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2021.4.26 08:04/ Jun

対人関係職にとって極めて重要だが、あまり教えられていない「あること(To be)」とは何か?:森川すいめい著「感じるオープンダイアローグ」書評

 森川すいめい著「感じるオープンダイアローグ」 (講談社現代新書)を読みました。オープン・ダイアローグ(Open Dialogue:開かれた対話)とよばれる精神治療を学んだ精神科のお医者さんが、その治療の魅力と奥深さについてしたためた書籍です。おすすめの良著です。
  

  
 本書では、森川さんが、オープンダイアローグを「いかに学んでいったのか」、そして、そのプロセスのなかで「自己にどのような変化がおとずれたのか」について詳細に記述してあり、一気に読み切りました。数あるオープンダイアローグ本では、この本が、一番しっくりきます。
  
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 オープンダイアローグとは、フィンランドのケロプダス病院の家族療法のお医者さん、看護師さん、セラピストなどの医療関係者によって実践されてきた療法です。
  
 その特徴を端的に述べると下記の通りです。
  
1.患者さん(本人)抜きでは、いかなる「決定」も行わない
  
2.患者さんと医師だけではなく、患者さんの家族、看護師さん、ケアワーカー、セラピスト、医療関係者などの関係者が一堂に会して、対話を行う。
  
3.場合によって、本人の目の前で、医師や看護師さんたちらが、患者さんについて話し合い、それを患者さんたちがきく。これを「リフレクティング」という。このリフレクティングを通して、2の対話をさらに深める。
 
 要するに、オープンダイアローグとは、通常の精神治療の真逆をいく実践です。
 通常の精神治療では、1)患者さんの未来は、患者さん抜きで決められることも多く、2)その際、権力を有しているのは医師でしょう。そして、保健医療の範囲では、医師と患者の「対話」はなかなか実現するのは難しい。
    
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 オープンダイアローグに関しては、これまでにも対話実践マニュアルなどが公開されていますし、また類書も多々ありました。
    
対話実践のガイドライン
https://www.opendialogue.jp/%E5%AF%BE%E8%A9%B1%E5%AE%9F%E8%B7%B5%E3%81%AE%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3/
   
 本書は、オープンダイアローグを「知識」としてではなく「感じること」をめざしているという意味で、非常に希有な書籍かと思います。
    
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 もっとも印象的だったのは、著者である森川さん自身が、オープンダイアローグを学んでいくなかで、自己の過去を振り返り、ときに煩悶しつつ、自己に気付いていくことです。ここに関する記述は思わず、読んでいて、涙がでました。
    
 一般に、ひとは、生きていくなかで、少しずつ「固い鎧」身にまといます。自ら傷つかないように、そして自分を守るために。
  
 しかし、「固い鎧」を着るからこそ、人と関わることに難しさを感じたり、つまづきを経験する。しかし、それでも、ひとは「固い鎧」を脱ぐことはできない。むしろ「固い鎧」を身にまとってしまう。
 
 誠に勝手ながら、個人的には、森川さんの気づきは、この「固い鎧」に対する気づきだったのかもしれないな、とも思いました。
  
 オープンダーアローグでは、実践者(トレーナー)になるためには、自己に対する深い振り返りを行わなければならず、自己と向き合うことが求められます。他者に対して影響力を行使するトレーナーになるためには、その根幹に「自己認識(セルフアウェアネス」)」が必要だからでしょう。
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 分野はかわりますが、この本を読みながら、僕は、自らの研究分野である、人材開発・組織開発の実践者(プロフェッショナル)について考えていました。
    
 これら両分野の実践者がいかにあればいいのか、ということを論じるとき、思い起こしてしまうのは、エーリッヒ・フロム の「to have」と「to be」の議論です。以下、フロム・エーリッヒ(著)佐野哲郎(訳)(1977)「生きるということ」(紀伊國屋書店)を引用しながら、この議論をお話しします。
  
 かつて、エーリッヒ・フロムは、「to have(もつこと)」と「to be(あること)」という2つの人間の存在様式が、人々の思考、感情、行為の総体に大きな影響を与えうることを論じ、このキーワードのもとに、新たな時代を生きる人間像、社会を構想しました。
  
 フロムによれば「to have(もつこと)」とは「所有すること」― すなわち、ある人が「すべての人、すべてのものを自分の私有財産とすること」を意味しています。現代社会は「所有すること」が幅を利かせる社会であることは言うまでもありません。
  
 一方、「to be(あること)」とは、「持つこと」とは対照的に、ただただ「生きていること」であり、「世界に真性に結びついていること」、あるいは「偽りの概観」とは異なり、「物の本性・真の現実」に言及することを意味します。
 別の言葉でいえば、「あること」 とは、何ものにも執着せず、変化を恐れず、受け入れ、流動し、他者とつながり、成長する態度 ともいえるのかもしれません。
   
 学習において「持つこと」と「あること」は、2つの異なる世界を喚起します。
  
「持つこと」を目指す学習者は、与えられた知識の「所有者」になることを目指し、白紙の自己に学んだことを記憶 し、固守することを目指します。
  
 一方、「あること」を目指す学習者は、ある関心のもとで話に 耳を傾け、受け入れ、反応します。
  
 一般に、「教育」とは、「人々が知識を所有として持つように訓練することに努め、その知識は、彼らがのちに持つであろう財産あるいは社会的威信の量とだいたい比例する」ようになっています。
  
 しかし「持つこと」の割に、私たちは「あること」を教えられてはいません。 対人関係職では、とりわけ「あること」が極めて重要なのに、これを「教えられない」ままに、他者に対する影響力を行使してしまうのです。ここが「最大の課題」です。
    
 実際、人材開発・組織開発のプロフェッショナルの資質、おそらくは、オープンダイアローグのプロフェッショナルを論じる上でも、「持つこと」はいくらでも教えられます。
  
 しかし「あること」やそれにまつわる信念は、なかなか取り扱えるものではありません。しかし、おそらくは、「あること」こそが、人材開発・組織開発にとっても、オープンダイアローグにとっても、重要なことなのだと思います。
  
 今回の森川さんのお書きになった書籍は、森川さん自身が、自らの「あること(to be)」を振り返り、再構築なさっていくプロセスであったのか、と思いました。これをオープンに書いた森川さんの心に共感します。おすすめの書籍です。
  
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 今日のブログ記事では、素敵な書籍を紹介しました。
 緊急事態宣言が発出されている地域もあり、世間では、予断を許さない事態が進行しています。
  
 そんなおりにも、心を平静に保ちたいものです。
 ときに自らの「あること(to be)」を振り返りつつ。
  
 それは、第三者が「教えられるもの」ではないですよね。
 自分で自分をいつくしみ、ケアしていくものかと思います。
  
 そして人生はつづく
  

  
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対話とフィードバックを促進するサーベイを用いたソリューション「OD-ATLAS」の詳細はこちら
https://rc.persol-group.co.jp/learning/od-atlas/
   
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「研修開発ラボ」(ダイヤモンド社)が、フルオンライン化して大幅リニューアルしました。人材開発の「基礎の原理」を学ぶことのできるトレーニングプログラムです。どうぞお越しくださいませ!
    
研修開発ラボ 特別講座「人材育成の原理・原則を学ぶ」
https://jinzai.diamond.ne.jp/seminar/SEMINAR0495/
  
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「組織開発の探究」HRアワード2019書籍部門・最優秀賞を獲得させていただきました。「よき人材開発は組織開発とともにある」「よき組織開発は人材開発とともにある」・・・組織開発と人材開発の「未来」を学ぶことができます。理論・歴史・思想からはじまり、5社の企業事例まで収録しています。この1冊で「組織開発」がわかります。どうぞご笑覧くださいませ!
    

     
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拙著「職場学習論」(東京大学出版会)のカバー・装いが10年ぶりに変わりました(内容は変わっていませんのであしからず!)。ひとは、職場でどのようにして学ぶのか、というテーマを考察しています。どうぞご高欄くださいませ!
    

    

      
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中原研究室では、一般社団法人ピアトラストさんとの共同研究で、相互称賛アプリ『Peer-Trust(ピア・トラスト)』の研究を行っています。
      
相互賞賛アプリ「ピアトラスト」が導入された職場では、職場のメンバー同士が、お互いの日々の仕事を観察し、そこにキラリと光るものがあったときに「称賛カード」というものをメッセージとともに送りあいます。利用人数20名までは「無料」だそうです。ご興味があえば、ぜひ、ご利用くださいませ。
    
強みの自己認知と意欲を高める『ポジティブ1on1』
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000007.000059483.html
   
あなたの会社のリーダー・管理職は「部下の強み」を観察できますか?:相互賞賛アプリ「ピアトラスト」が示唆する「リーダーの条件」とは?
http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/12062
   
ピアトラストお問い合わせ
https://www.peer-trust.com/contact/
  
ピアトラストの効果まとめページ
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