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2019.6.11 06:35/ Jun

「新・対話学入門」!? : わたしたちは「対話」をいかにファシリテーションすればいいのか?:「コンテナ」というレンズを通して見える世界

 ひとびとの間の「対話」をファシリテーションしてください!
  
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 あなたが知り合いから、そのような依頼を受けたら、どうしますか?
 あなたは、「誰」に対して、「どのような働きかけ」を為すでしょうか?
   
 この問いについて、ファシリテータがいかに行動をなすべきかを考えるワークショップに、せんだって参加させていただきました。南山大学の中村和彦先生が主催しておられる「組織開発ラボラトリー」という公開講座です。
 中村先生ら南山大学の皆様が、カナダから、クリス・コリガンさん、ケイトリン・フロストさんという二人のファシリテータを招き、1日のワークショップを開催してくださいました。まことにありがたいことです。いち参加者として、学び手として、このようなワークショップに参加できることを幸せに感じます。
  
 まずは、コリガンさん、フロストさんはじめ、南山大学の中村先生、またスタッフの皆様に心より御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
  

  
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 ひとびとの間の「対話」をファシリテーションしてください
 そのようなとき
 あなたは、「誰」に対して、「どのような働きかけ」を為すでしょうか?
  
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 この問いに答えていくことは、意外に難しいものであると思います。
 対話をうながせ、といわれてもね・・・。
 何していいんだか。。。悪いんだか。。。
  
 いきなりトチ狂ったように・・・
  
「みなさん、ここはひとつ、腹をわって、話そうじゃあーりませんか?」
  
 と呼びかけてみても、たぶん、参加者からの答えは「なしのつぶて」。
  
 はたまた
  
「椅子を丸くならべてですね・・・仲良くなることからはじめましょうや」
  
 といっても、誰も何も発言しない。
  
 対話をいかにうながすか、というときに生じる、この手の困難は、現場では頻発しているのかな、と思います。
   
  ▼
  
 そんなとき、コリガンさん、フロストさんは、「コンテナ(container)」というひとつの概念を提案して、対話をうながす場についての思索を深めようとします。
  
 ここで「コンテナ」とは、あの港湾施設とか駅にあるような「コンテナ」ではありません。
 コンテナといっても、こういうのじゃ、ない。
   
 こういうのじゃないんです
   
 そうじゃなくて・・・コンテナとは、
  
 ・ひとびとのあいだに「対話」が生まれるような「場」
 ・ひとびとが「相互に学びあう」ような「場」
 ・対話と学びによって、ひとびとが「相互に変容」できる「場」
  
 のことをいいます。
 安心・安全の雰囲気のなかで、人々の対話がうまれ、そこで相互の学びあいが起こっているような「入れ物」のようなもののことを、ここでは「コンテナ」とよんでいます。 
  
 コンテナとは「そのなかで、対話が生まれちゃうような容器」ですね。
   
 そして、このようなレンズをとおして、対話にかかわるひとびとを見つめることで、それをうながすやり方を考えよう、ということです。
  
 たとえば、下記の図をみてみましょう。
 いま、仮に、3人のひとびとと1名のファシリテータがいるとします。
   
 
 
 1の図では、3人のあいだにヘルシーな社会関係が存在し、対話が生まれ、相互に学び逢うような場がでています。この波線の部分が「コンテナ」です。ファシリテータは、この3人のコンテナを、引き続きヘルシーにたもつことがもとめられます。
  
 しかし、2の図をご覧下さい。
 図2の場合には、3人のメンバーがいて、そのうち2名のあいだには、コンテナが生まれています。3人のひとがいるからといって、そこに3人を包摂するコンテナがあるわけではありません。あくまでコンテナが成立しているのは2名の間だけです。この場合、ファシリテータは2名で構成されるコンテナに1名をいかに加えていくかを考えます。
  
 最後に3の図をご覧下さい。
 いま、3の図では、3名のメンバーのあいだに「コンテナ」が存在しますが、もっとも上にいるひとは、さらに別のコンテナに2名のメンバーとして包摂されています。このようにコンテナは「入れ子状(nested)」に重なり合うという特質をもっています。このような場合、ファシリテータは「入れ子になったコンテナ」のあいだのやりとりを思案するかもしれません。
  
 ファシリテータは、常に、自分がファシリテートしている目の前のひとびとのあいだに、
  
 ・どこにコンテナが生まれているのか?
 ・どこのコンテナがアンヘルシーじゃなくなっているか?
 ・どこのコンテナをヘルシーにするために、どう働きかけるか?
  
 を考えなくてはなりません。
 「コンテナ」という「レンズ」をとおして、「現場を見ること」を実践しなくてはならないのです。
 そして、具体的に「働きかけ」なければならない。
   
  ▼
  
 くどいようですが、「コンテナ」は「仮想概念」です。

 コンテナは「本当に実在している」わけではありません。
  
 そして
  
 コンテナは「目に見えるわけ」ではありません。
  
 コンテナとは、ひとびとのあいだに「対話」をいかにうながすかを考えるときのプロフェッショナル向けの「仮想概念」です。しかし、対話のプロフェッショナルたちは、この「仮想概念」のレンズを通して現場をみつめることで、人々の社会関係を「見える化」し、つくりだすことができます。
  
 くどいようですが、コンテナは「本当に実在している」わけではありません。
  
 しかし
  
 コンテナという名の「概念」の「スポットライト」は、そこに「対話をうながすヒント」という「現実」を「つくりだす」のです。
  
 コンテナという「概念」が「現実」をつくりだしていることが重要です。
  
 あまりややこしいことを避けますが、ここには人文社会科学でいうところの「構築主義的な考え方」が、その背後にあるのは言うまでもありません。
  
  ▼
  
 さて、ここまでわかったとして、それではファシリテータは、「コンテナ」に対して、どのように働きかければいいのでしょうか。
  
 そこでクリスさんらが強調するのは、

 コンテナを「満たす」必要はない(Don’t fill the container)
  
 ということです。
   
 つまり、コンテナの内部を、「ひとびとの明るく楽しい元気いっぱいなおしゃべり」で、満たすことを求めなくてもいいということです。ワンセンテンスでいえば「盛り上がること」を求めなくてもいい。
 
 そうではなく、プロのファシリテータならば、むしろ
  
 ひとびとが本音で対話が行えるように、
 コンテナを「ホールド=健全にたもつこと」が求められる(Hold the container)
  
 のです。
  
 クリスさんとフロストさんによれば、もともと「コンテナ」という概念が生まれたのは、鉄鋼企業の労使交渉の際の「激しい労使間の対話」であったといいます。
  
 言うまでも無く、対話とは、もともと「ズレを顕在化するコミュニケーション」です。労使間の激しい現実認識の「ズレ」が顕在化する対話を継続するためには、その対話を「入れておく箱」を健全にたもつことが求められたのです。ここで生まれた概念が「コンテナ」です。コンテナは、「ドロドロに溶けた真っ赤な鉄を保つための強度が高く頑丈な入れ物」です。ちょうど、下記のように写真のように。下記のドロドロに溶けた真っ赤な鉄をつつみこむ「黒の容器」がコンテナです。
 
 この黒いのがコンテナっす
 
 たとえ、一時期に、激しいズレが起ころうとも、ドロドロに真っ赤に溶けた鉄のように一時期にお互いへの憎悪が増そうとも、合意や意味をつくりだすことを放り出さず、お互いの立場にリスペクトをもつ場が、どうしても、必要でした。それが「コンテナ」です。
  
 ひとびとが対話を継続するためには、このように、そのハコとなる「コンテナ」の健全化が必要なのです。
  
   ▼
  
 それでは、実際にファシリテータは、コンテナをいかにホールドするのでしょうか。
 その際に必要になる項目として、クリスさんとフロストさんは、下記のようなものを掲げます。
  
1.アトラクター
 ひとびとのあいだの「共通の目的」
 ひとびとがそこにいる「理由」
 ひとびとを招待する「目的」
  
2.境界
 ひとびとを内と外にわける境目をヘルシーにたもつこと
   
3.アイデンティティ
 コンテナに名前を与えたりすることで
 ひとびとがオーナーシップを感じられるような機会を
 もつこと
  
4.違いを含む
 コンテナ内部の多様性を高め、
 創発が生まれやすくすること
  
5.やりとり
 コンテナ内部のやりとりや情報の流れをよくすること
  
 さらには、コンテナを制御していくためには、彼らが注目しているのは「ファシリテータの自己」のあり方です。
 ファシリテータ自身が、難しいコンテナを動かしていくときに、どのようなことで後ずさりしたり、どのようなことで逃げそうになったりしてしまいがちなのかを十分わかっていなければならない。
  
 月並みな言葉をいえば、
  
 ファシリテータには「自己を知ること(Self-Awareness)」が重要である
  
 ということになるのだと思います。
 
 コンテナは、生まれた当初は、1)不安定さからはじまるものです。しかし、ファシリテータの働きかけによって、それは、いったんは「安定さ」を取り戻す。しかし、コンテナの内部が「安定」しすぎて、なぁなぁの雰囲気に支配されていては、なかなか対話にはならない。
  
 ということは、ファシリテータは2)「安定さのなかに不安定さをつくりだすこと=葛藤を生み出すこと」を敢えて行わなければならない局面がでてきます。このような葛藤のはてに、3)メンバー同士が対話を通じて「探究・創造をつくること」に迎えるのが、もっともよい状況です。最後に、意味と探究が行われたあとには、ファシリテータは場合によって、コンテナを終うこと(End the container)が求めれます。
  
 あくまで僕の理解ですが、当日の内容は、だいたいこのようなものでした。
 大変勉強になりました。
  
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 一日のワークショップを終え、新幹線で家路につくとき、様々なことを考えました。
 やはり、僕は、人材開発が専門ですので、どうしても、こういうことが気になります。
  
 その問いとは、
  
「コンテナ」を通して、ひとびとの相互作用を「見ること」のできる「人材」をいかに育成すればいいのか?

 ということです。
 今回の話題は、組織開発的な話題ではありますが、そのことを考えるとき、僕がもっとも興味をもつのは、もっとも大きな関心は、その「人材育成にある」のです。
  
  ▼
  
 それ以外にも、こんな問いも浮かびました。
 コンテナというレンズは、パワフルだが、一般には、わかりにくい。
 そこで「コンテナ」という概念を日本語で言い直すと、何になるのかな、と考えていました。
 ただちによいものが見つからなかったので、このブログのなかでは「場(Ba)」という概念で誤魔化しましたが(笑)、何かよい概念が見つかるといいのにな、と思いました。

 ていうか、コンテナの日本語って、なんかないの?
 このままだと「組織開発のマニア語」がまた増えちゃうよ。
  
 もしくは、こんなことを考えもしました。
  
 ふたつの主体が激しくぶつかりあい、ズレを顕在化するコミュニケーションを「対話」というのなら、その「対話」には堅牢な「入れ物」が必要かもしれない。もしかすると、西欧社会では「対話」を旨とするコミュニケーションが支配的であったため「コンテナ」という概念が生まれ出たのかも知れない。
  
 たいして、どちらかというと「背中を見て育て」「あうんの呼吸」が重視されてきた日本社会には、そもそも「対話」という概念が根付いておらず、それゆえに「コンテナ」という概念も必要がなかったのかもしれない。
 しかし、おそらく、いま、日本社会はグローバル化のあおりをうけ、「コンテナが必要とされない社会」から「コンテナを必要とする社会」に急速に移行しているのかも知れない。
  
 そんな思考をしているうちに、あっという間に、東京につきました。
  
  ▼
  
 最後になりますが、クリスコリガンさん、ケイトリンフロストさん、通訳をしてくださった東千恵子さん、福島由美さん、サポーターとして関わっていただいた牧原ゆりえさん、グロス梯愛依子さん・永石信先生、資料翻訳をしてくださった東千恵子さん、ランサムはなさん、資料監訳をしてくださった牧原ゆりえさん、中村和彦先生、そして南山大学のスタッフの皆様に心より感謝をいたします。
  
 本当にありがとうございました。
  
 そして人生はつづく 
  
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