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2006.11.10 14:08/ Jun

査読

 先日、ある知り合いが最近受け取ったという論文採録条件を見せてもらった。その内容には、なんだか腰が砕けた。
 まず、ひとつめの論文採録条件がスゴイ。あんまり具体的には言えないけれど、そこにかかれていた条件は、「世界人類共通の課題」である!
 友人は、この論文を通すために、世界人類共通の課題を解決しなければならないのだ! おー、なんたる不条理!
 ふたつの論文採録条件は、おそらく、もう一人の査読者によってかかれたものだが、これもスゴイ。おそらく心理畑の査読者なのだが、統計検定について、非常に些末でトリヴィアルな事柄を探しまくって、愉快痛快に、つきまくっている。
 その条件をクリアするためには、おそらく、すべての実験をやり直し、200人くらいの被験者を集めた実験計画をたてなければならないだろう。それもランダムサンプリングで200名を集めなければならない・・・。
 —
 要するに、ほぼ回答不能、すなわち「返戻」である。
 こういう査読を見るにつけ、何だか僕は釈然としない。というか、憤りさえ感じる。
 第一に「世界人類共通の課題」を、若い研究者にぶつけ、答えさせることに、何の意味があるのか。これは申し訳ないけど、「教育的暴力」といってもよい。というか、教育する気はあんまりないんだよね・・・、こういう場合。
 ちなみに、また、友人の論文は「開発物そのものに非常に新奇性」があって、思わず、ほほーとうなってしまうようなものだった。
 これは私見だが、世の中には、「開発のオモシロサ」でおす論文があってもいいし、そういう業界、コミュニティがあることを、査読者であるならば理解してほしい。
 また、たとえ実験計画があまりクリアではなくても、「今ださなければならぬ論文」というものがある。特に競争が激しい分野なら、その可能性は非常に高い。そのあたりの時流を見抜ぬく必要がある。
 そもそも教育、経営、工学の論文で、特に現場をもつ研究になると厳密な実験計画をたてることは難しい。現場には様々な制約があり、活動が可能な期間というものがある。「細胞に薬品をふりかける式」の研究じゃあるまいし、そんなに厳密な統制だってできない。「やらない」じゃなくて、「できない」なのだ。そして、やること=厳密な要因特定をすることに、それほど意味のない場合だってある。
 —
 ともかく、今、世の中にでるべき、オモシロいシステムや、エキサィティングな知見が、かくして日の目をみない。「世界人類の課題」という重い十字架を背負われて、池にしずめられる。
 僕は、これを社会的損失だと考える。
 今日はかなりご機嫌ななめだ・・・プンプン。
 (プンプンといって怒るのは、僕とサトウタマオくらいだ)

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