NAKAHARA-LAB.net

2019.4.10 07:08/ Jun

研究のアウトプットは「映像」でもいいんじゃないか?:中村かれん(著)「クレイジー・イン・ジャパン」を読んだ!

 学問のアウトプットの「表現」は、もっと自由でいいのではないか?
   
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 中村かれん(著)、石原孝二、河野哲也(訳)「クレイジー・イン・ジャパン」を読みました・・・というか、視聴しました。
   
 
   
 この本は、イェール大学の映像人類学者が、北海道浦河にある「べてるの家」を、10年近くにわたって断続的にフィールドワークを行い、そこで経験した出来事を「映像」と「文章」にまとめた作品です。
  
「べてるの家」は、精神に問題を抱えたり、アルコール依存などに苦しむ人びとが、北海道浦河の地で共同生活を営む、とても著名な自助施設です。
 そこで行われている当事者研究の試み、興されている事業のユニークさなどが、とても注目されており、かつて、このブログでも、ご紹介をさせていただいたことがございます。もしご興味をお持ちの方がいらしたら、ぜひ、下記のブログもあわせ読みをいただけますと幸いです。
  
自分の抱える「生きづらさ」をみずから「命名」せよ!:今日も明日もあさっても「順調に問題」だらけの人生を生きる!?
http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/10065
  
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 ところで、今日のブログ記事は、この「べてるの家」についてのことではございません。
  
 今日、皆さまにお話しさせていただきいのは「クレイジー・イン・ジャパン」が採用した「映像」という研究のアウトプットの手法についてです。
  
 通常、研究といえば「論文(文章)」が世の常。
 しかも、最近は、インパクトファクターだか、論文ランキングだとかいう「はた迷惑きわまりない」指標(モノサシ)が、大手をふっており、論文の発表場所さえも、限られてくる始末です。他人からの評価を気にして、モノサシの上の「数字」に一喜一憂しているひともいる。
    
 しかし、「クレイジー・イン・ジャパン」が採用した「映像」という研究のアウトプットは、まったく、世界観がそうしたものとは異なります。
 著者は、「映像人類学」という人類学の一分野を修められた方で、「映像」という手段をドキュメント(記録)のメディアと用い、ある特定の社会・文化を観察・記録しながら、それを映像にまとめ、しかも、それを対象者と視聴したり、解釈しあったりしながら、現場に知識のインタラクションを生み出しているのだそうです。
  
 本書を読んで、というか映像を視聴して、僕は、
  
 意義深い!
 しかも、今の若い学生には、ぴったりじゃないの!
   
 と直ちに思いました。
  
 まず「意義が深い」と感じたのは、僕自身が、常に自分の研究をする上で大切にしている「流儀」のひとつに、調査結果を「現場におかえしする」という信念を持ち合わせていることと、無縁ではありません。
  
 一般に「調べること」は、被調査者の預かり知らないところで、研究者のみによって流通する「表象」を創り出します。たいていの場合の「表象」とは、「難解な言葉を用いて書かれた論文」という代物です。
   
 しかし「表象」は、研究者の議論や栄達には寄与するものの、一般には、被調査者には返ることはあまりありません。つまり、インパクトファクターやらランキングの高い論文誌にのせられた論文は、被調査者が見ることは希ですし、それによって昇進など栄達を極めることができるのは調査者だけです。
  
 被調査者は、むしろ、「調査者」によって「時間」という貴重な資源を搾取されます。それなのに、一般には、その「知見」は、なかなか現場に還ることがありません。
  
 こうした調査者と被調査者の「非対称な事態」は、かつて人文社会科学で「表象の暴力」と形容されてきました。
  
 僕が、自分の研究をする上で、自らに課していることは、極力「表象の暴力」を生み出さない研究をしたい、ということであり、「現場を変えることに役立ててもらう研究をする」ということです。しかし、僕のアウトプットの手段の多くは、これまで「文章」でした。
  
 論文や書籍といった「文章」というメディアで研究が生み出される限りにおいて、おのずと、それは「見ることのできるひと」を選んでしまいます。映像という手法は、「文章」という手法よりも、さらに垣根が低い。さらに多くの人々が、それを楽しむことができる。これは、新たに「表象の暴力」を生み出さない工夫になるのかなと思いました。
    
 ▼
  
 もうひとつは、研究成果のアウトプットとして「映像をつくれ」というと、学部生たちは「萌えるだろうな」ということです。
 学部生の中には、わたしたちの世代とは、まったく比較にならないほど「メディアをつくりだす能力」や「表現をする能力」をもっているひとがいます。
   
 かつて、人間の能力を「IQ(Intelligence : 知能指数)」といった単純な指標に矮小化するのではなく、より「多重な知能」としてとらえるべきだと主張したのは、ハーバード大学のハワードガードナーです。
 ガードナーは、多重知能理論という彼自身のなかで、言語的知能、論理数学的知能、音楽的知能、身体運動的知能、空間的知能、対人的知能、内省的知能といった「様々な知能」が多重に折り重なり、人間の知性を構成していることを主張しました。
  
 しかし、アカデミックな能力というと、どうしても、言語能力、文章能力に重きがおかれます。
 もちろん、社会を生き抜く上で、それも大切なのですが、一部の学生が「メディアをつくりだす能力」や「表現をする能力」を高くもっているのなら、それを活かしてもよいのでは、思ってしまうのです。
  
 出来た「映画」や「ドキュメンタリー」を調査に関わってくれた人とみる。
  
 実は、今、横浜市教育委員会の皆様と中原研(辻さん、中原、町支さん:今年から帝京大学に移籍)で行っている、ある研究で、研究知見をもとにした「10分間の映像」をつくっています。私たち自身には映像をつくる能力は持ち合わせていないので、映像ディレクターの夏目現さんにご尽力をいただきながら、ハードな研究知見を、10分の映像にまとめています。
   
 今後の世界において、こうした活動をも、学術のアウトプットと認められるのであれば、さらにモティベーションを高めながら、アカデミックなものを楽しみたいという学生が増えるだろうな、と思いました。
  
 ま、文章も書きながら、映像もつくる、ということになると、ハードルは死ぬほど上がるのでしょうけれども。
 萌えるね。
  
  ▼
  
 今日は「クレイジー・イン・ジャパン」を皮切りに、学問のアウトプットとしての「映像」の可能性について考えてみました。
   
 端的に言ってしまえば、
  
 学問のアウトプットの「表現」は、もっと自由でいいのではないか?
  
 ということです。
    
 すぐに「一つのモノサシ」に頼りたがり、すぐに「他人と比較し合い」、すぐに「ランキング」に一喜一憂するとね、生きづらくなっちゃうよ。
    
 要するに、
  
 自ら嬉々として「他人のつくったモノサシ」に乗っからなくてもいいんじゃないってことです。
  
 そして人生はつづく
  
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