を旅してまわった学者でした。
   
 本書は、宮本常一が、まさに「旅」をしつつ研究を行った自分の民俗学研究の長い歴史ー数十年にわたる歴史を「旅」のメタファになぞらえ、綴られた回顧録です。
  
 個人的にもっとも興味深かったのは、宮本の研究の歴史とは、第一勧業銀行・常務取締役でありながら、在野で民俗学の興隆に尽力した渋沢敬三を師として頼りながら、ほぼ「在野」でなされたということです。もちろん、その背景にあるのは、銀行家であった渋沢敬三の財政的支援があったことは言うまでもありません(郷土研究、民族研究はついていました)。
  
 宮本の素晴らしい研究の多くは、渋沢の主催する研究コミュニティ「アチックミュージアム」への参加によって可能になり、彼は、そこに集う多くの在野の民俗学者と知己をむすびながら、研究を達成していきました。
 彼が研究生活のなかで出会った多くの研究者には、柳田国男、折口信夫、そして梅棹忠夫、今西錦司といった、そうそうたるメンバーがいました。
  
 一方、今現在、一般に「研究」という営みといえば、わたしたちは、すぐに「大学」、「研究室」を思い浮かべてしまいます。
 しかし、ほんの50年ー70年ほど前は、それはそうではありませんでした。大規模な装置を必要とする研究ならまた事情も違うとは思いますが、研究の中には「在野」で行われているものもありました。研究の中には、大学という機関のなかに「制度化」や「体制化」をなされていない分野もあったのです。まことに興味深いことです。

 一般に、社会生活を営む上で、わたしたちは「研究=大学」という考えをあまり疑いません。しかし、研究の歴史を考えると、それが「大学に囲われる」ようになってから、それほど長い歴史はたっていません。今現在見ているものは「未来永劫」つづくものではなく、もしかすると、歴史のなかの「一瞬」に過ぎないのかもしれない・・・。
   
 宮本常一の気迫あふれる民俗学の旅を横目に見ながら、僕は、そんなことを考えていました。
 ま、こんな読み方をするひとも、そう多くない、とは思うけれど(笑)
  
 今週も一週間頑張りましょう!
 そして人生はつづく
  

   
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