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2007.5.1 11:21/ Jun

そのマシン、ユーザビリティの検証、本当にやりました?

 CHI2007(Computer Human Interaction 2007)に参加している。CHIは、米国計算機学会のSIG(分科会)の中でも最も大きい方であり、この分野では世界で最大の学会である。今年のCHIは、約1500の発表申し込みに対して、約150が採録。
 CHIのカバーする領域はとても広い。
 コンピュータサイエンス、心理学、社会学、医学、教育学・・・様々な専門家が参加している。まぁ、もっとも、発表のほとんどは、「新しいインタフェース・機能の提案」か、「ユーザインタフェースの評価」に限られるけれども。
 今日、印象に残った発表。
 —
 Bill Moggridge(IDEO創業者)のキーノート。
 彼は、「直感的にデザインすること(Intuitive Design)がなぜ重要なのか」ということを、様々なビデオを見せながら説明していた。
 デジタルアプライアンスをめぐる私たちの世界は、日々、複雑になっている。それは下記のような電話の進化に典型的に見て取れる。
denwa.jpg
denwa2.jpg
 しかし、複雑になったからといって、私たちは、決してそれを避けることはできない。私たちが生きる世界において、もはやテクノロジーは「我々の世界の一部」であるからである。
 キーノートは「imodeでコーラが買えるというコカコーラの自動販売機:cmode」のビデオを紹介して、会場を爆笑の渦に巻き込んでいた。
denwa3.jpg
 ある女性が、cmode自動販売機でコーラを買う。5分たっても買えず、10分たっても買えず・・・。途中でジャンクフィルターにメールがひっかかったり、入力項目が多かったり。ついには、カスタマーサービスに携帯電話で電話かけるはめに(!?)。でも、いっこうにジュース一本さえ買うことができない。結局、購入できたのは35分後であった。
 講演者は言う。
「このマシンは、プロトタイピングもユーザビリティの検証もやっていないことは明白だ」
 
 —
 今日の彼のキーノートは、下記の本の内容をうまく構成したものである。

 デザインをするということは、もはや「物理的なオブジェクトを設計すること」ではない。そうではなく、「インタラクションを設計する」ということである、というメッセージがこめられている。
 下記の本にはWebもあって、多くのリソースを見ることができるから、興味のある人は見てみるとよいと思う。
Designing Interactions
http://www.designinginteractions.com/book
ちなみに、質疑応答では下記のような問いがでていた。
直感的なデザインをすることは、なぜ正しいと言えるのか。直感は常に正しいのだろうか。
直感的なデザインを行うためには、どのような経験が必要なのか。それは教えられるものなのか。
 これはこれで非常に難しい話である。
 —
 おつぎは、ちょっとマニアックな話なんだけど、「モバイル機器で稼動するアプリケーション評価をどのように行うか」という発表。
 オーストリアのテレコミュニケーション研究センターで開発したLILIPUTというシステムの話ですね。
Peter Frohlichさんのページ
http://userver.ftw.at/~froehlich/
 モバイル機器で稼動するアプリケーションの評価は、一般にはラボテストで行われることが多いと思うのですが、厳密にいえば、やはり「外」で、実利用環境に近い状況でおこなわれなければならない。
 そのためには、測定システムは下記の条件を満たす必要がある。
1.携帯性があること
2.リッチでかつ正確なデータを取得できること
3.作業のフローを取得できること
4.コンテキストのなかでデータを取得できること
5.自然でシームレスなインタラクションが保証できること
6.いろんなモバイルアプリケーションを試すことができること
 しかし、従来のものはそれができなかった。
 従来は、1)トレッドミル上でユーザーに携帯電話を使わせて、そのプロセスを評価したり(冗談のような方法だ!)、2)ワイアレスモバイルカメラを用いたり、3)通常のビデオで作業場面を取得し、あとは質問紙を用いたりしたりした。
treadmill.jpg
 で、今回、ここではLILIPUTというシステムを開発します。
 このシステムでは、1)ユーザーの顔に焦点をあてたカメラ、2)ユーザの手元操作カメラ、3)実際のモバイル機器の画面、4)ユーザ全体をとらえたカメラの画面を4画面分割で表示することができるそうです。
liliput.jpg
 彼らの提案は、決して変化球ではない。ものすごくシンプルな提案です。嗚呼、そうか、という感じ。
 でも、なぜ印象的だったかというと、「モバイル機器で稼動するアプリケーションの評価」について、僕も少し思うところがあって、半年くらい前に、研究プロポーザルを書いたからです。
 僕のアイデアでは、LILIPUTで提案されているようなデータを取得するわけではないのですけどね。いやー、同じようなことを考えてる人がいるんだと思って、心に残りました。
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 お次は、JR東日本のSuipo(スイポ)。
 スイポとは、スイカカードと携帯電話を連携させたインタラクティヴアドバタイジングの一種。
 スイカリーダーのついたポスターがあって、そこにスイカをかざすと、そのポスターに関連する情報が、携帯電話に表示される、というもの。
JR東日本のページ
http://www.jeki.co.jp/news/20060413_01.html
 インタラクティブアドバタイジングの典型的手法としては、2次元バーコードを携帯電話で撮影して、Webでadditional情報をゲットさせる(pull)、というオプションがある。
 このシステムの利点は「カードの非接触性を行かして、即時フィードバックを携帯メールでPushできる=2次元バーコードに比べて、ユーザのアクションが少なくて済む」というところにあると思ったのだけれど、どうなんだろう。
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 MSR(MicroSoft Research)の研究。
 これも独創的ですね。いわゆる、ライフスライス(携帯型インターバルカメラ:Capturing Life Experience)は、人間の記憶をサポートするのか、ということです。
slicecam.jpg
 L日本では、ライフスライス研究所がやった試み有名ですが、こうしたことをマジメに実証的に研究してしまうところがすごい(empirically investigate)。
 19名の大学生を被験者とした実証実験の結果、SenseCam(MSRの開発した携帯型カメラ)によるイメージは、普通のデジタルカメラで撮影されたイメージよりも、人間が思い出すときのトリガーになるのだとか。
 —
 そして人生は続く。

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