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2019.9.3 06:30/ Jun

中途採用者とは「人の出入りのない村社会」に突然現れた「旅の者」である!?

「中途採用社員は即戦力である」は本当か?
    
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 世間一般には「中途採用=即戦力である」という考え方がはびこっています。
 しかし、僕の研究知見に関する限り、「中途採用=即戦力」という等式が成立するのは、なかなか難しい。
   
「中途採用=戦力」ではなるけれど、「即」かというと、疑問符が残る、というのが正直なところです。
    
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 かつて、僕は「経営学習論」(東京大学出版会、2012年)という書籍(専門書ですのでやや難解です・・・下記に要約を書いておきます)で、中途採用の研究知見を論じたことがあります。その要点は、下記の通りです。
  

  
1.中途採用者の「適応(組織再社会化)」はそう簡単に進むわけではない
  
2.中途採用者のうち半数は、期待される成果を1年以内にはだせない 
  
3.中途採用者のうち「前職と現在の職が同じひと」と「前職と現在の職が違うひと」では、1年以内の仕事の成果に差異は見いだせない=両者ともに適応が難しい
   
4.中途採用者が適応に抱える困難には、1)組織のなかで意志決定ルートがわからない、2)前職でつちかった仕事のやり方やスキルのなかで、現職では役に立たないものを適切にアンラーン(Unlearn)できない、3)何が評価されるか、何が期待されているかわからないなどがある。4)スキルが足りないもあるが、その困難度はさして高くない。
  
5. 中途採用者が適応するためには、上司による働きかけ(振り返りの支援・アンラーンの支援)が不可欠。業務知識を獲得するには、職場内の学習(仲間内での学習)が進むことが重要
  
6. 中途採用者にはりつく「即戦力」というラベルは「あだ」になる。「即戦力」というラベルがあるゆえに、中途採用者が「わからないことがあっても聞けない」。職場のメンバーは「お手並み拝見」となったり「即戦力だから、支援なしでワークしてあたりまえ」になる
  
結論:中途採用者は「即戦力」になるとはいえない
(期待したい気持ちは、痛いほどよくわかります・・・)
   
 いかがでしょうか。
   
 考えてみれば、日本企業の多くは「新卒一括採用」をこれまで「是」としてきて、研修体系・職場での働き方などが、すべてをそれを「前提」として組み立てられてきました。
    
 そこは、いわば「村」のようなものと形容できるかもしれません。「村」では、長いあいだ働くことを前提に、お互いに顔も見知った仲間内で、働いてきました。村に人の出入りはあまりなく、あたかも家族のような関係のなかで働いてきた。
     
 みんなで営んでいたのは「稲作」。田畑を耕し、稲穂を育て、秋には収穫祭をする。そういう1年を過ごしてきた。
  
 そこに、ある日、突然「一人の旅人」があらわれた。
  
 聞くと「異国から来た」という。専門は「畑作」。つくってきたのは「じゃがいも」だという。
 許されるなら、これからしばらく、この村で生活をして、働きたい、という。
  
 とはいいましても・・・
    
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 中途採用者の定着というのは、おそらく、これに似た状況なのかな、とも思うのです。
  
 旅人(中途採用者)も村人たちも、これまで同じ「農業」をやっていたけど、「稲作」と「畑作」じゃ違う。たとえば、「BtoB営業」と「BtoC営業」は「同じ営業」だけれども、違う。使う道具も、言葉も違う。
  
 そして、何より、旅人(中途採用者)は村のように強固な人間関係、共同体が成立している場面に、ひとり参入しなければならない。
    
 このメタファでいえば、おそらく「旅人」が村で生活するためには、まずは「村人たちに溶け込めなければならない」。そして、稲作に一緒に取り組み、そこから学び取らなくてはならない。
  
 そして、最大の困難は、この「学習の困難さ」にある。
     
 村には長く人の出入りがなかったので、村人たちは、「自分たちのナレッジ」をそもそも「意識」したことはないし、それを「他人」に言葉で伝えることもしてこなかった。
  
 つまり村では、「仕事をために伝えなければならないナレッジ」が、いまだ言葉になっていない。これまでは「以心伝心」でやってきた
 旅人は、いまだ「言葉」になっておらず、それを伝えたこともない人々から、仕事を学び取らなくてはならない。ここには課題が生じることが、予想されます。
  
 こういう環境において「旅人=即戦力」というラベルで放置してしまえば、おそらく「旅人」は定着できないでしょう?
   
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 つまり「中途採用者=即戦力」という等式は、いわゆるメンバーシップ型の組織(村)においては、必ずしもうまく成立しない、ということですね。
  
「中途採用者=即戦力」という等式が成立するのは、人の出入りがアタリマエダのクラッカーのようになっている「ジョブ型の企業」においてだけである、ということです。
  
 だから「中途採用者=即戦力」と思わずに、その定着のためには、自分たちのナレッジを伝える支援、フィードバックを行っていかなければならない、ということになりますね。
    
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 今日は中途採用者について書きました。
  
 中途採用者の定着に関しては、現在、パーソル総合研究所さんと取り組んでいる共同研究「転職学」でも、新たな知見を生み出していけそうです。
  
 転職学プロジェクトでは、パーソル総合研究所の小林さん、パーソルキャリアの吉村さん、平田さん、影山さん、藤田さんらとチームを組んで、これから2度目の大規模調査に向かいます。櫻井副社長、渋谷社長、doda編集長の大浦さん、執行役員の勝野さんらにも時折、フィードバックをいただきながら、プロジェクトが進行しています。ありがとうございます。
  
 以前、中原がこの問題に取り組んだのは、2011年(書籍化は2012年)・・・それから、もう10年弱が過ぎようとしています。
  
 この10年間には、市場には様々な変化が起こりました。また、人材開発・組織開発の世界にも、新たな概念がたくさん生まれました。そうした変化や新たな概念も、共同研究者たちでじっくり議論をしながら、研究のスコープに入れていければと考えています。
  
 そして人生はつづく
  
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9月1日・日本経済新聞の中原の記事「長時間労働の構造にメス」のなかで拙著「残業学」が紹介されました。おかげさまで重版出来6刷、さらに多くの皆様にお読みいただいております。AMAZONの各カテゴリーで1位記録!(会社経営、マネジメント・人材管理・労働問題)。
長時間労働はなぜ起こるのか? 長時間労働をいかに抑制すればいいのか? 大規模調査から、長時間労働の実態や抑制策を明らかにします。大学・大学院の講義調で語りかけられるように書いてありますので、わかりやすいと思います。どうぞご笑覧くださいませ!
   

  
また残業学プロジェクトのスピンアウトツールである「OD-ATRAS」についても、ご紹介しています。職場の見える化をすすめ、現場マネジャーが職場で対話を生み出すためのTipsやツールが満載です。ご笑覧ください。
    

対話とフィードバックを促進するサーベイを用いたソリューション「OD-ATLAS」の詳細はこちら
https://rc.persol-group.co.jp/learning/od-atlas/

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