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2020.2.9 22:48/ Jun

ワークショップ、ラーニングデザインを「自ら」実践し続けてきた「Mr. Playful 上田信行先生」の「これから、まだまだやりますよ講義」!?


     
 ラーニングデザイン
 ワークショップ
 経験のリフレクション
    
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 教育・学習の領域、人材開発業界の方なら、2020年現在、これらの言葉を、不意に他者から投げかけられても、さして驚かれることはないのではないかと思います。というか、むしろ、「えっ、それらの言葉が、どうかしましたか?」と訝しがるのが、普通ではないかと思います。
    
 しかし、それは30年ー40年前は、全くそうではありませんでした。これらは「誰も知らない言葉」でしたし、それが何を意味するかもわからぬ「まだ見ぬコンセプト」だったのです。
   
(たとえばラーニングデザインについて。少し前までデザインされるのはプロダクトであり、グラフィックでした。今では、情報デザイン、コミュニケーションデザイン、そしてラーニングデザインと、デザインされる対象が広がっています。かつては、情報も、コミュニケーションも、ラーニングも、デザインの対象ではなかったということです。これらの先鞭をつけられたのは、多摩美術大学の須永剛司先生や上田信行先生だと思います。そして、これらは今では、一般的な言葉になっています)
  
(最終講義で須永先生に久しぶりにお会いしました。「先日、いろいろ整理をしていたら、君の学部時代のレポートがでてきたよ」、というお言葉をいただき、汗顔の至りでございました。小生、学部時代に須永先生が東大で行っていた講義を受講しておりました・・・・わたしの過去のレポートは闇に葬っていただければと存じます・・・)
    
このほか、ワークショップにいたっては「作業場」という意味で解釈するひとも、少なくない時代ですね・・・もちろん、リフレクションも、今のように皆が知る言葉ではありませんでした。)
    
 先だっての週末最終講義をなさった、同志社女子大学の上田信行先生は、こうした言葉を、社会に広め、また自ら実践しながら、新しい学びを追求してきた先生のひとりでした。わたしは、上田信行先生を、この50年でもっとも「学び領域」に影響を与えた研究者だと思っています。
   

  
 上田先生の最終講義。
 上田先生は、このたび70歳を迎えられ、大学をあとになさるそうです。
  
 しかし、わたしとしては、最終というよりも・・・まずは、先生の迎えられた「ひとくぎり」にお疲れ様でした、と申し上げたいです。
 (これからも、プレイフルにご活躍なさることでしょう!)
 申し上げたいのは「ありがとうございました」です。そして「引き続きよろしくお願いします」でしょうか。
  
  ▼
  
 上田先生との僕との出会いは、今からさかのぼること、25年弱くらい前になるかと思います。
 当時、学部を卒業したばかりの僕は、関西の大学院で院生になり、いつか研究者になることを夢見て、日々を過ごしていました。
  
 そんな中、元指導教員の佐伯胖先生から、「おぬし、関西に上田先生という素晴らしい先生がいらっしゃる。上田信行先生には、お時間をいただき、伺った方がいい。先生に、ご連絡・ご挨拶を差し上げなさい」というおすすめをいただきました。
 たまたまひょんなことから、上田先生を知っていた「研究室の学部生」(ちなみに・・・このときの学部生が、現在の小生の妻です・・・)を誘って、上田先生の研究室に伺ったことを覚えています。
    
 はじめてお会いした先生は、非常に気さくに、わたしたちを迎えてくださいました。せっかくだから「授業に参加しないか」ということで、当時は甲南女子大学の先生の授業を見学させていただきました。
   
 授業は、たしか「学生にインスタントカメラを1週間もたせて、自分が一週間で見たもの、感じたものを撮影させ、それをつかって、自己を物語る」という授業であったと思います。
   
 実は、この授業は、学部時代に研究していたような内容に近いものでした。僕が、卒論時に追っかけていたのは、「表現を通して、他者と対話を行いながら、自分のアイデンティティをかたちづくる学びの実践」で、苅宿俊文先生(現・青山学院大学教授)のもとで参与観察をさせていただいていました。
   
 当時の僕は、上田先生の授業と苅宿先生の授業に共通点を感じるとともに、非常に興味深く見学させていただいたことを覚えています。将来のカミサン!?とは、「ああいう授業、面白いね」と話しておりました。
    
 かくして、その後、先生からご指導いただく機会が徐々に増えていきました。先生とのやりとりは、そこから、時に細くなりつつも、長く長く続いています。先生が毎年企画なさっているワークショップに参加させていただいたり、海外からお客様がいらしたときに、声をかけてくださったりもしました。
  
 先生が、MIT(マサチューセッツ工科大学)、ハーバード、そして、ヨーロッパの学会などで発表なさるたびに、そのお土産話を聞かせていただいたりもしました。
 ときには、先生が海外でなさる基調講演の枠でヘタクソ過ぎる英語でしゃべるよう、突然、数時間前に無茶ぶりされて、壇上に上がらせていただいたり・・・嗚呼、本当に無茶ぶりです。Hardでしたが、楽しかったです。というか、死ぬかと思った(笑)。
  
 それから10年・・・僕は、自分の研究室を主宰するようになりました。大学院生をもつようになってからは、さらに、その幅が広がっていきました。
 わたしゼミの所属院生や、当時僕がいろいろワークショップをともに実践していた大学院生にも、先生は、本当によくしてくださいましたし、熱心にご指導をいただきました。
 その中には、今や、それぞれの領域でご活躍の、舘野さん、牧村さん、脇本さん、福山さん、山田さん、我妻さん、三宅さん、などがおられたのか、と思います。この場を借りて、心より感謝を申し上げます。また、彼等の活躍を心より願っております。
    

   
  ▼
   
 先生とのご縁が、さらに強まったのは、その当時から10年数年たった後・・・今から9年前のことです。今から9年前の2011年。当時の日本は、忘れもしない、あの「未曾有の災害」が起こり、多くのひとびとが「不安」にさいなまれ、どこか社会全体に「沈滞感」が漂ったときであったように思います。
   
 先生は、その前年、ちょうどMITに客員教授として赴任なさっていました。先生の滞在の間に、僕も一度、かつて自分が1年間留学したキャンパスを再訪させていただいておりました。懐かしかったなー・・・7年ぶりのキャンパスは。
  
 2011年は、先生が1年間の客員教授の任からお帰りになる頃でした。おそらく、僕は、先生にこんなお話を差し上げたような気がいたします。
  
「先生、日本は、今、厳しい状況にあり、社会に沈滞感があります。でも「学び」を研究するわたしたちは、そんなときこそ、下を向いてはいけないのではないでしょうか。何か新しいことを、仕掛けませんか?」
  
 先生には、そのご提案にご賛同・ご快諾いただき、そこから何回かの、ワークショップ企画がはじまることになりました。
 企画のたびに、先生のほとばしるようなアイデアを拝見しつつ、多くを学んでいました。
  

    
 先生との活動は、いつもスリリングでした。
 といいますのは・・・僕の立場が「逆転」してしまうのです。
    
 僕は、どちらかというと、「一般的な組織」のなかで働いているときには、「アウトローな方」「ラディカルな方」だと思います。しかし、これが上田先生とともに、仕事をさせていただいているときには、ぼくの立場が、みごとに「逆転」するのです。
 上田先生の「アウトローさ」「ラディカルさ」に圧倒され、自分が、いかに「コンサバ」で、いかに「ちっちゃなこと」しか考えていないか、思い知らされながら、ともにお仕事をさせていただきました。
    
 しかし、先生とともにお仕事をさせていただきながら、僕は、同時に、いろいろな思いがわいてきました。
  
 先生と様々な企画でご一緒できるのは楽しい。
 しかし、それをより多くの人々につたえることはできないだろうか?
 先生のワークショップには参加できないけれど、先生の言葉を待っている人が、多数日本にはいるのではないだろうか?
 さらには、後世のひとびとに、先生の斬新なアイデアを「残すこと」ができないだろうか?
  
 かくして生まれたのが、上田先生とともに書かせていただいた「プレイフルラーニング」です。この本は、上田信行先生の研究の歴史をベースにしたながら、学習研究の歴史、ワークショップの歴史を語った本です。
  

  
 この本は、単に「歴史を語る」だけでなく、自分たちもワークショップを実践し、そのプロセスを、本にするという「やんちゃな企画」を、当時の執筆・編集メンバーで、ゲリラ的に実行しました。おそらく、当時の執筆者も、編者も、各種のクリエィティブをご担当いただいたみなさまも・・・
  
 僕らは、確かに、ラーニングゲリラだったんだと思います。
  
 僕も、過去に30数冊以上の著書、編者本がございますが、こんな本づくりをしたことがない、というほど難易度の高い本でした。
  
 そのとき実行したワークショップは「Unconference(アンカンファレンス)」です。
 下記のページから、その雰囲気だけでもお感じください。
  
Unconference(ユーザー参加型・学び系イベント)をデザインする際の3つのポイント
http://www.nakahara-lab.net/2011/12/unconference.html
  
Unconferenceの写真
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.192923580799209.44959.187910727967161&type=1
  
REMIX@neomuseumのFacebookページ
http://www.facebook.com/pages/remix2011_neomuseum/187910727967161
  

    
 「プレイフルラーニング」の出版当時は、編集者の石戸谷さん、構成の井上さん、レイアウトの三宅さん、イラストレーターの岩田さん、研究者には金井壽宏先生、曽和先生、舘野さん(当時は大学院生)などなどにご協力いただき、何とかかんとか、先生の本を出すことができました。心より感謝を申し上げます。
   

  
 ▼
  
 先生は、本日の最終講義をもって、「一区切り」を迎えるとのことです。

 先生の「これまで」、そして、ここまで与えてくださった「学恩」に心より感謝するとともに、先生の「これから」を心より楽しみにしております。
  
 先生は、これまで、ことあるごとに「学ぶことの楽しさ」を主張なさっておられました。
  
 よく誤解されがちでありますが、先生が主張なさりたいのは
  
 「楽しく愉快に学ぶこと」
  
 でもなければ
  
 「学びを、楽しさフレーバーで、コーティングすること」
  
 でもありません。
  
 先生がおっしゃりたいのはシンプルに「学ぶことは楽しい」ということであり、「楽しさにつながる学びは確かに存在する」ということなのかな、と思います。
  
 最終講義で、先生はおっしゃっていました。
  
 学ぶことに「楽しさ」が生まれるのは、「本気になるから」だ。
 ひとは「本気になる」から「楽しさ」を感じることができるのだ。
 もしかすると、「本気になれること」は「Hard」かもしれない
 でも、「Hard」だからこそ「本気になれる」
  
 先生は最終講義で、レディガガの言葉を引用して、こんなことを話しておられました。
  
 If you have dream, Fight for it!
(夢があるなら、闘いなさい)
  
 これらを要約しますと、先生がおっしゃりたいことは、つまり、学ぶことの楽しさとは「本気になれるHardさ」「夢を求める試行錯誤や闘いの歴史」のなかに存在するとも言うことができるのかなと思います。
 
 上田先生、あってますか?(笑)
    
  ▼
   
 今日は上田信行先生の最終講義のお話をさせていただきました。
  
 上田信行先生、本当にお疲れ様でした!
 また、たくさんのワクワクをありがとうございました。
 上田先生の「これから」を心より楽しみにしております。
  
 といいましょうか・・・・最後にひと言だけよろしいでしょうか?
  
 上田先生、今回の「最終講義」ですが、まったく「最終感」が感じられなかったのは、僕だけでしょうか(笑)。
 
 上田先生、講義を「最終」にする気が、先生には、実は、ないですよね???(笑)
  
 僕には、今回の講義が「最終講義」ではなく「これから、まだまだやりますよ講義」にしか見えませんでしたが、それは僕だけでしょうか?(爆笑)
  
 ともかく、どうかお体に気をつけて、心ゆくまで暴れてください。
 先生のこれからを、心より応援しております。   
 最後に、先生へのリスペクトをこめ、著書「プレイフルラーニング」の前書きをご紹介させていただきたいと思います。
  
 そして人生はつづく
  
  ーーー
   
プレイフル・ラーニングの旅へ出かけよう
中原 淳
   
 「学び」や「教育」の言説空間において、ここ十数年で起こった変化を、3つのワードで端的に表現するとしたら、あなたは、何という用語を選びますか?
   
 もし、読者の皆さんが、こうした「問い」を突然投げかけられたとしたら、どう答えるでしょうか。
  
 この問いに「唯一絶対の正解」はありません。問いを投げかけられた人々が、それぞれの専門性や置かれている立場で、答えるしかないと思います。読者の皆さんならば、どういうキーワードを脳裏に思い浮かべますか?
  
 仮に、僕が、この問いを投げかけられたとしたら、こう答えるかもしれません。それは「オルタナティブ」「インタラクティブ」「アマチュア」の3つのワードです。 「オルタナティブ」とは「既存のものとは別の」という意味であり、「インタラクティブ」とは「双方向性」、そして「アマチュア」とは「教育の非専門家」を示します。
  
 3つのワードを選ぶことで僕が描き出したい、この10年の変化は、こういうことです。
  
 つまり「教育の非専門家(アマチュア)が、自分の専門性や経験をもとに、既存の(学校)教育ではない、”オルタナティブな学びの場”を組織するようになってきた。そこに志や興味関心を同じくする人々が集い、双方向(インタラクティブ)のコミュニケーションを取りつつ、学ぶようになってきた」ということです。誤解を避けるために断言しておきますが、教育専門家の役割が低下したということではありません。むしろ彼らの専門性はさらに高度なものが求められています。教育の専門家と 連携/ 補完/ 役割分担するかたちで、教育の非専門家による学びの場の創出が増えてきているのです。
  
 具体的には、組織外で開催される様々な勉強会や交流会。はたまた、キャリアやイノベーションなど、各種のテーマに基づき開催されているワークショップなどが想定できるでしょうか。近年「朝活(早朝に行われる勉強会)」という言葉も生まれました。都市全体を「大学」に見たてた自主的な学習共同体も出現しています。
  
 子どもを対象にしたワークショップも全盛期を迎えています。アートや造形を行うワークショップ、プログラミングを行うワークショップ。様々なものが提唱され、実践されています。
  
 これらの隆盛を支えた要因は、多種多様です。しかし、おそらくインターネットやソーシャルメディアが引き起こした「動員の革命」は、こうしたオルタナティブな学びの空間への周知に一役買っています。
  
 かくして―現在では主に都市部が中心ですが―様々な人々が、自分の専門や経験を活かし、「単位にも学位にもつながらない学びの場」を組織するようになってきました。いわゆる「ワークショップバブル」と呼ばれるような様相を呈しているのが「現在」であると思います。
  
 これまで教育機関や専門家の手によって提供されてきた「学びの機会の創出」に、市井の人々が積極的に参加し、量的拡大をしたことは喜ぶべきことです。特に、教育のリソースが減少していく中で、教育の専門家と連携 / 補完 / 役割分担するかたちで、社会に学びのリソースが増えることは望ましいことであると僕は思います。それは「learningful society(学びに満ちた社会)」の実現に重要な役割を果たすでしょう。
  
 しかし、一方、このバブル状況において、憂慮するべき事態も生まれてきているようにも思います。最大の憂慮すべき事態は、「クオリティが玉石混淆である」という点です。誰もが「教え手」になれるということは、必然的に「クオリティの格差」が生まれることを意味しています。ひと言でいえば、「それぞれの専門性や経験にねざした素晴らしい学びの場」が生まれる一方で、「学びを生み出す以前のレベルの場」も存在する、ということです。
  
 学習内容がそもそも不明確なまま、参加者に学びを強制し丸投げして、主催者側が自己陶酔しているパターンもありえます。不適切なファシリテーションによって、学習者を必要以上に混乱させていたりする事例は枚挙に暇がありません。活動を詰め込みすぎて、内省を行う時間がないこともあります。また、ある所で自分が経験した教育手法を絶対化・教条化・固定化し、学習者に息苦しい学習機会を提供している場合もありえます。それらは「オルタナティブ」「インタラクティブ」「アマチュア」の3つのワードが必然的に抱えざるをえなかった負の部分です。それら3つの概念は、素晴らしい学びの機会を創出する一方で、他方、闇を生み出しうるものなのです。
  
 さて、少し話題を変えましょう。
 時代をさかのぼって、1990年代前半に時計の針を戻してみることにします。ワークショップという言葉が流行・消費されはじめるちょっと前、この頃、「オルタナティブな学びの場」をつくりだすための社会実験を繰り返し、そうした一連の試みを「ワークショップ」と呼んだ人物がいます。それが、本書の共著者である上田信行さんです。
  
 上田さんは、大学卒業後、紆余曲折をへて、ハーバード大学・教育大学院で博士号を取得し、当時の「学びの科学研究」から様々な着想を受け、自らも「実験的で、先端的で、革新的なオルタナティブな学びのあり方」を探究していました。
   
 上田さんは、留学中に目にした様々な理論や学びの空間にインスピレーションを受け、「多くの人々が集まり、出会い、相互作用する中で、様々な気づきを得ることのできる学びの場」をつくることを夢見て、それを実践する私的ミュージアムまで建設し始めました。
  
 自分のワークショップのために、自腹でミュージアム(ワークショップ空間)まで建築する。そうした破天荒とも思われる研究・実践の果てに、本書のテーマである「プレイフル・ラーニング」という概念を生み出します。上田さんは数々の社会実験を繰り返し、この概念にたどり着きました。
  
 上田さんが探究し続けたことでもあり、かつ、本書のテーマでもあるプレイフル・ラーニング(playful learning)という言葉は、一般には聞き慣れない言葉かもしれません。
 プレイフル(playful)とは、ひと言でいいますと、「楽しさのこと」。それに続くラーニング(learning)は「学び」のことですので、プレイフル・ラーニングとは、「楽しさの中にある学び」という風にも解釈できそうです。おそらく、この概念は、「アカデミックな辞書」には掲載すらされていません。むしろ、上田さんが、様々な学習理論にインスパイアーされながら、自ら現場で実践を積み重ねる中で、少しずつ輪郭をあらわにした「概念」であるからです。しかし、それはアカデミックなフォーマルセオリーよりも根拠が薄い、ということを意味しません。現場での経験の蓄積と、それを活かしたアブダクション(仮説形成)の果てに、この概念が生まれているのです。それはおいそれと否定できるものではありません。
  
 一般に「楽しさ」と「学ぶこと」は相容れない言葉です。「学び」「ラーニング」という言葉からは、「辛くて、堅苦しい、受験勉強」を想定してしまう人もいるかもしれませんので、「楽しく学ぶ」ということを訝しがる方もいらっしゃるかもしれません。
  
 プレイフル・ラーニングの細かな理論的背景は、こののち、おいおい論じていくものとして、ここでは「プレイフル・ラーニング」を、「人々が集い、ともに楽しさを感じることのできるような活動やコミュニケーション(共愉的活動・共愉的コミュニケーション)を通じて、学び、気づき、変化すること」と、ゆるやかに考えておくことにいたしましょう。
  
 プレイフル・ラーニングは、まず「人々が集う場」におこります。そして、そこには「楽しさを感じられる活動」がある。つづいて「学び」や「気づき」や「変化」が予期されている。この3点が、どうやらプレイフル・ラーニングを構成する要素のようです。
  
 さて、ここまで読まれた読者の方々で、勘の鋭い方は、もうおわかりかもしれません。
 本書の目的は、様々なオルタナティブな学びの場づくりの実践を繰り返してきた、上田信行さんの実践の歴史、彼が影響を受けてきた理論や思想の歴史を紹介することで、クオリティの高い、革新的な「オルタナティブな学びの場」をつくりだすために必要なことを紹介することです。もちろん、オルタナティブな学びの場づくりやワークショップには、多種多様な理論的源流がありますので、ここで紹介しうるのは、あくまで上田さんの実践やプレイフル・ラーニングを裏打ちする理論群です。
  
 本書の趣旨をひと言で述べるならば、「オルタナティブな学びの場づくり」は、「プレイフル・ラーニングの創発する場所である必要がある」、ということであり、「プレイフル・ラーニングを生み出すためには、本書で紹介する理論・思想を押さえておく必要がある」ということです。「よい理論ほど実践的なものはない」といったのはグループダイナミクスの祖 クルト・レヴィンです。骨太の理論・思想は、素晴らしい実践を生み出す土壌です。
  
 ともにこの本を記す、上田さんと僕は、今から15年ほど前、関西で出会いました。それ以来、一緒にワークショップや研究会をしたりしてご一緒させていただいています。僕と上田さんは、息子と父親ほどに年齢が離れていますが、ふだん、僕自身は、そのことをあまり意識することはありません。上田さんには失礼な話かもしれませんが、「同僚とほぼ同じような関係で、ディスカッションをしたり、情報をシェアしたりすること」のできる間柄です。
  
 僕は、上田信行さんは「この50年で最も社会に影響を与えた学習の実践的研究者の1人であると思っています。実際、今となっては「ワークショップ」という言葉は、誰もが使う言葉となっていますが、わずか20年前には、その言葉は「作業場」以上の意味はありませんでした。上田さんが、プレイフル・ラーニングの実践を積み重ね、ワークショップという言葉の輪郭をつくりあげていったのです。
  
 このように上田さんは、大きな影響を与えた実践的研究者ではありますが、上田さんは論文や書籍のかたちで、あまり自らの実践を語ることをしません。ですので、その研究プロセスや業績に関しては、あまり知られていないのが現状です。
  
 俗に研究者のあいだには「記録に残る研究者になるのか、記憶に残る研究者になるのか」という二者択一を含む問いがありますが、上田さんは後者には間違いなく属するものの、前者の研究者ではありませんでした。僕は、こうした状況を、横から勝手に憂慮していました。「父親のように大きい人」の存在を「記録」に残したい、という思いがふつふつとこみ上げてきました。
  
 本書を執筆するにあたり、僕は、先達の「聞き役」に徹しました。上田さんが経験してきた実践の歴史、上田さんが影響を受けてきた思想・理論を聞き取り、それをそのまま伝えることをめざしてきました。
  
 オルタナティブな学びの場にしのびよる教条化・固定化の影、クオリティへの懸念に対して、上田さんの追求してきたことを、読者の皆さんに伝えることが、今、必要だと僕は思っています。そうすれば、「オルタナティブな学びの場」は、プレイフル・ラーニングのインキュベーション装置になりうるはずなのです。そんなビジョンのもと、本書は編まれました。
  
 最後に本書が想定している読者層と本書の構成について述べます。 
  
 本書は、ビジネス、教育の現場などでラーニングデザインを実践している人、あるいはラーニングデザインに興味がある人を対象にしています。
  
 上田さんのプレイフル・ラーニングの歴史を追いつつも、ラーニング理論についての基礎も学べるようになっているので、ワークショップ等の、いわゆる「場づくりの実践」をなさっている方にはぜひ読んでいただきたい内容です。
  
 とかく、ワークショップに関する本は、いわゆるHow toや技法の紹介、ないしはワークショップ批評にとどまる傾向があります。それもワークショップデザインにとって必要なことではありますが、一方で忘れ去られがちなのは、その背後に横たわる理論的背景・思想的背景です。そうした内容について常に意識的である必要はないのですが、ある程度のことができるようになったあとは、ぜひ意識しておいておくとよい内容です。 
  
 第1章では、上田さんにその半生を振り返っていただき、上田さんの「プレイフル・ラーニングを追求する旅」をたどります。上田さんの歴史は、ラーニングデザイン研究の発展の歴史そのものです。各節の終わりには、その時代背景をより理解していただけるよう、それぞれの時代のラーニング・デザイン研究についての解説を入れました。
  
 第2章では、2011年12月4日、5日に吉野にあるネオミュージアムで行われた実験的なラーニング・イベント「経験のREMIX unconference@neomuseum」をルポ形式でご紹介します。このイベントは、上田さんと僕とで主催し、120名の参加者を得て、無事終わりました。私たちは「オルタナティブな学びの場づくり」を、今もなお、行っています。それは「完成」してはいけないことなのです。こちらでは、「経験のREMIX unconference@neomuseum」で生まれたプレイフル・ラーニングを追体験することができます。
  
 第3章では、「経験のREMIX unconference@neomuseum」後、ゲストとして参加してくださった神戸大学大学院経営学研究科の金井壽宏先生を迎え、金井×上田×中原による鼎談を収録しました。「経験のREMIX unconference@neomuseum」を振り返りつつ、今、この時代にプレイフル・ラーニングの持つ意味とその可能性を探ります。
  
 僕たちは、上田さんの実践や彼が影響を受けてきた思想や理論から、多くを学べるような気がします。「お仕着せのワークショップ」や「落としどころの決まった研修」を拒否し、「楽しさの中で異質な人々、物事が出会い、その出来事がきっかけで、変化や気づきが生まれる学びの場」をつくりだしたい、と願う人々は、上田さんの歩んできた旅路を、僕と一緒にたどってみませんか。
  
Are you all set?
Welcome to the journeys of playful learning!
  
Jun Nakahara
  

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