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2023.6.21 07:29/ Jun

「エビデンスおやじ」や「客観性おやじ」に出会ったら「客観性とはそもそも何ですか?」と聞いてみよう!? : 村上靖彦著「客観性の落とし穴」書評

「それって、エビデンスはあるんですか?」

「その意見って、あなたの主観ではないですか?」
   
「客観的な意見を言ってもらえますか?」
   
  ・
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 村上靖彦著「客観性の落とし穴」を読みました。冒頭述かかげたように、現代社会では「エビデンス」「主観・客観」といった言葉が、ひとびとのあいだで、日常的にやりとりされています。肌感覚で恐縮ですが、どうも現在の日本社会には、何も考えずに「客観性=数字=良い」と考える「エビデンスオヤジ」や「客観性オヤジ」が10万人くらい跳梁跋扈しているような気がします。
  
 鬼の首をとったかのように・・・
  
「それって、エビデンスはあるんですか?」
  
「その意見って、あなたの主観ではないですか?」
  
「客観的な意見を言ってもらえますか?」
    
  ・
  ・
  ・
  
 しかし、ひとびとによって饒舌に語られる、この「客観性」とは、そもそも、いったいなんでしょうか?
  
 本書は「客観性とは何か」「客観性のメリット・デメリット」「客観性の見落としてしまうもの」について、高校生・大学生・もちろん大人にもわかるように、書かれた良著だと思います。

   
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4480684522/nakaharalabne-22
    
「客観性が何か」なんぞを書くのは、勇気と力量のいることです。すこしでも油断をしていれば、著者は、専門用語・哲学用語が飛び交う「沼」に、読者を誘うことになってしまうでしょう。
    
 著者である村上先生は、この「沼」にひとびとを引きずり込むことなく(笑)、客観性について、より解像度が高まる議論をしておられます。素晴らしいことです(編集者の橋本さんもご無沙汰しております、お疲れ様です)。
    
 ▼
   
 本書によれば「客観性」とは、たかだか19世紀に生まれた考え方であるにもかかわらず、昨今では「客観的=恒久の真理」であるかのように考えられるようになりました。
  
 19世紀には、客観性とは「あまりに高度にスコラ学的で、その結果、なじみある日常の言葉のなかではあまりに衒学的」であったそうです。そもそも客観性は、まったく流行っていない言葉であったし、そもそもデカルトは、これを「主観的」の意味で用いていた。しかし、この言葉が、逆の意味で「バズる」。
  
 その後、客観性は「数字への信奉」とともに「爆発的な広がり」を見せます。まずは「社会」が数値化され、社会科学が生まれます。さらには「心」の数値化がはじまり「心理学」が生まれました。
    
 しかし、客観性は、科学の効用をほしいままにする一方、「副作用」も引き起こしました。
   
 その副作用とは
  
 ひとびとが、個別・具体的な経験を行い、そこに意味を見いだすプロセスを観察し、くみ取る機会を「喪失」させてしまう

  
 ということにつきます。
  
 さらには「数値化」されることによって生み出される「一元的な物差し」は、功利主義、競争主義、排除、自己責任論、優生思想といったものと共振して、それらを助長する結果をもたらしましたおそらく「客観性のみ」が、イコール「真理」であるかのように傍若無人に振る舞いはじめたときから、この問題がはじまっているのでしょう。
   
 ここで間違っていただきたくないことは、著者が言いたいことは
  
「数値化がダメだ」
   
 とか
  
「量的研究とかエビデンス」は「ちょっとアレだよね」
  
 ということでは、1ミリもありません。

    
 極端な話、「客観性が不要」ともおっしゃっておりません。
    
 そうではなく、物事を理解していくときには、「ひとびとを俯瞰するような客観的な知」と、ひとびとの個別具体的な経験の意味をさぐる知」の両方が必要で、それらは補い合う関係にある、のだということだと思います。まったく同感です。
  
 ▼
  
 客観性に関して、実は、せんだって、学部の授業で、わたしは、学生たちに、こう言いました。
   
 中原ゼミでは
     
 「主観的」
 「客観的」
     
 という言葉の使用を
 禁止します。
   
 安易に「客観的」「主観的」と言わないでください。
 大切なものを見落とします。
    
 頭が悪くなります
     
 以降使わないように

    
  ・
  ・
  ・
   
 この言葉が発された背景は、学生たちの多くが「客観的=いい・高級」「主観的=だめ・低級」という安易な二分法に、すぐに思考が落ちていくことを残念に思っていたことです。一教師の力量不足により「無念」至極です。
    
 「客観的=いい・高級」「主観的=だめ・低級」というレッテルばりは、本当に見なければならないものや、本当に探究しなければならないものを「見落とし」てしまう可能性があるのです。
 だから、わたしは、いったん学生たちに「語の使用」を禁じることによって、探究の目的、対象者、観察したいものをまずじっくりと考えて、手段を選びなさい、とお話ししたかったのでした。
   
 わたしの思いは、本書の問題意識と非常に似ています。ただし、、、わたしには言葉が足りなかったため、著者ほど、解像度高くこの問題を論じることはできませんでしたし、その時間もございませんでした。学生たちには、ぜひ本書をお読みいただければと思います。そうした本が誕生したことを嬉しく思います。
    
 わたしが知的に興奮していたからでしょうか・・・2時間ほどで読み進めることができました。人材開発・組織開発・HRデータの解析などをやっている方も楽しめるのではないでしょうか。立教大学大学院LDCコースでは、この本を教科書にしたいくらいです(笑)。
   
 よい本です。
 おすすめの一冊です。
  
 そして人生はつづく
   
   
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  ーーー
   

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