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2006.6.23 00:53/ Jun

経営学のフィールドリサーチ

 この本は、非常に楽しく読めました。
 労働経済学における「聞き取り調査」で有名な小池和男先生が編者になった本。「経営学のフィールドリサーチ:現場の達人の実践的調査手法」です。

 タイトルは「経営学の・・・」となっているけれど、別にそんなことは気にすることはない。人文、社会科学系の学問領域の人で、フィールドワークに興味がある人なら、楽しく読めるのではないでしょうか。
 特に僕は1章の藤本隆宏先生の「私のフィールドリサーチ遍歴」が大変面白かった。藤本先生といえば、「ものづくり経営」でとても有名な方で、実は、UT OCWでも講義を公開なさっていただいています。
経営管理
http://ocw.u-tokyo.ac.jp/course-list/economics/business-administration1/lecture-notes.html
 本章では、藤本先生が、三菱総研で勤務なさっていた頃、ハーバードに留学なさっていた頃、そして「製品開発のフィールドワーク(彼のとても有名な研究です)」をなさった頃のことを、回顧風に買いていらっしゃいます。
 「方法論」という観点で言えば、特に下記の2点については、完全に我が意を得たりという感じでした。ひとつは「統計に関するスタンス」、ひとつは「ケースメソッドという教育手法」についてです。それらに対する、研究者としての立ち位置が、共感できるなぁと思いました。
 下記、引用してみましょうか。
 まずは「統計に関するスタンス」から。
 藤本先生は、統計とフィールドワークについて下記のように語っています。

「よい仕事をしているという確信」というのは、僕の場合、統計データというよりは、むしろケーススタディの積み重ねからきています。
(中略)
(しかし)アメリカ的学問というのは、一個一個のXとYの関係というのを、精密な検証によって積み重ねていって、みんなで全体の知の体型をつくっていくという、非常にモジュラー的な体系だと思うのです。
(だから)「僕はフィールドでこんなに見てきたのだから、オレのいうことを信じてくれ」と叫んでも、それはアメリカ型の学界では通用しないわけです。
(中略)
フィールドのケーススタディで出てきた研究も、統計重視のメインストリームの人たちに対しては、プレゼンテーションしにくい、という弱点があるのです。
したがって、統計分析もしっかりと行って、何らかのかたちでその人たちにわかるようなプレゼンテーションの仕方、パッケージングの仕方を考えていくということも必要になってくるのです。
(p39-40より引用)

 こういう折衷主義が、僕は好きです。そして、どちらかというと、質的な方法にシンパシーを感じるけれど、統計は「見せ方」として「まとめ方」として非常にパワフルなツールである、という考えも同じです。
 さて、次は、ケーススタディについて、ですね。藤本先生は、ハーバードビジネススクールで行われるようなケースメソッドといわれる教育手法について、下記のように語っています。

(中略)ケーススタディというのは、「ケーススタディをやればやるほど、どんどんと力がつく」というレベルにまで、基礎知識をあげておかないと、効果はでません。

 これついては、実は、今日ゼミのあとの食事会で、M1の三宅君、館野君たちと議論していたこと、そのものですね。
 そのとき、僕は「協調で学ぶためには、どうしても基礎的な事柄に関する反復学習が必要だ.。そういうベースがないと、そもそも協調することすら難しい」と言いました。「反復学習」と言う言葉がひっかかるようでしたら、熟達研究風に「deliberate practice」といってもかまいません。
 「協調学習を研究したことのある人なら、必ず、そのことを知っている。協調学習について<評論>するのではなく、いろんな1次データを集めたことのある人ならば、決して協調学習と個別学習、反復学習とケーススタディ、などをトレードオフの関係とはとらえないハズだ」とも言いました。
 自宅に帰ってきて読書をしていて、今日、自分が言ったことが書いてあったので、何だか嬉しかったです。

 まぁ、僕が感じた共感はともかくとして、この本は非常によい本だと思いました。藤本先生以外では、佐藤郁哉先生なども、ご執筆なさっています。多くのご自身の経験をもって、方法論を語っていらっしゃるので、とても実感をもって読むことができるのです。
 本を読んでいると、今すぐ、フィールドにでたくなって、その感情を抑えるので大変ですけれども。

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