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2019.10.7 06:22/ Jun

組織のなかの「他者とのわかりあえなさ」をいかに克服するのか?:宇田川元一著「他者と働く」書評

※10月8日(火曜日)は所用のためブログの更新をお休みいたします!また明日、お会いしましょう!
   
 埼玉大学の宇田川元一先生の新刊「他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論」を読みました。
   

  
 本書の趣旨を端的に述べるのだとすれば、それは、
  
 組織のなかにある「他者とのわかりあえなさ」を、対話を通して、いかに克服するのか?
  
 ということに尽きるのだと思います。
  
 ひとは、生きていれば、様々な「わかりあえなさ」を経験します。とりわけ、組織のなかにいれば、なおさら。
  
 同じ組織の中にいるはずなのに、いまいち、話が通じない
 同じ組織の中にいるはずなのに、同じ目標を共有できない
 同じ組織の中にいるはずなのに、どこか壁がある。
  
 本書の主題は、そうした、人々のあいだに生じる「わかり合えない関係」を、対話を通していかに編み直すか、ということです。
  
 組織のなかにある「わかりあえなさ」に一度でも悩んだことのある方には、おすすめの一冊です。
  
 要するに、
  
 本書は「万人」におすすめできます
  
 ということです(笑)
  
 誰しも、組織のなかで働いていれば、組織の中にある「他者とのわかりあえなさ」に、苦い夜を過ごしたことは、一度や二度ではないでしょう?
  

  
 ▼
  
 本書において、筆者は、まず、リーダーシップ研究者のハイフェッツの議論を引用して、組織のなかにおける問題状況を「技術的問題」と「適応的課題」に分けます。
  
 ここで、いわゆる「技術的問題」とは、ハウツーやノウハウ、あるいは、技術的合理性に基づく何らかの処方箋が、存在する課題です。要するに「簡単な課題」。そんなものは、誰かがすでに解決していることが多い。
  
 しかし、組織のなかにある「わかりあえなさ」とは、「やっかいな問題」です。こうした「技術的問題」として立ち現れることはなく、また、ハウツーやノウハウによって解決できる問題ではありません。
  
 むしろ、組織のなかの問題とは、後者の「適応的課題」なのです。
  
 ここで「適応的課題」とは、ハウツーやノウハウや技術的合理性に基づく処方箋が通用する課題ではなく、問題のステークホルダーの有する「前提」や「価値観」や「解釈の枠組み」といったものが「変容すること」が必要な課題のことをいいます。
 また、そうした「前提」や「価値観」や「解釈の枠組み」が存在するがゆえに、「ステークホルダーが動いてくれない」という状態が生まれている、非常にやっかいな課題です。
  
 曰く
  

(組織のなかに 「都合のいい問題」は、あまり残っていません。大抵の場合、気の利いた誰かがとっくに解決しています。
  
(中略)
 私たちの眼前には、たくさんの「武器」があり、戦術や戦略があります。それらの武器でなぎ倒されたあとに(組織のなかに)残るのは 、一筋縄で解決できない組織の壁や政治、文化、慣習などでがんじがらめになった 「都合の悪い問題」ばかりです。

  
 という著者の言葉が響きます。
  
 ここで、筆者が大切にしているであろう、もうひとつの専門用語を用いて、この状況を言い表しましょう。
  
 適応的課題とは、問題を生み出しているステークホルダーが相互に有している「ナラティブ(解釈の枠組み:囚われ)」が、微妙に「ズレ」ているがゆえに、そこからの解釈、行動の枠組みがすべて「ズレ」てきて、いわゆる「適応的課題」を組織に生み出している

 と考えられます。
  
 ズレているのは「ナラティブ」です
 しかも、人々は、自己の囚われの「ナラティブ」には自覚的ではない
 いわんや、他人のナラティブをや
   
  ▼
   
 このように、ハイフェッツのリーダーシップ論とナラティブ論をうまく組み合わせるという理論的「補助線」をひいたあとで、筆者はそこに「対話」による解決策を求めます。
  
 本書において、筆者が提唱する「対話の4つのプロセス」は、自分と相手とのあいだに横たわる「溝」と「橋を架けること」というメタファによって表現されています。
  
「1.準備ー2.観察ー3.解釈ー4.介入」からなる、この4つのプロセスは、筆者の主張の真骨頂なので、それは、実際に手に取っていただき、味わっていただければと思います(笑)
   

   
 なお、筆者も述べているように、これら4つのプロセスのうち、最も難しいのは「相手と自分の溝に気づくこと」であり「自分から見える景色を疑うこと」であり、「自分のなかで支配的になっているナラティヴ」をいったん「脇におくこと」でしょう。
    
 僕は、本書を読後、自身の経験を振り返りつつ、このことの難しさを痛感していました。
    
「相手と自分の溝に気づくこと」・・・相手に「咎」があるのではなく、相手と自分との間に「溝」があると気づくこと 
  
「自分から見える景色を疑うこと」・・・自分に「この景色」があるように、相手の立ち位置からも、「相手にしか見えない景色」があることを認めること
  
「自分のナラティブを脇に置くこと」・・・自分がナラティブの「囚われ」であることを認めつつ、他者にも、その「ナラティブ」が存在することを認めること。
  
 この難問に、時折、わたしたちは「立ち尽くして」しまいます。
  
 もしかすると「溝」は埋まらないのかもしれない。むしろ、できることは問題を「解決すること」ではないのかもしれない。
 相手と自分のあいだに「差」は埋まらないけれど、そこに「橋がかかる状態」は作り出せるに違いない、という期待。
   
「橋をかけること=溝は前提にありつづける」というメタファは秀逸だなと思います。
    
 本書は、ナラティブ・対話・組織を考えるうえで、長く読まれる一冊になるのではないかと思いました。おすすめの一冊です。
  
 ▼
  
 週末、本書の書評?らしきものをTwitterなどでつぶやきましたら、著者の宇田川先生からメッセージをいただきました。宇田川先生とは、来月、立教大学でお会いすることになりました。
    
 聞くところによると宇田川先生は、立教大学で学ばれていた期間が長く、生粋の「立教人」だとか。対して、わたしは立教歴1年半の「にわか立教人」ですが(笑)、いろいろご指導を賜りたいと願っています。お会いできることが、楽しみなことです。
      
 今週も、知的に楽しいことが起こりますように。
 そして人生はつづく
    

   
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