NAKAHARA-LAB.net

2021.7.20 08:27/ Jun

知識と経験には「悪魔が宿る」!? : 「他者への共感」が失わないためにすべきことは何か?

 年に数回、僕は、自ら「学び手」として、様々なワークショップに参加していることにしています。多忙なので、あまり時間がとれないこともあるのですが、この習慣だけは、もう20年以上、絶やしたことはありません。
  
 人材開発の研究者は、「他人の学び」を論じます。
  
 ならば
  
 人材開発の研究者が自らに課すべき事は、自分自身も「学びつづけること」である
  
 と、僕は思います。
  
 まだまだ20代の頃・・・・「威勢のよい言葉」や「鮮やかな学術概念」を、他人(社会)に投げつける老教授たちが、その言葉の矛先が、自らにも返ってくることには、まったく「無頓着」なのを見ていて、「自分は、こうはなりたくないな」と思っていました。
  
 自らも「学び手」であれ!
  
 は、そういう僕の原体験から生じています。
 
  ▼
  
 実際「学ばない」と「知の生産者」として、この現代社会で「サバイブ」していくことは難しいという「プラクティカルな問題」もございます。
  
 現代社会は、さまざまな新たな知識が、いわば「湧き水」のように生まれてきています。そうした社会にあっては「自ら学ぶこと」を通して「インプット」を増やさなければ、「アウトプット」はできないのです。
  
「インプットをしないで、アウトプットをしつづける状況」は、喩えていうなら、「胃のなかに、ものが何も入っていないのに、嘔吐をしつづけるようなもの」です。
  
 経験した方はわかるでしょう。
 「もう、何にも、でないって・・・オエ」
 ありゃ、あまりに辛いよね。
 まったく・・・お調子コキ太郎になって、飲み過ぎなんだよ。
 
 ▼
  
 さらにさらに、もうひとつだけ。
 僕が、「自らが学び手になる経験」を重視しているのには、もうひとつだけ理由があります。
  
 それは僕自身が「学び手の気持ちを忘れないため」であり、「学び手に対する共感を失わないようにする」ためです。
  
 よく知られているように、知識や経験を積めば、ひとは、共感を失っていくと言われています。
  
 下記の図は、Hojot, et al(2009)の「The devil is in the third year: a longitudinal study of erosion of empathy in medical school.(悪魔は3年にやどる?:医学部における共感の欠乏、その縦断的研究)という論文(Acad Med. 2009 Sep 84(9) pp1182-91)で紹介されているグラフです。
   
 
 
 このグラフの横軸は、アメリカのメディカルスクールの学年ですね。縦軸に記されているのは「患者への共感スコア」です。
 
 一目してわかるとおり、医学部生は学年があがり、医学の知恵や経験をつんでくると、「他者への共感スコア」が落ちてくることがわかります。
   
 アメリカの医学部は「4年間」で医学を修めるそうです。そして、3年生とは、臨床の知恵や経験をちょうど積み始める頃なのだといいます。そして、そこにこそ、論文タイトルどおり「悪魔が宿っている」。
 
 ここでいう「悪魔」とは「他者への共感が失われる」ということです。つまり、臨床の知恵や経験を積み始めると、患者への「共感力」が後退する、ということを意味しているのだと思います。
  
 ・
 ・
 ・
  
 想像力をたくましくするならば、このことは、人材開発・組織開発の研究者にも言えることのように思います。
  
 人材開発・組織開発の世界に長くいつづけ、ふだん、何らかの研修やワークショップに「登壇」していればいるほど、わたしたちは、「学び手」への共感を失っていく気がするのです。
  
 「学び手」なんて、こういうもんだろ
 こんな「学び手」には、この「決め技」でOK!
 この「学び手」には、得意技で切り抜けよう!
  
 学び手ひとりひとりの、固有の状況に目を向けるのでは無く、十把一絡げに、雑に「学び手」を語るようになる。そして、相手に1ミリも刺さらない「決め技」や「得意技」をあさってな方向に、切り出すようになる。
 
 だからこそ、「学び手」の気持ちや状況に敏感になるために、僕は、自ら「学び手」になることにしています。
  
 そうした経験は、ブレディみか子さんの言葉を引用するならば、「他人の靴をはく経験」ということになるのかもしれません。共感をもちつづけるためには、「他人の靴」をはいて、他人の見ている世界、他人の感じているものを、自らも経験することが重要ではないか、と思います。
   

  
 かつて、医学教育がご専門の孫大輔先生は、自らのご著書において、テオドール・リップスによる「共感」の定義を、下記のようにご紹介しておりました。
(ちなみに、先ほどのHojot, et al(2009)の論文も、孫先生のご著書から学ばせていただいたものです。心より感謝いたします)
  

       
 曰く、共感とは
     
「サーカスの綱渡が、ロープの上を歩くのを見るときに、あたかも自分が、綱渡りしている人の中にいるように感じてしまうこと」
   
 だそうです。
   
 共感とは、自分が「サーカスの綱渡り」のように、頭上高く張られているロープのうえを動くように感じる、ということですね。
  
 こういう感覚を大切にしていきたいものです。そして、この感覚が失われたときは、自分は舞台を下りる覚悟を持たなければならないのかなとも思います。
  
 生涯、実践者でありたい
 生涯、研究者でありたい
  
 齢は重ね、身体に老いを感じるところもありますが、そう願いながら、日々を生きています。
  
 そして人生はつづく
      
  ーーー
     
新刊「働くみんなの必修講義 転職学」好評発売中です!どうかご高覧くださいませ! ひとが会社を辞めなくなるのはなぜか(それを防止するためにはどうすればいいのか)?、どのような転職活動を行えば、納得のいく転職が可能になるのか、そして、どのように新たな組織に自ら適応するのか。転職にまつわる、これらの「問い」に対して、1万2000人の大調査を通して答えをだしました。パーソル総合研究所、パーソルキャリア、中原の共同研究成果です。ご高覧くださいませ!
   

           
  ーーー
   
新刊「チームワーキング」発売初日・重版決まりました! AMAZON「マネジメント・人材管理」カテゴリー第1位! 手にとってくださった皆様、お読みいただいた皆様に、心より感謝いたします。
   
 
https://amzn.to/3esCOrW
   
すべてのひとびとに、チームを動かすスキルを! これがこの書籍のメインメッセージです。チームを動かす新たなアイデアとして「チームワーク」ではなく、「チームワーキング」を提唱しています。データとビジネスケースから、チームを動かすためのスキルを学び取ることができるようになっています。どうぞご高覧くださいませ!
 
ニッポンのチームをアップデートせよ!
  

  
  ーーー
    
【立教大学大学院で大学院生しませんか?】
 立教大学大学院 経営学研究科 リーダーシップ開発コースでは、経営学を基盤にしながら、人材開発・組織開発・リーダーシップ開発を実践できるアカデミックプラクティショナーを養成しています。別名、「ひとづくり・組織づくりの大学院」です。
 授業は「フルオンライン」。授業は金曜日夜と土曜日だけ行われており、2年間で、修士(経営学)が取得できます。
   
 来年の大学院入試は2月です。3期生の募集になります!ご興味がおありの方は、ぜひ、下記のページにお越しください!
   

   
立教大学大学院 経営学研究科 リーダーシップ開発コース
https://ldc.rikkyo.ac.jp/
 
  ーーー
      
拙著「経営学習論」の増補改訂版が、東京大学出版会より刊行されました。新たに「リーダーシップ開発」の章を追加し、カバーの装いも変わっています。人材開発の基礎的な理論を体系的に学べる一冊です。どうぞご高覧くださいませ!
      

    

      
  ーーー
  
【新刊予約発売中】
新刊「学校がとまった日」の特設サイト完成!&予約販売開始中! 緊急事態宣言・全国一斉休校で「学びを継続できた子どもの特徴」は?学びをとめないために学校にできることは?:書籍の内容が概観できます!どうぞご覧くださいませ!
  

新刊「学校がとまった日」の特設サイト
http://toyokan-publishing.jp/stop/index.html
  
新刊「学校がとまった日」予約販売開始中(AMAZON)

   
  ーーー
     
【好評発売中】1on1の失敗・成功ケースをまとめ、映像教材を中原とPHP研究所さんとで開発しました。失敗しない1on1について、具体的なイメージをもって学ぶことができます。どうぞご笑覧くださいませ!
     
上司と部下がペアで進める 1on1 振り返りを成長につなげるプロセス
https://www.php.co.jp/dvd/detail.php?code=I1-1-061
   
  ーーー
   
【祝・eラーニング完成!】中原淳監修「実践!フィードバック」eラーニングコース完成しました。リーダー・管理職になる前には是非もっていたいフィードバックスキルを、PC、スマホ、タブレット学習可能です。ケースドラマでも学べます! 
     
中原淳監修「実践!フィードバック」eラーニングコース:Youtubeでデモムービーを公開中!
https://youtu.be/qoDfzysi99w
   
「実践!フィードバック」コース ありのままを共有し、成長・成果につなげる技術(PHP)
https://www.php.co.jp/el/detail.php?code=95123&fbclid=IwAR2he6Z_PTe3YiahcnCv3z9pNRXvrajPwVaRS8LLAYFkbWVH167qHDfYF5Q    
  
 ーーー
   

     
「組織開発の探究」HRアワード2019書籍部門・最優秀賞を獲得させていただきました。「よき人材開発は組織開発とともにある」「よき組織開発は人材開発とともにある」・・・組織開発と人材開発の「未来」を学ぶことができます。理論・歴史・思想からはじまり、5社の企業事例まで収録しています。この1冊で「組織開発」がわかります。どうぞご笑覧くださいませ!
    

     
 ーーー
      
拙著「職場学習論」(東京大学出版会)のカバー・装いが10年ぶりに変わりました(内容は変わっていませんのであしからず!)。ひとは、職場でどのようにして学ぶのか、というテーマを考察しています。どうぞご高欄くださいませ!
    

    

      
 ーーー
    
中原研究室では、一般社団法人ピアトラストさんとの共同研究で、相互称賛アプリ『Peer-Trust(ピア・トラスト)』の研究を行っています。
      
相互賞賛アプリ「ピアトラスト」が導入された職場では、職場のメンバー同士が、お互いの日々の仕事を観察し、そこにキラリと光るものがあったときに「称賛カード」というものをメッセージとともに送りあいます。1カ月間は無料トライアルだそうです。ご興味があえば、ぜひ、ご利用くださいませ。
    
強みの自己認知と意欲を高める『ポジティブ1on1』
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000007.000059483.html
   
あなたの会社のリーダー・管理職は「部下の強み」を観察できますか?:相互賞賛アプリ「ピアトラスト」が示唆する「リーダーの条件」とは?
http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/12062
   
ピアトラストお問い合わせ
https://www.peer-trust.com/contact/
  
ピアトラストの効果まとめページ
https://www.peer-trust.com/research/2020/
   
 ーーー 
    
【注目!:中原研究室記事のブログを好評配信中です!】
中原研究室のTwitterを運用しています。すでに約33000名の方々にご登録いただいております。Twitterでも、ブログ更新情報、イベント開催情報を通知させていただきます。もしよろしければ、下記からフォローをお願いいたします。
   
中原淳研究室 Twitter(@nakaharajun)
https://twitter.com/nakaharajun

ブログ一覧に戻る

最新の記事

自分の身体をどのように用いて、相手にプレゼンテーションを「お届け」するのか?:演劇の知とリーダーシップ!?

2024.4.26 10:34/ Jun

自分の身体をどのように用いて、相手にプレゼンテーションを「お届け」するのか?:演劇の知とリーダーシップ!?

褒め方ひとつ間違えると「怯える、いい子」を量産してしまうメカニズムとは何か?

2024.4.24 08:22/ Jun

褒め方ひとつ間違えると「怯える、いい子」を量産してしまうメカニズムとは何か?

2024.4.17 23:54/ Jun

給特法、および、それにまつわる中教審審議に対する私見(中原淳)

たかがタイトル、されどタイトル!?: 研究タイトルを「一字一句」正確に書いてきてね!

2024.4.17 08:17/ Jun

たかがタイトル、されどタイトル!?: 研究タイトルを「一字一句」正確に書いてきてね!

2024.4.15 08:05/ Jun

「タイパ重視の時代」だからこそ「時代遅れ!?のラーニング」を楽しむ!