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2017.8.24 07:29/ Jun

もし、あなたの研究が明日なくなったのだとしたら、世の中の誰が困るだろうか?:「研究ー輸出ー普及モデル」と「研究ー対話ー改善モデル」!?

 人材開発研究は、「人材開発という、生々しい現場」を背景にもつ研究です。それを研究する研究者は「研究と実践」はいかにあるべきかということを、どうしても、意識する局面が多くなる傾向があります。意識する、しないは個々の研究者の勝手なので、第三者のことは知りません。少なくとも僕はそうです。
  
 より具体的にいえば、
  
 自分の研究知見がいかに現場に少しでもインパクトをもたらしうるのか。
 もしインパクトが少しでもあるのだとすれば、それはどのようなチャネルによって、実践者に伝達されうるのか?
  
 ということをいつも考えています。
  
  ▼
  
 研究と現場の関係を考えるとき、いつも「2つのモデル」が脳裏に浮かびます。それは「研究ー輸出ー普及モデル」「研究ー対話ー改善モデル」の2つです。
  
 「研究ー輸出ー普及モデル」は、1970年代、行動科学が隆盛していた時代に、信じられていたモデルです。このモデルが暗に想定していた前提は、下記のとおりです。
  
 曰く
  
 研究者は科学的方法論を用いて、現場の現象を観察し「原理・原則」や「方法」をつくりだす。研究の現場でつくられた「原理・原則」や「方法」は、現場にそのまま「輸出」され、現場の人はそれを実践する。輸出先が増えていくことが「普及」と考える
  
 このモデルのポイントは「原理原則を、そのまま輸出」というところでしょうか。
 このモデルにおいいては、研究知見とは、現場に「輸出」されさえすれば、そのまま実践可能であると考えます。このモデルは、どこかで現場を「頼りないもの」「うつろいやすいもの」と考えている節があります。口にだしてはいいませんが・・・心の奥底で。
 
 個人的には、僕は、このモデルに「懐疑的」です。
  
 現場とは、いつも即興的に状況に応じて物事が進行する場です。そのような場で起こっていることのリアリティをもっともよく把握可能なのは、現場の人であるはずです。
 現場から離れた場所にある「原理・原則」をそのまま適用できるほど、現場は「単純」ではないと思いますし、そここそが、現場の人々のイニシアチブを発揮する場所であるはずです。
  
 一方、僕が自分の研究を考えるときに意識しているのは「研究ー対話ー改善モデル」です。
  
 この立場においては、
  
 研究者は科学的方法論を用いて、現場の現象を観察し、そこで観察されたものを、さまざまな抽象的レベルで現場の人々にかえしていきます。
 研究はいわば「鏡」のように、現場で起こっていることを映し出します。現場の人々には、この「鏡」を通して、関係者同士で対話を深め、実践を改善していきます。ある場所での改善の様子は、実践者同士のネットワークのなかで伝播するでしょう。この立場においては、この改善の伝播こそが普及である
  
 と考えます。
  
 要するに「やってみよう!」という思いは、「他者の実践現場の改善」によって、創られるということですね。
  
 前者のモデルと後者の最大の違いは、1)研究知見の利用可能性、2)現場の人々のイニシアチブをどの程度尊重しうるか、3)普及のチャネルのイメージの異同ということになります。
  
 みなさまはいかが考えますか?
  
  ▼ 
  
 今日は朝っぱらから、少しディープな話題になりました。
  
 しかしながら、現場と研究の関係は、僕のような実践現場のある研究者にとって、一度は考えてしまう問いであるように思います。先ほど検索してみたら、僕のブログでは、定期的に、その話題が語られているようですね(自己発見!)
  
 嗚呼、ときおり、こんなことを考えてしまうときがあります。
  
 もし明日、「自分の研究」が突然なくなってしまったのだとしたら
 世の中の誰が「困る」だろうか?
   
 おそらく「誰も困らない」が、この答えなのかもしれませんが(泣)、願わくば、そのインパクトを高めていきたいと願います。
 先ほどの問いは「悪魔的な問い」ではあります。しかしながら、自らのデリバラブル(貢献価値)を時折は問うていきたいと思います。
   
 そして人生はつづく
   
 ーーー
  
追伸.
2017年09月08日(金) ニコタマの蔦屋家電さんで鼎談を行わせていただくことになりました。
  
ウェブメディアはどこに向かうのか:『オウンドメディアのつくりかた』発売記念イベント
http://real.tsite.jp/futakotamagawa/event/2017/08/post-460.html
  
ソーシャルメディアを用いながら、いかに研究のエコシステムをつくるのか、というお話になるのかまと思っています。
  
 ーーー
  
■関連記事がありました!
  
現場をなめるな!? :「基礎研究を積み重ねたら、いつか、現場に応用できる」というのは本当か?
http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/7367
  
「研究」と「実践」の関係を考える場で起こりがちな3パターン:あるべき、オマエが悪い、情報交換
https://news.yahoo.co.jp/byline/nakaharajun/20140701-00036914/
  
実践家はなぜ「研究知見」をスルーするのか?:理論と実践の「死の谷」めぐる罵声の根拠!?
http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/3067
  
「研究者ー実務家との関係づくり」の「研究そのもの」っぷり: あんたが実践して、やって見せてくれないか?
http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/2722

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