NAKAHARA-LAB.net

2020.4.30 10:34/ Jun

緊急事態下での「9月入学制度」の導入には「反対」です!:「学びをとめないこと」に焦点をしぼって、やり切ることの大切さ

「9月入学」に関するブログ記事を教育新聞さんが記事にしてくださいました。その記事に中原がさらに加筆したのが、下記の論考(PDF)です。ほぼブログの内容ですが、ご笑覧くださいませ!
    
9月入学検討「今ではない」 「学びをとめないこと」だけに一点集中せよ(中原淳)
http://www.nakahara-lab.net/blog/wp-content/uploads/2020/05/9gastu_entrance_junnakahara-1.pdf
    
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 にわかに議論が高まりつつある、9月入学制度の導入に際して、個人的な意見を表明させていただきます。以下は、あくまで中原の個人的見解です
 (大筋の意見はFacebook、Twitterで表明しておりますが、ブログに転載するので、すこしだけ改変しました。)
    
 結論から申し上げますが、わたしは、コロナ対策、ないしは、コロナに乗じての、緊急事態下における「9月入学制度の導入」は【反対】です。
 この場合の「9月入学制」とは、2020年度のはじまりを9月とすることとします。
 2021年度9月からの入学を、という議論は、また別の論点があると思います。また、いわゆる9月入学制の問題は、この言説自体に、多種多様な異種混交の内容を含んでいるような気がします。
 本記事では、論点を明確にするために、「2020年度のはじまりを9月とすること」に焦点を絞ります。
  
 理由は下記に論じる3点です。この緊急時に、下記の3つのようなデメリットが生じることをまずは認識するべきだと思います。
 そして、9月入学制を、今、この時期にプライオリティを置いて施策実行することのメリットが、あまり見いだせません。
  
 9月入学制にすればグローバルスタンダードに追いつくとか、留学を増やすなどのメリットがあることは重々承知しています。こと、大学に関しては・・・。それに関しては、経済界の望むこともわかります。
 わたしも今の時期に提案されるのでなければ、9月入学制に関しては、実現できたらと思います(ただし大学に関しては、かつ、次年度以降の実施であるならば)。9月入学自体には、議論を重ねて実現できるといいと思います。
  
 ただ「今ではない」と思います。
    
 この問題、今、この時期に、それを検討・議論・実装するためにコストをかけるのは、かなり厳しいと思います。9月入学生のメリットを享受するために、行政、教育現場、社会全体が支払わなければならないコストが大きすぎる、ということです。
  
 以下、3つのデメリットに関して論じていきます。
  
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 まず第一に、
  
「9月入学制を決めてしまえば、4月から8月までは何もできなかったとしても、やむをえないという雰囲気」が、学校関係者、教育関係者のあいだに、為政者が意図しようと、しまいと、起こってしまうことが一番心配です。
  
 つまり、
  
「どうせ9月にはじまるのだから、学びをとめてもいい」
  
 という雰囲気や諦観が、社会に増してしまうと思います。
   
 結果として、そのことで、今でさえ、教育を受けられる層と受けられない層に格差が生じているのに、その格差を、さらに広げる方向に事態が進みかねないと思います。
  
 9月入学にしたとして、5月・6月・7月・8月は、いったい、どうするのでしょうか。
  
 今、この緊急事態で一刻もはやく、もっともプライオリティをおくべきは、今、ただちに
  
 「子どもの学びをとめないこと」
 「子どもの生活リズムをたもつこと」
 「子どもとのつながりを絶たないこと」
  
 だとわたしは思います。
  
 地域によっては、いまだに、担任の名前さえわからない、学級さえわからない、プリント1枚も配布はなされていないところが、まだあるのです。オンラインか、否かというレベルではありません。それ以前です。わたしの住む地域もそうです。親としては、心がザワザワします。
    
 この問題においては、
   
 アナログ、デジタルにとらわれず、
 平時の常識にもとらわれず、
 どんな方法でもよいので、
 はやく動き出し、
 生徒に働きかけ、
 生徒とつながり、
 学びを復活し、
 学びを継続させる基盤をつくること
  
 ことを最優先するべきだとわたしは思います。
    
 緊急時は、あれもこれも、はできません。
 本当に大切な、たったひとつのことに、焦点を絞り、着実に実行していく必要があります!
  
 もちろん、サポートが必要な人々には、状況に応じた個別のサポートを迅速に提供し、格差をこれ以上ひろげないことです。
  
 そのために、志ある多くの現場がようやく動き出しているのに、その流れを止める方向、ないしは、その流れ以外のところに議論が費やされることは、現段階でやるべきではありません。
  
 100年に1度の緊急事態にもっとも優先するべきは、子どもの学びと生命を守ること、だとわたしは思います
  
 グローバルスタンダードに追いつくとか、海外にあわせるとか、留学を増やすとか、経済界が養成する内容はおおむね「賛同」します。しかし、緊急事態下のいま、これを優先するべきではないと思います。
  
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 第二の理由は、「万が一、9月に入学する制度にしたとしても、第二波・第三波が秋・冬以降に起こることが考えられます。
  
 9月入学になれば、何事もなかったかのように、行事ができるといい
 9月入学に、仕切り直せれば、通常の学校に戻る
  
 と考えてしまいがちなのですが、僕は、そうならないような気がします。
 わたしは医療関係者ではないので、確たることはいえません。あくまで、個人的な推測です。
  
 非常に残念なことなのですが、おそらく、新型コロナウィルスの感染拡大は、忘れたころに、ふたたび、やってくるのではないでしょうか。
   
 そろそろ、わたしたちは、「こうなったらいいな」という希望的観測を相対化し、そろそろ「腹をくくるべき」だと、わたしは思います。
   
 個人的には、このウィルス感染拡大は、何度も何度も、焚き火がくすぶるように、感染者が出続け、部分的に休校を繰り返していく事態がしばらくは続くのではないかと思います。
  
 だとすれば、今、優先するべきは、今後、1年ー2年のあいだ、学校にたとえ一定期間行けなくなったとしても、その間の「学びをとめない万全の体制」をつくることに注力するべきです。
   
 オンラインでも学べる体制の整備、ひとり一台のPCの配布、無償ルータ・PCの貸与、奨学金の拡充などの経済支援などなど、やるべきことはたくさんあります。いま、この時期に、ただでさえ拡大しかねない家庭の経済格差と、その再生産の連鎖を断ち切らなくてはなりません。
  
 端的に申し上げれば、
  
 コロナウィルスとの闘いは、9月になれば、すぐに終わるわけではない
  
 のです。
  
 ついついリセットボタンを押したくなる気持ち、仕切りたくなる気持ちは痛いほどよくわかります。
 しかし、リセットボタンを押したとしても、リセットしきれないのが「コロナウィルスの感染拡大」なのではないでしょうか?
  
 京都大学の山中教授がおっしゃるように、それは短距離走ではなく、長距離走です。
   
 9月入学論は、9月入学にしさえすれば、それ以降は「普通に学校に通えること」を前提としているように感じますが、わたしにはそう思えません。9月にしさえすれば、「家庭の格差は減る」という前提があるように感じます。しかし、感染拡大は、いつ起こるかわかりません。
    
 だとすれば、ここ数年は、何がおこっても、「学びをとめない方法」を考えていくことに注力するべきだと思います。
  
 そして、それは今すぐ行っていくべきです。9月まで待っていても、おそらく、そのときには第二波、第三波が押し寄せると、わたしは思います。
   
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 第三に、9月入学制にすることには、膨大な議論、膨大な事務作業、教育現場の労苦がともないます。それを行政、教育現場、企業、社会全体で負わなくてはなりません。
  
 その膨大なコストをかけるのなら、学びをとめない、子どもたちをつなぎとめることにかけたほうがいい、とわたしは思います。経済的に厳しい層に対するサポートに、労力をかけたほうがいいと思います。
  
 ふってわいたように生まれた今回の議論は、教育現場に、猛烈な作業を要求します。
 すでに多くの行政官が、この議論のために現場を離れ、政治の対応を行っていると聞きます。
  
 会計年度とのズレの回避、公的試験の仕切り直し、就職活動の見直し、幼少連携の再整備、高大社連携の再整備、入試制度の改定、各種の法律改定、教育機関においては経営の見直し・・・・などなど、本当に気が遠くなるような作業が待ち受けているのです。
    
 このままいけば、政治に翻弄され、教育現場が疲弊していく姿が、目に見えます。
  
 今のコロナ対策のスピードを拝見していて、このスピードをもって2020年9月制度を導入するのは厳しいとわたしは思います。
 
 9月入学制度は「リセットボタン」を押すだけでうまくいくわけにはいきません。思いつくだけならべた下記のすべての項目において議論が必要になります。
 
 会計年度とのズレの回避
 公的試験の仕切り直し
 就職活動の見直し
 幼少連携の再整備
 高大社連携の再整備
 入試制度の改定
 各種の法律改定
 教育機関においては経営の見直し
  
 すべてにおいて、意見の異なる関係者が集まり、議論を行い、合意をつくらなければ、うまくいきません。
     
 一方、これらの作業を行うコストを、今の行政機関・教育現場にかけるのであれば、その労力を
   
 学びをとめないこと
 子どもとのつながりを絶たないこと
 子どもの生活リズムを保つこと
 子どもの心のケアを提供すること
 ここ数年、何がおこったとしても、学びを継続できること
    
 の政策導入、一点集中してかけることが必要だと思います。
    
 といいましょうか・・・緊急事態には、腹をくくって「軸」を持ってください、と申し上げたいのです
    
 こんなときだからこそ「学びをとめないこと」に「ぶれない軸」をもつべきです。
   
 どさくさに紛れて、経済界の悲願を押しつけなさんな。
 教育現場は、ただでさえ、翻弄されているのです!
     
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 本来ならば4月になったら、新しい学期がはじまり、美しいキャンパスや校舎で学べたはずだったのに、という子ども、学生の気持ちは痛いほどよくわかります。
   
 わたしも教員としてはそう思いますし、学生の皆さんと出会いたかったです。
 僕は、皆さんと直接お会いし、議論もしたかったし、一緒に考えたかった。
  
 とにもかくにも、なるべくはやく感染拡大が終息することを願います。
    
 わたしたちは、地に足をつけたことを、ひとつひとつやっていきましょう。
 そして、それは、ただちに、今からです。
  
 そして人生はつづく

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