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2021.5.14 07:57/ Jun

大学IRを導入しても「教育・経営改善」がつながらない理由とは何か?

 大学IRを導入しても「教育・経営改善」がつながらない理由とは何か?
     
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 ここ10年くらいでしょうか、大学教育の世界ではIR(Institutional Research : 機関調査)というものに注目が集まっています。IRにはさまざまな定義がございますが、ここではそれを
  
「教育機関が、その組織の健全性・教育の質などを、学内のさまざまなデータを収集することでチェックし、関係者(ステークホルダー)にフィードバックし、経営に活かすために実施される営み」
   
 とゆるく定義して話をすすめます。
  
 もともとは、「海外の高等教育機関などでIRにたずさわる専門職が雇用されていて、日本の大学でも、そうした人材を雇用すべきじゃい!」という議論が10年ほど前からなされていたように思います。
   
 求人などを見ておりますと、年間、いくつもの大学で、大学IRの人材が求められていることがわかります。
    
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 しかし、このIR・・・鳴り物入りで導入されたはいいものの、成果をあげるということに至るまでには、いたっていない事例も少なくないようです。
     
 成果をあげる大学は多々あります。
 しかし、一方で、
  
 IRのおかげで、大学経営が変わった
 IRの活躍で、大学の教育が改善された
  
 という声が、思った以上に聞こえてこないのもまた事実です。これはどうしてでしょうか。
    
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 詳細は省略しますが、わたしは、現在つとめる立教大学経営学部で、3年前から「学部レベルのIRチームの立ち上げ」に関わってきました(本チームの立ち上げは、公益財団法人電通育英会さまのご寄付によって実現しました。この場を借りて御礼を申し上げます)。
     
 経営学部の田中先生、舘野先生、RAの木村君、スタッフの加藤さん、小森谷さん、前学部長の石川先生、現学部長の山口先生らのご尽力のおかげで、立教大学経営学部のIR活動は、すでに教授会・学部業務の定常ルーチンに組み込まれた印象があります。入試データ、成績データなどこれ以外にも様々なデータを学部レベルで取得し、分析がなされていますが、その一部が、コロナ禍に一般に公開されました(田中聡先生の尽力です!お疲れ様です!)。
      
立教大学経営学部秋学期オンライン授業に関する学生意識調査の結果を公開
https://cob.rikkyo.ac.jp/news/2020/usirlo0000000nbz.html
  
立教大学経営学部がオンライン授業に関する学生意識調査の結果を公開
https://www.rikkyo.ac.jp/news/2020/09/mknpps000001bg3b.html
  
 その立ち上げ経験から「他組織のつまづき事例」を拝見させていただくと、「IRが思ったように成果をだせない理由」のひとつにかかげられるのは、実は「データ分析の過剰重視」と「フィードバックの欠如」だと思っています。
    
 すなわち、わたしが問題に思っているのは下記の通りです。
   
1.IRはとかく「データ分析手法」や「統計分析」ばかりが注目されるが、それは「近視眼的な見方」である。データは、どんな分野のひとでもわかるように、極力シンプルなものでいい。経年比較、部門比較さえ行われていれば、記述統計レベルでよいのにもかかわらず、オーバースペックな分析が試みられる。
(=とりわけ担当者が、IRの研究者である場合には、研究にもしなくてはならない、という思いがからむため、そうなりやすい)
    
2. IRでもっとも難しいのはサーベイをいかにするか、データ分析をいかに行うかではなく「現場へのデータフィードバックをいかなる仕組みで行うか」である。すなわちフィードバックを通じて「学内にリーダーシップを生み出すこと」が最大の課題である
    
3.1と2の理由によって、IRを実施する主体が獲得するべきスキルとは、高度な統計やデータ分析にまつわる知識ではない。それらはあってもいいけど、それより重要なのは、学内の経営者やキーマンに対して「データフィードバック」を行い、対話を促すことのできるスキル、人脈、経験、リーダーシップ(場合によっては権力)が重要である。
(=要するに、もっとも重要なのはコミュニケーションスキル、対話スキル、ファシリテーションスキル、サーベイフィードバックの知識と経験、組織開発の知識、そしてリーダーシップである)
  
4. 3の問題をクリアするためには「どのようなひとをIR担当にするか」あるいは「誰の下にIRを設計するか」という組織論を考えなくてはならない。IR担当だから、イコール「データ分析の博士号取得者」をあてる、という考え方は近視眼である。それよりも「関係者に集まってもらい、データをわかりやすく提供し、コミュニケーションをうながせる人材=フィードバックを行える人材」をあてるべきである。あるいは、そういう資質をもった人材を、IR担当者として育成するべきである。
   
5.育成が難しいのであればIR担当者には「学内で一目置かれる存在」に就任してもらい、そこに専門家をサポートでつけたり外注することも一計である。いずれにしてもIR部門は、極力、経営や改善したい現場に近い場所に設置して、経営や現場と連動していくことが重要である。もっとも重要なことは、データを利用して、学内に「教育改善」「経営改善」のための「対話の場」を生み出していくことである。
  
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 いろいろ言いましたが、要するに「IRという仕事の本質」や「IRという仕事をなすのに必要なスキルや与件」、そして「IRと経営との関係」をもう一度見直す必要があるのではなないか、ということです。
    
 このことは「データを用いた経営改善」や「データによる生産性向上」といった営みにおいても、同じ事のように思いますが、いかがでしょうか。
   
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 今日は「大学IRで、大学の教育改善・経営改善を行うためにはどうするか」ということを考えてみました。
  
 誤解を避けるために申し上げますが、今後の大学教育の改善、経営改善において「データ」は極めて果たすべき役割が大きいとわたしは思っています。
 しかし、それらが無反省に行きすぎると、単なる「データオタク」「データ至上主義」に陥ってしまうので注意が必要です。
 
 かつて、わたしの学部のゼミ生が、こんなことを言っていました。
  
「有意差あり(p<.05)は、組織を変えないんですね」
  
 そのとおりです。
   
「データそのものが、組織を変える」わけでも「洗練された統計が、組織を変え得る」わけでもないのです。
  
 重要なことは
  
 データが関係各所にフィードバックされて、そこに「対話」が生まれ、「よしそれなら、やってみよう、頑張ってみよう」と、経営と現場のひとびとが「思えたとき」のみ、組織はよい方向に変わる
  
 のだと思います。そして、そのために必要なのは「データを用いながら、人々のなかに対話をうながし、目標に向かって巻き込んでいけるリーダーシップ」だとわたしは思います。
  
 そして人生はつづく
   
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ちなみに、これは予断ですが、大学IRでは、分析に凝れば凝るほど、深みにハマりますよ。例えば、IRでデータ分析が得意な方は、モデリングとか、検定するとか、効果量をだすとか、いろんなことをしたがると思うのです。研究であれば、それはまったく問題ありません。しかし、IRは実践です。そのことで思わぬハレーションが生まれたりします。
  
たとえば、バリバリ理系の研究者が扱っている統計やデータの感覚・データ分析の常識と、人文社会科学のそれは異なります。本当に様々な分野の研究者が、大学にはいらっしゃるのです。分野が変われば、常識が変わります。
  
で、結局、どうなるか。データに凝れば凝るほど、そういう重箱の隅をつつくような部分にスポットライトがあたる(泣)。本来、組織や教育改善について語らなければならないのに、いつのまにか、データの信頼性やら解析手法やら、わけのわからない方向に議論が進んでいくケースをよく聞きます(号泣)。データはシンプルがベストです! 
  
ちなみに、僕は自らがサーベイフィードバックをするときには「%(パーセント)」しか使いません。この社会において、誰もが理解できるものが「%(パーセント)」だからです。相関係数rも、βも、マルチレベルも、SEMも、何も使いません。
  
「%(パーセント)」最強。
  
どんなに高度で、厳密で、洗練されていても、現場のひとびとに受け取ってもらえないデータは、意味をなさないですし、変化を生み出しません。IRは実践なのです
     
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強みの自己認知と意欲を高める『ポジティブ1on1』
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000007.000059483.html
   
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